高校公民科における学校設定科目「環境問題研究」のカリキュラム設計 : 社会問題研究としての環境学習
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(2) 題観を反映しているかどうかを検討してみると,. な価値:を無批判に受け入れることに懐疑的で. 未だ環境汚染や自然破壊といった現象面にとら. あらねばならない。したがって,「環境科学Hj. われる傾向があることが明らかになった。. や「政策環境科学」』のように,問題の解決策を. 2.学校教育における環境学習カリキュラムの. 個人のライフスタイルの変更や祉会変革への. 位置づけ. 参加を求めるのではなく,π7やん5ロθ5加. 学校教育課程の中で環境学習がおこなわれ. σθogr即加のように,解決策を対象化し,異な. る場として,道徳,特別活動,総合的学習をと. る価値の分析過程を授業に取り入れることが. りあげ,それぞれの学習活動を通じて育成でき. 有効であることを提示した。. る知識や態度,能力を明らかにした。そして,. 4.学校設定科目「環境問題研究」のカリキュ. 環境教育全体の目標を達成するたあには,それ. ラム設計. ぞれの学習の場でできることと,できないこと. 以上の研究をふまえ,「環境問題研究」の年. を峻別する必要性を指摘した。その中で,知識. 間計画を提案した。社会問題研究として環境学. の獲得という点においては,クロス・カリキュ. 習を設定し,生徒の探求過程を重視した内容編. ラムの有効性を認めっつも,高校段階では教育. 成原理で組織すれば,社会の見方・考え方を鍛. 課程上の問題から,学校設定科目として環境学. え,子どもたちの開かれた価値観形成を保障す. 習カリキュラムを編成することの有効性を述. る環境学習となることを明らかにした。. べた。. 3・これまでの環境学習カリキュラムの構成理. W。研究の成果と課題. 論. 研究の成果は,構造化された具体的な年間カ. カリキュラム設計の示唆を得るために,先行. リキュラムを提案できた点にある。構造化され. する環境学習カリキュラムの分析をおこなっ. たカリキュラムのもとでは,適切な教材選択,. た。・「環境問題」を,どのように認識しているか,. 排列が可能となり,知識の質を保障することが. また,携業を通してどのような解決策を毒向し. できる。また,生徒の三二や時代の変化に対応. ているかという観点から,カリキュラムの類型. して,教材の差し替えも容易になる。このよう. 指標を提示した。この類型指標に基づき,環境. に,内容構成原理を明示し,年間の授業を構造. 学習カリキュラムを「自己反省型」,「社会変革. 化することによって,汎用性の高いカリキュラ. 参加型」,「身近な問題型」,「自然科学型」,・「社. ムとなった。. 会問題型」に5つに分類した。各類型の代表例. 課題としては,カリキュラム設計において,. として,国内外のカリキュラムを分析した結果,. 環境を捉える概念を抽出し,各授業およびカリ. 抽5ロθ5加6‘θo留alρゐアや授業書「環境政策科学」. キ子ラム全体でそれらがどのように組み込まれ. のように,環境問題を社会問題として捉えるこ. ているかを明示できなかった点である。. とによって,子どもたちの社会の見方・考え方. を鍛えることができる環境学習となることが 明らかになった。また,子どもの価値観形成を 開かれたものとするためには,既存の,常識的. 主任指導教官. 岩田一彦. 指導教宮 岩田一彦.
(3) 研究題目. 高校公民科における学校設定科目「環境問題研究」のカリキュラム設計. 一社会問題研究としての環境学習一. 兵庫教育大学大学院学校教育研究科 教科・領域教育専攻 社会系コース. MOO 155G. 石川照子. 2001年12月20日 主任指導教官. 指導教官. 岩田一彦 岩田一彦.
(4) 月次. 目 次 1. 序論・…. 1.問題の所在と研究課題一. 1. 2.研究方法一. 2. 4. 第1章環境問題の概念と環境教育… 第1節学習内容に反映した環境問題二一. ・4. 1.「環境問題」を環境汚{染・自然破壊の問題としてとらえる授業一一. …・一. T. 2.「環境問題」を自然システムの問題としてとらえる授業一一一一. 一一・. U. 3.「環境問題を社会システムの問題としてとらえる授業一一一一・・. 第2節 国際会議で提起された環境問題観. W 一12. 1.ストックホルム会議(1972) 一身近な環境問題に対処するために…. 12. 2,ベオグラード会議(1975)とトビリシ会議(1977) 一環境問題についての考え方の進化一. 一13. 3.「失われた10年」とテサロニキ会議(1997) 一環境と持続可能性のための教育・. 第3節環境教育の現状と改革の方向性・. 16. 22. 1.文部省『環境教育指導資料』に示される回覧教育の特質一. 22. 2.グローバリゼーションと環境問題一. 27. 3.環境コミュニケーションの形成と環境教育一. 30. 第2章学校教育における環境学習カリキュラムの位置づけ. 40 41. 第1節道徳における環境学習・一 1.「「森林破壊」から「環境」を考える」の実践一. −41. 43. 2.道徳でおこなう環境教育の特色一. 第2節糊ll活動における環境学習…. 46. 1.「森林と水のめぐみ」の実践…一. 46. 2.特別活動でおこなう環境学習の特色一. 騨1鱒. 47.
(5) 目次. 第3節総合的学習における環境学習一. 49. 1.「B㎜0㎜」嚥一. 49 51. 2.総合的学習でおこなう環境学習の特色・…. 第4節クロス・カリキュラムにおけ.る環境学習. …54. 1.軸教材「森林」によるクロス・カリキュラムの構想…. 54. 2.クロス・カリキュラムでおこなう環境学習の特色一一. 57. 第5節学校設定科目における環境学習一. 59. 1.学校教育における環境学習の課題・一. 59 61. 2.学校設定科目でおこなう環境学習の有効性一. 第3章. U4. これまでの環境学習カリキュラムの構成理論一一. 64. 第1節環境学習カリキュラムの類型一 1.類型化の指標一一. 64. 2.環境学習の類型化と事例・一. 65. 3.フレームワークによるカリキュラム分析一. 67. 4.フレームワークによるカリキュラム分析の結果・…・・. 74 80. 第2節 自己反省型環境学習カリキュラム・一 1.和歌山県立向陽高等学校「環境科学」の教育構想・一. 一…・・一. @80. 2.カリキュラム編成一. 81. 3,授業構想一一一一一. go. 4.自己反省型環境学習カリキュラムの特質と課題一. 94. 第3節社会変革参加型環境学習カリキュラム・・. 98. 1.授業書「環境政策科学」の教育構想・一. 98. 2.カリキュラム編成・・. 99 。. 3.授業構想一. 104. 4.社会変革参加型カリキュラムの特質と課題一一. 107. 第4節 身近な問題型環境学習カリキュラム…一. 112. 1.アメリカ活動事伊喋1%7の教育構想一. 112. 2.カリキュラム編成一・. 114. 3,授業構想・. 120. 一H一.
