ンションの敷地とされた隣地部分を第三者に売却し たため、同マンションの区分所有者の1人が当該隣 地を別建物の敷地として利用することは、協力すべ き信義則上の義務に違反するとし、不法行為に基づ く慰謝料等を請求した事例 東京地判平成29年4月28 日 平成27年(ワ)第4223号 建物収去等請求事件(一 部認容、控訴) 判タ1450号212頁
著者 竹田 智志
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 35
ページ 63‑73
発行年 2019‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/00003702
マンションの底地の賃貸人が、既に建築確認 (1) で同 マンションの敷地とされた隣地部分を第三者に売却 したため、同マンションの区分所有者の 1 人が当該 隣地を別建物の敷地として利用することは、協力す べき信義則上の義務に違反するとし、不法行為に基 づく慰謝料等を請求した事例
東京地判平成29年 4 月28日 平成27年ワ第4223号
建物収去等請求事件(一部認容、控訴)
判タ1450号212頁
明治学院大学法学部非常勤講師 竹 田 智 志
1.事案の概要
本件は、原告Xが区分所有権を有する共同住宅(以下「Oマンション」という。)の底地である 土地(以下「P」という。)およびこれに隣接しOの建築確認時に敷地に含められていた土地(平 成26年 4 月24日に分筆される以前は一筆の土地であったが、以下、分筆の前後を区別せずに「Q」
という。)を所有し、本件Pを本件マンションの区分所有者ら(Xを含む)に賃貸していたY1が、
QをY3に売却し、Y3がY2に転売したところ、Y2がQ土地上に戸建住宅A〜Fの 6 棟を建築し、Oマ ンションが建築基準法および東京都建築安全条例に違反する状態になったため、Xが、〔1〕Y2に 対し、主位的には地役権または合意(債権的効力)に基づく本件P、Q各土地を本件マンション の敷地として使用することについての妨害排除を請求し、予備的には、Xの生活環境に係る法益 侵害に基づきA〜FのうちA及びBの収去を請求し、〔2〕Y1に対し、Q土地をOマンションの建築 基準法上の敷地として利用できる旨の合意に違反したことが債務不履行又は不法行為に当たると して借地権価格のうちのXの持分割合相当分(82万0845円)の損害の賠償を請求し、〔3〕Y1、 Y2、Y3らに対し、A〜F戸建住宅を建築することを目的として土地P、QをY2に取得させたことが 共同不法行為に当たるなどとして、区分所有権価格の下落分および慰謝料等の損害(740万円)
の賠償を請求した。
2.判旨 (一部認容・控訴)
⑴敷地利用の妨害排除請求の当否について、地役権の成否およびY2への対抗の可否につきXは、
本件合意により、SらとT社との間で、Pを要役地、Q土地を承役地とする地役権が設定されたと 主張するが、本件借地契約には地役権を設定する旨を明確に約した条項は設けられておらず、本
件合意に係る各条項の文言についても物権を設定する趣旨と解するのは困難であるし、のちにP 土地及びQ土地の所有者となったU社及びV社と当時の区分所有者との間で締結されたPの賃貸借 契約においても本件合意と同趣旨の条項が設けられていないことからすれば、本件合意は、飽く までSらがQ土地の所有者であることを前提に、Sらが負う債務について約したものにすぎないと いうべきである。よって本件合意によりXの主張する地役権が設定されたとは認められない。
Xは、区分所有者はPおよびQ土地をこのマンションの敷地として20年間継続して使用したか ら地役権を時効取得したとも主張するが、そもそも地役権者となり得る者は、原則として土地の 所有者など土地を直接支配する物権取得者であるというべきところ、Oの区分所有者はPの賃借 人にすぎず、借地権の登記もしていないのであるから、地役権を時効により取得し得る地位にあ ると解するのは困難である。仮に借地権登記をしていない土地賃借人であっても地役権を時効に より取得し得ると解するとしても、Xが主張する地役権は、建築基準法及び東京都建築安全条例 に適合するよう本件Oマンションの敷地として利用することを内容とするものであるところ、Q 土地は、外形上は単に駐車場として利用されていたにすぎず、かかる権利行使を外形上認識する ことができる状態で利用されていた(法283条)とはいえず、地役権を時効取得したとのXの主 張を採用することはできない。以上によれば、地役権に基づくXの主張は、その余の点を判断す るまでもなく、理由がない。
