奈良教育大学学術リポジトリNEAR
ひとりの自閉症児の療育場面におけるコミュニケー ション行動の発達変容
著者 田村 浩子, 隈部 一彦, 田辺 正友
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 29
ページ 81‑90
発行年 1993‑03‑01
その他のタイトル Developmental Changes of Communication in an Autistic Child at the Class of Remedial
Education for Preschool Handicapped Children
URL http://hdl.handle.net/10105/6802
ひとりの自閉症児の療育場面における コミュニケーション行動の発達変容‡
田村浩子・隈部一彦・田辺正友
(障害児教育教室)
要旨:自閉症児のコミュニケーション行動の発達をめぐる問題を検討するため に・筆者らが療育活動でかかわっているひとりの自閉症児の前言語的コミュニ ケーション行動から言語的コミュニケーション行動への移行に視点をあてて、
障害による傾向性とその発達変容を縦断的に分析した。そして、そこで得られ た知見をもとに・指導・療育課題についての検討を試みれ
キーワード:自閉症、前言語的コミュニケーション、話しごとば
問題の所在
自閉症の障害として、Wing(1981)は「コミュニケーション、社会的相互作用、想像力」の 3組の同時障害を仮説し、その原因として脳のある部位や機能の損傷、通常の発達の阻害を挙げ ている。しかし、自閉症の基本障害に関しての議論はなお流動的であり、その病理もまだ明らか にされていない。こうした現状にあって「自閉」という障害をもちつつ発達している子どもたち の具体的な発達像が明らかにされねばならない。また、自閉症に固有の行動特性とされる行動が 発達過程の中でどのように変容を遂げていくかを、生活実態や教育実践の中身とかかわらせて吟 味される必要があろう。
障害をもつ子どもたちは、その発達過程において種々の困難を伴いながらもそれらを一つひと つ克服し発達していく存在であるという認識が深まりつつある。自閉症児においては、こうした 困難のうち、ことばを中心としたコミュニケーションの障害というものが特別重要なものとして 挙げられる。というのも、ことばは、音声を使用して他者と喜びや悲しみ、驚きなどの感情を共 有するために必要不可欠なコミュニケーションの媒体というだけではなく、自己の行動をコント
ロールし・自我の客観化や、概念形成にも深くかかわるものだからである。また、コミュニケー ション手段としての話しことばの獲得が達成されない場合、様々な保育・教育指導上の困難が生 じてくるといった問題もある。
ところで、ことばは、それだけで一つの独立した発達があるのではなく、その子が持つすべて
Deve1oPmenta1Changes of Communication in an Autistic Chi1d at the C1ass of Remedia1Education for Preschoo1Handicapped Chi王dren
Hiroko TAMURA,Kazuhiko KUMABE and Masatomo TANABE
(Department of Defecto1ogy,Nara University of Education,Nara)
の領域や機能の統合体を土壌として育っていくが、話しことばが他者との活動の共有を基盤とし て成立してくるものであると仮定するならば、ことばの根ざすべき基盤そのものの弱さは、話し ごとば獲得に対して直接的あるいは間接的に重要な影響を及ぼすものと考えられる。話しことば の獲得に困難を示す自閉症児の場合は、前言語的コミュニケーションから言語的コミュニケーショ
