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エマージング・リスクの早期発見と対応公共政策の観点から

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■アブストラクト

リスクが顕在化する前に,エマージングな段階でリスクを早期に発見し,

対処できていれば,より安全な社会を実現できるだろう。しかし,行政は何 かが起こらないと対応するのは難しいし,専門家でさえも直前に起きたこと に影響を過度に受けるという心理的バイアスを持っている。エマージング・

リスクは発生形態から,リスクの発生源が新規なもの,社会が変化すること でリスク化するもの,人々の考え方が変化することでリスク化するもの,の

⚓つに分類できる。こうした多様なエマージング・リスクを早期に発見する ためのアプローチには,フォーサイトという手堅い方法に加えて,理論的に は予測市場を活用する方法も考えられる。フォーサイト活動を実装している 組織として,欧州の労働安全衛生庁と食品安全機関が挙げられる。エマージ ング・リスクが早期発見・早期対応が可能になった場合には,その効果を可 視化するにはどうすればよいか検討する必要がある。

■キーワード

エマージング・リスク,早期発見,公共政策

⚑.はじめに

想定外の被害を避けるためには,統計的に予測しやすいリスクに加えて,

37 平成29年度大会 日本保険学会・日本リスク研究学会連携特別セッション

エマージング・リスクの早期発見と対応

公共政策の観点から

岸 本 充 生

*平成29年10月29日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。

/ 平成30年⚒月28日原稿受領。

(2)

現段階では小さいかもしれないが,この先大きくなるかもしれないリスクを 早い段階で発見し,将来トレンドを予測し,対策を立てておく必要がある。

エマージング・リスク(emerging risks:新興リスク)とは,新規技術の 社会実装などによって新しく発生するリスクだけでなく,以前から存在して いたが状況が変化したことでリスクが増大したり,新たにリスクと認識され たりするものも含まれる。後者には,科学的知見の進展によるものと,社会 の認識の変化によるもの,生活スタイルの変化によるものなどがある。また,

一時的にリスクが小さかったものが再び何らかの理由で注意すべきリスクと なる場合には,再興(リエマージング)リスク(re-emerging risks)と呼 ばれることもある。

エマージング・リスクは,近いうちに重大なリスクになる可能性があるた め,可能な限り早期に発見し,事前に対応することが求められる。しかし,

まだ完全に理解されない,すなわちリスクの評価に大きな不確実性が残る段 階で,リスク管理に関する意思決定(何もしないという決定も含めて)を行 うことが求められる。データが足りないので分からないとして意思決定を先 送りしたとしても,それは現段階では何もしないという⚑つの意思決定をし たことになる。アカデミックな研究者としては,分からない場合は正直に分 からないと答えることが美徳であるかもしれないが,公的意思決定の観点か らは,早期発見方法とともに,不確実性の大きい中でのリスク分析手法や意 思決定ルールを用意しておく必要がある。

保険会社にとっても,エマージング・リスクはチャレンジングな課題であ るが,同様に,公共政策にとってもエマージング・リスクへの対応は未知の 領域といってよいだろう。エマージング及びリエマージング・リスクを,公 共政策の観点から,通常のリスクとは分けて取り上げる必要性を整理すると 以下の⚔点を挙げることができる。

⚑.顕在化していない段階で,早期発見する必要がある。そのための体系 的な仕組みが制度化される必要がある。

⚒.早期発見できたとしても,その潜在的なリスクの大きさを見積もるた

(3)

めのリスク評価の手法が定まっていない。

⚓.リスク評価の不確実性が大きい段階で,何らかの意思決定(リスク管 理)を行う必要がある。そのためのルールが定まっていない。

⚔.早期発見,リスク評価,リスク管理がうまくいって予防できたとして も,予防できたことを事後的に知るすべがない。

本稿ではこれらの課題のうちの特に⚑に焦点を当てて,公共政策の観点か ら,概念整理と,一部,社会実装された取り組みを紹介する。第⚒節では,

最初にエマージング・リスクでないリスクとは何かについて,進化心理学の 視点も交えながら検討する。第⚓節では,エマージング・リスクをそれらの 発生メカニズムによって分類する試みを示す。第⚔節では,早期発見のため のアプローチとして,比較的よく実施されているフォーサイトと,潜在的に は可能性を秘めているものの実用例はまだ少ない予測市場の⚒つを紹介する。

第⚕節では,欧州の⚒つの行政機関による先進的な取り組みを紹介する。最 後に第⚖節では,エマージング・リスクの早期発見,早期対応ができた際に 生じるであろう問題を先取りして指摘したい。

⚒.⽛エマージング⽜でないリスクとは何か

私たちが直面しているリスクの多くは過去のどこかの時点ではエマージン グ・リスクであったと考えられる。例えば,自動車事故は,フォード T 型 が大量生産され始める20世紀初頭にはエマージング・リスクであった。同じ く飛行機事故もエマージング・リスクであった。1911年⚖月17日付の全国紙 には,飛行機開発の国際競争が過熱する中,フランスのパリ付近で事故があ り,同国首相らが巻き込まれたことをきっかけに,日本でも内務省が飛行機 の取締法の検討を始めたことが報じられている。このように新興技術(エマ ージング・テクノロジー)の導入には,なんからのエマージング・リスクを 伴うことが多い。

逆に現代人にとって,エマージング・リスクでなかったものは何だろうか。

それらは人類の脳が形成されたとされる狩猟採集時代に長期にわたり日常的

(4)

に直面してきた種類のリスクであり,私たちはこうしたリスクにはある程度,

進化適応している可能性が高く,いわば⽛得意な⽜リスクといえる。私たち の脳は狩猟採集時代を通じて形成され,当時から今もあまり変わっていない とされる1)。狩猟採集時代を生きた私たちの祖先は,日常生活において,次 のようなリスクと向き合ってきたようである2)。すなわち,1)事故にあう

