孤立話から見る『宇治拾遺物語』の特質 : 仏教の 世俗化と本覚思想
著者 廣田 收
雑誌名 同志社国文学
号 81
ページ 67‑78
発行年 2014‑11‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014306
孤 立 話 か ら 見 る ﹃ 宇 治 拾 遺 物 語
﹄ の 特 質
仏 ︱
教 の 世 俗 化 と 本 覚 思 想
︱
廣 田
收
はじ めに 概観 する に︑
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ には
︑( 一) 古代 イン ドの ジャ ータ カか ら発 して 中国 の仏 典な どに 多数 の出 典を 有す る説 話群 があ る
︵五 色鹿
︑留 志長 者︑ 僧伽 多な ど︶
︒こ れら は仏 教の 伝播
・受 容と 日 本化 とい う課 題が 予想 され る︒ また
︑( 二) 外国 の文 献と して の出 典 は知 られ ては いな いが
︑﹃ 今昔 物語 集﹄ と﹅ だ﹅ け﹅ 同一 説話 を共 有す る 説話 群が ある
︵袴 垂︑ 鼻高 き僧
︑元 輔落 馬な ど︶
︒こ れら はお そら く共 通の 祖で ある と指 摘さ れる こと の多 い﹃ 宇治 大納 言物 語﹄ との 関係 が問 われ るも ので ある
︒こ れら が日 本に おい て生 成さ れた 説話 であ る可 能性 は高 いが
︑仏 教説 話と 世俗 説話 との 相違 が課 題と して 予想 され る︒ さら に︑ (三 )直 接的 な出 典の 明ら かで な﹅ い﹅ 説話 が多 数 存在 する
︒そ の中 には
︑成 立過 程や 伝播 論な どの 問題 を留 保し て言
えば
︑昔 話と 同﹅ じ﹅ 話﹅ 型﹅ を共 有す る話 群が ある
︵瘤 取翁
︑腰 折雀
︑博 徒婿 入な ど︶
︒こ れら はジ ャン ルは 異な るに して も︑ 話型 を媒 介に 比較 を試 みる こと が可 能で ある
︒い ずれ にし ても
︑所 収の 説話 は︑ 出典 や同 一説 話︑ 類似 説話 を比 較対 照さ せる こと によ って
︑﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質 を明 らか にす るこ とが 有効 であ る①
︒ とこ ろが
︑さ らに (四 )同 一説 話の 存在 も類 似説 話の 存在 すら も知 られ てい﹅ な﹅ い﹅
︑﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄だ﹅ け﹅ に伝 わる 説話 があ る②
︒た だ︑ これ らは 言葉 の正 しい 意味 で﹁ 孤立
﹂し てい ると いう こと は考 えに くい
︒こ こで は他 に類 話の 存在 が知 られ てい ない とい うこ とを もっ て﹁ 孤立
﹂し てい ると いう 意味 で︑ これ を鍵 括弧 付き の意 味で
﹁孤 立話
﹂と 呼ん でお くこ とに した い︒ なぜ 孤立 話に 注目 する かと いえ ば︑ この よう な孤 立話 は︑
﹃宇 治 拾遺 物語
﹄だ けに 存在 する とい うこ とに おい て︑ まさ に﹃ 宇治 拾遺 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
六七
物語
﹄の 独自 性を 体現 する もの であ り︑ 孤立 話の うち に﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質 は集 約さ れて いる ので はな いか と愚 考す るか らで ある
︒ その よう な問 題意 識か ら︑ ひと つの 事例 とし て︑ 第一 五四 話﹁ 貧俗 観仏 性富 事﹂ を検 討し てみ たい
︒ 一 問題 点の 所在 第一 五四 話の 本文 は次 のよ うで ある
︒ 今は 昔︑ 唐の 辺州 に一 人の 男あ り︒ 家貧 しく して 宝な し︒ 妻 子に 養ふ に力 なし
︒も とむ れど も得 る事 なし
︒か くて 年月 を経
︒ 思ひ わび て︑ ある 僧に あひ て︑ 宝を 得べ き事 を問 ふ︒ 智恵 あ る僧 にて
︑こ たふ るや う︑
﹁汝
︑宝 を得 んと 思は ば︑ たゞ
①実 の心 をお こす べし
︒さ らば 宝も 豊に
︑後 世は 良き 所に 生ま れな ん﹂ とい ふ︒ この 人︑
﹁② 実の 心と はい かゞ
﹂と 問へ ば︑ 僧の 云︑
﹁③ 実の 心を おこ すと いふ は︑ 他の 事に あら ず︒ 仏法 を信 ずる 也﹂ とい ふに
︑又 問ひ て云
︑﹁ それ はい かに
︑た しか にう け給 りて
︑④ 心を 得て
︑た のみ 思て
︑二 なく 信を なし
︑た のみ 申さ ん︒ うけ たま はる べし
﹂と いへ ば︑ 僧の いは く︑
﹁⑤ 我心 はこ れ仏 也︒
⑥我 心を はな れて は仏 なし と︒ しか れば
︑⑦ 我心 のゆ ゑに
︑仏 はい ます なり
﹂と いへ ば︑ 手を すり て︑ 泣く 〳〵 拝み て︑ それ
より 此事 を⑧ 心に かけ て︑ 夜昼 思け れば
︑梵
︑尺
︑諸 天来 りて まも り給 けれ ば︑ はか らざ るに 宝出 きて
︑家 の内 豊に なり ぬ︒ 命終 るに
︑い よ〳 〵⑨ 心︑ 仏を 念じ 入て
︑浄 土に すみ やか に参 りて けり
︒ この 事を 聞き 見る 人︑ たふ とみ あは れみ ける とな ん③
︒ 本説 話の 概要 を︑ 説明 を加 えつ つ辿 って おこ う︒ 貧し い男 が﹁ 思ひ わび て﹂ 僧某 に﹁ 宝を 得べ き事
