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保険会社における市場規律の測定の準備

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■アブストラクト

1990年代後半,金融機関を取り巻く経営環境が大きく変化した。保険会社 の財務的健全性を維持することが,保険会社や監督者にとって至上命題とな っており,市場規律の有効活用が求められている。海外の先行研究では保険 会社に市場規律が認められることが実証されている。日本の保険会社に市場 規律が認められるかどうかを確認することが大きな目的である。

信頼できる財務情報を開示することが効果的な市場規律の活用に不可欠で,

情報開示によって企業の透明性を向上させることが可能になり,当該企業だ けでなく市場規律の関係者全体の利益につながる。

本稿では保険会社における市場規律の概要,関係者,前提条件と問題点に ついて考察し,銀行との比較,日本の保険会社における市場規律を測定する ため分析対象となる変数(ソルベンシー・マージン比率,格付情報,株価,

保険料,解約率など)の特徴について考察した。

■キーワード

市場規律,ディスクロージャー,年次報告書

⚑.はじめに

1990年代後半,金融機関を取り巻く経営環境が大きく変化した。保険会社 を監督する監督者が果たす役割は小さくない。少子高齢化に伴う需要の減少,

*平成30年⚒月17日の日本保険学会関西部会報告による。

/ 平成30年⚖月25日原稿受領。

保険会社における市場規律の測定の準備

徳 常 泰 之

(2)

護送船団行政からの転換,競争原理の導入,販売チャネルの変化や国際化の 進展など経営環境が激変した。保険会社の経営環境が変化するに伴い,従前 の監督手法や規制の枠組みでは対応することが困難な状況になっている。保 険会社の財務的健全性を維持することが,保険会社や監督者にとって至上命 題となっている。この流れの中で,市場規律の有効活用が求められている。

2000年代に入り,監督機能の一部を市場に委ねることにより,行政の効率 化を図ろうとする取り組みが始まった。保険監督者国際機構(IAIS)によ る保険基本原則(ICP)や欧州保険・年金監督局(EIOPA)によるソルベン シーⅡ(Solvency Ⅱ)などである。市場規律を活用する金融システムを志 向した規制の枠組みが整備され,保険会社を経済価値ベースで評価する流れ が存在する。

本稿では保険会社における市場規律の概要,関係者,前提条件について考 察し,銀行との比較,日本の保険業界における市場規律を測定するためには どの変数を用いて分析を試みればよいか考察する。

⚒.保険会社における市場規律 2-1 市場規律

金融業界における規律は次の⚓種類が存在していると考えられる。①監督 者による規制を通じて生じる⽛監督規律⽜,②コーポレート・ガバナンスや ERM(全社的リスクマネジメント)などリスク管理体制などの当該企業の 行動から生じる⽛自己規律⽜,③ディスクロージャーや格付会社などを通じ て生じる⽛市場規律⽜の⚓種類である。

①監督者による監督規制は保険会社が直面するリスクの質,量の変化や FinTech や InsurTech に代表されるように技術革新が急速に進んでいる現 状では,環境変化への対応する速度を考慮すると決して万全なものではない と考えられる。②保険会社の自己規律については,保険金不払い問題に象 徴されるように十分に機能していたとは考えられない1)。金融市場の自由化

1) 徳常(2012)。

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が進展し,保険会社を取り巻く経営環境が急速に変化する中で,重要視され るようになってきているのが③ディスクロージャーや格付会社などを通じて 生じる市場規律である2)

保険基本原則の Introduction 19 では,実効的な保険監督に必要な前提条 件について述べられており,その中に効果的な市場規律が求められている3) また,ソルベンシーⅡの第⚓の柱では⽛法定報告と公衆開示⽜について規定 されており,監督者と一般社会や利害関係者に対する透明性の向上させるこ とを目的としている。保険会社の監督者に対する法定報告や一般社会や利害 関係者に対する情報の開示について規定されている。特に一般社会や利害関 係者に対する情報の開示は,市場規律を機能させるために重要である。