⑵-①本件合意の債権的効力の有無及びY2について、Xは、本件合意はPの借地契約と密接不 可分で、必要不可欠の合意であるから、借地契約と共に承継されると主張するが、本件合意は借 地契約の対象である本件底地Pとは別個の土地であるQ土地の使用収益及び処分に関するもので あって、Pの賃貸借にかかる合意とは法的に別個の合意といわざるを得ないし、Pの賃貸人でな い者がQ土地を所有して本件マンションの敷地として提供することも可能であり、本件借地契約 上もQ土地の売却が想定されている(本件合意12条)以上、本件合意が本件底地のP、借地契約 と密接不可分又は必要不可欠であるとはいえず、Pの賃貸借に係る合意が本件底地の所有権の移 転にともない承継されたとしても、それに付随して本件合意が当然に承継されるとはいえない。
そして、U社及びV社が区分所有者との間でそれぞれ締結したPの賃貸借契約に本件合意と同趣 旨の条項は設けられていないこと、他にPの所有権の移転にともない本件合意が順次承継された ことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないことからすれば、本件合意がY2に承継された と認めることはできない。よって、本件合意の債権的効力に基づくXの主張は、その余の点につ いて判断するまでもなく、理由がない。
⑵-②Xの生活環境に係る法益侵害に基づく建物収去請求の当否について、Xは、A〜Fの各戸 建の建築により、居室の眺望および日照を侵害され、災害時の避難経路も奪われるという極めて 深刻な被害が生じたと主張する。そこで、本件居室の眺望および日照について検討すると、本件 居室の東端にはテラスが位置する上、テラスの東端から本件戸建Aの外壁までの距離は約 2 メー トル以上確保されているから、Aによる本件居室に対する圧迫感や眺望の悪化は限定的なものに すぎないというべきである。本件居室の日照についても、本件各戸建が建築される以前から東側 窓からは午前中しか日光が入らず、本件各戸建が建築された後は日光が入り始める時間が遅く なったものの、午前10時頃以降の日照は確保されているというのである。これらの眺望および日
照の状況に照らせば,社会生活上一般に受忍すべき限度を超えてXの生活環境が侵害されたとは 認められない。また、Q土地にA〜Fの戸建が建築されたことにより、Q土地をOマンションから の避難経路として用いることができなくなり、Oは東京都建築安全条例所定の窓先空地を有しな い状態となったが、依然として幅員約1.5mの通路が使用可能であることからすれば、避難経路 の点からしても、社会生活上一般に受忍すべき限度を超えてXの生活環境が侵害されたとは認め られない。よって、Xは、Y2に対し、本件戸建AおよびBの収去を求めることはできない。
⑵-③Y1の合意違反に基づく請求の当否について、Xは、本件合意が、本件底地の賃貸人の地 位とともにY1に承継されたと主張するが、本件合意がY1に承継されたと認めることはできない ことは前記判示のとおりであり、Xの主張は採用できない。よって、Y1の本件合意違反に基づく Xの請求は理由がない。
⑵-④Yらの共同不法行為に基づく請求の当否について、⑵④㈠Y1の不法行為の成否について は、XはY1が、XらOマンションの区分所有者に対し、本件Q土地をこのマンションの建築基準 法上の敷地として利用することを妨げてはならない信義則上の義務を負うと主張する。Y1は、
平成25年11月 1 日、競売によりPを取得し、Oマンションの建築基準法上の敷地の一部であるPの 賃貸人となったところ、賃貸目的物である土地を建物の敷地とすることを目的とする借地契約に おいては、建築基準法に違反したことにより当該建物が是正命令(建築基準法 9 条)の対象とな れば、賃貸借契約の目的を達することができないというべきであるから、賃貸人であるY1は、
目的物を使用収益させる義務に付随する信義則上の義務として、賃借人であるOの区分所有者ら に対し、借地権の目的である土地を建築基準法上の敷地として適法な状態に維持する義務(当該 土地上に建物を建築しない義務を含む。)を負うと解される。しかしながら、かかる義務は、借 地契約に付随する義務にとどまる以上、借地契約の目的となっていない他の土地の管理処分権を 制約をしたり、賃貸人に対し、他の土地を建物敷地として提供すべき義務を課すものではないと いうべきである。そして、借地上の建物を建築基準法に適合させることは、第一次的には借地人 の責任において行うべきことであることを考慮すると、Y1は、本件借地契約に付随する信義則 上の義務として、本件マンションの区分所有者らがQ土地を敷地として利用することに協力すべ き義務を負うにとどまり、Oマンションの区分所有者らとの間に特段の合意がない限り、かかる 義務を超えて、Q土地を将来にわたり敷地として提供すべき義務(すなわち、当該土地を処分し てはならない義務)を負うものではないと解するのが相当である。