(6) 目次. 4。. 身近な問題型環境学習カリキュラムの特質と課題・・. 126. 第5節自然科学型環境学習カリキュラムー. 131. 1.授業書「自然環境科学」の教育構想一. 131. 2.カリキュラム編成一. 133. 3.授業構想一. 137. 自然科学型環境学習カリキュラムの特質と課題一一一一一一一 4.. 140. 第6節社会問題研究型環境学習カリキュラムー一一一一一一一一一. 144. 1.イギリス中等地理プロジェクト儒召認面0磁興卿の教育構想一. 144. 2,. カリキュラム編成一. 3.. 授業構想一. 145 …150. 4.社会問題研究型環境学習カリキュラムの特質と有効性一一. 第4章学校設定科目「環境問題研究」のカリキュラム設計・・. 一152 156 156. 第1節学習目標一 1.. 二会問題研究としての環境学習一. 156. 2.. 「持続可能な発展」概念の吟味一. 158 162. 丁2節内容構成原理一 1.森林問題と水問題に焦点をあてた単元設定 一不可視な社会システムにせまる・…. 163. 2.問題の原因と解決策を追究する小単元構成. 一環境問題の本質と自己とのかかわりを認識する一. 164. 3.事実分析と価値分析を組み合わせた学習過程 一開かれた価値観形成を保障する一. 164. 4.世界の各地域の問題状況を取り上げる教材選定 一地球環境の全体像を提示する一. 167. 第3節 年間計画・ 1.. 167. 年間計画の概要一. 168. 2.年間計画……・ 3.. 165. 170. 小単元の概要一. 一iil一.
(7) 目次. 175. 第4節 学習過程・ 1.事実分析を中心とする授業一. 175. 2.価値分析を中心とする授業一. 202. 結論一一. 231. 1.本研究の意義…. 231. 2.今後の課題一・・. 232. 附記 論文要旨. 一iv一.
(8) 序論. 序論. 1.問題の所在と研究課題. 2001年11月7日に,世界で同時発表された『2001年世界人口白書』の畠1題は「人口 と環境の変化」であった。人類が抱える環境問題を、人口・開発・保健・女性などとの関 わりから包括的に詳述し、貧困の撲滅と環境に対する総合的な取り組みをしない限り、持. 続可能な油壷などの)開発は達成できないと警告している1。 21世紀はこれらの諸問題への対応が急がれると同時に,環境教育への期待はさらに高ま るであろう。しかし,学校教育における環境学習は,果たしてそれに応えるものになって いるだろうカ㌔「環境を大切にしよう」「自然を守ろう」という態度の育成や参加も必要で あろう。しかし,「なぜ,このように環境問題が深刻化してきたのか」を問わない環境学習 であってよいのだろうカ㌔. この問いには,これまでもっぱら社会系の教科・科目が答えようとしてきた。しかし,. たとえば高校の地理,あるいは現代社会などでおこなわれてきた環境学習は,地球環境問 題という事象を網羅的に扱おうとするがゆえに,知識は個々,断片的なものにとどまりが ちであった。また,限られた時間内での学習であるために結論が急がれ,教師による規範 的知識の注入に陥ることもしばしば見られた。. 『2001年世界人口白書』が指摘するように,環境問題を,人口・開発・保健・女性な どとの関わりから捉えるのが国際社会の合意である。この合意を前提とした環境学習の可 能性はないだろうカ㌔本研究の目的は,これまでの学校教育における環境学習を問い直し,. 社会系教科・科目における新たな環境学習カリキュラムを提案する点にある。. 研究課題を,次のように設定する。 (1)環境問題を環境汚染,自然破壊という「現象」としてだけでなく,「社会問題」とし. て禰すれば,縣学習において絵の肪・考訪を鍛えることができる。 (2)環境学習を学校設定科目という新たな科目として設定し,生徒の探求過程を重視し. た内容編成原理に基づいて組織すれば既存の常識的な価値を問い直し,生徒の開 かれた価値観形成を保障する環境学習が可能となる。. 一1.
(9) 序論. 2.研究方法. 上記の研究課題を達成するために,次の方法で研究をおこなう。. (1)「環境問題」とは何かを明らかにする. 国際社会において,環境問題がどのように認識されてきたかを明らかにし,日本に おける環境学習が,このことを十分反映していないことを指摘する。それらを踏まえ, 今後の環境教育の改革の方向性を明らかにする。. (2)学校教育における環境学習の形態を分類し,そこで得られる知識や能力,技能の違い. を明らかにする. 道徳糊【括動総合学習,クロス・カリキュラムにおける具体的な環境学習を分 析し,それぞれの学習活動でできることと,できないことを峻別する。その上で,学 校設定科目における環境学習の有効性を明らかにする。. (3)カリキュラム設計の示唆を得るために,先行する環境学習カリキュラムを検討する. 分析対象は,「環境科学1・H」(和歌山県立向陽高等学校),授業書「環魔自然科 学」「環境政策科学」(以上丸山),几7(アメリカ活動事例集),独α粥訪(勅興吻. (イギリス中等地理プロジェクト)の5つである。これらのカリキュラムは,形態が さまざまであるため,各カリキュラムに内在する教科論を抽出し,分析する。分析の 結果,環境問題を自然システムおよび仕会システムとの関係の中でとらえてこそ環境 認識は深まり,また,さまざまな価値を対象化して分析することによって,開かれた 価値観を子どもに保障できることを明らかにする。. ノ. (4)上記の研究成果を踏まえ,公民科学校設定科目「環境問題研究」のカリキュラムを設 計する. ここでは,「社:会問題研究としての環境学習」という立場にたち,カリキュラムの 目標,内容編成原理,年間計画,授業モデルを提案する。. 一2一.
(10) 序論. 【註および参考文献】. 1国連人口基金(UNFPA)/黒田俊夫監訳『2001年世界人口白書人口と環境の変化一人 類の足跡と未来への道標』家族計画国際協力財団(ジョイセブ),2001,の目次は以下の 通りである。. 1章:概要(序論/今年の唯界人口白書」の主要テーマ/文化変容,人口,環境). 2章:環境の動向(水と人口/将来の世界人口への食糧供給/温室効果ガスの排出と気候 変動/森林,生息地,生物多様性/地域別の環境動向) 3章:開発レベルと環境への影響(人間の活動が与える影響の測定,貧困と環境,都市化・ 無駄の多い消費パターン/人類の「エコロジカル・フットプリント」/環境難民). 4章:女性と環境(環境悪化が女性に及ぼす影響/健康と健康に関する決定への女性の参 加促進) 5章:健康と環境(人口の変動と健康/汚染と健康に対する脅威/リプロダクティブ・ヘ ルスと環境/HIV!エイズと環境,生物多様性の減少と健康/気候変動の影響). 6章:持続可能で公平な開発をめざした行動(新しい合意/人口と環境を結び付ける戦略 /必要とされる資金と技術支援/人口関連の投資から得られる環境面での見返り/ 行動に関する提言). .3一.
(11) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 第1章環境問題の概念と環境教育. 環境問題とは何か。環境問題の概念には,さまざまなレベルがある。環境問題観が異な れば,環境教育の目標原理や内容構成論,学習指導論も異なってくるのではないカ㌔本章 では,まず実際の社会科の授業を通して,そこで扱われている環境問題観の相違をみる。. つついて,この異なる環境問題観が何に基づいて認識されているのかを明らかにするため に,各時代における国際会議で提起された環境問題観を概観する。最後にこれらの事実を ふまえ,環寛教育の現状と改革の方向性を明らかにする。. 第1節学習内容に反映した環境問題観 本節では,環境問題の概念規定が異なると,学習内容や授業展開に差異が生じることを,. 具体的な授業実践から検証していく。「環境問題」を環境汚染・自然破壊の問題としてとら える授業として「諏訪湖の公害」と「よごれるびわ湖」を,「環境問題」を自然システムの. 問題としてとらえる授業として「水資源と環境保全ヨ琵琶湖・淀川水系の人々の生活を例 にして一」と「水の汚染と洗浄一琵琶湖「」の各2事例を取り上げる。「環境問題」を社会. システムの問題としてとらえる授業の例としては「森林資源とわたしたち一マレーシアの 熱帯林破壊「」を分析対象とした。. 単元・小単元名. 授業者. ①. 諏訪湖の公害. ②. よごれるびわ湖. ③. 水資源と環境保 室木忠男 全一琵琶湖・淘ll. 宮入盛男. 緻 小?. 2時問. 小3. 14時間 歴史教育者協議会『歴史地教育』223. 中学. 4時間. 山九隆編『環境教育実践鞠喋』第 一三1992,pp.3940・3948. 5時間. 朝倉隆太郎編『現代社会科教育実践. 時間. 出典 歴史教育者協議会『歴史地教育』189 号1971,PP.98−102. 亨. 号,1974,PP.4・15. 水系の人々の生. 耀. 活を例にして一. ④. 水の汚染と洗浄 冠琵琶湖一. 高山芳治. 小4. 講座第14巻国際理解および環境 の学習』現代社会科教育実践講座刊 行会,1991,PP.165171. 一4..
