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リスクマネジメントが企業価値へ与える 影響の一考察

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(1)

■アブストラクト

本研究では,先行研究の成果及び Wang 変換を利用した数値例を利用し て企業がリスクマネジメントを実行することにより,企業価値が高まるかど うかについて検証を行った。その結果,リスクマネジメントを実行すること により,完備市場性下では,実確率下での期待キャッシュフローが増大する 場合,資本コストが低減する場合,キャッシュフローのタイミングが変化す る場合に企業価値が向上することを示した。また,非完備市場性下で取引さ れているデリバティブなどを利用する場合や,株主が分散投資できない場合 にも,リスクマネジメントを実行することによりリスク中立確率下での期待 キャッシュフローが高まることを通じて企業価値が高まることを示した。

■キーワード

リスクマネジメント,非完備市場,企業価値

⚑.はじめに

デリバティブや保険を利用することによるリスクマネジメントは広く行わ れているが,リスクマネジメントの実行が企業価値を高めるかどうかについ

【査読済み論文】

リスクマネジメントが企業価値へ与える 影響の一考察

完備性および非完備性下での検証

伊 藤 晴 祥

*平成27年12月18日の日本保険学会関東部会報告による。

/ 平成28年⚗月⚘日原稿受領。

(2)

ての検証は,慎重に行わなければならない。個人(家計)の場合,期待効用 仮説(Neumann and Morgenstern 1944 他)に従えば,リスク回避係数が高 ければ高いほどリスクマネジメントを利用することによる期待効用が高まる ことは良く知られている(Friedman and Savage 1948 他)。では,企業の場 合はどうであろうか。デリバティブや保険などを利用したリスクマネジメン トを実行することにより企業価値が高まるかどうかについては,議論が分か れる。まず,株主が分散投資を行うことによりリスクを低減させることがで きるため,企業がリスクマネジメントを行っても企業価値が向上しないとい う説(Modigliani and Miller 1958 他)がある。つまり,保険のように企業の 個別リスク(分散可能リスク)をヘッジする場合には,割引率は減少せず,

リスクマネジメントを実行するにはコストがかかり期待キャッシュフローが 減少するため,企業価値が逓減する。デリバティブを利用してリスクマネジ メントを行う場合には,市場リスク(分散不可能リスク)が減少し,割引率 が減少するものの,デリバティブの利用にはコストがかかるため,企業価値 は不変である。一方で,中小企業のように株主が,当該企業への投資が集中 しているなどの理由から,株主自身が分散投資を行うことによるリスクヘッ ジを行うことが不可能な場合には,株主自身も,リスク回避的なリスクマネ ジメントの実行を支持すると考えられる(Harrington and Niehaus 2003,

Chõ 9,ppõ 168-169,Itoó Aió and Ozawa 2016)。本研究では,実証研究,

事例研究及び数値例を利用して,リスクマネジメントの実行が企業価値を高 めるかどうかについて検証する。

⚒.リスクマネジメントと企業価値

第⚑節で述べたとおり,保険やデリバティブを利用しても,キャッシュフ ローの分散が減少することは明らかであっても,企業価値が向上するかどう かは,リスクマネジメントを実行するためにコストがかかることから,明ら かではない。本節では,企業がリスクマネジメントを実行するべきかどうか について理論的に考察する。

(3)

Harrington and Niehaus(2003ó põ 21)は,リスクマネジメントの実行を考 える際に,リスクマネジメントが企業価値を高めるかどうかの観点により行 わなければならないとしている。株主は分散投資によりリスクヘッジが可能 であるため,単純にリスクが減少するからということでは,企業のリスクマ ネジメントは支持されない。

企業価値は,式⑴から計算される。

1􀀽􀀽

􀎣􀎣

Ʊ􎨽􎨽􎨱􎨱Ĉ ƒ

􀀨􀀨

1

􀀨􀀨

:LA !EHP􀀫􀀫Kƣ􀀫􀀫å

􀀩􀀩

ƱƱ

􀀩􀀩

ここで,1は,企業価値,Kƣは,安全利子率,åは,リスクプレミアム

(つまりKƣ􀀫􀀫åは,資本コスト),:LA !EHPƱは,M期のフリーキャッシュフ ロー, ƒ()は,実確率測度(+測度)下での期待値演算子である。つまり,

リスクマネジメントにより企業価値が高まるのは,

⒤実確率下で期待キャッシュフローが増大する場合

⛷資本コスト(リスクプレミアム)が減少する場合

⛸キャッシュイン(アウト)フローのタイミングが早く(遅く)なる場合

であることが理解される。つまり,式⑴のフレームワークでは,リスクマ ネジメントによりキャッシュフローのリスクが減少しても,リスクプレミア ムが減少しなければ,企業価値は向上しない。リスクは,分散可能リスク

(個別リスク)と分散不可能リスク(市場リスク),に大別することができる が,個別リスクが減少しても,リスクプレミアムは変化しないが,市場リス クが減少した場合には,リスクプレミアムは低減し企業価値が高まる。

例えば保険を利用する場合,一般的に個別リスクをヘッジするため,式⑴ の資本コストは変化しない。よって,保険を利用するのであれば,期待キャ ッシュフローが改善する,あるいはキャッシュフローのタイミングが変わる ことを通じてのみ企業価値が上昇する。しかしながら,保険の利用には付加

(4)

保険料がかかるため,期待キャッシュフローが改善する機会は限られる。

同様にデリバティブを利用した場合には,金利や,資源価格リスクなどの 価格リスクがヘッジされるため,市場リスクが減少し,資本コストが低減す る。但し,保険と同様に,デリバティブを利用する際にも相応のプレミアム を支払う必要があるために,そのメリットについては,資本コスト減少分に よる企業価値の向上が,プレミアム支払いによる期待フリーキャッシュフロ ー減少に伴う企業価値の減少分を上回るかどうかについて検討をしなければ ならない。保険やデリバティブを利用することによって企業価値が上昇する 場合について,詳細は第⚓節で議論する。

さらに,企業価値が上昇する他の要因について,考察するために,式⑴を リスク中立確率を利用して表現すると,式⑵のようになる。

1􀀽􀀽

􀎣􀎣

Ʊ􎨽􎨽􎨱􎨱Ĉ Q

􀀨􀀨 􀀨􀀨

:LA !EHP1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

Ʊ Ʊ

􀀩􀀩

ここで, Q()は,リスク中立確率測度(Q測度)下での期待値演算子で ある。つまり,式⑵から,

⛹リスク中立確率下で期待キャッシュフローが増大する場合

にもリスクマネジメントにより企業価値が高まることが理解される。

リスク中立確率は,市場が完備である場合には,一意に決まるため,意思 決定者や投資家のリスク回避性は反映されないが,市場が非完備である場合 には,リスク中立確率は一意に決まらず,意思決定者のリスク回避性が織り 込まれる。そのため,リスクマネジメントの手法を実行することにより,キ ャッシュフローのリスクが減少した場合,そのリスクが,分散可能リスクで あったとしても,リスク中立確率測度下では,意思決定者がリスク回避的で ある場合には,悪い(キャッシュフローが低い)事象が発生する確率を高く 見積もり,反対によい(キャッシュフローが高い)事象が発生する確率を低

(5)

く見積もるため,企業価値が高まる。よって,実確率下ではリスクマネジメ ントの実行に伴い,期待キャッシュフローが減少しても,意思決定者のリス ク回避性が高い場合には,リスクマネジメントを実行することにより,リス ク中立確率下での期待キャッシュフローが上昇し,企業価値が高まることが ある。詳細は第⚓節⑵で議論する。