以上の見地からすると、Y1がPの賃貸人であるとしても、そのことによりQ土地の処分が許さ れないものではないから、Y1がQ土地をY3ひいてはY2に売却したことをもって、Xに対する信義 則上の義務に違反したものということはできない。また、Y1は、Q土地を処分してはならない義 務を負うものではない以上、Qを売却するに際し、買受人によるQ土地の使用方法を限定すべき 義務を負うものではないから、Y1が、売却に際し、Q土地にA〜Fの戸建が建築されることを認識・
容認していたとしても上記結論は左右されない。しかしながら、Y1が、Pの賃貸人として、信義 則上、Xを含むOマンションの区分所有者らに対し、同区分所有者らがQ土地を建築基準法上の 敷地として利用することに協力すべき義務を負っていたことはそのとおりであるところ、Y1は、
遅くとも平成26年 1 月21日には、杉並区の説明によりQ土地がOマンションの建築基準法上の敷
地であることを認識したのだから、前記義務の一環として、Q土地を売却する場合には、区分所 有者らに対し、これによりOマンションが建築基準法上違法になることを説明し、区分所有者ら においてかかる事態を避けるべき手段を講ずる機会を与えるなどして、Oマンションを法に適合 させるべく誠実に協力すべき信義則上の義務を負っていたというべきである。この見地からみる と、Y1は、杉並区から、Q土地に建物が建築されるとOマンションが建築基準法及び東京都建築 安全条例上重大な違法建築となることから、そのような事態を避けるためOマンションの管理組 合と協議するよう勧告を受けていたにもかかわらず、管理組合に対してQ土地等を 2 億円以上で 購入する意思があれば売却する旨を平成26年 1 月27日に提案したものの、その回答期限を、わず か 4 日後の同月31日に設定した上、回答期限が経過する前にY2との間で本件解除・転売合意を 行い、同年 2 月 7 日にはY3にQ土地を売却しているので、到底、管理組合に対し、対応を検討す る十分な機会を与えたとはいいがたい。
そして、Y1が上記提案をしてからY3にQ土地を売却するまでの間に管理組合との間でQ土地の 売却について何らかの協議を行った形跡がないこと、本件提案を行う以前においても、Q土地の 売却に関して管理組合に対して十分な情報提供を行っていたとも認められないことも考慮すれ ば、Y1は、Oマンションの区分所有者らに対して負う信義則上の義務を尽くしていたとはいえず、
同義務に違反したものとして、Oの区分所有者らに対し不法行為責任を負うというべきである。
Y1が第2売買契約によりQ土地をY3に売却したこと自体がXに対する不法行為に該当するとはい えないが、この売却に際し、管理組合に対し対応を検討する十分な機会を与えるなどして、本件 マンションを法に適合させるべく誠実に協力すべき義務を怠ったことについては、借地契約に付 随する信義則上の義務に違反するものとして、不法行為が成立するというべきであるとする。
⑵④㈡Yらの関連共同性の有無については、Y3は、第 1 売買契約の残金決済を行う前提として、
Y2が本件各戸建の建築確認を受ける必要があったところ、Y1は、平成26年 1 月21日に杉並区か らP底地とQ土地の所有者が同一であるため建築確認が留保されたとの説明を受けたため、いっ たんQ土地の所有権を第三者に移転することとし、当該第三者としてY1の関連会社であるY3を選 定し、同年 2 月 7 日に第 2 売買契約を締結したものと認められる。そうすると、Y3は、Y1によ るQ土地の売却には加担したということができるが、Y3がOマンションの区分所有者らに対して 負う義務は、飽くまで、Pの賃貸人であるY3が負う固有の義務であるところ、Y3がY1による区分 所有者らに対する対応になんらかの関与をしたことをうかがわせる証拠はなく、Y3がY1の義務 違反行為に加担したとまではいえず、Y3が、Xに対し、Y1の義務違反行為につき、共同不法行為 責任を負うことはできない。
また、Y2については、Y1がXに対して信義則上の義務を負うのはP底地の賃貸人であるためで あることは判示のとおりであるが、Y2は、Pの賃貸借契約には関与していない。そして、これま での認定及び弁論の全趣旨によれば、Y2は、Y1およびY3となんらかの資本関係または従前から 取引関係があるわけではなく、A〜Fの戸建の建築確認が受けられるのであればQ土地の購入を 希望することをY1に表明していたにすぎないことが認められ、Y1によるOマンションの区分所有 者らに対する対応についてなんらかの関与をしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、