(自然災害,他の動物に捕食,転落や転倒),2)飢餓に直面する,3)疾病に罹 る,4)集団間の争いに巻き込まれる,5)協力の失敗に直面する(ただ乗りす るメンバーが現れる),6)(男性の場合)自分が本当に父親であるか分からな い,である。⚖番目は他の⚕つと少し異質であるが,⚑から⚕はおおむね,

リスク因子とその帰結の間に時間差がない,すなわち⽛急性の⽜リスクであ る。危険を察知するとまず扁桃体が反応し脳幹にアドレナリンなどのホルモ ンが流れ込む。そのため,脳の高次の領域がシグナルを受け止めるまでの一 瞬,合理的な反応よりもずっと大きな恐怖を感じることになる3)。このよう な瞬時的な⽛臆病な反応⽜には進化的な利点,つまり,素早く危機を察知し 生存に有利になるという利点がある4)。しかし,時にはあえてリスクをとっ て獲物を捉えることも生存のためには必要であり,例えば,いきなり動物に 出くわした場合,とっさに両者のバランスを考え,⽛逃げるか,戦うか⽜を 瞬時に判断する能力を身に付けてきた。しかし,現代社会では,危険は,噂 やメディアを通じてやってくる。そのため,私たちにはゆっくりと分析する 時間が与えられ,これが逆に考えすぎたり,考えすぎなかったりという新た な混乱の元となっている。ダイオキシン類や放射性物質への曝露がその典型 的な例である。こうした⽛慢性の⽜影響については,私たちは直観で合理的

1) Pinker (2002) など,進化心理学の文献を参照。

2) Tucker and Ferson (2008) は進化心理学の知見をリスク学に導入した。

3) Time 誌の2006年11月26日付の記事 “How Americans Are Living Danger- ously” における LeDoux, J. 氏のコメントを引用。

4) 草むらからヘビが飛び出してきた際にとっさにジャンプして避けたり,小さ な虫が目に入りそうになった際に目を閉じたりする行為などがこれに相当する。

頭で合理的な対応を考えてから行動するのでは間に合わない。

(5)

な行動をとることが苦手であることは,進化的な理由がある。私たちの祖先 は,祖父母やその祖父母たちとほとんど同じ一生を繰り返してきた。すなわ ち,どのような明日が来て,どのような来年が来るかはだいたい予想がつい ていた。そのため,エマージング・リスクにはほとんど直面しなかったので ある。変化の激しい,すなわちエマージング・リスクの出現頻度が極めて高 い現代を生きる私たちの意識とは大きく異なっている。私たちは祖父母とは 非常に異なる環境を生きているし,私たちの孫世代が生活するであろう社会 を想像するのは難しい。

⚓.エマージング・リスクの発生源による分類

エマージング・リスクの発生源を,自然起源のもの,事故などの非意図的 なもの,悪意による意図的なものに分類したうえで,エマージング・リスク がどのような場合に発生するかを整理してみた。

第⚑に,リスクの発生源,すなわち脅威やハザード5)が新たに生まれる,

あるいは認識される場合である。自然起源の場合は,自然事象を表す⽛ハザ ード⽜自体は過去から繰り返し発生しており,全く新しいハザードが生じる ことはめったにない。しかし,その頻度が非常に少ないものについては,私 たちにとっては記録や記憶がないことから,これまでハザードとしては認識 されていなかったものがあり,それらが新たにハザードと認識されるように なる場合がある。海溝型地震による大津波は,一部の研究者を除いて,リス クとして認識されていなかったが,東日本大震災を経験することによって,

エマージング(正確にはリエマージング)・リスクとして広く認識されるよ うになった。火山についても,破局噴火や超巨大噴火と呼ばれるカルデラ噴 火も,九州や四国の原子力発電所の再稼働問題を巡って注目されることによ って,エマージング(正確にはリエマージング)・リスクとしてとしての認 知が高まってきている。また,大きなクレーターを作るような小惑星衝突な 5) ここでは,脅威(threat)は悪意のある意図的なもの,ハザード(hazard)

は事故や自然現象といった非意図的なもの,という区別をしている。

(6)

ども,過去に幾度となく発生していることから同様に,低頻度高影響災害リ スクとして認知されつつある6)

また,科学的な発見により,これまで使用してきた,あるいは,摂取して きたもののリスクが初めて明らかになる場合がある。例えば,2002年にスウ ェーデン政府とストックホルム大学が,炭水化物を多く含む食材を焼いたり,

炒めたり,揚げたりして製造した食品にはアクリルアミドという発がん性を 持つ化学物質が多く含まれていることを発表し7),食品安全にかかわる世界 中の人たちを驚かせた。

事故などの非意図的なものには,科学技術イノベーション8)に起因する場 合が多い。20世紀初頭の自動車や飛行機に加えて,その後も,20世紀は,農 薬,工業化学物質や電化製品といった生活に利便性を与えてくれたものが同 時に新たなリスクを生み出すケースが相次いだ。そして近年では,自動運転 技術,生活支援ロボット,ドローン,ゲノム編集など次々と社会に導入され る新興技術が潜在的に新たなハザードにもなりうることも明らかになってい る。また,こうした新規技術は,悪意を持って意図した目的と異なる方法で 利用されることで,新たな脅威にもなりうる。

第⚒に,社会の側が変化することでリスクが新たに発生する場合がある。

自然起源ハザードの場合は次の⚒つに分けることができる。⚑つは曝露 6) 毎年⚖月30日は,小惑星の日(Asteroid Day)として,小惑星による地球衝 突についての危機意識を高める目的を持つ日として,第59回国連総会の宇宙平 和利用委員会(COPUOS)によって承認された。