(12) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. ⑤. 森林資源とわた したち一マレー シアの熱帯林破. 寸一子. 鼻. 中学3. 10. 朝倉隆太郎編『現代社会科教育実践. 年選択 ∼15. 講座第14巻 国際理解および環. 時間. 境・資源の学習』現代社会科教育実. 教科「社. 践講座刊行会,1991,pp.199−206. 会」. 1. 「環境問題」を環境汚染・自然破壊の問題としてとらえる授業. (1)「諏訪湖の公害」の実践1. 「諏訪湖の公害」の授業のねらいは「諏訪湖の汚濁・汚染の実態を知り,諸資料からそ の原因を明らかにし,公害防止の課題を知る」ことである。授業は次のように展開する。. 第1時. 「現状の認識」諏訪湖はどうなっているのカ㌔. 人々の生活との関係はどうカ㌔. 第2時. 「原因の探求」直接原因はなにか。社会経済的な背景から原因にせまる。 「将来への展望」公害追放の主体的意識を形成する。. 原因については,工場排水・家庭下水などによる直接原因と,社会経済的な背景一経済 政策,公害行政,地域史等一からさぐるように計画されている。授業者は諏訪湖の汚染が 「高度経済成長政策,そして新産業都市としての企業優先の結果と深い関係」にあるとし,. また地域住民は「公害追放」の主体として位置づけられている。. ここで環境問題」とは,諏訪湖の水質汚濁のことを指している。. (2)「よごれるびわ湖」の実践2. 本実践は,琵琶湖のほとりに住み,琵琶湖の恩恵を受けている子どもらが,言葉では知 っていても,「地理的な琵琶湖」「生活と関わる琵琶湖」「政治や経済の対象となる琵琶湖」. については何も知らない,という現実から出発した授業である。全体は14時間で構成さ れており,学習の視点として次の6点が設定されている。. ①汚染の現状を正しく(科学的に)おさえる. ②汚染の原因を明確にする ③汚染と県民のくらしにふれる. 一5一.
(13) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. ④琵琶湖の役立ちにふれる一歴史的に一 ⑤琵琶湖総合開発のねらいを明らかにする ⑥琵琶湖を県民の生活にとりもどす運動にふれる一住民運動と展望を明確に一. また,評価の基準は次のように設定されている3。. 汚染の現状や原因を科学的に把握できているカ㌔企業と自治体行政の責任を明確に関係づけているカ㌔ 琵琶湖総合開発の中味とその県民への影響を住民の立場から見ているカ㌔汚染による被害や被害者の. 見方が道徳的・心情的になっていないか。汚染の責田ま住民にもという畔引論になっていない瓜. ここでも「環境問題」とは,先の「諏訪湖の公害」の授業同様,琵琶湖の水質汚染のこ とを意味している。. (3)「環境問題」を環境汚染・自然破壊の視点からとらえる授業の特質. 「諏訪湖の公害」と「汚れる琵琶湖」の実践がなされた1970年代前半は,高度経済成 長の負の部分として,全国的に公害が拡大,問題化した時期である4。両実践とも単元名 が示す通り,「湖の水質汚濁」が学習対象である。授業構成は,汚染物質を垂れ流す工場と,. 無秩序な工場誘致をおこない,公害対策を十分におこなわなかった行政が加害者。地域住 民が被害者という図式が共通している。確かにそうなのだけれども,どこかに違和感が残 るのはなぜカ㌔それは,「なぜ工場は汚染物質を垂れ流すのか」「なぜ自治体は工場を誘致. するのかまた,なぜ十分な公害対策を講じなかったのか」「なぜ地域住民は汚染が広がる まで黙っていたのか」という問いへの発展がないからである。そのため,「非情な」企業や 行政と,「悲惨な」被害者という見方にとらわれてしまっている。. このように,「湖の水質汚濁=環境汚染・自然破壊の問題」という狭義の「環境問題」を. 授業で設定すると,子どもの認識はこの問題をはさんで,加害者と被害者が対峙する構図 にとどまってしまう。. 2.「環境問題」を自然システムの問題としてとらえる授業. 一6一.
(14) 第1章 「環境問題」の概念と環墳教育. (D「水資源と環境保全絹琵琶湖・淀川水系の人々の生活を例にして」の実践5 本単元は,水利用と環境保全をテーマにしており,地理的な学習を通して環境教育を進 めようとするものである。単元全体は次の4時間で構成される。. 第1時「巨大な自然のダム・琵琶湖」 第2時「水資源の旅」. 第3時「進む琵琶湖の総合開発」 第4時「琵琶湖の汚染問題とそれを防ぐ工夫」. 第1時では,琵琶湖が巨大な貯水池であることに資料から気づかせ,続いて第2時では 淀川水系を上流から下流へ下りながら,琵琶湖および淵llの水がどのように利用されてい るかを把握させる。第3時では,京阪神地域のための水資源開発事業「琵琶湖総合開発」 が,琵琶湖の水位低下に対してどのような対策を講じているかをつかませる。第4時では,. 琵琶湖汚染に対する滋賀県民のこれまでの取り組みの歴史から,子どもらの環境保全に対 する意識を高めることをねらっている。. 本実践では,「環境問題」とは単純に琵琶湖の汚染をさし示すものではない。琵琶湖一淀. 川水系という「循環する水資源」の問題としてとらえられている。このような環境問題観 に立っているので,最終の第4時の学習では,琵琶湖の環境保全のための工夫について, 公害防止条例だけではなく,風景条例,ヨシ群落保全条例など多面的な施策がなされてい ることが理解できるのである。. (2)「水の汚染と洗浄一琵琶湖」の実践6. 本単元は,水を生態系の中に位置づけ,人間環境の貴重な資源としての水をその本質か らとらえなおし教材化を試みたものである。. 第1時「バケツの中の水」人間ひとりと工場一日あたりの水使用量の比較、 第2時「水と都市」都市が水を安定供給するためにおこなっていること。. 第3時「水と人間」水が有限の循環資源であり,人間はその循環する水を利用 している。. 第4・5時「琵琶湖」琵琶湖の水質汚濁が進んでいる現況を把握し,その原因を. 一7一.
