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『宇治拾遺物語』「世俗説話」の研究

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『宇治拾遺物語』「世俗説話」の研究

著者 廣田 收

雑誌名 人文學

号 174

ページ 74‑123

発行年 2003‑12‑20

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004601

(2)

﹃ 宇 治 拾 遺 物 語 ﹄ ﹁ 世 俗 説 話 ﹂ の 研 究

廣 田 收

︵一︶はじめに

﹃宇治拾遺物語﹄の説話の特質はどのようにして捉えられるのか︒

﹃宇治拾遺物語﹄は基本的には書承の説話集であり︑そのうちの多くの説話については他の文献に説話の構成や表

現の細部にわたる一致の見られるような同一説話の存在することが︑すでに研究史において知られている︒さらに︑

モティフmotifやプロットplot︑ストーリーstoryなどを部分的に共有していたり︑場合によると構成は同一である

にしても時・所・人などの固有名詞を異にするという意味で︑類似説話の存在する場合がある︒この類似説話の中に

は︑同時代に並存する異伝variantも含まれているが︑出典から源泉にまで至る︑歴史的淵源に位置する文献も含ま

れている︒そこで︑まず同一説話や類似説話などとの比較を行なうことによって︑表現の異同のもつ意味を考えるこ

とができる︒比較によって得られる表現の重なりは︑共有する説話の枠組みを考える手がかりとなり︑表現の異なり

は説話の特質を考える手がかりとなるだろう︒

― 74 ―

(3)

さらに︑研究史の中で︑文献に同一説話や類似説話の存在の知られていない事例がある︒いわゆる﹁孤立話﹂と呼

ばれるものである︒そのような孤立話の多くが︑話型において口承の昔話の中に一致する事例のあることも知られて

きたところである︒特にこのような場合では︑前著﹁﹃宇治拾遺物語﹄表現の研究﹂︵笠間書院︑二〇〇三年︶におい

て︑﹃宇治拾遺物語﹄の説話を表現において読み解こうとする時に︑昔話を話型において︑また同時に表現において

対照させることが有効ではないかという方法的な問題を提起した︒すなわち︑文字言語による説話の表現を音声言語

による昔話の表現と対照させることにおいて︑両者に共有する話型を取り出すとともに︑昔話の表現との異同をもっ

て説話の表現を注釈することはできないかという問題を論じた︒

﹁文学﹂とは﹁文﹂についての学であることにおいて︑﹁文・学﹂である︒周知のように︑﹁文﹂とは︑漢語として

の語義において見るならば︑まず文字であり︑語や語彙であり︑語句や章句phrase︑修辞であり︑文sentenseであ

り︑文章であり︑作品であり︑書物である︒さらに内容から見ると︑思想︑倫理︑芸術などを意味することもあ

contextれ︑文脈の中に置かるりことによって語義│もよ︒語語がもともと多様な義うを内包しているとい│

!意味されること

"応が置かれる文脈にじそて︑文字や言葉といれ︑がれ定まる︒言い換えばは︑﹁文﹂という漢語う

語義から書物という語義に至るまでの層を示すといえる︒さらに︑表現の意味することとして︑思想︑倫理︑芸術な

どを示す場合もあることがわかる︒

﹁文﹂という言葉がそのような層をもつことから明らかなように︑鍵となる語key−wordや章句︑唱え言︑諺︑

歌︑法文︑慣用句などの伝承的な表現を注釈することが︑本文全体の表現の意味を明らかにすることになる︒ここに

いう表現という概念は︑単に語彙の次元の研究対象をいうのではない︒選び取られた語が話型に支えられつつ文脈の

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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中に配列されるところに︑言説discourse

あ脈文︒いならなばれけな見とるは│述│すなわち叙と現しての言語表の

中に置かれることにおいて︑作品の全体を担ういくつかの語句が︑説話分析の鍵となり︑説話の表現の特質を歴史的

に解明しうるという意味で︑注釈に基く表現の研究こそが待たれる︒

︵二︶世俗説話とその分析方法

確かに︑近世から近代に至る伝承として採集されてきた︑﹁瘤取爺﹂や﹁腰折雀﹂﹁藁しべ長者﹂﹁博徒婿入﹂など

と呼ばれる昔話は︑歴史的に残された資料から見れば﹃宇治拾遺物語﹄から江戸時代に生まれた可能性の方が高い︒

しかしながら︑実体としては不明という他はないが︑﹃宇治拾遺物語﹄の時代にその素材となるような口承の伝承

が︑全くなかったということも証明できない︒また存在したとしても︑口承の伝承が﹃宇治拾遺物語﹄にどのような

経過において取り込まれてくるかは︑全く不明という他はない︒いずれにしても︑そのような伝播や成立の過程を留

保し︑時系列に立つ視点や評価を排除して︑文献としての書承の説話と口承の昔話を︑表現において共時的に対照さ

せることができるならば︑両者の間に認められる共有の枠組みとして話型typeが浮かび上がるとともに︑両者の間

に認められる表現上の異同が﹃宇治拾遺物語﹄の特質を浮かび上がらせる手がかりとなるにちがいない︒前著におい

て見たように︑﹃今昔物語集﹄が仏教説話集であるとするならば︑﹃宇治拾遺物語﹄は︑ほぼ世俗説話集と呼ぶべきも

のである︒﹃今昔物語集﹄では仏法部に分類されている説話と同一説話が︑もしくは類似説話が︑﹃宇治拾遺物語﹄で

は仏法を説く目的から解放されてくることにおいて︑世俗説話へと傾斜しているといえる︒そのとき︑﹃宇治拾遺物 ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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語﹄の説話は︑集約すれば表現のもつ歴史性︑都市性︑内面性に特質があることを指摘した︒昔話関連話群において

得られるそのような特質は︑昔話と関係のない他の書承の説話においても確認することができる︒そこで︑世俗説話

︵集︶という概念を︑仏教説話︵集︶に対する対概念として考え直して見たい︒

考えてみれば︑歴史的でない表現というものはない︒その意味で︑﹃宇治拾遺物語﹄もまた歴史の中で読み解かれ

るべきものである︒前著において﹃宇治拾遺物語﹄の説話を﹁物語﹂の伝統の中で捉えようとする試みを加えた︒い

うまでもなく︑個別﹃宇治拾遺物語﹄を物語史上に位置付けようとするときには︑その座標軸が問われる︒すなわ

ち︑座標軸をなすのは︑次のような認識である︒

1説話の始原を求めて遡及した場合には︑淵源は中国からインドあるいは敦煌︑中近東さらには西欧にまで至る

であろうが︑問題は伝播され来たった説話が極東の日本に根付いたという事実そのものから出発すべきことであ

る︒すなわち︑伝播論を一旦留保して︑﹃宇治拾遺物語﹄を空間的には東アジアにおける漢字文化圏の中に成書

化された編纂物として捉えること︒

2時間的には︑﹃宇治拾遺物語﹄を古代から中世という歴史的な転換期︑空間的には︑平安京から京洛・京都へ

という都市の変容を基盤として成立した表現体として捉えること︒

3文字言語による表現として整えられた﹃宇治拾遺物語﹄を︑音声言語である昔話と対照させて捉えること︒

一方︑﹃宇治拾遺物語﹄にはおそらく日本において成立したと考えられる説話群が含まれている︒その第一は﹃今

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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昔物語集﹄に同話をもつ話群に含まれており︑第二は﹃古事談﹄に同話をもつ話群である︒それらの説話の多くは︑

