• 検索結果がありません。

孤立話から見る『宇治拾遺物語』の特質 : 仏教の 世俗化と本覚思想

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "孤立話から見る『宇治拾遺物語』の特質 : 仏教の 世俗化と本覚思想"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

孤立話から見る『宇治拾遺物語』の特質 : 仏教の 世俗化と本覚思想

著者 廣田 收

雑誌名 同志社国文学

号 81

ページ 67‑78

発行年 2014‑11‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014306

(2)

孤 立 話 か ら 見 る ﹃ 宇 治 拾 遺 物 語

﹄ の 特 質

仏 ︱

教 の 世 俗 化 と 本 覚 思 想

廣 田

はじ めに 概観 する に︑

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ には

︑( 一) 古代 イン ドの ジャ ータ カか ら発 して 中国 の仏 典な どに 多数 の出 典を 有す る説 話群 があ る

︵五 色鹿

︑留 志長 者︑ 僧伽 多な ど︶

︒こ れら は仏 教の 伝播

・受 容と 日 本化 とい う課 題が 予想 され る︒ また

︑( 二) 外国 の文 献と して の出 典 は知 られ ては いな いが

︑﹃ 今昔 物語 集﹄ と 同一 説話 を共 有す る 説話 群が ある

︵袴 垂︑ 鼻高 き僧

︑元 輔落 馬な ど︶

︒こ れら はお そら く共 通の 祖で ある と指 摘さ れる こと の多 い﹃ 宇治 大納 言物 語﹄ との 関係 が問 われ るも ので ある

︒こ れら が日 本に おい て生 成さ れた 説話 であ る可 能性 は高 いが

︑仏 教説 話と 世俗 説話 との 相違 が課 題と して 予想 され る︒ さら に︑ (三 )直 接的 な出 典の 明ら かで な 説話 が多 数 存在 する

︒そ の中 には

︑成 立過 程や 伝播 論な どの 問題 を留 保し て言

えば

︑昔 話と 同 を共 有す る話 群が ある

︵瘤 取翁

︑腰 折雀

︑博 徒婿 入な ど︶

︒こ れら はジ ャン ルは 異な るに して も︑ 話型 を媒 介に 比較 を試 みる こと が可 能で ある

︒い ずれ にし ても

︑所 収の 説話 は︑ 出典 や同 一説 話︑ 類似 説話 を比 較対 照さ せる こと によ って

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質 を明 らか にす るこ とが 有効 であ る

︒ とこ ろが

︑さ らに (四 )同 一説 話の 存在 も類 似説 話の 存在 すら も知 られ てい

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄だ に伝 わる 説話 があ る

︒た だ︑ これ らは 言葉 の正 しい 意味 で﹁ 孤立

﹂し てい ると いう こと は考 えに くい

︒こ こで は他 に類 話の 存在 が知 られ てい ない とい うこ とを もっ て﹁ 孤立

﹂し てい ると いう 意味 で︑ これ を鍵 括弧 付き の意 味で

﹁孤 立話

﹂と 呼ん でお くこ とに した い︒ なぜ 孤立 話に 注目 する かと いえ ば︑ この よう な孤 立話 は︑

﹃宇 治 拾遺 物語

﹄だ けに 存在 する とい うこ とに おい て︑ まさ に﹃ 宇治 拾遺 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

六七

(3)

物語

﹄の 独自 性を 体現 する もの であ り︑ 孤立 話の うち に﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質 は集 約さ れて いる ので はな いか と愚 考す るか らで ある

