奈良教育大学学術リポジトリNEAR
養護学校教育義務制実施期における障害児教育実践 と労働負担 −養護学校教諭に発症した腰痛事例の 検討−
著者 玉村 公二彦
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 33
ページ 131‑142
発行年 1997‑03‑01
その他のタイトル A Case Study on Wark‑Related Low Back Pain of a Special School Teacher.
URL http://hdl.handle.net/10105/6960
養護学校教育義務制実施期における障害児教育実践と労働負担*
一養護学校教諭に発症した腰痛事例の検討一 玉村公二彦**
(障害児学教室)
要旨:本報告は、京都府下における養護学校教育義務制実施期の教育実践に おいて腰痛を発症した教師を事例として、養護学校の教育実践と腰痛発症と の関連を検討したものである。対象とした教師の在任したT養護学校の高 等部・小学部の児童・生徒の実態を示した上で、1)京都府下の養護学校に おいて果たすことが求められた課題の重要性とそれに伴う教職員の負担の存 在、2)高等部における重症心身障害児も含めた重度・重複障害児の教育実 践に求められた課題及び基礎集団での指導の実態、それに伴う教師の負担の 存在、3)小学部における重度・重複障害児の教育実践に求められた課題お よび指導に伴う教師の負担の存在が示された。そして、予防医学の観点から の腰痛発生要因との関連で、本事例の教師の高等部及び小学部での教育実践 の実態が過度の腰部負担となったことが明らかにされた。
キーワード:養護学校教員、腰痛、労働負担
I.課題と方法
1.議題
障害児・者福祉分野や障害児教育分野において、腰痛や頚腕障害などの職員の健康問題が顕 在化してきている。労働安全衛生の分野においても、保母や看護婦、指導員の腰痛や頚腕障害 が公務災害や労働災害の範噂の中に入ってきている。障害児・者の社会参加と発達保障を促進 する積極的で教育的な介護の重要性を指摘すればするほど、それを担う保母、指導員、教師な どの関係者の健康への留意が必要になるのである。しかしながら、教職員の腰痛を中心とした 労働衛生学的な研究はなされているものの、障害児教育学の分野においては、教育実践との関 連で教職員の腰痛などの健康問題の教育学的検討は残念ながら十分進められてきたとはいえな
い。
本報告の課題は、障害児の就学や発達の実態把垣や養護学校の授業研究・教育実践研究に基 づき、1980年から1985年頃までの養護学校教育の義務制実施期に養護学校教員に発症した腰痛 事例をもとに、養護学校教育義務制実施期における教育実践と腰痛を中心とした健康問題との
*ACase Studyon Wark−Related Low Back Pain ofaSpecialSchooITeacher.
**KunihikoTAMAMURAPQaumentdSpecialEducation,Nanthmiersi&dEducation,Nan)
関係について、障害児教育方法学の立場から分析を行うことである。
2.養護学校教員に発症した腰痛事例の概要 事例の概要
事例とする教師(女性)は、1979年4月、京都府の教員として新規採用され、T養護学校に 着任したものである。背腰痛を診断されたのは、1985年10月、当時29歳であった。背腰痛症の 診断と所見は次の通りである。1)症状:背腰痛。特に腰痛のための体幹の側屈制限がある。
2)所見:腰椎上に庄痛(+)。腰椎の両側傍部の筋群の緊張、圧痛(+)。後頸部、両肩肝上 部に筋硬を認める。腰椎レントゲン所見著変なし。血液検査 貧血(−)。ロイマ(−)。尿所 見正常。3)医師の指示と経過:休業し、鎮痛剤、VB剤等の内服、シップ剤、塗布剤等によ る局所処置、温熱、マッサージ等の理学療法、鍼治療を行い、症状漸次軽減し、1986年4月か ら職場復帰した。
業務と症状の経緯
1979年度:T養護学校が本格的に開校し、肢体不自由と知恵遅れの重複障害児の受け入れ が行われた。不十分な体制のもとで中学部(知恵遅れ)の担当となった。
1980年度:引き続き中学都を担当したが、この頃は特に腰痛はなかった。
1981年度丁重症心身障害児施設H学園から高等部に新たに云名入学し、高等部1年(重度 のクラス)を担当した。12名中3名は全面介助を必要とする児童(1名は体重60kg)であり、