保険会社の健全性を確保するために,⽛これまで行政による規律に加え,

会社自らのリスク管理体制やガバナンス面での自己規律,ディスクロージャ ーや格付け会社,株式市場,マスメディアを通じた市場規律を総合的に活用 しようという考え方4)⽜に変化している。

保険自由化・規制緩和が進展する流れの中で市場規律が重視されるように なってきたことが先行研究を通じて明らかになってきている。Cummins and Danzon(1997)では,保険会社の債務不履行リスクが高くなれば保険 価格(料)が下落することが実証されている。Zanjani(2002)では,保険 会社の格付情報が低下すると,失効率が上昇することが実証されている。保 険業界における市約率や収入保険料の変化に出現すると実証されている。

Epermanis and Harrington(2006)では,格付情報と収入保険料と間に関連

2) ⽛保険会社特有の用語や財務諸表,保険事業に特有の収益・リスク構造,不 十分な情報開示とアナリスト機能の弱さからこれまで十分機能してこなかっ た⽜と考えられる。植村(2009)p. 69。

3) International Association of Insurance Supervisors, Insurance Core Principles (Updated November 2015) https : //www.iaisweb.org/page/supervisory-material/

insurance-core-principles/file/58067/icp-updated-november-2015 2018 年 ⚕ 月 29 日確認。

4) 植村(2009)p. 63。

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性があることが実証されている。Eling and Schmit(2012)では,ドイツに おける保険市場を分析対象として,格付情報の変化が収入保険料や解約率に 与える影響について実証されている。

2-2 市場規律の概要

市場規律とは監督(監視)機能と影響機能から構成されている。市場規律 の機能のうち法令などから逸脱しないようにするように市場関係者が当該企 業に注意を払う監督(監視)機能と,市場関係者から当該企業がより良い評 価を得られるように経営者にインセンティブを与える影響機能とがある。

市場規律が有効に機能しているのであれば,ソルベンシー・マージン比率 の変動,格付情報の変化,株価の変動といった保険会社が発信する市場への 情報提供に対して,市場の反応として,契約者の行動,利害関係者の行動,

収入保険料や解約率といった保険会社の契約状況に関する指標が市場からの 情報として得られると考えられる。ソルベンシー・マージン比率や格付情報 といった指標は分かりやすく,市場規律の関係者から見て他社との比較が容 易である。市場規律の概要について図示したものが図2-1である。

監督者と保険会社の関係は,監督者は保険会社を監督,規制(①)し,違 反行為があれば必要に応じて行政処分を行っている(②)。監督規律を通じ て,保険会社の経営者の規律付けを行っている。例えば,保険会社の財務内 容(ソルベンシー・マージン比率)が基準を下回るように悪化すれば,早期 警戒制度や早期是正措置で保険会社に対応を求めることが挙げられる。

市場と保険会社の関係は,顧客,株主,格付会社などの市場参加者の意見 として情報(格付情報,株価など)を発信するという形で保険会社を間接的 に監督(監視)し,影響を与えている(③)5)。また,保険会社の経営者は 市場からの評価(ソルベンシー・マージン比率,格付情報,株価など)を高 5) 銀行の場合,財務内容が悪化し破綻するようになれば取り付け騒ぎが発生す る可能性があるが,保険会社の場合,他社への乗り換えコストを考慮すると解 約の申し出が殺到するような事態が発生するとは考えにくい。

(5)