次節では,まず第⚓節⑴で,完備性の議論を特に必要としない場合におい て,どのような場合にリスクマネジメントの実行が企業価値を高めるかにつ いて説明する。そして第⚓節⑵では,式⑵のように完備性の議論が必要な場 合において,どのような場合にリスクマネジメントの実行が企業価値を高め るかについて説明する。

⚓.リスクマネジメントにより企業価値が上昇する場合

第⚒節のとおり,リスクマネジメントが価値向上をもたらす場合として,

市場の完備性について特に議論が必要ないケースでは,⒤主観的確率下で 期待キャッシュフローが増大する場合,⛷割引率が減少する場合,⛸キャ ッシュイン(アウト)フローのタイミングが早く(遅く)なる場合があげら れる。また,市場の完備性について議論が必要なケースにおいては,⛹リス ク中立確率下で期待キャッシュフローが増大する場合に企業価値が上昇する。

市場が完備性を満たすのであれば,リスク中立確率は一意に決まるため,リ スクマネジメントが企業価値を向上させる場合は上記⒤,⛷,及び⛸に集 約される。しかしながら,市場が非完備である場合には,リスク中立確率は 一意には決まらず,意思決定者のリスク回避係数に依存するため,上記⒤,

⛷,及び⛸以外の場合にも企業価値が向上する場合がある。本節では,市 場の完備性について議論が必要でない場合と,必要な場合とに分けて,リス クマネジメントが企業価値を向上させる具体的な事例について検討する。

⑴ 完備性の議論を必要としないケース

完備性の議論を必要としないケースにおいて,リスクマネジメントが企業

(6)

価値を向上させる具体的な事例を⒤主観的確率下で期待キャッシュフロー が増大する場合,⛷割引率が減少する場合,⛸キャッシュイン(アウト)フ ローのタイミングが早く(遅く)なる場合毎に,列挙すると以下のようになる。

⒤主観的確率下で期待キャッシュフローが増大する場合

① 節 税:Smith and Stulz (1985), Leland (1998), and Graham and Rogers (2002), Harrington and Niehaus(2003ó p. 465 and 471)

② 負債ファイナンスを通じた節税効果:Perez-Gonzalez and Yun(2013), Harrington and Niehaus(2003ó p. 448)

③ 過少投資あるいは過剰投資問題の解決:Froot, Scharfstein, and Stein (1993), Harrington and Niehaus(2003ó p. 460 and 487)

④ 経営者のリスク回避性:Stulz(1984)

⑤ 収益の凸性,費用の凹性:Smith and Stulz(1985), Mackay and Moeller (2007)

⑥ 保 険 会 社 の 提 供 サ ー ビ ス 利 用 に よ る コ ス ト 低 減:Harrington and Niehaus(2003ó p. 450)

⑦ ロスコントロール:Harrington and Niehaus(2003ó p. 450)

⑧ 他の利害関係者(仕入先,顧客,従業員など)とよい条件で契約を結 ぶ:Harrington and Niehaus(2003ó p. 454)

⛷割引率が減少する場合

⑨ 損害発生後の資本コスト増を防ぐ:Harrington and Niehaus(2003ó p. 450 and 487)

⛸キャッシュイン(アウト)フローのタイミングが早く(遅く)なる場合

⑩ 遡及料率保険契約などの利用により税控除のタイミングを早められる:

Harrington and Niehaus(2003ó p. 553)

以上の①から⑩場合に企業価値が上昇すると考えられる。これらの項目に ついて以下で詳細を議論する。

(7)

① 節 税

まず,節税についてであるが,累進課税の場合(Harrington and Neihaus 2003ó p. 465),償却資産に保険をかける場合(Harrington and Neihaus 2003ó p. 471)などの場合,リスクマネジメントの実行により節税効果を通じて企 業価値が高まることが示されている。

累進課税の場合,つまり,課税額が企業の利益の上昇に応じて累進的であ る場合には,リスクマネジメントの実行により企業価値が高まる可能性があ る。日本では,中小企業の法人税率は累進的であり,所得課税が800万円ま での場合,法人税率は18%,それ以上の場合には,30%となる。図⚑に法人 税額と課税所得の関係が図示されている。法人税額と課税所得は折れ線グラ フになっている。課税所得が負になる可能性も正になる可能性もある場合,

あるいは,課税所得が800万円以上になる可能性も800万円未満になる可能性 もある場合には,リスクマネジメントにより法人税額の期待値が減少する。

例えば,50%の確率で課税所得が500万円,50%の確率で820万円になる事業 を仮定した場合リスクマネジメントを行わない場合の期待法人税額は,50%􀃗􀃗

500万円􀃗􀃗18%􀀫􀀫50%􀃗􀃗820万円􀃗􀃗30%􀀽􀀽168万円となる。ここで,完全ヘ ッジによるリスクマネジメントを行う場合を想定し,損害が発生した場合に は,320万円を支払う保険を考慮する。期待損失が 50%􀃗􀃗320万円􀀽􀀽160万 円となるので,純保険料が160万円であり,当該保険が純保険料で利用可能 であると仮定する。この場合,法人税額の期待値は,(700万円􂈒􂈒160万円)􀃗􀃗

18%􀀽􀀽118õ8万円となり,49õ2万円分節税効果が生まれることになる。この 場合,リスクマネジメントを行わない場合の期待税引後利益は,50%􀃗􀃗500

万円􀀫􀀫50%􀃗􀃗820万円􂈒􂈒168万円􀀽􀀽492万円となるため,リスクマネジメン

トを行い,税率を18%にすることができた場合に,期待税引前利益が,492 万円/(1􂈒􂈒82%)􀀽􀀽600万円以上であれば,当該リスクマネジメントの実行は 正当化される。つまり,820万円􂈒􂈒600万円􀀽􀀽220万円以下で保険購入が可能 であれば,当該リスクマネジメントを実行することにより企業価値は高まる と考えられる。当該例であれば,220万円の保険料は220/160􂈒􂈒1􀀽􀀽37õ5%の

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付加保険料を意味するため,リスクマネジメントの実行により企業価値が高 まる可能性は十分にあると考えられる。

償却資産に保険をかける場合,保険料が純保険料であり,残存価額が⚐で あり,償却資産が損壊した場合に,同額の資産を新たに購入するとした場合 に,節税のメリットがあるとしている(Harrington and Neihaus 2003ó p. 471)。ここで保険を利用した場合としない場合とで比較すると,保険料が 純保険料の場合,期待損失額と保険料が同じであるため,保険を利用しても しなくてもキャッシュフローの期待値は変わらない。しかしながら,保険を 利用した場合,保険料は,法人税を節税する効果があるが,保険金を受け取 った場合には,その額と現在の資産額との差分,キャピタルゲインについて 課税をされる。キャピタルゲインの税率が法人税率よりも低い場合,保険を 利用することによる節税額は,(法人税率􂈒􂈒キャピタルゲイン課税率)􀃗􀃗損

壊の確率􀃗􀃗キャピタルゲインの額となり,その分,期待キャッシュフロー

が増加する。つまり,付加保険料とこの額を比較して,付加保険料の方が低 い場合には,保険の利用により企業価値が高まることになる。日本において,

執筆時点のキャピタルゲインに対する税率は,20õ315%であり,所得課税が 800万円以上の場合の法人税率は30%であるため,保険を利用することによ るメリットが認められる場合もある。

図⚑:累進税率とリスクマネジメント

(9)