︒ その よう な問 題意 識か ら︑ ひと つの 事例 とし て︑ 第一 五四 話﹁ 貧俗 観仏 性富 事﹂ を検 討し てみ たい

︒ 一 問題 点の 所在 第一 五四 話の 本文 は次 のよ うで ある

︒ 今は 昔︑ 唐の 辺州 に一 人の 男あ り︒ 家貧 しく して 宝な し︒ 妻 子に 養ふ に力 なし

︒も とむ れど も得 る事 なし

︒か くて 年月 を経

︒ 思ひ わび て︑ ある 僧に あひ て︑ 宝を 得べ き事 を問 ふ︒ 智恵 あ る僧 にて

︑こ たふ るや う︑

﹁汝

︑宝 を得 んと 思は ば︑ たゞ

①実 の心 をお こす べし

︒さ らば 宝も 豊に

︑後 世は 良き 所に 生ま れな ん﹂ とい ふ︒ この 人︑

﹁② 実の 心と はい かゞ

﹂と 問へ ば︑ 僧の 云︑

﹁③ 実の 心を おこ すと いふ は︑ 他の 事に あら ず︒ 仏法 を信 ずる 也﹂ とい ふに

︑又 問ひ て云

︑﹁ それ はい かに

︑た しか にう け給 りて

︑④ 心を 得て

︑た のみ 思て

︑二 なく 信を なし

︑た のみ 申さ ん︒ うけ たま はる べし

﹂と いへ ば︑ 僧の いは く︑

﹁⑤ 我心 はこ れ仏 也︒

⑥我 心を はな れて は仏 なし と︒ しか れば

︑⑦ 我心 のゆ ゑに

︑仏 はい ます なり

﹂と いへ ば︑ 手を すり て︑ 泣く 〳〵 拝み て︑ それ

より 此事 を⑧ 心に かけ て︑ 夜昼 思け れば

︑梵

︑尺

︑諸 天来 りて まも り給 けれ ば︑ はか らざ るに 宝出 きて

︑家 の内 豊に なり ぬ︒ 命終 るに

︑い よ〳 〵⑨ 心︑ 仏を 念じ 入て

︑浄 土に すみ やか に参 りて けり

︒ この 事を 聞き 見る 人︑ たふ とみ あは れみ ける とな ん

︒ 本説 話の 概要 を︑ 説明 を加 えつ つ辿 って おこ う︒ 貧し い男 が﹁ 思ひ わび て﹂ 僧某 に﹁ 宝を 得べ き事

﹂を 尋ね る︒ 男 の願 いは きわ めて 現実 的な もの であ り︑ 妻子 を養 い︑ 蓄財 をな すこ とで あっ た︒ とこ ろが

﹁智 恵あ る僧

﹂は

︑﹁ 宝﹂ の意 味を ず

︒ それ こそ 説法 とい うも ので ある

︒曰 く﹁ 汝︑ 宝を 得ん と思 はば

︑ たゞ

①実 の心 をお こす べし

︒さ らば 宝も 豊に

︑後 世は 良き 所に 生ま れな ん﹂ と︒

①﹁ 実の 心﹂ を持 て︑ そう すれ ば財 宝も 豊か にな るし

︑ 来世 も極 楽に 行け る︑ とい うの であ る︒ 現実 的︑ 実利 的に 儲け る方 法か ら考 える な︑ まず

①信 仰を 持て

︑と

︒信 仰と は︑ 浄土 系の 立場 に立 てば

︑そ もそ も来 世へ の願 い︑ 極楽 浄土 を欣 求す るこ とで ある はず であ る︒ それ を中 心に 据え て考 え方

︑生 き方 を根 本か ら変 えろ とい うわ けで ある

︒男 が︑ それ では

②﹁ 実の 心﹂ とは どう いう もの なの かと 尋ね ると

︑僧 は③

﹁実 の心 をお こす

﹂と いう こと は︑

﹁仏 法を 信ず る﹂ こと であ ると いう

︒男 は︑ わか った

︑④

﹁心 を得 て﹂ つま り﹁ 仏を 頼み

︑一 心に 信仰 し︵ 仏を

︶頼 みた い﹂ とい う︒ する

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

六八

(4)

と︑ 僧は

﹁⑤ 我心 はこ れ仏 也︒

⑥我 心を はな れて は仏 なし

︒し かれ ば︑

⑦我 心の ゆゑ に︑ 仏は いま すな り﹂ と言 い放 つ︒ それ 以降

︑男 が⑧ 信仰 心を 昼夜 を問 わず 持ち 続け ると

︑梵 天・ 帝 釈な ど諸 天が 男を 護り

︑思 いが けな く財 宝を 得て

︑家 内は 裕福 にな った とい う︒ それ で男 はま すま す⑨ 信仰 心を 深め

︑仏 を念 じて 死し て極 楽に 赴い たと いう

︒こ の事 を聞 き見 る人 は︑ 尊く 思い 感激 した と伝 える

︑と いう もの であ る︒ この 説話 が興 味深 いの は︑

﹁仏 教的

﹂な 装い をも ちな がら

︑ま さ に﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄独 の世 俗説 話で ある こと にあ る︒ 例え ば︑ 新 大系 は︑ 次の よう に批 評す る︒ 本話 は仏 教説 話と 同じ 骨格 を持 ちな がら も︑

﹁宝 出き て︑ 家 の内 豊に

﹂と ある 通り

︑世 俗生 活で の富 裕︑ 幸福 も否 定し てい ない

︒仏 教説 話の ある 種の 堅苦 しさ から のが れて いる とい える

︒ 一五 二話 から 本話 まで 中国 説話 が連 続す るが

︑孔 子と 問答 した 童の 質問 には 単純 さ︑ 素朴 さが あっ たし

︑鄭 大尉 の孝 心に は素 直な 純朴 さが あっ た︒ 本話 には 至醇 な信 仰が うか がえ

︑三 人の 人物 のあ りよ うは 通底 して いる とい えよ う

︒ 新大 系は

﹁仏 教説 話の あ 堅苦 しさ から の

﹂と い う︒ 興味 深い 指摘 であ る︒ ただ

︑そ うで ある なら ば︑ 本説 話の 主張 する とこ ろは

﹁至 醇な 信仰

﹂と いう だけ でよ いだ ろう か︒

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が本 説話 を平 安京 のも のと して 描く ので あれ ば︑ 厭離 穢土

・欣 求浄 土と いう 浄土 系の 思想 から する と︑ 現世 を否 定し 来世 に救 いを 求め るこ とは

︑本 説話 の内 容は なじ まな いも のと なる

︒ なぜ なら

︑本 説話 にあ って は︑ 現世 の幸 福と

︑次 元の 異な る来 世の 救済 とは 同一 線上 にあ るか らで ある

︒ 二

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立時 期と 宗教 思想 ここ で問 題に なる のは

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 成立 時期 と︑ 成立 基 盤で ある

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立時 期に つい ては

︑一 般に 鎌倉 初期 とさ れ る︒ 例え ば︑ 中島 悦次 氏は

︑一 二一

〇~ 一二 一五 年頃 とす る︒ 新大 系は

︑﹃ 古事 談﹄ を出 典と する こと から

︑成 立の 上限 を︑ 建暦 二

︵一 二一 二︶ 年か ら建 保三

︵一 二一 五︶ 年頃 と推 定し てい る

︒ それ では

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄は 鎌倉 新仏 教の 洗礼 を受 けて いる の か︒ ある いは

︑鎌 倉新 仏教 の勃 興を 背景

︵基 盤︶ とし て﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄は 成立 して いる のか

︒簡 単に 一覧 して みよ う︒ (生 没年 )

(出 来事 ) 法然 一一 三三

~一 二一 二年

︒ 一一 七五 年︑ 浄土 宗を 開く

︒ 栄西 一一 四一

~一 二一 五年

︒ 一二

〇一 年︑ 建仁 寺を 建立

︒ 新鸞 一一 七三

~一 二六 二年

︒ 一二

〇一 年︑ 法然 の弟 子と 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

六九

(5)

なる

︒ 道元 一二

〇〇

~一 二五 三年

︒ 一二 四三 年︑ 永平 寺を 建立

︒ 日蓮 一二 二二

~一 二八 三年

︒ 一二 五三 年︑ 日蓮 宗を 開く

︒ 何度 考え ても

︑私 には

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が特 の影 響を 直 受け たと する 確証 が持 てな い︒ むし ろ﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄が 鎌倉 新仏 教の 隆盛 に向 かう 時代 の空 を同 じく 呼吸 した であ ろう こと を想 像 する だけ であ る︒ むし ろ︑ この 説話 は︑ 民間 信仰 的な 習合 が認 めら れる ので あっ て︑ 明確 な仏 教的 立場 をと って い とい うこ とを い うべ きで あろ う︒ なぜ かと いう と︑ 本説 話は

