博 士 ( 理 学 ) 比 嘉 幹 彦
学 位 論 文 題 名
The gonadotropin‑releasing hormone and fushi tarazu factor l:their roles in the brain‑pituitary axis of pre‑apawning salmon
(サケの母川回帰における生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンと fushi tarazu factorl の 脳 ― 下 垂 体 系 で の 役 割 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
サケの性成熟は北洋から母川ヘ戻る際に,母川の産卵場において最終性成熟を迎えるよ うに厳密に制御されている.この数干キ口にもおよぷ道のりのなかで,サケがどのように 自身の場所を把握し,性成熟を調節しているのかはまだよくわかっていない.生殖腺刺激 ホ ル モ ン 放 出 ホ ル モ ン(Gonadotropin‑releasing hormone,GnRH)と 転 写 因 子 Steroidogenic factorl(SF‑1)は,この性成熟を制御する脳―下垂体一生殖腺を軸とする内 分泌系において重要な役割を持つ.性成熟の弓Iき金となるのは種々の環境要因,例えば日 長,水温 ,海流 などの変 化であるが,GnRH二ユーロンは脳においてこれらの情報を統合 し,下垂 体ホル モンの合 成,分泌を調節している.また,GnRHは生殖腺の発達のみなら ず,生殖行動や嗅神経,視神経の感受性も制御していることが他の脊椎動物で知られてい る.一方 ,SF‑1は哺 乳類におけるショウジョウバェfushi tarazu factorl(FTZ‑FI)のホ モログで,生殖腺でのステロイド合成酵素遺伝子の発現や下垂体での生殖腺刺激ホルモン
(GTH)サプュニット遺伝子の発現に不可欠である.したがって,サケの性成熟およぴ回帰
行動を理 解する 上で,GnRHお よびFTZ‑F1遺 伝子の 発現がぃ つ,どの ように 制御されて いるのかを知ることは極めて重要である・
本 研 究で は , まず サクラ マスのサ ケGnRH (salmon GnRH,sGnRH)の遺 伝子と その上 流域を解 析した .次いでFTZ‑F1遺伝子の発現がサケ科魚類の性成熟において,どのよう に変動す るか, そしてそ れはGnRHによる制御を受けるのかを調べた.最後に母川回帰時 の シ ロ ザ ケ に お い て 脳 内 各 部 域 で のsGnRH遺 伝 子 の 発 現 変 動 を 解 析 し た . 第1章:サクラマスのsGnRH遺伝子とその上流域の構造解析
倍加した染色体を持っサケ科魚類では,同一の分子種に対して2つの遺伝子が存在する.
し た がっ て 母川 回帰時 におけるsGnRH遺 伝子発現 の制御機 構を正 確に知る ために は,2 つ のsGnRH遺 伝子 とその 転写調節 領域を 調べる必 要がある .そこ で,サク ラマス から2 種類 のsGnRH遺伝子(sGnRH‑I,sGnRH‑II)と その上流域を単離し,その構造を解析した.
2つのsGnRH遺伝子 はよく保 存され たコーデ ィング領域と大きく異ナょる遺伝子上流域 を持 つことが わかっ た.なか でも,sGnRH‑II遺伝子上流域に見られた特徴的な約1.2 kb の 回 文構 造 が ,sGnRH‑I遺伝 子 で は 完全 に欠 落してい た.こ の回文構 造にはEstrogen receptor結合配列があるため,EstrogenによるsGnRH‑II遺伝子の転写調節が予想される.
一 方 ,sGnRH‑I遺伝 子上流 域には,sGnRH‑II遺伝子 で見ら れたもの とは異 なる3つの回 文構 造が見っ かった . sGnRH‑IとsGnRH‑II遺 伝子上 流域をHarr plot法により比較した 結果,上流域でみられる低い相同性は,これら回文構造の挿入によって弓|き起こされた可 能性が示された.これは,他の生物種において報告されている,トランスボゾンによる遺
一 290―
伝子プ口モー夕一のシャッフリングによく似ている.唯一比較的連続して相同性が見られ た のは, 転写開始 点から約200 bp上流までであるが,これは基本的な遺伝子転写に必須 な領域だと考えられる.