ンヘの移行期に基本的問題を有していると思われる。Curc1o(1978)は、コミュニケーソヨン行 動を目分の要求を達成するための要求表出行動(imperative performance)と相手に自分の興 味の対象を叙述する行動(dec1arative performance)とに分けると、通常この2つのコミュニ ケーション行動は同時に獲得されるべきであるが、自閉症児は特にdec1arative performance がほとんど見られないと報告している。このdec1arative performanceの獲得には、通常10カ 月頃の特定の相手の形成と充実が必要である。自閉症児は、一般にコミュニケーションが弱いの ではなくある特定のコミュニケーション行動が弱いことが示唆される。また、Tager−F1usberg
(1981)は、自閉症児は音韻論的・統語論的発達に遅れはあるものの健常児と同じすじ道をたど るが、語用能力や意味能力の発達には特別な障害が見られる、と指摘している。これは、自閉症 児が・語彙・統語能力などの言語の形式的側面に比べると・外界の概念に基づく意味能力や他人 の精神状態の理解と関連する語用能力といった認知・社会的なコミュニケーションを必要とする 機能的側面に弱さがあるということを示したものである。
本研究では、以上の先行研究をふまえ、筆者らが療育活動でかかわっているひとりの自閉症児 の前言語期から言語期におけるコミュニケーション行動・特に特定の第二者の形成と充実に視点 をあて、一その発達変容を縦断的に検討した。そして、そこで得られた知見を基に指導・療育課題 についての検討を試みた。
裏側研究
対象児 本児は、筆者らがかかわっている1歳半健診のフォロー児で、1991年4月(C A2:
10)からN大学障害児学教室の就学前障害児治療教育教室での週1回、1時間半の療育に参加し ている。本児は、D S M一皿一Rの診断基準を満たす自閉性障害児である。
1988年7月10日生まれ、4歳4ケ月の男児。現在K市心身障害児通園事業での療育に週2回通 園。家族構成は父、母、姉。生下時体重35649、自然分娩、新生児黄疸強。哺乳力は強く、生後
1年までの「定頸」「寝返り」「座位」「ハイハイ」「初歩」等の運動性発達は正常であった。11ケ 月時に「マンマ」と始語があり、1歳半頃まで語彙数の増加がみられたが、その後消失し、視線 が合わない、ひとり遊びが多い、人見知りしない、物への固執性がある、クレーン現象がみられ るなどの特徴がみられた。その後再び発語がみられたのは3歳8ケ月頃である。なお、脳波異常、
てんかん発作等の問題は現在までみられていない。
分析貸料 手締き 本児の2歳10ケ月から4歳2ケ月の約1年半の療育活動を通して得られた
行動観察記録によってその発達変容を分析した。療育場面での行動観察記録は記述法により、2
名の担当者(主任担当者と担当学生)が個別に行った。そして、毎回の療育終了後および原則と
して月一回のケース検討会議で検討した。さらに、写真およびビデオ撮影を行った。観察結果の 補助資料として、本児の日常生活場面の様子を母親から事情聴取した。また、本児の発達状況を 知るために、適宜、新版K式発達検査を実施した。その結果をTab1e1に示した。
Table1 新版K式発達検査結果 実施日 CA
CA全領域 姿勢・運動 認知・適応 言語・社会
1990.10.2 2:3 1:4 1:8 1:5 0:9
1991.1.19 2:7
114
1:8 1:50:10
1991.5.31
2:11
1:8 2:4 1:9O:11
1991.10.11 3:3 1110
2:11 1:11
1=11992.3.27 3=9
1=11 2:11
2=0 1:41992,7.9
4:0 2:O2:11
2:1 1:9桔呆と考察
上記分析結果から、本児の1年半の発達過程をその質的な変容に着目して以下の3期に時期区
分した。それぞれの時期の療育場面における行動特徴をTab1e2−1,2−2,2−3に示した。
第I期(1991,4〜1991.8;CA2:1O〜3:2)