︑富 や財 を得 よう とす れば

︑商 才や 策 を弄 する こと を考 えて はい けな い︒ むし ろ﹁ 実の 心」

=仏 法を 信じ よ︑ 信仰 をも って 生き ろ︑ とい う︒ 此界 のこ とは 知ら ず︑ 現世 にお いて 生き て行 くた めに は信 仰を 旨と せよ とい う︑ 逆転 の発 想の 必要 を述 べて いる よう に思 う︒ もう 少し 言え ば︑ 世 の倫 理を 説い てい ると みえ る︒ 例え ば︑ 五悪 は︑ 世俗 者の 守る べき 戒律 であ るが

︑考 えて みれ ば︑ そん な厳 しい 戒律 は守 れる はず がな い︑ とい うの が当 時の 常識 とい うべ きも のだ ろう

︒ 私が 興味 をも つの は︑

﹁我 心は これ 仏也

﹂以 下の 僧の 言葉 であ る︒ この 表現 につ いて

︑従 来の 注釈 は︑ 例え ば旧 大系 は︑ 観無 量寿 経に

﹁諸 仏如 来是 法界 身︑ 入一 切衆 生心 想中

︒是 故

汝等 心想 仏時

︒是 心即 是三 十二 相随 形好

︒是 心作 仏是 心是 仏﹂ とあ り︑ 天台 疏に は﹁ 是心 作仏 者︒ 仏本 是無

︒心 浄故 有︒ 亦因 三昧 心終 成作 仏也

︒是 心是 仏者

︒向 開仏 本是 無︒ 心浄 故有 便謂 条然 有量

︒故 言即 是︒ 心外 無仏 亦無 因也

﹂と ある

︒ と仏 典を 挙げ る︒ さら に︑ 新大 系は 旧大 系を 踏ま えて

︑﹃ 観無 量寿 経﹄ に﹃ 華厳 経﹄ を加 えて 次の よう に言 う︒ 観無 量寿 経に

﹁諸 仏如 来是 法界 身︑

︵略

︶是 心作 仏是 心是 仏﹂ とあ り︑ 僧の 言葉 はこ の趣 旨に 添う

︒ま た﹁ 華厳 経曰

︑三 界唯 一心

︑心 外無 別法

︑心 仏及 衆生

︑是 三無 差別

﹂︵ 観心 略要 集︶ とも かか れ︑ 唯識 教学 では 根本 的な 思想 とな って いた

︒ 前者 の指 摘す る﹃ 観無 量寿 経﹄ の一 節は

︑釈 尊が 弟子 の阿 難と 夫人 韋提 希と に告 げて 次の よう に説 く条 であ る︒ 仏告

阿 難及 韋提 希

︒見

此 事

已︒ 次当

︒所 以者 何︒ 諸仏 如来 是法 界身

︒遍 入

一切 衆中 心想 中

︒是 故汝 等心 想

仏時

︒ 是心 即是 三十 二相 八十 形好

︒是 心作

仏 是心 是仏

︒諸 仏正 遍知 海従

心 想

生︒ 是故 応

当一 心繋

念 諦観

彼 仏多 陀阿 伽度 阿羅 呵三 貘三 仏陀

︵以 下略

︶ また

︑後 者の 指摘 する

﹃観 心略 要集

﹄は

︑周 知の よう に源 信の 著 作で あり

︑﹁ 理観 と称 名と が究 極的 には 円融 する と説 く﹂ こと が

﹁本 書の 要旨

﹂で ある とい う︒ すな わち

﹁観 心を 念仏 の究 極で ある

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七〇

(6)

とし

︑天 台教 学の

﹃止 観﹄ の上 に念 仏を 位置 づけ た﹂ もの とい う

︒ 改め て﹃ 観心 略要 集﹄ の本 文を 読む と︑

﹁観 法﹂ が﹁ 諸仏 之秘 要︒ 衆教 之肝 心也

﹂で ある とし て︑ 第一 に﹁ 娑婆 界過 失﹂ を挙 げる

︒さ らに 第二 に﹁ 念仏

﹂に 寄せ て﹁ 観心

﹂を 明ら かに する こと を挙 げる

︒ この 第二 の命 題に つい ての 注釈 とし て︑

﹁釈 尊勧 曰﹂

﹁弘 決云

﹂﹁ 釈 籤云

﹂と 諸書 を引 き注 解を 加え て行 く︒ すな わち

︑ 釈籤 云︒ 如

夢 中

因感

︒夢 事宛 然即 仮也

︒︵ 略︶ 修 性不 二︒ 万法 唯心

︒以

之 可

悟︒ 諸法 万差 無

一心

︒ 華厳 経 曰︒ 三界 唯一 心︒ 心外 無

別法

︒ 心仏 及衆 生︒ 是三 無

差別

云 云︒ 義例 云︒ 唯於

万 境

観於

一 心

︹考

・一 本作 観一 念心

︺万 境雖 殊妙 観理 等云 云︒ 止観 云︒ 如

微塵

大 千経 巻

︒恒 沙 法一 心中 暁云 云︒ 起信 論云

︒三 界ハ 虚偽 ニシ テ唯 心ノ 所作 ナリ

︵以 下略

︶ と続 いて 行く

︒ 説話 の本 文解 釈に あた って

︑問 題は 恣意 的な 読み の暴 走を どの よ うに して 抑制 する かで ある

︒と 同時 に︑ 注釈 の孕 む陥 穽を どう 警戒 する かで ある

︒す なわ ち︑ この 場合 であ れば

︑説 話の 表現 を仏 典に 還 する こと によ って

︑説 話の 独自 性︑ 個体 性が 等閑 視さ れか ねな いと いう こと を︑ 私は 懼れ る︒ 表現 の淵 源を 辿れ ば︑ いず れ典 拠は 観経 や観 集な どに 至る ので あろ うが