めようとするインセンティブが働くと考えられる(④)。市場規律を通じて,

保険会社の経営者の規律付けを行っている。

監督者と市場の関係は,保険会社の財務内容を直接監督するだけではなく,

市場の持つ監督(監視)機能と影響機能を利用することで,行政の効率を高 めることが可能になる。例えば,保険会社の財務内容の基準を公開(⑤)し,

その基準を下回るような状態になれば早期警戒制度や早期是正措置で保険会 社に対応が求められていくと市場関係者との間で情報共有を行うことにより,

行政の効率を高めることが考えられる(⑥)。

また,監督規律と市場規律が有効に機能する環境であれば,保険会社のコ ーポレート・ガバナンスやリスク管理体制などの自己規律も機能すると考え られる。

2-3 市場規律の関係者

市場規律を機能させる可能性のある利害関係者は,株主,銀行,債権者,

契約者,格付会社,監督者,代理店などが考えられる。Eling(2012)によ れば,保険業界に関連する市場規律とその関係者,測定方法および関連性な どは以下の通りである6)。(表2-1参照)。

図2-1 市場規律の関係者と機能

出所 筆者作成

6) Eling (2012) p. 189。

(6)

2-3-1 顧 客

市場規律の対象となる関係者の範囲が既契約者のみか,潜在的(将来の)

契約者を含めて考えるかという点に議論の余地がある。潜在的契約者は市場 規律の関係者として機能する可能性がある。他方,既存の生命保険の契約者 は他社への乗換コストが大きくなる可能性があるため,市場規律の関係者と して機能するかどうか不明である。損害保険の契約者の場合は,生命保険と 比較して他社への乗り換えコストが大きくなる可能性が低いため市場規律の 関係者として機能する可能性がある。そのため,顧客は市場規律との関連性 は高いと考えられる。

2-3-2 株主・債券保有者

株式会社の場合,株価の変化によって株主の行動を通じて保険会社に影響 を与える可能性があると考えられるため,株主が市場規律の関係者として機 能する可能性がある。ただし,株主の構成が影響を与える可能性がある。持 株会社の場合,株価をもとにした市場規律の場合,対象となる保険会社に規 律が届かない可能性がある。そのため,市場規律との関連性は限定的になる のではないかと考えられる。

表2-1 市場規律とその関係者との関係

出所 Eling (2012) põ 189をもとに作成。

顧客と投資家

(直接:監視と影響) 仲介者と評価者

(直接と間接:監視と影響)

誰が? 顧客 株主 債券

保有者 格付会

監督者・

アナリスト 代理店・

ブローカー どのように? リスクに敏感な

顧客の需要 株価 利子率 格付 投資家への

推奨 顧客への

推奨

測定方法 収入保険料/

契約件数の伸び,

失効数,解約率

株価の変化 利子率の

変化 格付の

変更 新規契約の

推奨の度合 新規契約の 推奨の度合

関連性 高い 限定的 限定的 高い 限定的 高い

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他方,相互会社の場合は株価を通じた市場規律は存在しない。最高意思決 定機関である社員総(代)会において議決権を有していない基金拠出者が株主 のように行動することが可能かどうか不明である。

社債を発行している保険会社の場合には利子率を通じて保険会社に影響を 与える可能性があると考えられる。債券保有者が市場規律の関係者として機 能する可能性がある。ただし,すべての保険会社が社債を発行していないた め,市場規律との関連性は限定的になると考えられる。

2-3-3 格付会社

格付情報は,格付会社が表明した債務不履行(保険金支払い不能)になる 可能性の大小に関する意見である。ただし,格付を参考にする市場参加者が 多いため,デファクト・スタンダードとして機能している。高い格付情報を 取得・維持しようと経営者にインセンティブを与えることが可能である。

しかし,すべての保険会社が格付情報を取得していない。取得していない 保険会社には格付情報を通じた市場規律は機能しない。そのため,市場規律 との関連性は必ずしも高くないと考えられる。

2-3-4 監督者

監督者は市場と連携して規制の枠組みを設計することができる立場にある。

どこまで実効性のある監督をすることができるかという点を考慮に入れる必 要があるものの,市場規律との関連性は高いと考えられる。

2-3-5 代理店

代理店が顧客に保険商品を販売する際に,保険会社の財務内容だけが顧客 への推奨理由となっているかという点や顧客第一主義の立場が代理店では貫 徹されているのかという点に疑問がある。顧客の意向を反映するのではなく,