7) アミノ酸の一種であるアスパラギンが,120 ℃以上の加熱により,メイラー ド反応と呼ばれる化学反応を起こす過程で生成する。動物試験では発がん性が あることが報告されているが,ヒトを対象とした疫学調査では発がん性は明ら かになっていない。1997年にスウェーデンで,トンネル内壁の漏水を止めるた めの充損剤として使用されていたアクリルアミドが,周辺環境に流出する事故 が発生したため,曝露した可能性のある周辺住民と曝露していない住民を調査 したところ,ともにアクリルアミドの摂取が認められたため,他に大きな摂取 源があることが判明し,その⽛犯人⽜としてフライドポテトにたどり着いた。

8) ここでは,科学技術イノベーションとは,単なる技術的な発明だけでなく,

それが社会に実装され,普及することを指している。

(7)

(exposure)が増えるケースである。人口が増加するなどしてこれまで居住 していなかった沿岸部や山間部,さらには埋め立て地などに居住地が広がる ことで,津波や高潮,土砂流出,液状化などの新たなリスクが生まれる。も う⚑つは,脆弱性(vulnerability)が増すケースである。高齢化などによる 寝たきりや一人暮らしの人口の増加は脆弱性を増し,同じ強度のハザードに 対してもリスクを高めることになる。また,生活習慣が変わることも新たな リスクを生み出す可能性がある。都市が24時間稼働することで,深夜労働が 増えたり,パソコンやスマホの普及で,生活スタイルが座りがちになったり,

液晶画面を見る時間が増すなどしている。このように労働あるいは生活習慣 の変化も,エマージングな健康リスクの原因となりうる。

新規技術の普及が自然起源のハザードと組み合わさることで,事故などの 非意図的な新たなリスクを生む。これらは自然起因の産業事故(natural- hazard triggering technological accidents),すなわち Natech と呼ばれる9)。 石油タンクやコンビナート,そして原子力発電所が津波被害に遭った東日本 大震災は典型的な Natech であり,同規模の大津波自体は数百年から千年に

⚑度発生してきたと考えられているが,津波×原子力発電所,津波×コンビ ナート,津波×自動車渋滞,などの組み合わせは人類にとって初めての経験 であった。私たちはまだ,火山の大噴火×現代都市,などの組み合わせはほ ぼ未経験であり,想像力を働かせてあらゆる未知の組み合わせについてあら かじめ検討し,影響の大きそうな組み合わせについてはエマージング・リス クとしての認識や対応が必要である。また,グローバル化や ICT 化による 地域間及びシステム間の相互連結性や相互依存性の高まりも,新たなリスク を生んだり,既存のリスクを増幅して,システミックリスク,あるいはグロ ーバルリスクに変容させたりする可能性がある10)

9) 英語でネイテック,フランス語でナテックと読む。岸本(2017)を参照。

10) 物理的な相互連結性は,2014年に西アフリカの⚓か国で流行したエボラ出血 熱が人の移動ネットワークを介してグローバルに拡大したように,パンデミッ クへの脆弱性を高めている。また,ネットワークの相互連結性は,ある地域で 発生した金融あるいは財政リスクをグローバルに拡大させやすくなっている。

(8)

第⚓に人々の考え方が変化することにより新たなリスクになる場合もある。

ヒト健康リスクの指標は,単純な死者数から,損失余命年数(Loss of Life Years)という概念が導入され,さらに医療分野からは生活の質(Quality of Life: QOL)という考え方が導入された。これは,寝たきりや QOL の低い 状態での延命よりも,獲得余命年数がたとえ短くても QOL の高い状態の方 が望ましいという患者側の選好が医療提供側にも反映されたことによる。

QOL の考え方は他の分野,例えば,交通事故の分野でも採用されている。

米国では,死亡に至らない傷害は,解剖学的な評価に基づく⚖段階の AIS

(Abbreviated Injury Scale)で示されている。複数の傷害のうち最も高い AIS を MAIS(Maximum AIS)として,それぞれに QOL 損失値が付与さ れている11)。このようにして,死亡に至らない疾病や負傷が明示的に⽛リス ク⽜の中に扱われるようになった。公衆衛生分野では,障害調整生存年数

(Disability Adjusted Life Years: DALY)や(損失)質調整生存年数(Quality Adjusted Life Years: QALY)といった指標が広く使われている12)。近年は 人間だけでなく,生態系の破壊も避けるべきものと認識され,種の存続や個 体群の保全なども,人間の健康や安全に加えてリスク管理の目的に明示的に 取り入れられるようになった13)

また,近年では人権に関する意識も急速に変化し,以前から存在していた 人間関係や労使関係も,セクハラ,パワハラ,いじめ,過重労働などとして 新たなリスクになった。こうした社会の規範の変化は,新規技術の社会実装 11) 傷害なしを⚐,死亡を⚑として,例えば,軽微な方から,MAIS0は0.000,

MAIS1は0.003,MAIS2は0.047,MAIS3は0.105,MAIS4は0.266,MAIS5 は0.593とされている。U. S. Department of Transportation (2014) を参照。

12) DALY と QALY の共通点と差異については岸本(2008)を参照。

13) ⽛化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律⽜(化審法)が2003年に改正 された際に,規制対象とする化学物質の特性について,⽛人の健康を損なうお それ⽜に加えて,⽛動植物の生息・生育に支障を及ぼすおそれ⽜が追加された。

ただし,生態系への悪影響の指標については,種あるいは個体群の絶滅確率と いった指標が提案されているが,規制の現場ではまだ広く採用されるには至っ ていない。

(9)