﹂を 尋ね る︒ 男 の願 いは きわ めて 現実 的な もの であ り︑ 妻子 を養 い︑ 蓄財 をな すこ とで あっ た︒ とこ ろが
﹁智 恵あ る僧
﹂は
︑﹁ 宝﹂ の意 味を ず﹅ ら﹅ す﹅
︒ それ こそ 説法 とい うも ので ある
︒曰 く﹁ 汝︑ 宝を 得ん と思 はば
︑ たゞ
①実 の心 をお こす べし
︒さ らば 宝も 豊に
︑後 世は 良き 所に 生ま れな ん﹂ と︒
①﹁ 実の 心﹂ を持 て︑ そう すれ ば財 宝も 豊か にな るし
︑ 来世 も極 楽に 行け る︑ とい うの であ る︒ 現実 的︑ 実利 的に 儲け る方 法か ら考 える な︑ まず
①信 仰を 持て
︑と
︒信 仰と は︑ 浄土 系の 立場 に立 てば
︑そ もそ も来 世へ の願 い︑ 極楽 浄土 を欣 求す るこ とで ある はず であ る︒ それ を中 心に 据え て考 え方
︑生 き方 を根 本か ら変 えろ とい うわ けで ある
︒男 が︑ それ では
②﹁ 実の 心﹂ とは どう いう もの なの かと 尋ね ると
︑僧 は③
﹁実 の心 をお こす
﹂と いう こと は︑
﹁仏 法を 信ず る﹂ こと であ ると いう
︒男 は︑ わか った
︑④
﹁心 を得 て﹂ つま り﹁ 仏を 頼み
︑一 心に 信仰 し︵ 仏を
︶頼 みた い﹂ とい う︒ する
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
六八
と︑ 僧は
﹁⑤ 我心 はこ れ仏 也︒
⑥我 心を はな れて は仏 なし
︒し かれ ば︑
⑦我 心の ゆゑ に︑ 仏は いま すな り﹂ と言 い放 つ︒ それ 以降
︑男 が⑧ 信仰 心を 昼夜 を問 わず 持ち 続け ると
︑梵 天・ 帝 釈な ど諸 天が 男を 護り
︑思 いが けな く財 宝を 得て
︑家 内は 裕福 にな った とい う︒ それ で男 はま すま す⑨ 信仰 心を 深め
︑仏 を念 じて 死し て極 楽に 赴い たと いう
︒こ の事 を聞 き見 る人 は︑ 尊く 思い 感激 した と伝 える
︑と いう もの であ る︒ この 説話 が興 味深 いの は︑
﹁仏 教的
﹂な 装い をも ちな がら
︑ま さ に﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄独﹅ 自﹅ の世 俗説 話で ある こと にあ る︒ 例え ば︑ 新 大系 は︑ 次の よう に批 評す る︒ 本話 は仏 教説 話と 同じ 骨格 を持 ちな がら も︑
﹁宝 出き て︑ 家 の内 豊に
﹂と ある 通り
︑世 俗生 活で の富 裕︑ 幸福 も否 定し てい ない
︒仏 教説 話の ある 種の 堅苦 しさ から のが れて いる とい える
︒ 一五 二話 から 本話 まで 中国 説話 が連 続す るが
︑孔 子と 問答 した 童の 質問 には 単純 さ︑ 素朴 さが あっ たし
︑鄭 大尉 の孝 心に は素 直な 純朴 さが あっ た︒ 本話 には 至醇 な信 仰が うか がえ
︑三 人の 人物 のあ りよ うは 通底 して いる とい えよ う④
︒ 新大 系は
﹁仏 教説 話の あ﹅ る﹅ 種﹅ の﹅ 堅苦 しさ から の﹅ が﹅ れ﹅ て﹅ い﹅ る﹅
﹂と い う︒ 興味 深い 指摘 であ る︒ ただ
︑そ うで ある なら ば︑ 本説 話の 主張 する とこ ろは
﹁至 醇な 信仰
﹂と いう だけ でよ いだ ろう か︒
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が本 説話 を平 安京 のも のと して 描く ので あれ ば︑ 厭離 穢土
・欣 求浄 土と いう 浄土 系の 思想 から する と︑ 現世 を否 定し 来世 に救 いを 求め るこ とは
︑本 説話 の内 容は なじ まな いも のと なる
︒ なぜ なら
︑本 説話 にあ って は︑ 現世 の幸 福と
︑次 元の 異な る来 世の 救済 とは 同一 線上 にあ るか らで ある
︒ 二
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立時 期と 宗教 思想 ここ で問 題に なる のは
︑﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 成立 時期 と︑ 成立 基 盤で ある
︒
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立時 期に つい ては
︑一 般に 鎌倉 初期 とさ れ る︒ 例え ば︑ 中島 悦次 氏は
︑一 二一
〇~ 一二 一五 年頃 とす る︒ 新大 系は
︑﹃ 古事 談﹄ を出 典と する こと から
︑成 立の 上限 を︑ 建暦 二
︵一 二一 二︶ 年か ら建 保三
︵一 二一 五︶ 年頃 と推 定し てい る⑤
︒ それ では
︑﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄は 鎌倉 新仏 教の 洗礼 を受 けて いる の か︒ ある いは
︑鎌 倉新 仏教 の勃 興を 背景
︵基 盤︶ とし て﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄は 成立 して いる のか
︒簡 単に 一覧 して みよ う︒ (生 没年 )
(出 来事 ) 法然 一一 三三
~一 二一 二年
︒ 一一 七五 年︑ 浄土 宗を 開く
︒ 栄西 一一 四一
~一 二一 五年
︒ 一二
〇一 年︑ 建仁 寺を 建立
︒ 新鸞 一一 七三
~一 二六 二年
︒ 一二
〇一 年︑ 法然 の弟 子と 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