特定の保険会社や保険商品を推奨する動機付けとなるインセンティブ報酬が 存在する。代理店側に他のインセンティブが存在する可能性があるため,代

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理店が市場規律の関係者として機能する可能性は低く,市場規律との関連性 はないと考えられる。

2-4 市場規律が機能するための前提条件と問題点

市場規律が機能するためには前提条件が必要になる。以下,本節では市場 規律が機能するための前提条件と問題点について考察する。

2-4-1 契約者による会社選別のインセンティブが存在すること

潜在的契約者は破綻しそうにない会社,財務的に健全な会社を選択して契 約を締結する必要がある。この点において,潜在的な契約者による会社選別 のためのインセンティブが働く可能性がある。既契約者の場合には,保険会 社を乗り換えるためのコストが大きくなる可能性があるため,仮に財務内容 が悪化したとしても,会社選別のインセンティブが働かない可能性がある。

2-4-2 ディスクロージャー制度が整備・拡充されていること

保険会社より開示される年次報告書などの情報の信頼性,透明性および質 が前提になる。

企業の透明性を高めるためには,信頼できる情報開示が必要となるが,そ のためには監督当局による制度設計を通じた誘導や規律付けといったインセ ンティブ・ストラクチャーの構築が必要となる。市場規律が企業にインセン ティブを与えるものではなければならない。この点が機能すれば,市場規律 を活用し,保険会社が破綻するという危機の予防・解決につながる。

保険業法第111条と同法施行令第59条の⚒の規定により,保険会社は年次 報告書を公開しなければならない。開示内容については,生命保険協会や日 本損害保険協会がガイドラインを作成しており,保険会社各社はそのガイド ラインに沿う形で情報を公開している。

(9)

2-4-3 情報収集手段が容易であること

年次報告書などの保険会社より開示された情報の入手しやすさや,開示さ れた情報の分かりやすさも市場規律が機能するための重要な前提条件となる。

各社とも,Website を通じて年次報告書を開示しており,ダウンロードす ることが可能である。ただし,公開年数にはガイドラインがないため短い会 社で⚑年,長い会社であれば10年超と各社でばらつきがある。生命保険協会 や日本損害保険協会が年次報告書で開示された情報を理解するための小冊子 を作成し配布している7)

2-4-4 複数の会社を比較判断する基準が確立されていること

現時点では,ソルベンシー・マージン比率や格付情報を用いることで,複 数の会社を比較判断することが可能である。その他,有用かつ容易な判断基 準がないか検討が必要である。

2-4-5 セーフティネットが整備されていること

契約者保護の視点では,セーフティネットは必要である。セーフティネッ トの拡充と経営者のモラルハザードの防止はバランスを取りつつ進める必要 がある。セーフティネットが強ければ経営者のモラルハザードを引き起こす 可能性があり,契約者に規律付けの行動をするためのインセンティブが働か なくなる可能性もあるためである。市場規律とセーフティネットとのバラン スをとることが重要になる。

2-4-6 問題点

市場規律を機能させるための問題点として,①市場規律の対象となる指標

7) 生命保険協会⽛⽛生命保険会社のディスクロージャー~虎の巻⽜2016年版⽜

http : //www.seiho.or.jp/data/publication/tora/ 2018年⚕月21日確認,日本損害 保険協会⽛損害保険のディスクロージャーかんたんガイド 2017年版⽜

http : //www.sonpo.or.jp/news/publish/sonpo/0004.html 2018年⚕月21日確認。

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の信頼性,②適切な指標選定の難しさおよび③情報が更新される頻度が考 えられる。

①市場規律の対象となる指標の信頼性がないのであれば,市場規律は機能 しない。保険会社の公開している資料に対する信頼性,格付会社に対する信 頼性が存在することが前提となる。