多忙化が強まり、この頃、時々腰痛を覚えるようになった。
1982年度:高等部4組を担当し、H学園生を中心にした、①多動、②歩行不安定、(参事イス 使用の生徒のグループを担当、また生活上の問題を持つ生徒の基礎集団も担当した。1学期の 七夕音楽祭のあと急激な腰痛を発症し整体医に行った。その後夏期休暇になり症状は軽減し た。11月4日の腰痛検診では腰痛の自覚症状はあったが検診における判定は特に問題はなかっ た。
1983年度:高等部(重度クラス)担当となり、多くの介護を要する生徒の担当になり、また 指導の必要な生徒があり、早朝、夜遅くの家庭訪問が日課となった。持ち帰り残業も増えた。
10月の腰痛検診では、腰痛で要経過観察となったが、業務軽減もなされず、逆に業務は過重に なった。11月から、腰痛のため近くの整体医に通院した(1984年2月まで)。
1984年度:1〜3月、同僚の退職により上記重度の生徒を実質1人で担当。要指導の生徒の
家庭訪問も継続、通学指導委員長になり、バス乗降の介助を毎日集中して行う。2学期になり
再び腰痛が強くなり、1984年秋から1985年5月中頃まで近くの整体に行く。1985年6月の腰痛
検診で「座っていても腰がだるく」、二次検診の結果「背腰痛症」要治療と診断された。その
後、陣痛が強くなり、勤務が困難となり、1985年6月から7月び1カ月間休業し、9月から復
職した。しかし9月になり2学期が始まると再び腰痛が悪化した。1985年10月14日K病院で
受診し、背腰痛症と診断され休業に入った。
Ⅲ.京都府下における轟護学校教育義務制実施とT養護学校教育の課題
京都府においては、1967年MU養護学校が開設され、1969年Y養護学校が開設された。養 護学校教育の義務制予告政令が出された1973年以降、1974年MO養護学校が開設され、1978 年にT養護学校が開設された。そして1979年に全国的な養護学校教育の義務制が実施され、
以後、通学制の養護学校では、Mt養護学校(1981年)、C養護学校(1984年)が開設された。
京都府における養護学校の通学区域制は、1960年代後半においては、肢体不自由と精神薄弱と いう障害種別で校種を区分し通学区城を形成してきたものの、1970年代後半以降、精神薄弱と 肢体不自由の併置方式で養護学校を設置し、障害種別にかかわりなく通学区域別に養護学校を 活用するという発想に立って養護学校を配置するよう養護学校配置方針が変化した。地域に根 づいた養護学校教育が展開されるよう、養護学校の地域配置を進める形で京都府下の養護学校 の整備とそれに基づく教育実践が進められてきたといえるが、その端緒となったのが、1978年 に開設されたT養護学校であった。従って、T養護学校は、養護学校教育義務制以降の通学 制の養護学校の設置のモデルを示すという意味で京都府下養護学校を先導する位置にあったと いえる。
通学区域から見たT養護学校の校区は、精神薄弱については、1978年1市8町、1979年〜
1983年1市9町、C養護学校の開校に伴い1984年以降1市8町となり、肢体不自由について は、1978年−1983年5市21町、C養護学校の開校に伴い1984年以降1市8町となった。特に、
1983年までは、京都北部の肢体不自由の子どもを受けとめ、C養護学校の開設を準備する位置 にあったといえる。また、1984年以降の1市8町の範囲は、面積は1362.6km2にものはり、府 下で最大の通学区城を持つ。しかも、その通学区域内のK市には重症心身障害児施設があり、
1976年以降施設内障害児学級が開設されていたが、そこを終了して高等部に通学する重症心身 障害児を受けとめることも求められるともに、施設内障害児学級を母体に1980年に開設された T養護学校K分校の本校としての位置をも占めることとなった。
本事例の教師の経歴は、T養護学校開校1年を経た1979年養護学校教育義務制の実施の年に 中学部に配置され、1981年度から高等部の教育を担当し、1985年度に小学部の教育を担当した ということである。この時期のT養護学校は、学校そのものが創立されて間もなく、障害児 教育経験の十分あるものは少なく、学校としての運営面でも教育課程づくりや実践の面でも校 内的に創立期特有の課題を持ちながら、しかもその後開校されていく養護学校や分校の内容的 な準備をするという二重の課題を背負っていたといえるのである。そのことが、過大な負担を 教職員に及ぼしたと容易に推察することができる。