② 負債ファイナンスを通じた節税効果

Harrington and Niehaus(2003ó p. 448)は,リスクマネジメントを実行す ることによりキャッシュフローが安定化し,負債ファイナンスの額を増加さ せることができ,その結果として,支払利息が増加し間接的に節税効果を生 むと指摘している。Perez-Gonzalez and Yun(2013)は,リスクマネジメン トの実行が,負債ファイナンスの増加に基づく節税効果を通じて企業価値を 高めることを実証研究により示している。

Perez-Gonzalez and Yun(2013)は,エネルギー関連会社が天候デリバテ ィブを導入したことを利用して,天候リスクエクスポージャーと天候デリバ ティブ導入の傾向及び,天候デリバティブ導入による企業価値向上の検証を 行っている。デリバティブの利用と企業価値には内生性の問題がある。つま り,デリバティブの利用により企業価値が高まるが,また,企業価値の高ま りが,デリバティブのポジションを変更するため,内生性の問題がある。

Perez-Gonzalez and Yun(2013)は,天候デリバティブの発現が1997年であ り,それ以前では天候デリバティブの利用ができなかったことから,内生性 の問題を解決し,天候リスクの推計を1997年以前のデータを利用して行い,

1997年以降に天候デリバティブを利用したかどうかを検証し,当該天候デリ バティブの利用が企業価値を高めたかどうかを示した。実証の結果,天候リ スクが高い企業程,天候デリバティブを利用することが理解され,天候デリ バティブを利用することにより企業価値は改善することが示された。天候デ リバティブを利用することにより企業価値が改善する理由としては,収益の 安定化により,負債ファイナンスがさらに可能となり,タックスシールド

(節税)を通したものであると結論付けている。

③ 過少投資あるいは過剰投資問題の解決

Harrington and Niehaus(2003ó p. 460 and 487)及び Frootó Scharfsteinó and Stein(1993)は,リスクマネジメントを実行することにより過少投資問 題が解決し,企業価値が上昇するとしている。

Harrington and Niehaus(2003ó p. 460)は,負債ファイナンスを利用する必

(10)

要がある場合,債権者にとって,債権回収にリスクがある場合,負債ファイ ナンスの提供が得られず,投資案件が正の価値を企業にもたらすものであっ ても,実行できない問題,つまり過少投資問題が起きると指摘している。リ スクマネジメントを実行することにより,債権者にとってリスクが減少する ことにより,負債ファイナンスの提供が受けられるようになり,正の価値を 持つ投資案件に投資をできるようになり,企業価値が高まるとしている。

Harrington and Niehaus(2003ó p. 487)では,内部留保を利用した投資を予 定している企業は,将来時点のキャッシュフローが減少し,投資資金が足り ずに投資をあきらめなければならない可能性があるため,将来の投資機会が 多い企業ほど,リスクマネジメント実行によるメリットが多いとしている。

Froot, Scharfstein, and Stein(1993)は,外部からの資金調達にかかるコス トが,内部資金を利用する場合のコストよりも高い場合には,ヘッジをする ことによる便益があることを示している。キャッシュフローに不確実性があ り,内部留保だけでは十分でなくなった場合,外部から資金を調達する必要 があるが,その資金調達コストは,通常よりも高くなる可能性が高い。その 場合,正の正味現在価値をもたらす投資案件であってもあきらめなければな らない可能性があり,過少投資問題が発生する可能性がある。ヘッジをする ことにより,高コストの資金調達をしなくてもすむため,当該投資案件を実 行することができ,企業価値が高まるとしている。

また,反対に企業が倒産に近い場合には,株主が有限責任であることから,

投資が失敗に終わったとしても,その損失は債権者が負うため,成功する確 率が低い,正味現在価値がマイナスの投資案件であっても投資を行うことが ある。これを過剰投資問題という。この問題が予見される場合には,債権者 は通常よりも高い金利を,企業に要求することが想定され,企業価値が毀損 してしまう。この場合,リスクマネジメントを適切に行うことにより,債権 者への損失が抑えられ,そのことが債権者に理解されれば,過剰投資問題が 解消し,金利が低減し企業価値が高まる。

(11)

④ 経営者のリスク回避性

Stulz(1984)は,企業では株主ではなく,経営者がリスクマネジメント実 行に関する意思決定を行うとし,また,株主は経営者が株主の利益(企業価 値)を最大化するように,経営者に対してインセンティブをつけていると仮 定し,経営者は自己の効用を最大化するようなリスクマネジメント手段を選 択すると仮定し分析を行っている。以上の仮定の下では,経営者がリスク回 避的である場合には,企業価値最大化のためにリスクマネジメントを積極的 に行うと結論付けている。

⑤ 収益の凸性,費用の凹性

収益の関数がリスク要因に対して凸である場合(図⚒)あるいは,費用の 関数がリスク要因について凹である場合(図⚓)には,リスクマネジメント

図⚒:収益の凸性とリスクマネジメントの価値

図⚓:費用の凹性とリスクマネジメントの価値

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の実行により,期待キャッシュフローが増加するため,企業価値が高まる。

例えば,収益が資源価格(石油会社であれば原油価格など)に対して凸関 数によって表現され,資源価格が50%の確率で高価格,50%の確率で低価格 になると仮定した場合,その平均売上げは,図⚒における直線の中間点,y 軸上においてデリバティブ未使用時と示されているところになる。しかしな がら,デリバティブを利用することにより,資源価格を固定することができ れば,売上高は,図⚒における y 軸上でデリバティブ利用時と示されてい るところまで上昇するため,リスクマネジメントを実行することにより,期 待キャッシュフローが高まり,企業価値が高くなると考えられる。

同様に,費用関数が資源価格に対して凹関数となる場合,図⚓に示されて いるとおり,デリバティブを利用しない場合の平均費用は,図中のデリバテ ィブ未使用時と示されている水準となる。しかし,デリバティブなどを利用 することにより,資源価格を固定できた場合には,費用は図⚓にてデリバテ ィブ利用時と示されている水準になり,費用を抑えることができる。

収益の凸性および費用の凹性とリスクマネジメント実行による企業価値へ の影響については,石油会社のデータを利用して,Mackay and Moeller(2007) が実証研究を行っている。Mackay and Moeller は,Output の価格を1/3􀃗􀃗

灯油􀀫􀀫2/3􀃗􀃗無鉛ガソリン価格であると定義し,Input 価格が,軽質原油価 格であると定義し,Output 価格と売上高,Input 価格と費用とを対応させる ことにより分析を行っている。分析により,アメリカの石油産業では,ばら つきはあるものの,多くの場合で,資源価格と売上の関係が凸関数,費用と の関係が凹関数であることを示し,リスクマネジメントの実行により企業価 値が高まることを示した。

⑥ 保険会社の提供サービス利用によるコスト低減

Harrington and Niehaus(2003ó p. 450)は,保険を利用することにより企業 は,事故時の相手方との交渉代理などのサービスを保険会社から提供され,

当該交渉を自社で行うあるいは,他社に費用を支払ってサービスの提供を受 ける場合よりも安くこれらのサービスを利用できるため,保険を利用した場

(13)

合の方が,期待キャッシュフローが高まるため,企業価値が高まるとしている。

⑦ ロスコントロール

Harrington and Niehaus(2003ó p. 450)は,企業が保険を利用することによ り,保険会社が提供する,防災や減災のためのコンサルティングサービスを 利用できるため,保険を利用した場合の方が,期待キャッシュフローが高ま る可能性があることを示している。この場合,保険会社は,ロスコントロー ルを提供することにより,損害の発生確率が逓減することを通じて,保険金 支払額の期待値を減少できるインセンティブがあることから,質の高いロス コントロールサービスを提供している。そのため企業にとっては,他社より も保険会社からロスコントロールのサービスの提供を受けた方が期待キャッ シュフローがより高まる。

