博士(農学)金 居猷 学位論文題名
牛乳脂肪球に含まれるりパーゼの分離精製とその性質
学位論文内容の要旨
牛 乳 中 には , 脂 肪 を 加水 分 解 し て ,遊 離 脂 肪 酸 (FFA)を 生産 す る のに十 分なり パー ゼが含 ま れて いるが ,通常 はその 作用は ごく 僅かで ある。 乳脂肪 がり パーゼ によって分解され(リポリ シ ス) ,遊離 した脂 肪酸が ある濃 度以 上に達 した場 合は, 牛乳 にラン シッドと呼ばれる不快な異 常 風味 を与え る。こ のため ,リポ リシ スの原 因とな るりパ ーゼ に関し て多くの研究が行われてき た 。牛 乳中の りパー ゼの大 部分は 脱脂 乳中に 存在し ており ,少 量が脂 肪球膜に結合している。牛 乳 を冷 却する と一部 のりパ ーゼが 脂肪 球に結 合し, リポリ シス を引き 起こす(自然発生リポリシ ス )と いわれ ている 。この 自然発 生リ ポリシ スは, 脂肪球 膜に 含まれ るIJパーゼあるいは,冷却 に より 脂肪球 に吸着 したり パーゼ によ ると考 えられ ている 。
今日, 脂肪球 膜に結 合し ている りパー ゼは, 脂肪乳 中に 含まれ ている りパーゼと同じものと推 定 され ている 。しか し,牛 乳のり ポリ シスに 関する 研究で は脱 脂乳中 のぬゼインミセルに結合し て いる りパー ゼの性 質にっ いては よく 知られ ている が,脂 肪球 から精 製したりパーゼを用いた研 究 は, ほとん ど報告 されて いない 。従 って, 脂肪球 に結合 して いるり パーゼを精製し,その性質 を 調べ る必要 があり ,それ は自然 発生 リポリ シスの 原因や 機構 を理解 するのに最も重要なことで あ る。
本研究 では, 脂肪球 から りパーゼの分離精製を試み,得られたりパーゼの性質にっいて調べた。
脂 肪球 から精 製した りパー ゼのい くっ かの性 質にっ いては カゼ インミ セルに結合しているりパー ゼ の性 質と比 較する ために 脱脂乳 から もりパ ニゼを 分離精 製し ,同じ 条件で実験を行なった。そ れ によ り,自 然発生 リポル シスと 脂肪 球に結 合レて いるり パー ゼとの 関係を考察した。また,脂 肪 球に 結合し ている りパー ゼは, カゼ インミ セルに 結合し てい るりパ ーゼと同じものであるかど う かに っいて も検討 をした 。
脂 肪 球 に結 合 し て い るりパ ―ゼの 性質を 調べ るため に,ヘ パリン ・セ ファ口 ースを 用いた ア フ ィニ ティク 口マト グラフ ィーに よっ てりパ ーゼを 精製した。その分子量は58,000であった。精 製 リパ ーゼの 純化 度は, クリー ムに対 し約3,100倍で ,そ の回収 率は3%で あった 。洗浄 クリ −
ムに対 して 純化度 は1,182倍で, 回収率 は8%であ った。
ク リ ー ム の 洗浄 は , シ ョ 糖を 溶 か し た クリ ー ム の 上 にO.05M NaCI溶 液を重 層して クル一 厶 を洗浄 する のが効 果的で あった 。洗 浄脂肪 球をチ ャーニ ングす ると き窒素 ガスを 吹き込 むことに よ り , 活 性 を ほ と ん ど 失 う こ と な く バ タ ー ミ ル ク 部 分 に 回 収 す る こ と が で き た 。 こ れ ま で の 研究 に お い て りパ ― ゼ と り ポタ ン パ ク 質 ル パー ゼ (LPL)を 区 別 する ため に用い ら れた 添 加 物 が 脂肪 球 に 結 合 し てい る り パ ー ゼの 活 性 に 及 ぼす 影 響 を 調 査し た 。 すなわ ち,