乱 丁養護学校高等部の対象児の特徴とその教育の特徴 1.T養護学校高等部の教育課程編成の模索
1978年開校したT養護学校は、開校当初、中学部と高等部の年齢段階の21名の生徒を混合
し、中高等部として実践を開始した。1979年にはT養護学校の本格開校がなされ、中学部と
高等部をそれぞれ独立させ、中学部25名、高等部42名の生徒を対象として実践を展開していく ようになる。1979年以降、高等部としての教育課程づくりが本格的に開始されることになる。
高等部の教育課程編成上、特に問題となったことは次の様なものと記されている。
l)「肢体不自由児と多動な生徒が同一校舎内で学習して安全が保障されるのか」「肢体不自由 児とちえおくれの生徒を含めたカリキュラムづくり」「人格形成上に必要な基礎集団、学習集 団の編成の在り方」「生徒会活動や共同教育の在り方」「労働教育について」「問題行動をもつ 生徒を含む生活指導」などであり、1982年より、重症心身障害児施設H学園の重症心身障害 児を受けとめることに対応して、「重度重複障害児教育の在り方」、卒業生が出始めるに従って
「進路保障に視点を当てた教育カリキュラムづくり」も課題祝されてきている。これらの課題 を見れば、高等部に在籍している生徒が、障害が多様であり、しかも、問題行動を持っていた
り、重度・重複の障害児であったりしていたことがわかる。
2.高等部在籍生徒の多様性 1984年度の高等部の生徒の発 達の状況を、認識レベルにおい て見てみたのが、図1である。
発達的に乳児期にある生徒が 10%弱であり、1歳から1歳半 ばころの生徒が15%弱、2歳半 ば頃から4歳頃までの発達段階 が25%となっており、そこまで の発達段階の生徒で半数弱を占 めていた。それを主要なコミュ ニケーション手段で区分してみ
ると、19%が有意味言語が未獲 図1.1984年度高等部生徒の発達段階
得の状況にあり、49%が話しことば獲得期であった。本来の教科学習が可能となる書き言葉の 獲得期にある生徒は、32%に過ぎない。これらの生徒たちは、肢体不自由であっても、共通し て重複する知的障害を持っており、1名の情緒障害と2名の脳性マヒの生徒をのぞいて、全員 なんらかの知的障害をもっていた。以上を前提とした上で障害を示せば、脳性マヒ24名、ダウ ン症候群3名、自閉的傾向2名、その他の身体障害3名、場面かん黙1名で、知的障害のみの 障害が40名という障害の状況であった。知的障害のみの生徒であっても、その発達の幅は言語 の獲得がはじまる発達年齢1歳ころにある生徒から発達年齢10歳を越えて抽象的認識が可能と
2)
なりはじめている生徒まで、発達の状態は多様であることがわかる。
3.集団編成の特徴と教育活動上の教師の負担
このような多様な高等部の多様な生徒への教育活動を展開する基本となるのが集団編成であ
るが、それは次のような特徴をもっていた。すなわち、基礎集団としては、肢体不自由と知的
障害の混合クラスであり、しかも多様な発達段階で障害の重い子と軽い子の生活集団をつくり
実践を進めるとともに、教科的な学習では発達段階で区分して学習課題を吟味して学習を組織 していた。教育課程上においては、基礎集団の編成と学習集団の編成の原理が異なることによ って、週時間割が非常に煩雑なものとなり、子どもにとっても教師にとってもわかりづらい時 間割とならざるを得ず、時間割に即して、生徒の移動が多くなっている。日課の変わり目がな かなか理解しづらい子どもにとっては、そこで気持ちを整えたりする教師の支えや介助が日常 的に必要となる。特に、基礎集団においても障害の重い子どもを抱えながら指導し、重度・重 複の学習グループを担当する教師にとっては負担の大きいものとなることが予想される。しか も、高等部の場合、生活年齢が16歳−18歳ころまでの思春期・青年期の特徴をもつ生徒の指導 であり、その中には通常の高等部生より生活年齢の高いH学園の重症心身障害の生徒も含ま れており、その負担が非常に増幅してくることは明らかであるといえよう。
4.高等部における重症心身障害児への教育的対応
本事例の教師は、1981年以降1984年までT養護学校高等部の重度グループの責任者として、