と合わさることでさらに新たなリスクを生み出すこともある。米国でプライ バシー権という概念が生み出されたのは,ゴシップ記事を書くマスメディア が発達し,誰もがカメラを持つようになり,簡単に私生活を公開される可能 性が生じた時代背景があり,⽛独りで放っておいてもらう権利⽜あるいは

⽛私生活をみだりに公開されない権利⽜として提案された14)。近年では,防 犯/監視カメラが公共スペースや公共交通機関内に設置され,警察官が身体 装着カメラを身に着け,自動車はドライブレコーダーを装着し,場合によっ てはそれらに顔認識技術が付加される事態が生じている。日本では防犯/監 視カメラについては,安全・安心というベネフィットがプライバシー侵害リ スクを上回ると一般的に受け止められているが,顔認識技術など新たな技術 が加わることについては,欧米でも人権やプライバシーという観点から反対 意見も多い。このような,社会の規範の変化には,法規制の改正は素早く対 応できないため,法規制を遵守しているだけでは,社会受容性を満たすため の十分条件とならない15)

⚔.早期発見のためのアプローチ 4.1 フォーサイトという活動

エマージング・リスクはそれらが顕在化する前に早期に発見し,対応でき ることが望ましい。しかし,現実には,何も起こっていない状態で対策を行 うことは難しく,何らかの被害が生じて初めて対策がとられたり,規制が導 入されたりすることが多い。エマージング・リスクは被害が顕在化した場合,

過去に経験がないことから,珍しい事象としてマスメディアにおいて繰り返 し取り上げられ,社会不安を引き起こし,結果として,その発生頻度にかか わらず,⽛再発防止⽜の名のもとに,過度に厳しい規制が導入されたり,過 剰なリソースが費やされたりすることも多い。このことは,社会心理学の観

14) Warren and Brandeis (1890) が代表的な文献である。

15) そのため,倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Societal Issues),

すなわち ELSI(エルシーと発音)という観点が強調される傾向にある。

(10)

点からは⽛利用可能性ヒューリスティクス⽜としても説明可能である。私た ちは,めったに起こらない事象でも,遠く離れた場所で起きたことでも,マ スメディアを通して繰り返し見せられるとそのリスクを過大に認識し,結果 として他のリスクへの注意がおろそかになるのである。新興技術(エマージ ング・テクノロジー)の場合,一度の事故や事件が,それがどんなに軽微で あっても過去に経験のないことであれば,イノベーションを止めてしまうこ ともある。エマージング・リスクを早期に発見し,未然防止することは重要 であるが,いったん被害が顕在化した際にも,その発生可能性と潜在的な影 響の大きさをできるだけ客観的に見積もって,リスク評価につなげることが 必要不可欠である。

エマージング・リスクを,早期に発見するためにはまず,可能な限り,関 連する情報を収集することである。低頻度大規模災害の場合は地質学的ある いは天文学的な証拠を探る自然科学の研究や,古文書の解読などによって当 該ハザードのスケールと頻度の関係を把握することが第一歩である。事故な どの非意図的なものについては,モノのインターネット(IoT)によりあら ゆる機器がネットワークにつながるようになると,事故データだけでなく,

事故に至る可能性のあるヒヤリハットを含めた膨大なデータが収集される。

これらの解析を通して,事故につながる予兆を早期に見出すことが期待され る。同様に,生体情報も,健康診断やウェアラブル機器などから得られたビ ッグデータの解析を通して,予防に有効な指標を見つけることが期待され る。

エマージング・リスクの早期発見のための公的な活動として,フォーサイ ト(Foresight)の活用を挙げることができる。以前から,フォーサイトと 呼ばれる活動が英国政府などで制度化されている。英国の政府科学局(Go- Science)で実施されている⽛フォーサイト・プロジェクト⽜は,科学や研 究の要素を強く持つテーマについて,数十年先までの未来を対象にした検討 を行う。これまで,高齢化,都市,製造業,海洋,移動などのテーマで実施 されてきた。類似の活動に,ホライゾン・スキャニング,シナリオ・プラニ

(11)

ング,ロードマッピングなどがある16)。予想しうる,社会あるいは技術の変 化と現行法規制の間のギャップをチェックする,法規制ギャップ(regula- tory gap)調査も有用である。例えば,安価で小型のドローンが市場に大量 に出てきたことにより,結果として航空法が改正されたが,⽛法規制ギャッ プ調査⽜を早期に実施していたら,もっと素早い対応ができただろう17)。新 規技術に対してこれらの活動が行われる場合は,⽛テクノロジー・アセスメ ント⽜と呼ばれ,その潜在的な正と負の社会的影響を予測し,技術開発やそ の利用についての課題設定や社会の意思決定を支援する活動として,欧州各 国では国会に附属した機関等において実装されている。具体的なやり方は,

専門家による分析を主とする伝統的な手法から,一般市民の参加により多様 な視点や社会的要素を取り込む参加型手法まで多様である18)

また,社会の価値観の変化を見極めることも必要である。そのためには,

アンケート調査,インタビュー,ソーシャルメディアの観察などにより,人々 が何を不快に思うか,何を守りたい価値ととらえるか,どこまでなら,どん な状況なら受容可能と考えているか,といった価値観を常にウォッチする必 要がある。受容性は,リスクの裏にある便益(ベネフィット)と切り離せな い。一般的にベネフィットが可視化され,かつ,大きいものは受容されやす く,ベネフィットが見えづらい,あるいは,小さいものは受容されにくい。

エマージング・リスクを早期に発見し,顕在化する前に対応するためには,

防災分野でも,グローバルヘルス分野でも,金融分野においても,上記のよ うなアプローチをあらかじめ制度化しておく必要があり,多様な関係者から の多様な情報を集約することで効果的な情報収集が可能になる。実施主体は,