第I期前半の対人的交流活動についての考察を試みる。本教室通室当初、入室時に母親と分離 しても泣く、嫌がるなどの拒否的な行動はなく、ひとりでミニカーを並べて眺める、すべり台を 繰り返し滑るなどの姿が観察され、特に母親の存在を意識する様子はなかった。指導者が、すべ
り台で遊ぶ本児を後ろから押すと喜んで繰り返し滑るが、指導者と視線を合わせることはなかっ た。また、本児の遊びに指導者がかかわろうとしても強い拒否はないが、指導者から逃げるよう に部屋の中をウロウロと歩き回る様子が観察された。しかし、5月に入ると、入室の際の母子分 離時、あるいは療育活動中に母親を求めて泣き、母親が現れると泣きやんで抱きっくなど母子分 離不安に基づくと思われる行動がみられ始めた。本児は車や電車のおもちゃ等、物への志向性が 非常に強いので、指導者がミニカーを介して本児の遊びにかかわろうと接近を試みるが、近づく と泣き出すなど他者とのかかわりには拒否的な姿を示した。しかし、母親に抱かれていると、指 導者と身体活動を伴った「いない、いない、バー」を喜んで続ける様子や、遊びの途中で母親の もとに戻り直接的な身体接触をもってから遊びを再開するなど、母親を支えにして自己の活動範 囲を広げる、他者との関係を保つといった様子も観察された。この時期は母親を、Bow1by(196 9)の指摘する特定の第二者(愛着対象)として形成し始めた時期といえるのではないだろうか。
しかし、対人的交流活動において質的に重要であるとされているJoint attention(連帯注意)、
jOint aCtiOn(連帯行為)の形成は母親との関係でも十分とは言えない。また、遊びにおいても
Tab1e2−1
療育場面におけるT・E児の行動特徴 一第I期(1991.4〜1991.8)一
時 徴対 人
交
活
全 身 連 動
を
伴う
活 動
手 指
を
使っ
た
活 動・外界への超然とした 態度から、母親を特 定の第二者として認 識しはじめ、母親の 膝の上でなら他者の 活動に注意を向ける ことができる。
・他者からの働きかけ に対しては拒否的で
ある。
・要求、拒否の手段は 「泣き」「クレーン
現象」が中心である。
・他者からの働きかけ には拒否的であるが、
身体全体を揺さぶる 遊びに対しては笑顔 が見られる。
・ミニカーでのひとり 遊びが中心で他者か
らのかかわりに対し ては拒否的であり、
ひとりでミニカー遊 びを展開する。
取 り 組 み の 様 子
療 育 課 題
・外に出ようとドアまで行き、指導者に靴を渡す(視線は合っていない)。
また・ドアのノブに指導者の手をかけて開けさせようとす孔指導者
が拒否すると身体を震わせて泣く。(5月)・不安げに母親にしがみつき入室。母親から離されると泣きだし、後追 いをする。泣いていても母親が現れると泣きやみ抱きつく。(5月)
・指導者に手を引かれて歩くことは拒否しないが、自分の望まない方向 に指導者が行こうとすると「座り込む」「泣く」といった手段で拒否 をする。(5月、6月)
・指導者が『Tちゃん、ほら、しゃぼん玉だよ」とことばをかけっっシャ ボン玉を腕にかけると笑顔を見せ自ら手を出してシャボン玉を受けと める。(5月)
・他児の持つミニカーを取ろうと試みるが、できず『キーツ」と怒り、
その子の顔をじっと見るが取ることができない。何度行っても手をた すことができず、母親のもとに戻る。(6月)
・自ら母親のもとを離れすべり台で遊ぶ。1度滑り終わるごとに、母親
のもとに戻り直接的な接触をもλすべり台の上でも母親の存在を確
認する。(6月、7月)・指導者が本児にrまてまて』と声をかけながら追いかけると、喜んで 逃げ母親の後ろに隠れ、指導者の様子をうかがう。(6月)
・母親に抱かれている本児に指導者が『がお一』と言って顔を近づける と『キャッ」と言って喜び顔をそむけてはまた指導者の方を見る。
「がお一』を期待して指導者をじっと見る。(6月)