重症心身障害児施設からの通学生も含めた重度グループでの介護を伴う教育実践を担ってき た。重症心身障害児施設からの通学生の高等部在籍生徒に占める割合は、それぞれ、1980年度
3名(5%)、1981年度3名(5%)、1982年度11名(16%)、1983年度21名(26ヲの、1984年度 22名(30%)、1985年度30名(38%)となっており、年々増加してきていた。
重症心身障害児も含めた重度・重複障害児については、厚生省・重症心身障害児分類や文部 省に設置された「特殊教育の改善に関する調査研究会」の報告「重度・重複障害児に対する学 校教育の在り方について」で不十分ながら、その特徴が示されている。すなわち、「発達的側 面からみて『精神発達の遅れが著しく、ほとんど言語をもたず、自他の意志の交換及び環境へ の適応が著しく困難であって、日常生活において常時介護を必要とする程度』の者と、行動的 側面からみて『破壊的行動、多劾傾向、異常な習慣、自傷行為、自閉性、その他の問題行動が 著しく、常時介護を必要とする程度』の者」というものである。ここでいう、「精神発達の遅 れが著しい」とは、精神発達でいうと、おおむね発達年齢が1歳前後までを指していると考え られる。したがって、発声はあっても、言語はなく、随意的な動きは見られるかもしれない が、意図的な行動はほとんどできない状態である。教育はコミュニケーションを媒介にして成 立する活動であるから、そのアプローチは通常の教育の方法とは異なり、極めて特殊な形態を とらざるを得ない。しかも、重症心身障害児を含む重度・重複障害児の発達の理解の深まりに 伴って、概括的な捉え方だけでは子どもの実態を捉えたことにならず、よりその子どもの発達
との対応で教育の目標を明確化させることが求められてきた。また、教育的アプローチは、障 害と発達が相互に関連しあっていることから、精神発達のみならず、障害の軽減、変形や拘縮 の進行など二次的な障害の予防や軽減をも目標とするものである。
以上、一般的な重症心身障害児を含めた重度重複障害児の教育的対応の基本となる事項につ
いて簡単に示してきたが、当時、重症心身障害児施設からT養護学校高等部に通学していた
生徒は通常の高等部生より年齢的にも高い生徒であり、変形や拘縮の進行、常同行動や問題行
動の固定化が存在し、その軽減をも含めた濃密な働きかけや教育的なアプローチを組織するこ
とが求められたといえよう。
Ⅳ.T養護学校小学部の児童の実態と教育実践 1.通学制養護学校小学部間での比較
本事例の教師は1985年度より小学部に配置替えされており、その小学部在籍児童の特徴を、
上記の実態調査から他の養護学校と比較して示しておきたい。図2は、1980年代半ばの養護学 校小学部に在籍する児童の発達に関する実態調査に基づいて、通学制養護学校小学部在籍児童
の発達の状態の構成比を養護学校別に示したものである。T養護学校小学部に即していえば、
3)発達段階で乳児期後半までの児童の占める割合が26.4%と通学制養護学校の中では最大となっ ており、障害の重い子どもの占める割合が高いことがうかがわれる。
2.高学年の基礎集団と学習集団の編成と児童の実態
当時のT養護学校の小学部では、小学校の6年間を前期と後期に区分して集団編成をおこ なう施行期にあり、3年間で総括するという見通しのもと1985年はその2年目であった。高学 年の基礎集団は学習課題が比較的共通する児童で編成されており、基本的な生活の力量をつけ ることを学習課題とする集団と、学習指導を中心に力量をつける集団に区分されていた。しか も、そこに、は「多様な障害を持つ子どもたちの育ち合い」という観点から、肢体不自由と知的
4)
障害の児童が同一集団に編成されていた。
本事例の教師の担った1985年で養護学校′ト学部高学年グループの児童の発達と障害の実態
5)
を示したのが表1である。小学部高学年の基礎集団のうち、障害の重い児童で編成される集 団であり、生活の力量をつけていくことを課題とするものであった。なお、担当の教師は、本
学校名\発達段階
Ml・養護学校
MO養護学校
MU養護学校
乳児期前半 乳児期後半 1歳から1歳半ば 2歳から4歳頃 5歳半ば以降
0% 109も 2095 309も 409も 50% 6095 70,6 80% 9096 100,
図2.通学制養護学校小学部の在籍児童の発達段階
一tと ±_ = ̄