②適切な指標選定の難しさについて,保険会社の財務内容や事業の継続可 能性を示す適切な指標として,どの項目を選択するかという問題がある。容 易に入手可能で,簡便に用いることができ,難解なものであってはならない。

ソルベンシー・マージン比率や格付情報は保険会社の一時点の一側面の状況 を示しているだけに過ぎない。

③情報が更新される頻度について,ソルベンシー・マージン比率は四半 期ごとに開示されている。格付情報は変更の必要性が出てきた場合に随時変 更される。格付情報そのものは頻繁に変動するものではないため,四半期ご とに更新されるものではない。

契約者を含む市場規律の関係者が保険会社により開示された情報(質,信 頼できるという前提)をもとに,保険会社の経営状態を的確に判断すること ができるか(情報の非対称性の存在,情報取得のためのコスト,情報の判断 能力,規律付けに関する行動を市場参加者がとるためのコスト)という点で 問題が残る。

⚓.市場規律の比較(保険会社と銀行)

3-1 保険会社と銀行の比較

行政による監督,規制が求められる点やセーフティネットが存在している 点など保険会社と銀行では取り巻く環境が類似している点がある。しかし,

保険会社における市場規律と銀行における市場規律は,性質を異にすると考 えられる。保険会社と銀行の基本的機能,法的環境,会社形態,顧客に対す る立場,商品の特性,破綻時の対応や他社への乗り換えが容易ではないこと に起因していると考えられる。

(11)

もっとも大きく異なるのが商品の期間である。銀行の販売する商品は預金 者の立場であれば比較的自在に設定することが可能である。そのため,仮に 銀行の財務状態が悪化したとしても預金を引き出し,他の銀行で口座を開設 し資金を移し替えることが容易である。

これに対して生命保険会社の販売する商品は,期間の短いものでも10年,

期間の長いものになると終身という期間になる。損害保険会社の販売する商 品は,生命保険会社が販売する保険商品と比較すると生命保険ほど期間の長 い商品はない。

特に保険の場合,保険商品の持つ特性により市場規律が有効に機能するか どうかという点に与える影響が大きい可能性がある。一般に保険商品は他社 への乗り換えが容易ではないと考えられる。特に生命保険でその傾向が顕著 である。仮にある契約者(被保険者)が契約している生命保険会社の財務内 容が悪化したとしても,契約成立からの経過年数,予定利率の変化,その期 間の契約者(被保険者)の健康状態の変化,加齢による死亡率の上昇に伴う 保険料の上昇,他社で同様の保険商品を探す必要性など保険会社を乗り換え るためのコストが大きくなると考えられるため,他社への乗り換えの可能性 が高くならない可能性がある。この点が銀行における市場規律と大きく異な る点となる。

以下,Elling(2012)をもとに,保険会社と銀行における市場規律につい て比較する。

3-2 保険会社における市場規律

保険会社における市場規律は,株価,保険料,解約・失効,収入保険料,

セーフティネットの有無,格付情報などに出現すると考えられる。(表3-1参 照)

(12)

保険会社における市場規律の測定に関する先行研究の結果,市場規律が認 められた事例が18例,認められなかった事例が⚒例であった。これらの先行 研究の結果から判断する限り,研究対象となった国における保険会社につい ては,市場規律が存在すると考えられる8)

これらの項目以外にも Harrington(2004)によれば,保険業界における 市場規律は,セーフティネットの有無,保険料率設定,保有資産におけるリ スク性資産の割合,解約率や収入保険料の変化に出現すると考えられる9)

3-3 銀行における市場規律

銀行における市場規律は,株価,劣後債や債券の利子率,預金保険,政府 の提供するセーフティネットの有無などに出現すると考えられる。(表3-2参 照)