世間話系統に属することにおいて世俗説話と呼びうるものである︒それらは︑﹃今昔物語集﹄と同話・類話を共有し

中国やインドまで溯及しうる文献的な広がりをもつ説話とは︑いちじるしく性格を異にする︒ここにいうのは︑いわ

ゆる時・所・人の設定に関与する固有名詞や出来事の内実が︑日本の内のこととして特定されているだけでなく︑そ

れらの同話・類話と認められる文献の広がりが日本の内にのみとどまるものである︒表現の次元を越えて︑説話の素

材の始原を求めて遡及したり︑世界的なあるいは普遍的なまなざしにおいて︑説話に構造的な類同性homologie

見ようとすることは可能である︒ただ︑それは説話の表現のもつ個別性・個体性

を︑世界的・普遍的な構造に還元

してしまうことになる︒そのような構造を踏まえてなお︑日本という東アジアの東端に位置する地域に︑鎌倉初期の

京洛に成立した﹃宇治拾遺物語﹄の表現の特質はどこに求められるのか︒この説話集に組み込まれた説話は︑漢字文

化圏の中で生み出された﹁かな﹂を用いた平安京の物語の伝統に立つものと考えられる︒﹃古事談﹄の説話がかつて

の平安京の物語とともに︑その成立と同時代の説話を含むのと比べ合わせてみるとその傾向は顕著である︒

本考において取り上げる﹃宇治拾遺物語﹄の世間話系統に立つ世俗的説話は︑特に︑日本における歴史上の実在の

人物を﹁主人公﹂として︑その﹁活躍﹂を伝える体裁をもつものである︒しかしながら︑﹁主人公﹂は実在の人物で

あるといいつつ︑注釈を加えていくならば︑しばしば歴史的な事実に合致しないという﹁齟齬﹂や﹁矛盾﹂が認めら

れるという結果を得ることがある︒というよりも︑そのような認識は恐らく︑

!事実と虚構

"という説話解釈の枠組

みに問題がある︒むしろ説話のもつ

!虚構

"存ことるけつび結をと在存と在ののずはいなかつび結来本︑は題問ろ

に︑説話というものの本質があるのではないか︑というふうに発想を逆転させて捉える必要がある︒すなわち︑説話 ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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の構成という視点からいえば︑伝えるべき主題や思想が先験的に存在し︑編者の知り得た素材を用いて︑その伝える

べき事柄を担うのに﹁ふさわしい人物﹂として︑その時代に共有されている固有名詞として人名は要請されてくるの

だと見ることができる︒讃美や共鳴︑逆に侮蔑や嘲笑をもって︑時代に共有されている人名を用いることによって︑

説話は読者に対する説得力や影響力を増すことになる︒

︵三︶世俗説話と世間話

それでは︑﹃宇治拾遺物語﹄の世俗説話とはどのような特質を備えているであろうか︒国東文麿氏は﹁世俗説話集﹂

である﹃古今著聞集﹄について︑﹁わが国では全説話をその素材・内容から二分野に分かち︑仏教説話・世俗説話と

することが行われている﹂という︒そして︑次のように規定されている︒

世俗説話とはごく大まかにいえば仏教に関わらぬ説話をいうのであろう︒関わらぬといっても︑そのあり方に

よるものであって︑説話の主人公や場面が僧とか寺院とかであるぐらいのことでは仏教説話とはいえない︒私見

によれば︑仏教説話は内容上︑三宝︵仏・法・僧︶霊験説話・因果応報説話・布教説話・求道説話・縁起説話の

五つに大別され︑一説話中にそれらが混在することはあっても︑おおむねはこの五つに含まれると思うが︑これ

らに該当しないものを世俗説話とみることになろう

そしてさらに︑国東氏は世俗説話集の説話について︑

これはその性格からみて︑︿世間話説話﹀と称してもいいようなものである︒それは原則的には︑︿あるひとり

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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の実在人物︵あるいは事物︶が日常的生活な面における何かひとつの異常な︵特異な・珍奇な・不思議な・立派

な︑など︶ことをした︵あるいは︑があった︶︒そのできごとを伝承的実談として語ろうとするもの﹀といえる

であろう

という︒このとき国東氏によって﹁世俗説話﹂は﹁仏教に関わらぬ説話﹂であり︑ほぼ﹁世間話説話﹂と同義である

と見做されていることが注意される︒

さらに国東氏は﹃宇治拾遺物語﹄のような﹁雑纂説話集﹂では︑仏教説話・世俗説話のいずれかが分明でなくなる

という︒そして︑

明らかに仏教説話だとわかるような説話でも︵﹃宇治拾遺物語﹄中にはそういう仏教説話は半数近くある︶︑世

俗説話とともに雑居していると仏教説話であるということも忘れ︑すべてが世俗説話であるかのような気にな

る︒これは仏教説話が世俗説話と話の性質としては変わりがないことからくるものである

と論じておられる︒まさにこの批評は︑﹃宇治拾遺物語﹄の本質を突いている︒﹃宇治拾遺物語﹄の説話は﹁仏教説話

とも世俗説話とも区別しえないような︑人間を語る説話﹂

とされるところでもある︒

そこで今度は︑﹃宇治拾遺物語﹄の説話の本質を︑世俗説話という概念をもって捉えることができないかというこ

とについて検討してみることにしたい︒ ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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︵三︶世間話の概念

本考では︑まず考察の対象とする﹁説話﹂を︑文字言語によって説話集に収載された説話としてひとたびは固定し

た上で︑世俗説話を音声言語による﹁世間話﹂と比較して見ることにしたい︒それではそこにいう世間話とは何か︒

世俗説話は何よりも語られる出来事が世俗のこととされるものである︒これに対して世間話は出来事が世俗のことで

あることは当然ながら︑叙述のあり方において区別されるものではないだろうか︒

国文学における世俗説話の概念を明らかにするために︑まず隣接の学問として民俗学における三つの類概念を対照

させることにしたい︒最初に検討すべきものとして︑柳田国男の﹁世間話﹂がある︒

そのとき世俗説話とは︑柳田のいう﹁世間話﹂とどう重なりどう異なるであろうか︒いうまでもなく柳田は︑和漢

の書物に驚くべき博識を持ちながら︑日本民俗学を提唱するにあたっては︑禁欲的なまでに音声言語の表現や言語行

為︑そしてそれらの基盤を考察の対象とすることをもって︑ひとつの研究領域を確立させることにこだわったといえ

る︒

柳田は昭和初期において︑わが近代にあっては﹁新聞﹂の歴史が﹁好奇心は育てられなかつた﹂ことを指摘し︑日

本では﹁自分たちの眼を以て視︑耳で直接に聴いた物の音で無ければ︑経験とするに足らぬといふ永年の習性﹂のあ

ったことをいい︑日本人が﹁経験に義理固い観客層﹂であったとみる︒と同時に︑﹁話の上手下手﹂という問題のあ

ることをいう

田見る︒そして柳は盤︑次のように説くを基︒諸柳田はそのような点立に﹁世間話﹂の成︒

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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ハナシは我々の国家に於ては︑非常に時おくれて発達した生活技術であつた︒其證拠には古事記風土記萬葉集