Y2が、Y1と共同して不法行為を行ったということはできない。
⑵④㈢Yらの権利濫用による共同不法行為の成否についてXは、A〜Fの戸建の建築により、O マンションが違法建築物となってXが区分所有権を喪失するおそれが生じ、Xの快適な生活を維 持する利益が侵害され、Yらの行為は権利濫用として共同不法行為が成立すると主張するが、Y1
がQ土地を処分してはならない義務を負うものではないことは判示のとおりであり、Y1が平成26 年 1 月21日に杉並区の説明を受ける以前からQがOマンションの建築基準法上の敷地に含まれる ことを確定的に認識していたと認めるに足りる証拠はない。Y3において、当初から、Q土地を転 売することによりOマンションが建築基準法および東京都建築安全条例に違反する状態になるこ とを認識・容認しながらQ土地を取得したとまではいえないことからすれば、Y3によるQ土地の 売却がXに対する権利の濫用に当たるとはいえない。Y2についても、Pの賃貸借契約には関与し ていないことなどの事情にかんがみれば、本件各戸建を建築したことが権利濫用に当たるとはい えない。したがって、Xの主張は理由がない。
⑵④㈣損害の有無および損害額について、まず区分所有権価格の下落につき、A〜Fの各戸建 の建築によってOマンションの居室の価値が一定程度下落したことが認められるが、Y1がQ土地 を売却したこと自体が不法行為に当たるものではない。Qの売却によって生じた損害である下落 分をY1の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。慰謝料については、Oマ ンションの区分所有者らは、Y1による信義則上の義務違反行為により、Q土地をOマンションの 敷地として維持するための対応をとる十分な機会を失ったという損害を被ったと認められるとこ ろ、Oの区分所有者の 1 人であるXは、これにより一定の精神的苦痛を被ったものと認められる。
そしてXが、Q土地に建物が建築されることによって生活環境に影響を受ける 1 階住戸の住民で あり、このような機会に対する期待も大きかったと解されること、他方で、管理組合においても、
積極的にQ土地の売却を阻止するための具体的な行動をとっておらず、Y1の義務違反がなければ A〜Fの戸建ての建設を阻止し得た蓋然性が高かったとまでは認められないことなど、本件に顕 れた諸般の事情を総合考慮すると、Xの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、30万円を 相当と認める。弁護士費用について、Y1の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として 3 万円を認めるのが相当である。XのY1に対する請求は、認容額の限度で理由があるからその範囲 で認容し、その余は理由がないから棄却することとしXのY3及びY2に対する請求は、いずれも理 由がないから棄却することとした。
3.争点
ⅰ.Pを要役地、Qを承役地とする地役権の成立の可否、本件合意の効力に基づく請求の当否。
ⅱ.Xの生活環境に係る法益侵害に基づく建物収去請求の当否。ⅲ.Y1の不法行為の成否、Yら の共同不法行為の成否等である。
4.考察
4 - 1 .OマンションとP及びQ土地関係の経緯
株式会社T(以下「T」という。)およびW社(以下「W」という。)は、昭和46年 7 月24日、
敷地利用権を借地権とする分譲マンションとして、本件マンションを新築した。これに先立
ち、Tは、P土地、Q土地および他の周辺土地を敷地として本件マンションの建築確認申請 を行い、昭和45年 6 月 9 日に建築確認を受け、昭和46年 7 月29日、検査済証が発行された。
なお、Q土地を敷地に含めない場合はOマンションの敷地は建築基準法52条所定の容積率を 満たさないことになる。
Tは、昭和46年 2 月27日、P土地、Q土地およびその周辺土地の共有者であるSら(以下「S ら」という。)との間で、P土地に借地権を設定する旨の契約(以下「本件借地契約」という。)
を締結した。建築確認申請において本件Oマンションの敷地とされていた土地のうち、P土 地以外の土地には借地権は設定されなかった。本件借地契約には、借地権設定にかかる条項 のほか、Q土地に関しては、以下のような条項がある(以下、これらの条項による合意を「本 件合意」という。)。
(第12条)
