■アブストラクト
傷害保険の偶然性について,平成13年⚔月20日最判は,保険金請求者がそ の立証責任を負担すると判断したが,学説からは,傷害疾病定額保険とその 故意免責等の規定が定められた保険法の施行等を踏まえて,同最判は見直さ れるべきとの主張もなされている。
そこで本稿では,平成22年の保険法施行後の裁判例において,保険法施行 が,約款解釈上,立証責任の所在に影響を与えているか,また,事実認定上,
立証の程度に影響を与えているかを検討したが,解釈や事実認定の手法を変 更するほどの影響はみられなかった。
立証責任は約款・保険法の条文構造等から裁判例と同様に保険金請求者負 担と解すべきである。立証の程度は事故の客観的状況について立証負担を軽 減する裁判例の傾向には賛成であり,それに加えて被保険者等の動機,属性 等,被保険者等の事故前後の言動等,保険契約に関する事情も慎重に検討さ れるべきものと考える。
■キーワード
傷害保険の偶然性,保険法施行後,立証責任と程度
*平成30年⚖月15日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成31年⚓月22日原稿受領。
傷害保険の偶然性
保険法施行後の立証責任と立証の程度
山 田 康 裕
⚑.はじめに
急激かつ偶然な外来の事故による身体傷害を約款の支払事由とする傷害保 険における⽛偶然(偶発)⽜は,保険契約一般に要求される保険契約成立当 時における保険事故発生の不確定性という意味での⽛偶然⽜とは異なり,事 故が発生した時点における⽛偶然⽜,すなわち被保険者の故意によらないこ とと同義であると解されてきた1)。他方で,傷害保険の約款においては一般 に,⽛被保険者の故意によること⽜が保険金を支払わない場合としても規定 されていることから,かつてより学説は,偶然(非故意)又は故意について,
保険金請求者が立証責任を負担するという説2)と保険者が立証責任を負担す るという説3)に分かれて対立し,裁判例にも争いがあった。
この問題について,保険法施行前の平成20年改正前商法(以下⽛旧商法⽜
という)下,最判平13年⚔月20日集民202巻161頁は,①支払事由,請求権の 成立要件であること,②不正請求が容易となるおそれが増大する結果,保険 制度の健全性を阻害し,ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれが あること,③故意免責規定は確認的注意的規定にとどまることを理由として,
普通傷害保険契約における急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被
1) 大森忠夫⽛商法における傷害保険契約の地位⽜同・保険契約法の研究120頁 注㈢(有斐閣,1969),石田満⽛傷害保険契約における立証責任⽜上智法學論 集37巻⚓号29,35頁(1994),西島梅治・保険法〔第⚓版〕381,388頁(悠々 社,1998)。
2) 山下丈⽛傷害保険契約における傷害概念(二・完)⽜民商75巻⚖号900頁
(1977),西島・前掲注1)388頁,潘阿憲⽛傷害保険および生命保険の災害関係 特約における偶然性の立証責任⽜文研論集124号251頁(1998),及び後掲注37) 記載の文献など。
3) 中西正明・傷害保険契約の法理72頁(有斐閣,1992),山下友信⽛判批⽜ジ ュリ1044号135頁(1994),竹濵修⽛保険事故招致免責の主観的要件⽜保険学雑 誌547号42,43頁(1994),船越隆司⽛実定法秩序と証明責任(三六・完)⽜判 時1546号154頁(1996),小林俊明⽛判批⽜ジュリ1090号162頁(1996),山野嘉 朗⽛判批⽜判時1603号203頁(1997)など。
った傷害に対して保険金(死亡保険金を含む)を支払うこととする約款に基 づき死亡保険金の支払を請求する場合において,偶然性の立証責任は保険金 請求者が負担するものと判断した(同日付で,生命保険契約に付加された災 害割増特約についての約款に基づき災害死亡保険金の支払を請求する場合に おける不慮の事故(その定義に含まれる偶発的な事故であること)の立証責 任を,①~③と同様の理由により,保険金請求者が負担するものと判断した 最高裁判決(民集55巻⚓号682頁)がある。以下この⚒つの最高裁判決を
⽛13年最判⽜という)。
この13年最判に対しては,立証責任について請求者の負担を考慮していな い4)ó故意免責規定を確認的注意的規定と解した理由が理論的に明らかにさ れていない5)ó不正請求のおそれは保険制度一般に認められるのに傷害保険 がなぜ特別なのか実質的な説明がない6)ó他の種類の保険契約においても保 険事故概念に⽛偶然性⽜を入れた約款規定にすれば立証責任の転換は認めら れるのか7)ó平成13年最判の事案は第一審では自殺であったとの認定がされ,
控訴審段階でも自殺である疑いが濃厚と判断されており真偽不明状況ではな いので判旨の一般化には疑問がある8)などと学説から強く批判され,また立 証の程度の問題が残されているという指摘があった9)。
13年最判の後,火災保険やオールリスク保険(テナント総合保険,車両保
4) 甘利公人⽛判批⽜判時1773号200~201頁(2002),福田弥夫⽛判批⽜損保研 究63巻⚔号292頁(2002),竹濵修⽛判批⽜私法判例リマークス25号108,109頁
(2002)など。
5) 甘利・前掲注4)200頁,福田・前掲注4)292頁など。
6) 遠山聡⽛傷害保険契約および生命保険災害関係特約における偶然性の立証責 任⑴⽜白鷗法学18号64,65頁(2001),木下孝治⽛判批⽜ジュリ1224号108頁
(2002),ࡗ素寛⽛判批⽜商事法務1708号43~44頁(2004)。