表3-1 保険会社における市場規律の測定に関する先行研究の結果

研究対象国:UõSõ 18/ドイツ⚒ 20事例 出所 Eling (2012) ppõ 209-214をもとに作成。

評 価 項 目 観 測 結 果

株価 4 1 0

保険料 4 0 0

解約,収入保険料の伸び 5 0 0

セーフティネット 4 0 0

資産リスクと格付情報 1 1 0

合計 18 2 0

8) Eling (2012), pp. 209-214。

9) Harrington (2004) pp. 168-169。

(13)

銀行における市場規律の測定に関する先行研究の結果,市場規律の存在が 認められた事例が31例,認められなかった事例が⚑例,明確に実証されなか った事例が⚙例であった。これらの先行研究の結果から判断する限り,研究 対象となった国における銀行については,市場規律がうまく観測できなかっ た事例が存在するものの,銀行における市場規律がすべて否定されるという 結果が導き出されていないため,市場規律が存在すると考えられる10)

⚔.保険市場における市場規律の構成要素 4-1 市場規律の測定

Eling(2012)によれば,市場規律には投資家主導型の市場規律と,顧客 主導型の市場規律がある11)。市場規律が機能しているかどうかを測定するた めには,投資家主導型の場合には保険会社より年次・中間報告,臨時の情報 開示,経営者の方針が,アナリストよりコメントが,格付会社より保険会社 の財務状況の格付情報が Input 情報として提供され,その結果,市場の反応 として投資家の意欲が株価に反映されると考えられている。

他方,顧客主導型の市場規律の場合には,保険会社より剰余金の配当が,

表3-2 銀行における市場規律の測定に関する先行研究の結果

研究対象国:UõSõ 30/ヨーロッパ 2/日本 4/ポーランド 1/ UõSõ & ヨーロッ パ 1/その他 3 41事例

出所 Eling (2012) ppõ 194-207をもとに作成。

評 価 項 目 観 測 結 果

株価 10 0 2

劣後債,社債 8 0 4

預金保険,譲渡性預金 13 1 3

合計 31 1 9

10) Eling (2012), pp. 194-207。

11) Eling (2012) p. 191。

(14)

格付会社より保険商品の格付情報が,監督者より不平・不満に関する統計が,

保険協会より発行された統計が Input 情報として提供され,その結果,市場 の反応として収入保険料の変化,解約や失効という Output 情報に反映され ると考えられている。(表4-1参照)

ただし,日本の保険会社を考察対象として市場規律を測定する場合(特に 顧客主導型の場合),これの測定方法をそのまま適用することはできない。

各社間で比較可能な剰余金の配当に関する情報や会社名を公表する形式での 不平・不満の統計は存在しないことや,個別の保険商品の格付が行われてお らず,その種の格付情報が存在しないことがその理由として挙げられる。

4-2 分析対象となる変数

先行研究を参考にして,日本の保険会社において市場規律が有効に機能し ているかどうか実証分析を行っていくための事前準備を行う。

表4-1 市場規律の測定

出所 Eling (2012) ppõ 191をもとに作成。

リスク状況に関する市場への情報提供(Input) 情報提供者 市場からの反応(Output)

•投資家主導型の市場規律

年次・中間報告 保険会社 株価に反映される

臨時の情報開示 保険会社

経営者の方針 保険会社

アナリストのコメント アナリスト

企業財務状況の格付情報 格付会社

経営権取得の申し入れ 競争相手 利子率に反映される

•顧客主導型の市場規律

剰余金の配当 保険会社 顧客の要求が収入保険料

に反映される

解約・失効に反映される

保険商品の格付情報 格付会社

不平・不満に関する統計 監督者

協会により発行された統計 保険協会

(15)

保険市場における情報の非対称性の存在,保険会社に関する情報を取得す るためのコスト,情報の判断する能力,規律付けに関する行動を保険契約者 に代表される市場参加者がとるためのコストなどの問題が存在するため,保 険契約者などの利害関係者が保険会社より開示されている年次補報告書など の情報をもとに,保険会社の経営状態を的確に判断することができるか?と いう問題がある。