政府関係者や研究者だけでなく,このような取り組みを行うインセンティブ を持っている保険会社の知恵もうまく取り込む必要がある。

16) 松尾&岸本(2017)を参照。

17) 2015年⚔月首相官邸の屋上に小型のマルチコプターが落下しているのが発見 された翌日に,関係省庁連絡会議が開催され,年度内に航空法が改正された。

18) 城山ら(2011)を参照。

(12)

4.2 予測市場

それぞれの分野の専門家に尋ねると,地震学者は地震リスクを,火山学者 は噴火リスクを,公衆衛生学者はパンデミックの発生リスクを,サイバーセ キュリティの専門家はサイバー攻撃のリスクを,といったふうに,自分の専 門分野の事象の重要性・危険性を強調する傾向があるだろう。研究者の中に は(明確に意図せずとも)研究費を求めて,発生する確率や被害の大きさを 過大に示唆する場合もあるだろうし,著作物も売りたいがゆえに過激な見出 しが付けられることはテレビ番組や雑誌記事には多い。純粋に善意から,警 鐘を鳴らすために意図的に大袈裟に言う人もいるだろう。様々な種類のリス クの大きさを客観的に比較するのは難しい。すべての分野に精通した専門家 はいない。感染症の専門家にバイオテロと小惑星衝突のリスクを比較しても らうのは不可能である。私たちはどれに備えるべきだろうか。限られた資源 をどのリスクの対策に向けるべきだろうか。これは国家スケールとしても,

町内会レベルでも常に問題になる課題である。

社会に散在した情報を効率的に,かつ,正直な見積もりを集めるためには,

予測市場(prediction market)がその答えになるかもしれない19)。予測市場 という呼び方は新しいかもしれないが,同様のものとしてすでに証券市場や 商品先物市場などが存在している。証券市場は,株価,すなわち会社の将来 利益の割引現在価値の予測市場であるし,商品先物市場も,何年後かの当該 商品の価格の予測市場である。そこでは,バブルなどの様々なノイズはあり うるものの,自分の持つ予測に基づき正直に取引するインセンティブが働い ている。市場価格が,自分の持つ予測値よりも高ければ売れば儲かるし,自 分の持つ予測値よりも安ければ買えば儲かるのである。自信の程度に応じて 取引量を調整すればよい。重要なことは次の⚒点である。⚑つは,自分の持 つ知識に対して正直に行動するインセンティブが強いことである。情報や知 識を持つ人は正直に行動すれば得をするのである。もう⚑つは,⚑人⚑票で

19) Surowiecki (2005) を参照。

(13)

ある投票やアンケート調査などと異なり,確信や信念の強さが投資額の大き さによって表現されることである。これらの特徴は,様々な因子によって歪 められる単発の予測に対して非常に大きなアドバンテージとなる。

このような市場が,証券や商品以外の対象に拡大されたのは最近のことで ある。最も知名度が高い分野は,選挙結果を対象にした予測市場である。ア イオワ州立大学によるアイオワ電子市場は米国大統領選挙結果の予測を毎回 当てていることで有名である。他には,試合の勝敗などを対象としたスポー ツ系の予測市場や,映画の動員数やアカデミー賞の受賞者などを対象とした エンターテイメント系の予測市場が多い。その中でも一部に,科学技術や安 全に関する市場が設けられている例もある。例えば,⽛鳥インフルエンザ

(H5N1)が〇年〇月末までに米国で見つかるか⽜という市場や⽛マグニチ ュード9.0以上の地震が△年末までに世界中のどこかで発生するか⽜という 市場が設けられている。予測市場の仕組みは次の通りである。例えば,地震 が100%発生する場合を⚑ドル,⚐%の場合を⚐ドルとして,取引が行われ る。発生確率を30%だと見積もる参加者にとって,市場価格が0.5ドルなら ば⽛売り⽜であり,0.2ドルなら⽛買い⽜となる。ただし,イベントを対象 とした予測市場は,選挙の得票率を対象とした予測市場と異なり,発生は事 後的には⽛するかしないか⽜のどちらかである。こういった予測市場の最大 の問題は,参加してほしい人たち,すなわち,社会に散在している断片的な 情報を持つ人たちに参加してもらえるかどうか,である。参加者数と取引量 をある程度のサイズを確保できなければ⽛市場⽜としては機能しない。

⚕.海外における公共政策としての取り組み

様々な政府機関が新興リスクの早期発見・早期対応を目指した組織的なア プローチをすでに展開している。本節では欧州における先進的な取り組み事 例として,欧州労働安全衛生庁(EU-OSHA)と欧州食品安全機関(EFSA)

によるエマージング・リスクに関するプロジェクトを取り上げる。

(14)

5.1 欧州労働安全衛生庁(EU-OSHA)の取り組み

労働の内容や環境は,そこで用いられる技術,材料,プロセス,雇用形態,

労働組織などの変化に応じて変化し,労働者の安全や衛生へのリスクも質的 にも量的にも変化しうる。事故が実際に発生してから対応するのではなく,

未然に防止するためには,体系的に現場の情報や科学的知見を収集する必要 が あ る と 考 え た EU-OSHA は,2000 年 代 初 頭,⽛ 欧 州 リ ス ク 観 測 所

(European Risk Observatory)⽜を設置し,体系的なエマージング・リスク 対応を開始した。EU-OSHA ではエマージング・リスクは,新規かつ増加 しつつある(職業)リスクと定義されている20)。具体的には次の⚓つのパタ ーンが挙げられている。1)リスクは以前には未知であり,新規のプロセス,