7) 竹濵・前掲注4)109頁。
8) 福田・前掲注4)293頁,甘利公人⽛保険契約における保険事故の立証責任⽜
保険学雑誌600号171頁(2008)も参照。
9) 遠山・前掲注6)90頁,福田・前掲注4)294頁,甘利・前掲注4)202頁,木下・
前掲注6)108頁,ࡗ・前掲注6)44,45頁など。
険)といった損害保険(物保険)における故意の立証責任を保険者が負うと する最高裁の判断10)が相次いでなされ,前後して,約款上偶然性の要件が規 定してあることの意味について検討する必要があり,偶然という言葉だけを 見て請求者に立証責任があることにはならないという見解が有力となり11)ó またそれらの最高裁の判断の射程との関係で13年最判の射程と再考可能性が 検討された12)。
そして平成22年⚔月⚑日施行の保険法では,傷害疾病定額保険契約の類型
(同法⚒条⚙号),被保険者等の故意による場合の免責規定(同法80条)が定 められたことから,直接に立ち返るべき実体法規が存在せず約款のみに依拠 した平成13年当時と異なり保険法施行後は約款の懐疑は新保険法の規律を参 考にして解釈すべき13)ó故意免責規定を無意味とする判例が正しいのであれ ば保険法で故意免責規定を設けるのは背理であり,また保険者の故意立証困 難が傷害保険と損害保険とでそれほど違いがないとすれば損害保険契約にお ける一連の判例との一貫性を考慮すべき14)などとして13年最判は見直される べきであるとの主張がなされ,現在は,13年最判が維持されるとの主張15)と
10) 最判平成16年12月13日民集58巻⚙号2419頁,最判平成18年⚖月⚑日民集60巻
⚕号1887頁,最判平成18年⚖月⚖日集民220号391頁,最判平成18年⚙月14日集 民221号185頁,最判平成19年⚔月17日民集61巻⚓号1026頁,最判平成19年⚔月 23日集民224号171頁,最判平成19年⚔月23日自動車保険ジャーナル1686号13頁。
11) 山下友信⽛オール・リスク損害保険と保険金請求訴訟における立証責任の分 配⽜川井健ほか編・転換期の取引法 取引法判例10年の軌跡 535頁(商事法 務,2004),甘利・前掲注8)166頁。
12) 山野嘉朗⽛保険事故の偶然性の意義と保険金請求訴訟における立証責任の分 配⽜生保論集154号30~31頁(2006)。
13) 𡈽𡈽岐孝宏⽛傷害保険契約における偶然性の立証責任分配に関する将来展望 法制審議会保険部会・保険法の見直しに関する中間試案を踏まえて ⽜損保 研究69巻⚔号35~37頁(2008),神谷髙保⽛保険事故の偶発性の立証責任
(二・完)⽜民商140巻⚒号185頁(2009)。
14) 山下友信⽛保険法と判例法理への影響⽜自由と正義60巻⚑号34,35頁
(2009)。
15) 佐野誠⽛新保険法における傷害保険約款規定⽜生保論集第166号⚗,⚘頁
分かれて対立している。
本稿では,このような経緯を前提に,学説の状況を踏まえ,保険法施行後 の裁判例を検討し,保険法施行が立証責任の所在の解釈に影響を与えている か,事実認定(立証の程度)に影響を与えているか,またその当否を検討す る。
⚒.学 説
⑴ 立証責任の所在について ア 請求者負担説
近時の立証責任を請求者が負うとする見解(請求者負担説)には,一方で,
偶然性は外来性・急激性の要件とともに傷害事故の概念を構成する不可欠の 要素である16)などとして,傷害保険の給付事由であるという形式的論拠を重 視し,保険法上の故意免責規定は任意規定であるから,このような解釈も許 されるとする見解がある。
他方で,モラルリスク(保険金詐欺)は刑法上の犯罪行為で,この防止は 保険者に課された社会的責務であり,非故意性の立証責任規定もモラルリス ク対応の有効な手段である17),他の保険と比べても相対的に不正請求の恐
(2009),出口正義⽛保険法の若干の解釈問題に関する一考察⽜損保研究71巻⚓
号45,46頁(2009),潘阿憲⽛判批⽜損保研究 77巻⚓号189頁(2015),潘阿 憲・保険法概説〔第⚒版〕311,312頁(中央経済社,2018),山下典孝⽛人身 傷害補償保険における傷害概念の偶然性の立証責任⽜インシュアランス損保版 4625号⚘頁(2015)など。なお,立法担当者は,13年最判の立場を実質的に変 更するものではなく,解釈に委ねることとしている(法制審議会保険法部会第 23回会議議事録44頁,萩本修ほか⽛保険法の解説(⚕・完)⽜NBL888号39頁
(2008),萩本修編著・一問一答 保険法194~195頁(有斐閣,2009))。
16) 潘・前掲注15)保険法概説310,311頁。同311頁は⽛火災保険など他の保険契 約においてもモラル・リスクの問題があるから,これを根拠とすることには説 得力を欠く⽜とも論じている。なお,桜沢隆哉⽛⽝偶然な事故⽞の立証の程度,
重大な過失(下)⽜インシュアランス損保版4517号⚙頁(2013)も参照。
17) 佐野・前掲注15)12頁。
れが大きい18)などとして,モラルリスクの防止という実質的論拠を重視する 見解もある。そしてさらに,請求者が偶然性の主張立証責任を負うのは,傷 害保険が偶発的な事故による死亡(または傷害)に限って保険金を支払うこ とを前提に保険料率を算定しているからと思われると分析する見解19)もあり,
13年最判の指摘する⽛誠実な保険加入者の利益を損なうおそれ⽜について
⽛保険料の高騰化等⽜に言及する旧商法下の裁判例20)もあった。
イ 保険者負担説
これに対して,保険者が立証責任を負担するとする見解(保険者負担説)