Sは、Sの所有する土地添付図面⑴ないし⑷の土地には一切の構築物を建設したり、Tの承 諾なくして第三者に売却してはいけない。
(第13条)
SはSの所有する土地のうち添付図面⑴及び⑷の土地を本件マンションの駐車場として提 供し、他の目的には一切使用しない。(以下略)
(第20条)
SはT及びTより本件マンションを購入した区分所有者が必要とした場合には、添付図面 用地を本件マンションの建築基準法上の敷地として、将来とも提供する義務を負うものとす る。(以下略)
本件Oマンションは、昭和46年 7 月に完成したのち、各区分所有権が分譲された。Xは、
Tから同マンションの居室を購入し、同年 9 月、Oマンションの区分所有者となった。P土 地及びQ土地の所有権は、平成12年 9 月 4 日、当時の所有者であるSから競売によりU社(以 下「U社」という。)に移転し、平成17年 1 月19日、同社から売買によりV社(以下「V社」
という。)に移転したのち、平成25年11月 1 日、Y1が担保不動産競売によりこれらの土地の 所有権を取得した。また、Oマンションの区分所有権も転々譲渡された。これらの権利移転 に伴い、P底地の賃貸人および賃借人の地位も順次移転し、平成25年11月 1 日、Y1がP土地 の賃貸人、Xを含む本件マンションの当時の区分所有者がPの賃借人となった。
Y1は、平成25年11月22日、Y2に対し、Q土地ほか 2 筆の土地(以下「Q土地等」という。)
を 2 億円で譲渡する旨の売買契約(以下「第1売買契約」)を締結した。Y2は、Q土地の所有 権移転登記前に、指定確認検査機関であるZ社(以下「Z」という。)にA〜Fの各戸建の建 築確認申請を行った。杉並区は、この建築確認申請を受け、平成26年 1 月27日、Oマンショ ンの管理組合(以下「管理組合」という。)およびY1に対し、Q土地に各戸建住宅が建築さ れると、Oマンションが建築基準法上の建ぺい率、容積率を満たさない違法な状態になると して、Oマンションを適法な状態に維持することを求める行政指導を文書にて行った。これ に対し、Y1は、平成26年 1 月27日、この行政指導を受け、管理組合に対し、Q土地等を平成 25年11月22日に 2 億円で売ったので、それ以上の金額であれば当該売買契約を解除して改め
て管理組合に売却するとの内容の文書を交付した。
Y1とY2は、平成26年 1 月31日、第1売買契約を解除するとともに、Y1がQ土地等を第三者 に譲渡し、その所有権移転登記が完了した後 7 日以内にY2のQ土地を対象とする建築確認が 下付された場合、Y2がQ土地等を 2 億1000万円で優先的に購入できる旨を合意した(以下「本 件解除・転売合意」という。)。Y1は、平成26年 2 月 7 日、Y3に対し、Q土地等を 2 億円で売 却した(以下「第 2 売買契約」という。)。杉並区は、平成26年 3 月 5 日付けで、Y1および 管理組合に対し、Q土地に新たな建築物が建築されると、本件マンションは建築基準法52条
(容積率)、東京都建築安全条例19条(共同住宅の居室)等に適合しない重大な違反建築物に なるとして、Oマンションを適法な状態にするよう求め、これに従わない場合には建築基準 法 9 条の是正命令を行う場合もある旨を勧告した(以下「本件勧告」という。)。Y2は、平 成26年 3 月13日、Y3からQ土地を取得し、その後、Q土地上にA〜Fの各戸建を建築した。
4 - 2 .本判決の意義
P土地を要役地、Q土地を承役地とする地役権または本件合意の効力に基づく請求につき、
本件借地契約における借地権設定に係る条項、Q土地に関した合意または時効によって区分 所有者が地役権を取得したとは認められないとするが、これはまた本件合意がY1に承継さ れたとも認められないとし、Xの主張を斥けた。そして、Xの生活環境に係る法益侵害に基 づく建物収去請求については、Xの居室からA〜Fの戸建て住宅まで外壁までの距離等から すれば、眺望、日照、避難経路等影響はあるものの受忍限度内だとし、生活環境の侵害を否 認したが、Y1の不法行為については、Q土地をY1が処分してはならないという義務を負うわ けではないとした上で、Y1は賃貸人として目的物であるP底地を使用収益させる義務を負う のであって、これに付随する信義則上の義務として、Xを含むOマンションの区分所有者に 対し、Q土地をOマンションの敷地として利用することに協力すべき義務を負うとした。な お、Y1は既に、杉並区の説明によりQ土地がOマンションの建築基準法上の敷地であること を認識していたのであるから、Oの区分所有者らに対し、Q土地を売却することにより、O マンションが建築基準法上違法となることを説明し、区分所有者らにおいて係る事態を避け るべき手段を講じる機会を与えるなどする義務があったが、これを尽くさなかったとして不 法行為責任を認容した。が、その損害については、慰謝料と弁護士費用のみ(30万円+ 3 万 円)で、区分所有権価格の下落分は相当因果関係を否定する。Y1、Y2、Y3らの共同不法行 為の成否については、Y2、Y3がOマンションの区分所有者らに対する対応についてなんらか の関与があったとは認められないとして責任を否定した。