は素より︑ずつと降つて中世の文献を引き捜して見ても︑ハナシといふ単語は見当らぬのみか︑精密に是に該当

する日本語から無かつたのである︒どうして室町時代に入つて︑ハナシといふ新語が出現したかに就ても︑学者

にはまだ一致した意見が無い

柳田にとって世間話は︑﹁ハナシ﹂に他ならなかった︒柳田は﹁ハナシ﹂という語の出現を指標とし︑室町時代をも

って世間話の成立の端緒とする︒ところがそれでは︑世間話は室町時代以前には存在しないことになる︒むしろ古代

・中世にあって世間話が存在しなかったことを想像することこそ不可能であるといわなければならない︒

柳田はいう︒﹁伝承を主眼とした往古の事蹟︑神の奇瑞とか家々の由緒を説く﹂ために﹁荘重なる言葉を択んで句

形を揃へ︑又

陷且ハナシが簡略で︑つと気の利いたもの﹂で﹁る々も比喩のやゝ意外なるのべを用ゐた﹂ものに比あ

るという︒すなわち︑

この一種の古風な物の言ひ様︑即ち形に囚われた一方だけの長広舌を︑日本語ではカタリ又は物語と謂つて︑

無論世間話などのハナシとは別物としてあつた

という︒柳田にとってハナシは︑カタリあるいは物語に対する対概念として規定される︒すなわち︑機能と形態から

想定される﹁神話﹂へと溯及しうる﹁物語﹂に対して︑ハナシは物語とは全く別の基盤に立つ﹁生活技術﹂であった

ことになる︒周知のとおり柳田が﹃桃太郎の誕生﹄において論じているように︑柳田は昔話が神話を保管していると

予想して昔話研究に専念したことを想起するならば︑柳田にとって昔話とともに物語は﹁神話﹂からの系譜に位置付

けられる︒そのことからすると︑柳田のいうハナシは︑﹁神話﹂への遡及︑﹁神話﹂からの系譜という枠組みからは解 ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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放された︑自由な言語表現として規定されているといえる︒

さらに柳田は︑﹁ハナシの発生﹂について︑﹁三つの事情の寄合ひ﹂があると見る︒第一に﹁歴史的︑即ち世の中の

進みがどうしても説話の新技術を︑成立せしめずには置なかつたこと﹂

文々我たし立対と学いに古﹁︑てしとるあの

ハナシは︑実は村のうちや家々の夜の臥しどに於て︑思ひの外完成を遂げて居たのであつた﹂という

︒第二に

﹁我々の祖先が自由なる言語によつて︑身を益し楽しませようといふ目的は今と同じでも︑古い生活に於ては其需要

が今よりも狭く︑且つ急切では無かつた﹂ことをいう

とを﹂情事的済経の三第﹁﹂︒情事的芸文の二第﹁てしそい

う︒つまり﹁咄の者といふ一種の職業﹂の出現を説いている

煩雑さを整理するために︑私に要約すれば︑柳田が﹁ハナシの発生﹂に関与する条件として指摘するのは︑

漓時代

状況︑

滷娯楽への欲求︑

澆話田にとって世間は︑﹁咄の者﹂の出現柳は担三い手の出現︑の点きである︒注目すべと

ともにあると限定している点である︒

ところで︑柳田は﹁世間話﹂の﹁世間﹂を次のように捉える︒

セケンは実際の日本語に於ては︑今の社会といふ新語よりも意味が狭い︒是に対立するのは土地又は郷土で︑

つまり自分たちの共に住む以外の地︑弘く他郷を総括して世間とは言つて居たのである︒さういふ未知の天地に

対しては︑昔から大きな好奇心はあつた︒それが最初のうちは昔の昔の其昔に対すると同じく︑可なり奔放なる

空想を働かして︑たとへば孫悟空の西遊記を見るやうに︑どんな法螺話でも包容する余地があつたのである

ここにいう﹁世間﹂とは︑世間話そのものの中に内在的に設定される﹁所﹂をいうとともに︑世間話の成り立つ基盤

が﹁郷土﹂と﹁他郷を総括﹂していることを示している︒そしてそこにいう﹁世間﹂は周知のように︑いささか農村

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的である︒逆にいえば︑それでは世間話は都市に成り立たないことになる︒そのことはむしろ柳田が︑日本民俗学を 樹てようとするにあたって︑口頭による伝承を日本の農村を基盤groundとして領域を限定したことにかかわる問題

であるにちがいない︒世間話は農村に限られるわけではないだろう︒多数の人々が集中して生活する都市にこそ成熟

する可能性がある︒

戦後すぐ一九四七年に︑柳田国男は口承文芸の研究のゆくえを見届けたように︑﹃口承文芸史考﹄を著す︒そこで

柳田は︑昔話と伝説を区別している︒

伝説と昔話とは︑今でもごつちやにして喜んで居る人があるが︑二者の堺目はかなり截然として居て︑説く者

聴く者の態度が共に全く別であつた︒即ち昔話はどうせ現世の事でないと思つて居るから︑出来るだけ奇抜な又

心地よい形にして伝えようとして居るに反し︑伝説は今でも若干は信ずる者があるので︑怪異を有りさうな区域

に制限する︒従うて時代々々の智能と感覚はこれに干渉し︑婁々改造を加へて古い空想を排除する︒化け物の話

などはその好い例で︑昔話の天狗︑狐︑鬼も山姥も皆少々愚かで弱く︑伝説の方では殆と常に強剛で人を畏怖せ

しめる︒この点だけから云ふと近代に入つて︑人は却つて怯懦となり無能となつた様にも見え︑事実亦妖魔の世

界も進化して居るのだが︑これは要するに迷信の最後の残塁を意味するのである

あるいは次のようにいう︒

伝説には兎も角も定まつた形が無い︒同じ一つの土地にある同じ伝説でも︑これを談つてくれる人によつて︑

長くも短くも真面目にもをかしくもなるは勿論︑時と場合を異にして試み問へば︑同じ人でも告げ様が亦色々に

変つて来るであろう︒昔話は説話だからさういふことは無い︒忘れたりわざと省略したりする部分はあらうと ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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も︑残りは歌謡謎諺などゝ共に︑順序や文句の定まつた型を保ち︑それが壊れてしまえば只の噂︑即ち世間話の

方に転属するのである︒伝説の昔話と同じでない要点としては︑第一にそれが我々の謂ふ言語芸術で無く︑実質

の記憶であつたことを挙げなければならぬやうである

柳田は︑伝説には昔話のもつ冒頭の句や結びの句︑相槌の句など﹁定まつた形﹂や﹁順序や文句の定まつた型﹂がな

いという︒それらを失うと︑昔話は﹁只の噂︑即ち世間話﹂に転化するという︒柳田は伝説が﹁実質の記憶﹂であっ

て﹁言語芸術﹂となりえていないという︒

しかるに︑柳田のいう伝説であれ世間話であれ︑それらの伝承が表現や内容においてひとつのまとまりをもつとす

れば︑それらは一定の話型を有することが証明されることになる︒言い換えるならば︑世間話においても伝説におい

ても︑説話としての表現を支える枠組みとして︑緩やかに話型は働いているにちがいない︒そこにいう話型は︑昔話

のタイプ・インデックスのように固定的に考える必要はない︒いずれにしても︑柳田にとって︑口承文芸は神話に溯

及する﹁宗教的史料﹂であったから︑昔話や伝説に対置させたときには︑世間話は自由なハナシであるという以上の

規定は出てこない︒むしろ︑世間話の属性を規定する条件が何かを考える必要があろう︒

そのような意味で︑説話とりわけ世俗説話の特質を考える上で︑現在の日本民俗学における世間話の概念規定を︑

参照することには意義がある︒例えば︑昔話の代表的な研究者のひとりである野村純一氏の考察は︑世間話に話型を

見ようとするものであり︑柳田の昔話研究に対して︑説話のありかたを考える上で忘れがたい︒野村氏は﹁口承の文

芸を神話・伝説・昔話に大別﹂し︑これらに﹁世間話﹂を対置させる

のくごの例事告報﹁話︒昔は氏村野︑方一少

ない話﹂が﹁しばしば世間話や伝説との交流が繁く︑昔話としての資格︑位置付けの判断には苦しむ場合が多い﹂

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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と述べている︒そのことからすると︑野村氏の昔話観においては︑世間話は昔話の﹁資格﹂を欠くものとして位置付

