博 士 ( 農 学 ) 藤 井 直 哉
学 位 論 文 題 名
ジ ャ ガ イ モ 疫 病 菌 の 交 配 型 特 異 的 遺 伝 子 転 写 物 お よ び 形 質 転 換 系 に 関 す る 基 礎 的 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
ジャガイモ疫病菌¢り叫7hthora infestans)は卵菌類に属する土壌伝染性の病原菌であ り、 ジャガイ モやトマト に重大な 病害を引 き起こす 。ジャガイモ疫病菌はへテロタリッ ク の菌で あり、有性 生殖器官 である卵 胞子の形 成に異な る2つの交 配型(親和 性型)を 必要 とする。 交配型の機 構につい てはほと んど明ら かになってはおらず、これを解明す るこ とは本菌 の生態や生 活環ある いは糸状 菌におけ る形態形成を理解する上で重要であ る。本研究では、cDNA‑RDA法(cDNA‑Representational Difference Analysis)で得られたP. infestansのA2菌 株 で 特異 的 に転 写 さ れる 遺 伝 子のcDNAク ロー ンの性質 を調べる ため に、 これらクローンをプローブとしてノーザン、サザンブロット解析を行った。このcDNA ク ロ ー ン は 交 配 時 に 特 異 的 に 転 写 活 性 が 高 ま る 遺 伝 子 のcDNAをcDNA‑RDA法で 分 離 する 際に得ら れた副産物 である。 また土壌 や罹病植 物の組織内のモニタリングだけでな く、 卵胞子形 成機構や遺 伝形式の 研究に利 用するこ とを目的として、非常に困難とされ ているP infestansの形質転換系の確立を試みた。
P infestansのmRNAか らcDNA−RDAを へて 分 離 され た クロ ー ン から サ ブト ラ ク ショ ンcDNAラ イ ブ ラ リ ー を 作 製 し 、 そ こ か ら 選 抜 し た54の ク ロ ー ン か ら さ らにA2特異 的 に 転 写 が 認 め ら れ た4つ の 遺 伝 子 のcDNAク ロ ー ンに つ い て検 討 した 。cDNAク ロー ンcET53、59、105、110をプローブとして用いた日本の6菌株(A1:E009,IB008s,DN122s; A2:TB201,OB996,F956)に対 するノーザ ンプロッ ト解析では、A2全菌株で転写のシグ ナル が認められた。一方、全てのA1菌株で転写は認められなかった。また、cET59、105、 n0をプ ロ ーブ を と して 用 いた サ ザンブロ ット解析 では、多 数のシグ ナルが認め られ、
その シグナル バターンは 交配型、 菌株間で 大きな違 いは認められなかった。このことか ら 、 こ れ ら の 遺 伝 子 はPWぬ ぬ 恥 のA1、A2両 者 に 同 様 に 存 在 す る が 、 転 写の 段 階で 何 らかの 制御を受け ており、A2でのみ転 写されて いる可能 性が考え られた。CET53で の サ ザンブ ロット解析 では、A1あ るいiまA2そ れぞれに 特異的な シグナル が確認され た。
日本菌株を含めた8菌株(A1::Q,CHA‐2,TW15―2,玳D4‐1;A2:T605,CHK‐1,K4,550) に対 する同じ プローブを 用いたノ ーザンブ ロット解 析でもA2菌株で転写が認められた。
例 外とし て、cET59、105、110を プローブ としたノ ーザンブ ロット解 析では、A1菌株の
−990−
CHK‑1に も シ グ ナ ル が 認 め ら れ た 。 ま た 、A2の550の シ グ ナ ル は 他 のA2菌 株 に 比 べ て 弱 か っ た 。cET59、105、110を プ ロ ー ブ と し た サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で は 、 日 本 菌 株 で の 場 合 と 同 様 に 、 多 数 の シ グ ナ ル が 認 め ら れ 、 そ の シ グ ナ ル バ タ ー ン は 交 配 型 、 菌 株 間 で 大 き な 違 い は 認 め ら れ な か っ た 。cET53で はCHK‑1とCHAー2が 同 様 の バ ン ド を 示 し 、550の シ グ ナ ル バ タ ー ン は 他 の 菌 株 と は 異 な る も の で あ っ た 。 