・母親に抱かれているときに名前を呼ばれると、手を挙げて応える。指 導者たちが拍手をすると、笑顔を見せる。(7月)
・すべり台にのぼり指導者に後ろから押してもらって滑る。繰り返しす べり、滑り終わると笑顔を見せるが、指導者との視線の接触はない。
(4月)
・本児をダンボール箱の縁に座らせて箱をゆすると『キャッ、キャッ」
と喜び笑顔をみせる。視線も指導者と共有する。(6月)
・療育活動に初参加。ひとりで部屋の隅でミニカーを並べて眺める、転
がすといった遊びをしてい乱指導者が寄っていくと、指導者から逃
げるようにミニカーを持って部屋の中を歩き回る。(4月)・指導者が本児の置いたミニカニを排除すると・怒って(『ウー」と言 う発声はあるが指導者に向けてのものではない)取りに行く。(5月)
・砂遊ぴ(砂を車等の型にはめる)に熱中しているが、ときどき母親を 探す。一度、母親のもとに戻り遊びを再開する。(6月)
・母親に抱かれている本児に向かって手遊び「クルクルボン」をすると、
rアーアー」と笑顔をみせそれを注視する。(6月)
・母親が一緒であれば、「クルクルボン」をする。しかし、ここで指導
者が手をつなごうとすると、嫌がって母親のもとへ逃げ孔(6月、
7月)
・母親のひざを支えに活動に参加し、指導者とのかかわりをもたせていく。
ミニカーを並べて眺める、繰り返し往復させるなど「本児一モノ」の図式が活動の中心となって おり、ひとに対しては開かれていない状態である。
要求・伝達行動は、母親の後を追って外に出ようとする際に、指導者に履かせてもらおうと靴 をさし出す行動や指導者の手をドアのノブにかけて開けさせようとする行動がみられた。しかし、
視線は指導者と合っておらず、指導者が靴を履かせない、ドアを開けない等、本児の要求に応え ないと指導者の顔を見ずに体を震わせて泣く様子が観察された。このように、この時期の要求・
伝達の方法はクレーン現象もしくはr泣き」が中心であり、自己の要求を他者に対して能動的に 働きかける姿は観察されなかった。しかし、「泣き」自体は自己の要求が達成されないことによっ て生ずるものと考えるならば、要求そのものは非常に多く表出していたと考えられる。
以上、第I期前半では、母親を特定の第二者として形成し始め、「母親のひざの上」でという 直接的な母親の援助を支えにして他者と活動を共有することができ始めた。一方、自閉症の傾向 性として指摘される「叙述行動」・「社会的結果を得るためのコミュニケーション行動」の弱さ は、依然母親との関係においても認められる。大井(1989)は、「自閉性」は自閉症の中核にあ る障害であり、共感性を高める取り組みなしに指導の成功はないと指摘している。本児の場合も、
療育開始当初は、共感性を高めていく取り組みを重視し、無理に母子分離させ子どもを孤立させ るのではなく、母親を支えにしながら他者との活動を展開させる活動を大切にし、療育活動には 母親も一緒に参加する体制をとった。
第I期後半になると、自分から母親のもとを離れて自己の活動(遊びにおいては、依然として ミニカーをならべて眺める、往復させる等が中心であるが)を展開できるようになった。そして、
以前のように頻繁に母親のもとに戻って直接的な接触を求めるといったことはなく、母親がそば にいることの確認、すなわち視覚的接触のみで納得して活動を続け、その活動範囲も広がっていっ た。しかし、母親の存在を確認できないと『マンマー』と泣きだし母親を探し回り、見つけると 駆け寄り直接的な接触を求める様子が観察されるなど、まだ母親の支えなしでは他者との共有関 係を確立させるまでには至っていない。しかし、本児の場合、全身運動を伴う活動では指導者と 視線等も合いやすく、発声量も多く見られる。例えば、本児をダンボール箱の縁に座らせて箱を 揺すると『キャッ、キャッ』と喜び指導者と視線もよく合う。このような様子は、後述する第n 期の体育館での療育活動時により顕著に見られるようにな飢
第皿期(1991.9〜1991.11;CA3:3〜3:5)