けられている︒あるいは野村氏は次のように述べている︒﹁

!オトシむがし

"﹄世﹃はくしも話は笑﹃くない違間間

話﹄に近い性質の内容にある︒本格的な昔話とは別に︑強く聴き手の興味を惹き︑同時に共通して

!語り

"よりはむ

しろ

!話

"といった傾向にある﹂と見る

やせさ比対を﹂類の話間世話︒噂﹁と﹂話昔﹁は氏村野る

︒すなわち

﹁語り口﹂が﹁安定﹂するところに︑世間話ではなく昔話へと高められていく道筋があることをいう︒それは両者を

連続性のもとに捉えようとする視点の提示でもある︒そして野村氏は昔話に対して世間話を﹁事実談としての信憑性

を高めようとする傾向にある﹂ことをいい

にす摘指をとこ﹂く基談︑験体はたま︑談実事﹁る

︒昔話と世間話を分

ける野村氏の基準は︑

漓報らがなとこるさも数の例事告集﹁採︑りあで﹂定安﹁の﹂口り語︑

滷話型として認知され

ること︑ということになるだろう︒

ただし野村純一氏の掲げる﹁世間話﹂の事例

市︒るれら限に囲範む含を説伝都はの代現にさまらか咄の世近︑そ

のことが現在の民俗学における世間咄の概念のあり方を逆に象徴しているといえる︒

一方︑福田晃氏は神話・伝説・世間話・語り物・昔話という﹁ジャンルごとの消長過程﹂を︑古代︵大和・奈良︶

・中古︵平安︶・中世︵鎌倉・室町︶・近世︵江戸︶・近現代︵明治〜昭和︶という時代を縦軸にとり︑そのような

﹁ジャンル﹂の区分を横軸にとって位置付ける

か期生発﹁を期時る至に古中ら代︒古︑ていつに話間世は氏田福﹂

とし︑中古から中世を﹁形成期﹂︑中世から以後を﹁最盛期﹂と図示する︒そして﹁今日︑民間説話は︑一般に伝説

・昔話・世間話の三つのジャンルを総括するものと判じられている﹂と見る︒そして︑現代の民間説話について︑次

のようにいう︒ ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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つまり︑語り物や昔話・世間話も︑いまだ十分なる円熟に至らずして︑大急ぎで現代の情報説話なる新しい世

間話の世界に吸収されつつあると言える

ここに明確な世間話に対する規定が見てとれる︒なかでも世間話の存在を古代へと押し上げられたことは注目され

る︒

そして福田氏は︑﹁民間説話﹂について伝説・語り物・昔話・世間話に﹁民間神話﹂を加える提案をされてい

っ異同を示しつつ︑﹁あたとことが疑えない事実﹂の者︒態さらに︑世間話の﹁形的五特質﹂について︑他のと

いう﹁伝承意識﹂︑﹁近代﹂の﹁時制﹂︑そして﹁証拠﹂や﹁固有性﹂︑﹁叙述形式﹂などを欠くものとされている

また﹁思想・主題﹂の区分について︑世間話を﹁伝承者﹂については﹁旅行く世間師﹂︑﹁観念﹂は﹁人為・社会に畏

怖・驚嘆する観念﹂︑﹁思想﹂は﹁人間・社会の現実を見究める思想﹂︑﹁主題﹂は﹁奇異な現実﹂という異同があるこ

とを図示されている

踏在の世間話研究をま︑えた上で︑新たに現は︒定まことに周到な規で氏ある︒そして福田︑

︵一︶神仏の霊異

︵二︶妖怪の奇異

︵三︶動物の不思議

︵四︶人間の運命

︵五︶人間の異常

という分類試案を示しておられる

っほぼ重なり合て話くるといえると説︒よこの括り方にれ俗ば︑世間話は世︒ 日本の説話における神godや仏buddaは︑人によって祭祀されるべき存在として登場する︒神や仏は︑異界の存

― 87 ―

﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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在であるとともに信仰の対象である︒神は︑人に現世における幸や福を授ける存在であり︑仏は︑人に現世のみなら

ず来世の至福を保証する存在である︒人が神や仏あるいは超越的な存在とどのように出会い︑どのようにして何を得

るかが︑説話の伝えるべき本来の

!出来事

"うるれ触に在存な的越超が人︑によでたきてれさ摘指らか来従︒るあに

は︑異界からの来訪を待つか︑異界へと侵入するか︑のいずれかである︒いずれにしても︑異界を可視化させたもの

が神や仏あるいは超越的存在の図像である︒

ちなみに︑神の中でも︑人に災禍をもたらす邪悪な神である鬼神は︑慰撫されるべき存在であるということにおい

て︑祭祀されるべき存在である︒鬼神はなお︑神の範疇に入るものである︒

民俗学における世間話のひとつが狐貍バナシであるとすれば︑世間話における怪異は︑どのような霊格spiritと出 会うかである︒それら低次の霊格spiritは︑共同体の全体として祭祀される対象ではない︒あくまでも︑人は霊格の

怪異を目撃するのであり︑霊格の背後の異界は稀薄化している︒世間話では出来事に立ち会った人そのひとに︑出来

事による転換は起こらない︒ここにいう霊格は︑近代的な概念として妖怪と呼ばれるべきものである︒﹃今昔物語集﹄

巻二七の分類標目にいう﹁霊鬼﹂は︑そのような霊格spiritを中心とする︒﹃今昔物語集﹄の編纂において︑巻二七

に登場するような超越的存在は︑正統たる仏教の側から低次の霊格として評価され位置付けられたのである︒

さて︑野村氏や福田氏の所説から教えられるところに従って︑改めて私に言い直せば︑昔話にあって世間話に欠け

ているのは︑昔話││メルヘンの研究に基準として用いられる﹁モティフ・インデックス﹂に

!登録された

"ものと

しての話型

storyな語表現であるが︑おなストーリーとして言由で話ある︒他方︑世間は自︑柳田のいう意味で一

定のまとまりをもつという意味で︑緩やかな話型によって統一されていると見ることができる︒言い換えれば︑話型 ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

― 88 ―

(17)

というものを固定的を考える必要はない︒むしろ︑話型は異なる次元において異なって見える性質を持つと見ること

ができる︒どのように考えるにしても︑話型なしに説話は構成できないのではないか︒

一方︑世間話にあって昔話に欠けているのは﹁事実談﹂という装いを成り立たせる仕掛けである︒そのように考え

てくるならば︑世俗説話は世間話の側面をもつということができる︒

そこで︑世間話という概念をもって︑日本の古典としての説話集﹃宇治拾遺物語﹄とそこに組み込まれた説話を対

照させるとすれば︑﹁世俗説話﹂の特質はどのように照らし出されるだろうか︒すなわち︑音声言語による表現であ

る柳田の世間話を対照させることで︑文字言語による説話集の説話は︑どのような特質を備えていることが明らかに

なるのか︒さらにいえば︑﹁世俗説話﹂を成り立たせている仕掛けと仕組みを︑どのようにして

!立体的

"に明らか

にすることができるであろうか︒

﹃今昔物語集﹄を例にとると︑仏法部には仏法が働いているが︑世俗部に仏法は働いていないというわけではな

い︒本来︑﹁仏教説話﹂に対して﹁世俗説話﹂というのは︑仏教の教理が世俗において働くということにおいて世俗

の説話であることを意味するはずである︒と同時に︑世俗説話は︑人の俗悪さに徹した︑いうならば俗の俗ともいう

べき出来事を伝える説話も包摂している︒﹃宇治拾遺物語﹄が世俗説話集であるというのは︑両者を含み持つことに

おいて成り立つといえる︒

そのとき仏教説話と世俗説話を内容においてではなく︑表現において区分する根拠は何か︒例えば︑主人公は︑仮

に固有名詞を背負うとしても︑歴史的文脈の中では意味をもたない││無名の

!誰でもない誰か

"であってもよい場

合もあるが︑特に歴史的に知られた人の名を固有名詞として背負うことが多い︒説話における固有名詞は︑伝えられ

― 89 ―

﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(18)