新規技術,新しいタイプの労働環境,あるいは社会的/組織的変化等によっ て生じる,2)以前から知られていた問題が,社会的なあるいは人々の認知の 変化により新たにリスクと考えられるようになる,3)新しい科学的知識によ って,以前から知られていた問題がリスクとして特定されるようになる。

最初に取り上げられたトピックは,⽛グリーン・ジョブ⽜である21)。グリ ーン・ジョブとは,太陽光発電やリサイクルといった環境に優しい新規技術 に関わる仕事のことであり,地球温暖化対策等で新しいグリーン・ジョブが 急速に増えたことが,労働安全衛生分野に多くのエマージング・リスクを生 んでいるのではないかという懸念が高まった。EU-OHSA が指摘するよう に,⽛私たちは⽛グリーン⽜という単語を⽛安全⽜と結び付けがちである。

しかし環境に良いことは必ずしもグリーン・ジョブに雇用されている労働者 の健康と安全に良いとは限らない⽜のである。

最初は,専門家へのアンケート調査が実施され,文献レビューと合わせて,

20) https : //oshwiki.eu/wiki/Monitoring_new_and_emerging_risks(2018年⚖月30 日アクセス)

21) グリーン・ジョブに続いて,人工知能(AI)やロボットを含む,情報コミュ ニケーション技術(ICT)の労働安全衛生への潜在的影響が取り上げられた。

本節の内容は,岸本(2014)の一部を改訂したものである。

(15)

物理・生物・心理・化学の⚔分野の展望報告書が2005~2009年までに公表さ れた。そこでは専門家への三段階のアンケートが実施された。一段階目は探 索的なもので,網羅的なリストを作成し,二段階目でそれらの妥当性をチェ ックし,優先順位付けを行い,三段階目で最終確認を行い,各分野のトップ 10リスクが特定された。

次に,⚒つのプロジェクトが立ち上げられた。⚑つは⽛新規及びエマージ ング・リスクに関する事業者への欧州アンケート(ESENER)⽜と題する,

事業者への大規模アンケート調査である。そこでは,欧州31か国の事業所の 労働安全衛生の管理者と労働者代表合計36ó000人に対して電話インタビュー が実施され,いくつかの報告書が2012年までに発表された。続いて,⽛フォ ーサイト⽜と呼ばれるプロジェクトが実施された。グリーン・ジョブにおけ る新規技術,社会の変化,そしてそれらの変化が労働安全衛生にもたらすエ マージング・リスクに関する複数のシナリオが展望された。フェーズ⚑では,

変化を推進する背景要因の探索が行われた。文献レビューから抽出された69 の背景要因に基づき,専門家等へのインタビューを経て16に絞られた背景要 因グループ22)に対して,投票によって順位が付けられた23)。フェーズ⚒の目 的は,2020年までに⽛グリーン・ジョブ⽜において導入される重要な技術イ ノベーションを特定することである。文献調査と専門家インタビューから選 定された34の技術(分野)から絞られた18の主要技術に対して投票が行われ,

フェーズ⚓で取り上げる⚘つの技術(風力発電,グリーンな建設技術,バイ オエネルギー,廃棄物とリサイクル,交通,製造とロボット工学,家庭内及 び小規模エネルギー,蓄電池とエネルギー貯蔵,エネルギー供給,全般的な

22) 気候変動,技術動向,経済状況,人口動態,人々の態度や行動などが含まれ ている。

23) EU-OSHA (2011 a) を参照。政府による規制,気候変動の進行,再生可能エ ネルギーや他の関連技術(ナノ,バイオ)の技術革新,経済状況,気候変動に 対する人々の態度や行動,エネルギーセキュリティに関する国際動向,人口動 態,既存エネルギー(化石燃料や原子力)の技術革新などが挙げられた。

(16)

問題)が選ばれた24)。フェーズ⚓では,シナリオ作成とそれに基づくワーク ショップが実施された。経済成長,グリーンな価値観,グリーン技術のイノ ベーション,という⚓つの変数についての様々な仮定に基づく⚓つのシナリ オのもとで,フェーズ⚒で選定された⚘つの技術に,フェーズ⚑で選定され た16の背景要因が加わることで,どのような労働安全衛生上の課題(エマー ジング・リスク)が出てくるかが議論され,報告書として公表された。ワー クショップで抽出された課題群は次の表⚑の通りである25)

24) EU-OSHA (2011 b) を参照。

25) 2014年には,ESENER-2 が立ち上がり,対象を,従業員が⚕人以上,そして 農林漁業セクターに広げた。

表⚑:フェーズ⚓のワークショップで抽出された課題群

技 術 変 化 項 目 労働安全衛生上の課題

風力発電 遠海のオフショアサイト 設置やメンテナンス時の安全性 タービンのサイズ拡大 運搬や設置時の安全性 設計寿命への到達 解体や改修時の安全性 グリーンな建

設技術 自動化(プレハブ工法) 現場から工場へのリスク移転 古い建物への再生可能エネルギー技術

の後付け 粉塵,鉛,アスベストなどへの曝露

新規の建設材料 蓄熱材や断熱材などの新規物質への曝露 バイオエネル

ギー 第三世代バイオ燃料 本体に加えて,副生成物や汚染物質の安 全性

合成生物学 新たな生命体のバイオハザード

廃棄物とリサ

イクル 新規材料 機械操作時に放出されるナノマテリアル

等の新規物質のリスク

埋立地からの回収 資源費用が高騰し,埋立地からの回収が 経済的に見合うようになる場合,未知物 質への曝露

交通 自動走行車両 信頼性の問題,技術への過度の信頼の危

険性

電気自動車 メンテナンスと緊急作業員に,感電・爆

発・火災のリスク

二輪車 環境意識の高まりで利用が増加すること

で事故リスクの増加

(17)