は,請求者負担説の実質的論拠を,不正請求のおそれが他の保険よりも大き いという証拠はない21),故意の証明責任が転換されることにより保険加入者 がより低廉な保険料でサービスを受けられるようになったという事情は認め られない22)等と批判する。そして特に,定額保険でない傷害疾病損害保険契 約にはモラルリスクとの趣旨は及ばないと批判する23)。非故意の立証責任を 請求者に負担させる規定は消費者契約法10条の適用により制限解釈されると 18) 出口・前掲注15)41頁,山下典孝・前掲注15)⚘頁。なお13年最判の調査官解 説である志田原信三・最高裁判例解説民事篇平成13年度(上)466頁(法曹会,
2004)は,⽛生命保険及び傷害保険は,損害保険と異なり,被保険利益による 制約がなく,保険金額を自由に設定できることから,モラルリスクが特に高い と言われている⽜こと,⽛傷害保険は,生命保険に比べて保険料が相対的に低 いことから,生命保険よりも更にモラルリスクが高い保険分野である⽜ことを 指摘する。
19) 横田尚昌⽛傷害保険金請求における事故の偶然性の証明⽜生保論集156号162 頁注3(2006)。佐野・前掲注15)11頁も参照。その他,木下孝治⽛判批⽜保険 事例研究会レポート222号16頁(2008)も,免責要件の立証失敗により,本来 は支払う必要のない保険金,不正請求事案の増大により保険者が負担する調 査・紛争解決関係の費用に言及している。
20) 東京地判平成16年⚙月⚖日 LLI / DB:L05933635。
21) 神谷・前掲注13)175頁。遠山・前掲注6)65頁も参照。
22) 木下・前掲注19)17頁,山本哲生⽛保険事故の偶然性について⽜生保論集160 号13頁(2007)も参照。
23) 木下・前掲注19)16,17頁,𡈽𡈽岐孝宏⽛判批⽜法学セミナー718号103頁
(2014)。
する見解があり24),被保険者に故意なきことの証明責任を保険金請求者に負 担せしめる旨の特約は暴利行為として無効と解すべきであり,故意免責規定 は証明責任に関しては強行法規であってこれに反するとする見解(ただし旧 商法下のもの)もあった25)。
保険者負担説の形式的論拠としては,⽛被保険者の故意によること⽜が条 文の体裁上,免責事由としての形で規定されていること26),約款規定の中に 矛盾があるときには,実定法体系への適合性を考慮して解釈すべきであるこ と27),急激・外来は客観的であるが偶然は主観的であること28),故意による ことは概括的に定められた保険金支払事由に該当する場合のうち特定の場合 を例外的に保険金支払いの対象から除外するものであること29),⽛偶然⽜よ りも⽛故意⽜の方が意味内容がより明確であること30)などが指摘されている。
また保険者負担説の実質的論拠としては,非故意という事実の立証困難性 や,立証ができない場合に保険金が受給できないリスクの大きさが指摘され ている31)。そして,反対に生じうる保険者の立証困難に対しては,訴訟上の
24) ࡗ素寛⽛判批⽜民商132巻⚖号227頁(2005)など。これに対し,請求者負担 説から,立証責任が問題となるのは真偽不明という限界事例であり,一般的に 消費者の利益を大きく損なうとは言えないなどとの反論がある(佐野・前掲注 15)11,12頁,山下典孝・前掲注15)⚘頁,潘・前掲注15)保険法概説311頁,江 頭憲治郎⽛判批⽜別冊ジュリスト202号197頁(2010),これに沿う裁判例に下 記裁判例❶等)。
25) 船越・前掲注3)153頁(1996),岡田豊基⽛傷害保険契約における偶然性の立 証責任⽜損保研究65巻⚑=⚒号355頁(2003)。
26) 中西正明⽛判批⽜判時1458号230頁(1993),ࡗ・前掲注6)44頁,𡈽𡈽岐・前掲 注13)28,29頁。
27) 船越・前掲注3)153頁,岡田・前掲注25)352頁,山本・前掲注22)14頁,桜沢 隆哉⽛傷害保険契約における保険事故と偶然性・外来性⽜生保論集 164号245 頁(2008),𡈽𡈽岐孝宏⽛判批⽜法学セミナー754号107頁(2017)など。
28) 山下友信・前掲注3)135頁,岡田・前掲注25)353頁。
29) 中西・前掲注26)230頁。
30) ࡗ・前掲注6)44頁。
31) 木下・前掲注19)16頁など。前掲注4)記載の文献も参照。
信義則違反32)や,事故発生時の説明義務の問題33)として対応すべきとの見解 がある。
⑵ 立証の程度(事実認定の手法)について ア 請求者負担説の立場からの見解
傷害保険の偶然性を巡っては,立証の程度や事実認定の手法についても検 討がなされてきた34)。請求者負担説の立場から,特段の証明責任軽減措置は 不要であるとする見解35)もあるが,請求者負担説に立つ多くの見解は請求者 の立証負担の軽減のあり方を論じている。
その一つは,保険金請求者の証明は⽛一応の証明(推定)⼧36)で足りるとい う説37)である。ただし,この考えに対しては⽛人の意思決定に関しては,あ
32) 横田・前掲注19)177頁,松本博之⽛保険金請求訴訟における証明責任と具体 的陳述義務⽜奥島孝康ほか編・昭和商法学史686~688頁(日本評論社,1996)。
33) 山野・前掲注3)203頁,江頭憲治郎⽛判批⽜別冊ジュリスト138号175頁
(1996)も参照。
34) 大阪地方裁判所金融・証券関係訴訟等研究会⽛保険金請求訴訟について⽜判 タ1124号37頁以下(2003),大阪民事実務研究会編・保険金請求訴訟の研究 判 タ臨増1161号28頁以下(2004),山野嘉朗⽛傷害保険における⽝偶然性⽞の立 証責任と最高裁判例 問題点と今後の課題 ⽜生保論集137巻31頁以下(2001),
