奈良教育大学学術リポジトリNEAR
学習障害の概念と教育的措置過程 ―歴史的概観と アメリカコロラド州のケースを中心―
著者 徳永 みな子, 玉村 公二彦
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 27
ページ 185‑197
発行年 1991‑03‑01
その他のタイトル On the Concept of Learning Disabilities and Placememt Process:A Historical Review and Colorado Process Model
URL http://hdl.handle.net/10105/6769
学習障害の概念と教育的措置過程*
−歴史的概観とアメリカコロラド州のケースを中心−
徳 永 みな子さも・玉 村 公二彦4日
(桔梗が丘エデュケイショナルクリニック)(障害児学研究室)
要旨=障害のカテゴリーとしての「学習障害」という用語は、1963年に始まり、
話し言葉の障害、読み書き言葉の障害、そして知覚運動障害の分野が統合され、
学習の能力障害の包括的な名前として用いられるようになったものである。本 稿では、学習障害の概念を歴史的に概観し、定義について検討を加え、学習障 害児が障害児教育の場に措置されIEPが作成されるまでの過程について、コ
ロラド州の場合で検討した。
キーワード:学習障害、教育的措置過程、IEP
はじめに
学習障害児問題は1990年に入って社会問題化してきている。学習障害児の発達と教育への権利 要求に伴い、これに基づく運動、実践が一斉にスタートし始めたものと考えられる。1990年6月、
文部省は「通級学級に関する調査研究協力者会議」を設置した。その中で、普通学級での教育条 件の見直しを検討課題として含めているとは考えられないまでも、学習障害についても取り扱う ことが正式に表明されている。
ところで、障害のカテゴリーとしての学習障害という用語の登場、1963年にKirk,S.A.の提 唱によって、従来の脳損傷または知覚障害に代えてこの言葉を統一的に用い始めたことがひとつ の契機となっている。この時点から早30年近くもの歳月が流れようとしているが、この時期を通 じて学力的な「落ちこぼれ」問題や登校拒否の問題等、種々の教育問題が顧在化するに伴い学習 障害が問題化してきていると同時に、教育方法上の個別化、個別教育、習熟度別編成等の問題が 出されてきている。この時期、教育問題と教育の思潮の背景を踏まえつつ、わが国での学習障害 児の教育措置及び教育方法上の問題点を整理することは、緊急の課題であろう。
ところで、わが国で学習障害が初めて学会の主要テーマとして取り上げられたのは、1986年の 日本特殊教育学会第24回大会においてである。学習障害については、その概念を含め、数々の問
r On the Concept ofLearning Disabilities and PlaCememt Process:A Historical Re−
view and Colorado Process Model
H Minako Tokunaga(Kikyougaoka EducationalClinic,Mie)
…Kunihiko Tamamura(Department of Defectology,Nara University of Education,
Nara)
題を持っている。わが国でもこれまでに多数の翻訳、著書、論文が発表されているが、その多く がアメリカの研究の紹介・解説にとどまっている。このため、わが国への学習障害概念の導入に は慎重な検討と研究が必要であると考える。わが国における学習障害の実態を明らかにせずして、
これらの子ども達の教育援助のあり方を論じることは出来ないが、本稿では、教育学の立場から、
今後わが国の「学習障害」をめぐる教育制度を含めた教育に関する実践的、理論的見通しを得る ための第一段階の作業として、「学習障害」の概念を歴史的に概観し、学習障害をいち早く障害 のカテゴリーに含めて教育措置を展開したアメリカ、その中でもコロラド州の場合を画し、に、学 習障害児を障害児教育の対象者とするときの手続き過程について検討し、わが国での今後の学習 障害児教育を考えていく上での視点を明らかにしたい。
I 学習障害の歴史的概観
学習障害という用語は、1950年代中頃からアメリカを中心に様々な課題によって、脳損傷、微 細脳機能障害、中枢神経系の障害、神経学的障害、知覚障害等の用語から、変更されてきたもの であると指摘されているl)。1960年代以来、学習能力の障害を伴う子ども達は、教育の分野と心 理学の分野の双方から注目された。それらの検討を経て、学習障害は障害児教育の領域に最近加 えられたカテゴリーとなった。従って、この学習障害という用語は、障害のカテゴリーとしての 教育の分野での教育学的用語として検討される必要がある。