開示される情報の信頼性,透明性,入手しやすさ,質,分かりやすさなど の特性を考慮に入れ,どの項目を保険会社が開示すれば,市場規律の有効活 用に結び付けることができるのか明らかにするため実証分析が必要となる。

実証分析に際しては,保険会社などが公開している数値をもとに変数の設 定を行うことになるが,変数の候補となりうるものについて考察する。

4-2-1 ソルベンシー・マージン比率

ソルベンシー・マージン比率は,通常の予測の範囲を超えて発生するリス クへの対応するための指標であり,すべての保険会社がソルベンシー・マー ジン比率を公開している。そのため,ソルベンシー・マージン比率を用いて 市場規律を測定することは可能である。

4-2-2 格付情報

日本で営業活動を行っている格付会社から生命保険会社の33社,損害保険 会社の22社が格付情報を取得している(2016年度末)。一部の保険会社は格 付情報を取得していないため,格付情報を用いてすべての保険会社において 市場規律が機能しているかどうか分析を行うことはできない。

格付情報の有無によるグループ分けを行い,格付情報を取得している保険 会社の格付情報のみを用いて市場規律を測定することは可能である。

4-2-3 株 価

対象となる保険会社が株式会社の場合にのみ,株価を用いて市場規律を測

(16)

定することが可能である。ただし対象となる保険会社が持株会社の傘下にあ る場合には,持株会社の評価は可能であっても保険会社を直接評価すること ができない。

東京海上ホールディングス株式会社という持株会社の傘下には東京海上日 動火災保険株式会社,日新火災海上保険株式会社,イーデザイン損害保険株 式会社および東京海上日動あんしん生命保険株式会社などがあり,傘下保険 会社各社の発行済株式総数に対する所有株式数の割合は,東京海上日動火災 保険株式会社(100%),日新火災海上保険株式会社(100%),イーデザイン 損害保険株式会社(92õ35%)および東京海上日動あんしん生命保険株式会 社(100%)となっている12)。そのため持株会社の傘下にある保険会社の場 合には市場規律を確認することは困難である。

また,日本の保険市場には相互会社が⚕社存在する13)。この⚕社について も保険会社を株価で評価することができないため市場規律を測定することは 困難である。

4-2-4 保険料,収入保険料,受再保険料

保険会社の財務内容が保険料に影響を与えている可能性がある。財務内容 が良好な保険会社ではより低廉な保険料で,財務内容が良好ではない保険会 社ではより高価な保険料で保険商品が販売されていることが先行研究で実証 されている14)。ただし,先行研究によれば,財務内容が良好な保険会社がよ り低い保険料(高い利率)で保険を販売している事例もある15)

しかし,日本の保険市場の場合には保険会社各社間で比較することが可能 な保険料が各社から公開されていない。そのため,銀行における利率のよう に保険料を用いて一律で比較することができない。保険料(純保険料)の算

12) 各社の2016年度年次報告書より。

13) 日本生命保険相互会社,住友生命保険相互会社,明治安田生命保険相互会社,

朝日生命保険相互会社,富国生命保険相互会社の⚕社。

14) Cummins and Danzon (1997)。

15) Carson, Doran, Dumm (2011)。

(17)

出根拠となっている生保標準生命表や参考純率については公開されている。

保険料にどのように反映されているかについては各社間で差がある可能性は あるが純保険料に大きな差はないと考えられる。しかし,付加保険料には差 があると考えられる。類似の保険商品であっても,保険会社各社間では商品 内容に差異があることが多いため保険料の高低を比較することはできない。

各社から共通した条件に設定された保険商品が比較可能な形で販売されない 限りにおいて,保険料による市場規律を測定することは困難である。

収入保険料は生命保険会社,損害保険会社ともに年次報告書で公開されて いる。そのため,収入保険料の動向を知ることができるため,市場規律を測 定することは可能である。