横田・前掲注19)159頁以下,岡本知浩⽛判批⽜保険事例研究会レポート256号 10頁以下(2011),桜沢・前掲注16)⚔頁以下,志田原信三ほか⽛保険金請求訴 訟をめぐる諸問題(上)⽜判タ1397号15頁以下(2014),勝野義人⽛判批⽜共済 と保険59巻⚕号30頁以下(2017),小原覚⽛判批⽜保険事例研究会レポート313 号12頁以下(2018)などを参照。
35) 松田武司⽛傷害保険契約における保険事故⽜竹濵修ほか編・保険法改正の論 点288頁(2009)。
36) 朝川伸夫・保険法研究59頁以下(中央大学出版部,1967)参照。
37) 大森・前掲注1)120頁注3,石田・前掲注1)32頁,古瀬村邦夫⽛生命保険契約 における傷害特約⽜ジュリ769号145号144頁(1982),出口正義⽛判批⽜損保研 究60巻⚔号236頁(1999),勝野義孝⽛不慮か故意かの決定されない損傷⽜戸田 修三先生古稀記念図書刊行委員会編・現代企業法学の課題と展開326,327頁
(文眞堂,1998)。
る事情があれば高度の蓋然性をもって一定の意思決定がなされるというよう な定型的事象経過を内容とする経験則は存在しない⽜として,高度の蓋然性 を内容とする経験則の適用による推定が考えられているのであれば問題であ るとする指摘がある38)。
他の見解として,⽛一般に,人は自らを傷つけるものではないという人の 自己保存本能に基づく経験則が存在⽜するため,証明責任を軽減すべきであ って,⽛保険契約者が外形上事故を想起させる傷害を明らかにする事実を主 張し証明すれば(第一段階の主張・証明),差し当り偶然性の証明として一 応十分⽜であり,⽛保険者が事故の偶然性を争うためには,保険契約者が故 意に傷害事故を引き起こした点についてのまともな疑念を理由づける事実を 主張・証明しなければならない(第二段階の主張・証明)⽜とし,⽛保険者が 第二段階の主張・証明に成功すれば保険契約者(または保険金請求者)は,
再び,このまともな疑念を反駁しなければならず,これに失敗すれば事故の 偶然性の証明はないことになる⽜とする説がある(以下,この見解を⽛事実 上の推定説⽜という)39)。
イ 保険者負担説の立場からの見解
他方,保険者負担説から立証の程度に触れる見解として,保険金請求者は 外形的・類型的に偶然な外来の事故があることを証明すればよく,保険者が 故意によるものであることを立証する責任を負うとする見解40)や,偶然性の 38) 加藤新太郎⽛交通事故賠償・保険金の不当請求⽜判タ619号⚗頁(1986),松
本・前掲注32)675頁ほか。
39) 松本・前掲注32)673~674頁,笹本幸祐⽛人保険における自殺免責条項と証 明責任(四・完)⽜文研論集131号145頁(2000),志田原・前掲注18)468頁。な おこの見解につき,木下・前掲注19)18頁は,モラルリスク防止を請求者負担 説の根拠とする場合には,傷害保険における不正な事故発生のリスクに対する 評価の点で自己矛盾に陥っていると指摘する。
40) 竹濵・前掲注4)109頁,鈴木和彦⽛傷害保険における保険者の免責事由⽜塩 崎勤編・現代裁判法大系㉕215頁(新日本法規,1998),中西・前掲注26)230頁,
大阪高判平成11年⚓月18日判時1691号143頁も参照。これに対し山本・前掲注 22)11頁は⽛偶然の意味が故意によらないことを含むものであることを前提と
要件から⽛故意によらない⽜という意味を排除した解釈をとるべきとして
⽛偶然⽜を⽛傷害原因的出来事の客観的不確定性⽜の意味と解し,これにつ いて保険金請求者が立証責任を負い,他方で⽛偶然⽜に含まれなくなった
⽛故意によること⽜は故意免責規定として保険者が立証責任を負うとする見 解41)がある。
⚓.裁判例
筆者の知り得た裁判例のうち,保険法施行後に締結された(始期日の到来 する)傷害保険に基づく保険金請求の事案において,判決文の当事者の主張 又は裁判所の判断において保険法に言及した上で偶然性の立証責任について 判断したものは⚕例あった(下記裁判例❶❸❹❺❻)42)。また,立証の程度 の検討のため,裁判例❶の控訴審(裁判例❷)も取り上げた(全て自動車運 転中の衝突又は崖下等への転落事案)。
各裁判例の整理・分析にあたり,立証責任の論拠については,上記平成13 年最判の理由①~③に対応する理由の摘示がある場合はその番号を付し(④ はその他の理由付け),その順番に並び替えて要旨を整理した。事実認定に ついては,モラルリスク事案に係る保険金請求訴訟で検討対象とされる間接 して考えれば,偶然の意味を外形上事故であることを示すと解釈することも技 巧的⽜と指摘する。
41) 𡈽𡈽岐・前掲注13)38~39頁。
42) その他,保険法施行後の偶然性の立証責任について,保険法への言及はない が,理由を述べ判断した裁判例として,東京地判平成26年⚙月29日ウエストロ ー・ジャパン文献番号2014WLJPCA09298010,札幌地判平成26年12月26日判 時2273号128頁,名古屋地判平成28年⚓月30日ウエストロー・ジャパン文献番 号2016WLJPCA03308009があり(いずれも請求者負担との結論),その他理由 を述べずに請求者負担とする裁判例も多数存在した。他方で,自動車保険契約 の人身傷害保険等が車両保険金等とともに請求された事案で,物保険の保険金 請求と同様に免責規定を適用して判断した裁判例として,札幌地判平成27年⚑
月15日交民48巻⚑号73頁,大阪地判平成29年⚓月24日自保ジャーナル2002号 151 頁,大 阪 地 判 平 成 29 年 ⚙ 月 ⚕ 日 ウ エ ス ト ロ ー・ジ ャ パ ン 文 献 番 号 2017WLJPCA09058002があった。
事実は,🄐🄐事故の客観的状況,🄑🄑被保険者等の動機,属性等,🄒🄒被保険者等 の事故前後の言動等,🄓🄓保険契約に関する事情の⚔項目に大別されるとされ ているので43)ó本稿では事実の要旨を,可能な範囲でこの⚔つの観点に並び 替えて整理した。