製造とロボッ

ト工学 フリーな状態のロボット 人との接触が増加

ヒトの能力増強 健康や安全への影響

分散化された製造 中小企業における労働安全衛生問題 家庭内及び小

規模エネルギ

共有のシステム 安全な操業の責任の不在

太陽光発電 感電,設置/メンテ/取り外しの際の転落 事故,化学物質への曝露

分散型発電 電気ショック

蓄電池とエネ

ルギー貯蔵 水素 爆発,漏洩,低温ハザード

新規電池技術 既知のリスクに加えて,救急サービス隊 員へのリスク

大量エネルギー貯蔵 水素以外に,それぞれに特有のリスク エネルギー伝

達と供給 停電 労働環境に危険な状況

複雑なグリッド 制御困難

技 術 横 断 的

(全般的)問

金属の盗難 労働安全衛生リスク

熟練労働の利用可能性 熟練と非熟練の二極化

新規材料 健康や環境に意図せざる影響(ナノ材料,

絶縁体,コンポジット,有機体,バイオ 燃料,副生成物)

下請け契約 労働安全衛生の軽視

政府の期限 補助金期限などが圧力に

労働関連ストレス 健康悪影響

高齢労働者 人口高齢化による増加

分散設置 労働安全衛生の監視と規制が困難

イノベーション 急速なイノベーションは労働安全衛生リ スクに取り組む時間が不足

自動化 長期的にはプラスかもしれないが短期的

には新規リスク ヒトと ICT,ヒトと機械のインター

フェース 複合リスク,ICT への過度の依存

耐用年数経過後の問題 処分やリサイクル時の安全衛生問題の設 計時への組み込み

予測できない労働時間シフト 再生可能エネルギーの間欠的な性質によ る不規則な労働時間の健康影響 ヒトの能力を増強する技術 薬物の問題,責任の問題 出典)EU-OSHA (2013) 第⚖章からリスク因子のみ抽出して作成

(18)

5.2 欧州食品安全機関(EFSA)の取り組み

2002年に設立された EFSA はその根拠法において,エマージング・リス クを特定し,キャラクタライズする活動に従事することが要求されていた。

EFSA 内の⽛科学委員会及びエマージング・リスク(SCER)⽜ユニットが そのミッションを担当し,⽛エマージング・リスクの特定⽜のための手順の 開発を目指した。まず,2007年には⽛ヒト,動物,及び/または植物へのエ マージング・リスク⽜が,⽛重大な曝露が生じる新たに特定されたハザード,

あるいは,既知のハザードへの予期しない新規のあるいは増加した重大な曝 露及び/または感受性に起因するリスク⽜と暫定的に定義された26)。ユニッ ト内に設置された作業グループは試行錯誤を重ねながら,2012年,1)エマー ジングな問題の特定,2)適切なデータソースの特定とデータ収集,3)収集さ れたデータの評価とエマージング・リスクの特定,という⚓ステップからな る試行段階の手順を提案した27)。エマージング・リスクの特定プロセスは図

⚑のとおりである。

26) EFSA (2007) を参照。2018年時点でも⽛エマージング・リスク⽜の定義とし て使用されている。

27) EFSA (2012) を参照。

(19)

第一段階の⽛エマージングな問題⽜には,化学物質や病原体といった特定 の問題そのものだけでなく,気候変動など,変化の推進要因となるものも含 まれる。⽛エマージングな問題⽜の特定は主に,2010年に設置された⽛エマ ージング・リスク情報交換ネットワーク(EREN)⽜が担っている。EREN には EU 加盟国に加えて,オブザーバーとして,世界保健機関(WHO),食 糧農業機関(FAO)なども参加している。また同年には,産業界,NGO,

消費者団体などの代表者からなる⽛エマージング・リスクに関するステーク ホルダー助言グループ(StaCG-ER)⽜も設置された。2012~2014年には53 の問題が⽛エマージングな問題⽜リストに挙げられ,18がフォローアップの

図⚑:EFSA のエマージング・リスクの特定プロセス

出典:EFSA (2016) Figure 1 (p. 5) をもとに著者作成

(20)

対象となった28)(表⚒)。その後も,リストは更新され続けており,2016年に は17の項目がフォローアップの対象となった。他にもテキストマイニングを 使ったエマージング・リスク発見手法なども提案されている29)

他方,EU 加盟各国でもエマージング・リスク早期発見の努力が独自に行 われている。例えば,ドイツの連邦リスク評価研究所(BfR)は近年,学際 的な研究者が構成するリスクコミュニケーション部門内に⽛エマージング・

リスク検知システム⽜を確立した。

28) EFSA (2015) を参照。

29) EFSA (2017) を参照。

表⚒:フォローアップの対象となった18のエマージング問題のリスト

判定された潜在的なエマージング問題 カテゴリー

1 生のビートの根の消費に関連するアウトブレイク 微生物 / 化学ハザード 2 北海でのビブリオ属菌の成長と欧州二枚貝のテトロドトキシンの発見 微生物 / 化学ハザード 3 家畜種において特定される新しいインフルエンザウィルス 微生物ハザード 4 苦い杏仁とアーモンドの消費によるリスク 化学ハザード 5 2014年のイタリアにおけるデオキシニバレノールとゼラレノンのレベルの増加 化学ハザード

6 EU におけるピアス病菌 微生物ハザード

⚗ アレルギーを持つ消費者にとっての食品安全と栄養リスク その他/アレルゲン 8 生あるいは加熱不足のシイタケ消費による皮膚炎 化学ハザード 9 クロアチアにおけるブロイラー肉におけるサルモネラの発生増加 微生物ハザード 10 カルバペネマーゼ産生腸内細菌科及びアシネトバクターの人畜共通伝染病の拡大 その他/抗菌薬耐性