しかし、そこには、神経学、心理学、言語病理学、眼科学、そして読字困難の治療等の様々な 学問・研究に起源がある。いわゆる「学習障害」の起源については、1800年代の脳損傷の研究に まで遡ってみる必要があると考える。Wiederholtは、学習障害の歴史を概観するための、学問 の発展にそった時代による局面と障害の分類による局面の2次元モデルを提唱している(図1参 照)。ここでは、彼のモデルを参考に、学習障害の概念の成立の歴史を概観しておきたい。時代 区分としては、(1)創設期(1800年頃−1940年頃)(2)変遷期(1940年頃−1963年)(3)統合期(1963 年一現在)である。一方の障害による区分は、(1)話し言葉の障害(2)読み書き言葉の障害(読み、
書き、スペリングを含む)(3)知覚運動過程の障害、の3領域である。
1.創設期(1880年頃−1940年頃)1)2)3)4)5)6)7)8)9)
創設期は、脳損傷か脳卒中後遺症の既往症を持っ成人の研究に基礎を置いて、学習に困難をも たらす障害に関係する研究・理論化の時代として特徴づけられる。
a)話し言葉の障害
学習の障害についての組織的な調査・研究は、脳に損傷を受けて、結果として明らかに、言語
を通して彼らの感覚と考えを表現する能力を喪失した(即ち、話し言葉の障害の)成人について
のGallの研究によって、1800年頃始まった。Gallの観察と現行の学習障害の定義とを比較する
と、彼が研究していたことは、それは学習障害と分類するよりもむしろ、失語症の状態にある者
を研究していたことになる。彼は、話すことはできないが、考えを書くことができる患者につい
て記録し、脳に損傷を受けても、個々人によって相違があることの原理を証明することにつなげ
(図1)Two−DimensionalFrameworkintheStudyandRemediationofLearningDisabilitis
(FromMyers,P.I.&Hammill,D.D.1976,P.36)
ている。彼の患者達は、脳に損傷を受ける前は言語表現能力は正常であったことを記録し、その 障害は明らかに脳の損傷に関わりがある結果生じることを証明している。因果関係に関係する Gallの考えは、結果として科学的には不評をきたした「フレノロジー」に彼を陥れた。しかし、
彼の研究は、Bouillard、Broca、Jackson、Wernickle等の研究者により、言語病理学の分野で 受け継がれていった。彼らは、失語症の初期の学説を研究、洗練、展開して、脳損傷の結果、言 語損失につながる脳の正確な範囲を確定することを試み、「脳の機能局在説」をもたらしたので ある。
b)読み書き言葉の障害
スコットランドの眼科医Hinshelwoodは、1895年、失語症に関連した基礎的な概念を、読字 障害を持った成人を研究することで、失読症の研究を公表し、視覚的記憶障害児の治療ケースと して、正常な知能を有するにもかかわらず、なお重度の読書障害を示した児童の存在することを 明らかにした。また、「読み書き障害」のような症状を記載したのはKussmaul,A.(1877)であ る。彼は大人においてみられた大脳機能の障害による症状を「語盲(Wortblindheit)」という 用語で表している。その後、Morgan,W,P.(1896)が個々の文字は読むことができるが、語句 の読みは不可能であり、書き取りも障害されていた14歳の男子について「先天性語盲(congen−
italwordblind,neSS)」という名称で報告している。Orton,S.T.(1927)は、Hinshelwoodの 立場に対して論究して、「読字困難」と呼ばれている特殊な読みの障害の原因とその治療法に関 係する学説を発表した。即ち、利き手を中心とした利き眼、利き足の大脳の左右機能分化(lat−
eralization)のアンバランスや両手利き、左利きが「読字障害」に多いことを強調し、彼はその
原因を大脳半球優位の未分化のために利き手の以上や書字言語の障害がおこる、という考えを提 唱した。Ortonと同じ時期に、Fernaldは、治療的読み指導としてVAKT(視覚一聴覚一筋肉運 動知覚一触覚)アプローチを開発・発展させた。
C)知覚運動過程の障害