LPLの 典 型 的 な 阻 害剤 と し て 用 いら れ て き たNaCIと 硫 酸プ 口 タ ミ ン ,活 性 剤 と し て用 い ら れ て き た 血 清 タ ン パ ク 質 ,LPLと 関係 の 深 い 牛 血 清ア ル ブ ミ ン (BSA)とヘ パ リ ン を 用い て 基 質 の 違い , 反 応 温 度の 影 響 に っ い て検 討 し た 。BSAの 添 加に よ る影響 は反応 温度 に関係 なく, 基 質がヤ シ油 では活 性が増 加した が, 殺菌均 質化乳 中の乳 脂肪を 基質 とした 場合は 低下し た。ヘパ ザンを 加え ると, 反応温 度が37℃の場 合,ヤ シ油に おけ る活性 は増加 したが ,乳脂 肪では活性が 低下し た。 反応温 度がO℃の場合は,基質に関係ナょく活性が増加した。脱脂乳から精製したりパー ゼと脂 肪球 から精 製した りパー ゼの 活性に 及ぼす へパリ ンの影 響は 乳脂肪 を基質 とした 場合,異 なる結 果が 得られ た。リ パーゼ の活 性化因 子とし て知ら れてい る血 清夕ン パク質 中のア ポリポタ ン パク 質C―IIの影 響を 調べた 結果, ヤシ油 の場 合は, 反応温 度に関 係なく ,ア ポリポ タンパ ク 質C ‑IIとBSAを と もに 添 加 し た 方が , そ れ ぞ れ単 独 に 添 加 した 場 合 よ り 活 性が 増 加した 。乳 脂 肪を 基 質 と した 場合は ,アポ リポタ ンパク 質C,IIを 単独に 添加し た方が アポ ルポタ ンパク 質 C、IIとBSAを と も に 添加 し た 場 合 より 活 性 の 増 加 が高 か っ た 。 酵素 液 に 硫 酸 プ口 タミ ンを加 え て4℃ に 保 持し た場合 ,活 性が低 下した 。硫酸 プ口夕 ミン を基質 液に添 加した 場合 ,反応 温度 37℃で 乳脂肪 を基質 とした 場合 以外は 活性が 増加し た。1. 3M NaCIの添 加によ ってtま,基質と 反応温 度に 関係な く活性 が阻害 され た。こ のよう に添加 物がり パー ゼの活 性に及 ぼす影 響は,用 いる基 質お よび反 応温度 によっ て異 なった 。リパ ーゼの 基質と して 一般的 によく 使われ るヤシ油 を基質 とし た場合 の添加 物の影 響は ,均質 化牛乳 中の乳 脂肪の よう に他の 乳成分 が共存 している 基質を 用い た場合 の結果 と異な った 。従っ て,ヤ シ油を 用いた 単純 系にお けるり パーゼ の性質を 実際の 牛乳 におけ るIJポリ シス とりパ ーゼと の関係 を考 える場 合に直 ちに当 てはめ ることは出来 ナよい 。
脂 肪 球 に 結 合し て い る り パー ゼ の 最適pHは,基 質とし て乳脂 肪を 用いた 場合, 反応温 度37℃ でpH9.0で あ っ た が ,0℃ の 場 合 は 最 大 活 性 を 示 さ ずpHの 増 加 と と も に 活 性 が 増 加 し た 。 BSAを 添 加 し たヤ シ 油 を 基 質に し た 場 合 は,37℃ と0℃ と もpH9.5に 最 大活 性 か あっ た。精 製 リ パー ゼ は 非 常 に不 安 定 で あ り ,38℃で保 存す ると活 性が著 しく低 下し,pH9.5以 上で は不可
逆的 に失活 した。
リパ ―ゼの 大部分 が結 合して いるカ ゼイン が脂 肪球に 結合し ている りパー ゼの活性に及ぼす影 響に っいて 調査し た。ヤ シ油 を基質 にした 場合, 酵素と 基質 のみの 単純な 系では,カゼインの添 加 に よっ て 活 性 が 増加 し た が , 基質 に1% のBSAを 添 加 する と 活 性 の 増加 は見 られな かっ た。