ヘ テ ロ タ リ ッ ク の Phytop轟め〇m属菌、Ppロ加fv〇 ′ 、P門fc〇rぬ門口e、P.c¢ぴfcfのA1、A2交配型菌株に対し て 同 じ プ ロ ー ブ を 用 い た ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で は 、A1、A2両 交 配 型 で 転 写 の シ グ ナ ル が 認 め ら れ ず 、 比 較 の た め に 供 試 し たPf′ ゲ ぬ 級 恥 のA2交 配 型 の 菌 株 で の み シ グ ナ ル が 認 め ら れ た 。 以 上 の 結 果 よ り 、 こ れ ら の 遺 伝 子 は 、P. 蜊 お ぬ 恥 のA2で の み 転 写 さ れ て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。 い く つ か のA1菌 株 とA2菌 株 の 組 み 合 わ せ で 対 峙 培 養 を 行 い 、 卵 胞 子 ( 有 I生 生 殖 器 官 ) 形 成 の 能 カ を 調 べ た 。A2を550と し た 時 、 供 試 し た 全 て のA1菌 株 と の 組 み 合 わ せ で 卵 胞 子 形 成 が 認 め ら れ な か っ た 。 こ の 菌 株 は1993年 の 時 点 で は 卵 胞 子 を 形 成 し て い た 菌 株で あり 、そ の後 卵胞 子( 有性 生 殖器 官) を形 成、 ある い は 形 成 を 誘 導 す る 能 カ が 欠 失 ( あ る い は 著 し く 低 下 ) し て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 cETク ロ ー ン の シ ー ク エ ン ス デ ー タ を 基 に 検 索 プ ロ グ ラ ムFASTAを 使 用 し て 、 塩 基 配 列 の ホ モ ロ ジ ー をGENBANKデ ー タ ベ ー ス か ら 検 索 し た 。cET53はP.pロmsfガcロvar. 門fc〇 ぬ 門 ロ ピ の エ リ シ タ ー の タ ン パ ク 質 を コ ー ド す るmRNAの236bpに わ た っ て 高 い 相 同 性を 示 した (E〓0) 。ま た、cET59はり 地曲f凡 恥w灯 昭ロ 船( ウ二 )のpカテニン遺伝子を コ ー ド す るmRNAの94bpに わ た っ て 相 同 性 を 示 し た (E=O.087)ocET105、n0は そ れ ぞ れ ィm6f幽 が む め ロ ぬ 凡 ロ ( シロ イ ヌナ ズナ )の ゲノ ムDNAラ イ ブラ リー のク ロー ンに 相 同 性 を 示 し た ( そ れ ぞ れE〓0.0094、0.046) 。 し か し 、RDAに よっ て得 られ るcDNAは 馳 3心 に よ っ て 完 全 分 解 さ れ て い る た め サ イ ズ が 小 さ く 、 完全 長 クロ ーン の分 離、 シー クエ ンスが必要と思われた。
形 質 転 換 実 験 に お い て は 、P蜊 お ぬ 恥 のA2菌 株E954の 菌 糸 由 来 の プ ロ ト プ ラ ス ト や 遊 走 子 に 対 し て 直 接 導 入 法 の ー つ で あ る エ レ ク ト ロ ポ レ ー シ ョ ン を 用 い てGUS遺 伝 子 や ハ イ グ ロ マ イ シ ン 耐 性 遺 伝 子 の 導 入 を 試 み た が 、 形 質 転 換 体 は 得 ら れ な か っ た 。 高 電 圧 バ ル ス の 印 加 に よ る プ ロ ト プ ラ ス ト や 遊 走 子 の 死 滅 が 認 め ら れ た 。 一 方 、 遊 走 子 の う 発 芽 菌 糸 由 来 の プ ロ ト プ ラ ス ト を 用 い た3回 の り ポ フ ェ ク シ ョ ン ( 正 電 荷 の り ン 脂 質 に よ る 形 質 転 換 法 ) の 実 験 で ネ オ マ イ シ ン 耐 性 遺 伝 子 の 導 入 を 試 み た と こ ろ 、 一 次 選 抜 で は40株 が 得 ら れ た が 、2次 選 抜 で は5株 の み 得 ら れ た 。35株 は 染 色 体 に 外 来 遺 伝 子 が 組 み 込 ま れ な い 、 一 過 陸 の 発 現 を し て い た も の と 考 え ら れ た 。