六九
なる
︒ 道元 一二
〇〇
~一 二五 三年
︒ 一二 四三 年︑ 永平 寺を 建立
︒ 日蓮 一二 二二
~一 二八 三年
︒ 一二 五三 年︑ 日蓮 宗を 開く
︒ 何度 考え ても
︑私 には
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が特﹅ 定﹅ の﹅ 宗﹅ 派﹅ の影 響を 直﹅ 接﹅ 受け たと する 確証 が持 てな い︒ むし ろ﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄が 鎌倉 新仏 教の 隆盛 に向 かう 時代 の空﹅ 気﹅ を同 じく 呼吸 した であ ろう こと を想 像 する だけ であ る︒ むし ろ︑ この 説話 は︑ 民間 信仰 的な 習合 が認 めら れる ので あっ て︑ 明確 な仏 教的 立場 をと って い﹅ な﹅ い﹅ とい うこ とを い うべ きで あろ う︒ なぜ かと いう と︑ 本説 話は
︑富 や財 を得 よう とす れば
︑商 才や 策 を弄 する こと を考 えて はい けな い︒ むし ろ﹁ 実の 心」
=仏 法を 信じ よ︑ 信仰 をも って 生き ろ︑ とい う︒ 此界 のこ とは 知ら ず︑ 現世 にお いて 生き て行 くた めに は信 仰を 旨と せよ とい う︑ 逆転 の発 想の 必要 を述 べて いる よう に思 う︒ もう 少し 言え ば︑ 世﹅ 俗﹅ の倫 理を 説い てい ると みえ る︒ 例え ば︑ 五悪 は︑ 世俗 者の 守る べき 戒律 であ るが
︑考 えて みれ ば︑ そん な厳 しい 戒律 は守 れる はず がな い︑ とい うの が当 時の 常識 とい うべ きも のだ ろう
︒ 私が 興味 をも つの は︑
﹁我 心は これ 仏也
﹂以 下の 僧の 言葉 であ る︒ この 表現 につ いて
︑従 来の 注釈 は︑ 例え ば旧 大系 は︑ 観無 量寿 経に
﹁諸 仏如 来是 法界 身︑ 入一 切衆 生心 想中
︒是 故
汝等 心想 仏時
︒是 心即 是三 十二 相随 形好
︒是 心作 仏是 心是 仏﹂ とあ り︑ 天台 疏に は﹁ 是心 作仏 者︒ 仏本 是無
︒心 浄故 有︒ 亦因 三昧 心終 成作 仏也
︒是 心是 仏者
︒向 開仏 本是 無︒ 心浄 故有 便謂 条然 有量
︒故 言即 是︒ 心外 無仏 亦無 因也
﹂と ある⑥
︒ と仏 典を 挙げ る︒ さら に︑ 新大 系は 旧大 系を 踏ま えて
︑﹃ 観無 量寿 経﹄ に﹃ 華厳 経﹄ を加 えて 次の よう に言 う︒ 観無 量寿 経に
﹁諸 仏如 来是 法界 身︑
︵略
︶是 心作 仏是 心是 仏﹂ とあ り︑ 僧の 言葉 はこ の趣 旨に 添う
︒ま た﹁ 華厳 経曰
︑三 界唯 一心
︑心 外無 別法
︑心 仏及 衆生
︑是 三無 差別
﹂︵ 観心 略要 集︶ とも かか れ︑ 唯識 教学 では 根本 的な 思想 とな って いた⑦
︒ 前者 の指 摘す る﹃ 観無 量寿 経﹄ の一 節は
︑釈 尊が 弟子 の阿 難と 夫人 韋提 希と に告 げて 次の よう に説 く条 であ る︒ 仏告
㆓阿 難及 韋提 希㆒
︒見
㆓此 事㆒
已︒ 次当
㆑想
㆑仏
︒所 以者 何︒ 諸仏 如来 是法 界身
︒遍 入㆓
一切 衆中 心想 中㆒
︒是 故汝 等心 想㆑
仏時
︒ 是心 即是 三十 二相 八十 形好
︒是 心作
㆑仏 是心 是仏
︒諸 仏正 遍知 海従
㆓心 想㆒
生︒ 是故 応㆔
当一 心繋
㆑念 諦観
㆓彼 仏多 陀阿 伽度 阿羅 呵三 貘三 仏陀
㆒︒
︵以 下略⑧
︶ また
︑後 者の 指摘 する
﹃観 心略 要集
﹄は
︑周 知の よう に源 信の 著 作で あり
︑﹁ 理観 と称 名と が究 極的 には 円融 する と説 く﹂ こと が
﹁本 書の 要旨
﹂で ある とい う︒ すな わち
﹁観 心を 念仏 の究 極で ある
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七〇
とし
︑天 台教 学の
﹃止 観﹄ の上 に念 仏を 位置 づけ た﹂ もの とい う⑨
︒ 改め て﹃ 観心 略要 集﹄ の本 文を 読む と︑
﹁観 法﹂ が﹁ 諸仏 之秘 要︒ 衆教 之肝 心也
﹂で ある とし て︑ 第一 に﹁ 娑婆 界過 失﹂ を挙 げる
︒さ らに 第二 に﹁ 念仏
﹂に 寄せ て﹁ 観心
﹂を 明ら かに する こと を挙 げる
︒ この 第二 の命 題に つい ての 注釈 とし て︑
﹁釈 尊勧 曰﹂
﹁弘 決云
﹂﹁ 釈 籤云
﹂と 諸書 を引 き注 解を 加え て行 く︒ すな わち
︑ 釈籤 云︒ 如キ
㆘於テ
㆓夢 中㆒
修㆑
因感
㆑果
︒夢 事宛 然即 仮也
︒︵ 略︶ 修 性不 二︒ 万法 唯心
︒以
㆑之 可㆑
悟︒ 諸法 万差 無㆑
不㆓
一心
㆒︒ 華厳 経 曰︒ 三界 唯一 心︒ 心外 無㆓
別法
㆒︒ 心仏 及衆 生︒ 是三 無㆓
差別
㆒云 云︒ 義例 云︒ 唯於
㆓万 境㆒
観於
㆓一 心㆒
︹考
・一 本作 観一 念心
︺万 境雖 殊妙 観理 等云 云︒ 止観 云︒ 如㆘
破㆓
微塵
㆒出
㆗大 千経 巻㆒
︒恒 沙 法一 心中 暁云 云︒ 起信 論云
︒三 界ハ 虚偽 ニシ テ唯 心ノ 所作 ナリ
︒
︵以 下略⑩
︶ と続 いて 行く
︒ 説話 の本 文解 釈に あた って
︑問 題は 恣意 的な 読み の暴 走を どの よ うに して 抑制 する かで ある
︒と 同時 に︑ 注釈 の孕 む陥 穽を どう 警戒 する かで ある
︒す なわ ち︑ この 場合 であ れば
︑説 話の 表現 を仏 典に 還﹅ 元﹅ する こと によ って