1902年ごろから、大脳損傷、種々の急性疾患、脳損傷が推定される種々の状態などに基づく行 動特徴が注目され始めた。ドイツの内科医Goldsteinは、脳に損傷受けたうえに、様々な行動障 害がしばしば発現した成人を観察し、脳のある損傷は、行動のいろいろな領域に影響を与えると 考えた。1918年に流行性脳炎がはやった結果、落ちつきのない行動パターンが、脳に加えられた 損傷と深い関係があるという考えが強まった。つまり、流行性脳炎に雁患した子どもたちが落ち つきのない行動を示したため、・脳損傷との関係が支持されるようになったのである。次いで、脳 損傷の証明できない子どもの場合でも、出産時前後の問題を詳しくチェックすることにより軽度 の脳損傷が推定されると、それとの関係で知覚運動過程の障害が考えられることになっていった。
StraussとWernerは、それらの原理を脳障害を持つ精神遅滞児の研究に広げていった。そして、
彼らの研究を、脳損傷が疑われる子どもで、知覚の問題・注意転導性・脱抑制・保続症等々の問 題行動を呈する児童、すなわち、後に「シュトラウス症候群」として知られるようになったサブ
タイプの研究に集中していったのである。
創設期のその他の研究者では、話し言葉の障害に関する研究として、Luria(1966)、Schuell、
Jenkins、Jimenez−Pabon(1964)、そしてHead(1926)を、読み書き言葉の障害に関する研究と しては、Hinshelwood(1917)とOrton(1937)を、また、シュトラウス症候群を含む知覚運動 障害にの研究としては、Hallahan、Cruickshank(1973)をあげることができる。
2.変遷期(1940年頃−1963年)1)2)3)4)5)6)7)8)10)11)
変遷期には、創設期に研究された論理的仮説を、治療的実践に応用するための研究・実践に非 常な努力が払われた。研究の焦点は、成人から子どもへと移行し、そして、成人の研究によって 得られた考えは、発達遅滞の子ども達の研究に移行していった。これらの研究・実践の努力の結 果として、Wepmanの「AuditoryDiscriminationTest」、Kirk&McCarthyの「IllinoisTest of Pycholinguistic Abilities」、Eisensonの「Examining for Aphasia」等、多くの診断・評 価テストや訓練プログラムが開発された。このようにして、心理学者や教育学者が、学習能力に 障害を持つ児童についての学問領域で指導的な立場に立つようになってきたのである。しかしな がら、それらの研究においては、自らを話し言葉の専門家、あるいは、感覚運動障害の専門家と いうように、専門的に非常に限定した状態、即ち、各専門用語が表すところの狭い分野の専門家 であるとみなし、それぞれの専門領域にまたがって検討する者は殆ど出現しなかった。学習障害 という研究分野はそれ自体がまだ存在していなかったという歴史的制約から、誰も自分自身が
「学習障害の専門家」であるとは考えなかったのである。即ち、学習障害とは、次の第3期の統 合期になって初めて創り出された用語なのである。
a)話し言葉の障害
この変遷期には、MyklebustやMcGinnisによって提案されたような、多く革新的な冶療教育 方法が考えられた。例えば、Myklebustは、言語発達について「個人の言語発達の体系図」で 説明し3)、また、知覚、表象、象徴、概念化の相互関係を検討し、「正常な学習の心理神経学的 概念」と「学習障害の心理神経学的概念」の説明図8)を用いて、「正常な学習に対して、脳に機 能障害があれば、能力や過程が独自に発達し、他の型の機能への転換が困難となる。その結果、
統合されないままの経験が概念化されるので、学習に障害をおこすようになる」8)と、学習障害 児の学習過程を説明している12)。また、McGinnisは、聴覚受容言語、聴覚表出言語等について 論究している。
b)読み書き言葉の障害
GillinghamとStillman、Spalding、Hegge、Kirk&Kirkは、Ortonの理論から学んで、治 療的読みのシステムの開発に貢献した。Spaldingは、「The Writing Road to Reading」(1962)
を著し、多感覚教授法等を紹介しているが、これらのシステムの多くは、発音中心、の語学教授法 である。
C)感覚運動過程の障害
Strausは、彼の治療的訓練法を、Lehtinenとの共著で「Psychopathology anすeducation of the brain−injured child,VOlumeI」(1947)13)、後には、Kephartと共著で同じタイトルの、
「Psychopathology and education of the brain−injured child,VOlumeⅡ」(1955)14)を出版 し、脳損傷児、知覚障害児の教育に非常な貢献をした。Cruickshankは、Strausの方向づけと Lehtinenの教育上の技術と結合させ、健常児、知覚障害児、多動児の教育に応用していった。