受再保険料は生命保険会社,損害保険会社ともに年次報告書で公開されて いる。そのため,受再保険料の動向を知ることは容易である。出再保険料の 格付区分構成,出再先保険会社数と出再保険料上位⚕社の割合は年次報告書 で公開されるため,出再元の保険会社は出再先の保険会社の格付情報に注意 を払っていると考えられる。格付情報が低下すれば出再元の保険会社から適 切な出再先として認識されない可能性がある。受再保険料の動向は保険会社 の財務的健全性を示していると考えられるため,市場規律を測定することは 可能である。

4-2-5 解 約

生命保険会社では,年次報告書で個人保険,個人年金保険,団体保険の解 約率が公開されている。ただし,団体年金保険については公開されていない。

そのため,生命保険会社の場合,解約率の動向を知ることができるため,市 場規律を測定することは可能である。

損害保険会社では保険種目ごとの解約率は公開されていない。そのため,

損害保険会社の場合,解約率を用いて市場規律を測定することはできない。

(18)

4-2-6 エンベディッド・バリュー(EV),コンバインド・レシオ

エンベディッド・バリューは保険会社の潜在的な評価額と考えられる指標 である。ただし,EV は生命保険協会統一開示項目になっておらず,また異 なる基準の EV で公開されている場合があるため一律での比較はできないが,

EV を用いて市場規律を測定することは可能である。

損害保険会社の収益力を測る指標としてコンバインド・レシオという指標 がある。正味収入保険料のうち正味損害費率(保険金支払,損害調査費用に あてた金額の割合)と正味事業費率(募集や維持管理費用にあてた金額の割 合)の合計が占める割合を表した数値で,100%以下は収入が支出を上回っ ている状態で,100%以上は支出が収入を上回っている状態を表している。

コンバインド・レシオを用いて市場規律を測定することは可能である。

4-2-7 セーフティネット

日本の保険市場の場合,生命保険業界には⽛生命保険契約者保護機構⽜が,

損害保険業界には⽛損害保険契約者保護機構⽜というセーフティネットがあ り,日本で営業するすべての保険会社が加入している。そのため対象となる 保険会社がセーフティネットへの加入有無という点で市場規律を測定するこ とはできない。

⚕.まとめ

保険市場における市場規律の概要,関係者,前提条件,問題点や変数の特 徴について考察した。保険市場における市場規律を実証分析するための準備 が整った。

監督者が保険会社に対して監督・規制を行っているが,それですべての問 題が解決できるわけではない。現時点で非常に優れた規制を設計できたとし ても,急速に環境が変化する経営環境下において,優れた規制であり続ける ことを望むことはできない。時間の経過とともに,規制と現状が適合しない 状態に陥ることが予想される。ここに監督者による規制の限界がある。

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そのため,市場規律の必要性があると認められる。効果的な市場規律につ ながる保険会社による適切な情報開示の制度設計と開示された情報の信頼性 が市場規律を有効に機能させるための前提条件になる。時宜にかない,精密 で信頼できる財務情報を開示することが効果的な市場規律の活用に不可欠で ある。情報開示によって企業の透明性を向上させることが可能になり,当該 企業だけでなく,利害関係者の利益につながる。適切な情報開示とは何か?

開示される情報の量,質,企業の規模,業界,監督者,経営陣を含めこの問 題はとても重要である。

市場規律を有効活用できたとしても,すべての問題が解決できない点には 注意が必要である。保険会社の財務状況を的確に把握する枠組みは,経済価 値ベースのソルベンシー規制へとつながっていく。監督者の規制,保険会社 の自己規律(全社的リスクマネジメント)と市場規律とを組み合わせて活用 することが望ましい。市場規律の特徴を踏まえた上で,監督者の規制の枠組 みを設計する必要がある。

(筆者は関西大学准教授)

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参照

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