奈良教育大学学術リポジトリNEAR
精緻化の指標としての虚再認に及ぼす適合性の効果
著者 豊田 弘司
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 38
号 1
ページ 153‑160
発行年 1989‑11‑25
その他のタイトル Congruity Effects on False Recognition as an Index of Elaboration
URL http://hdl.handle.net/10105/1997
奈良教育大学紀要 第38巻第1号(人文・社会) ‑.平成元年 lull. Nara Univ. Educ. Vol. 38, No. 1 (cult. & soc. ,1989
精微化の指標としての虚再認に及ぼす適合性の効果
till'clH'jl',ォfJ
(奈良教育大学心理学教室) (平成元年4月26日受理)
Craik&Lockhart(1972)は、記憶研究の理論的な枠組みである処理水準(levelofprocessing) 説を提唱した。この説は、記銘項目に対する処理の深さと記憶成績が対応すると主張する。すな わち、深い処理をした場合の方が、浅い処理をした場合よりも記憶成績が良いという予言を行う ものである。この説は、数多くの実験的な証拠を得てきたが(Hyde,1973;Hyde&Jenkins,1973)、
この説に対する批判も数多く提出されている。その主な批判点は、水準の深さを定義する指標が なく、処理の深さと記憶成績の循環論に終始しているということである(Baddeley,1978;
Eysenck,1978;Nelson,1977;Nelson,Walling,&McEvoy,1979)。方向づけ課題での処理時間を 深さの指標としてとらえる研究(Arbuckle&Katz,1976;Seaman&Murray,1976;Glanzer&
Koppenaal,1977)もあったOしかし、処理時間の長い非意味的方向づけ課題の方が、処理時間 の短い意味的方向づけ課題よりも再生量が低いという結果(Craik&Tulving,1975;Gardiner, 1974)が兄いだされたために、処理時間を深さの指標とする可能性は否定された。その後、Sea‑
mon&Virostek(1978)は、被験者自身にいくつかの方向づけ課題を処理の深さの程度に分類さ せて、深さの指標を得ようと試みている。しかし、被験者が分類する際には、その課題を遂行す るのにどのくらいの努力を要するかという心的努力(Tyler,Hertel,McCallum,&Ellis,1979)の 量を深さの基準として仮定しているのである。結果は、確かに被験者の判断した深さの水準と再 生成績の間に相関のあることを兄いだした。しかし、心的努力が大きくなると、処理時間は増す と考えられるので、両者の間に相関がなければならないし、そうなると、上述した処理時間と再 生量の間にも相関がなければおかしいことになってしまう。その他にも、消費される処理容量 (expendedprocessingcapacity)を深さの指標にした試み(Johnson&Heinz,1978:Eysenck&
Eysenck,1979)が行われ、その可能性は示唆されているが、処理される容量という概念が、一 般に深さの指標として妥当なものとして認められているわけではない。現在では、深さの指標を 設けて検討するという研究はほとんどなく、深さの水準は方向づけ課題における意味的な処理の 程度としてとらえられ、いまだに記憶成績と深さの水準を対応づけた明確な検討はなされていな い。
このように、かなりの批判もあるが、処理水準説が記憶研究に果した貢献は大きいし、記憶研 究の枠組みとして生き残っていることも事実である。ただし、深さの水準の指標がないという批 判点はともあれ、処理の水準(深さ)という概念だけでは、説明できない現象が兄いだされてき ている。例えば、Craik&Tulving(1975)は、記銘語が枠組み文に適合するか否かを…Yes‑NO で判断させる文適合性判断課題を方向づけ課題として行い、その後の偶発再生量を調べた。その 結果、HYesと判断した語の方が、HNo"と判断した語よりも再生量の大きいことが明らかになっ た。これが、適合性(congruity)の効果と呼ばれている現象である。HYesと判断した場合でも、
HNo"と判断した場合でも、同じ意味的な処理をしているのであるから、処理水準説から言えば、
再生量は同じになるはずである。ところが、それが、同じにならなかったことから、処理の水準 153
lTvl 豊 田 弘 rf]
という概念の限界が示されたわけである。
この適合性の効果は、その後、多くの研究によって、自由再生事態ではこの効果を兄いだす場 合(Craik & Tulving, 1975 ; Goldman & Pel】egrino, 1977 ; Moscovitch & Craik, 1976 ; Schulman, 1974 ;豊田、 1984, 1987b)と兄いださない場合(Geis & Hall, 1976こRoenker,Wenger, Thomson
& Watkins, 1978;Weiss, Robinson & Hastie, 1977)のあることが示されている。しかし、この適 合性の効果が何故生じるのかについては、従来の研究ではほとんど明らかにされていない。
Craik & Tulving (1975)は、適合性の効果が何故生じるのかについて、次のように述べている。
すなわち、方向づけ課題において"Yes と反応した場合には、記銘語が枠組み文のもつ文脈に うまく当てはまることにより被験者のもつ知識(認知)構造へうまく統合(integrate)される。
一方、 HNo"と反応した場合には統合されない。統合された場合には、被験者の知識構造に関連 づけた豊富な符号化がなされ、その結果、記銘語がより精敵化されることになるというのである。
しかし、知識構造に関連づけた豊富な符号化すなわち精微化の指標がない限り、説明概念の域を 拙ないであろう.