︑説 話の 独自 性︑ 個体 性が 等閑 視さ れか ねな いと いう こと を︑ 私は 懼れ る︒ 表現 の淵 源を 辿れ ば︑ いず れ典 拠は 観経 や観 集な どに 至る ので あろ うが
︑説 話の 表現 は︑ むし ろ仏 説よ
りも 本朝 にお ける 世俗 の受 け止 め方 を示 して いる とみ るべ きだ ろう
︒ 説話 にお いて
︑僧 の言 うと ころ によ れば
︑﹁ 実の 心﹂ とは
﹁仏 法 を信 ずる
﹂こ とと 同義 であ る︒ そこ で男 は﹁ 仏法 を信 ずる
﹂心 を起 こし
︑﹁ 二な く信 をな し﹂ たい と誓 う︒ さら に︑ 僧は
﹁我 心は これ 仏也
﹂で あり
︑﹁ 我心 のゆ ゑに
︑仏 はい ます なり
﹂と 言う
︒ ここ に仏 教教 化に おけ る単 純化
︑世 俗化 があ る︒
﹁実 の心
﹂は
︑
﹃今 昔物 語集
﹄に いう
﹁至 誠心
﹂に 対応 する であ ろう
︒し かる に︑ 本説 話で は﹁ 仏法 を信 ずる
﹂と いう こと に単 純化 され てい る︒ つま り︑ 簡潔 に説﹅ 明﹅ す﹅ る﹅ とい う意 味で 世俗 化が 認め られ る︒ しか も︑ 僧 は自 分が
︑僭 越な がら 仏で ある とま でい うと みえ る︒ すで に田 村芳 朗氏 は︑ 大乗 仏教 にお いて
﹁心 性本 浄が 強調 され た﹂ こと を指 摘し
︑﹁ 心を 強調 した 例﹂ とし て﹃ 維摩 経﹄ の﹁ 随㆓
其 心浄
㆒則 仏土 浄﹂
︵﹃ 新修 大正 大蔵 経﹄ 第一 四巻 五三 八頁
︑下 段︶ を 挙げ
︑﹃ 華厳 経﹄ にお ける
﹁唯 心な いし 一心 の強 調﹂ を指 摘さ れて いる⑪
︒田 村氏 は︑
﹃観 心略 要集
﹄︵ 伝源 信︶ の﹁ 己心 見㆓
仏身
㆒︒ 己心 見㆓
浄土
㆒﹂
︵﹃ 日本 仏教 全書
﹄第 三一 巻︑ 一六 一頁
︶な どを 挙げ
﹁凡 夫の 己心
・一 心に 仏を 見︑ 浄土 を観 ずる とい うこ と﹂ で﹁ 仏と 凡夫 の空 間的 へだ たり を埋 めつ くし たも の﹂ であ ると とも に︑
﹁一 念に たち まち にし て仏 がつ かま れる とい うこ と﹂ を意 味す ると いう⑫
︒つ まり
︑上 記の よう な思 考は
︑注 釈の 指摘 する 唯職 を否 定す るも ので 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七一
はな いが
︑む しろ 日本 的な 本覚 思想 のも のと 見る ほう が適 切で はな いだ ろう か︒ 田村 氏の 述べ るよ うに
︑親 鸞・ 道元
・日 蓮た ちの 活躍 する 鎌倉 新 仏教 の時 代と
︑天 台本 覚思 想と の関 連に 注意 する 必要 があ ると いう 指摘 は︑ こと
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の成 立す る鎌 倉初 期の 思想 的基 盤と して も留 意さ れる 必要 があ る︒ 例え ば親 鸞に 即し て田 村氏 は︑
﹃末 燈鈔
﹄﹁ 信心 まこ とな る人 をば 仏と ひと しと もま ふす
﹂に 仏凡 一如 を︑
﹃教 行信 証﹄ 信巻 に﹁ 一切 衆生 悉有 仏性
﹂を 取り 上げ てい るこ とに 注目 する⑬
︒か くて
﹁天 台本 覚思 想は 生死
・無 常の 実存 的現 実の みな らず
︑無 明・ 煩悩 の日 常的 現実 まで をも 肯定
﹂す るこ とに 至っ た︒ そこ には
﹁仏 教以 外の 思 想﹂ が関 与し てい るこ と︑ すな わち
﹁日 本思 想﹂ があ ると いう⑭
︒ 本説 話を 読む 上で
︑こ のよ うな 指摘 は極 めて 重要 であ る︒ およ そ 外来 の仏 教が 日本 に浸 透す る過 程で
︑思 想的 基盤 とし ての 在来 の思 想と 習合 して 行く こと を余 儀な くさ れた こと は否 定で きな いで あろ う︒ 私は
︑日 本仏 教︑ 特に 鎌倉 仏教 にお いて
︑各 宗派 の宗 祖が 神格 化さ れ尊 格と 並び 称さ れる とこ ろに
︑も っと 古い 日本 的な 思考 が働 いて いる と見 る︒ それ は︑ 神を 祭祀 する 祭祀 者が
︑神 格化 され ると いう 構造 であ り︑ 古く 辿れ ば﹁ みこ とも ち﹂ の思 想で ある
︒す べて の教 義や 教理 を措 いて
︑こ れほ ど簡 潔に 信仰 を述 べお おせ たと ころ
に︑ 日本 的で 中世 的な 日本 仏教 のあ りか たが 示さ れて いる だろ う︒ 極論 すれ ば︑ キリ スト 教で は︑ 神は あく まで 人の 外に あり
︑絶 対的 な他 者で ある
︒と ころ が︑ 僧は 私の 中﹅ に﹅ 仏性 があ る︑ 私の 心を 離れ て仏 はな い︑ だか ら私 の中 に仏 が在 る︑ とい う︒ ここ にい う⑤
⑥
⑦﹁ 心﹂ とは 感性 であ り︑ 認識 の謂 であ る︒ 三
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ にお ける
﹁心
﹂の 意味 ここ にい う﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 表現 の﹁ 心﹂ と︑ 仏典 の﹁ 心﹂ と は果 たし て同 義で あろ うか
︒本 説話 にお いて 繰り 返し 用い られ る
﹁心
﹂と いう 語は
︑説 話解 読の 鍵で ある
︒こ の理 解を 検証 する ため に︑ 話末 評語 だけ に限 定せ ず︑
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の全 体に わた って