表1.T養護学校小学部高学年4組の構成状況
学年 性別 主障害 障害の状況 身 辺 自 立
移動手段 はなし言葉 言語理解
食 餌 排 泄 着 脱
5 女 知恵遅れ ⅢR 発作 マヒ ス1 − ンは使える 大使介助 大部分介助 片手支え歩き 一語文中心 0 0 持ってきてがわかる 5 男 知恵還れ 賊R 言語障害 ス1 − ンは使える 時粗を見て指示 ほとんど自立 自分でバスの敢降 ものと結びついた富斐 0 0 括ってきてがわかる 5 女 自閉 M R 自閉 多助 スプーンは使える 一人で ほとんど自立 歩く 連続疇語 呼ばれたら自分の名前がわかる 5 女 脳性マヒ htR マヒ 全面介助(きざみ) おむつ使用 全面介助 移動不可 発声のみ 相手に故実みかける 5 女 ′傾 症 htR マヒ 全面介助惜 過食) 時間を見て介助 全面介助 移動不可 発声のみ あやしかけに微笑み
6 女 染色体異常 M R ス1 −ンは使える 時間を見て指示 自立 走る 連続疇語 行きたい方向を措きす
6 男 ダウン症 M R 手づかみが多い 一人で ほとんど自立 自分でバスの乗降 発声のみ ちょうだいでわたす 6 男 ダウン症 M R ス1 −ンは使える 時間を見て指示 自立 自分で′くスの乗降 発声のみ 0 0 持ってきてがわかる 6 男 急性脳炎後逝症 M R マヒ 全面介助(きざみ) 全面介助 全面介助 移動不可 発声のみ 呼ばれたら自分の紺 がわかる
事例の教師も含めて4名であった(男性2名−T養護学校担任歴は3年と1年、女性2名一 本事例の教師が8年、1年)。
この学級には、肢体不自由で身体的に全面的な介助を必要とする児童(移動不可の児童)が 3名在籍する一方、自閉的傾向で多動の児童や走ることができる児童が2名、言語発達の顕著 な遅れがあり気持ちや行動のコントロールがしづらいダウン症の児童が2名いるなど、生活力 の形成という課題は共通しているとはいえ、その内容は個々の児童をに即して多岐にわたると いうものであった。
3.日まと教師の指導
日課の設定に即して、具体的な学校生活の様子は次のように概括することができ岩)
(1)スクールバスの到着に伴い肢体不自由児の抱き上げと抱き起こし、教室への移動、生活リ ズムと体調を整えるという意味で、スクールバス乗車でこわばった身体をほぐし、活動的な体 勢をつくる準備を行う。
(2)生活の場から学習の場への転換を身体で感じることができるよう、雰囲気をつくりながら 肢体不自由児の着替えや排泄の介助を行う。同時に肢体不自由のない児童の安全確保や身辺の 介助を行うこともある。その際、教師は、寝たままの状態の肢体不自由児と立って歩く知的障 害児の間で、よつばいから片膝立て、前掲姿勢などを繰り返し、同時に指導を行わなければな
らない。この時間は、おおよそ、「からだ」の時間(1校時)として位置づけられている。
(3)学習の体制が整うと朝の会(2校時)として、子どもの呼名・歌・手遊びなどが行われる が、その際も、子どもを支座位にして支えたり(肢体不自由の場合)、また立ち歩く児童(多 動の児童)をすわらせたりする。子どもと視線を合わせて共感関係を培うことが教育上重要で あり、教師が中腰になって子どもと視線を合わせて、コミュニケーションをとっていくことが 必要とされる。
(4)3・4校時が設定的な課題としての学習時間であるが、「音楽/体育」「えがく・つくる」
「みる・きく・はなす」「あそび」「しごと」「あつまり」などが、学習グループ別に設定されて
いる。そこでは、肢体不自由の場合は子どもが発達の力量を出せるような姿勢を保持し、姿勢
に発達的抵抗を入れ、ねらいとする発達の力量を最大限発揮しうる場面をつくる。子どもの表
情などをよく観察するとともに、教師が支えとなるよう声かけを行い、コミュニケーションを とることが求められる。肢体不自由のない子どもの場合には、課題に集中できるよう手をそえ たり、ことばをかけながら支えとなったりする必要がある。児童が気持ちを揺さぶられるよう に、児童の身体を揺さぶったり、中腰となりながら児童と視線をあわせて、子どもとともに課 題をおこなったり、気持ちが乗らない子どもの介助を行い、抵抗ある課題に取り組ませること などが常時必要となる。