添 加 した カ ゼ イ ン の濃 度 と 同 じ 濃度 のBSAを添 加 し た場合 は,再 び活 性が増 加した 。反応 温度 O℃ では,dゴ ・カゼ イン の添加 によって脂肪球から精製したりパーゼの場合は活性が増加したが,
脱脂 乳から 精製し たりパ ーゼ の場合 は活性 が低下 した。 この ことは このニ っのりパーゼの性質が 異な る可能 性を示 唆して いる 。
精 製 リパ ―ゼは ,反応 温度37℃の場 合よりO℃ で全遊 離脂肪 酸の 中の低 級脂肪 酸を多 く生 成し た 。 反応温 度O℃では ,脂 肪球か ら精製 したル パー ゼが脱 脂乳か ら精製 したル パー ゼより 低級脂 肪酸 ,特に 酪酸を多く生成した。この結果から,このニっのりパーゼの牛乳風味に関する役割tま,
異な る可能 性が考 えられ る。
以上 の結果 で明ら かに なった ように 脂肪球 から 分離精 製した りパー ゼは, 用いる基質によって 異 な る性質 を示 した。 また, 反応温 度37℃ とO℃にお いて示 す性質 も異 なった 。この 結果か ら,
いま までの 研究の ように りパ ーゼの 最適条 件で行 われた 結果 に基づ いて, 牛乳の冷蔵中に見られ る自 然発生 ルポリシスとルパーゼの関f系を推定することは不適当であると思われる。したがって,
低温 におけ る牛乳 中のり パー ゼの性 質にっいて,さらに検討が必要である.と考えられる。また,
脂肪 球に結 合して いるり パー ゼは, 脱脂肪 乳中の りパー ゼと 異なる 性質を 示す場合も見られたの で, 同じcaI亅定 条件を用いて,このニっのりパーゼの性質にっいてさらに比較検討することが必要 であ る。本 研究の 結果は ,牛 乳の脂 肪分解 ,特に 自然発 生リ ポリシ スの機 構を解明する上で基礎 的ナ ょ資料 になる と思わ れる 。
学位論文審査の要旨
本 論文は 総頁 数130で,図32,表16,引用 文献135を含 む和 文論文 である 。別に 参考論 文4編が
一 威
治
善 興
敬
藤 橋
藤
齋 高
近
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
そえら れてい る。
牛乳に はり パ―ゼ が含ま れ,そ の作 用によ り冷蔵 中に若 干の脂 肪が 分解し 遊離脂肪酸が生成す る。そ の多少 は牛 個体に より大 きく異なり,著しい場合は風味異常となり乳質上の欠陥とされる。
リパー ゼの大 部分 は脱脂 乳部分 に含ま れ,よ く研 究され ている が,ク リー ム部分中で脂肪球に結 合して いるり パー ゼにっ いては ほとん ど知ら れて いない 。本研 究は, クリ ームから脂肪球を分離 し,そ れよル リパ ーゼを 精製し てその性質を調べ,脱脂乳中のカゼインミセルから精製したりパー ゼと比 較し, さら に至適 温度と 牛乳冷 蔵温度tご おいて 示す性質の差を明らかにし,牛乳の風味と の関係 を検討 した もので ある。
緒論で は, 従来の 研究を まとめ ,牛乳の分野でりパーゼあるいはりポタンパク質リパーゼと別々 に呼ば れてい たも のが同 一のも のと認められるにいたった経緯を示し,基質の種類ナょど活性測定 条 件 の 違 い に よ る 混 乱 が あ っ た こ とを 指 摘 し , さら に 本 研 究 の背 景 と 目 的 を示 し て い る 。 第1章では ,リパ ーゼ の分離 精製に っいて 述べ ている 。クリームセパレ一夕ーで分離したクリー ムにシ ョ糖を 加え て比重 を高め ,その 上にO. 05M食塩水 を重層し遠心分離をした。食塩水の層を 通って 上部に 集ま った脂 肪球を 人工乳 清液に 分散 させ, 遠心分 離,再 分散 により洗浄脂肪球を得 た。