❶ 旭川地判平成26年⚑月20日自保ジャーナル1921号163頁
【事案】 自動車運転中,山道の対向車線を横切った先にある旋回場(駐車 帯)奥の崖下に車両ごと転落して死亡したことにより,事業用自動車総合保 険契約のうちの人身傷害保険と建設業総合保険建設業者災害補償特約に基づ いて保険金を請求した(他に,車両保険金を請求)。
【立証責任】 ①偶然性は保険金請求権の成立要件,②特に損害保険と異なり 保険金額を自由に定められる傷害保険については不正請求防止・保険制度の 健全性を守るため相当の合理性がある,③保険法80条は任意規定とし,④13 年最判を参照して,請求者に立証責任があるとした(約款に相当の合理性が 認められるから消費者契約法10条により無効とも認められないとした)。
【事実認定】 (A1)ハンドルの右操舵を継続し,アクセルを踏み続けて対向 車線を横切り駐車帯を72~81km/h の高速度で突っ切って崖下に転落し,
(A2)カーブの多い山道を通過し,出入口から駐車帯に進入しているから居 眠り運転や覚低走行であるとは考え難く,アクセルを踏み続けて高速度で進 行しているから休息等のために本件駐車帯に進入し,転落地点より先に地面 が続いているものと誤信したとも考え難い,🄒🄒事故の翌日以降も仕事の予定 があり,遺書も認められないことからすると,計画的な自殺と推認するには 若干疑問が残るが,🄑🄑300万円の手形貸付債務の返済の目途が立っておらず,
本件事故直前に発作的に自らの意思に基づき無謀な運転を試みたとしても不 自然ではないとして,偶然性を否定し,かえって,故意推認の方が自然かつ 合理的であるとした(車両保険金請求にも故意免責規定を適用して請求棄 却)。
43) 志田原・前掲注34)15頁。
❷ 札幌高判平成26年10月⚙日ウエストロー・ジャパン文献番号2014WLJP CA10096008
【事案】【立証責任】 裁判例❶と同様(控訴審)。
【事実認定】 (A1)本件車両の不具合(右前輪のパンク:ホイルに損傷がな いにもかかわらずパンクが生じていることがその可能性を示しているとす る)を確認するため,長時間の車の運転や深夜であることによる疲労から休 息をとるため又はその他の所用を済ませるため,旋回場に進入し,本件車両 を30~35km/h 程度で運転していたところ,旋回場の縁に柵はなく,照明が ないことや,それまでの疲労による注意力の欠如により,旋回場の縁を見誤 り,その奥の崖地へと落下したと認められる(時速72~81km/h で進入した とは認めがたい),(B1)債権者に支払猶予の依頼をしていないこと,(B2)家 族名義の預貯金として163万余円があり,家族の契約する保険から約518万円 の借入れが可能であったこと,(B3)それまで資金繰りの相談をしていた妻 に対し支払いについては何ら相談をしていないこと等から,自殺による解決 を考えるほどに深刻な問題を抱えていたとは認められず,自殺の動機があっ たとは認められないとし,旋回場の縁を見誤り落下したと認められるとして 偶然性を認め,故意・重過失免責を否定した(一審判決取消,請求認容)。
❸ 名古屋地判平成26年11月13日ウエストロー・ジャパン文献番号2014WL JPCA11136001
【事案】 自動車運転中,堤防法面に衝突して死亡したことにより,事業用自 動車総合保険契約のうち人身傷害保険,搭乗者傷害保険に基づいて保険金を 請求した。
【立証責任】 ①偶然性は保険金請求権の成立要件,③保険法80条は任意規定 とし,④13年最判を参照して,保険金請求者に立証責任があるとした。
【事実認定】 (A1)T字路突き当りの堤防法面に,通常に走行してきた場合 にあり得る程度の速度で,減速することなく,回避措置を講じることなく正 面衝突したこと,(A2)現場手前のカーブは問題なく通過しており居眠りな ど車両運転に支障を来すような状況にあったとはいえず,スリップするなど
して運転不能になったとは考えにくく,事故後の血液検査から高血糖による 昏睡状態や飲酒酩酊の可能性はなく,患っていた白内障は少なくとも左目に ついては手術により回復しており,視力を失った運転手がとるような急制動 や急転把などの車両操作を行った様子はなく,現場手前100mにわたって南 向きの直線であるから直前で日差しが目に入るという状況も考え難いこと,
(A3)シートベルトをしていなかったこと,(B1)事故⚓か月前に廃業し収入 の途を断たれ,4500万円余りの負債の返済のめどもない状況であり,(B2) 他方で信用保証協会に対する弁済に限ってはわずかでも継続していたから連 帯保証人に迷惑をかけられないという思いがあった可能性は否定できず,
(D1)保険料の当月分は期限⚒日後に支払われているがその先の支払の目途 があったとは考えにくく,(D2)他方で期限⚒日経過だけで直ちに失効する とは考えにくく保険契約は有効であると認識していたと考えられるので,保 険契約が有効なうちに,保険金を取得し,親族や連帯保証人が負担すること になる債務額を圧縮したいと考えたとしても不自然なところではないこと等 から,意図的に惹起させたものである疑念を払拭しきれないとして偶然性を 否定した(請求棄却)。
❹ 東京地判平成28年⚕月12日ウエストロー・ジャパン文献番号2016WLJP CA0512800344)
【事案】 自動車運転中,車両ごと展望台から転落して死亡したことにより,
個人総合自動車保険契約のうち人身傷害条項及び搭乗者傷害特約に基づいて 保険金を請求した(他に,車両保険金を請求)。
【立証責任】 ①⼦急激かつ偶然な外来の事故⽜が保険金支払の要件であるか ら,保険金請求者に立証責任があるとした。