﹁心
﹂と いう 語が
︵複 合語 では なく
︶単 独で 用い られ るす べて の用 例を 検索 して みた⑮
︒す ると
︑﹁ 心﹂ の語 義は
︑お﹅ の﹅ ず﹅ と﹅ 次の よう に 分類 する こと がで きる
︒
︵
︶ 慣用 的表 現
︵
︶ 心情
・気 持ち
・気 分の 意
︵
︶ 分別
・判 断・ 考え の意
︵
︶ 心の 持ち 方・ 人の 器の 意
︵ઇ
︶ 仏教 的な 認識
・宗 教的 思惟
︵
︶ 意義
・意 味の 意
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七二
この 中で
︑今 問題 とす る︑ 信仰 の義 で用 いら れる 事例 は( ) であ る︒ すな わち
︑次 のよ うな 事例 であ る︒
○そ れが 和泉 式部 がり 行き て臥 した りけ るに
︑め ざめ て︑ 経を 心を すま して 読み ける ほど に︑
︵第 一話
﹁道 命阿 闍梨 於和 泉式 部許 読経 五条 道祖 神聴 聞事 )
○い ささ か帰 依の 心を いた して
︑
︵第 四四 話﹁ 多田 新発 意郎 事﹂ )
○い ささ かわ れに 帰依 の心 のお こり し功 によ りて
︑
︵第 四四 話﹁ 同﹂ )
○道 心の おこ りけ れば
︑よ く心 をか ため んと て︑
︵第 五九 話﹁ 三川 入道
︑遁 世事
﹂)
○心 を西 方に かけ んに は︑ なん ぞ心 ざし をと げざ らん
︒ (第 七三 話﹁ 範久 阿闍 梨西 方を 後に せぬ 事﹂ )
○た のも しき が︑ 心の くち をし くて
︑
︵第 八五 話﹁ 留志 長者 事﹂ )
○目 に見 えぬ もの なれ ど︑ 誠の 心を いた して うけ とり けれ ば︑ (第 八六 話﹁ 清水 寺二 千度 すぐ 六に 打入 事﹂ )
○﹁ よし なし
︒さ る無 仏世 界の やう なる 所に 帰ら じ︒ こゝ にゐ なん
﹂と 思ふ 心付 きて
︑東 大寺 とい ふ所 にて 受戒 せん と思 て︑
︵第 一〇 一話
﹁信 濃国 聖事
﹂)
○﹁ 心の よく 誠を いた して
︑清 く書 奉り たる 経は
︑さ なが ら王 宮に 納ら れぬ
︒汝 が書 奉た るや うに
︑心 きた なく
︑身 けが ら はし うて 書奉 りた る経 は︑ 広き 野に 捨て 置た れば
︑そ の墨 の︑ 雨に 濡れ て︑ かく 川に て渡 る也
︒
︵第 一〇 二話
﹁敏 行朝 臣事
﹂)
○あ りつ る有 様︑ 願を おこ して
︑そ の力 にて ゆる され つる 事な ど︑ あき らか なる 鏡に 向た らん やう にお ぼえ けれ ば︑ いつ し か我 力付 て︑ 清ま はり て︑ 心清 く四 巻経 書き 供養 し奉 らん と 思け り︒
︵第 一〇 二話
﹁同
﹂)
○猶 もと の心 の色 めか しう
︑経 仏の 方に 心の いた らざ りけ れば
︑ 此女 のも とに 行︑ あの 女け しや うし
︑い かで よき 歌よ まん と 思け る程 に︑
︵第 一〇 二話
﹁同
﹂)
○暫 の命 を助 けて 返さ れた りし かど も︑ 猶心 のを ろか に怠 りて
︑ その 経を 書か ずし て︑ つひ に失 にし 罪に より て︑
︵第 一〇 二話
﹁同
﹂)
○﹁ 今宵 の夢 に︑ 故敏 行朝 臣の 見え 給つ る也
︒四 巻経 書奉 るべ かり しを
︑心 のお こた りに
︑え 書供 養し 奉ら ずな りに し︑ そ の罪 によ りて
︑き はま りな き苦 を受 くる を︑ (第 一〇 二話
﹁同
﹂)
○此 婆羅 門の 様な る心 にも
︑あ はれ に尊 くお ぼえ て︑ 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七三
(第 一二 三話
﹁海 賊発 心出 家事
﹂)
○受 戒と げん との 心あ らば
︑送 らん
﹂と いへ ば︑ さら に受 戒の 心も 今は 候は ず︒
(第 一二 三話
﹁同
﹂)
○こ の婆 羅門 のや うな るも のの 心に
︑さ は仏 経は めで たく 尊く おは しま す物 なり けり と思 て︑ この 僧に 具し て山 寺な どへ い なん と思 ふ心 つき ぬ︒
︵第 一二 三話
﹁同
﹂)
○す こし 心の ある 者は
︑﹁ など かう は︑ 此聖 はい ふぞ
︒ (第 一三 三話
﹁空 入水 シタ ル僧 事﹂ )
○孝 養の 心︑ 空に しら れぬ
︒
︵第 一五 三話
﹁鄭 太尉 事﹂ )
○下 の聖
︑我 ばか り貴 き者 はあ らじ と驕 慢の 心の あり けれ ば︑ 仏の にく みて
︑ま さる 聖を まう けて
︑あ はせ られ ける なり と ぞ︑ かた り伝 たる
︒
(第 一七 四話
﹁優 婆崛 多弟 子事
﹂)
○女 犯の 心な き証 果の 聖者 なる
﹂
︵第 一七 四話
﹁同
﹂)
○身 のか ざり とし
︑心 のお きて とす るも の也
︒
︵第 一八 三話
﹁大 将慎 事﹂ ) これ らは
︑( ) 仏教 的な 文脈 にお ける 典型 的な 事例 とい える だろ う︒ とこ ろで
︑﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 中で
︑特 定の 教義 や教 理に 則し た 仏教 思想 では なく
︑在 地の
︵あ るい は︑ 都市 のも ので ある のか もし れな いが
︶習 合思 想に よる と考 えら れる 説話 に︑ 次の よう なも のが
ある
︒
四 孤立 話第 一一
〇話
﹁ツ ネマ サが 郎等 仏供 養事
﹂ 孤立 話で ある 第一 五四 話に おけ る仏 教の 世俗 化と 共鳴 する 説話 が︑ これ も孤 立話 であ る第 一一