︑説 話の 表現 は︑ むし ろ仏 説よ

りも 本朝 にお ける 世俗 の受 け止 め方 を示 して いる とみ るべ きだ ろう

︒ 説話 にお いて

︑僧 の言 うと ころ によ れば

︑﹁ 実の 心﹂ とは

﹁仏 法 を信 ずる

﹂こ とと 同義 であ る︒ そこ で男 は﹁ 仏法 を信 ずる

﹂心 を起 こし

︑﹁ 二な く信 をな し﹂ たい と誓 う︒ さら に︑ 僧は

﹁我 心は これ 仏也

﹂で あり

︑﹁ 我心 のゆ ゑに

︑仏 はい ます なり

﹂と 言う

︒ ここ に仏 教教 化に おけ る単 純化

︑世 俗化 があ る︒

﹁実 の心

﹂は

﹃今 昔物 語集

﹄に いう

﹁至 誠心

﹂に 対応 する であ ろう

︒し かる に︑ 本説 話で は﹁ 仏法 を信 ずる

﹂と いう こと に単 純化 され てい る︒ つま り︑ 簡潔 に説 とい う意 味で 世俗 化が 認め られ る︒ しか も︑ 僧 は自 分が

︑僭 越な がら 仏で ある とま でい うと みえ る︒ すで に田 村芳 朗氏 は︑ 大乗 仏教 にお いて

﹁心 性本 浄が 強調 され た﹂ こと を指 摘し

︑﹁ 心を 強調 した 例﹂ とし て﹃ 維摩 経﹄ の﹁ 随

其 心浄

則 仏土 浄﹂

︵﹃ 新修 大正 大蔵 経﹄ 第一 四巻 五三 八頁

︑下 段︶ を 挙げ

︑﹃ 華厳 経﹄ にお ける

﹁唯 心な いし 一心 の強 調﹂ を指 摘さ れて いる

︒田 村氏 は︑

﹃観 心略 要集

﹄︵ 伝源 信︶ の﹁ 己心 見

仏身

︒ 己心 見

浄土

︵﹃ 日本 仏教 全書

﹄第 三一 巻︑ 一六 一頁

︶な どを 挙げ

﹁凡 夫の 己心

・一 心に 仏を 見︑ 浄土 を観 ずる とい うこ と﹂ で﹁ 仏と 凡夫 の空 間的 へだ たり を埋 めつ くし たも の﹂ であ ると とも に︑

﹁一 念に たち まち にし て仏 がつ かま れる とい うこ と﹂ を意 味す ると いう

︒つ まり

︑上 記の よう な思 考は

︑注 釈の 指摘 する 唯職 を否 定す るも ので 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七一

(7)

はな いが

︑む しろ 日本 的な 本覚 思想 のも のと 見る ほう が適 切で はな いだ ろう か︒ 田村 氏の 述べ るよ うに

︑親 鸞・ 道元

・日 蓮た ちの 活躍 する 鎌倉 新 仏教 の時 代と

︑天 台本 覚思 想と の関 連に 注意 する 必要 があ ると いう 指摘 は︑ こと

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立す る鎌 倉初 期の 思想 的基 盤と して も留 意さ れる 必要 があ る︒ 例え ば親 鸞に 即し て田 村氏 は︑

﹃末 燈鈔

﹄﹁ 信心 まこ とな る人 をば 仏と ひと しと もま ふす

﹂に 仏凡 一如 を︑

﹃教 行信 証﹄ 信巻 に﹁ 一切 衆生 悉有 仏性

﹂を 取り 上げ てい るこ とに 注目 する

︒か くて

﹁天 台本 覚思 想は 生死

・無 常の 実存 的現 実の みな らず

︑無 明・ 煩悩 の日 常的 現実 まで をも 肯定

﹂す るこ とに 至っ た︒ そこ には

﹁仏 教以 外の 思 想﹂ が関 与し てい るこ と︑ すな わち

﹁日 本思 想﹂ があ ると いう

︒ 本説 話を 読む 上で

︑こ のよ うな 指摘 は極 めて 重要 であ る︒ およ そ 外来 の仏 教が 日本 に浸 透す る過 程で

︑思 想的 基盤 とし ての 在来 の思 想と 習合 して 行く こと を余 儀な くさ れた こと は否 定で きな いで あろ う︒ 私は

︑日 本仏 教︑ 特に 鎌倉 仏教 にお いて

︑各 宗派 の宗 祖が 神格 化さ れ尊 格と 並び 称さ れる とこ ろに

︑も っと 古い 日本 的な 思考 が働 いて いる と見 る︒ それ は︑ 神を 祭祀 する 祭祀 者が

︑神 格化 され ると いう 構造 であ り︑ 古く 辿れ ば﹁ みこ とも ち﹂ の思 想で ある

︒す べて の教 義や 教理 を措 いて

︑こ れほ ど簡 潔に 信仰 を述 べお おせ たと ころ

に︑ 日本 的で 中世 的な 日本 仏教 のあ りか たが 示さ れて いる だろ う︒ 極論 すれ ば︑ キリ スト 教で は︑ 神は あく まで 人の 外に あり

︑絶 対的 な他 者で ある

︒と ころ が︑ 僧は 私の 中 仏性 があ る︑ 私の 心を 離れ て仏 はな い︑ だか ら私 の中 に仏 が在 る︑ とい う︒ ここ にい う⑤

⑦﹁ 心﹂ とは 感性 であ り︑ 認識 の謂 であ る︒ 三

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ にお ける

﹁心

﹂の 意味 ここ にい う﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 表現 の﹁ 心﹂ と︑ 仏典 の﹁ 心﹂ と は果 たし て同 義で あろ うか

︒本 説話 にお いて 繰り 返し 用い られ る

﹁心

﹂と いう 語は

︑説 話解 読の 鍵で ある

︒こ の理 解を 検証 する ため に︑ 話末 評語 だけ に限 定せ ず︑

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の全 体に わた って

﹁心

﹂と いう 語が

︵複 合語 では なく

︶単 独で 用い られ るす べて の用 例を 検索 して みた

︒す ると

︑﹁ 心﹂ の語 義は

︑お 次の よう に 分類 する こと がで きる

︶ 慣用 的表 現

︶ 心情

・気 持ち

・気 分の 意

︶ 分別

・判 断・ 考え の意

︶ 心の 持ち 方・ 人の 器の 意

︵ઇ

︶ 仏教 的な 認識

・宗 教的 思惟

︶ 意義

・意 味の 意

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七二

(8)

この 中で

︑今 問題 とす る︑ 信仰 の義 で用 いら れる 事例 は( ) であ る︒ すな わち

︑次 のよ うな 事例 であ る︒

○そ れが 和泉 式部 がり 行き て臥 した りけ るに

︑め ざめ て︑ 経を 心を すま して 読み ける ほど に︑

︵第 一話

﹁道 命阿 闍梨 於和 泉式 部許 読経 五条 道祖 神聴 聞事 )