4 - 3 .私見
判旨および、建築確認が建物と敷地の関係上、確認のみに留まるという視点からすると、
当該建築確認は、Oマンションを建設する時点で敷地PおよびQを必要としていたもので、Q は債権的合意はあるものの売買の対象となり得る。そこに新たな建築物が建てられてもなん ら問題はなく、ただ新たな建築物による既存建物への悪影響を踏まえて慰謝料が発生してく ることは否めないといった解釈だろうか。Qをめぐる債権的合意は、曖昧な上に複数回にわ たる当該土地の売買を経て霧消した。そうだとすると、Xに対する慰謝料と弁護士費用を認
めるのは、実に寛大なる判断と映らないことはない。Oマンションの一区分所有者であるX に、これらを認めたから、当然にOマンションの他の区分所有者もなんらかの請求を行うも のとも予測される。とすれば膨大な費用の発生も見込まれる。ただ、ここでいう建築確認は、
建築主事に対し、その裁量を許さず、単に建築計画が法令に適合するかどうかを判断するだ けの制度で(2)、Oマンションの存続とは関わりないか。平成 4 年 8 月以前の建物は、旧借 地法上の「既存借地」に属し、建物が堅固建物であれば、期間を定めない存続期間は60年で ある。また、建物があることを前提に更新を請求すれば、更新期間は30年であり、更新を拒 絶するためには、正当事由を要することになる(3)。建築確認の効力はそもそも、建物の建 築前までで建築後は霧消してしまうプロセスに陥るのだろうか。
建築確認をめぐってのこれまでの裁判例の中では、マンションの敷地の一部とされる土地 を所有し、かつ同マンションの所有者でもある者が、当該所有地に建売住宅を建築するため の建築確認請求をしたという事案で、当該マンションの区分所有権を有する者は、区分所有 権の性質上、この建物の存立を危うくするような行為をしてはならず、このような建築確認 を取得すると当該マンションが建築基準法に適合しなくなることを認識しながらあえて取得 したのであるから不法行為が成立する事例(東京地判平12・ 5 ・25判タ1069号162頁)のほか、
建築確認申請に対する建築主事の審査内容について言及したもの(東京高判昭54・ 9 ・27判 タ403号97頁)等があり、結論として建物収去は認めなかったものの、生活環境の侵害の程 度を具体的に検討した上で、日照被害等を理由として建物の一部の撤去認めた事例(大阪地 判平4・ 2 ・21判時1457号122頁)があった。
ところで、耳目を集めたのは平成27年11月、完成直前のマンションの建築確認が取消され るという事件である。いわゆる小石川 2 丁目マンション事件(4)、(5)は、建築確認をめぐる 訴訟ではあるが、主な争点は、行政不服審査と行政訴訟の領域にあって民事訴訟ではない。
マンションの建設につき、一度は建築確認がおりたものの、近隣住民の訴えにより取消され るが、工事は進行。完成されるまでに至った(6)。この点からすると、本件では、一貫した 杉並区の指導は無力ながら的を得ているとの印象が強い。
続いて、PおよびQ土地について、平成12年 9 月までは、ほぼ一体となってOマンション の敷地としての扱いだが、その後、Q土地の所在が曖昧になった(平成25年11月 1 日、Y1が 担保不動産競売によりこれらの土地の所有権を取得した。また、Oマンションの区分所有権 も転々譲渡された。これらの権利移転にともない、P底地の賃貸人および賃借人の地位も順 次移転し、平成25年11月 1 日、Y1がP土地の賃貸人、Xを含む本件マンションの当時の区分 所有者がY1の賃借人となった)。
では、Oマンションの建物としての合法性は、P、Q土地が一対であることが要請されて いるという観点からみてみよう。Xの主張からすると、P、Q土地をO建物の敷地として20年 間継続して使用してきたから、すでに地役権を取得したとするが、裁判所は、地役権者とな り得る者は、原則として土地の所有者など土地を直接支配する物権取得者であるというべき ところ、Oの区分所有者はPの賃借人にすぎず、借地権の登記もしていないから、地役権を 時効により取得し得る地位にあると解するのは困難だとする。地役権は、要役地の所有者と