(15) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 「なぜ」という問いを通して,多面的に追求する。. 第4・5時の「なぜ」という問いは以下の通りである。 「人口がふえると,なぜ琵琶湖は年をとるのか」 ★「家庭からの廃水が増えると,なぜ琵琶湖は年をとるのか」 「農業廃水はなぜ琵琶湖に年をとらせるようになったのか」 ★「工場がふえ,工場廃水が増えると,なぜ琵琶湖は年をとるのか」 「ごみが川や山に捨てられると,なぜ琵琶湖は年をとるのか」 「琵琶湖の中や周辺で工事力桁なわれると,なぜ琵琶湖は年をとるのか」 「中湖が干拓されたら,なぜ琵琶湖は年をとったのか」 「藻刈りをやめたら,なぜ琵琶湖は年をとったのか」. 前項で取り上げた宮入実践と森本実践が,「家庭からの廃水が増えたので諏訪湖(琵琶湖). は汚染された」「工場がふえ,工場廃水が増えたので,諏訪湖(琵琶湖)は汚染された」と いう知識にとどまっていたのに比べ,本実践では,★の問いのように,「家庭排水(工場廃. 水)がふえると,なぜ湖は汚染されるのか」まで探求しようとしている。このような問い. が可能になるのは,第1∼3時で,水の循環システムについての知識が子どもらに獲得さ れているからである。. (3)「環境問題」を自然システムの問題としてとらえる授業の特質. 室木実践高山実践が示すように,水の循環という自然システムの視点を授業に取り入 れることで,汚染の原因やそれへの対策をより多面的に探求することができる。結果とし て「環境問題」についての子どもの認識は,水質汚染をめぐる「加害者一被害者」の二項 対立の構図にとどまることなく,資源の利用・保全にまで広がっている。. 3.「環境問題」を社会システムの問題としてとらえる授業. (1)「森林資源とわたしたち一マレーシアの熱帯林破壊r」の実践7 本単元は,中学3年の選択教科「社会」での実践である。単元構成は以下の通りである。. 一8一.
(16) 第1章 「環境問題」の概念と環墳教育. ①〔導入〕ブナン族の闘い一木材伐採道路の封鎖をどう考える? ②〔学習課題の設定〕学習課題の設定,研究グループの編成. ③ブナン族の生活}彼らはなぜ闘うのか? <1>森とブナン族とのつながり〈2>焼細とは?<3>森林破壊の犯人は? ④国際世論に訴えるのはなぜ? ⑤〔まとめ〕私たちの課題は?. 導入部では,木材伐採道路封鎖について,ブナン族,サラワク州政府,進出企業,消費 者等の対応や見解を要約した資料を提示することで,生徒に立場の違いによる見解の相違 に気づかせ,疑問点をあげさせている。そして,これをもとに,学習課題を設定している。. 展開部前半にあたる③では,森とブナン族のつながりを,生活面だけでなく精神的・社 会的基盤であることを理解させた上で,熱帯林伐採が彼らにもたらす影響を考えさせてい る。また熱帯林破壊の主要因は「非伝統的な焼畑」であり,そのような農業を行う人々の 多くが,移住してきた貧困層であったことを理解させようとしている。つまり,具体的な 事例をもとに,加害者でもあり,被害者でもある当事者の立場から熱帯林減少の問題をと らえようとしている。. 展開部後半にあたる④では,ブナン族が木材伐採を管理しているサラワク州政府と闘わ ないで,「なぜ国際世論に訴えるのか」という問いが設定されている。この問いを追究する. ことで,少数部族の声を政治に反映させない社会のしくみがあることに気づくことができ る。つまり,サラワクで熱帯林破壊が進行する要因のひとつに,マレーシア国内の社会問 題があることを認識させようとしている。. まとめの⑤では,マレーシアの熱帯林破壊と自分たちの生活との関連に気づくため,日 本の木材輸杁について学んだ上で,感想や意見を発表している。. (2)「環境問題」を社会システムの問題としてとらえる授業の特質. 木村実践は,熱帯林破壊の原因を生態学,社会構造,経済の面から多角的・客観的に把 握させようとしている。また,政策決定に参加する機会がなかったブナンの人たちが行っ た,国際世論に訴えるという方法を通して,「政策決定への参加」や晴報の収集・発信」 が問題解決の有効な手段となること,反対に「情報格差」や「参加の阻害」が祉会的不公 正を温存・拡大させ,環境問題の本質的な原因のひとつになっていることにも気づくこと. 一9一.
(17) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. ができよう。. このように「環境問題」概念を環境汚染・自然破壊のレベルにとどめることなく,問題 が発生しているローカルな場から世界規模の貿易の構造まで,社会経済システムの問題と してとらえることによって,環境についてのより本質的な問題認識に達することができる ことが明らかになった。. 【註および参考文献】. 1宮入盛男,諏訪湖の公害を授業でどのように扱ったか歴史教育者協議会『歴史地理教 育』189号,1971,pp.98・102 2森本亨;「よごれるびわ湖」を教えて,歴史教育者協議会『歴史地理教育』223号;1974,pp. 4−15. 3生徒が毎時の終わりに書いた作文を読む際の観点として示されている(森本,前掲論文 2,p.10)。したがって,これは評価の観点といえる。. 4たとえば,社会科教育関連の雑誌でも,1960年代末から1970年代前半において,以下 のような特集が組まれている。. 『教育科学社会科教育』明治図書 ・1969年,9月号(No.61)「特集産業学習と公害問題の扱い方」. ・1971年,2月号(No.78)「特集公害問題の教材化と公害授業の方法」 ・1973年,11月号(No.112)「特集公害問題をいかに授業構成するか」 『歴史地理教育』歴史教育者協議会 ・1970年,12月号(No.175)「特集公害とたたかう教育」. 5室木忠男,水資源と環境保全一琵琶湖・溜1泳系の人々の生活を例にして一,三極三編 『環境教育実践事例集1第一法規,1992,pp.3940・3948. 6高山芳治,水の汚染と洗浄一琵琶湖「朝倉隆太郎編『現代社会科教育実践講座第14巻 国際理解および環境の学習』現代社会科教育実践講座刊行会,1991,pp.165・171. 7木村一子,森林資源とわたしたち一マレーシアの熱帯林破壊「,朝:倉隆太郎編『現代社会. 一10一.
(18) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 科教育実践講座第14巻 国際理解および環境・資源の学習』現代社会科教育実践講座 刊行会,1991,pp.199・206. 一ll一.
(19) 第1章「環境問題」の概念と環境教育. 第2節国際会議で提起された環境問題観 前節でみたように,どのような環境問題観に基づくかによって,学習内容や授業展開に 相違がみられた。それでは,これまで環境問題はどのように規定されてきたのであろうカ㌔. 1972年に開催された国連人間環境会議は,環境教育の必要性を初めてうたった国際会議で ある。これ以降,環境教育に関するさまざまな国際会議が開かれてきた1。そこで,本節 では,環境問題をめぐって,国際会議でどのような議論がなされてきたカ㌔そしてそれら の環境問題観にもとづいて,環境教育の目的がどのように設定されたのかをみていく。. 1.ストックホルム会議(1972)一身近な環境問題に対処するために. (D環境問題観の南北格差. 1970年代初め,先進工業国を中心として公害が広がり,大きな社会問題となった。この ような世界的な環境保全に対する関心の高まりの中,1972年に国連人間環境会議(以下, ストックホルム会議という)が開催される。ストックホルム会議は“Only One Earth(か. けがえのない地球)”というスローガンのもと,人間環境宣言と,行動計画として107の 勧告が出された。人間環境宣言では「現在及び将来の世代のために人間環境を擁護し向上 させることは,人類にとって至上の目標,すなわち平和と,世界的な経済発展の基本的か つ確立した目標と並び,かっ調和を保って追究されるべき目標となった」とうたわれてい る2。. しかし,この会議の過程で,環境問題に対する先進国と開発途上国の認識の違い一南北 対立一があったことはよく知られている。発展途上国は,環境問題の大部分は貧困から生 じており,環境保全のためにも経済発展が必要である一という主張を譲らなかった。たと えば,インドのガンジー首相は,このような立場を代表して「貧困こそが最大の環境汚染 ではないか,かけがいのない地球(Only One Earth)というよりも,生命は一つ,世界は 一つ(L晩is One and the Wbrld is One)というべきだ」と述べたという3。このように,. 環境問題の解決に向けた国際的な動きは始動したものの,「環境問題」をどのようにとらえ,. 環境保全と経済発展をいかにして両立するかについての,具体的な方策の作成にはいたら なかった。. 一12一.