第皿期の対人的交流活動の特徴として、第I期後半より形成されてきた母親を介して自己の活
動世界に他者の活動を取り込む、母親を視覚的に確認しつつ自己の活動を展開する等の活動がよ
り広がり、母親との視覚的接触のみで第三考とのコミュニケーション形成が可能となったことが
あげられる。母親を特定の第二者として確立し、安全基地として自己の活動を展開し、また母親
との直接的接触を離れての他者とのコミュニケ一ションの形成など、母子関係に「間接性」が形
成されてきたと推察される。そして指導者(第三者)との活動でも、Tab1e2−2に示したよう
に本児が興味・関心を示すミニカー遊びや全身運動を伴う活動では、相手からの働きかけをただ
Tab1e2−2
療育場面におけるT・E児の行動特徴
一第1工期(1991.9〜1991.11)一 時 徴対
人
交
流
活
全 身 連 動
を
伴う
活 動
手 指
を
使っ
た
活 動・母親から離れ、母親 を視覚的に確認しな がら自己の遊びを展 開。しかし、母親の 姿が見えないと、泣 きながら母親の姿を
求める。
・他者の活動を自己の 活動文脈に取り込む 様子が散見される。
・拒否、要求等の伝達 は発声を伴った動作
で行う。
・全身を揺さぶる遊び では自ら指導者に近 づき、指導者とのか かわりを期待する様 子がみられる。
・他者の活動をじっと 見て自己の活動文脈 に取り込み、道具的 遊びをする姿が散見
される。
・興味関心を示すミニ カー遊びでは、やり とりが散見される。
・自発的な要求等は、
全身運動を伴う活動 時より少ない。
取 り 組 み の 様 子
療 育 課 題
・本児の興味・関心のあるミニカー遊びでは、一緒に転がすといった指 導者とのやりとりもみられる。(9月)
・本児に『あげる」と松ぼっくりを渡すと手に取り川にほる。また『取っ てきて」と松ぼっくりをほると、それを拾いに行き川にほる。(何度
も繰り返す。)(9月)
・校外散策で小川を歩いている本児を指導者が抱きかかえようとすると、
『アジャパー」と拒否する。(9月)
・ベビーカーを倒して遊ぶ。倒したときに指導者が『あ一あ』と言うと 本児も『アーア』とそれに応え、何度も繰り返す。(9月)
・本児に『Tちゃんバイバイ』とバイバイすると、バイバイの動作でそ れにこたえる。(9月〜)
・ゴルフボールを持っている本児に指導者が『ちょうだい』と手をだす とそれを手渡す。(9月)
・母親が見あたらないと走り回って探し、見つけると笑顔を見せる。し かし、母親のもとには戻らず、遊びを再開する。(9月、1O月)
・指導者や他児と一緒にピアノの伴奏にあわせて走ることができるが、
その間も時々母親の姿を確認する。(10月、11月)
・他児がフラフープをかぶって遊んでいると自ら寄って行き、そのフラ フープの中に入っていく。(11月)
・水でビショビショになった本児に『ヒシ目ビショやなあ』と言うと、
『ベヨペヨ」とこたえる。(11月)
・自らフラフープをかぶり指導者に近寄り「ひっぱって」と要求するよ うにフラフープの一部を突き出す。指導者が引っ張ると次々と色の違 うフラフープを持ち指導者によっていく。(10月)
・すべり台にのぼる途中で故意にすべり指導者の様子を伺う。指導者が それに応え身体を揺さぶると・笑顔を見せ何度もすべることを繰り返 す。(1O月、11月)
・一 lではできないが、指導者が手を持っていてやると、とび箱の上か
らマットに跳び降りることができ孔(10月・11月)・指導者が二人で本児の手足を持ちゆりかご遊びをすると・笑顔を見せ・
自ら指導者に寄っていく。(10月、11月)
・指導者が抱き上げ『だ一ん』等の声がけを行いながらマットの上に落 とすと、笑顔を見せ、自ら指導者のもとに寄っていく。(10月、11月)
・とび箱にのぼる際、自ら指導者に『アーアー』と手をのばす。(10月)
・高いとび箱から跳び降りる際、『アジャパー」と困った様子で自ら指 導者に手をのばす。(lO月、11月)