第2章: サケ科 魚類の性 成熟に 伴うサケfushi tarazu factorl(FTZ‑FI)ホモ口グ遺伝子 の発現変動
母川回帰時のシ口ザケの下垂体では生殖腺刺激ホルモン(GTH) ‑IIを構成するa鎖およぴ II{3鎖両方のサプュニット遺伝子の発現が増加する.しかし,この上昇がどのように調節さ れているのかはまだよくわかっていない.そこで,まず石狩川に母川回帰したシ口ザケを 河口沿岸,河川中流さらに孵化場で採取し,これら成熟度の異なるグループの下垂体での サ ケFTZ‑F1ホモ ログ(sFFl‑I)遺伝子の発現量を比較した.次に,この下垂体でのsFFl‑I 遺 伝子発 現にGnRHが関 わっているのかを調べるため,成熟したべニザケを用いて,GnRH ア ナ口グ 投与群と 非投与群 でその 発現量を 比ぺた .sFFl‑I mRNA量はRNase protection assayで定量的に測定した・
sFFl‑I遺伝子の発現は,母川回帰時のシロザケにおいて,最終性成熟に至る前の段階の 河川中流のグループで上昇し,孵化場のグループでは下がっていることがわかった.この 変 動はGTHQとiip遺伝子の発現にも共通するものであった.また,べニザケでは,sFFl‑I 遺 伝子の 発現は最 終性成熟 前の個体では増加していたが,GnRHアナログの投与によるさ ら な る 上昇 は 見 られ な かった .この時 ,GTHaとiip遺伝子 の発現 はGnRHアナ 口グ投与 によってさらに上昇した.したがって,サケ科魚類の性成熟では,sFFl‑Iは最終性成熟前 の ステー ジでGTHaおよ びiipサブュニ ット遺 伝子の発 現を増加 させ,GTHIIによ る最終 性 成熟を 促してい ることが 示唆さ れた.そ して,GnRHはsFFl‑I遺伝 子の発現 には影響 を与えないことが明らかになった.
第3章 : 母 川 回 帰 時 の シ 口 ザ ケ に お け るsGnRH mRNA量 の 脳 内 部 域 特 異 的 変 動 sGnRH二ユー 口ンは嗅 球から 視床下部 にかけ て広く分 布している.これまでのむsitu hybridization法を用いた研究から,性成熟に伴い終脳腹側部(ventral telencephalon,VT) お よ び視 索 前 野のsGnRH二 ユ ーロ ン でsGnRH遺 伝 子の 発現上 昇が見ら れること がわか って いる. しかし, この時2つのsGnRH遺伝 子がそ れそれど のよう な発現変 動をするの かは 全くわ かってい ない.ま た,sGnRH遺伝子 の発現 上昇が最終性成熟のどのステージ で起 こるの かも不明 である. そこで,1997年と1998年に石狩川に母川回帰したシロザケ の 脳 を凍 結 切 片法 に よ り10箇 所 の領 域 に 分け , それ それの領 域中のsGnRH mRNA量を りアルタイムPCR法によって定量した.
脳 内 の 各 部 位 でsGnRH‑II mRNAがsGnRH‑I mRNAよ り も 約5倍 多 く存 在 し てい る こ と が わか っ た .ま た ,terminal nerve ganglion (TNG),VTとnucleus preopticus parvocellularis anterioris (PPa)それそれを含む領域が,一致したsGnRH遺伝子の発現 変動 を示し た.この 時,上記 の3領域にお いて, 雄では1997年,1998年ともに排精直前 のス テージ でsGnRH mRNA量が 急激な上昇を示した.一方,雌ではその変動が緩やかで,
1997年に は排卵 した個体 で最大値を示したが,1998年には河口沿岸ですでに高い発現量 を示し,それ以上の上昇は見られなかった.これは,1998年の河口沿岸の個体で成熟が進 んで いたことと関連していると考えられる.これらの結果は,脳内に広く分布するsGnRH 二 ユ 一口 ン の うち ,TNG,VT,PPa領域 のsGnRHニュー口 ン群が 協働し, サケ母 川回帰 時の最終性成熟を調節していることを示唆している.
以上に 述べた 一連の研 究により ,sGnRHとsFFl‑Iがサケ母川回帰時の性成熟において 重要な 役割を果 たして いること が示さ れた.この時,sGnRH,sFFl‑I両遺伝子の発現変 動が上昇の時期およぴその雌雄差ともに共通な傾向を示したことは興味深い.すなわち,
sGnRH.sFFl‑I両遺伝 子とも最 終性成 熟直前の雄において顕著な発現上昇が見られ,成 熟が進 むと発現 が減少 した.ー 方,雌 においてはsGnRH,sFFl‑I両遺伝子とも発現の上 昇が緩やかで,最終性成熟を終えた個体においてもその発現レベルが維持されていた.こ のことは,GTHII,8遺伝子の発現が雌雄ともに河川中流で増加するが,雄では最終性成熟 を終え た個体で 減少し,雌ではそのレベルが維持されることと一致する.したがって,
ー291−
sGnRHとsFFl‑Iは,共通の因子例えばステロイドホルモンなどによる遺伝子発現制御を 受け ながら,GTHIIに よる最終 性成熟のタイミングを決めている可能性が高い.