(5)授業の後片づけは単に教室内の清掃や教材のあとかたづけだけではなく、児童の体や手を あらったり、着替えなども同時に行う。特に、ダウン症や自閉症の児童にとっては、授業から 次の活動への切替えが気持ちの上でできないものがあり、すわり込んでしまったり、突発的な 行動をとったりしてしまいがちであるので、必要な支えとなることも教師に課せられた課題で ある。
(6)給食準備と食事指導は、重い障害を持つ子どもたちであっても、生活意欲が出てくる場面 であり、教育上非常に重要な指導場面である。給食の準備は、食事の雰囲気をつくり出しなが ら、参加できる児童をも巻き込んで食事の準備がなされる。寝たままの状態の肢体不自由児の 指導においては、毎日の養護・訓練の指導と併せて摂食の機能を向上させ、食事に必要な力を 育んでいくことも課題である。子どもの偏食や食べ方などにも配慮する必要がある。寝たまま の状態の児童については、身体を起こしつつ、首と肩(必要な場合には顎)を支持し、子ども の表情を観察しながらもう一方の手でゆっくりと食事を入れて行く。肢体不自由の寝たきりタ イフの子どもの摂食指導は長時間無理な姿勢をとりながら、細心の注意を払う必要のあるもの であり、経験と熟練が必要とされる。知的障害の児童については、偏食指導や食物で遊んでし まうなどの問題への対応をしながら、子どもの行動にあわせて指導を行う必要があり、子ども にあわせた対応が瞬時にできるよう体勢をとる必要がある。
(7)食事後は、歯磨き指導や排泄指導、後かたづけなどがある。一方で、肢体不自由児を介助 しながら、多動児の安全管理もおこなうことになる。
(8)午後の学習指導は基礎集団での「しごと」となっているが、具体的には、(4)で示した設定 的な学習指導と同様の活動が求められることになり、ここでも多様な子どもたちの課題に合わ せた教師の姿勢が必要とされる。
(9)下校準備と終わりの会は、朝の時間帯に設定されているものと同様の活動となるが、スク ールバスの発車時間が決まっているためそれに間に合わせる事が求められる。従って、教師が 全面的に介助して下校の準備をすることになりがちであり、複数の児童の下校の準備を行うた めに、頻繁に児童を抱き起こし、抱き上げ、抱え、手を引いての誘導などの行為をせざるを得 ない。この間、連絡帳や配布物の点検なども行うことになる。
㈹スクールバスへの乗車介助については、登校時と同様の活動を行う。全面介助の必要な肢 体不自由児の場合は、車いすから抱えて降ろし、抱き上げてステップを登り、そして席に下ろ
し、子どもに合わせた姿勢で固定をするなどを行うことになる。
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Ⅴ.障害児教育の実践と教師の腰部負担 1.腰痛の発症要因
これまで、養護学校の教師は、もっぱら障害児の障害についての医療や医学の知見を摂取 し、障害児の発達診断結果などを学びながら、教育実践の組織化において試行錯誤をおこなっ ていた。しかしながら、そういった教育実践・教育活動を担う教師への着日は、研究としては 十分であったとはいえず、障害児教育を担う教師の健康問題について、これまで経験的に指摘 されてきたことに科学の光が当たったのは最近のことである。滋賀医科大学予防医学講座は、
腰痛発症要因が養護学校教員の業務に内在しているということを全国的規模での実態調査によ って確認している。その結論は次のようなものである。
7)「腰痛を発症させる労働負担の内容・要因としては、児童らのだきかかえなど重量物取り扱 いに相当する作業、寝たきり状態など姿勢保持のできない児童らに対応するためにとらざるを 得ない無理・窮屈な姿勢と同時に手に荷重がかかる作業、知的障害のため突発的な行動をする 児童らに対応するための抱きかかえ、手を引く、立たせるなどの筋的作業、低身長の児に手を そえたり、対面するための中腰姿勢の多い作業が考えられ、このような条件を持つ児童・生徒 の担任(する)数が多いなど、腰痛発症の危険が高まることが明らかになった。」
この調査では、腰痛の発症と児童・生徒の要介護要件との関連を多重ロジスティック回帰分 析によって検討している。その結果、T養護学校のような精肢併置校(知能障害と肢体不自由
の両者を対象としている養護学校)の場合、児童・生徒の要因として、移動・乗降に際して
「抱きかかえなけれはならない」(男女共通)が、そして女性の場合には「排泄の失敗がたまに あり洗体する必要がある」という児童・生徒の要因が得られており、しかも、所属学部が小学 部あるいは高等部であることが腰痛の発生と統計学的に有意な関連があることが示されてい る。