⑧ 他の利害関係者(仕入先,顧客,従業員など)とよい条件で契約を結ぶ Harrington and Niehaus(2003ó p. 454)は,ある企業の倒産リスクが高い場 合,当該企業と取引を行う場合には,その取引に倒産コストが含まれること があるとしている。例えば,倒産が危惧される企業に商品を卸している企業 が,大規模な設備投資を行い製品を製造している場合,卸先が倒産した場合 に投資回収ができない可能性があるため,倒産コストを織り込んだより高い 価格で販売すると考えられる。

倒産リスクの高い企業から製品を仕入れている場合には,当該製品の仕入 状況が安定せず,販売促進などに投資を行ったとしても,投資資金が回収さ れる前に,仕入できなくなる可能性があるため,倒産コストを織り込んで,

より廉価で仕入れようとすると考えられる。また,倒産リスクの高い企業へ 就職を考えている従業員は,将来の給与が安定しないリスクや,倒産した場 合には,再就職先を探さなければならないリスクなどを加味して,倒産リス クの低い企業に勤める場合よりも高い給料を要求することが考えられる。

⑨ 損害発生後の資本コスト増を防ぐ

Harrington and Niehaus(2003ó p. 450)は,企業がリスクマネジメントを実 行することにより,損害発生後の資本コスト増を防ぐことができるとしてい

(14)

る。つまり,保険などを購入していない場合,工場などに損害が発生し,補 修のために,資金調達が必要となる場合,その資金調達コストは,企業が財 務的に逼迫している状況である可能性が高く,損害発生前に比較して高くな ることが想定される。

また,Harrington and Niehaus(2003ó p. 487)は,将来投資を予定している 企業ほどリスクマネジメントの実行により企業価値を高めるメリットがある としている。上述の議論と同様に,キャッシュフローが何らかの損害により 減少した場合に,内部資金のみでは新規投資が難しくなった場合,新規投資 をあきらめる(①の過少投資問題)か,より資本コストの高い外部資金を利 用して投資を行わなければならないためである。そのために保険料を支払っ て,保険を購入する方が,企業の期待資本コストが低まるため,企業価値が 高まると考えられる。

⑩ 遡及料率保険契約などの利用により税控除のタイミングを早められる Harrington and Niehaus(2003ó p. 553)は,遡及料率保険契約(Retrospec- tively rated policy)の利用により,税控除のタイミングを早められるとして いる。通常企業は損失が実現し,実際にキャッシュアウトフローがあった場 合に初めて損金を計上し,税控除を受けることができるが,遡及料率保険契 約を利用することにより,保険金支払額と保険料の支払いの期待値は変わら ず,保険料も損失が発生した時点で支払うことになり,保険料はその時点で 税金控除を受けられるため,当該リスクマネジメントを実行することにより,

キャッシュインフローを早め,キャッシュアウトフローのタイミングを遅く できるため,企業価値が高まると考えられる。

⑵ 完備性の議論が必要なケース

第⚓節⑴では,⒤実確率下で期待キャッシュフローが増大する場合,⛷資 本コスト(リスクプレミアム)が減少する場合,⛸キャッシュイン(アウト)

フローのタイミングが早く(遅く)なる場合,リスクマネジメントを実行す ることにより企業価値を向上できることを示した。この際に特に市場の完備

(15)

性については議論をしなかった。第⚓節⑵では,完備性の議論をすることに より,⛹リスク中立確率下で期待キャッシュフローが増大する場合,にもリ スクマネジメントを実行することにより企業価値を向上させることができる ことを示す。

具体的には,以下の⑪と⑫である。

⑪ 非完備市場で取引されているデリバティブを利用する場合:Pérez- González, F. and Yun, H. (2013)

⑫ 株主がリスク分散できない場合(経営者及び株主がリスク回避的である 場合):Ito, Ai, and, Ozawa(2016),伊藤(2015),Harrington and Niehaus (2003,Ch.9,pp. 168-169)

本節では最初に,何故非完備性の議論が必要であるかについて説明をし,

続いて,以上の⑪及び⑫について議論をする。なお,本研究では,具体的な 非完備市場として,あらゆる非完備市場を想定し,非完備市場下で取引され ている一般的なデリバティブや保険などにも本研究の議論はあてはまる。

まず,非完備性の議論が必要であることについて説明する。ここでは完備 性を満たすデリバティブを利用したリスクマネジメントを例として議論する。

デリバティブの利用により,市場リスクを減少させることができ,式⑴にお ける資本コストを低減することができる。一方で,プレミアムを支払う必要 があるために,企業価値への影響については,資本コスト減少分による企業 価値の向上が,プレミアム支払いによる期待キャッシュフロー減少に伴う企 業価値の減少分を上回るかどうかについて検討をしなければならない。まず,

完備性を満たす場合にデリバティブの利用により企業価値が,上記の⑪ある いは⑫の場合(第⚓節⑴で議論した①から⑩の場合は除く)に,向上するか どうかについて検討する。

ここで,株式,無リスク資産(国債)及び,株式を原資産とするプットオ プションが存在するとする。さらに二項モデルを想定し,現在の株価,.􎨰􎨰􀀽􀀽

(16)

1ó016円,株価が上昇した場合には,株式リターンが25%,下落した場合に は,􂈒􂈒20%となると仮定する。つまり,⚑期後の株価は,.Ɨ􀀽􀀽1ó270円ある いは,.Ɔ􀀽􀀽812õ8円となる。また,プットオプションの権利行使価格は,

&􀀽􀀽939õ8円であると仮定する。その場合,株価が上昇した場合のペイオフ は,+Ɨ􀀽􀀽0 となり,下落した場合のペイオフは+Ɔ􀀽􀀽127となる。安全利子 率は,Kƣ􀀽􀀽1õ6 %を仮定する。株式が上昇する場合の実確率は50%を仮定す る。以上の仮定は,表⚑にまとめられている。

この二項モデルの仮定のもとで,プットオプションの価格付けについて考 える。価格付けの概念は図⚔に示されている。まず,原資産である株式とプ ットオプションを組み合わせることにより,無リスクのポートフォリオを複 製する。当該ポートフォリオの価値を,株価が上昇した場合は1Ɨ,下落し た場合は1Ɔ,現時点での価値は1􎨰􎨰とする。当該ポートフォリオは無リスク

表⚑:二項モデルにおける仮定

Kƣ (安全利子率) 1õ6%

KƗ (上昇時の株式リターン) 25õ0%

KƆ (下落時の株式リターン) 􂈒􂈒20õ0%

Ĕ (上昇する確率) 50õ0%

.􎨰􎨰 (株価) 1ó016

& (権利行使価格) 939õ8

図⚔:二項モデルを利用したプットオプションの価格付けの概念図

(17)

であるため,株価が上昇しても下落してもその価値は一定となるため,図⚔

の1Ɨ1Ɔは,同じ値になる。

ここで,当該ポートフォリオは,株式⚑単位と􂈒􂈒1/Δ単位のプットオプシ ョンを購入する(すなわち,1/Δ単位のプットオプションを売却する)こと により複製できるとすれば,購入するべきプットオプションの単位,􂈒􂈒1/Δ は以下のように求められる。