2次 選 抜 で 得 ら れ た5株 で はPCRに よ り 目 的 の 遺 伝 子 ( ネ オ マ イ シ ン 耐 性 遺 伝 子 ) がPf碑 伽 恥 の 細 胞 内 に 存 在 す る こ と が 確 認 さ れ た 。 ま た 、 サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 に よ り 外 来 遺 伝 子 は 染 色 体DNAに シ ン グ ル 、 あ る い は タ ン デ ム コ ピ ー で 組 み 込 ま れ た こ と が 認 め ら れ た 。 ま た 、 ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 に よ ル ネ オ マ イ シ ン 耐 性 遺 伝 子 遺 伝 子 の 転 写 を 確 認 し た 。 染 色 体 に 導 入 さ れ た プ ラ ス ミ ド 数 と 転 写 量 の 間 に 相 関 は 認 め ら れ な か っ た 。 形 質 転 換 体 は 、 菌 糸 伸 長 、 遊 走 子 の う 形 成 数 、 卵 胞 子 の 形 成 数 に 野 性 株 と の 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 野 性 株 は
genetlcmを10p伽1添加 した培 地で ほと んど 菌糸 伸長 は認 めら れな かっ たが 、形 質転 換体 は50メ如1の濃 度で もほ とん ど影 響され なか った 。形 質転 換体 は野陸株同様ジャ ガイモ塊茎スライスに対する病原性が認められた。Pf′ザぬ細凡sの形質転換の成功により、
感染植物体内における本菌の存在のモニタリングや、交配後代における遺伝形質のマー カーとしての利用等が可能になった。形質転換法をさらに改良し、形質転換効率を向上 させることが今後の課題である。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
ジャガイモ疫病菌の交配型特異的遺伝子転写物 およ び 形 質転 換 系 に関 す る基 礎 的 研究
本 論 文 は 和 文 で 記 さ れ 、 図32、 表4、 図 版2を 含 む 総 頁 数141か ら な り 、7章 で 構 成 さ れて いる 。
ジ ャ ガ イ モ や ト マ ト に 重 大 な 病 害 を 引 き 起 こ す 、 ジ ャ ガ イ モ 疫 病 菌(Phytopん め 〇 朋 f′び おぬ 恥) はヘ テロ タリ ック の菌 であ り 、有 性生 殖器 官で ある卵胞子の形成に異なる2つ の 交 配 型 ( 親 和 性 型 ) を 必 要 と す る 。 本 研 究 で は 、Pf′ 晒 ぬ 恥 のA2菌 株 に 特 異 的 に 転 写 が 認 め ら れ る 遺 伝 子 のcDNAク ロ ー ン の 性 質 を 調 べ る こ と を 目 的 と し 、 ノ ー ザ ン 、 サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 を 行 っ た 。 ま た 土 壌 や 罹 病 植 物 の 組 織 内 の モ ニ タ リ ン グ ・ 卵 胞子 形成 機 構 や 遺 伝 形 式 の 研 究 に 利 用 す る こ と を 目 的 と し て 、非 常に 困難 と され てい るPf蜘舩 ″s の形 質転 換系 の 確立 を試 みた 。
cDNA・RDA法 に よ っ て 得 ら れ たA2に 特 異 的 に 転 写 が 認 め ら れ た4つ の 遺 伝 子 の cDNAク ロ ー ン に つ い て 検 討 し た 。cDNAク ロ ー ンcET53、59、105、110を プ ロ ー ブ と し て 用 い た 日 本 の6菌 株 に 対 す る ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 でiま 、 用 い た 全 て のA2菌 株 で 転 写 の シ グ ナ ル が 認 め ら れ た 。 一 方 、 全 て のA1菌 株 で は 転 写 は 認 め ら れ な か っ た 。 ま た 、cET59、105、110を プ ロ ー ブ を と し て 用 い た サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で は 、 多 数 の シ グ ナ ル が 認 め ら れ 、 そ の シ グ ナ ル バ タ ー ン は 交 配 型 、 菌 株 間 で 大 き な 違 い は 認 めら れな か っ た 。 