これまで、1979年養護学校教育の義務制実施まで、養護学校においては重度・重複障害児の 教育実践の蓄積が十分なされておらず、しかも養護学校教育義務制実施以後も重度・重複障害 児への教育実践とそこでの教職員の健康の間掛こ光が当てられてこなかったことによって、養 護学校教員の腰痛はこれまで職業病として認められてこなかったという歴史的な対策の遅れを 指摘せざるを得ない。その上で、予防医学的な検討によって明らかにされた腰痛要因は、これ まで述べてきたT養護学校高等部及び小学部での教育実践の実態に照らせば、本事例の場合 にも明らかに当てはまるものといえる。
2.T養護学校の課題と公務の過重性
京都府においては、それまでにも養護学校が開設されていたとはいえ、精肢併置の学校はT
養護学校の開設からはじまり、1979年養護学校教育の義務制の実施以降本格化をしていった経
過がある。したがって、T養護学校は、開校当初から新しいタイプの養護学校として実践を進
めることが求められた。しかも、その後開設されていくT養護学校K分校、C養護学校を展
望する上でも重要な位置にあり、重症心身障害児施設の入所児の後期中等教育の機関としても
役割を担うという課題が課せられていた。年齢の高い重症心身障害児の高等部教育を保障する という点では、全国にも類例が見られないものであった。T養護学校自体の学校の組織づくり とともに、京都府下の他の養護学校・分校の母体ともなりながら、重症心身障害児施設とも連 携をとってゆくという多様な課題を担っていた。
重症心身障害児を含む重度・重複障害児の教育は、1979年から本格的にはじまり、1980年代 になって実践がすすめられてきた。本事例もまたそうした草創期の障害児教育に携わってきた ものである。このような重度・重複障害児の教育については、1983年に文部省から出されてい た『特殊教育諸学校学習指導要領解説一養護学校(肢体不自由児教育)編(昭和58年)』で も、「具体的な指導内容・方法については、いまだこれといって確立したものがないと言って よく、指導計画の作成と指導に当たっては、児童生徒の心身の障害の状態及び発達段階に即し た工夫が特に必要とされる」と指摘されており、1980年代を通じて、これら重度・重複障害児
に対する教育的取り組みは模索の段階であった。教育経験が蓄積されていない段階では、試
8)行錯誤がなされなければ障害の重い子どもたちに対する教育の定式化を行うことはできず、そ のこと自体の過重性が評価されなければならない。
3.指導体勢と集団編成
で養護学校の集団編成は、子ども同士のかかわり合いを重視するという教育的意義づけをし ながら、肢体不自由と知的障害の双方の児童・生徒を同一の集団に組織して、実践が進められ るという特徴を持っていた。しかし、このような集団編成で実践を進めることによって、肢体 不自由児の日常生活介助と知的障害の子どもの安全管理や日常生活指導が重なりあい、教師の 腰部への負担は過重なものとならざるを得ない。しかし、そのような集団編成にならざるをえ なかった実情も認識する必要がある。すなわち、障害の重い子どもの指導を行う際に、身辺的 に自立している児童・生徒も集団の中に存在すれば、ある程度、子どもたち同士の関わりを持 ったり、あるいは介助が必要な場合、持たせたりすることによって障害の重い子どもに集中で きるのではないかという事である。つまり、その背景には教師の配置の不足ということが潜在 していたのである。T養護学校の実践の総括には、常に教員の不足が指摘されており、1985年 の小学部の当該学級の調査票においても、養護学校教育の改善のための意見として、「とにか く、今は教員の定数不足であると思われるので、まずそれを解決していく必要が絶対にある」
と記入されていた。
9)そもそも、養護学校の学級編成および教員定数については、「公立義務教育諸学校の学級編
成及び職員定数の標準に関する法律」および「公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数
の標準に関する法律」において定められてきた。それが、1980年一部改正され、盲・聾・養護
学校の「重複障害学級」に関する基準が、5名より3名へと変更された。しかし、この法律に