〇話 であ る︒ それ では
︑ど のよ うに 共鳴 して いる かを 検討 して みた い︒ その 概要 は次 のよ うで ある
︒昔
︑筑 前国 山鹿 庄に
﹁恒つね
正まさ
﹂が 住ん でい た︒ その 配下 に﹁ 政まさ
行ゆき
﹂と いう 郎等 がい た︒ また そこ に滞 在す る男 がい た︒ 旅の 男は
︑政 行が 造仏 供養 に際 して 自邸 に人 々を 招き 饗宴 を催 して いる と聞 き付 けた
︒旅 の男 がよ うす を尋 ねる と︑ 饗宴 は盛 大に 行う とい うの で︑ 田舎 の風 習を 不思 議な こと と思 った
︒講 師は この 旅人 の随 伴者 であ った
︒供 養に 招か れた 講師 は﹁ 何仏 を供 養し 奉る にか あら ん﹂ とと 尋ね た︒ 恒正 はな るほ どと 思い
︑政 行に 尋ね ると 分か らな いと いう
︒恒 正は 不審 に思 い︑ それ では 誰が 供養 する のか と尋 ねる と︑ 政行 は何 仏か 分か らな いが
︑私 が供 養す るの だと 答え た︒ 恒正 は政 行が 仏師 なら 知っ てい るだ ろう と言 うの で︑ 仏師 を呼 び寄 せて 尋ね ると
︑分 から ない
︑講 師が 御存 知で あろ うと 答え た︒ 実は 政行 が︑ とも かく
﹁仏 つく り奉 れ﹂ とい うの で︑ 仏師 は﹁ たゞ まろ がし らに て斎 の神 の冠 もな きや うな る物 を︑ 五頭 きざ みた て﹂ ただ けで
︑講 師に
﹁そ の仏
︑か の仏
﹂と 名前 を付 けて もら
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七四
うつ もり だっ たと いう⑯
︒ 話末 評語 に﹁ それ を問 ひ聞 きて をか しか りし 中に も︑ 同じ 功徳 に もな れば と聞 きし
︒あ やし のも のど もは
︑か く希 有の 事ど もを し侍 りけ るな り﹂ とい う︒ これ につ いて は︑ すで に次 のよ うに 注さ れて きた
① ︒ 前話 同様
︑造 仏を めぐ る珍 談︒ ひな びた 世界 の無 智な
︑し か し︑ 愛す べき 人々 の信 仰生 活の 一端 をほ ほえ まし く伝 える
︒作 者自 身の 関与 もう かが える 一編 とし ても 注目 に値 しよ う︒
︵新 大系⑰
)
② 前話 と同 じく
︑造 仏と 供養 に関 する 語り 手の 直接 の見 聞に 基 づく 地方 譚︒ 都の 常識 から すれ ば︑ いか にも 間の 抜け た応 答も 含ま れる が︑ 郎等 の仏 供養 に主 人ら が協 力し て事 に当 るほ のぼ のと した 田舎 の習 俗を 描い て好 まし い︒
︵新 編全 集⑱
) また
︑高 橋貢 氏は
︑本 説話 につ いて 話末 評語 をめ ぐっ て︑ 次の よう に批 評す る︒ 恒正 のも とに 滞在 して いる 客人 や話 の書 き手 は︑ 滑稽 譚と し て扱 おう とし たの では ない かと みる
︒こ の話 末評 語に みる 話の 狙い は︑ 何仏 であ るの かも 知ら ずに 仏を 作っ て供 養し よう とす る地 方の 人の
︑素 朴で 人は よい が︑ 無知
︑ピ ント はず れな 行動
︑ 振舞 いを
︑あ から さま にい た旅 人の 視点 から とら えた とこ ろに
あろ う⑲
︒ ここ で見 逃す こと ので きな いの は︑ 仏像 を彫 れと 言わ れて
︑仏 師 が在 来の 斎の 神の おお まか な印 象に 拠っ て造 仏し てい ると ころ であ る︒ 都に おい てで あれ ば︑ 病気 治癒 に向 けて なら 薬師 如来 を︑ 現世 利益 なら 観音 菩薩 を︑ 極楽 浄土 を願 うの なら 阿弥 陀如 来を 求め るで あろ う︒ とこ ろが
︑政 行は 全く 屈託 がな い︒ むし ろ祈 請す る対﹅ 象﹅ に 興味 はな く︑ 信仰 した いと いう 気﹅ 持﹅ ち﹅ だけ がむ やみ に熱 い︒ とこ ろ が︑ 説話 の編 者は
︑彼 等を ただ 愚か なも のと だけ 否定 して いる わけ でも な﹅ い﹅
︒信 ずる 気持 のう ちに 仏は 宿る とい う思 想こ そ︑ 仏教 本来 の思 想で はな く︑ 在来 の宗 教的 思想 に依 拠し て生 成し た日 本的 本覚 思想 だと いえ る︒ 五 孤立 話の 思想 もう ひと つ︑ 仏教 の世 俗化 を測 るの にふ さわ しい 説話 が第 一三 六 話﹁ 出家 功徳 事﹂ であ る︒ その 概要 は次 のよ うで ある
︒ これ も今 は昔
︑筑 紫国 に﹁ たう さか
﹂と いう 斎の 神が おら れた
︒ その 祠に 旅僧 が宿 りし たが
︑夜
︑馬 の足 音が して 斎の 神に 呼び 掛け る者 があ った
︒旅 僧が 聞い てい ると
︑馬 上の 物が 斎の 神に
﹁あ す武 蔵寺 に︑ 新仏 いで 給べ しと て︑ 梵天
︑帝 釈︑ 龍神 あつ まり 給ふ とは 知り 給は ぬか
﹂と いう
︒﹁ あす の巳 の時
﹂だ とい うの で︑ 旅僧 は 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七五
﹁希 有の 事﹂ を聞 いた もの だと
︑翌 日武 蔵寺 に赴 いた
︒と ころ が一 向に そん な気 配は ない
︒巳 時を 過ぎ て午 の時 に︑ 七十 歳余 の翁 が尼 を伴 って 現れ た︒ 二人 は︑ 寺の 六十 歳ば かり の御 房を 呼び
︑﹁ 御弟 子に なら んと 思ふ 也﹂ と告 げ︑ 戒を 受け て退 出し てし まっ た︒ それ 以外
︑何 ごと も起 らな かっ た︒ 話末 評語 に﹁ さは