○い ささ か帰 依の 心を いた して

︵第 四四 話﹁ 多田 新発 意郎 事﹂ )

○い ささ かわ れに 帰依 の心 のお こり し功 によ りて

︵第 四四 話﹁ 同﹂ )

○道 心の おこ りけ れば

︑よ く心 をか ため んと て︑

︵第 五九 話﹁ 三川 入道

︑遁 世事

﹂)

○心 を西 方に かけ んに は︑ なん ぞ心 ざし をと げざ らん

︒ (第 七三 話﹁ 範久 阿闍 梨西 方を 後に せぬ 事﹂ )

○た のも しき が︑ 心の くち をし くて

︵第 八五 話﹁ 留志 長者 事﹂ )

○目 に見 えぬ もの なれ ど︑ 誠の 心を いた して うけ とり けれ ば︑ (第 八六 話﹁ 清水 寺二 千度 すぐ 六に 打入 事﹂ )

○﹁ よし なし

︒さ る無 仏世 界の やう なる 所に 帰ら じ︒ こゝ にゐ なん

﹂と 思ふ 心付 きて

︑東 大寺 とい ふ所 にて 受戒 せん と思 て︑

︵第 一〇 一話

﹁信 濃国 聖事

﹂)

○﹁ 心の よく 誠を いた して

︑清 く書 奉り たる 経は

︑さ なが ら王 宮に 納ら れぬ

︒汝 が書 奉た るや うに

︑心 きた なく

︑身 けが ら はし うて 書奉 りた る経 は︑ 広き 野に 捨て 置た れば

︑そ の墨 の︑ 雨に 濡れ て︑ かく 川に て渡 る也

︵第 一〇 二話

﹁敏 行朝 臣事

﹂)

○あ りつ る有 様︑ 願を おこ して

︑そ の力 にて ゆる され つる 事な ど︑ あき らか なる 鏡に 向た らん やう にお ぼえ けれ ば︑ いつ し か我 力付 て︑ 清ま はり て︑ 心清 く四 巻経 書き 供養 し奉 らん と 思け り︒

︵第 一〇 二話

﹁同

﹂)

○猶 もと の心 の色 めか しう

︑経 仏の 方に 心の いた らざ りけ れば

︑ 此女 のも とに 行︑ あの 女け しや うし

︑い かで よき 歌よ まん と 思け る程 に︑

︵第 一〇 二話

﹁同

﹂)

○暫 の命 を助 けて 返さ れた りし かど も︑ 猶心 のを ろか に怠 りて

︑ その 経を 書か ずし て︑ つひ に失 にし 罪に より て︑

︵第 一〇 二話

﹁同

﹂)

○﹁ 今宵 の夢 に︑ 故敏 行朝 臣の 見え 給つ る也

︒四 巻経 書奉 るべ かり しを

︑心 のお こた りに

︑え 書供 養し 奉ら ずな りに し︑ そ の罪 によ りて

︑き はま りな き苦 を受 くる を︑ (第 一〇 二話

﹁同

﹂)

○此 婆羅 門の 様な る心 にも

︑あ はれ に尊 くお ぼえ て︑ 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七三

(9)

(第 一二 三話

﹁海 賊発 心出 家事

﹂)

○受 戒と げん との 心あ らば

︑送 らん

﹂と いへ ば︑ さら に受 戒の 心も 今は 候は ず︒

(第 一二 三話

﹁同

﹂)

○こ の婆 羅門 のや うな るも のの 心に

︑さ は仏 経は めで たく 尊く おは しま す物 なり けり と思 て︑ この 僧に 具し て山 寺な どへ い なん と思 ふ心 つき ぬ︒

︵第 一二 三話

﹁同

﹂)

○す こし 心の ある 者は

︑﹁ など かう は︑ 此聖 はい ふぞ

︒ (第 一三 三話

﹁空 入水 シタ ル僧 事﹂ )

○孝 養の 心︑ 空に しら れぬ

︵第 一五 三話

﹁鄭 太尉 事﹂ )

○下 の聖

︑我 ばか り貴 き者 はあ らじ と驕 慢の 心の あり けれ ば︑ 仏の にく みて

︑ま さる 聖を まう けて

︑あ はせ られ ける なり と ぞ︑ かた り伝 たる

(第 一七 四話

﹁優 婆崛 多弟 子事

﹂)

○女 犯の 心な き証 果の 聖者 なる

︵第 一七 四話

﹁同

﹂)