承役地の所有者の間で設定されるのが普通だ(7)。しかも判例は、賃借人が地役権者たりえ ないと解している以上、当然のことながら賃借人の時効による地役権の取得を認めていない
(大判昭 2 ・ 4 ・22民集 6 ・198)(8)。どうも地滑り的な地役権を時効取得したとせざるを得 なかったのは、このQ土地の所在が、債権的合意からもわかるように曖昧性を帯びており、
P土地を要役地、Q土地を承役地とすることで一対とみなす苦肉の策と見えないこともない。
さらに、法280条の設定行為があったとは認められない(9)。
すると、昭和46年 2 月当時における、P土地、Q土地及びその周辺土地の共有者であるSら との間で、P土地に借地権を設定する旨の契約を締結した時点から、P、Q土地が一体として 借地契約がなされていることにつき、Oの区分所有者全員が借地状況の事情に関して善意で あり、賃料支払いにも滞りがなければ、単に不動産賃借権の取得時効を請求する手立てもあっ たのではないかと思われる。ならば、判例、通説ともに肯定しているところだ(10)。継続的 な用益等外形的事実が存在し、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていると き、外形上賃料の支払いがされている場合は、土地賃借権の時効取得が可能だとみられてい る(11)。Q土地に関する債権的合意を踏まえ、一体としての賃貸借につき善意であり、概ね 半世紀に亘る使用の継続を主張することで、Q土地を含んだ借地権の取得の可能性があった ように考えられる。地役権の成立の主張は、やや失当だと思われてならない。
ところで、Yらの関連性という点では、Y3が、第 1 売買契約の残金決済を行う前提に、Y2
が戸建の建築確認を受ける必要があって、Y1は、平成26年 1 月21日に杉並区からP土地(底地)
とQ土地の所有者が同一であるため建築確認が留保されたとの説明を受けたため、いったん Q土地の所有権を第三者に移転することとし、その第三者としてY1の関連会社であるY3を選 定し、同年 2 月 7 日に第 2 売買契約を締結した。Y3は、Y1によるQ土地の売却には加担した ということができるが、Y3がOの区分所有者らに対して負う義務は、飽くまで、Pの賃貸人 であるY3が負う固有の義務である。Y3がY1による区分所有者らに対する対応に何らかの関 与をしたことをうかがわせる証拠はなく、Y3がY1の義務違反行為に加担したとまではいえ ないから、Y3が、Xに対し、Y1の義務違反行為につき、共同不法行為責任を負うということ はできない。また、Y2については、Y1がXに対して信義則上の義務を負うのはPの賃貸人で あるためで、Y2は、Pの賃貸借契約には関与していない。そして、Y2は、Y1およびY3と何ら かの資本関係又は従前からの取引関係があったわけでなく、A〜Fの戸建の建築確認が受け られるのであればQの購入を希望することをY1に表明していたにすぎない。Y1によるOの区 分所有者らに対する対応についてなんらかの関与をしたことを認めるに足りる証拠はない が、A〜Fの戸建て住宅を最終的に建設する状況を構築したのはY2であろう。そうだとする と、Y3、Y1は、底地の二重使用といった事情につき悪意である。この点、Y2は善意であっ たとしても、Zという指定検査機関を通して建築確認申請をクリアとしていることはいささ かテクニカルな面もうかがえない訳ではない。指定検査機関による建築確認については、民 間のこれら機関によって行われているが、確認検査業務を丁寧に進めようとすれば時間がか かり、顧客の希望に添えない。厳格な審査を行うところは敬遠されかねない。このような市 場競争の中で、営利を目的とする民間機関に確認検査行政を委ねることが果たして適切な政
策かは疑問である(12)といった指摘もあり、Y3、Y1の連携によって、結果的にY2によるA
〜Fの戸建住宅を完成させるまでにいたったわけだからY1、Y3の連携による不法行為責任、
結果からすると権利濫用も射程の内側にあるかのように思われる。結論的には、判旨に沿う とはいえ、筆者の思いとしてはY1、Y3に対する措置に関して、もう少し厳しく当たっても よさそうな気がする。
5.結びに代えて
Oマンションが違法建築物であるレッテルが張られ、中古マンション市場で低迷することは容 易に予測できるが、建物の存続は可能だから、居住の継続については不安定さはあるものの、直 ちになんらかの対応に迫られるということはない。判決文から明らかになるということはなかっ たが、通常の修繕を行っていれば、借地上のマンションとはいえ、今後における建物の継続的使 用といった問題は回避できよう。ただ、建築確認をめぐる制度的問題点の浮上(13)が、こうも脈々 と継続するのはいかがなものか。建築確認制度から建築許可制度への移行も声高に望まれている 状況(14)、(15)からすると、この点とともに、建築行政における情報公開の一元管理も、早急な 手当てが要請されていると思われる(16)、(17)。