【事実認定】 (A1)現場にはタイヤ痕や擦過痕が一切残されておらず,転落 時のハンドル操作や走行経路,速度と言った具体的な態様を一義的に認定す ることは困難であり,駐停車や発進,方向転換の際のアクセルとブレーキの 44) 控訴審である東京高判平成28年12月21日ウエストロー・ジャパン文献番号
2016WLJPCA12216002は,第一審を少し補正するほか支持引用している。
踏み間違いやハンドル操作ミスの可能性も十分に考えられる,(A2)本件事 故現場以外に落下可能な場所が存しないとしても,そのことから直ちに故意 を推認はできない,(B1)約3000万円の負債を抱えており経済状況は全く楽 観視できるものではなかったものの,支払を遅滞していた訳ではなく,家族 のものも併せれば1200万円を超える預貯金がある等,生命と引き換えに保険 金を取得しなければならないほどひっ迫した経済状態に置かれていたとまで は言い難い,(B2)心臓カテーテル手術を受けた後の経過は安定しており健 康上の不安を抱えていたとは認められない,🄒🄒被保険者は,午前⚙時半頃に
⽛ドライブに出かけてくる⽜と言って出かけ,自動車とフェリーで片道約⚒
時間半かかる場所に移動しているが,事故現場付近に観光名所が存在するこ とからドライブ好きな被保険者が訪れることが不自然とまでは言い難く,自 殺の兆候はなく,むしろ事故の日以後の通院や同窓会等の予定を入れるなど 自殺を前提としない行動をとっている,(D1)保険金額は他社も含めて約 6000万円で保険金取得目的の自殺を強く疑わせるほど高額であるとまでは言 い難く,初回契約締結後更新を繰り返しており経緯に特段不自然な点も見当 たらない,(D2)以前起こした交通事故も自殺を企図して自ら惹起したもの とまでは直ちに認め難いこと等から,偶然性を認定した(車両保険金請求の 故意免責も否定し,請求認容)。
❺ 名古屋地判平成28年⚙月26日判時2332号44頁45)
【事案】 自動車運転中,山道の崖下のダム湖に車両ごと転落して死亡したこ とにより,普通傷害保険契約に基づいて保険金を請求した。
【立証責任】 ①偶然性は保険金請求権の成立要件,②不正請求防止・保険制 度の健全性維持のため相当の合理性がある,③保険法80条⚑号は確認的な規
45) 判タ1436号162頁,自保ジャーナル1988号163頁。評釈として𡈽𡈽岐・前掲注 27)107頁(2017),山下典孝⽛判批⽜金融・商事判例増刊1536号104頁(2018),
拙稿⽛判批⽜共済と保険60巻⚓号22頁(2018),横田尚昌⽛判批⽜保険事例研 究会レポート315号⚑頁(2018),中出哲⽛判批⽜損保研究80巻⚒号219頁
(2018),北田康治⽛判批⽜法律のひろば71巻11号56頁(2018)がある。
定と解さざるを得ないが任意規定であるからこれに反しない,④保険法制定 前後で約款の改定がないことから保険契約当事者間においても主張立証責任 について変更する意図を有していなかったことが窺われる,として保険金請 求者に主張立証責任があるとした。
【事実認定】 (A1)事故現場は右カーブで左側が崖であるところ,現場の状 況等から,右にハンドルを転把した後左にハンドルを転把し(カーブを曲が りきれずにまっすぐに走行した等のXの主張を排斥),60~70km/h で進行 し,(A2)タイヤ痕や制動痕が無いことから回避措置をとった様子はうかが われないし,何らかの物体が飛び出してきて急ハンドルを切ったという様子 も窺われず,現場に視線誘導標があり,山道のカーブを複数逸脱することな く走行してきたことから道路の線形を見誤り転落まで気付かなかったと考え る方が不自然であり,(A3)現場以外に転落するにあたっての障害物が少な く,加速を得られるような場所がないことを踏まえ,(B1)被保険者の営む 会社の経営状況は,急を要する事態とはいえないものの,直近の利益状況が 必ずしも芳しくなく,(B2)被保険者が希死念慮を述べた形跡はないが,心 療内科等を断続的に受診し業務継続に伴う精神的な疲労等を継続的に訴え,
会社業績の変動などから相当のストレスを受けていたであろうことは想像に 難くなく,会社経営にかかわる不安などについて相談できる相手がいなかっ た可能性もあり,(C1)事故前日所持していたと思われるデジカメに観光写 真等があったことや,事故の日以後の予定も組まれており,遺書はなかった こと等も踏まえ,被保険者が事前に計画的に自殺する意図を有していたとま ではいえないが,およそ自殺を考えるような状況になかったともいえないと し,(C2)近隣の温泉に向かう渡し船の時間がすでに終わっているが温泉に 予約をいれていなかったこと等から,本件事故当時,本件道路を走行してい た合理的な理由が考え難く,現場付近を偶然,走行していたというのも不自 然の感を否定できないとして,偶然性を否定した(請求棄却)。
❻ 福岡高判平成29年⚖月28日自保ジャーナル2006号140頁46)
【事案】 自動車運転中,路外の岩に衝突して夫婦である運転者 X1と同乗者 X2 がともに頚椎捻挫・脳震盪の傷害を負い,通院して,治療費,通院交通 費,休業損害,精神的傷害が発生したことにより,自動車保険契約のうち人 身傷害保険,傷害一時金給付保険,傷害一時金の頚部捻挫等追加給付特約に 基づいて保険金を請求した(他に,X1 X2 の子であり自動車所有者である X3 が車両保険金を請求)。
【立証責任】 ①人身傷害保険金の発生要件として偶然性を定めている,③保 険法80条が強行規定であるとまで解することはできないとし,請求者に主張 立証責任があるとした。