豊田(1987a)は、従来の精赦化研究の問題点として、精敵化の指標がないことをあげているが、
適合性の効果の生起する機構に関する実験的証拠を得るためには、精微化の指標を設けることが 肝要である。そこで、本研究では、記銘語からの連想語に対する虚再認を精微化の指標として設 け、適合性の効果について検討する。もし、記銘語が枠組み文に適合する場合の方が適合しない 場合よりも精勧化が生じているならば、前者の場合の記銘語からの連想語に対する虚再認が後者 の場合の記銘語からの連想語に対するそれよりも多く生じるであろう。この実験仮説を検討する のが本研究の目的である。ただし、従来の適合性の効果を扱った研究のほとんどが、記銘語と枠 組み文の間の意味的適合性を検討してきたが、豊田(1989)は、意味的適合性とともに統語的適 合性のあることを指摘し、両者を区別して検討している。本研究においても、意味的適合性と統 語的適合性を区別するために、豊田(1989)と同様に、枠組み文として、記銘語が意味的にも、
統語的にも適合する文(以下、 CC文と略す)、意味的には適合しないが、統語的には適合する 文(以下、 IC文と略す)および意味的にも統語的にも適合しない文(以下、 Il文と略す)を設 けて、上述した実験仮説を検討する。
方 法
実験計画 枠組み文型を被験者内要因とする1要因の要因計画であり, cc文、 1C文およびII 文という3文型を含んでいた。
被験者 被験者は、専門学校の女子学生46名であり、平均年齢は19歳6か月(範囲19歳0か月
〜21歳7か月)であった。
材料 記銘語には、ひらがな3‑5文字からなるよく知られている語が30語用いられた。そし て、再認テストでの追加刺激として、上述の記銘語からの連想語が用いられた。連想語の記銘語 からの;f一均連想頻度は、16.74%であった。これらの記銘語およびその連想語は、豊田(1984,1987b)
と同様、清水(1980)の連想表から選ばれたものである。
方向づけ課題では、上述の記銘語が枠組み文に適合する程度を評定させたのであるが、そのた めの枠組み文も作成された。各記銘語に対して、記銘語を文中の空欄に入れた際に意味的にも統 語的にも適合する文(cc文)、意味的には適合しないが、統語的には適合する文(lC文)およ
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び意味的にも統語的にも適合しない文(lI文)を1文ずつ作成した。作成の際には、 3つの文の 長さがほぼ等しくなるように、文字数の差は記銘語と枠組み文を合わせた文字数の4分の1を超 えないようにそろえられた。これらの文例は、対応する記銘語およびその連想語とともに、
Table lに示されている。
方向づけ課題で用いられた評定用 紙はB6判の大きさで、 1枚に1語 ずつ記銘語が上部の中央に、そして その下に枠組み文と評定尺度が印刷 されていた。この評定尺度は、記銘 語を枠組み文中の空欄に入れた際に 適合する程度を評定させるためのも のであり、"あてはまらない"から"非
Table 1 本研究で用いられた枠組み文の例
記銘語 連想語 文型 文 例
にがい あまい CC くすり は とても 。 IC おかし は とても 。 lI わたし いく の 。 常にうまくあてはまる"までの5段
階を設けた。評定リストは記銘語と枠組み文の組合せを考慮してカウンターバランスすれば、 3 種類できるが、その内の2種類を用意した。 1つのリストは、 CC文、 IC文およびII文が10文ず
つ、記銘語に対応する枠組み文として含まれていた。さらに、リストの最初と最後に、初頭・新 近位置効果を除くためのバッファー(buffer)語とそれに対応する枠組み文が付加され、表紙を 付けた32ページの小冊子にされた。
再認テストで用いられた用紙はB5判の大ききで、上部に氏名を記入する欄があり、その下に 標的刺激(記銘語)が6語、追加刺激としての記銘語からの連想語が26語および無関連な語が6 語、ランダムに配列されていた。そして、各語の右横に再認の確信度評定尺度が印刷されていた。
この尺度には、 …確かにあっだ'から"確かになかった"までの6段階が設けられた。自由再生 テストで用いられた用紙はB 6判であり、上部に氏名を記入する欄が設けてあり、その下に再生 した語を筆答するようになっていた。また、方向づけ課題と再認テストの間に挿入課題を行うが、
そのための用紙も用意された。この用紙は、 B 4判の大きさで、上半分にひらがなの有意味な文 字列、下半分に無意味な文字列が印刷されているものであった。
手続 実験は偶発手続を採用し、被験者の所属する専門学校の一室で集団的に実施された。ま ず、被験者の半数ずつに2種類の評定リストのうちのどちらか一方の小冊子を配布した。そして、
実験者が表紙に印刷された評定の仕方に関する記述を読み上げ、小冊子の各ページの上部に印刷 された語(記銘語)を下の文(枠組み文)に入れた際に適合する程度を、その下の評定尺度の該 当する箇所に丸印を付けて評定するように教示を与えた。そして、黒板に具体的な例を記入して、