る出来事が信じられることとして受け入れられるように機能する︒主人公が固有名詞としての名を担うことによって

出来事は焦点化され︑読み手や聞き手の関心が集約される︒

︵四︶主人公とは何か

いうまでもなく︑世俗説話において︑主人公は世俗の存在であることが多い︒あるいは主人公が僧や聖であったと

しても︑引き起こされる出来事は世俗に属することが多い︒しかしながらその出来事は︑実際に起こった出来事であ

るかどうかは関係がない︒説話は﹁事実か︑虚構か﹂といえば︑極論すると︑虚構fictionであるという他はない︒

出来事は作り出されたものであってよい︒たとえ︑出来事が実際に起ったものであっても︑説話は

!説明する

"しか

たを変えてしまうことがある︒あるいは︑実際に起こりそうな出来事として

!装われている

"ところに説話の本質が

ある︒

ところで︑昔話や説話︑物語の主人公とは何か︒主人公は︑何をもって主人公たりうるのか︒

まず︑彼は

!選ばれた存在

"として︑冒頭に提示される︒

!選ばれた存在

"やの群抜︑貌異貌で美︑はとこるあ知 力や特別の能力などを︑主人公heroであることの徴しmarkとして備えていることでわかる︒主人公の属性あるい

は主人公が置かれた最初の状況は︑神や仏などの超越的存在もしくは天狗や鬼などの霊格とのかかわりを得ることを

通して︑属性や状況の転換を果たし︑主人公はより高い次元へと移行する︒異界のものとしての超越的存在が主人公

の目に見える形で顕現しなければ︑主人公が異界へ侵入するか︑主人公のもとにに対する異界からの侵入

あってが 世研の﹂話説俗語﹁﹄物遺拾治宇﹃究

― 90 ―

(19)

もよい︒そのようにしてもたらされる転換が︑本来の意味での

!出来事

"地に的体具︑は点達で到な的終最︒るあい

えば︑

漓理想の女︵男︶の獲得 滷無限の富の獲得 澆永遠の生命の獲得

などの実現である︒そのような転換を身をもって体験するのが︑主人公である︒あるいは身の回りの変化を伴うのが

主人公である︒昔話や説話︑物語においては︑内面性の付与は二次的な問題であり︑まず主人公は行動をもって話型

を構成する︒場合によれば主人公が二分割されたり︑援助者を分節することがあってもよい︒そのような複雑化はあ

るが︑単純にいえば状況の転換を主人公が遂行︑体験するところに話型は働いている︒

アンデルセンのメルヘン﹁醜いアヒルの子﹂

醜本のそ︑がだのるえ見と﹂い﹁ははでかなのちた供子のり周︑性

はアヒルの及びもつかない白鳥である︒アヒルの子が﹁醜い﹂のではなく︑周りの子供たちから異貌であるゆえに咎

められるだけである︒彼はもともと

!選ばれた存在

"子わ顕を性本のそ︑し長成がのでルヒアい醜︑らかだ︒るあし

たときに関係は逆転する︒彼が苛められていたのは︑彼が劣っているからではなくて︑優れていたからである︒

同様のことが︑日本古代の継子苛めの物語である﹃落窪物語﹄にもいえる︒主人公の姫君は︑継母から寝殿の落ち

込んだ場所に住まわせられる

なのかは説明されいれ︒継母は姫君のるら︒い物語の冒頭におてめ︑姫君がなぜ苛亡

― 91 ―

﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(20)

き実母に嫉妬して継子を苛めているともいえる︒物語が隠していたのは︑継子の出自が高いことである︒﹃落窪物語﹄

の中で︑代々の系図を持って存在が紹介されるのは︑姫君だけである︒すなわち姫君はもともと

!選ばれた存在

"と

して設定されている︒姫君は姫君の祖母から亡き母を介して︑本来伝えられるべき邸第を︑継母が占有していたこと

がわかる︒だから姫君は弱い立場にあり︑継母は強い立場にあると見えて︑実は逆だったのだ︒継子の姫君は結婚し

た男君の力を得て︑継母から伝領すべき邸第を奪い返す︒継子は邸第を奪い返すことにおいて︑本来的な自己同一性

を回復する︒それが︑物語の話型の次元の枠組みである︒﹃落窪物語﹄は︑継子苛めの話型を基にしつつ︑邸第の奪

還という貴族社会の歴史的基盤に立つ物語として作られているといえる︒

同様に︑よく知られた事例でいうと﹃宇治拾遺物語﹄第一八話﹁利仁薯蕷粥事﹂を︑同一説話﹃今昔物語集﹄巻第

二六第一七と比べて見ると︑﹃今昔物語集﹄の方がより話型において原型的であるといえる︒主人公は不遇な貧しい

五位である︒五位は︑敦賀という異郷の地で利仁・舅有仁たちの歓待を受けた上に︑土産として絹・綾だけでなく︑

牛・馬を貰って都へ帰還している︒これもまた︑選ばれた存在が異界に赴き︑呪福を得て帰還するという話型を︑貴

族社会の物語として作り出しているといえる︒ここにも貧しい者から富める者へと主人公は転換を遂げている︒言い

換えれば︑物語の深層に主人公の転換する話型を見てとることができる︒つまり︑昔話と同じ話型を共有しながら︑

五位を主人公とし︑敦賀国と利仁を配置することによって︑平安京の都まさに世俗の説話として作り出されていると

見ることができる︒これに対して︑﹃宇治拾遺物語﹄の五位には﹃今昔物語集﹄ほど転換は明確でない︒﹃宇治拾遺物

語﹄第一八話はより世間話的な傾斜を強めた世俗説話といえる︒

ところで︑もともと世間話には︑そのような主人公の転換は必ずしも必要ではない︒その場合には︑主人公という ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

― 92 ―

(21)

よりも中心人物にであるにとどまるといえる︒伝えるべきは最終的な到達地点としての理想的な結婚︑無限の財産︑

永遠の寿命などの獲得でなくてもよいからである︒伝えるべきはただ︑不思議な出来事の目撃・証言であってもよい

し︑話そのものの面白さであってもよいし︑誰も知らない秘密であってもよい︒その意味でも世間話は︑表現の枠組

みにおいて

!自由

"︑ら区別するならば世容間話と呼ぶことのか内で文ある︒音声言語と字︑言語の区別を問わずで

きる世俗説話も存在するのである︒

そのように考えてくると︑世俗説話は話型や主人公︑語るべき出来事において︑二つのあり方が含まれていること

がわかる︒

そのように捉えた上で︑本考において追求したいと考える説話分析の目的は︑説話がどのような仕掛けと仕組みを

もって立体的に構成されているのかを明らかにすることである︒それらは読み解かれるべきものとして︑表現そのも

ののうちにある︒いうまでもなく音声言語による口承の世間話と︑説話集の説話とではその基盤を異にする︒その仕

掛けや仕組みは︑歴史的な文脈の中で異なる意味を帯びる︒さらに︑出来事を通して何が伝えられているのか︑それ

は歴史的基盤において明らかになるに違いない︒

︵五︶都市伝説の概念

次に対照すべき類概念の一は︑すでに周知のものであるが︑アメリカ・フォークロアのひとつである都市伝説であ

る︒ブルンヴァンは次のようにいう︒

― 93 ―

﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(22)