【事実認定】 (A1)車両の損傷の程度(小ささ)から,15õ3km/h を大幅に 下回る速度で衝突したと認められること,及び現場の痕跡の位置よりノーズ ダイブ(自動車に急ブレーキをかけた場合に慣性によって荷重が前方に作用 し自動車の前部が沈み込む現象)が発生していなかったと認められることか ら,ブレーキが効かない状態で岩に衝突したと認められること,(A2)Xら の40km/h で走行し急ブレーキを踏んだ直後に岩に衝突したとの主張はそれ と矛盾すること,🄑🄑生活保護を受給し保険料を滞納するなど経済的に困窮し,
下記により受領した保険金は生活保護の担当部署に申告することなく自ら費 消しており,🄓🄓約⚒年⚒か月の間の,いずれも保険料を滞納している時期に,
合計⚕回もの交通事故が発生していて不自然であり,事故の半年前にも現場 近所で電柱に衝突する類似の事故を起こし保険金を受領していることからす ると保険金請求の動機等があったと推認されることから故意を認定し,偶然 性を否定した(車両保険金請求につき故意免責規定も適用して,請求棄却)。
46) 金融・商事判例1540号51頁。第一審は福岡地直方支判平成28年12月20日自保 ジャーナル2006号140頁〈参考収録〉,金融・商事判例1540号59頁(請求棄却)。
⚔.主張立証責任の所在について
⑴ 保険法施行後の裁判例の傾向
以上のように検討した保険法施行後の裁判例では,全て,保険金請求者が 偶然性の主張立証責任を負担するものと判断されていた。そのため,保険法 の施行は,裁判例における偶然性の立証責任の判断に,保険法施行以前の解 釈を変更する程の強い影響は与えていないものと解される。
その判断の理由について,①保険金請求権の成立要件(支払要件,発生要 件)であることは⚕例全部が指摘し,うち⚔例(裁判例❹以外)では③保険 法80条⚑号が任意規定であることが指摘されていたから,裁判例においては 請求者負担説の形式的論拠が重視されていると解される。他方,②モラルリ スク防止・保険制度の健全性という実質的論拠は裁判例❶と❺が言及してい るが,裁判例❸❹❻においては直接の言及がなかったから,実質的論拠の重 要度は,上記の形式的論拠より低いようにも解される。ゆえに裁判実務は,
請求者負担説の形式的論拠を重視する見解に近い状況のように思われる。
⑵ 裁判例の傾向についての私見
私見は,上記のような裁判例の傾向に賛成である。形式的論拠について,
保険法施行後はその法律と約款の体系的な調和を踏まえた解釈がなされるべ きと考えるが,故意免責規定をみると,保険法と約款の規定ぶりに違いはな いので,そこに約款の特異性はない。他方,⽛傷害⽜という支払事由は,保 険法では⽛偶然⽜の事故によるという文言の限定(非故意性の限定)がな い47)のに対し,約款では偶然性(非故意性)の限定があり,約款の規定は保 険法の規定から修正された特異性を有している。また,保険法制定過程を鑑 みても,法律上⽛傷害⽜という支払事由が⽛偶然⽜の事故によるものに限定 されなかったのは,損害保険会社の交通事故傷害保険契約やファミリー交通
47) 佐野・前掲注15)⚗頁参照。
傷害保険契約などのように,⽛偶然⽜の事故であることを明示的に支払事由 としていない(被保険者の故意による事故であることを保険者の免責事由と している)傷害保険契約が,実際に存在することが考慮されたものであるか ら48),保険法制定過程においても,⽛偶然⽜の事故による傷害という限定が あるか無いかの違いは,意味があるものと意識されていたと解される。約款 規定が法律と比べて特異なのは,特有の意味があるからだと解され,その意 味を無視しない約款解釈が当事者の意思に沿うと解される49)。それゆえその 特異な約款規定と抵触するかのように見える他の規定(保険法の任意規定,
及び他の特異でない約款規定)の効力は否定・修正して解釈されるべきもの と考える。
また⽛傷害⽜という要件の,偶然の事故によるという限定は,被保険者死 亡の事案だけでなく,被保険者が生存している入通院の事案にも妥当するも のである。被保険者が生存している場合であれば,保険の対象である自己の 身体そのものを負傷した被保険者本人が,事故について故意によるものでな いことを説明すればよいのであるし,入通院は繰り返すことが可能であるか らモラルリスク防止の必要性は高いように思われる50)。それゆえ,傷害保険 による保障である以上,傷害保険の偶然性(非故意性)の立証責任は,保険 法施行後も請求者が負担すべきと考える。
48) 保険法の見直しに関する中間試案の補足説明102頁,萩本修編著⽝保険法立 案関係資料 新法の概説・新旧旧新対照表(別冊商事法務321号)⽞(商事法務, 2008)154頁,山下友信ほか編・保険法解説 生命保険・傷害疾病定額保険444,
445頁〔潘阿憲〕(有斐閣,2010)参照。
49) 志田原・前掲注18)464~465頁,拙稿・前掲注45)25頁も参照。
50) 被保険者生存の事案では,被保険者死亡の事案と比べて,🄓🄓保険契約に関す る事情(モラルに関する事情)が主張されやすいように思われる(裁判例❻参 照)。志田原・前掲注34)21頁も⽛特に自傷が疑われた事案では,ほとんどの裁 判例において保険契約に関する事情の不自然性(設定した保険金額が収入に比 して不相当に高額であること,保険契約締結に近接して事故が発生したこと,
経済状態が悪化した後に次々と保険金を高額に設定して保険契約を締結したこ となど)が指摘されている⽜とする。
ただし,支払事由が偶然性(非故意性)の限定を受けることは,保険契約 締結段階で,保険加入者が明確に認識した上で契約が締結されるように運用 されることが望ましく,また,請求者の立証負担の軽減については下記のよ うに考えられるべきであり,その中でも被保険者死亡の事案における事実認 定は,特に慎重になされる必要があるものと考える。