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 浦 野 明 央
学位論文題名
The gonadotropln ― releaSlnghormone and ノゐS カZ 勿ガC むご勿f ・aCtor1 :theirroleS ●
inthebrain ‐pituitaryaXlSOfpre ―apaWnlngSalmon
(サケの母川回帰における生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンと fushi tarazu factor1 の 脳 一 下 垂 体 系 で の 役 割 )
サケの性成 熟は北洋から母川へ戻る際 に,母川の産卵場において最 終性成熟を迎えるように厳 密に制御 さ れて いる ,生 殖 腺刺 激ホ ルモ ン放 出 ホル モン(GonadotropinIrele笛inghormone,Gmく 眄と転写因子 Steroidogenicfacめr1(SF‐1)は,この性成熟を制御する脳一下垂体―生殖腺を軸とする内分泌系において 重要な役割を 持つ.性成熟の引き金とな るのは種々の環境要因,例え ぱ日長,水温,海流などの 変化であ る が,Gmu1ニュ ー ロン は脳 にお いて こ れらの情報を 統合し,下垂体ホルモンの 合成,分泌を調節してい る.また,GnRHは生殖腺の発達のみなら ず,生殖行動や嗅神経,視神 経の感受性も制御している ,一方,
SF11は哺乳類 におけるショウジョウバェ ルs埼缸r疋Hfactor1(r‐F1)のホモログで,生殖腺でのステロイ ド 合成 酵素 遺伝 子の発現 や下垂体での生殖腺刺激ホ ルモン(G1H)サブユニット 遺伝子の発現に不可欠で あ る , し た が っ て, サケ の性 成 熟お よび 回帰 行動 を 理解 する 上で ,Gmu1およ びFElF1遺伝 子の 発 現が いつ,どのよ うに制御されているのかを 知ることは極めて重要である .
申請 者は ,ま ず サク ラマ スの サケGnRH(sGnI啣の 遺 伝子 とそ の上 流域 を 解析 した .四 倍体のサケ科 魚 類 に は , 同 一 の分 子種 に対 し て2っ の 遺伝 子が 存在 する こ とを 反映 して ,sGnRHIIお よ びsGnRH・n2 種 類の 遺伝 子が 取れたの で,sGnRH遺伝子の発現制御 機構を正確に知るために, 両者の構造を解析した.
2つ のsGnRH遺伝 子 はよ く保 存さ れた コ ーデ ィン グ領 域 と大 きく 異な る遺 伝 子上 流域 を持 っていた.大 き な違 いはsGnRHIn遺伝 子 上流 域に 見ら れた 特 徴的 な約1.2kbの 回 文構 造で ,sGnRHII遺 伝子ではこれ が完全に欠落 していた,相同性が見られ たのは,基本的な転写に必須 な領域だと考えられる転写 開始点か ら 約200bp上流 まで であ っ た, 続い て, 申請 者 は, 母川 回帰 時の シ ロザ ケの 脳内 に おけ るsGmくHmIuqA 量 の部 域特 異的 な 変動 のり アル タイ ムPCR法 に よっ て解 析し ,転 写調節領域の このような構造の違いに よ って ,sGnRHH遺 伝子 の発 現レ ベル がsGnRH‐I遺伝 子 のそ れよ りも 数倍 高 いと いう 違い を生じている こと,それに もかかわらず両者の発現レ ベルの変動パターンには違い がないことを明らかにし, 転写調節 領 域の 機能 的役 割 分担 を示 した ,ま た ,最終成熟時 の雌雄の脳内では,sGnRH―IおよびsGnRH‐u両方の 遺伝子の発現 量が終脳腹部および視索前 野で,下垂体の生殖腺刺激ホ ルモン遺伝子の発現レベル の上昇に 対応して顕著 に高まっていることを明ら かにし,これらの領域が最終 成熟の調節に重要であるこ とを示し
‑ 293 ‑
一 朗
実
雅 悦
畑 藤
中
高 伊
田
授 授
授
教 教
教 助
助
査 査
査
副 副
副
た,さらに,サケ科魚類の性成熟では,FrZ‑F1は最終成熟前のステージで生殖腺刺激ホルモン遺伝子の 発現を増加させ最終性成熟を促していること,しかし,GnRHは冊1一I遺伝子の発現には影響を与えない ことを明らかにした.
以上に述べた一連の研究成果は,視床下部―下垂体系が最終成熟というサケのライフサイクルの中でも 重要な現象を調節している機構の分子レベルでの理解を大きく進展させたものであり,サケ科魚類のみな らず脊椎動物の生殖を分子生物学的な理解に大きく貢献するものである,
よって, 申請者は ,北海 道大学博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める.
−294 ‑