消えるヒッチハイカーの話や︑ねずみフライの話︑おばあさんの遺体がなくなる話など︑これら誰もがいかに もありそうだと思える話を﹁都市で信じられる話﹂︵urbanbelieftales︶︑あるいはより簡潔に﹁都市伝説﹂︵urban legends︶と呼んでいる︒

このように︑﹁現代の︵モダーン︶﹂︑﹁同時代の︵コンテンポラリー︶﹂︑﹁都市の︵アーバン︶﹂といった用語と

﹁フォークロア﹂という言葉をいっしょに並べることは︑はるか昔の片田舎で︑よぼよぼのじいさんやおしゃべ

りのばあさんによって語られた︑面白いけれども時代遅れで垢抜けしないものと考える人にとっては︑矛盾して

いるように思えるかも知れない︒しかし都市伝説は︑最近のできごと︵あるいはそうでなくても人々のよく知っ

ているできごと︶に︑批評的な︑また超自然的なひねりをきかせた︑まさに現実的な話なのだ

︒ ブルンヴァンのいう都市伝説は︑modern︑contemporary︑urban︑fork−loreという四つの鍵語をもって成り立つ︒ブル

ンヴァンの著書の訳者大月隆寛氏は﹁都市伝説﹂という概念について﹁この術語はブルンヴァンのオリジナルではな

いが︑ここまで積極的に提示したのは彼が最初だろう︒ただし︑﹃正確には︑modernlegendと言うべき﹄という批判 もある︒まれに︑urbannarrativeなどと言うこともあるが︑基本的には同じ︒﹃都市﹄的環境を前提にして出現する語

りのジャンル﹂と注している

でな情報というのは片なく︑一定のプ的断︒たまた︑取り上げ事に例について﹁単ロ ットを持ちある程度かたちを整えられた話として語られるもの︒原文では“narratives”,“stories”﹂と注している

︒そ

のような考察の対象規定は︑本考における表現の規定と重なるものである

ブルンヴァンが都市伝説の対極として持ち出した﹁はるか昔の片田舎で︑よぼよぼのじいさんやおしゃべりのばあ

さんによって語られた︑面白いけれども時代遅れで垢抜けしないもの﹂とは︑ブルンヴァンの言葉を借りれば︑おそ ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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(23)

らく西欧の﹁おとぎ話﹂をいうものであろう︒いわゆるメルヘンと見られる︒これと都市伝説を分けているのは︑ブ

ルンヴァンによれば︑﹁最近のできごと﹂と﹁現実的な話﹂という二つの要件が強調されている︒

すなわちブルンヴァンは︑都市伝説について﹁最近のできごと︵あるいはそうでなくても人々のよく知っているで

きごと︶﹂というふうに︑語られる時代を共有する出来事を語る﹁現実的な話﹂だとする︒そのように見ると︑世間

話の伝える事柄は︑過去の出来事であってよい︒そこに都市伝説と世間話との小異がある︒

ブルンヴァンの示した﹁消えるヒッチハイカーの話﹂などが︑日本においても同様の事例のあることは︑よく知ら

れているところである︒さらに重要な点は︑都市伝説が﹁誰もがいかにもありそうだと思える話﹂という点にあり︑

﹁都市で信じられる話﹂とするところにある︒そして︑嘘であるにしてもよくできた内容であり︑﹁いかにもありそう

だ﹂という意味でならば︑世間話と都市伝説とは共通性をもつ︒ただ︑特に訳者が﹁﹃都市﹄的環境を前提として出

現する語り﹂であると注しているところは︑都市伝説の基盤が世間話に比べて︑都市そのものにより限定されている

ことを示している︒

ブルンヴァンはいう︒

失われた鉱山︑埋もれた宝︑オーメン︑あるいはロビン・フッドのような無類の英雄などが登場する古くから

の民話と同じように︑都市伝説は大真面目に語られ︑口から口へと広く伝えられてゆく︒ふつう︑それらは作者

不詳であり︑人から人へと語られてゆくうちに話のディテールはさまざまな形をとるようになる︒しかしその一

方で︑常に伝説の核心︑すなわち﹁モティーフ﹂︵motif︶は保たれている︒ある程度││とは言うものの︑他の フォークロア同様︑十分すぎるくらいに││これらの都市伝説は﹁つくり話﹂︵tales︶であると考えられている

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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に違いない︒なぜなら︑荒唐無稽とも言えるような同じできごとが︑そんなにいろいろな場所で︑しかも何千何

百という都市伝説それぞれの語り手たちが主張するように︑彼らの叔母や︑従兄弟や︑近所の人︑義理の親戚︑

クラスメートなどといったさまざまな人々の上に起こるわけがないからだ︒これらの都市伝説の持つ語りの構造

と︑そこに含まれている古くからの特徴的な伝説のモティーフ︑そして︑それが口から耳へと伝えられてゆくた

めに生まれ続けるヴァリュエーションとがあいまって︑それら都市伝説は実際に起こったできごとを直接説明し

たものではなくなってしまう

﹁オーメン﹂のようなホラーや︑﹁ロビン・フッド﹂のような有名な物語を含めて︑ブルンヴァンはこれらの物語を

﹁古くからの民話﹂と捉えている︒ブルンヴァンはそれと対比させて都市伝説を規定する︒その特質は︑﹁大真面目に

語られ﹂ること︑﹁口から口へと広く伝えられてゆく﹂こと︑﹁作者不詳﹂であること︑﹁語られてゆくうちに話のデ

ィテールはさまざまな形をとる﹂が﹁常に伝説の核心︑すなわち﹃モティーフ﹄は保たれている﹂こと︑﹁﹃つくり

話﹄であると考えられている﹂こと︑などである︒すなわちブルンヴァンにおいて都市伝説は︑都市における無名性

の口頭伝承であり︑﹁つくり話﹂でありながら内容について信じられている︑という属性をもっている︒そして都市

伝説は﹁荒唐無稽﹂な出来事が知人の身の上に起こるという﹁語りの構造﹂を持っており︑その構造には﹁古くから

の特徴的な伝説のモティーフ﹂が含まれているという︒すなわち︑都市伝説は﹁実際に起こったできごと﹂を説明す

るという︑一定の話型を備えているものと見做せる︒

わたしたちは自分たちの言語の文法について意識しないように自分たちのフォークロアについても意識してい

ない︒言葉と習慣とによって人から人へと日常的に伝えられる﹁伝承﹂︵lore︶つまり︑知恵︑知識︑誰もが受 ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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(25)

け入れる行動様式といったものに従うとき︑わたしたちは︑そのわたしたち自身のフォークロアのかたちや内容

については気にしないものだ︒それどころか︑わたしたちは他人が話す情報にはただ耳をかたむけるだけで︑右

から左へ次の聞き手へとわたしてゆく︒こうした無意識のうちに伝えられてゆく口述の回路の中で︑ひとつのは

っきりとした話の筋を獲得してゆく情報のことを語りのフォークロア︵narrativeforklore︶と呼ぶ︒そして︑こ れは本当のことだと主張されるような話を﹁伝説﹂︵legend︶と呼ぶ︒つまり︑おおざっぱに言って︑これは伝