これらの文献は、教師や専門家達に多大な影響を与え、従来障害児(異常児)として無視されて きた子ども達にも指導・訓練者提供する指針となったのである。また、教育熱心な観たちの一助 にもなり、教師や専門家達が従来無視してきた障害児の教育・訓練の実践・研究へと発展してい く布石となった。これらの専門家向けの文献に次いで、Richard,S.L,Strauss,A.A.,and Lehtinen,L.E.によって脳障害児の親向けの文献として「The Other Child」(1951年、改訂版 1960年)17)が出版された。この文献により、子どもたちが教育・訓練の可能性があることを確信 した脳障害児の親たちが、教育行政当局に対し、子ども達への適切な公共教育の場の保障を要 求した2)。このことから、公立学校、私立学校、等々で脳障害児のための学級が現れはじめ、
Straussの原理を応用し、指導法の研究、教材研究、カリキュラム研究、プログラム作成等の実 践・研究へ発展していった。また、Frostogは、Straussに多大な影響を受けて、種々の知覚障 害がある子の指導方法の研究・実践をし、「The DevelopmemtalTest of VisualPerceptionJ15)
と「The DevelopmemtalProgramin VisualPerceptionJ16)等を開発し、視知覚障害児の指導 に貢献した。また、GetmanとBarschの両者は、運動発達の領域で、Kephartの手法やDelaca−
tionの手法のように、非常に一般的になった子どもにおける視覚運動訓練のための活動をデザ インした。
3.統合期(1963年一現在)1)2)3)4)5)6)7)8)10日1)12)
1950年中ごろにNYABIC(the New York Association for Brain−Injured Children)が結
成されて以来、各地に同様のグループがたくさん結成された。しかし、それらのグループの名称 は「脳損傷児のための…」「知覚障害児のための…」「神経学的障害児のための…」等々色々な 用語が表現されていた。そこでこれらの全国的な親のグループをまとめるために、1963年4月
6日シカゴにおいて、知覚障害児基金の後援で大会が開催された。そこで、Samuel Kirkが
「1earning disabilities(学習障害)」という用語を提唱し、そこに集まった種々の親の会のメン バーに、ただちに受け入れられたのである。Kirkは、その前年1962年に、彼の論文の中で、精 神発達遅滞ではないが明らかに学習困難を持っ子ども達について、「learningdisabilities(学習 障害)」という用語を用いて記述している。彼は、学習障害という用語を使用したことについて 次のように述べている。即ち、
「学習障害」児とは、社会生活能力の発達面で困難を持っ子ども達のグループである。この グループに、私は、盲・聾のような感覚障害は含んでいない。それは、盲・聾児について私 達は、処遇方法及び訓練方法を知っているからである。私はまた、一般的精神発達遅滞もこ
の「学習障害」グループから除外する2)。
この目を契機に、その大会それ自身を、The Association for Childrenwith Learning Dis−
abilities(ACLD)として組織することを決議した。こうしてACLDが全国組織として結成され たのである。、まして、連邦諮問局は、話し言葉の障害、知覚運動障害を含める広範囲の定義をす るように諮問された。諮問局を構成する多様な専門委員を考慮すれば、学習障害の定義に、彼ら の各専門領域を「統合した」性質が反映されていることを理解することが出来る。そして、これ
ら話し言葉の障害、読み書き言葉の障害、そして知覚運動障害の各分野が統合され、学習の能力 障害の包括的な名前として「学習障害」が、障害のカテゴリーを表す用語として用いられるよう になったのである。この時、学習障害という用語は確立された統一体として正当性を持ったと言 えるのであるこ即ち、学習障害の歴史の中の統合期(1963年一現在)が、この1963年に始まった といえる。
この1963年を契機にして、学習障害に対する関心は非常な勢いで広まり、団体組織が、地方・
州・連邦レベルで、急速に組織化されていった。また、学習障害の歴史上において、各方面での 次のような数々の重要な展開がみられた。
1.学習障害児・者のための私立学校、施設、特別サマースクールプログラム等が急増した。
2・「TheJournalfortheLeaming Disabilities」(1968〜)、「Academic Therapy」(1965