1Ɨ􀀽􀀽1Ɔ

.Ɨ􂈒􂈒1/Δ+Ɨ􀀽􀀽.Ɔ􂈒􂈒1/Δ+Ɔ

􂈒􂈒1/Δ􀀽􀀽 􂈒􂈒

􀀨􀀨

.Ɨ􂈒􂈒.Ɔ

􀀩􀀩

/

􀀨􀀨

+Ɨ􂈒􂈒+Ɔ

􀀩􀀩

􀀽􀀽

􀀨􀀨

1ó270􂈒􂈒812õ8

􀀩􀀩

/

􀀨􀀨

0􂈒􂈒127

􀀩􀀩

􀀽􀀽3õ6 となる。

よって,株式⚑単位に対して,プットオプション3õ6単位購入することによ り,無リスクのポートフォリオを複製できる。そのリターンは無リスク資産 と同じになるべきことから,

1Ɨ􀀽􀀽1Ɔ􀀽􀀽1􎨰􎨰

􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

となり,プットオプションの価値は,

.Ɨ􂈒􂈒1/Δ+Ɨ􀀽􀀽

􀀨􀀨

.􎨰􎨰􂈒􂈒1/Δ+􎨰􎨰

􀀩􀀩􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

+􎨰􎨰􀀽􀀽

􎜅􎜅

.Ɨ􂈒􂈒􀀱􀀱 􀀫􀀫Δ1Kƣ+Ɨ

􎜕􎜕

􀃗􀃗

􀀨􀀨

􂈒􂈒Δ

􀀩􀀩

􀀽􀀽

􎜂􎜂

1ó270􂈒􂈒1õ0163õ6􀃗􀃗0

􎜒􎜒

􀃗􀃗3õ61 􀀽􀀽65õ0

となる。

上述のように完備市場性を満たすと仮定したため,リスク中立確率を利用 して評価を行っても同じ結果を得られる。

リスク中立確率,Jは,

J􀀽􀀽

􀀨􀀨

Kƣ􂈒􂈒KƆ

􀀩􀀩

/􀀨􀀨KƗ􂈒􂈒KƆ

􀀩􀀩

􀀽􀀽

􀁻􀁻

0õ016􂈒􂈒

􀀨􀀨

􂈒􂈒0õ20

􀀩􀀩􀁽􀁽

/􀁻􀁻0õ25􂈒􂈒

􀀨􀀨

􂈒􂈒0õ20

􀀩􀀩􀁽􀁽

􀀽􀀽0õ48と 求められ,プットオプションの価格+􎨰􎨰は,

+􎨰􎨰􀀽􀀽

Q

􎜠􎜠

+

􎜰􎜰

1􀀫􀀫Kƣ 􀀽􀀽+Ɨ􀃗􀃗J+Ɔ􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒J

􀀩􀀩

1􀀫􀀫Kƣ 􀀽􀀽0􀃗􀃗0õ48127􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒0õ48

􀀩􀀩

1õ016

􀀽􀀽65õ0

(18)

と求められ,無リスクの複製ポートフォリオから得られたプットオプション 価格と同じ結果となる。

以上,二つの方法を利用したが,完備市場性を満たすため1),いずれの方 法を利用してもリスク中立確率は一意に決まり,実確率を利用しなくても,

価値評価が可能である。

しかしながら,デリバティブを利用した際の企業価値への影響を検討する ために,あえて,実確率を利用して本問題を再検討する。リスク中立確率を 利用した場合には,式⑵のように,リスク中立確率下での期待値を安全利子 率で割り引くことによって現在価値を計算することができる。また,実確率 を利用した場合の現在価値は,式⑴のように,実確率下での期待値を,リス クプレミアムを上乗せした資本コストで割り引くことにより企業価値を計算 することができる。リスク中立確率を利用しても,実確率を利用しても,企 業価値の計算方法が異なるだけであるため,両者ともに同じ計算結果となる。

そのため,式⑴及び式⑵から,ある企業の価値が,本数値例における株式と 同じ確率分布を持つと仮定すれば,企業価値は

1􀀽􀀽

􀎣􀎣

Ʊ􎨽􎨽􎨱􎨱Ĉ ƒ

􀀨􀀨

1􀀫􀀫􀀨􀀨:LA !EHPKƣ􀀫􀀫å

􀀩􀀩

ƱƱ

􀀩􀀩

􀀽􀀽

􀎣􀎣

Ʊ􎨽􎨽􎨱􎨱Ĉ Q

􀀨􀀨 􀀨􀀨

:LA !EHP􀀱􀀱 􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

Ʊ Ʊ

􀀩􀀩

のように表すことができる。

式⑶を利用して,当該数値例における企業(株式)価値を計算する。リス ク中立確率を利用した部分に着目をすれば,

.􎨰􎨰􀀽􀀽

Q

􀀨􀀨

:LA !EHP

􀀩􀀩

􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

􀀽􀀽.Ɨ􀃗􀃗J.Ɔ􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒J

􀀩􀀩

1􀀫􀀫Kƣ

􀀽􀀽1ó270􀃗􀃗0õ48812õ8􀃗􀃗0õ52 1õ016

􀀽􀀽1ó016

1) 完備市場についての詳細は,木島・田中(2007)などを参照のこと。

(19)

となり,リスク中立確率を利用した方法でも,株式価値が再現できることが 理解される。また,実確率を利用した部分に着目すれば,

.􎨰􎨰􀀽􀀽

ƒ􀀨􀀨:LA !EHP

􀀩􀀩

􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ􀀫􀀫å

􀀩􀀩

.􎨰􎨰􀀽􀀽.Ɨ􀃗􀃗Ĕ􀀫􀀫.Ɔ􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒Ĕ

􀀩􀀩

1􀀫􀀫Kƣ􀀫􀀫å å􀀽􀀽.Ɨ􀃗􀃗Ĕ􀀫􀀫.Ɔ􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒Ĕ

􀀩􀀩

.􎨰􎨰 􂈒􂈒Kƣ􂈒􂈒1 å􀀽􀀽1ó270􀃗􀃗0õ5􀀫􀀫812õ8􀃗􀃗0õ5

1ó016 􂈒􂈒0õ016􂈒􂈒1􀀽􀀽0õ009

となり,リスクプレミアムが0õ9%であることが理解される2)。つまり,株 式の価値は,

.􎨰􎨰􀀽􀀽

ƒ􀀨􀀨:LA !EHP

􀀩􀀩

􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ􀀫􀀫å

􀀩􀀩

􀀽􀀽

.Ɨ􀃗􀃗Ĕ􀀫􀀫.Ɔ􀃗􀃗

􀀨􀀨

1􂈒􂈒Ĕ

􀀩􀀩

1􀀫􀀫Kƣ􀀫􀀫å 􀀽􀀽1ó041õ4 1õ025

􀀽􀀽1ó016 ⑷

となる。

式⑷はリスクマネジメントを利用しない場合の企業価値であるが,ここで,

オプションを利用してリスクマネジメントを行うことにより企業価値がどの ように変化するかについて考察する。前掲の数値例から,プットオプション を,3õ6単位購入することによって,リスクを完全に消去できることがわか っている。このリスクマネジメント後の企業価値(プットオプションと原資 産による複製ポートフォリオの現在価値)は,式⑸のように計算できる。こ 2) 同様の方法でプットオプションのリスクプレミアムを計算すると,約-3õ9%

と計算される。株式のリスクプレミアムは,0õ9%であったが,この差は,ベ

ータの違いである。当該株式のベータ,×ƕが⚑であるとすれば,プットオプ

シ ョ ン の ベ ー タ,׃は,つ ま り׃􀀽􀀽=Kƒ/=Kƕ􀀽􀀽 􀀨􀀨=+/=+􎨰􎨰􀀩􀀩/􀀨􀀨=./=.􎨰􎨰􀀩􀀩 􀀽􀀽Δ􀃗􀃗

􀀨􀀨􀁓􀁓􎨰􎨰/􀁐􀁐􎨰􎨰􀀩􀀩 􀀽􀀽-0õ278􀃗􀃗(1ó016/65􀀩􀀩 􂉒􂉒-4õ34となる。よって,CAPM を利用してプ ットオプションのリスクプレミアムを計算すれば,å􀃗􀃗׃􀀽􀀽0õ9%􀃗􀃗-4õ34􂉒􂉒