︑こ の翁 の法 師に なる を随 喜し て︑ 天衆 も集 ま り給 て︑ 新仏 のい でさ せ給 ふと はあ るに こそ あり けれ
︒出 家随 分の 功徳 とは
︑今 には じめ たる 事に はあ らね ども
︑ま して 若く 盛り なら ん人 の︑ よく 道心 おこ して
︑随 分に せん もの の功 徳︑ これ にて い よ〳 〵お しは から れた り﹂ とい う⑳
︒ 新大 系は 次の よう に評 して いる
︒ 山中 の祠 や︑ 木の 洞穴 にと どま り︑ その 夜中 に神 々や 鬼神 の 話を 聞く とい う話 は第 三話 のほ か︑ 昔話 の産 神問 答な どと 共通 し︑ 本話 もそ の傾 向を もつ
︒﹁ 梵天
︑帝 尺︑ 竜神 あつ まり 給ふ
﹂ とい う表 現は
︑第 一話 にも 類似 表現 が見 られ るが
︑斎 の神 の登 場や 小さ な老 人の 出現 など 両話 間に は対 比さ れる もの があ る︒ 内容 的に も第 一話 が男 女の やや 乱れ た愛 の姿 を描 くの に対 し︑ 本話 は仲 の良 い夫 婦︑ そし てそ の︑ さわ やか な出 家劇 とい う内 容で
︑あ らた めて
︑第 一話 の乱 りが わし さが 浮彫 りに され る︒
︵新 大系㉑
)
いわ く﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 他の 説話 に認 めら れる
﹁そ の傾 向﹂ と は︑
﹁昔 話の 産神 問答
﹂の 話柄 や聴 耳の モテ ィフ であ り︑
﹁両 話間 に は対 比さ れる もの
﹂も また
︑説 話間 の類 似の 構成 の謂 であ る︒ しか しな がら
︑問 題は
︑こ の第 一三 六話 の主 題が
︑俗 なる 者の 出家 のう ちに 仏菩 薩は 出現 する とい う認 識に ある
︒も ちろ ん︑ 出家 が仏 の出 現で ある とい うた めに は︑ 俗な る存 在が もと もと 仏性 を有 する とい うこ とを 前提 にす るも ので なけ れば なら ない
︒ まと めに かえ て 同様 の思 想は
︑第 八九 話﹁ 信濃 国筑 摩湯 ニ観 音沐 浴事
﹂と も共 有 する もの であ る︒ すな わち
︑第 八九 話の 内容 は次 のよ うで ある
︒今 は昔
︑信 濃国 に筑 摩湯 とい う薬 湯が あっ た︒ 村人 の夢 に︑
﹁あ すの 午の 時に
︑観 音湯 欲︵ あ︶ み給 ふべ し﹂ とい う告 げが あっ た︒ 人々 は待 ちか ねた が︑ 夢に 見え た姿 どお りの 男が 現わ れた
︒人 々が 男を 見て あま りに も礼 拝す るの で︑ 男は 困惑 して わけ を尋 ねる
︒経 緯を 知っ た男 は︑ 突然
﹁我 身は
︑さ は︑ 観音 にこ そあ りけ れ︒ こゝ は法 師に 成な ん﹂ と弓
・や なぐ い︑ 太刀 など を捨 てて 法師 にな って しま う︒ 見知 った 人が
﹁あ はれ
︑か れは 上野 国に おは する
︑ば とう ぬし にこ そい まし けれ
﹂と 言っ たの で︑
︵人 々は
︶馬 頭観 音と 呼ん だと いう㉒
︒な お︑ これ には 後日 譚が ある が︑ これ につ いて はす でに 論じ
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七六
たこ とが ある ので
︑今 は触 れな い︒ 繰り 返せ ば︑ 問題 は︑ 第一 三六 話と 第八 九話 とに 共有 され てい る 思想 が︑ 日本 的な 本覚 思想 だと いう こと にあ る︒ かく て︑
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 全体 にわ たっ て散 在す る孤 立話 の中 に︑ 編者 の意 図し たも のか 否か は問 わず とも
︑仏 教の 教理
・教 学の 次元 では なく
︑人 に仏 性あ りと する 思考 はた やす く見 てと れる とと もに
︑そ の基 盤に
︑人 に神 性を 認め る在 来の 思想 があ り︑ これ と混 淆し た世 俗的 思考 があ る︑ とい うこ とを いわ なけ れば なら ない
︒ま さに
︑そ のよ うな 思考
︑ 認識 こそ
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の説 話︑ そも そも 編者 の隠﹅ せ﹅ な﹅ い﹅ 本来 の 思想 の姿 だと いえ るの では ない だろ うか
︒ 注
① 厳密 な意 味で
︑孤 立話 の定 義は なか なか 難し い︒
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 以 前も しく は同 時代 の文 献に
︑同 話・ 類話
・関 連話 の存 在が 指摘 され てい れば
︑説 話集
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ が一 から すべ てを 作り 整え たと は言 えな い︒ また 現存 する 文献
・資 料と いっ ても
︑か つて 存在 した その す﹅ べ﹅ て﹅ で はな いか ら︑
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ より も後﹅ 代﹅ の文 献に 同話
・類 話・ 関連 話 が存 在し ても
︑そ れが 古い 出典 の痕 跡な のか
︑後 代の 受容 の一 例で ある かは 判別 でき ない
︒そ こで
︑単 純な 目安 とし て︑ すで に同 話・ 類話
・関 連話 の指 摘を 受け てい るも のが ある かな いか とい う視 点で