〜)等々のような新しい専門誌が創刊され、また、既にあった専門誌も、学習障害に注目し、学 習障害を取り上げるようになった。
3.DLM社のような、学習障害児のための教材教具を制作する会社が創設された。
4.連邦政府の援助金を得ている特別調査委員会は、Clements,S.による「Minimal Brain Dysfunctionin Children:TerminologyandIdentification」(1966)、Haring,N.G.&Miller,
C.A.等による「MinimalBrain Dysfunction:Educational,Medical,and Health Related
Services」(1969)、Chalfant,C.&Scheffelin,A.による「CentralProcessing Dysfunctionin
Children」(1969)の報告書を出版した。これらの報告書は、その後、専門家、法律家、教師、
親の会の指導者達に、多大な影響を与えた。
5.1968年、学習障害児局(DCLD)が障害児協議会(CEC)の中に創設された。また、1978 年に、独自の「季刊学習障害」(Learning Disabilities Quaterly)を創刊している。
6.学習障害の教員養成をするための大学プログラムが拡充され、連邦政府と州政府により、
学習障害は障害児の中の重要な位置を占めるものとして承認されて、財政的援助が広がった。
7.新聞、雑誌、テレビ等の各種マスメディアを通じて、あるいは訓練フイルムの作成等で、
学習障害に関する情報の普及が増大した。
8.「障害児教育法」(1969)のTitleⅥにパートG(学習障害の規定)がつけ加えられ、特 に学習障害児のためのプログラム作成を規定した。その後、「リハビリテーション法」(1973)で 権利として特別なサービスが確立され、「改正初等・中等教育法」(1974)で、特殊教育の権利が 組み込まれた。そして、「全障害児教育法」(The Education for AllHandicapped Act,1975)
としてよく知られている公法94−142で、学習障害児について明確に言及されることになった。
このように、次々と適切な立法化もなされていったのである。
以上みてきたように、1950年代後半アメリカにおいて、教育の分野に「学習障害」の概念が確 立されたといえるのである。学習障害の分野はなおも初歩の段階であると考えられる。しかし ながら、教育の場に学習障害の問題がとり上げられるようになってから僅かな期間で、例えば
「1955年には、ニューヨーク市の教育委員会には脳損傷児のためのクラスが1学級あった。それ が、1982年現在では600を越える学級がある」l)といわれているように、学習障害の問題は急速に 拡大して、無数の教育の論争を生じさせた。学習障害については、まだまだいろいろな意見があ るにもかかわらず、アメリカでは、教育上の介入、教育上のサービス、教授一学習の過程に関係 する実践・研究が増大したことを見ても、全体的方向は、将来に向かって前進的なものであると いえる。
Ⅱ 学習障害の概念・定義について1)2)3)4)5)18)19)20)21)22)23)24)
アメリカで、Kirkが提唱し、連邦レベルで「Learning Disabilities(学習障害)」という用語 が、教育学の分野で、障害のカテゴリーとして認められた1963年以来、多くの研究者、委員会、
あるいは法律のなかで、学習障害の定義を発表している。それらは必ずしも一致したものではな く、概念、定義、用語が混乱し、そのコンセンサスを得ないまま、教育界が揺れ動いている傾向 もあることは事実である。しかしながら、それらの定義は、医学・神経学的立場よりも心理・教 育的立場で述べている点、また、基本的には、Kirkが論文(1962)のなかで学習障害について 記載しているその定義を引き続いている点等、多くの共通点を含み、基本的な概念は変わらない
ものと考えられる。そこで、ここでは、学習障害の基本的見解となったKirkの見解をはじめと して、その他、代表的なもので概括的に検討し、その後、それらの定義の共通基準を明らかにす る。
1.S.A.Kirkの「Educating ExceptionalChildren」(1962)での定義
学習障害とは、おそらく脳の機能障害と情緒・行動の障害のいずれかまたは両方に起因する心
理的欠陥の結果、発語、言語、読み、書き、計算あるいは他の教科の一つ以上にあらわれる遅滞、
障害、もしくは発達の停滞をいう。これは精神遅滞、感覚不全、文化的・教育的要因によるもの ではない。