11 人工的なプラスチック米 違法行為

12 生乳における仮性結核菌 微生物ハザード

13 食品あるいは食品添加物としての干し草 新しい消費者トレンド 14 グリーンスムージーにおけるシュウ酸 新しい消費者トレンド

/化学ハザード 15 マスタード中のビスフェノール F の自然発生 化学ハザード 16 死後病変と有機生産システムの間のありうる相関 新プロセス/技術 17 ビフェニール,アントラキノン,及び2-フェニルフェノール 化学ハザード 18 海藻の利用に関連する潜在的リスク 新しい消費者トレンド 出典:EFSA (2016) Table 1 (p. 7) をもとに著者作成

(21)

⚖.おわりに マンホールの蓋問題

エマージング・リスクを早期に発見し,早期に対応して,リスクの顕在化 を未然に防止することは理にかなっている。何かが起きてからしか対応でき ない現状をベースに考えると,当面,このような方向に社会を動かしていく 必要があることは間違いない。しかし,その先のことも少し考えておく必要 があるだろう。私たちは日々,様々な想定外のリスクの顕在化を経験してい る。2018年⚖月に発生した大阪北部の地震では,小学校のプールの壁が倒れ,

児童⚑名が亡くなった。現存する建造物と起こりうる直下型地震の組み合わ せで何が起こるかについて十分に検討がなされていたなら,ブロック塀のリ スクは⽛発見⽜され,対応されていたかもしれない。しかしそれと同時に,

逆に,すでに対策がとられたために,未然に事故が防止されたケースがあっ たかもしれない。しかし,前者は可視化され,マスメディアにも大きく取り 上げられ,大きなリソースをかけて再発防止のために徹底的な調査と対応が なされるのに対して,後者はごくわずかの例外を除いて気づかれないことが 多い。そこで,私たちはジレンマに直面する。エマージング・リスクが事前 に特定され,その顕在化が未然に防止されることが当面の目標であるが,そ の目標が達成されたかどうかは,直接的には私たちは知ることができないの である30)

エマージング・リスクの早期発見・早期対応を行うことは重要なことであ るが,早期発見・早期対応がそれなりにうまく回り始めてから顕在化する問 題,すなわちその効果をどのようにして可視化するか,についても検討して おく必要があるだろう。この問題を著者はかつて,⽛マンホールの蓋問題⽜

と名付けたことがある31)。すなわち,蓋が空いていたマンホールに落ちた人 30) 一部のリスクについては統計データから間接的に想像することはできるだろ う。例えば交通事故統計など。しかし,起こりえたかもしれない新しい種類の リスクが未然に回避されたなら,私たちがそれを知るのは非常に難しい。

31) コラム⽛2015年のリスク:⽛起こったこと⽜と⽛起こらなかったこと⽜⽜を参 照。http : //pari.u-tokyo.ac.jp/publications/column136.html(2018年⚖月30日ア

(22)

を救った人はヒーローになれるが,人が落ちる前にそっと蓋を閉めた人はそ の行為を褒められることもなければ,気づかれさえしないのである。社会と しては,誰かが落ちてから助けるよりも,誰かが落ちる前に蓋をする方が望 ましいのにもかかわらず。この非対称性が世の中の対応を⽛起こったこと⽜

に偏らせている原因の⚑つでもある。⽛起こらなかったこと(防いだこと)⽜

に対して,⽛起こったこと(防げなかったこと)⽜と同様,あるいはそれ以上 にスポットライトを当てられるような方法はないだろうか。

(筆者は大阪大学データビリティフロンティア機構教授)

参考文献

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EFSA (2015). EFSAʼs activities on emerging risks in 2014. European Food Safety Authority.

EFSA (2016). EFSAʼs activities on emerging risks in 2015. European Food Safety Authority.

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EU-OSHA (2011 a) Foresight of New and Emerging Risks to Occupational Safety and Health Associated with New Technologies in Green Jobs by 2020 - Phase I:

Key drivers of change. European Agency for Safety and Health at Work.

EU-OSHA (2011 b) Foresight of New and Emerging Risks to Occupational Safety and Health Associated with New Technologies in Green Jobs by 2020 - PHASE

Ⅱ- KEY TECHNOLOGIES. European Agency for Safety and Health at Work.

クセス)。また,タレブは著書⽛ブラックスワン⽜の冒頭で,9.11テロの起き る前に,航空機の操縦席に出入りするドアを防弾ドアにしてずっと鍵をかけて おくことを義務付けた政治家がいたとしたら,という問題提起を行っている。

その結果,9.11テロが防止されたかもしれないが,その政治家はヒーローにな るどころか,航空業界に過剰な規制を課した政治家として,関係者からはずっ と嫌われることになった可能性が非常に高い(Taleb 2008)。

(23)

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岸本充生(2014)⽛エネルギー技術のイノベーションと安全性確保⽜(馬奈木俊介 編著⽝エネルギー経済学⽞中央経済社).

岸本充生(2017)⽛Natech 自然災害起因の産業事故 社会変容で高まる脅威⽜リ スクマネジメント TODAY 2017 March: 4-7.

松尾真紀子,岸本充生(2017)⽛新興技術ガバナンスのための政策プロセスにおけ る手法・アプローチの横断的分析⽜.社会技術研究論文集 Vol. 14, 84-94.

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(著),小高 尚子(著)⽛みんなの意見⽜は案外正しい.角川書店,2006年)

Taleb, Nassim Nicolas (2008). The Black Swan: The Impact of the Highly Improb- able. Penguin. (ナシーム・ニコラス・タレブ著,望月衛訳⽝ブラック・スワン

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参照

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