︑一 定の 数字 を出 して みよ う︒ 一九 六〇 年に 刊行 され た旧 大系 にお いて
︑西 尾光 一氏 は﹁ 伝承 関係 の
分か って いな い五
〇余 話の 大半
﹂は
︑﹁ 民衆 の口 がた りに 裏付 けら れた 民話 や世 間話
﹂だ とす る︵ 旧大 系︑ 岩波 書店
︑一 九六
〇年
︑二
〇頁
︶︒ その 後︑ 同話
・類 話・ 関連 話が 指摘 され てい る︒ さら に︑ 一九 九〇 年に 刊行 され た新 大系 にお いて
︑こ こに いう 意味 で の﹁ 孤立 話﹂ を列 挙す ると
︑第 二話
﹁丹 波国 篠原 村﹂
︑第 五話
﹁随 求ダ ラニ
﹂︑ 第六 話﹁ 中納 言師 時﹂
︑第 一一 話﹁ 源大 納言 雅俊
﹂︑ 第一 二話
﹁児 ノカ イ餅 スル ニ﹂
︑第 一三 話﹁ 田舎 児桜 ノ散 ヲ見 テ﹂
︑第 一四 話﹁ 小 藤太 聟﹂
︑第 一五 話﹁ 大童 子鮭
﹂︑ 第二 二話
﹁金 峯山
﹂第 三三 話﹁ 大太 郎 盗人 事﹂
︑第 五二 話﹁ 狐家 ニ火 付事
﹂︑ 第五 三話
﹁狐 人ニ 付テ
﹂︑ 第六 二 話﹁ 篤昌 忠恒 等事
﹂︑ 第七 五話
﹁陪 従清 仲事
﹂︑ 第七 六話
﹁仮 名暦 誂タ ル 事﹂
︑第 七七 話﹁ 実子 ニ非 ザル 人﹂
︑第 七九 話﹁ 或僧 人ノ 許ニ テ﹂
︑第 八
〇話
﹁仲 胤僧 都﹂
︑第 九九 話﹁ 大膳 大夫
﹂︑ 第一
〇〇 話﹁ 下野 武正
﹂︑ 第 一〇 九話
﹁ク ウス ケガ 仏供 養事
﹂︑ 第一 一〇 話﹁ ツネ マサ ガ郎 等﹂
︑第 一 二三 話﹁ 海賊 発心 出家 事﹂
︑第 一五 四話
﹁貧 俗観 仏性 富事
﹂︑ 第一 五五 話
﹁宗 行郎 等射 虎事
﹂︑ 第一 五七 話﹁ 或上 達部
﹂︑ 第一 六〇 話﹁ 一条 桟敷 屋 鬼事
﹂︑ 第一 六三 話﹁ 俊宣 合迷 神事
﹂な ど︑ 全二 八話 にわ たる こと が分 かる も ︒ ちろ んこ れら の抽 出は
︑ひ とつ の目﹅ 安﹅ に過 ぎな い︒ ただ
︑こ れら は 概ね
︑都 市伝 説も しく は世 間話
︑噂 話な ど︑ 古く から の書 承の 説話 であ るよ りも
︑口 承説 話と もい うべ き︑ 伝承 性の 強い もの が紛 れ込 んで いる ので はな いか と見 做せ る︒ さら に︑ これ らが 説話 集の 全﹅ 体﹅ から 見た とき に︑ 部分 的に は偏 在し てい るの では ない かと いう 印象 もあ る︒ これ は︑ かつ て西 尾光 一氏 が論 じら れた
︑配 列と 成立 の問 題︵
﹁﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄ にお ける 連纂 の文 学﹂
﹃清 泉女 子大 学紀 要﹄ 第三 一号
︑一 九八 三年 一二 月︶ にか かわ る可 能性 もあ る︒ その 考察 の詳 細に つい ては
︑他 日に 譲り たい
︒ 孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七七
② ここ では 極端 に単 純化 して 問題 の所 在を 際立 たせ たが
︑留 学生 の研 究 には
︑日 本説 話を 韓国 の口 承文 芸と の話 型の 共有 を指 摘す るこ とに よっ て︑ 東ア ジア の書 承・ 口書 双﹅ 方﹅ にわ たる 広が りの 中で 捉え る試 みも ある
︵金 恩愛
︑趙 智英
︶︒ この 問題 は彼 等の 今後 の研 究に 譲り
︑個 別﹃ 宇治 拾 遺物 語﹄ の説 話分 析に 即し て︑ 信仰 の世 俗化 の問 題だ けを 考え たい
︒
③ 浅見 和彦
・三 木紀 人校 注﹃ 新日 本古 典文 学大 系 宇治 拾遺 物語
﹄岩 波 書店
︑一 九九
〇年
︑三
〇九
~一
〇頁
︒な お︑ 一部 私に 表記 を整 えた とこ ろが ある
︒
④
③に 同じ
︑三
〇九 頁︒
⑤
③に 同じ
︑五 五〇 頁︒
⑥ 西尾 光一
・渡 辺綱 也校 注﹃ 日本 古典 文学 大系
宇治 拾遺 物語
﹄岩 波書 店︑ 一九 六〇 年︑ 三四 八頁
︒
⑦
③に 同じ
︑三
〇九 頁︒
⑧
﹃大 正新 修大 蔵経
﹄第 一二 巻︑ 大蔵 出版
︑一 九二 五年
︑三 四三 頁︒
⑨
﹃大 日本 仏教 全書
﹄第 九七 巻︑ 解題 一︑ 講談 社︑ 一九 七四 年︑ 三一 三 頁︒
⑩
﹃大 日本 仏教 全書
﹄第 三一 巻︑ 仏書 刊行 会︑ 一九 一六 年︑ 一~ 三頁
︒
⑪ 田村 芳朗
﹁本 覚法 門と 心﹂
﹃本 覚思 想論
﹄春 秋社
︑一 九九
〇年
︑一 三 八~ 九頁
︒
⑫ 同書
︑一 五二 頁︒
⑬ 田村 芳朗
﹁鎌 倉新 仏教 の背 景と して の天 台本 覚思 想﹂ 同書
︑三 三四 頁︒
⑭
「鎌 倉新 仏教 にお ける 生死 観﹂ 同書
︑四 二〇
~一 頁︒
⑮ 用例 の全 体は 厖大 に過 ぎる ので
︑全 てを 掲げ るこ とは でき なか った
︒
⑯
③に 同じ
︑二 三四
~七 頁︒
⑰
③に 同じ
︑二 三七 頁︒
⑱ 小林 保治
・増 古和 子校 注・ 訳﹃ 新編 日本 古典 文学 全集
宇治 拾遺 物
語﹄ 小学 館︑ 一九 九六 年︑ 二九 六頁
︒
⑲ 高橋 貢﹁ 鑑賞
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ (四 )
︱
第一 一〇
︵巻 第九 第五
︶﹁ 恒 正が 郎等 仏供 養事
﹂
︱
﹂﹃ 並木 の里
﹄第 四九 号︑ 一九 九八 年一 二月
︒
⑳
③に 同じ
︑二 八八
~九
〇頁
︒
㉑
③に 同じ
︑二 九〇 頁︒
㉒
③に 同じ
︑一 六四
~六 頁︒
孤立 話か ら見 る﹃ 宇治 拾遺 物語
﹄の 特質
七八