以上
(1) 建築確認制度は一般的には「都市計画区域内と腕の建築物の新築、増改築、移転を使用とする建築 主は、建築計画が建築基準の関係規定に適合する物であることについて、工事着手前に、確認の申 請書を提出して、建築主事または指定確認検査機関による建築確認を受け、確認済証の交付を受け る(建築基準法 6 条 1 項、 6 条の 2 第 1 項)。そして、工事施工後に、必要な場合には中間検査を経 て工事を完了させ、完了後には完了検査を受ける(同 7 条)。行政は違反建築物に対し、一定の違反 是正命令等の措置をとることができる(同 9 条)。鎌野邦樹「不動産の法律問題〈第 2 版〉」(日経文 庫 日本経済新聞社)2017.10 124頁参照。
(2) 五十嵐敬喜・小川明雄「建築紛争―行政・司法の崩壊現場」(岩波新書 岩波書店)2006.10 224, 225頁参照。
(3) 望月礼二郎・水本浩「借地の存続期間」広中俊雄・幾代通編『新版注釈民法⒂債権⑹』(有斐閣)
1989. 4 375、376頁参照。
(4) 北見宏介「建築確認をめぐる諸問題と今後の在り方」日本不動産学会誌no.119 2017.3 106、107頁参 照。
(5) 東京高判平30・12・19lLEX/DB文献番号2561882ほか、文献番号25544864、25544865参照。
(6) 農端康輔「小石川2丁目マンション事件の経過と概要」北見宏介編『建築確認をめぐる諸問題と今後 の在り方』日本不動産学会誌no.119 2017. 3 107、108頁参照。
(7) 石田穣「物権法」信山社 2008. 7 470頁参照。
(8) 中尾英俊「地役権の時効取得」川島武宜編「注釈民法⑺物権⑵」(有斐閣)1978. 4 490、491頁参照。
(9) 我妻榮、有泉亨「コンメンタール民法 総則・物権・債権(第 3 版)」2013.3 491頁参照。
(10) 前掲書 321頁参照。
(11) 四宮和夫「民法総則(第 9 版)」日本評論社 2018. 3 443、444頁参照。
(12) 安本典夫「都市法概説(第 2 版)」法律文化社 2013. 4 120-123頁参照。
(13) 荒木哲郎「マンションの底地の賃貸人が、建築確認において敷地の一部とされた隣地部分を第三者
に売却したことが、マンションの区分所有者が当該隣地を敷地として利用することに協力すべき信 義則上の義務に違反するとして、不法行為に基づく慰謝料請求が認められた事例」マンション学・
日本マンション学会)第63号 2019. 4 117-123頁参照。
(14) 五十嵐敬喜・小川明雄「建築紛争―行政・司法の崩壊現場」(岩波新書 岩波書店)2006.10 226-228 頁参照。
(15) 建築確認は「単体規制は兎も角として、都市の中の土地の利用について用途・形態の規制を行う集 団規制については、現在のような最低規制として機能させるだけでなく、良好な都市を形成させる ための規制として機能させる必要があり、そのための別途の仕組みを構築するべきである。集団規 制にそのような機能を持たせるのであれば、それを実現するための手段としては裁量の余地のない 建築確認という制度はふさわしくない。開発許可制度が土地の利用転換のコントロールとしての手 段として位置づけられているのと並んで都市の空間をコントロールする集団規制に関しては、建築 許可制度を設ける形で体系的に都市計画法の中で位置付けを明確にすべきだ」といった指摘もある。
生田長人「都市法入門講義」信山社 2010. 3 118頁参照。
(16) 野口和俊「建築行政における情報公開」中野哲弘・安藤一郎編『新・裁判実務大系27住宅紛争訴訟法』
青林書院 2005. 8 57、58頁参照。
(17) 一方、指定確認検査機関の現状と今後につき「従来、行政内部の調整で対応されてきた建築計画の 事前公開や建築紛争の調整、福祉のまちづくり条例・要綱、震災対策、景観条例、日照などの環境 問題、廃棄物処理問題等の諸問題が、指定機関の中ではどう処理されているか。これらの問題は、
法律上、建築確認とは直接関係ないこととして建築基準法上の技術的判断だけで確認等が行われる と、確認後の争いが増加する。行政との調整が必要だ」と情報隔絶を指摘。改善を示唆する。田中 元雄「建築確認制度」塩崎勤・安藤一郎編『新・裁判実務大系 2 建築関係訴訟法(改訂版)』青林書 院 2009. 9 290、291頁参照。