(20) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. (2)環境教育の必要性の合意. 環境教育については,人間環境宣言の原則19で述べられている。そこでは「恵まれな い入々の立場を十分に配慮した環境問題に関する青少年教育及び成人教育」4という表現が 選ばれている。これは,開発と環境保全についての途上国の意向を反映したものといえる。. 先述したように,この会議において,南北間の環境問題認識の差は明らかであった。環境 教育についてみれば,世界的な規模で環境教育を推進しようとする先進国の提案に対し,. 途上国は「環境教育という銘をつけて,樹を切るな,国土を開発するな,工業化をするな という考えを人々に植えつけて,開発途上国をいつまでも後進国のままにしておくための 陰謀であり,先進国にとって都合のよい考えを開発途ヒ国民に持たせる為の教育を押しつ けているのではないか」と反発し,環境教育に関する勧告は危うく流れそうになったとい う5。. なんとか行動計画に盛り込まれた勧吉96「教育・訓練・情報交換」では,環境教育の対. 象目的,方法について,次のように述べられている6。. 事務総長,国連の諸機構とくにユネスコおよび関係諸国際麟薄に対し,相互協議の上,次に述べる国 際的な計画を樹立するために必要な対策を立てることを勧告する。対象となるのは環境に関する教育 であり,あらゆるレベルの教育機関および直接一般大衆とくに農山漁村および都市の「般青少年およ び成人に対するもので,環境を守るため各自が行なう身近な簡単な手段について教育することを目的 とし,各分野を総合したアプローチによる教育である。. このように,環境教育の目的については,「環境を守るため各自が行なう身近な簡単な手. 段について教育すること」と規定されている。ここでの「環境問題」は,開発や工業化に ともなう公害に代表される身近な環境問題が想定されているといえよう。まだ,地球規模 の環境問題が大きく取りざたされていなかった時代であった。. 2.ベオグラード会議(1975)とトビリシ会議(1977)一環境問題についての考え方の進 化. q)ベオグラード憲章rA.環境の状況」. 1975年に開催されたベオグラード会議は,正式には,国際環境教育ワークショップとい. 一13一.
(21) 第1章「環境問題」の概念と環境教育. い,2年後に予定されていた環境教育政府間会議のための準備会議という性格をもってい た7。このとき採択されたベオグラード憲章は,「:A.環境の現状」「B.環境の目的」「C.. 環境教育の目的」「D.環境教育の目標」「E.対象」「F.環境教育ヲログラムの指導原理」. からなるものでその後の環魔教育に木きな影響を与えた・日本では文部省『環境教育指 導資料』をはじめ,この憲章の「D.環境教育の目標」が引用されることが多い。しかし,. 本項では環境教育の前提となる環境に対する認識,すなわち「A.環境の状況」に注目し たい。. 先のストックホルム会議で,環境問題の認識について南北間の対立が問題になったこと. はすでに述べた。また,ベオグラード会議の前年の1974年には,第6回国連経’済特別総 会において,新国際経済秩序(New Intemational Eoonomical Order, MEO)宣言が採 択されている。先進国も途上国もともに経済の相互依存性を認識し,発展途上国の国際社 会での地位の改善と国際経済の安定と発展が合意され,発展途上国の主張は無視できない. ものとなった8。ベオグラード憲章では,このN[EOが強く意識されており,「A環境の 状況」にも反映されている。. 「A.環境の状況」の冒頭において,世界の現状を,空前の経済成長と技術の進歩が,. 一方では国家間における貧しきものと,富めるものとの不均衡を増大し,自然環境の悪化 が世界的規模で進行しているものと認識されている。続いて,新国際経済秩序宣言は「開 発の新しい概念」を求めており,それは貧困,飢餓,非識字,汚染,搾取そして支配の根 本原因の根絶であると述べられている。そして,最終部分では,この新しい教育(環寛教 育:筆者注)は幅広い基盤に立ち,新国際経済秩序についての国連宣言で概説された基本 原則に関連付けられたものでなければならないと環境教育を位置づけた9。 このような,ストックホルム会議からベオグラード会議にかけての環境教育の意味合い の変化について,中山は次のように指摘している10。. ストックホルム会議当時において,必要性が唱えられた環境教育の目標は,どちらかというと環境 汚染や入口問題について学習者に知らせ,これに対処するために自分は何をなすべきかという汚染対 処の,また,科学技術的なものが中心であった。それが短い期間に,環境倫理というようなものをも 含めて人文科学や社会科学の分野にも重点がおかれるように変化したのであった。. また,丸山も次のように指摘しているu。. .14一.
(22) 第1章「環境問題」の概念と環境教育. このように環境教育はもっぱら環境問題の解決に寄与する教育と規定されながらも,スットックホ ルム会議での一般市民の身近かな門魔問題に対処するための簡単な方策に関するものから,ベオグ ラードにおける新国際秩序の構築のために個人や社会の行動を形成するものへと位置づけ直され たのである。. 日本でしばしば引用されているベオグラード憲章の「D.環境教育の目標」,すなわち 「関心(Awareness),知識(K:nowledge),態度(Attitude),技能(Skf皿s),評価能. 力(EvaIuation abi凪y),参加(Participation)」は,以上のような「A.環境の状況」. を前提として理解されるべきであろう。また,「C.環墜教育の目的」では,次のように 述べられている12。. 環境とそれに関連する問題に気づき,そのことに関心を持ち,そして現在の問題の解決や新しい 嬰題の予防のために個人や集団で働くための知識,技能,態度,動機そして参加の意欲を持つ人々 の世界的な数を増やすことである(下線筆者)。. ここで,再三登場する「問題」とは,先の「A環境の状況」をふまえて理解するなら ば,オゾン層の破壊や即測ヒといった環境破壊の現象だけを指すのではないことは明白で ある。. (2)環境教育の基本「トビリシ宣言」. ベオグラード会議と,それに続く世界5三門で開催された環境教育専門家地域会議を経 て,1977年に環境教育政府間会議(以下,トビリシ会議という)が開催された13。ベオ グラード憲章が環魔教育の専門家によって作成されたのに対して,トビリシ宣言と勧告は 各国政府代表の合意によって策定されたもので,世界では環境教育の基本として広く認知 されている14。. このトビリシ会議の宣言と勧告は,ベオグラード憲章と同じく,N[EOを強く意識した ものになっている。勧告2では環境教育の目的,目標,指導原理について示され,その前 文には,「環境教育は平和をより確かなものにし,国際緊張の緩和と国家間の相互理解を一. 層進めて,国際的連帯やあらゆる形の人種的,政治的および経済差別の撤廃の真の手段と. 一15一.