説が形成され︑伝達される際の典型的な回路なのだ

︒ ブルンヴァンの定義と柳田の定義と比べてみても︑伝説legendは︑信じられることであるという一致点をもつ︒こ

こではブルンヴァンは﹁口述の回路の中で︑ひとつのはっきりとした話の筋を獲得してゆく情報のこと﹂を﹁語りの

フォークロア﹂と呼んでいる︒﹁語りのフォークロア﹂とは︑伝承の成立過程と整えられた伝承そのものを合わせて

いうものとみえる︒その中で﹁伝説が形成され︑伝達される際の典型的な回路﹂を指摘する︒

ブルンヴァンは﹁フォークロアは口述の伝承に依拠して存在する﹂として︑﹁﹃伝承﹄とは︑それら﹃フォークロ

ア﹄としてのニックネーム︑ことわざ︑あいさつ︑別れの決まり文句︑軽口︑逸話︑冗談﹂

などを含むとする︒そ してこれらは﹁アメリカのフォークロアにおいて最もよく知られている﹃会話ジャンル﹄︵conversationalgenres︶の

うちのいくつか﹂であり︑﹁それらよりも長く︑複雑な口頭の表現様式︵フォーク・フォーム︶︵例えば︑おとぎ話︑

叙事詩︑神話︑伝説︑バラッド等︶は︑口頭でのコミュニケーションのある特定の状況においてのみ成立する﹂

いう︒そして︑次のようにいう︒

都市伝説は︑口述の語りの下位のクラスである伝説に属する︒それは︑おとぎ話と違って︑人々が信じている

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(26)

もの︑少なくとも信じることのできるものである︒また︑それは︑神話とも違って最近出現したものであり︑古

代の神や︑半神半人ではなく︑ごく普通の人間が登場するものである︒つまり︑伝説とは口述の歴史︵フォーク

・ヒストリー︶なのだ︒あるいは︑むしろ疑似的な歴史とでも言うべきものだ

︒ 訳者はここにいう﹁口述の歴史﹂について︑﹁“oralhistory”とほぼ同義︒文字によって定着された資料をもとに︑

過去︱現在︱未来といった単線的時系列で序列化される歴史ではない︒日常の生活世界の経験として構造化されてい

る﹃もうひとつの歴史﹄﹂と注している

ここでは都市伝説は︑﹁おとぎ話﹂に対して﹁口述の語りの下位のクラスである伝説﹂として位置付けられてい

る︒﹁おとぎ話﹂が空想のものであるとすると︑伝説は﹁人々が信じているもの︑少なくとも信じることのできるも

の﹂という属性をもつものであり︑﹁口述の歴史﹂﹁疑似的な歴史﹂であると捉えている︒すなわち︑ブルンヴァンの

考える都市伝説は︑伝説legendであるとともに歴史historyとしての属性を強く持つという︒都市伝説は﹁おとぎ

話﹂との連続性が問題になるよりも︑むしろ異質性や断絶性が問題となっている︒

このように辿ってくると︑ブルンヴァンのいう都市伝説は︑modern︑contemporary︑urban︑fork−loreという四つの

属性をもつとすれば︑さらに都市伝説と世間話は︑伝えられる出来事がまさに

!ありうる事

"と捉えられている点に

おいて共通する︒一方︑都市伝説は都市の秩序の明るい部分に対する影の部分として︑建前や秩序の裏側にうす気味

の悪いものが働いていることが︑実は﹁本当のこと﹂なのだというような﹁秘密﹂︱隠された真実を伝える説話であ

ると見做せる︒

ブルンブァンのいうように都市伝説はまさに今日の時代における都市に在る﹁本当のこと﹂なのだという﹁秘密﹂ ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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(27)

の説話である︒

一方︑世間話においては出来事が過去のことであるか︑現在のことであるかは問われない︒内容に対する興味も多

様であり︑もっと自由な伝承といえる︒

また︑都市伝説の主人公は基本的に無名性を特徴とする︒伝承する担い手も無名の存在である︒世間話も同様であ

る︒

そのことからすると︑都市伝説との違いは何か︒今考察の対象とする世俗説話は基本的に都市の物語である︒物語

の舞台が都市であるというよりも説話を語るまなざしが都市のものである︒世俗説話にも無名の存在を主人公とする

ものもあるが︑多くは過去の名のある存在であることが多い︒世俗説話が伝えるのは基本的に過去の出来事である︒

伝えられる過去の出来事が︑現在にとって価値や意味をもつとするところに特質がある︒説話は︑憧憬や共感︑侮蔑

や嫌悪を担いうる人物の言動のもたらす出来事を伝えることによって︑規範や倫理︑あるべき理想や理念など精神

的︑内面的な価値や意味を伝えようとするところに特徴がある︒

︵六︶﹁噂話﹂の概念

もう一つの類概念が噂話である︒

すでに周知のとおりエドガール・モランは︑試着室で女性が行方不明になり︑実はそれが誘拐であったという噂話

について論じた︒モランは﹁女性の秘密売買の摘発をのべたある雑誌記事﹂が﹁オルレアンの事件の起源﹂であると

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(28)

いう︒そしてどのようにして﹁起源となる事件から︑疑似ニュース的な神話的な物語が増大し︑ふくれあがっていっ

たのだろうか﹂と問う

はさ事件の大部分︑うその地方に固有なわの︒知そして﹁私たちがる方に至ったこれら地も

の︑孤立したもの︑偶然的なものにすぎない︑貧弱な神話の物語を形づくるものではなくて︑都市化の現象が進展し

ているところではどこでも広まりうる︑社会生活全体の一部分を構成する集合的無意識の深部に根をもつものと思わ

れる﹂という︒そのように︑噂話が増殖し形を整えていく基盤が特に﹁都市化﹂と︑社会の﹁集合的無意識﹂にある

ことを指摘する

わて︑﹁神話にかかる摘事件のすべては二つし指︒とモランはこの噂話人を種問題とのかかわりの

レベルをふまえて生じてくるかのように思われる﹂といい︑﹁第一のレベルはマス・メディアとうわさに共通のレベ

ル﹂があるとともに︑﹁神話の第二のレベルは︑マス・メディアと関係せず︑うわさにだけ関係する︒ここで︑潜在

的な反ユダヤ主義が問題となるのだ﹂という

﹂で味意の重二﹁がのもういと拐︒誘性女﹁に話噂はンラモにらさ人

の心をひきつけてやまないもの﹂であるという︒

女性誘拐は社会的な底辺によどんでいる犯罪人・前科者たちにともなっている魅力と︑性的なことから生じて

くる誘引力とを︑隠された同一の源泉においてむすびつけている︒この隠された源泉とは︑人間のうちにある原

初的な衝動︑つまり攻撃的でもあり性的なものでもある衝動の地点であり︑ここで結びついている︒全く秩序立

てられた社会生活と道徳の意識=超自我とが︑つねにこの衝動を抑制する

そのようにモランは︑﹁女性誘拐﹂がありふれた︑類型的なモティフでありながら︑噂話の有効性を保証する基盤が

どのようなものであるかを説明しようとする︒噂話の生成が︑人種問題や政治的な基盤をもつとしつつ︑﹁人間のう

ちにある原初的な衝動﹂の深みにまで及ぶことを指摘する︒さらに︑﹁試着室﹂という場所の属性にも及ぶ

すな︒ 世研の﹂話説俗語﹁﹄物遺拾治宇﹃究

― 100 ―

(29)