評定の仕方を説明した。被験者全員が評定の仕方について理解したことを確認した後、実験者の 合図に従って1ページにつきIOsec.で評定させた。方向づけ課題(評定課題)の終了後、上述 の用紙を配布して3min.間の挿入課題を行った。この課題は、用紙に印刷されたひらがな文字 列の中から3文字以上で構成される名詞を見つけだして丸印をつけるものであった。挿入課題終 了後、上述の再認テスト用紙を配布し、再認テストを5min.間実施した。再認テストでは、用 紙に印刷された各語に対する記憶の確信度に基づき、 6段階のいずれかに丸印をつけるように求 めた。さらに、再認テスト終了後、上述した自由再生テスト用紙を配布し、筆答による自由再生 テストをIOmin.間実施した。
156 捜 Li]弘.一蝣]
結 果
方向づけ課題で用いられた評定小冊子をチェックしたところ、評定もれの被験者が2名いたの で、これら2名のデータは後の分析から除いた。その他の被験者については、特に逸脱した反応 も認められなかったので、方向づけ課題を適切に行っているといえる。また、自由再生テスト終 了後、方向づけ課題の際に記憶の意図を持った者に挙手を求めたが挙手はなく、全員が記憶の意 図を持たなかったことが明らかにされた。
虚再認率 再認テストにおける追加刺激(記銘語からの連想語)に対する確信度が"あったか もしれない""あったと思う""確かにあっだ'のいずれかの段階にある場合を虚再認としてカウン トした。 Fig. 1には、枠組み文型ごとの平均虚再認率が示されている。この虚再認率を角変換(x'
‑sin 、/F )して、枠組み文型を被験者内要因とする分散分析を行ったところ、枠組み文型 の主効果(F (2,86) ‑7.85,P<.01)が有意であった。下位検定を行ったところ、 CC文および IC文を枠組み文とする記銘語からの連想語に対する虚再認率がII文を枠組み文とする場合のそ れよりも高かったが(t (86) ‑2.65,P<.01;t (86) =3.85,P<.001)、前二者間には有意な 差は認められなかった(t (86) =1.21)。
NOIJ.INOOoaa asiv^ nvH∑ oo聖
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虚再認に及ぼす適合性の効果 157
正再生率 自由再生テストにおける平均正再生率は、 Fig.2に示されている。この正再生率を 角変換(x′‑sin v/管)して、枠組み文型を被験者内要因とする分散分析を行ったところ、枠 組み文型の主効果(F (2,86) ‑6.99,P<.05)が有意であったO下位検定の結果、 CC文およ びIC文を枠組み文とする記銘語の正再生率がII文を枠組み文とする場合のそれよりも高く(t (86) ‑3.36,P<.01;t(86) ‑3.13,P<.01)、前二者間には有意な差はなかった(t(86) ‑.23)。
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100I
考 察
記銘語が統語的に適合するCC文とIC文を枠組み文とする記銘語の正再生率が、適合しないII 文を枠組み文とする場合のそれよりも高く、それに対応して、 CC文およびIC文を枠組み文とす る記銘語からの連想語に対する虚再認率がII文を枠組み文とする場合のそれよりも高かったO この結果から、統語的適合性については実験仮説が支持されたといえよう。すなわち、統語的に 適合しない文を枠組み文とした記銘語は、認知構造に統合されず、そのために精勧化も他の枠組 み文に比べて生じにくいと言えるであろう。
一方、意味的適合性については、実験仮説は支持されなかった。すなわち、 CC文を枠組み文 とする記銘語からの連想語に対する虚再認率とIC文を枠組み文とする記銘語の場合のそれとの
158 巴II.出'.'‑′、 Ll]
間に差が見られなかったのである。ところが、虚再認率の結果と対応するように、 CC文を枠組 み文とする記銘語の正再生率とIC文を枠組み文とする場合のそれとの間に差がなく、意味的適 合性の効果がみられなかった。実験仮説は、あくまでも意味的適合性の効果が生じた場合に、両 文における虚再認率に差が生じることを予想しているのであるから、意味的適合性の効果が生じ ない場合には、精微化の指標である虚再認率には差が生じないことが当然であるといえよう。す なわち、本研究においては、 CC文とIC文を枠組み文とする記銘語が同じ程度に精微化され、そ れが正再生率に反映したということができよう。
Hall&Geis (1980)は、自由再生において適合性の効果を兄いだしていない研究(Geis&
Hall, 1976 ; Roenker, Wenger, Thomson & Watkins, 1978 ; Weiss, Robinson & Hastie, 1977)では、