○身 のか ざり とし

︑心 のお きて とす るも の也

︵第 一八 三話

﹁大 将慎 事﹂ ) これ らは

︑( ) 仏教 的な 文脈 にお ける 典型 的な 事例 とい える だろ う︒ とこ ろで

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 中で

︑特 定の 教義 や教 理に 則し た 仏教 思想 では なく

︑在 地の

︵あ るい は︑ 都市 のも ので ある のか もし れな いが

︶習 合思 想に よる と考 えら れる 説話 に︑ 次の よう なも のが

ある

四 孤立 話第 一一

〇話

﹁ツ ネマ サが 郎等 仏供 養事

﹂ 孤立 話で ある 第一 五四 話に おけ る仏 教の 世俗 化と 共鳴 する 説話 が︑ これ も孤 立話 であ る第 一一

〇話 であ る︒ それ では

︑ど のよ うに 共鳴 して いる かを 検討 して みた い︒ その 概要 は次 のよ うで ある

︒昔

︑筑 前国 山鹿 庄に

﹁恒

﹂が 住ん でい た︒ その 配下 に﹁ 政

﹂と いう 郎等 がい た︒ また そこ に滞 在す る男 がい た︒ 旅の 男は

︑政 行が 造仏 供養 に際 して 自邸 に人 々を 招き 饗宴 を催 して いる と聞 き付 けた

︒旅 の男 がよ うす を尋 ねる と︑ 饗宴 は盛 大に 行う とい うの で︑ 田舎 の風 習を 不思 議な こと と思 った

︒講 師は この 旅人 の随 伴者 であ った

︒供 養に 招か れた 講師 は﹁ 何仏 を供 養し 奉る にか あら ん﹂ とと 尋ね た︒ 恒正 はな るほ どと 思い

︑政 行に 尋ね ると 分か らな いと いう

︒恒 正は 不審 に思 い︑ それ では 誰が 供養 する のか と尋 ねる と︑ 政行 は何 仏か 分か らな いが

︑私 が供 養す るの だと 答え た︒ 恒正 は政 行が 仏師 なら 知っ てい るだ ろう と言 うの で︑ 仏師 を呼 び寄 せて 尋ね ると

︑分 から ない

︑講 師が 御存 知で あろ うと 答え た︒ 実は 政行 が︑ とも かく

﹁仏 つく り奉 れ﹂ とい うの で︑ 仏師 は﹁ たゞ まろ がし らに て斎 の神 の冠 もな きや うな る物 を︑ 五頭 きざ みた て﹂ ただ けで

︑講 師に

﹁そ の仏

︑か の仏

﹂と 名前 を付 けて もら

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七四

(10)

うつ もり だっ たと いう

︒ 話末 評語 に﹁ それ を問 ひ聞 きて をか しか りし 中に も︑ 同じ 功徳 に もな れば と聞 きし

︒あ やし のも のど もは

︑か く希 有の 事ど もを し侍 りけ るな り﹂ とい う︒ これ につ いて は︑ すで に次 のよ うに 注さ れて きた

① ︒ 前話 同様

︑造 仏を めぐ る珍 談︒ ひな びた 世界 の無 智な

︑し か し︑ 愛す べき 人々 の信 仰生 活の 一端 をほ ほえ まし く伝 える

︒作 者自 身の 関与 もう かが える 一編 とし ても 注目 に値 しよ う︒

︵新 大系

)

② 前話 と同 じく

︑造 仏と 供養 に関 する 語り 手の 直接 の見 聞に 基 づく 地方 譚︒ 都の 常識 から すれ ば︑ いか にも 間の 抜け た応 答も 含ま れる が︑ 郎等 の仏 供養 に主 人ら が協 力し て事 に当 るほ のぼ のと した 田舎 の習 俗を 描い て好 まし い︒

︵新 編全 集

) また

︑高 橋貢 氏は

︑本 説話 につ いて 話末 評語 をめ ぐっ て︑ 次の よう に批 評す る︒ 恒正 のも とに 滞在 して いる 客人 や話 の書 き手 は︑ 滑稽 譚と し て扱 おう とし たの では ない かと みる

︒こ の話 末評 語に みる 話の 狙い は︑ 何仏 であ るの かも 知ら ずに 仏を 作っ て供 養し よう とす る地 方の 人の

︑素 朴で 人は よい が︑ 無知

︑ピ ント はず れな 行動

︑ 振舞 いを

︑あ から さま にい た旅 人の 視点 から とら えた とこ ろに

あろ う

︒ ここ で見 逃す こと ので きな いの は︑ 仏像 を彫 れと 言わ れて

︑仏 師 が在 来の 斎の 神の おお まか な印 象に 拠っ て造 仏し てい ると ころ であ る︒ 都に おい てで あれ ば︑ 病気 治癒 に向 けて なら 薬師 如来 を︑ 現世 利益 なら 観音 菩薩 を︑ 極楽 浄土 を願 うの なら 阿弥 陀如 来を 求め るで あろ う︒ とこ ろが

︑政 行は 全く 屈託 がな い︒ むし ろ祈 請す る対 に 興味 はな く︑ 信仰 した いと いう 気 だけ がむ やみ に熱 い︒ とこ ろ が︑ 説話 の編 者は

︑彼 等を ただ 愚か なも のと だけ 否定 して いる わけ でも な

︒信 ずる 気持 のう ちに 仏は 宿る とい う思 想こ そ︑ 仏教 本来 の思 想で はな く︑ 在来 の宗 教的 思想 に依 拠し て生 成し た日 本的 本覚 思想 だと いえ る︒ 五 孤立 話の 思想 もう ひと つ︑ 仏教 の世 俗化 を測 るの にふ さわ しい 説話 が第 一三 六 話﹁ 出家 功徳 事﹂ であ る︒ その 概要 は次 のよ うで ある

︒ これ も今 は昔

︑筑 紫国 に﹁ たう さか

﹂と いう 斎の 神が おら れた

︒ その 祠に 旅僧 が宿 りし たが

︑夜

︑馬 の足 音が して 斎の 神に 呼び 掛け る者 があ った

︒旅 僧が 聞い てい ると

︑馬 上の 物が 斎の 神に

﹁あ す武 蔵寺 に︑ 新仏 いで 給べ しと て︑ 梵天

︑帝 釈︑ 龍神 あつ まり 給ふ とは 知り 給は ぬか

﹂と いう

︒﹁ あす の巳 の時

﹂だ とい うの で︑ 旅僧 は 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七五

(11)

﹁希 有の 事﹂ を聞 いた もの だと

︑翌 日武 蔵寺 に赴 いた

︒と ころ が一 向に そん な気 配は ない

︒巳 時を 過ぎ て午 の時 に︑ 七十 歳余 の翁 が尼 を伴 って 現れ た︒ 二人 は︑ 寺の 六十 歳ば かり の御 房を 呼び

︑﹁ 御弟 子に なら んと 思ふ 也﹂ と告 げ︑ 戒を 受け て退 出し てし まっ た︒ それ 以外

︑何 ごと も起 らな かっ た︒ 話末 評語 に﹁ さは

︑こ の翁 の法 師に なる を随 喜し て︑ 天衆 も集 ま り給 て︑ 新仏 のい でさ せ給 ふと はあ るに こそ あり けれ

︒出 家随 分の 功徳 とは

︑今 には じめ たる 事に はあ らね ども

︑ま して 若く 盛り なら ん人 の︑ よく 道心 おこ して

︑随 分に せん もの の功 徳︑ これ にて い よ〳 〵お しは から れた り﹂ とい う

︒ 新大 系は 次の よう に評 して いる

︒ 山中 の祠 や︑ 木の 洞穴 にと どま り︑ その 夜中 に神 々や 鬼神 の 話を 聞く とい う話 は第 三話 のほ か︑ 昔話 の産 神問 答な どと 共通 し︑ 本話 もそ の傾 向を もつ