こ の こ と か ら 、 こ れ ら の 遺 伝 子 はPf′ び む ぬ 門5のA1、A2両 者 に 同 様 に 存 在 す る が 、 転 写 の 段 階 で 何 ら か の 制 御 を 受 け て お り 、A2で の み 転 写 さ れ て い る 可 能 性が 考え ら れ た 。cET53で の サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で は 、A1とA2菌 株 間 で 明 ら か に 異 な る シ グ ナ ル が 確 認 さ れ た 。 日 本 菌 株 を 含 め た 外 国 の8菌 株 に 対 す る 同 じ プ ロ ー ブ を 用 い た ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で もA2菌 株 に 転 写 が 認 め ら れ た 。 例 外 と し て 、CET59、105、110を プ ロ ー ブ と し た ノ ー ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で 、A1の1菌 株 に も シ グ ナ ル が 認 め ら れ た 。cET59、 105、110を プ ロ ー ブ と し た サ ザ ン ブ ロ ッ ト 解 析 で は 、 日 本 菌 株 で の 場 合 と 同 様 に、 多数 の シ グ ナ ル が 認 め ら れ 、 そ の シ グ ナ ル パ タ ー ン は 交 配 型 、 菌 株 間 で 大 き な 違 い は認 めら ―993ー
明 六
夫
喜 則
越 林
藤
生 小
近
授 授
授
教
教 教
助
査 査
査
主 副
副
れな かった。cET53では菌株間で異なるシグナルバターンが.認められた。ヘテロタリッ クのPhytophthora属菌、P.palmivora、P.nicotianae、P.capsiciのAl、A2菌株に対する ノ ー ザンブロッ ト解析で は、A1、A2両 者で転写 のシグナ ルが認め られなかっ た。以上 の結 果より、 これらの遺 伝子は、P infestansのA2でのみ 転写されている可能性が考え ら れ た。 こ れら の ク ロー ン のシ ー クエン スデータ をGENBANKデータ ベースで検 索した 結果、cET53はPparasitzca var. nicotianaeの糖夕ンパクエリシターをコードする遺伝子 の一部と高い相同性を示した(E〓0)。またcET59はLytechinus variegatus(ウ二)のpカ テニ ン遺伝子の一部と相同性を示した(E=0.087)。しかし、さらに有意性のあるデータを 得るには完全長クローンのシークエンスが必要と思われた。
形質 転換実験 においては 、P infestans A2菌株E954の遊走子のう発芽菌糸由来のプロ トプ ラストを 用い、リポ フェクシ ョンによってネオマイシン耐性遺伝子を持つべクター を 導 入し 、5つ の形 質 転 換体 が 得ら れ た 。こ れ らの 染 色 体DNAに 目的の遺伝 子が組み 込ま れている ことが、PCR. サザンブ ロット解 析により 確認された。また、ノーザンブ ロッ ト解析に より目的遺 伝子の転 写が確認された。染色体に導入されたプラスミド数と 目的遺伝子の転写量の間に相関は認められなかった。これらの形質転換体は、菌糸伸長、
遊 走 子のうの形 成数、卵 胞子の形 成数に野 性株との 差は認め られなかっ た。野性 株は geneticinを10メg/ml添加した 培地でほと んど菌糸 伸長は認 められなかったが、形質転 換 体 は50pg/mlの 濃度 で も ほと ん ど影響 されなか った。形 質転換体 は野陸株同 様ジャ ガイ モ塊茎スライスに対する病原性をもつことが認められた。P infestansの形質転換の 成功 により、 感染植物体 内におけ る本菌の存在のモニタリングや、交配後代における遺 伝形 質のマー カーとして の利用等 が可能になった。形質転換法をさらに改良し、形質転 換効率を向上させることが今後の課題である。
以上 の結果は 、学術上、 応用上貢献するところ大きく、高く評価される。よって審査 員一同は、藤井直哉が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有するものと認めた。