2.D.J.Johnson&H.R.Myklebustの「Learning Disabilities:educational principle and practices」(1967)の定義
「心理神経学的学習障害」とは、十分な運動機能を持ち、平均ないしそれ以上の知能を持ち、
視聴覚も整っており、情緒的な適応性も持ち合わせておりながら、なお学習面で欠陥があるとい う点が、基本的な共通点である。
3.全米障害児教育諮問委員会NACHC(1968)の定義
特殊な学習障害児は、話しことばや書きことばを理解したり、使用したりする際の基礎的な心 理過程の一つ、ないしはそれ以上の障害を示す。こうした障害は聞く、考える、話す、読む、書 く、綴る、計算するといった面での障害となってあらわれる。また、こうした障害には、これま で知覚障害、脳障害、微細脳機能不全、失語症、発達性失語症などといわれていたものが含まれ
ている。ただし、一次性として視覚障害、聴覚障害、運動障害、知的遅滞、情緒障害あるいは環 境不遇からきた学習上の問題は含まない。
4.全米学習障害定義作成合同委員会NJCLD(1981)の定義
学習障害(LD)は、聞く、話す、読む、書く、推論する、計算するなどの能力を修得したり、
用いたりすることに著しい困難を示すさまざまな障害を包括する用語である。これらの障害はそ の個人の本来的なものであって、中枢神経系の機能障害によると推定される。学習の障害は、他 の障害(感覚障害、精神遅滞、情緒・社会的障害など)や環境的要因(文化の違い、不十分・不 適切な指導、心理的要因など)によっても起こるが、これらの障害や要因の直接的な結果による
ものはLDには含まない。
また、Cruickshank,W.M.(1977)は、「学習障害は知覚処理過程の欠陥に直接由来するもの である。知覚および知覚処理過程は、神経学的な基盤をもっている。そこで、もし知覚処理過程 に欠陥があるならば、神経学的欠陥ないしは機能不全が生ずる。」25)と説明している。
以上からもわかるように、学習障害の定義には、基本的な四つの視点を、共通の構成要素とし ていることがいえる。即ち、(1)教科学習面で、諸検査の結果や教育的諸経験から、子どもの予測 される機能水準と、実際の成績との間に有意の差があること。(2)学習過程の障害があること。こ の「学習過程の障害」とは、最も難解な定義の構成基準であるにもかかわらず、「学習過程の障 害」を含むことを、どの定義でも必ず求めている。(3)中枢神経機能の障害があるか、またはその 疑いがあるとしている。(4)除外規定がある。即ち、精神発達遅滞、視覚障害、聴覚障害および情 緒障害は、学習障害のカテゴリーから除外している。
以上のように、数ある障害児教育の分野のなかで、特に学習障害の定義はど難解なものはない。
しかし、今日のアメリカでの「学習障害」の概念は、Myklebustが定義しているように、学習
障害の子ども達は、①精神発達遅滞でない、②感覚器官の障害ではない、③情緒的な障害が主な
原因ではない、④重度の運動障害ではない、というように、このような疾患を持たないのに、学
習する何らかの能力に障害をもち、学習上の困難を伴なう。原因となるのは、何らかの脳の機能 障害が考えられる。そして、「学習障害」は、微細あるいはソフトな障害のため放置され、日常 生活の不適応や学習困難は、情緒的な問題を引き起こす結果ともなってきた。それ故、「学習障 害」は、微細なあるいはソフトな障害であるが、何らかの医学的・教育的な治療の必要な障害で あり、発達障害に位置づけられると考えられる8)。
これらの定義について詳細な検討は、別の機会に委ねるが、ともあれ、現実に何らかの意味で 学習上障害のある児童・生徒の存在は否定できないとし、それ故にアメリカでは、彼ら一人一人 が学業の面のみならず、社会的にも学習障害に起因する諸問題の解決にあたって、何らかの援助 を必要としていることを認め、それに対応すべく障害児教育の範噂に「学習障害」を組み込むた めに、その定義づけをし、法律的にも対応してきている事実は、評価しておきたい。
Ⅲ 学習障害の教育的措置過程とIEP
アメリカ合衆国で、1975年に成立した『全障害児教育法』(Education for All Hndicapped Children Act(P.L.92−142))は、障害児教育に極めて重大な変化をもたらす教育改革であっ