-3õ91%となり,CAPM とも整合的であることが理解される。

(20)

の場合,リスクがないため,実確率を利用しても,安全利子率を利用して割 り引くことができるため,

1􎨰􎨰􀀽􀀽 1 Δ+􎨰􎨰􀀫􀀫

ƒ

􀀨􀀨

:LA !EHP

􀀩􀀩

􀀨􀀨

1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

􀀽􀀽 􂈒􂈒3õ60􀃗􀃗65􀀫􀀫0õ5􀃗􀃗

􀀨􀀨

1ó270􀀫􀀫3õ6􀃗􀃗0

􀀩􀀩

􀀫􀀫0õ5􀃗􀃗

􀀨􀀨

812õ8􀀫􀀫3õ6􀃗􀃗127

􀀩􀀩

􀀨􀀨

1õ016

􀀩􀀩

􀀽􀀽 􂈒􂈒234􀀫􀀫 1ó270

􀀨􀀨

1õ016

􀀩􀀩

􀀽􀀽1ó016 ⑸

となる。式⑷及び式⑸から,完備市場性及び,無裁定条件を仮定すれば,

リスクマネジメントを利用した場合であっても,しない場合であっても企業 価値は1ó016となる。以上の分析結果は,図⚕にも図示されている。

この結果を吟味すれば,リスクマネジメントを利用しない場合は,実確率 下での期待キャッシュフローは,1ó041õ4,資本コストは,2õ5%である。リ スクマネジメントを利用した場合には,プットオプションの購入費用が,234 かかるため,期待キャッシュフローは1ó032õ256(􀀽􀀽 􂈒􂈒234􀃗􀃗1õ016􀀫􀀫1ó270) に減少する。資本コストは,リスクを完全に消去できるため,安全利子率,

1õ6 %に減少する。しかし,資本コストの減少に起因する企業価値向上の効 果はプットオプションの購入にかかる費用と相殺されるため,リスクマネジ

図⚕:二項モデル下でのオプション,株式及びリスクヘッジ後の価値

(21)

メントを利用してもしなくても企業価値は変わらない。市場の完備性が担保 される場合には,以上の結果はどのような上昇確率(但し􀁰􀁰 􂉠􂉠1ó0)を利用 しても保持される。よって,完備市場性が仮定される場合には,デリバティ ブを利用しても,少なくとも,資本コストの減少による企業価値上昇効果は ないことが理解される。

現実には,プットオプションを初めとする,デリバティブを取引する際に は,証券会社への手数料や,ビットアスクスプレッドなどの取引費用がかか るため,デリバティブの利用は,上記の分析から,企業価値へはむしろマイ ナスの影響があると考えられる。

さらに,Guay(1999)は,デリバティブ利用による企業リスクへの影響を 実証分析している。254社の分析の結果,株式収益率のボラティリティーや,

個別リスクは,デリバティブの利用により減少するが,×は,減少しない事 を示しており,リスクマネジメントの利用による資本コストの減少を通じた 企業価値向上は,現実には難しいことがここからも理解される。

以上のように,完備市場が想定される場合では,保険商品あるいは,デリ バティブを利用しても,その利用が固有リスクあるいは,市場リスクを減少 するものであっても,企業価値を直接的に上昇させるものではないことが理 解される。非完備市場の場合に,保険商品やデリバティブを利用することに より,どのように企業価値が高まるか以下で議論する。

⑪ 非完備市場で取引されているデリバティブを利用する場合:

Pérez-Gonzálezó Fõ and Yunó Hõ(2013)

第⚓節⑵の冒頭で論じたように,完備市場および無裁定機会を仮定した場 合,デリバティブを利用して,資本コストを減少させることができたとして も,デリバティブを利用するコストが資本コスト減少による,企業価値増分 と相殺してしまうために,企業価値は,デリバティブを利用してもしなくて も変わらない。しかし,非完備市場を仮定した場合には,リスク中立確率が 一意に決まらないため,リスクマネジメントにより企業価値が向上する可能 性があることを以下に示す。

(22)

本研究では,非完備市場性下での評価モデルとして Wang 変換(Wang 2002)を援用する。Wang 変換は,実確率をリスク中立確率へ変換する測度 変換の一手法である。測度変換の手法として,Esscher 変換(Gerber and Shiu 1994 and 1995)や Entropy 変換(McLeish and Reesor 2003)などがあ る。これらの測度変換を利用することにより,非完備市場性下であってもリ スク中立確率を実確率を元にして計算し,保険やデリバティブの価値を計算 することが可能である。いずれの手法も意思決定者の効用関数を仮定し,企 業価値が意思決定者のリスク回避性に依存をすることから,いずれの手法を 利用しても本研究で導かれる結論は変わらない。また,Wang 変換は汎用的 な価値評価のフレームワークを提供し,オプション価格決定式である Black

􀀽􀀽Scholes􀀽􀀽Merton モデルや,資本コストの推計式である資本資産価格モ

デル(CAPM)などのファイナンスの一般的なモデルとも整合的である

(Wang 2002)。さらに Wang 変換は,保険やデリバティブなどの価格決定に も広く応用(Chen and Cox 2009ó Godinó Mayoraló and Morales 2009 他)さ れていることから,本研究では,Wang 変換を援用する。Wang 変換の補足 説明は,付録を参照のこと。Wang 変換は,式⑹により与えられる。

!Q

􎜀􎜀

ĕ

􎜐􎜐

􀀽􀀽Φ

􎜁􎜁

Φ􎸒􎸒􎨱􎨱

􎜁􎜁

!ƒ

􎜀􎜀

ĕ

􎜐􎜐 􎜑􎜑

􀀫􀀫à

􎜑􎜑

ここで,!Q

􎜀􎜀

ĕ

􎜐􎜐

は,リスク中立確率測度(Q測度)下での累積分布関数

(CDF)である。!ƒ

􎜀􎜀

ĕ

􎜐􎜐

は,実確率測度(+測度)下での CDF である。Φ􀀨􀀨・􀀩􀀩

は,標準正規分布の CDF である。Φ􎸒􎸒􎨱􎨱􀀨􀀨・􀀩􀀩は,Φ􀀨􀀨・􀀩􀀩の逆関数である。à は,投資家のリスク回避係数である。

式⑹を利用してリスク中立確率を計算して,リスク中立確率下での期待値 を計算することにより,式⑵を利用して企業価値を計算することができる。

以下に式⑵を再掲する。

1􀀽􀀽

􀎣􀎣

Ʊ􎨽􎨽􎨱􎨱Ĉ Q

􀀨􀀨 􀀨􀀨

:LA !EHP1􀀫􀀫Kƣ

􀀩􀀩

Ʊ Ʊ

􀀩􀀩

(23)

式⑵および,第⚓節⑵冒頭の仮定(表⚑などを参照)を利用して,非完備 市場性下でのリスクマネジメントの価値について検証する。第⚓節⑵冒頭は 完備市場を想定した設定であったため,その設定を非完備市場を想定したも のにする。具体的には株式の上昇及び下落は,⚑期後の天候に依存するとし

