博士(薬学)菊地史朗 学位論文題名
カルシウムチャネル活性化物質ピンナトキシンA の 全合成研究
学位論文内容の要旨
ピ ンナ トキ シン 類は1995年 に上 村ら によ り単 離・ 構造 決定 された化合物群 であ る。これらの化合物群は食中毒の原因物質と考えられており、Ca2+チャネ ル活 性化作用を示すことが知られている。構造上の特徴としては、アザスピ口 環 な ど の7つ の 環を 含む 炭素27員 環を もち 、分 子内 で両 性イ オン を形成 して いる こと が挙 げら れる 。2001年に は類 似の 構造 様式 をも っプ テリアトキシン 類が 単離された。これらの化合物群は非常にユニークな生物活性および構造様 式を もつ こと から 国内 外の複 数の グル ープ によ り合 成研 究が 展開され、1998 年 に 岸 ら に よっ て ピン ナト キシ ンAの 全合 成が 達成 され て絶 対立 体配置 が決 定さ れた。また、岸らによルピンナトキシンB,CおよびプテリアトキシンA―C の 全 合 成 、 平間 ら によ ルピ ンナ トキ シンAの形 式全 合成 が報 告ぎ れてい る。
1.合成計画とこれまでの成果
我 々 の 研 究室 で はG環 部を 分子 間で のDielsーAlder反 応に より 構築す る計 画 に 基 づ き 逆合 成 解析 を行 った 。A環 は合 成終 盤で 構築 する こと とし、 炭素 27員 環 の 構 築はRu触 媒 を 用 い る マ ク 口 環 化 異 性化 反応 によ り行 うこと を考 えた。環化異性化反応前駆体は、求ジェン化合物としてQ‐メチレンラクトンを 用 い るDiels‑Alder反応 によ り得 られ るエ キソ 付加 生成 物か ら変 換可能 と考 え た 。 ジ ェ ン をC31―C32位 間 で 切 断 し 、BCDEF環 部 を も っCl0−C31フ ラ グメ ント を鍵 中間 体と して設 定し た。EF環 部は 分子 内ケ ター ル化により構築 可 能 と 考 え 、BCD環 部 は へ ミ ケ タ ー ル ア ルコ キ シド の分 子内 ヘテ 口Michael 反応 により形成する計画を立てた。これまでの検討の結果、二重ヘミケタール 形 成 / 分 子 内ヘ テ 口Michael反 応 に よ るBCD環 部の 立体 選択 的な 合成法 を開 発 し 、BCDEF環 部 を も つCl0―C31フ ラ グ メ ン ト の 合 成 を完 了 し て い る 。 以 上 の 結 果 を 踏ま え 筆者 はCl0−C31フ ラグメ ント から ピン ナ卜 キシ ンAへ の変 換に着手した。
2. Diels−‑Alder反応によるG環の構築
はじめに求ジェン化合物となるa‐メチレンラクトンの合成を行った。2つの 連続する不斉中心は4―フェニル―2ーオキサゾリジノンを不斉補助基として用い たジアステレオ選択的な1,4一付加とメチル化により導入した。一方、Cl0−C31
フ ラグメントからジェンヘの変換は、合成終盤での除去が困難なC15位TBS 基 を 付け 替 える こ とか ら 開 始し た 。3工 程でC15位 のTBS基をTES基とし た 後、C31位TBS基を選択的に除去してアルコールを得た。Dess―Martin酸 化 の後、Horner‑Emmons反応によりp−ケトホスホナートと縮合することで a,p‐不飽和ケトンヘと導いた。最後にWittig反応を行って目的とするジエン に導いた。このジェンとQ−メチレンラクトンをモレキュラシープス4−A存在 下pキシレン中160℃で封管中加熱したところ、位置選択性は完全に制御さ れ、付加環化生成物が4つの異性体の混合物として得られた。異性体を分離後 ROESYにより立体配置を確認した結果、反応は良好なェキソ選択性(72:28). で進行したことがわかった。しかし、ジエンの面選択性(63:37)は乏しく、
望みの異性体の収率は35%にとどまった。なお、この段階で全合成に必要な キラル中心の導入を完了することができた。
3.マク口環化異性化反応による炭素27員環の構築
望みのDiels‑Alder生成物に対して、ギ酸を水素源としてPd/Cによる加水 素分解を行うとCl0位ベンジル基を化学選択的に除去することが可能であっ た 。生じたアルコールをDess一Martin酸化でアルデヒドとした後、大平―