・ハンモックの上に寝て揺さぶられると笑顔がみられる。自らハンモッ クを指導者に手渡し、自分はマットの上に寝ころび揺らされるのを期 待する。(11月)
・指導者が『Tちゃん出発しま一す』等のことぱがけをしつつ舟のおも ちゃを動かすと、舟のおもちゃを指さす。(9月)
・舟のおもちゃが壊れると・指導者に差し出九修理して渡すと『パッ
パッパッパ』と言い指導者に渡す。「動かせ」と要求している様子。(9月)
・手遊び「クルクルボン」をながめ、笑顔を見せる。終わったあと自ら クルクルボンのジェスチャー(手をクルクル回す)をする。(1O月)
・タンバリンを手にとるが、使い方が分からずそれをながめている。指
導者がたたいてみせると、本児もまねをしてタンバリンをただ㍍
(i1月)
・母親との関係を軸に指導者とかかわりを持って活動に参加し、遊びを展開させる。
受け止めるだけではなく、自分から相手に対して気持ちを寄せていき、相手の反応を期待する
「やりとり遊び」のような指導者との快の情動を伴う活動が観察された。こうした姿からやまだ
(1987)や田村ら(1988.1989)が言語機能を準備する上での重要な前提と指摘する、対人的な
「共有関係」、および「静観的認識」が形成され始めたと推察される。また、ひとり遊びを続けて いる本児に指導者が『Tちゃんとってきて』と松ぼっくりをほると、拾いに行き本児もまた松ぼっ
くりをほることを何度も繰り返すといったように、母親以外の他者のことばがけによって自己の 活動を転換する様子が観察されるようになった。このように、他者のことばがけによって自己の 活動をイメージするという表象の発生にもかかわる側面の形成がみられれ
以上の活動が観察されたとき、母親は本児の視野にはなく、第I期後半に要した母親との視覚 的接触の時間的な間隔は長くなってきたが、ふと母親のいないことに気づくと走り廻って探す行 動はみられる。しかし、見つけても第I期のように母親のもとに戻って直接的な接触をする必要
はなく、それだけで笑顔を見せて遊びを再開できる。このように、本児の活動が第三者と間に広 がっていった要因として母親を特定の第二者として確定したことによる安心感と、それを土台と しての対人関係における「間接性」の形成があげられるのではないだろうか。この時期の療育の 場で大切にしたことは・このように獲得している力を・さまざまな人間関係や条件のなかで・そ
の使い方を広げる、また変えてみるといった行動をとおしてより確かな力にしていくこと、すな わち、子どもが今もっている力の量的蓄積、拡大、充実をはかっていくといったことである。そ して、このことが、子どもの発達を質的に変化させる原動力となっていくと考えられるのである。
この時期に行った発達診断場面でも母親に抱きつくことなく一緒に入室し、他に興味が移りか けるが積み木を提示すると笑顔で寄ってきて椅子に座ろうとする。ひとつの課題を終えるごとに 集中力が途切れかけるが、別の課題を提示するとまた座りなおして遂行するなど、気持ちを立て 直して課題に向かう様子が観察されれまた検査者が本児の音声を模倣をすると・笑顔を向け検 査者の示範をじっと見たり、母親の声出しを期待してわざと悪いことをしたりと他者からの一方 的な働きかけだけではなく、本児から他者へ気持ちを寄せてくる様子が観察された。
要求・伝達行動での特徴としては・第一に、第I期に中心であったクレーン現象は消失し・
「泣き」を拒否一要求の手段として使用することも減少した。その上で、発声・哺語を伴った手 さし、指さしなどを含む動作で拒否や要求等の伝達を行うようになった。第二に、相手に視線を 向けて要求するようになったことである。例えば、Tab1e2−2に示すように、本児が遊んでい るときに指導者が抱きかかえようとすると『アジャパー』と言って怒る。指導者に舟のおもちゃ を動かせと言うように『パッパッパッパ』と言って手渡したり、とび箱に上がる際、『アーアー』