基づく教職員の定数配置は、1980年以降すぐには実現されずその後の10年間の中で実現される
ものとされた。養護学校の現場においては、児童・生徒の集団編成において、調整せざるをえ
ない実態があり、特に障害の重い子どもの担当者には結果として負担が加重することとなった
といえよう。
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4.本事例の教師の教育経験と腰痛の発症
藤本幸子・越野和之は、奈良県における養護学校教員の腰痛の実態から、小学部の教員の腰
10)
痛の発症について次のような指摘を行っている。
「腰痛は比較的若い世代に多く、障害児校就労後、3年までに発症する例が多い。さらに、
学部別では特に小学部の担任時に、中腰や同じ姿勢の継続で腰への負担がかかったらしいと思 われ、その蓄積から慢性筋疲労や急性腰痛症に転じていったと考えられる。」
本事例の教師の教育経験からすると、すでに、高等部在任中に重症心身障害児の指導などに よる慢性筋疲労の蓄積があり、直接的には小学部に移り腰痛を発症したものといえる。滋賀医 科大学予防医学講座健康実態調査においては障害児学校就労後腰痛発症者の発症月の月別分布 が示されているが、そこでは6月と10月に二つのピークが発生していた。本事例の教師の小
11)学部における腰痛発症の時期をみても、6月と10月という典型的な時期に発症している事か ら、小学部での負担が障害児学校教員の腰痛発症の上で典型的なものであったことは明らかで ある。
高等部の生徒と小学部の児童とは身体の面では体重も身長も異なっているが、教育実践とい う面では、身辺の自立・生活上の介護、生活的力量を充実させるための教育指導により、腰部 への負荷が集中的にかかることになったのである。ここに、単なる重量物の運搬と障害の重い 子どもの教育実践の相違があり、障害児教育の実践の特徴と過重性を見ることができる。身辺 の自立をめざして、排尿健の自立のために一人の子どもについて一日5−6回オムツをはずし てオマルに座らせ、首をしっかり支え、抱いたままの姿勢で食事介助をし、全身で「うた・リ ズム」を感じとらせるため抱いたままとんだりはねたり、多動の子どもの生活を安定させるた めの中腰姿勢での指導など、単なる介護ではなく子どもの発達を促す教育としての意味づけが なければなしえない行為であるといわなければならない。
おわりに
障害児教育の分野においては、障害児教育の実践的な進展にともなって、教職員の腰痛に典 型的に示される健康問題が深刻となっている。障害児の発達を保障することと教職員、家族の 健康を守り・増進させて行くことの両者を統一させてゆくことが求められている。このこと は、教育実践を一層科学的なものとする障害児教育実践の研究において、教師の教育実践の予 防医学的検討を位置づけながら、障害児教育の教育条件を整備し、実践を組織していくことを 意味している。
教師には障害児の最大限の発達の力を引き出すような取り組みが求められ、重い障害をもつ 生身の人間を、教師という生身の人間が介護をしつつ、教育的なねらいを実現して姿がある。
障害の重い子どもを受けとめ、障害児の発達を追求し、現在の生活の質を高め、その将来を切
りひらく力量を形成していく教育実践の社会的な意義と役割は大きいといわなければならな
い。そのような障害児の教育実践の社会的役割の大きさを考えれば、障害児の教育実践の質を
保障しながら、それを担う教師の力量と健康が守られることが最低限必要である。養護学校教
師に発生する腰痛をはじめとする健康障害と教育実践との関連を総合的に明らかにし、同様の 健康障害が養護学校で起きないための費重な教訓として生かされるべきであることを最後に強 調しておきたい。
注
1)丹波養護学校紀要編集委員会『丹波の教育−10周年記念号』第9号、1987年3月、p.19。
2)以上の高等部在籍児童の障害と発達については、「全校生徒の発達の様子」(丹波養護学校 紀要編集委員会『丹波の教育』第7号、1985年3月)より作成。
3)詳しくは、拙稿「京都府下における障害児の就学と発達の動態について」『障害者問題研 究』第58号、1989年、p.42−p63参照。
4)丹波養護学校『丹波の教育』第8号、1986年。
5)京都府障害児教育研究会「1985年度義務教育就学6年目の実態調査(Å)一学級別−」
より。