兄いだした研究(Craik & Tulving, 1975 ; Goldman & Pellegrino, 1977 ; Moscovitch & Craik, 1976
; Schulman, 1974)に比べて、方向づけ課題の時間制限が緩やかであることを指摘し、時間的に 余裕のある場合は、たとえ不適合文であっても記銘語に対して有意味な符号化のなされる可能性 の高いことを主張している。本研究の方向づけ課題は、評定時間がIOsec.で、時間的制限はか なり緩やかであった。それ故、 IC文においてもcc文と同じ程度の精微化がなされ、それが虚再 認率において差のないことに現れていると考えることができよう。今後、方向づけ課題での時間 制限の厳しい条件で、意味的適合性の効果の生じた場合での虚再認率の比較を行う必要があろう。
また、豊田(1987b)では、記銘語と枠組み文のもつイメージ喚起性が高い場合には適合性の効 果が見られ、その喚起性が低い場合に見られないことが明らかにしている。したがって、イメー ジ喚起性の高い場合と低い場合について別々に虚再認率の分析をすることも必要であろう。
要 約
記銘語からの連想語に対する虚再認を精微化の指標として、適合性の効果について検討した。
専門学校の女子学生46名を被験者とし、文適合性評定課題を方向づけ課題として、偶発記憶の手 続を用いて集団的に実施された。枠組み文として、記銘語が意味的にも統語的にも適合する文(CC 文)、意味的には適合しないが、統語的には適合する文(IC文)および意味的にも統語的にも適 合しない文(11文)が設けられた。その結果、 CC文を枠組み文とする記銘語からの連想語に対 する虚再認率とIC文を枠組み文とする記銘語からの連想語の場合のそれとの間に差がなく、と もにII文を枠組文とする記銘語の場合のそれよりも高かった。これは、前二者を枠組み文とす る記銘語が、後者を枠組み文とする記銘語に比べてより多くの精教化を受けたことを示すものと 考えられた。また、 cc文とICを枠組み文とする記銘語の正再生率に差のなかったことから、時 間制限の厳しい条件での検討が今後の課題として示された。
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160
Congruity Effects on False Recognition as an Index of Elaboration
Hiroshi TOYOTA
(Department of Psychology, Nara UniU・ersity of Education, Nara 630. Japan )
(Received April, 1989)
The present study investigated the congruity eHect on the frequency of false recognition to the associates of target words as an index of the degree of elaboration. The experiment involved orienting task in incidental memory paradigms. Forty‑six subjects were asked to rate the degree of semantic congruity between a sentence frame and its target followed by unexpected recognition and recall tests. Three types of sentence frame were used : Semantic‑Syntactic congruous (CC),
Semantic incongruous‑Syntactic congruous (IC) and Semantic‑Syntactic incongruous (I仕
The frequency of false recognition to the associates of target words in CC and IC sentence frames were greater than that of them in II ones, but the difference between the former two sent‑
ences was not observed. CC and IC sentence frames led to a better recall than II ones, but the dif・
ference between the former two sentences was not observed.
These findings showed that target words in syntactic congruous sentence was more elaborate‑
ly processed than those in syntactic incongruous ones.