︒﹁ 梵天

︑帝 尺︑ 竜神 あつ まり 給ふ

﹂ とい う表 現は

︑第 一話 にも 類似 表現 が見 られ るが

︑斎 の神 の登 場や 小さ な老 人の 出現 など 両話 間に は対 比さ れる もの があ る︒ 内容 的に も第 一話 が男 女の やや 乱れ た愛 の姿 を描 くの に対 し︑ 本話 は仲 の良 い夫 婦︑ そし てそ の︑ さわ やか な出 家劇 とい う内 容で

︑あ らた めて

︑第 一話 の乱 りが わし さが 浮彫 りに され る︒

︵新 大系

)

いわ く﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 他の 説話 に認 めら れる

﹁そ の傾 向﹂ と は︑

﹁昔 話の 産神 問答

﹂の 話柄 や聴 耳の モテ ィフ であ り︑

﹁両 話間 に は対 比さ れる もの

﹂も また

︑説 話間 の類 似の 構成 の謂 であ る︒ しか しな がら

︑問 題は

︑こ の第 一三 六話 の主 題が

︑俗 なる 者の 出家 のう ちに 仏菩 薩は 出現 する とい う認 識に ある

︒も ちろ ん︑ 出家 が仏 の出 現で ある とい うた めに は︑ 俗な る存 在が もと もと 仏性 を有 する とい うこ とを 前提 にす るも ので なけ れば なら ない

︒ まと めに かえ て 同様 の思 想は

︑第 八九 話﹁ 信濃 国筑 摩湯 ニ観 音沐 浴事

﹂と も共 有 する もの であ る︒ すな わち

︑第 八九 話の 内容 は次 のよ うで ある

︒今 は昔

︑信 濃国 に筑 摩湯 とい う薬 湯が あっ た︒ 村人 の夢 に︑

﹁あ すの 午の 時に

︑観 音湯 欲︵ あ︶ み給 ふべ し﹂ とい う告 げが あっ た︒ 人々 は待 ちか ねた が︑ 夢に 見え た姿 どお りの 男が 現わ れた

︒人 々が 男を 見て あま りに も礼 拝す るの で︑ 男は 困惑 して わけ を尋 ねる

︒経 緯を 知っ た男 は︑ 突然

﹁我 身は

︑さ は︑ 観音 にこ そあ りけ れ︒ こゝ は法 師に 成な ん﹂ と弓

・や なぐ い︑ 太刀 など を捨 てて 法師 にな って しま う︒ 見知 った 人が

﹁あ はれ

︑か れは 上野 国に おは する

︑ば とう ぬし にこ そい まし けれ

﹂と 言っ たの で︑

︵人 々は

︶馬 頭観 音と 呼ん だと いう

︒な お︑ これ には 後日 譚が ある が︑ これ につ いて はす でに 論じ

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七六

(12)

たこ とが ある ので

︑今 は触 れな い︒ 繰り 返せ ば︑ 問題 は︑ 第一 三六 話と 第八 九話 とに 共有 され てい る 思想 が︑ 日本 的な 本覚 思想 だと いう こと にあ る︒ かく て︑

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 全体 にわ たっ て散 在す る孤 立話 の中 に︑ 編者 の意 図し たも のか 否か は問 わず とも

︑仏 教の 教理

・教 学の 次元 では なく

︑人 に仏 性あ りと する 思考 はた やす く見 てと れる とと もに

︑そ の基 盤に

︑人 に神 性を 認め る在 来の 思想 があ り︑ これ と混 淆し た世 俗的 思考 があ る︑ とい うこ とを いわ なけ れば なら ない

︒ま さに

︑そ のよ うな 思考

︑ 認識 こそ

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の説 話︑ そも そも 編者 の隠 本来 の 思想 の姿 だと いえ るの では ない だろ うか

︒ 注

① 厳密 な意 味で

︑孤 立話 の定 義は なか なか 難し い︒

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 以 前も しく は同 時代 の文 献に

︑同 話・ 類話

・関 連話 の存 在が 指摘 され てい れば

︑説 話集

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が一 から すべ てを 作り 整え たと は言 えな い︒ また 現存 する 文献