Bestmann試薬を作用させてアルキンに変換した。次に、ラクトン環をLiAIH4 で 還元的に開 環してジオ ールとし、Cl位水酸基を選択的にTBS基で保護し た。C6位をDess―Martin酸化した後、アリル基を導入することで環化前駆体 のエンインヘと導いた。80℃に加熱したエンインのジク口口エタン溶液中に 10 mol%のECpRu(CH3CN)3]PF6を加えたところ、望みの27員環化合物は生 成しているものの低収率であり、28員環化合物が主生成物として得られるこ とがわかった。28員環化合物のジェン部の立体化学に着目して生成機構につ いて考察した結果、これらの化合物の生成には遊離のC6位水酸基の関与が考 えられた。そこでTMS基で保護してからアセトン中50℃で環化異性化反応を 行ったところ、反応は完璧な位置選択性で進行し、望みの27員環化合物が収 率79%で得られることがわかった。
4.ピンナトキシンAの合成
環 化生成物のCl位TBS基およびC6位′I、MS基はェタノール中でP門丶Sを 作用させることで選択的に除去可能であり、C1位水酸基を選択的にトシル化 してアリルアルコールを得た。Dess−―Martin酸化によりエノンへと変換し、
StWker試薬で1,4―還元を行った後、C1位にアジド基を導入してアジドケト ン ヘと導いた 。続いてC34位TBDPS基 を選択的に 除去し、生 じたアルコー ルをDess―Martin酸化した後、Pinnick酸化によりカルポン酸へと変換した。
C1位アジド基をLindlar触媒を用いて化学選択的に還元してケトアミノ酸と した。A環の構築に関しては、ケトアミノ酸をトルエン中加熱還流すると環状 イミン形成が起こることを見出した。得られた生成物の2つのシリル系保護基 を除去することでピンナトキシンAへと導いた。
以上、Diels―・A1der反応によるG環部の構築では、立体選択性には改善の余
地を残したものの望みの異性体を主生成物として得ることが出来た。炭素27 員環の構築では、大員環構築での実績に乏しいマクロ環化異性化反応が極めて 有効なことを見出した。またケトアミノ酸をトルェン中加熱還流することで環 状イミン形成が進行することを明らかにし、脱保護を経てピンナトキシンA を合成した。
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 准教授 准教授
橋 本 俊 一 周 東 智 有 澤 光 弘 中 村 精 一
学 位論 文 題 名
カ ル シウム チャネ ル活性化 物質ピ ンナトキ シン A の 全合成研究
ピ ン ナ ト キ シ ン 類 は1995年 に 上 村 ら に よ り 単 離 ・ 構 造 決 定 さ れ た 化 合 物 群 で あ る 。 本 化 合 物 群 は 食 中 毒 の 原 因 物 質 と 考 え ら れ て お り 、Ca゛ チ ャ ネ ル 活 性 化 作 用 を 示 す こ と が 知 ら れ て い る 。 構 造 上 の 特 徴 と し て は6,7‐ ア ザ ス ピ ロ
(A G) 環、6,5,6.ジ スピロケタール(BCD)環、5,6−ビシクロケタール(EF) 環 の7っ の 環 を 含 む 炭 素27員 環 を も ち 、 分 子 内 で 両 性 イ オ ン を 形 成 し て い る こ と が 挙 げ ら れ る 。2001年 に は 類 似 の 構 造 様 式 を も っ プ テ リ ア ト キ シ ン 類 が 単 離 さ れ た 。 こ れ ら の 化 合 物 群 は 非 常 に ユ ニ ー ク な 生 物 活 性 お よ び 構 造 様 式 を も つ こ と か ら 国 内 外 の 複 数 の グ ル ー プ に よ り 合 成 研 究 が 展 開 さ れ 、1998年 に 岸 ら に よ っ て ピ ン ナ ト キ シ ンAの 全 合 成 が 達 成 さ れ て 絶 対 立 体 配 置 が 決 定 さ れ た 。 ま た 、 岸 ら に よ ル ピ ン ナ ト キ シ ンB,Cお よ び プ テ リ ア ト キ シ ンAl一ICの 全 合 成 、 平 間 ら に よ ル ピ ン ナ ト キ シ ンAの 形 式 全 合 成 が 報 告 さ れ て い る 。 