わち︑﹁試着室は︑若い女性たちが自らを誘拐の根源や欲望の対象そのものへと変換させていく︑エロティックな色

あいを帯びさせていく場所であるとともに︑着物を脱いで裸になった姿態とその変身とがいく千とない妄想イメージ

をよびこんでくるような夢のなかの場所︑欲望がうずまく誘惑の場所でもある﹂という

そしてモランはオルレアンの噂話の基盤となった都市について︑次のようにいう︒

あらゆるレベル︵伝統的ブルジョワジー︑あるいは自由主義的ブルジョワジーの影響力︑がんじょうな社会的

階層構造︑古いモラルに監視されていた社会的慣習など︶の古い構造を解体していく都市︑それは入れかわるべ

き新しい構造をいまだにもつに至っていない都市でもある︒それで︑地方社会的性格を失いつつあるこの都市

は︑いまだメトロポリスの性格を備えてはいない

このように展開される噂話論を対照させるならば︑説話分析にとってどのような手がかりを得ることができるのか︒

モランは噂話における出来事の起きる場所が︑まさに都市のなかでどのような意味をもち︑人にとってどのように

働きかけるかを明らかにしよとうとしている︒そのことは︑説話分析においても︑出来事の起きる場所の意味を考え

る手がかりとなろう︒

と同時に︑説話との相違も見えてくる︒﹁オルレアンのうわさ﹂は︑同じ話型が伝承されるときに地域を異にして

いても︑すぐにある場所とむすび付けられて流布し︑実際に起きたこととして恐怖を引き起こすところに特徴があ

る︒モランのいう噂話は︑日本における世俗説話の中では︑悪所など特定の場所をめぐる説話と対照しうるものであ

るにちがいない︒

さらに具体的にいえば日本古代・中世の説話集の基盤は︑おそらくオルレアンよりもはるかに成熟した都市︱天皇

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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の都である平安京から︑京洛さらに京都へと変容して行く極東の歴史的都市である︒個々の説話集の成立は︑基盤と

して都市の変容の各過程に対応しているはずである︒したがって説話の主人公の背負う固有名詞も︑歴史性を帯びる

ゆえに注目する必要がある︒噂話はもともと秘密を共有することを前提とする閉ざされた特性をもつのに対して︑説

話集の説話には︑読まれることを期する開かれた特性があるということも際立ってくる︒

︵七︶民俗学における都市伝説の研究

おそらくこのような隣接する領域の諸研究を踏まえつつ︑宮田登氏は次のようにいう︒

都市伝説は︑都市の日常生活の中で起こるさまざまな奇怪で不思議な出来事についてのうわさ話を主たる内容

としている︒うわさ話ほど不確定的な要素はないにもかかわらず︑もっともらしくそれらは語られるのである︒

うわさ話の作者は不明であるが︑井戸端会議とか職場のパーティ︑会社や学校などが伝承母体となっている︒

うわさの特徴は︑伝承のプロセスにおいてもいつも新しい脚色が加わっていくことであり︑しかもそれらがし

だいに現実化されるという傾向がある︒それはラジオやテレビのかっこうな素材にもなっており︑やがてそのう

わさが真実かもしれないと信ずる者がでてくる︒語り手が知人であったり︑ごく身近の人びとであって︑さらに

ふつうにつき合っている人びとがうわさ話の登場人物になるにおよんでその真実性はさらに強まってくる︒

話の内容は増殖していき︑やがて定着し︑類型的になってくる︒こうしたプロセスを経た話を都市伝説とする

ことにはまだ異論があると思われるが︑現代の情報化社会にあっては︑マスメディアを利用してうわさの増幅し ﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

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ていのプロセスのあり方に︑以前のムラのうわさ話のあり方とはちがいがあることに気づかれるだろう︒

これまでの伝説の概念からいうと︑文化叙事や自然説明という︑これまでの分類の基準だけでは律しきれない

要素が情報化社会には派生しているのである︒それは情報行動の特殊な形態なのであり︑都市伝説の中核になっ

ているうわさ︑あるいは流言は︑元来制度的なコミュニケーションのプロセスとして位置づけられている︒

都市が語り出すフォークロアは︑じつにさまざまであって︑定型がないという特徴がある︒﹁都市伝説﹂のジ

ャンルは︑従来の民俗学では﹁世間話﹂と重なりあう部分が多かった

宮田氏は︑都市伝説を﹁都市の日常生活の中で起こるさまざまな奇怪で不思議な出来事についてのうわさ話﹂と見

る︒そして﹁もっともらしく﹂語られるという︒宮田氏にとって都市伝説は噂話と同義である︒すなわち﹁しだいに

現実化されるという傾向﹂があり︑﹁うわさが真実かもしれない﹂と信じられるようになり︑﹁語り手﹂﹁登場人物﹂

が身近の人であると﹁その真実性はさらに強まってくる﹂ことになるという︒宮田氏は︑﹁話の内容﹂の増殖ととも

に﹁類型的になってくる﹂傾向のあることを指摘する︒もともと類型化は陳腐に堕することではなく︑話型をもって

整えられ︑むしろ伝承としての力を獲得して行くことではなかろうか︒そして宮田氏は特に﹁現代の情報化社会﹂を

基盤として﹁うわさの増幅していのプロセス﹂があるところに﹁以前のムラのうわさ話﹂との相違のあることをいう︒

あるいは宮田氏は次のようにいう︒

都市伝説として語られていくと︑だんだんストーリーが整えられてきて︑新たに主人公を生み出してくる︒そ

してさらにその主人公を通して語られる話になる︒都市が持っている性格が︑そうしたストーリーを作り上げて

いくということが推察されるのである︒これはアメリカの都市伝説として提出されたものであるが︑この素材は

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﹃宇治拾遺物語﹄﹁世俗説話﹂の研究

(32)

日本の民俗学にとっても新鮮な示唆をあたえるものといえよう

宮田氏の説くように︑ストーリーが整えられて行くことや主人公の誕生こそ︑話型の成立の具体的な様相に他ならな

い︒

しかるに︑一方で宮田氏は﹁都市が語り出すフォークロア﹂は﹁定型がないという特徴﹂を指摘している︒ここに

いう﹁定型﹂とはどのようなものだろうか︒宮田氏は︑﹁都市伝説﹂﹁うわさ話﹂﹁世間話﹂をほぼ重ね合わせて捉え

ているように感じられる︒宮田氏が﹁都市伝説﹂のジャンルを﹁従来の民俗学﹂にいう﹁﹃世間話﹄と重なりあう部

分が多かった﹂

える︒都市伝説を支るに型というものが本当なとと氏するならば︑宮田のこ論旨は矛盾してくるは

存在するのではないか︒

さらに宮田氏の所見について︑次に論点となるべきは︑アメリカ社会における伝承としてモデル化された都市伝説

を日本の伝承の問題として移してくるときに問題はないのか︒都市は農村と対立するものと捉えられているのかとい

う問題である︒宮田氏のいうモティフ︑たとえば︑

都市というものは︑自らの環境にふさわしくない存在を排除していこうとする営みをもっており︑そうした意

味で都市の語りだす伝説のモチーフのなかに︑異物排除の発想をよみとることができるのである

という︒そのような発想やモティフは必ずしも都市的であることに限られるものではない︒

都市社会のなかで語られるフォークロアには︑なんらかの形で文化伝統を伴っているのであり︑たとえば︑典

型的な﹁都市伝説﹂のなかに表われていた異物排除の志向がある︒それを民俗用語の﹁ケガレ﹂にあてはめて説

明することは︑かなり妥当性があるように思われる

︒ 研の﹂話説俗世﹄﹁語物遺拾治宇﹃究

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参照

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