(23) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. なるべきであると認識し」ていると述べられている15。つまり,環境教育は,同時に平和 と人権の尊重をもたらすものと理解されているといえよう。. ここまでで,1970年代に開催された国際会議一ストックホルム会議ベオグラード会 議,トビリシ会議一で示された「環境問題」の内容と「環魔教育の目的」を,その当時 の国際関係の文脈でみてきた。その結果,次のことが明らかになった16。. ① ストックホルム会議では,環境教育の目的は「環境を守るため各自が行なう身近 な簡単な手段について教育する」とされたが,南北間の「環境問題」の認識のズ レを反映して,その後「環境を守る」「身近な簡単な手段」というだけの狭い意 味ではなくなってきた。 ② それは,環=境問題が,開発問題や南北問題(地域間格差)17と不可分であるとい. う認識であり,したがって,環境教育は,ひいては平和で人権が尊重される社会 を実現する手段となりうると考えられるようになった。. 3.「失われた10年」とテサロニキ会議(1997)一環境と持続可能性のための教育. (1)地域間格差のさらなる拡大. 1977年のトビリシ会議以降,環境問題についての考え方はどのように展開していったの だろうカ㌔. 1980年代は,開発のための「失われた10年目と呼ばれている18。1980年代に入ると,. 一次産品の価格は低迷し,一部のMES諸国は経済発展を遂げたものの,全体的には地域 間格差,貧富の差が拡大した19。また,オゾン層の破壊,地球温暖化など地球的規模の環 境問題が,深刻なものとして認識されるようになってきたのもこの時期である。. 1984年に発足した,環境と開発に関する世界委員会(通称ブルントラント委員会)は,. 3年後に報告書「我ら共有の未来」を提出した。ここでは1980年に登場した「持続可能 な発展」概念20を踏襲しつつも,その環境分析の手法が,「南北問題という政治・社会問 題に焦点をあて,地球環境問題を発展途上国の開発問題と不可分のものとして分析しよう としている」点に,これまでの析視点とは異なる分析視点が見出せるという21。このよう に,1980年代には「環境問題」が,ますます発展途上国の開発問題と関連づけて,認識さ れた時期といえる。. 一16一.
(24) 第1章 「環境問題1の概念と環境教育. 1992年,ストックホルム会議から20年を経て,深刻化する地球環境問題を背景に,環 境と開発に関する国連会議(以下,地球サミットという)が,リオデジャネイロで開催さ れた。ここで「環境」と「開発」が併記されている点はこれまでの,経緯からみて当然の ことといえる。地球サミットではリオ宣言と,それを具体化するための行動計画アジェン ダ21,そして気候変動枠組み条約,生物多様性に関する条約および森林保全の原則声明の 5つが採択された。しかし,この時も国益の激しいぶつかりあいとなり,どのようにして 地球の環魔を保全するかという具体策は欠いたままに終わった22。. (2)トビリシ以降の環境教育の再評価. 1997年,トビリシ会議から数えて3度目の国際環境教育会議が,ギリシアのテサロニ キにおいて「持続可能性のための教育と公共意識」器というテーマのもと開催された。会 議の成果であるテサロニキ宣言の「我々は次のことを再確認する」の項では,次のように 述べている%。. トビリシ勧吉の枠組みの中で開発され,爾後展開されてきた環境教育は,アジェンダ21や主要な 国連の諸会議の中に含まれた全領域のグローバルな問題に対処してきたが,それはまた持続可能性 のための教育としても取り扱われてきた。したがって,これは環境と持続可能性のための教育とい うこともできる。. このように,テサロニキ宣言では,ベオグラードやトビリシ等での勧告や行動計画はい まだ有効であることが確認され,トビリシ勧告以降の環境教育を「環境と持続可能性のた めの教育」と再評価している。. 以上,ストックホルム会議以降,どのように環境教育が性格付けられてきたかを見てき. た。その結果現在では環境教育は「環境と持続可能性のための教育」として認識されて いる。そして,それを具現化するためには,「環境問題」を,「身近にみられる環境汚染や. 自然破壊の問題」と狭義にとらえるのではなく,自然システムや,開発問題貧困などの 環境悪1イヒの要因となる社会問題まで含みこんだ広義の意味にとらえることが求められてい ることが明らかになった25。. 一17一.
(25) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 【註および参考文献】. 1唾壷教育に関する国際会議には,以下のものがある。 開催年. 1972. 会議名 ・ストックホルム会議(国連人間環境会議). 邦文で入手できる宣言・勧旨等 入間環境宣言,. 勧告96「教育・訓練・情報交換」. 1975. ・ベオグラード会議(国際環境教育ワークシ. ベオグラード憲章. ヨップ). 1976. ・環境教育専門家地域会議(世界5地域で開 催). 1977 1980 1982. ・ナイロビ会議(UNEP管理理事会特別会合). 1983. ・トビリシ会議以降の環境教育の進歩と流れ. ・トビリシ会議(環境教育政府間会議). トビリシ宣言,トビリシ勧告. ・環境教育国際セミナー(ブダペスト). についての専門家会議(パリ) ・環境教育国際シンポジウム(ブルガリア). 1985. ・カリキュラム開発者に対する協議会(ニュ 一デリー). 1985. ・大学と環境に関するラテンアメリカ・カリ ブ海セミナー(ボゴタ) ・アラブ地域の大学教育への環境教育概論を 導入するための地域セミナー(ドーハ). 1986. ・環境と社会科教育に関する国際シンポジウ ム(パリ). ・工業および農業学校の教員養成カリキュラ ムへの環境教育の導入に関する協議会(シ ンガポール). 1987. ・モスクワ会議(第2回国際環塊教育会議). 1992. ・地球サミット(環境と開発に関する国際会. アジェンダ21「第36章教育, 意識啓発及び訓練の推進」. 議). 1997. 環境教育と訓練のための国際的 な活動戦略作成. ・テサ八三キ会議(第3回国際環境教育会議). テサロニキ宣言. 以下の文献をもとに筆者f械 ・大島英樹,環境問題と環境教育,堀尾輝久・河内徳子変『平和・人権・環境 翻測青木書店,1998 ・中山和彦世界の環境教育とその流れ一ストックホルムからトビリシまで,沼田眞監修佐島群巳・中山和彦編『地 球イゆ寺代の環境教育4世界の環境教育』国土社,1993. ・rF黒糖弘環境教育の概念と実践の発展一トビリシからモスクワまで同上書. 2堀尾輝久・河内徳子編『平和・人権・環境 教育国際資料集』青木書店,1998,p.185 3多谷千香子『ODAと環境・人権』有斐閣,1994, p.9. 一18一.
(26) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 4前掲書2,p.187 5中山和彦,世界の環境教育とそめ流れ一ストックホルムからトビリシまで,沼田眞監修,. 佐島群巳・中山和彦編『地球化時代の環境教育4 世界の環境教育』国土枇1993,pp. 12−13 6同上書,p.13.. 7この会議の特徴は,政府の代表による政治会議ではなく,ユネスコが個人として指名し た環境教育専門家(60ヵ国,96名)で構成された会議であったことである。(中山,前 掲論文5,p.16). 8しかし,現実のMEO樹立は,先進国の賛同を得られず,世界の経済構造に変動をもた らすことはできなかった。 9ベオグラード憲章 「A.環境の状況」(前掲書2,p.201) lo中山,前掲論文5, p.24. 11丸山博,環境教育目的論の検討と環寛教育大系化の試み,北海道大学教育学部『北海道大 学教育学部紀要』第61号,1993,p.90 12ベオグラード憲章 「C.環境教育の目的」(前掲書2,p.203). 13トビリシ会議は,UNEP(国連環境計画)との協力でユネスコが開催したものである。. 会議の最終報告書は,40の一般報告と37の委員会報告,およびトビリシ宣言と41の 勧告としてまとめられた。(大島英樹,環魔問題と環境教育,『平和・人権・環境教育 国際資料集1,P.108). 14しかし,日本ではトビリシ会議についてはほとんど言及されず,ベオグラード憲章が引 用されることが一般的である。この点については,以下の論文で指摘されている。 ・丸山博,環境教育目的論の検討と環境教育体系化の試み,北海道大学教育学部『北海道 大学教育学部紀要』第61号,1993,p.92. ・中山和彦,環境教育のはじまりと流れはどうなっているのか奥田眞丈監修佐島群巳 編集『教職研修環境教育の考え方・進め方』教育開発研究所,1997,p.13. ・大島英樹,環境問題と環境教育,堀尾輝久・河内徳子編『平和・人権・環境 教育国際 資料集』青木書店,1998,p.106 15トビリシ勧告2 「前文」(前掲書2,p.212). 16このような環境問題についての考え方が進化した背景として,多谷は次の2点を指摘し. 一19一.