著 者 の 所 属 す る 研 究 室 で も 合 成 研 究 を 展 開 し て お り 、 こ れ ま で に 二 重 ヘ ミ ケ タ ー ル 形 成 / 分 子 内 ヘ テ ロMichae1反 応 に よ るBCD環 部 の 立 体 選 択 的 な 合 成 法 を 開 発 し 、BCDEF環 部 を も つC101C31フ ラ グ メ ン ト の 合 成 を 行 っ て い る 。 こ の こ と を 受 け 、 著 者 はC10―C31フラ グメ ント か ら変 換を 行い 、DielS一一Alder反 応 に よ るG環 の 構 築 、 マ ク ロ 環 化 異 性 化 反 応 に よ る 炭 素27員 環 の 構 築 、 そ し てA環 の構 築を 経て ピン ナト キシ ンAへ の変 換を 検討 した 。
G環 の 構 築 に 関 し て 、 ま ず 求 ジ ェ ン 化 合 物 で あ るQ‐ メ チ レ ン ラ ク ト ン の 合 成 を 行っ た。2つの 連続 する 不斉 中心 は4ー フェ ニル ‐2‐ オキ サゾ リジ ノン を不 斉 補助 剤と して 用 いた ジア ステ レオ 選択的な1,4‐付加(dr 94:6)とメチル化(dr
=98:2) に よ り 導 入 に し た 。 一 方 ジ ェ ン は 、C10ーC31フ ラ グメ ント に対 して 、 保 護 基 の 付 け 替 え 、HomerlEmmons反 応 に よ る 鎖 の 伸 長 、Wittig反 応 等7工 程
の変換を行うことで合成した。このジェンとQ‐メチレンラクトンをモレキュ ラーシーブス4A存在下p.キシレン中160℃で封管中加熱したところ、位置選 択性は完全に制御され、付加環化生成物が4つの異性体の混合物として得ら
れた。反応は良好なエキソ選択性(72:28) し、ジェンの面選択性(63:37)は乏しく、
で進行したことがわかった。しか 望みの異性体が主生成物として得 られたものの単離収率は35%にとどまった。この段階で全合成に必要なキラ ル中心の導入を完了することができた。
次に炭素27員環を構築すべく環化前駆体の合成を行った。Diels―Alder反応 生成 物に 対し て、3工程でCl0位側にアルキンを導入した後、4工程でC6位 にアリル基を導入することで環化前駆体のエンインへと導いた。80℃に加熱 したエンインのジクロロエタン溶液中に10 mol%の[CpRu(CH3CN)3]PF6を加 えたところ、望みの27員環化合物は生成したものの28員環化合物が主生成物 として得られた。反応溶媒の検討を行ったが、望みとしない28員環化合物の 生成を抑えることはできなかった。そこで28員環化合物の立体化学に着目し て生成機構について考察した結果、望みとしなぃ28員環化合物の生成には遊 離のC6位 水酸 基の関与が考えられた。そこでTMS基で保護して反応を行っ たところ、反応は完璧な位置選択性で進行し、望みの27員環化合物を収率79% で得ることができた。
炭素27員環が構築できたので全合成に向けて官能基変換およぴイミン(A) 環の構築を行った。ピンナトキシン類の環状イミン形成は、カルボニル基が 第4級炭素に隣接するため進行しづらいことが予想された。実際、他のグル ープの報告を併せて考えるとピンナトキシン類の合成においてーつの難所と 言える。まずは環化生成物に対して、不要なC7−C8位問の二重結合の還元、
C34位の酸化、Cl位アミノ基の導入を経て、ケトアミノ酸とした。著者はこ のケトアミノ酸をトルエン中加熱還流することで、基質中に存在するカルボ キシル基がプロトン源となって反応を促進し環状イミン形成が起こることを 見出した。得られた生成物の2つのシリル系保護基を除去することでピンナ トキシンAへと導いた。
以上のように著者は、Cl0ーC31フラグメントからピンナトキシンAの合成 を行った。Diels‑uder反応によるG環部の構築は、立体選択性には改善の余 地を残すものの望みの異性体を主生成物として得ることができた。炭素27員 環の構築では、大員環構築法としての実績に乏しいマクロ環化異性化反応が 極めて有効なことを見出し、炭素大環状骨格構築法の―つの方法論となりう る可能性を実証した。またA環構築に関しては、ケトアミノ酸を基質として 用いると加熱のみで環状イミン形成が起こることを見出した。この知見はピ ンナトキシン類と同様にスピロイミン構造をもつ天然物の合成を行う際に重 要な知見となることが予測される。
従って、審査委員会は菊地史朗氏の論文が博士(薬学)の学位を受けるのに 十分値すると認めた。 ―651−