と言いながら自ら指導者に手を伸ばす。高いとび箱から跳び降りるときに『アジャパー」と困っ た様子で指導者に自発的に手を伸ばしたり、フラフープをかぶり、指導者に引っ張ってと言うよ うにフラフープの一部を突き出し、指導者が引っ張ると次々と色の異なるものをかぷって何度も 繰り返す・などであ孔
山田(1982)は、前言語的コミュニケーションから言語的コミュニケーションヘの発達は、
「泣き」の減少過程であり、それは乳児が泣かずに多種の行動様式を駆使できるようになる過程
であり、情動の直接的表出から情動とは分離した別の表現形式を用いる「距離化」あるいは「抽 象化」の過程と考えられると指摘している。本児のこの時期の要求・伝達行動は、全身運動を伴
う活動時に多く表出されるという傾向性はあるものの、「泣き」が減少し、発声を伴った動作な どを使用し、自発的に表出するようになるなど、情動の直接的な表出からは分離した表現形式を 使用するようになり、要求自体も非常に多様化し、また頻繁になってきているものと考えられる。
以上のような対人的交流活動、および要求・伝達行動の発達を土台にし、第I期に中心であった
「本児一モノ」の図式から「本児一モノー他者」というモノを介して他者との活動を展開すると いう「三項関係」が成立してきたと言える。
第皿期(1991.12〜1992.9;CA3:6〜4:2)
第皿期の対人的交流活動の特徴として、母子分離での他者との活動の共有が挙げられる。本児 が初めて入室時に母子分離できたのは12月であり、母親の『バイバイ』に対し、本児は「バイバ イ」のジェスチャーと「バー』という発声でこたえひとりで入室している。しかし、分離後も母 親の存在を気にして、じっとドア(外)の方を見る。ときどきドアに寄って行き自分の靴を揃え、
それによって気持ちを立て直し再び活動に参加する。療育が終了するとすぐに母親のもとに走っ て行き、母親の顔を見ると笑顔を見せるといった様子が観察された。そして、これ以降、療育活 動にはひとりで参加し、指導者とのかかわりで活動を広げ、さらには特定の他児のそばへ寄って 行く様子がみられるなど、他児への関心の芽生えも観察され始めた。やまだ(1987)は、「表象 機能」を、.現前(present)しないものを再び(re一)現前(present)させることであり「〔ここ〕
にいながら〔ここ〕にないものを見ること」だと定義している。本児の場合においても、母子関 係において「間接性」を形成し、母親を視覚的に確認しつつ自己の活動を展開していった第I期 後半、第■期を「静観的認識」の形成期と考えるならば、母親と離れても母親をイメージし、そ れを支えとして第三者との活動の展開が可能となった第1皿期は、やまだ(1987)の言う「表象機 能」の形成期にあると推察される。
このように・母子分離できたことによって外界への活動範囲が拡大し・外界への興味・関心の 広がりが見られるにつれて、以前よりも場面の変化に対しては敏感で、Tab1e2−3に示すよう に『コワイ、コワイ、オワリ』と抵抗を示し逃げ出す様子も見られた。このような活動時には、
自ら積極的に指導者を求めていく姿は見られない。しかし、そうした場面でも他者や他児の活動 を距離をおいて見ており、そこで指導者が支えを入れると再び指導者とともに活動へ参加してい
くことができる。
第皿期の要求・伝達行動の特徴は、第皿期に中心であった哺語にかわって・「ことば」での要 求の表出など・その方法の質的な変化である。例えば・体育館のマットでの揺さぶり遊び時に・
マット上に寝ころんで笑顔をみせ指導者に揺さぷりの再現を期待している本児に、『な一に、し ては?』と言うと『テ』とこたえる。ブランコに乗っている本児に指導者が『な一に、押しては?』
と言うと『オシオシ・ギコギコ」とことばでこたえるなどである。また・アリを指さして自発的
に『アイ』と言って指導者に知らせる。さらには、小麦粉粘土遊びで指導者が『これは何色?」
Tab1e2−3
療育場面におけるT・E児の行動特徴 一第皿期(1991.12〜1992.9)一