(27) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. ている(多谷千香子『ODAと人間の安:全保障 環境と開発』有斐閣,2000, p.35)。. ①環境問題は,地平線が拡大して地球全体のかつ深刻な問題になったこと。 ②南の国の発言力が増大したこと。 17「南北問題」は国家問格差をさすものであるが,ある国家の枠の二一「先進国であれ,発. 展途上国であれ一においても,地域間格差・貧富の差は存在している。したがって,地 域レベルでも経済的・社会的不公正がおこっているといえる。 18多谷,前掲書3,p.67. 19例えば,LDC(後発開発途上国:Least Developed Countries)は,1971年にアフガニ. スタン等24力国が認定されて以来,毎年のように増え続け,1991年には約2倍の47 力国に達した。(多谷,前掲書3,pp.68・69). 20「持続可能な発展(Susta㎞ble Development)」の初出は,1980年の「世界環境保護戦. 略」といわれる。なお,持続可能な発展概念の定義の類型については,第4章1節で触 れる。. 21多谷は,従来の分析視点として,たとえばアメリカの世界戦略の視点から分析した 「Global 2㎜」(1980),生態学の視点から分析した「世界環境保護戦略」(1980)を あげている。(多谷,前掲書16,p.38). 羽例えば採択された宣言,条約,声明について,以下のような諸国間の確執があった(多 谷,前掲書3,p.11−13)。. ・「リオ宣言」は,はじめ「地球憲章」とする考えであったが,発展途上国が,環境保全. 政策を進める際は開発との関連にも配慮すべきであるとして,開発を重視することに 固執したため,妥協がはかられ,結局「環境と開発に関するリオ宣言」とすることで 落ち着いた。. ・「気候変動枠組み条約(温暖化防止条約)」では,二酸化炭素排出量を1990年の水準 に一律に規制し,安定化するという欧州・日本の主張は,国内に多くの失業者を抱え,. 経済の停滞に悩むアメリカの反対にあって退けられ,排出規制目標値が明示されなか つた。. ・「生物多様1生条約」は,保護対象となる種や生、自門のリストに関する条文が,開発の阻. 害を恐れる発展途上国の反対で削除され,アメリカは遺伝子操作技術などの知的所有 権(秘呆障が十分でないとして,先進国として唯一,条約への署名を拒否した(その後. 一20一.
(28) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 署名)。. ・「森林保全の原則声明」では,途上国側は森林条約反対で態度を一つにしていた。地球. サミットにむけた発展途上国環境相会議において,森林条約は熱駐材の貿易禁止を狙 つたものであり,熱帯林減少の主要因は貧困と人口増加に起因する焼畑であって,熱 帯材貿易はほんのわずかしか寄与していないと主張した。また,マレーシアのマハテ イール首相は,今まで森林を破壊して農地にしてきたのは先進国であると述べて,各 国の森林率を30%にまで高めるべきだと主張した。 % 「持続可能性」は,自然環境の保全が達成され,同時に環境破壊の一因となっている貧 困などの社会的不公正が追放された「持続可能な社会」の実現を示唆する概念である。. したがって,持続可能性のための教育(Education fbr Sus血bility)とは,そうした. 社会を実現するための「教育全体の再構築」が含意されているという(阿部治他,縢 境と社会に関する国際会議:持続可能性のための教育とパブリック・アウェアネス』に おけるテサロニキ宣言,『環境教育』voL8・2,1999)。 % 「テサロニキ宣言」11(前掲書2,p.538). %佐藤は,テサ目当キ会議や近年の関連会議を概観して,国際的に環境教育は大きく3つ の点で変化を遂げつつあるとする。第一に自然と科学に基づく環境教育が,持続的発展 を支える社会,経済,政治的側面にも広がり,環魔教育の果たす役割が拡大している点 である。環境教育の導入が自然保護教育,野外教育,環境科学,といった自然と科学に 基づく教育から,人権,ジェンダー,人口,社会開発,基礎教育をも考慮にいれた教育 へと拡大している。第二に学校だけが環境教育の主たる舞台ではなくなった点。第三に は,環境教育が行動主義的な様相を持ちつつあることを指摘している(佐藤真久,環境 教育の国際的動向とアジア太平洋の取り組み,『環境と文明』8,月号,1999)。. 一21一.
(29) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 第3節環境教育の現状と改革の方向性 本節では,まず学校教育における環境教育の公的な見解といえる文部省『環境教育指導 資料』を検討し,前節でみた国際的な環境教育の流れに沿ったものになっているかどうか を検証する。次に,今後の環境教育に求められる課題を探るために,まず,地球環境をめ ぐる展望,特にグローバリゼーションの進展の視点から環境問題をとらえなおすb次いで,. 平成13年度版環境白書のテーマ「環境コミュニケーションの型押について検討ずる。. 1.文部省『環境教育指導資料』に示される環境教育の特質. 本項では『環境教育指導資料』で例示された授業実践を通して,文部省がすすめる環境 教育の特質を明らかにする。. (1)「熱帯林の減少から環境問題を考える」の実践1. 本実践は,文部省の『環境教育指導資料(中学校・高等学校編)』に掲載されている高校 公民科「現代社会」における指導例である。指導内容は次の通り。. ①熱帯林の現状 ②熱帯林の減少 ③熱帯林と日本 ④熱帯林の保護 ⑤考えは地球規模で,行動は足元から. まず,導入にあたる①では,ビデオや地図帳を使い,地球の熱帯林の分布とその急速な 減少の状況を把握させる。. ②∼④は展開部にあたる。②では「なぜ熱帯林が減少するのか」を考えさせているが、. 地域が絞られておらず「熱帯林」一般を対象とした問いになっている。また,熱帯林減少 の原因の一つとしてあげられる焼畑については,伝統的焼畑と非伝統的焼畑の鴎llはない。. 農地への転用についても、入植政策によるものなのか、輸出換金作物のためのプランテー ション化によるものなのかわからない。つまり,本実践では,熱帯林減少に関する各地域. 一22一.
(30) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. 特有の社会的背景への考察が欠如している。また,熱帯林減少の背景として発展途上国の 「貧困」「人口急増」をあげているものの、貧困や人口増加の事実が示されるだけで,なぜ そうなるのかまでは探求していない。. ③の「日本との関係」では,日本の熱帯材の主な輸入先がマレーシアであることを確認 し,④で,熱帯林保護のために「我々の暮らしを見直し、コピー用紙の節約(中略)など 身近なところで地球環境問題を考え、そこに解決の糸口がある」ことに気づくようになっ ている。終結部の⑤では,マレーシアの熱帯林を守るために,最大の輸入国である日本に 住む我々の生活の変革が必要であることを理解させようとしている。. 身近な取り組みは大切である。しかし,残念ながらひとりひとりの身近な取り組みだけ では地球規模の環境問題は解決しない。「熱帯材を輸出するマレーシアと輸入する日本」の 事実から,「自分たちの生活の変革」へ向かう時,生徒の問題意識は貿易の構造からは,遠 ざかってしまっている。逆に,祉会科の授業では,後者をきちんと認識させる必要がある。. さらに本実践の重大な認識の欠落は,熱帯材貿易に依存する相手国側の四四がまったく視. 野にない点である2。前節でみたように,南北間の環境問題認識の差は大きい。途上国に は途と国の下下や論理がある。にもかかわらず,相手の開平や論理をふまえない,一方的 な問題の探求や意思決定では認識内容は十分に保証されない。そのことが以下の生徒の感 想から判断できる。. ○今までの授業で,地球の環境について学んできた。その中で原因の多くは「使い捨て」にあると 思った。だから,身近に取り組めることは,過剰包装やプラスチックをなくし再資源化できるも のは資源として藩ll用するということである。. ○どうも我々は便利さを求めたり,物を粗末に扱ったりということが多すぎる。資源の無駄遣いは 自分だけならという気持ちがあるためだろう。便利さを求めるだけでなく少しは考えて行動すべ きであると思う。. ○(前略:筆者)確かに個人の努力は小さなものである。しかし,このようになってしまった地球 を救うためには,私たち一人一人の努力が必凄であると思う。 ○(前略:筆者)これからは,世界中の人が少しずつでいいから,資源の節約に力を入れていくよ うになればすばらしいと思う。. 一23一.