たことはよく知られていることである。また、この法律で、学習障害児を障害児のカテゴリーの 中に加え、障害児教育の中に位置づける法的措置がとられた。この法律の主要点に①すべての障 害児に無償で適切な公教育の保障、②公平で適切な診断評価テスト、③できる限り最も制約の少 ない環境の保障、④秘密の厳守、⑤ニーズにあったサービスの提供、⑥法的代理人の保障、⑦適 正過程手続きの保障、⑧個別教育計画(以後、IEP)の作成の義務、の以上8点をあげることが できる26)27)。この法律により、障害児には、個別教育計画が作成され、適正な障害児教育を受け る権利が保障された。障害児教育に措置されるまでには、障害児・親の権利を公権力から保護す るために多くの手続き規定が用意されていることも特徴といえる。また、それらの手続きは、法 に基づき各州が独自のものを作成している。
ここでは、学習障害児が障害児教育の場に措置され、IEPが作成されるまでの過程について、
障害児教育行政面でのプロセスを、コロラド州のコロラド・プロセス・モデルを中心に検討する。
以下に示すコロラド・プロセス・モデルは、学習障害児のみならず、障害児一般に適用されるも のであるが、特に学習障害との関連では、教育評価や学級編成、通級制の学習障害児学級等の、
教育条件の面でシステム化されている点が重要であり、普通学級との関連で教育措置の過程を検 討することが可能であるからである。
<コロラド・プロセス・モデル>
第1段階 照会
担任教師や親など、誰かが「この子はちょっと違う」と気付き、照会すれば、心理面・言語能 力面・教育(学力面)・身体健康面・家庭環境(経済面を含む家庭状況等)面の5領域で審査
(スクリーニング)する。そこで、何か教育的に懸念されることが存在すれば、次の第2段階に 送る。もし、懸念すべきことがなければ、審査される前の状態、普通学級での教育等を続ける。
第2段階 評議会
この評議会は、学校長・担任教師・障害児学級担任やセラピストなどの専門家、親または法的 代理人(以後、親に統一)、その他必要とされる人々(医師等)で構成される。
(1)構成メンバーで①記録を検討し、(診児童・生徒自身を観察し、③担任教師等と話し合い、④ 資料等に基づいて、必要と考えられることを調査する。
(2)(1)で検討した結果、児童・生徒のニーズを、普通学級での教育が満たすことができるかどう か」を判断する。もし、出来ると判断すれば、必要な教育的アドバイスをした上で、普通学級 での教育を続ける。
(3)(2)で、普通学級での教育では、生徒のニーズを満たせないと判断したならば、「障害や特別 なサービスの必要性の徴候の有無」を判断する。もし認められなかったら、普通学級に戻す。
(4)もしその徴候が認められたら、この生徒に関して、心理面・言語能力面・教育(学力面)・
身体健康面・家庭環境(経済面を含む家庭状況等)面の5領域の、どの領域に問題が有るかを 判断する。その上で、ケースマネージャーに予約する。
(5)親に通知し、診断評価することの同意書を文書でもらう。親が同意しなければ、手続きを先 に進めることは出来ない。しかし、同意しなければ、特別なサービスの提供は不要となる。
第3段階 診断評価手続き
(1)心理面・言語能力面・教育(学力面)・身体健康面・家庭環埴(経済面を含む家庭状況等)
面の5領域で必要な領域の検査・テスト等をして、適切な評価を行う。
(2)IEP協議会の計画をたて、親に通知し、承諾を得る。
第4段階IEP協議会
(1)診断評価は完全になされていて、文書化されているかを確認する。
(2)診断評価の結果を解釈・説明して、生徒のニーズを確認する。
(3)児童・生徒は、どの障害(コロラド州では次の8カテゴリー:軽度または中度の精神薄弱、
身体障害、視覚障害、聴覚障害、情緒障害、言語障害、重複障害、学習障害)に分類されるか を判断する。
(4)ここで再度「この生徒が、普通学級で合理的な利益を得ることができるかどうか」を判断し、
もし出来ると判断したら、普通学級に戻す。もし、出来ないと判断したら、次へ進む。
(5)(2)で確認したニーズは障害がある故に存在することを再確認した上で、①生徒の主障害を財 政局等に報告する、②生徒のニーズを確認し、これらのニーズにあった年間目標を作成する、
③目標達成のために必要な教育的に特別なサービスが何であるかを確認する(たとえば、リソー スルーム、障害児学級等の障害児教育のタイプと、必要に応じて、スピーチセラピー、作業療 法等)、④障害児教育のディレクターに③で確認したサービスを提供出来る適切な人々を推薦 する。
(6)特殊教育ディレクターが、サービスの提供するための人々を割り当てる。
(7)指名されたサービス提供者によってIEPが作成される。
(8)親にプログラム実施の承諾を得る。
以上の手続きを経て、障害児教育を受けるべく措置された生徒は、IEPに基づいて、ニーズに
即した教育を具体的に実践されていくのである。このIEPは、法律の定めるところにより、年 1回以上IEP協議会のメンノヾ−で、その実施具合などが検討され、生徒の目標到達度合いなど が記録される。
iEPの形式は、法律の定める条件を満たしてさえいれば、その形式は自由であるので、各州、