時 徴対 人
交
活
全 身 運 動
を
伴う
活 動
手 指
を
使っ
た
活 動・母子分離し療育活動 に参加。母親を気に する様子が観察され るが、活動を継続す
る。
・自ら積極的に指導者 にかかわる様子はみ られないが、不安な
状況では指導者を求
める。
・発語を伴った定位の 指さしがみられる。
・外界への興味・関心 は拡大するが場面の 変化に対しては抵抗 を示す。しかし、指 導者の支えにより活 動に参加する。
・ことばを伴って要求 を表出する。
・道具的遊びへの関心 が高まり、他者・他 児の活動をじっと見 て自己の活動文脈に 取り込み、自己の遊 びとして展開する。
取り組みの・様子
・入室時に母子分離。母親の『ばいばい」に対し、バイバイのジェスチャー と『バー』と言う発声でこたえ・納得して分離。(12月)
母子分離後も母親を気にして外(ドアの方)を見る。ドアに寄って行 くが、自分の靴を揃え再び活動に参加。療育活動が終わるとすぐに母 親のもとに行き、見つけると笑顔をみせる。(12月)
・帰りに本児に『ばいばい』と言うと『バー』と言い両手を振る。(1
月)
・ひとりでミニカーを並べて遊んでいるが・療育活動終了後に母親が入 室すると笑顔をみせ走って寄って行く。母親のひざの上で機嫌よく座っ ている。(4月)
・蟻を指さし、指導者に向かって『アイ」と言う。(4月)
・ポールとコーンを踏切にみたて指導者が『踏切だよカンカンカン』と 言うと本児も『カンカンカンカン」とそれにこたえポールを上下させ
乱再度して欲しいと、自ら指導者に寄って行きrカンカンカンカン」
と言う。(5月)
・指導者が『あとで」と言い・本児の乗る新幹線の箱を取り上げると指 導者の顔を見て箱を指さし『キャーン、アーン、アーン』と訴える。
(5月)
・自分より年少の特定の他児のそばへ寄って行く。(5月)
・小麦粉粘土(赤、青、黄)の3色を提示する。粘土を見て『アカ、ア オ、ウ」の発語がある。指導者が『これはなに色?』と粘土を次々と 指さすとそれに応え『アカ、アオ、ウ』との発語がある。(6月)
・指導者が『Tちゃんボールいくよ」などのことぱをかけっっボールを 投げると、そのボールをつかみ指導者に投げ返す。(9月、1O月)
・ブランコに乗っているときに他児と頭をぶつける。泣きながら『コワ イー、コワイー」と言い指導者に抱きつく。(9月)
・帰りに自分が乗ってきている車のところに行㍍指導者が『これに乗
るの?」と聞くと、『ボックン、ノンノjと応える。(9月)・体育館での粗大運動の時にマットの上でゆさぷると笑顔をみせ視線も 合う。そのままじっと寝ているので指導者が『な一に、しては?』と 言うと『テ』とこたえる。(5月)
・すべり台に寝ころんでいる時に・指導者が足を引っ張って降ろすと笑
顔が見られ私自ら寝ころんで指導者の顔をうかがい・引っ張られる
のを期待す乱発語は伴わないが指導者との視線の接触はみられ乱
(5月)
・プールに入ろうと何度も試みるが・水が恐くて入ることができない。
指導者が抱きかかえて安心させながら入ると、表情は硬いが拒否的で はない。再度誘っても、拒否せず一緒にプールにはいる。(7月)
・フランコに乗る本児に指導者が『押しては?』と言うと・『オシオシ・
ギコギコ」とことばを伴い要求する。(9月)
・大きなシートを広げ・その中に本児を入れ、指導者数人で揺らすと
『コワイ、コワイ、オワリ」と逃げる。(9月)
・本児のミニカー遊びに指導者がかかわると、さらに遊びを展開するこ とができる。(1月、2月)
・指導者の『クルクルボンするよ」のことぱがげでクルクルのジェスチャー
をして寄ってくる。(4月、5月、6月)
・年上の他児がミニカーで遊んでいるのをじっと見て、そぱにより、本 児も同じ遊びを並行して行う。(4月)
・車のタイヤに興味があり、座ってタイヤの溝をじっと見る。(5月、
6月)
療 育 課 題
・母子分離をし、指導者とのかかわりを広げさせるとともに他児の活動に関心を向けさせる。