(31) 第1章「環境問題」の概念と環境教育. これらの感想からわかるように,本実践は問題解決の方法を「私たちの生活の変革」に 求めており,態度の育成に重点がおかれていることがわかる。本章第1節で取り上げた「森. 林資源とわたしたち一マレージアの熱帯林破壊「」(木村実践)は,同じくマレーシアの 熱帯林を扱っていた。木村実践の場合,問題が発生しているローカルな場から世界規模の 貿易の構造まで,社会経済システムの問題としてとらえられていた。これと比較すると,. 本実践で獲得される知識の質との差は明らかである。したがって,本実践は社会科(公民 科)における環境問題の取り組みとしては,不十分なものになっているといわざるを得な い。それでは,なぜこのような差が生じるのであろうカ㌔. (2)『環境教育指導資料』における「環境問題」の規定. 環境教育に対する文部省の姿勢は,1990年以前は消極的なものであった3。ようやく 1991年に環境教育の指針といえる『環境教育指導資料(中学校・高等学校編)』(小学校編 は翌年)が作成された。. 1環境教育指導資料』では「環境問題」は,どのように規定されているカ㌔まず,「第1. 章環境の保全と環境教育第1節環境とその保全3環境問題」では「現在,環寛悪化 及び環境汚染として,我が国をはじめとして世界各国が問題にし,早急にその対策を講ず るべきであるとしている問題を例示すると次のようなものがある」として次の6つがあげ られている4。. ①. 地球温暖化. ②. オゾン層の破壊. ③. 熱帯林の減少. ④. 酸性雨(霧). ⑤. 海洋汚染. ⑥. 都市・生活型公害. つまり,「環境問題」は環境汚1染や自然破壊と規定されていることがわかる。. つづく「第2節環境教育の意義と役割 1環境教育の必要性」では,以下のように述 べてられている5。. 一24一.
(32) 第1章 「環境問題」の概念と環境教育. このような環境問題に対して緊急、に対処しなければならないという認識とともに,都市化の進行に. 伴う身近な緑の消失により,豊かな自然や良好な環境との触れ合いによる潤いとやすらぎの確保へ の欲求や,快適な環境の保全や倉1造を求める声が高まってきている。これらのことに対処するため. には,我々一人一人が人間と環境とのかかわりあいについて理解と認識を深め,豊かな自然や決適 な環境の価値についての認識を認め,環境に配慮した生活や責任ある行動をとるとともに,環境問 題を引き起こしている社会経済の背景や仕組みを知り,その構造を環境に配慮したものへと変革し ていく努力が求められている。. ここで緊急に対処しなければならない「環境問題」とは,文脈から判断して,先にあげ た6っの環境問題のことをさしている。それに加えて,「豊かな自然」や「良好な環境」「快. 適な環境」の確保や創造の必要性が述べられている。しかし,これはストックホルム会議 以来繰り返し議論されてきた,環境破壊と貧困,開発の不可分な関係を認める国際的な合 意は反映されていない。わずかに,「環境問題を引き起こしている社会経済の背景や仕組み. を知り,その構造を環境に配慮たものへと変革していく努力が求められている」と表現さ れるのみである。. さらにすれ違いは続く。同じく『環境教育指導資料』の「環境教育の目的」では,1972. 年のストックホルム会議における勧告96の「環境教育の目的は,自己を取り巻く環境を 自己のできる範囲内で管理し,規制する行動を,一歩ずつ確実にすることのできる人間を 育成することにある」が引用されている6。また,同じく「環魔教育の基本的な考え方」 では,「環境教育の目的は,環境問題に関心を持ち,環境に対する人間の責任と役割を理解 し,環境保全に参加する態度および環境問題解決のための能力を育成することにある」7と. されている。しかし,ここには,前節で明らかになったストックホルム会議から,ベオグ ラードおよびトビリシ会議の間におこった「環境問題についての考え方の進化」は十分に 反映されていない。ストックホルム会議時の,環境汚染や入口問題について学習者に知ら せ,これに対処するために自分は何をなすべきかという汚染対処の段階」にとどまったま まである。. つまり,『環境教育指導資料』では,「三二問題」や「環境教育の目的」の規定において,. 国際的な合意との間に丁丁をきたしており,その上に環境教育の6つの目標一「関心」「知 識}「態度」「技能」「評価能力」「参加」一が示されているのである。このように,出発点. ともいえる「環境問題」や「環境教育の目的」を一もちろんそれは誤りではないにしろ一. 一25一.
(33) 第1章「環境問題」の概念と環境教育. 狭義に規定したまま,教育目標を掲げたならば,その実践や学習成果の行き着く先も,簸 ノj化されたものにとどまるのは当然の帰結であろう。前項で分析した,『環境教育指導資料 (中学校・高等学校)』の現代社会の実践事例「熱帯林の減少から環境問題を考える」で獲 得される認識内容の貧困さの理由は,こ:こに由来している。. (3)教育実践への影響一環境問題に対する教師の意識調査をてがかりに. 続いて,『環境教育指導資料』の教育実践への影響を考えたい。ここでは,『環境教育の カリキュラム開発に関する研究報告書(1)』8で報告された,環境問題に対する教師の意識 調査を手がかりにみていく。. この調査によると9,環境問題の解決方策について環境問題に関心のある教師に質問し たところ,「一人一人物意識の変化によって環境問題は解決できる」と考えた教師は小学校,. 中学校ともに8割弱で,次いで「一人一人の生活の仕方の変化によって環境問題は解決で きる」と考えている教師が約6∼7割である(複数回答)lo。. もちろん,ここでは「四魔問題」をどう規定するかは回答者にゆだねられているし,一 人一人の「意識の変化」が自己のライフスタイルの変化に向かうのカ、社会システムの変 革に向かうのか明らかではない。しかし,「生産流通,消費のシステムの変化」や「法律 や制度整備」を選択した教師が50%ないし,それ以下であること11と比較すると,「一人 一人の意識の変化」や「一人一人の生活の変化」という,個人のモラルの向上が,現場の 教師から圧倒的な支持を得ていることは事実である12。. このような教師の意識が何によって形成されているのかは,このアンケートからは不明 である。しかし,『環境教育指導資料』で引用されている,スットックホルム会議勧告96 の環境教育の目的「環境を守るための,個人でできる簡単な方法についての教育すること (傍点筆者)」と一致していることはいえそうである。. 以上のことから,文部省『環境教育指導資料』に示される環境教育の特質として以下の 3点が指摘できる。. ①1972年のストックホルム会議に依拠して「環境問題」や「環境教育の目的」が設 定されていること。. ②ストックホルム会議以降の,「環境問題は,開発問題や南北問題(地域間格差). 。26一.
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