こ れを窒 素ガ ス置換 をした 容器中 で攪動 して バタ一 粒と, バター ミル クに相当する部分に分 けた 。 バ タ ー ミ ルク 部 分 から へパ リンセ ファ口 ースを 用い たアフ アニテ ィカラ ムクロ マ卜 グラ フィ ー によル リパー ゼを 精製し た。平 均する とり パーゼ の回収 率はク リーム に対 し3% ,洗 浄ク リ―ム に対し8% であり ,純 化度は それぞ れ3,100倍,1,200倍であった。電気泳動的にほぼ単一 の成分 で分子 量は58,000であっ た。な お, 脱脂乳 からも アフィニティカラムク口マトグラフィー によル リパー ゼを 精製し ている 。
第2章は脂 肪球か ら精 製した りパー ゼの性 質を示 した もので ある。 アラビ アゴ ム溶液 中で乳 化 したヤ シ油と 殺菌 均質化 乳の乳 脂肪を 基質と し, リポタ ンパク 質リパ ―ゼ に対する阻害剤や賦活 剤を添 加した 場合 の影響 を調査 した。 いずれ の基 質にっ いても ,リポ タン パク質リパーゼの特徴 を示す ことも あり ,示さ ないこ ともあ った。 した がって ,脱脂 乳のり パー ゼにっいて言われてい るよう に,脂 肪球 から分 離した りパー ゼもル ポタ ンパク 質リパ ーゼと 区別 が明確ではなかった。
ヤシ 油 を基質 とした 場合 は,O℃に おいて も添加 物の影 響は 同様で あった が,乳 脂肪を 基質 にす ると, 反応温 度に よる差 がみら れるこ とが多 かっ た。従 来,多 くの論 文に みられるように,ヤシ 油を基 質とし て得 られた りパー ゼの性 質をも とに して原 料乳の 冷蔵中 にお ける脂肪分解を説明す ること は混乱 をま ねき, 妥当で はない ことを 明ら かにし た。
脱 脂 乳 か ら精 製 し た り パー ゼと比 較した ところ ,乳 脂肪を 基質に すると ,ヘ パリン あるい は
a, . カ ゼ イ ン を 添加 した 場合 の 影響 が異 なり , 性質 がや や異 なる こ とが 判明 した 。 本リパー ゼの最適pHは,乳脂肪を基質 とした場合,37℃ではpH9.Oであったが,0℃では pH9.5までpHの増加と共に活性が増加し,このことは,低温で安定性が著しく増大し,pH 10 に1時間保持しても活性が変わらないためであった。一方,ヤシ油を基質とした場合は,37℃,
0℃共にpH9.5に最大の活性を示した。
第3章では,リパーゼの作用により乳脂肪から遊離した各脂肪酸の割合をキャピラリーガスク 口マトグラフィーにより測定している。O℃で遊離する全遊離脂肪酸中に占める酪酸,オイレン 酸の割合が高かった。酪酸は,異常風味の原因となるものであるから,原料乳の冷蔵中における 脂 肪 由 来 の 異 常 風 味 に お け る 脂 肪 球 リ パ ー ゼ の 重 要 性 を 示 唆 す る も の で あ る 。 第4章は以上の結果をもとにして,リパーゼの精製における失活とその防止,リポタンパク質 ルパーゼとの関係,脱脂乳中のりパーゼとの差および脂肪球に含まれるりパーゼが牛乳の冷蔵中 における異常風味の発生に果たす役割にっいて論じている。
以上のように,本論文は,脂肪球に含まれるりパーゼを初めて分離精製し,基質,反応温度の 差により示される性質の違いを明確にすることにより,牛乳のりパーゼシステムの中で,未知の 部分にっいて重要な新知見を提示した。本研究は,原料乳の冷蔵中における風味劣化の原因を解 明 する ため の資 料 とな るば かりでなく, 乳製品製造の面からも示唆 に富むものである。
よって審査員一同は,最終試験の結果とあわせて,本論文の提出者金.居猷は博士(農学)
の学位を受けるのに十分な資格があるものと認定した。