⚑期後に晴れた場合には,株式価値は,1ó270円となり,晴れなかった場合 には,812õ8円となるとする。さらに,プットオプション型の天候デリバテ ィブを考える。当該天候デリバティブは,晴れた場合には⚐円,晴れなかっ た場合には,127円のペイオフがあるとする。当該天候デリバティブの原資 産は,天候であることから,原資産の取引がなされておらず,非完備市場性 下での評価モデルを利用した価値評価が必要となる。つまり,株式の上昇確 率Ĕは,晴れになる確率でもある。以上の仮定から株式価値を計算すると,

表⚒のようになる。

表⚒から,àが,上昇すれば上昇するほど,株式の現在価値が減少するこ とが理解される。これは,よりリスク回避的な投資家は,晴れになるリスク 中立確率(株価が上がる確率)をより低く見積もるためである3)

表⚒:非完備市場性下での株式価値(単位:円) 株価の上昇確率,Ĕ

λ 0õ1 0õ2 0õ3 0õ40 0õ48 0õ5 0õ6 0õ7 0õ8 0õ9

0 845õ0 890õ0 935õ0 980õ0 1016õ0 1025õ0 1070õ0 1115õ0 1160õ0 1205õ0 0õ1 837õ6 877õ9 919õ8 962õ9 998õ1 1007õ1 1052õ4 1099õ0 1146õ9 1196õ6 0õ2 831õ2 867õ0 905õ5 946õ3 980õ6 989õ3 1034õ6 1082õ2 1132õ7 1187õ1 0õ3 825õ6 857õ1 892õ2 930õ5 963õ4 971õ9 1016õ6 1064õ9 1117õ7 1176õ6 0õ4 820õ8 848õ2 879õ9 915õ5 946õ8 955õ1 998õ8 1047õ3 1101õ8 1164õ9 0õ5 816õ8 840õ4 868õ8 901õ5 931õ0 938õ8 981õ2 1029õ4 1085õ2 1152õ2 0õ6 813õ5 833õ6 858õ7 888õ5 916õ0 923õ4 964õ0 1011õ4 1068õ0 1138õ5 0õ7 810õ7 827õ7 849õ7 876õ6 902õ0 908õ9 947õ4 993õ6 1050õ3 1123õ8 0õ8 808õ4 822õ7 841õ7 865õ7 888õ9 895õ3 931õ5 976õ1 1032õ5 1108õ2 0õ9 806õ6 818õ4 834õ7 856õ0 877õ0 882õ8 916õ5 959õ1 1014õ5 1091õ9 1õ0 805õ1 814õ7 828õ7 847õ3 866õ1 871õ4 902õ4 942õ7 996õ7 1074õ9 但し上昇確率の0õ48は,第⚓節⑵冒頭における株価が上昇するリスク中立確率で ある。àは,Wang 変換におけるパラメータである。

3) リスク回避性に応じて晴れになるリスク中立確率が異なるのは,非完備市場

(24)

同様に天候デリバティブの価値を,Wang 変換を利用して計算すると,表

⚓のようになる。天候デリバティブの場合には,àが上昇すれば上昇するほ ど,価値が高くなる。それは,天候デリバティブがプットオプション型であ り,保険のような役割を果たしているため,リスク回避係数が高い投資家の ほうがより,天候デリバティブに価値を見出すためである。

ここで,リスクマネジメントの価値を検証するために,株式と天候デリバ ティブのポートフォリオを考える。第⚓節⑵冒頭の結果から,株式⚑単位に 対して,天候デリバティブを3õ6単位購入するポートフォリオを考察する。

当該ポートフォリオの価値は⚑期後には必ず,1ó270円になる。当該ポート フォリオの現在価値は,

􂈒􂈒3õ6􀃗􀃗天候デリバティブの現在価値􀀫􀀫 􀀨􀀨1ó270􀀩􀀩/1õ016

により計算される。天候デリバティブの価値は,表⚓の結果を利用すると,

当該ポートフォリオの価値は,表⚔のように計算される。

表⚒と表⚔の結果を比較から明らかなとおり,リスクマネジメントを利用 表⚓:非完備市場性下での天候デリバティブ価値(単位:円)

但し上昇確率の0õ48は,第⚓節⑵冒頭における株価が上昇するリスク中立確率で ある。λは,Wang 変換におけるパラメータである。

株価の上昇確率,Ĕ

λ 0õ1 0õ2 0õ3 0õ40 0õ48 0õ5 0õ6 0õ7 0õ8 0õ9

0 112õ5 100õ0 87õ5 75õ0 65õ0 62õ5 50õ0 37õ5 25õ0 12õ5 0õ1 114õ6 103õ4 91õ7 79õ8 70õ0 67õ5 54õ9 42õ0 28õ6 14õ8 0õ2 116õ3 106õ4 95õ7 84õ4 74õ8 72õ4 59õ8 46õ6 32õ6 17õ5 0õ3 117õ9 109õ1 99õ4 88õ7 79õ6 77õ2 64õ8 51õ4 36õ8 20õ4 0õ4 119õ2 111õ6 102õ8 92õ9 84õ2 81õ9 69õ8 56õ3 41õ2 23õ6 0õ5 120õ3 113õ8 105õ9 96õ8 88õ6 86õ4 74õ7 61õ3 45õ8 27õ2 0õ6 121õ3 115õ7 108õ7 100õ4 92õ8 90õ7 79õ4 66õ3 50õ6 31õ0 0õ7 122õ0 117õ3 111õ2 103õ7 96õ7 94õ8 84õ1 71õ2 55õ5 35õ1 0õ8 122õ7 118õ7 113õ4 106õ7 100õ3 98õ5 88õ5 76õ1 60õ4 39õ4 0õ9 123õ2 119õ9 115õ4 109õ5 103õ6 102õ0 92õ6 80õ8 65õ4 43õ9 1 123õ6 120õ9 117õ0 111õ9 106õ6 105õ2 96õ5 85õ4 70õ4 48õ6

でのみ起こりうる。完備市場下では,リスク中立確率は一意に決まり,実確率 に依存せず,また,投資家のリスク回避性にも依存しない。

(25)

してもしなくても,全く同じ価値となる。これは,àが株式への投資家及び 天候デリバティブの売り手で同じであった場合には,リスク中立確率が一意 に決まることになり,完備市場を仮定した場合と同じ結論になる。しかしな がら,非完備市場性下では,リスク中立確率が一意に決まらない。つまり,

株式への投資家のリスク回避係数

􎟠􎟠

àƕ

􎟰􎟰

と,天候デリバティブの売り手のリ スク回避係数

􎟠􎟠

àƙƆ

􎟰􎟰

が異なる可能性がある。そこで,晴れになる確率(株価 が上昇する確率)を0õ5と仮定して,株式への投資家と天候デリバティブの 売り手のàが異なる場合に,リスクマネジメントの価値がどのようになる か,計算を行った。ここでリスクマネジメントの価値は,株式􀀫􀀫天候デリ バティブのポートフォリオ価値から株式のみのポートフォリオ価値を引いた ものを言う。その価値の分析結果は,以下の表⚕に示されている。

表⚕の結果から,àƕ􀀾􀀾àƙƆの場合には,リスクマネジメントの価値が正に なることが理解される。つまり天候デリバティブの売り手のほうが,相対的 にリスク回避度が小さければ,天候デリバティブの価値が低まり,リスクマ ネジメントにより企業価値が高まるということである。

非完備市場下では,àƕ􀀾􀀾àƙƆとなりうる。なぜならàは,一意に決まらず,

投資家のリスク回避係数となる。投資家毎にリスク回避係数は異なるため,

表⚔:非完備市場性下での株式􀀫􀀫天候デリバティブの価値(単位:円)