各学校区でそれぞれのモデルが作られているのが実情である28)。IEPに作成の義務化により、障 害児教育の分野が、親や専門家とともに歩もうとする姿勢が出てきたし、確かに、IEPはアメリ カの障害児教育の目標を特徴づける「技能取得の重視」にとっては有効である。その一方で、行 動主義が助長されてもいるし、IEP作成に際して、時間と事務量が教師に相当な負担をかけてい ることも事実である。また、こうした障害児の措置過程が明文化され、実施されるようになるに つれ、学習障害の極端な増加という問題が発生している。これについては、評価技術の向上、判 別基準の拡大、精神薄弱を避けて学習障害を好む親や行政の風潮等の理由が考えられるとされて
いる。おわりに
本稿では、学習障害児問題を歴史的に概観し、また、コロラド州の場合で、障害児教育の対象 とする際の手続き過程についても検討した結果、次のようなことが確認された。
現在、我々が学習障害として理解しているような機能障害に関する研究は、すでに1800年代初 頭に始まっており、それは脳損傷、知覚障害を中心としたものであった。
以後、アメリカでは、正常またはそれ以上の知的能力があると考えられるのに、期待した通り の学習の成果が得られない児童・生徒に対して、各方面からの調査研究が実施され、やがて現代 の学習障害として特殊教育の領域を占めるように発達し、社会的にも公認されるようになった。
障害のカテゴリーとしての「学習障害」という用語は、1963年に始まり、読書困難症、失読症、
失語症、脳損傷、および知覚障害などの意味が込められていることが、歴史的概観の中で明確に なった。1968年に、アメリカ連邦政府が学習障害の定義を公表して以来、広くアメリカ国民にこ の用語が浸透するようになった。以来現在まで、この定義について公式的な批判が相次ぎ、多数 のそれに変わる諸定義が提唱されてもいる。しかし、それら定義には、ディスクレパンシー、学 習過程の障害、中枢神経系の障害あるいはその疑い、除外規定の共通基準規定がある。
ともあれ、アメリカでは、現実に何らかの意味で学習上障害のある児童・生徒の存在を認め、
彼ら一人一人が学業の面のみならず、社会的にも学習障害に起因する諸問題の解決に何らかの援 助を必要としていることを認め、それに対応すべく障害児教育の範疇に「学習障害」を組み込む ために様々な法律でも学習障害に言及するようになり、その教育権保障、教育プログラムの研究・
開発・実践に取り組んできているのである。
また、学習障害児を、どのようなシステム・制度に基づいて障害児教育の対象として措置する
のかを、「コロラド・プロセス・モデル」を一例として概観した。そこには、手続きが非常に複
雑で、事務処理的煩わしさを伴うことは事実であるが、個人の人権・権利保障という観点からで
てきていることが十分伺える。しかし、IEPの具体的内容の検討については、今後の検討課題と
して残された。
わが国では、「学習障害」の概念・定義すら社会的には十分に公認されたものがなく、その障 害児教育の対象としての取り組みにいたっては限られたものしかない現段階では、まず、教育関 係者をはじめとして、「学習障害」についての共通理解を形成することが求められるといえよう。
引用および参考文献
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1982
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10)松阪活俊:わが国における学習障害児に関する研究動向の概観(I)−教育心理学関係分野 を中心に,発達障害研究,第7巻第3号,71−74,1985
11)松阪清俊:わが国における学習障害児に関する研究動向の概観(Ⅲ)一教育心理学関係分野 を中心に,発達障害研究,第7巻第4号,58−63,1985
13)藤 隆二・角本順次訳:脳障害児の精神病理と教育.福村出版,1979が翻訳書である 14)伊藤隆二・角本順次訳:続・脳障害児の精神病理と教育.福村出版,1983が翻訳書である 15)日本版「フロスティッグ視知覚発達検査」日本文化科学社
16)日本版「フロスティッグ視知覚学習ブック、初・中・上級」日本文化科学社 17)伊藤隆二訳:脳障害児の話.福村出版,1979が翻訳書としてある
18)Bloom,L.&Lahey,M.:Language Development and LanguageDisorders.JohnWiley
&sons,1978
19)伊藤隆二:学習障害の基本概念について,発達障害研究,第3巻第2号,1−15,1981 20)ジョンソン&マイクロバスト(森永良子・上村菊朗):学習能力の障害.日本文化科学社,
1985