・資 料と いっ ても

︑か つて 存在 した その す で はな いか ら︑

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ より も後 の文 献に 同話

・類 話・ 関連 話 が存 在し ても

︑そ れが 古い 出典 の痕 跡な のか

︑後 代の 受容 の一 例で ある かは 判別 でき ない

︒そ こで

︑単 純な 目安 とし て︑ すで に同 話・ 類話

・関 連話 の指 摘を 受け てい るも のが ある かな いか とい う視 点で

︑一 定の 数字 を出 して みよ う︒ 一九 六〇 年に 刊行 され た旧 大系 にお いて

︑西 尾光 一氏 は﹁ 伝承 関係 の

分か って いな い五

〇余 話の 大半

﹂は

︑﹁ 民衆 の口 がた りに 裏付 けら れた 民話 や世 間話

﹂だ とす る︵ 旧大 系︑ 岩波 書店

︑一 九六

〇年

︑二

〇頁

︶︒ その 後︑ 同話

・類 話・ 関連 話が 指摘 され てい る︒ さら に︑ 一九 九〇 年に 刊行 され た新 大系 にお いて

︑こ こに いう 意味 で の﹁ 孤立 話﹂ を列 挙す ると

︑第 二話

﹁丹 波国 篠原 村﹂

︑第 五話

﹁随 求ダ ラニ

﹂︑ 第六 話﹁ 中納 言師 時﹂

︑第 一一 話﹁ 源大 納言 雅俊

﹂︑ 第一 二話

﹁児 ノカ イ餅 スル ニ﹂

︑第 一三 話﹁ 田舎 児桜 ノ散 ヲ見 テ﹂

︑第 一四 話﹁ 小 藤太 聟﹂

︑第 一五 話﹁ 大童 子鮭

﹂︑ 第二 二話

﹁金 峯山

﹂第 三三 話﹁ 大太 郎 盗人 事﹂

︑第 五二 話﹁ 狐家 ニ火 付事

﹂︑ 第五 三話

﹁狐 人ニ 付テ

﹂︑ 第六 二 話﹁ 篤昌 忠恒 等事

﹂︑ 第七 五話

﹁陪 従清 仲事

﹂︑ 第七 六話

﹁仮 名暦 誂タ ル 事﹂

︑第 七七 話﹁ 実子 ニ非 ザル 人﹂

︑第 七九 話﹁ 或僧 人ノ 許ニ テ﹂

︑第 八

〇話

﹁仲 胤僧 都﹂

︑第 九九 話﹁ 大膳 大夫

﹂︑ 第一

〇〇 話﹁ 下野 武正

﹂︑ 第 一〇 九話

﹁ク ウス ケガ 仏供 養事

﹂︑ 第一 一〇 話﹁ ツネ マサ ガ郎 等﹂

︑第 一 二三 話﹁ 海賊 発心 出家 事﹂

︑第 一五 四話

﹁貧 俗観 仏性 富事

﹂︑ 第一 五五 話

﹁宗 行郎 等射 虎事

﹂︑ 第一 五七 話﹁ 或上 達部

﹂︑ 第一 六〇 話﹁ 一条 桟敷 屋 鬼事

﹂︑ 第一 六三 話﹁ 俊宣 合迷 神事

﹂な ど︑ 全二 八話 にわ たる こと が分 かる も ︒ ちろ んこ れら の抽 出は

︑ひ とつ の目 に過 ぎな い︒ ただ

︑こ れら は 概ね

︑都 市伝 説も しく は世 間話

︑噂 話な ど︑ 古く から の書 承の 説話 であ るよ りも

︑口 承説 話と もい うべ き︑ 伝承 性の 強い もの が紛 れ込 んで いる ので はな いか と見 做せ る︒ さら に︑ これ らが 説話 集の 全 から 見た とき に︑ 部分 的に は偏 在し てい るの では ない かと いう 印象 もあ る︒ これ は︑ かつ て西 尾光 一氏 が論 じら れた

︑配 列と 成立 の問 題︵

﹁﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄ にお ける 連纂 の文 学﹂

﹃清 泉女 子大 学紀 要﹄ 第三 一号

︑一 九八 三年 一二 月︶ にか かわ る可 能性 もあ る︒ その 考察 の詳 細に つい ては

︑他 日に 譲り たい

︒ 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七七

(13)

② ここ では 極端 に単 純化 して 問題 の所 在を 際立 たせ たが

︑留 学生 の研 究 には

︑日 本説 話を 韓国 の口 承文 芸と の話 型の 共有 を指 摘す るこ とに よっ て︑ 東ア ジア の書 承・ 口書 双 にわ たる 広が りの 中で 捉え る試 みも ある

︵金 恩愛

︑趙 智英

︶︒ この 問題 は彼 等の 今後 の研 究に 譲り

︑個 別﹃ 宇治 拾 遺物 語﹄ の説 話分 析に 即し て︑ 信仰 の世 俗化 の問 題だ けを 考え たい

③ 浅見 和彦

・三 木紀 人校 注﹃ 新日 本古 典文 学大 系 宇治 拾遺 物語

﹄岩 波 書店

︑一 九九

〇年

︑三

〇九

~一

〇頁

︒な お︑ 一部 私に 表記 を整 えた とこ ろが ある

③に 同じ

︑三

〇九 頁︒

③に 同じ

︑五 五〇 頁︒

⑥ 西尾 光一

・渡 辺綱 也校 注﹃ 日本 古典 文学 大系

宇治 拾遺 物語

﹄岩 波書 店︑ 一九 六〇 年︑ 三四 八頁

③に 同じ

︑三

〇九 頁︒

﹃大 正新 修大 蔵経

﹄第 一二 巻︑ 大蔵 出版

︑一 九二 五年

︑三 四三 頁︒

﹃大 日本 仏教 全書

﹄第 九七 巻︑ 解題 一︑ 講談 社︑ 一九 七四 年︑ 三一 三 頁︒

﹃大 日本 仏教 全書

﹄第 三一 巻︑ 仏書 刊行 会︑ 一九 一六 年︑ 一~ 三頁

⑪ 田村 芳朗

﹁本 覚法 門と 心﹂

﹃本 覚思 想論

﹄春 秋社

︑一 九九

〇年

︑一 三 八~ 九頁

⑫ 同書

︑一 五二 頁︒

⑬ 田村 芳朗

﹁鎌 倉新 仏教 の背 景と して の天 台本 覚思 想﹂ 同書

︑三 三四 頁︒

「鎌 倉新 仏教 にお ける 生死 観﹂ 同書

︑四 二〇

~一 頁︒

⑮ 用例 の全 体は 厖大 に過 ぎる ので

︑全 てを 掲げ るこ とは でき なか った

③に 同じ

︑二 三四

~七 頁︒

③に 同じ

︑二 三七 頁︒

⑱ 小林 保治

・増 古和 子校 注・ 訳﹃ 新編 日本 古典 文学 全集

宇治 拾遺 物

語﹄ 小学 館︑ 一九 九六 年︑ 二九 六頁

⑲ 高橋 貢﹁ 鑑賞

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ (四 )

第一 一〇

︵巻 第九 第五

︶﹁ 恒 正が 郎等 仏供 養事

﹂﹃ 並木 の里

﹄第 四九 号︑ 一九 九八 年一 二月

③に 同じ

︑二 八八

~九

〇頁

③に 同じ

︑二 九〇 頁︒

③に 同じ

︑一 六四

~六 頁︒

孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の 特質

七八

参照

関連したドキュメント

フランツ・カフカ(FranzKafka)の作品の会話には「お見通し」発言

ところが,ろう教育の大きな目標は,聴覚口話

今日のお話の本題, 「マウスの遺伝子を操作する」です。まず,外から遺伝子を入れると

第一章 ブッダの涅槃と葬儀 第二章 舎利八分伝説の検証 第三章 仏塔の原語 第四章 仏塔の起源 第五章 仏塔の構造と供養法 第六章 仏舎利塔以前の仏塔 第二部

[r]

10 特定の化学物質の含有率基準値は、JIS C 0950(電気・電子機器の特定の化学物質の含有表

層の積年の思いがここに表出しているようにも思われる︒日本の東アジア大国コンサート構想は︑

現在の化石壁の表面にはほとんど 見ることはできませんが、かつては 桑島化石壁から植物化石に加えて 立 木の 珪 化