但し上昇確率の0õ48は,第⚓節⑵冒頭における株価が上昇するリスク中立確率で ある。àは,Wang 変換におけるパラメータである。

株価の上昇確率,Ĕ

λ 0õ1 0õ2 0õ3 0õ40 0õ48 0õ5 0õ6 0õ7 0õ8 0õ9

0 845õ0 890õ0 935õ0 980õ0 1016õ0 1025õ0 1070õ0 1115õ0 1160õ0 1205õ0 0õ1 837õ6 877õ9 919õ8 962õ9 998õ1 1007õ1 1052õ4 1099õ0 1146õ9 1196õ6 0õ2 831õ2 867õ0 905õ5 946õ3 980õ6 989õ3 1034õ6 1082õ2 1132õ7 1187õ1 0õ3 825õ6 857õ1 892õ2 930õ5 963õ4 971õ9 1016õ6 1064õ9 1117õ7 1176õ6 0õ4 820õ8 848õ2 879õ9 915õ5 946õ8 955õ1 998õ8 1047õ3 1101õ8 1164õ9 0õ5 816õ8 840õ4 868õ8 901õ5 931õ0 938õ8 981õ2 1029õ4 1085õ2 1152õ2 0õ6 813õ5 833õ6 858õ7 888õ5 916õ0 923õ4 964õ0 1011õ4 1068õ0 1138õ5 0õ7 810õ7 827õ7 849õ7 876õ6 902õ0 908õ9 947õ4 993õ6 1050õ3 1123õ8 0õ8 808õ4 822õ7 841õ7 865õ7 888õ9 895õ3 931õ5 976õ1 1032õ5 1108õ2 0õ9 806õ6 818õ4 834õ7 856õ0 877õ0 882õ8 916õ5 959õ1 1014õ5 1091õ9 1 805õ1 814õ7 828õ7 847õ3 866õ1 871õ4 902õ4 942õ7 996õ7 1074õ9

(26)

àƕ􀀾􀀾àƙƆとなりうる。

さらに,àƕ􀀾􀀾àƙƆの状態で均衡することを示す。そのために,àƕ􀀽􀀽1 であ る株式の所有者,àƙƆ􀀽􀀽0õ5である天候デリバティブの売り手の⚒者間の取 引を例として,天候デリバティブの売り手の意思決定問題を考える。まず,

天候デリバティブの売り手にとって天候デリバティブの価値は,表⚓から,

86õ4であり,3õ6単位では311õ2となる。同様にàƕ􀀽􀀽1 の株式所有にとっての 価値は,105õ2であり,3õ6単位では,378õ6となる。そのため売却により,

67õ4の価値を得ることができる。また,天候デリバティブの売り手が天候デ リバティブの売却ではなく,株式への投資を考えた場合も,àƙƆ􀀽􀀽0õ5の天 候デリバティブの売り手にとって,株式価値は938õ8であり,àƕ􀀽􀀽1 の株式 所有にとっての株式価値が861õ0であることから,株式への投資を行うこと により,67õ4の価値を得ることができる。天候デリバティブの売却によって 得られる価値と同値であることから,天候デリバティブの売却を取りやめて 株式への投資を行うことにより効用が高まるということにはならないため,

àƕ􀀾􀀾àƙƆの状態で均衡すると考えられる。

以上のように非完備市場性下であれば,デリバティブを利用することによ 表⚕:非完備市場性下でのリスクマネジメントの価値(単位:円)

àƕは,株式への投資家のリスク回避係数,àƙƆは,天候デリバティブの売り手のリ スク回避係数である。表の計算にあたり,株式の上昇確率は0õ5を仮定している。

その他は,第⚓節⑵冒頭の仮定を利用している。

àƕ

àƙƆ 0õ0 0õ1 0õ2 0õ3 0õ4 0õ5 0õ6 0õ7 0õ8 0õ9 1õ0

0õ0 0õ0 17õ9 35õ7 53õ1 69õ9 86õ2 101õ6 116õ1 129õ7 142õ2 153õ6 0õ1 -17õ9 0õ0 17õ7 35õ1 52õ0 68õ2 83õ7 98õ2 111õ7 124õ3 135õ7 0õ2 -35õ7 -17õ7 0õ0 17õ4 34õ3 50õ5 65õ9 80õ4 94õ0 106õ5 117õ9 0õ3 -53õ1 -35õ1 -17õ4 0õ0 16õ9 33õ1 48õ5 63õ1 76õ6 89õ1 100õ5 0õ4 -69õ9 -52õ0 -34õ3 -16õ9 0õ0 16õ2 31õ6 46õ2 59õ7 72õ2 83õ7 0õ5 -86õ2 -68õ2 -50õ5 -33õ1 -16õ2 0õ0 15õ4 30õ0 43õ5 56õ0 67õ4 0õ6 -101õ6 -83õ7 -65õ9 -48õ5 -31õ6 -15õ4 0õ0 14õ5 28õ1 40õ6 52õ0 0õ7 -116õ1 -98õ2 -80õ4 -63õ1 -46õ2 -30õ0 -14õ5 0õ0 13õ5 26õ1 37õ5 0õ8 -129õ7 -111õ7 -94õ0 -76õ6 -59õ7 -43õ5 -28õ1 -13õ5 0õ0 12õ5 23õ9 0õ9 -142õ2 -124õ3 -106õ5 -89õ1 -72õ2 -56õ0 -40õ6 -26õ1 -12õ5 0õ0 11õ4 1õ0 -153õ6 -135õ7 -117õ9 -100õ5 -83õ7 -67õ4 -52õ0 -37õ5 -23õ9 -11õ4 0õ0

(27)

り,企業価値が高まる可能性があることが示される。Pérez-González and Yun(2013)は,天候デリバティブの利用を始めた企業がその企業価値を高め られることを示している。Pérez-González and Yun(2013)は,天候デリバ ティブの利用により企業価値が高まる理由について厳格な分析は行っていな いが,レバレッジが高まっていることから,負債ファイナンス増による節税 効果を通じた企業価値の上昇ではないかと推論している。筆者は,天候デリ バティブの非完備性が,企業価値を高めているのではないかと考えているが,

その実証は今後の課題としたい。少なくとも,筆者の主張と,Pérez- González and Yun(2013)は,論理的に一致した実証結果をもたらしている。

⑫ 株主がリスク分散できない場合(経営者及び株主がリスク回避的である 場合):Ito, Ai, and, Ozawa(2016),伊藤(2015),Harrington and Niehaus Ito, Ai, and Ozawa(2016)及び,伊藤(2015)では,経営者および株主がリ スク回避的である場合,かつ,株主の投資が集中しているため分散が不可能 である場合には,キャッシュフローの分散が低くなるシナリオが選択される 傾向があることを示している。株主がリスク分散できない場合とは,株主の 投資が一社に集中しており,他社株への分散投資ができないのみならず,当 該株式を原資産とするデリバティブを利用して,無リスクポートフォリオの 複製が不可能である場合である。つまり完備市場性が満たされないため,

非完備市場を前提とした分析が必要である。そのため,Ito, Ai, and Ozawa (2016)及び,伊藤(2015)では,Wang 変換を利用して分析している。

Ito, Ai, and Ozawa(2016)は,サッカーチームの降雨リスクマネジメント 手法として天候デリバティブを提唱し,サッカーチーム経営者のリスク回避 係数をアンケート調査により推計をして,それを利用して,天候デリバティ ブを利用することにより,いかに企業価値が改善するかを検証している。つ まり,この事例は,天候デリバティブを利用していることから,市場が非完 備で,株主がリスク分散できない状況下において,デリバティブにかかるコ ストが相対的に低い場合に,リスクマネジメントの実行により企業価値が高 まることを示している。

参照

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