⚕.立証の程度(事実認定の手法)について
⑴ 検討の視点
請求者負担説に立つ保険法施行後の裁判例において,偶然性の立証負担を 軽減する考え方は受け入れられているのであろうか。またそれは,保険法施 行前後で変化があるのであろうか。
私見は,人の自己保存本能に基づく経験則は,社会通念に照らして承認さ れるべきものであり,これは保険法施行前後で異ならないと考えるので,事 実上の推定説の観点から,🄐🄐の事実と,🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実に分けて,それぞれ 保険法施行前後の状況と,立証負担が軽減されているかについて検討する。
⑵ 🄐🄐事故の客観的状況 ア 保険法施行前後の状況
保険法施行後の裁判例では,高速度であったこと(裁判例❶❺)や,ブレ ーキをかけたり回避措置を取ったりしていないこと(裁判例❶❸❺❻)が認 定されている場合には偶然性が否定されており,偶然性が否定される場合は その態様や現場の痕跡,時間帯,天候,地形等から,過失による可能性が否 定されていた(裁判例❶❸❺❻各(A2)の事実。身体の不調によるトラブル の可能性については事故後の血液検査結果や従前の治療経過から否定されて いた)。他方,車両に不具合の可能性があり速度もさほど早くなく過失によ ると認められる場合(裁判例❷)と,具体的態様を一義的に認定することが 困難で操作ミス等の過失による可能性もある場合(裁判例❹)には,偶然性 が肯定(故意が否定)されていた。
保険法施行前の裁判例における(A)事故の客観的状況について,志田原・
前掲注34)16頁は,自殺が疑われた事案の多くで,⽛事故態様又は現場状況…
を根拠として,自殺以外の事故原因(居眠り運転,脇見運転,ハンドル操作 の過誤など)の可能性を排除している⽜とし,偶然性が認められた事案では
⽛自殺以外の事故原因(居眠り運転,脇見運転,ハンドル操作の過誤など)
の可能性が指摘されている⽜と分析する。また,小原・前掲注34)22頁も
⽛請求者の不慮の事故の立証に関しては⽝何らかの運転ミス⽞の可能性,蓋 然性で足りるとされる反面,不慮の事故を争い,或いは自殺免責を主張する 保険会社には⽝何らかの運転ミス⽞も排除しうるだけの立証が要求されてい る⽜と分析する。
これらの保険法施行前の裁判例の分析に表れる事実認定の傾向は,裁判例
❷❹の各(A1)の事実と,裁判例❶❸❺❻の各(A2)の事実に照らすと,保険 法施行後の裁判例にも沿うものと解されるので,保険法施行前後で事実認 定・立証の程度についての差異は生じていないと思われる。
イ 立証負担の軽減について
このような傾向を事実上の推定説の考え方にあてはめるとどうなるであろ うか51)。これについては,第一段階の主張・証明(第二段階で保険会社に求 められる主張立証との対比で考えると,この請求者の主張立証は,傷害の原 因となった出来事をある程度特定して,それを概括的に見て,何らかのミス による可能性があることを明らかにすれば足りるものと思われる)を前提に,
第二段階の主張・証明として,保険会社に,保険契約者が故意に傷害事故を 引き起こした点についてのまともな疑念を理由づける事実として,自殺以外 の事故原因(何らかの運転ミス)を排除するだけの🄐🄐事故の客観的状況の立 証が求められている,と整理することが可能であると思われる。
このように解すれば,🄐🄐の事実については,裁判例上,事実上の推定説が 主張するような,保険金請求者の立証負担の軽減が受け入れられていると評
51) 北田・前掲注45)66頁も参照。
価できるものと考える。個々の裁判例の評価には立ち入らないが,そのよう な裁判例の傾向については,相当であると考える。
⑶ 🄑🄑 🄒🄒 🄓🄓の各事実 ア 保険法施行前後の状況
保険法施行後の裁判例では,🄑🄑被保険者等の動機,属性等のうち,ⅰ被保 険者の経済状況については,負債・預貯金の有無や額,仕事・収入の有無・
状況が考慮されており,偶然性否定事案で,負債の返済の目途が立っていな い(裁判例❶❸),廃業して収入の途を断たれた(裁判例❸),経営する会社 の利益状況が必ずしも芳しくない(裁判例❺),経済的に困窮していた(裁 判例❻)ことを指摘するものがあり,偶然性肯定事案で,債務額との兼ね合 いである程度の貯金がある(裁判例❷❹),支払猶予の依頼をしていない
(裁判例❷),支払を遅滞していない(裁判例❹)ことを指摘するものがあっ た。🄑🄑被保険者等の動機,属性等のうち,ⅱ被保険者の健康状態については,
偶然性否定事案で,希死念慮を述べた形跡はないが,心療内科等を断続的に 受診し精神的疲労等を訴えており,相当のストレスを受けていたであろうこ と(裁判例❺)を指摘するものがあり,手術を受けたが経過が安定している ことは,裁判例❹では偶然性を肯定する方向の事情であったが,裁判例❸ (A2)のような例も見られた。
🄒🄒被保険者等の事故前後の言動等については,事故当時事故現場にいたこ との合理的理由が考え難く不自然な場合(裁判例❺)に偶然性が否定され,
事故現場にいたことが不自然とまでは言い難い場合(裁判例❹)に偶然性が 肯定されていた。遺書が無いことや事故日以後の予定があったことを指摘す るものは⚓例あったが,⚑例が偶然性肯定(裁判例❹),⚒例が偶然性否定 の結論であった(裁判例❶❺)。
🄓🄓保険契約に関する事情については,偶然性否定事案で,保険料が支払期 限の⚒日後に支払われているがその先の目途があったとは考えにくく,他方 期限⚒日経過だけで直ちに失効するとは考え難い(裁判例❸),約⚒年⚒カ
月の間のいずれも保険料を滞納している時期に合計⚕回もの交通事故が発生 している(裁判例❻)ことを指摘するものがあり,偶然性肯定事案では,保 険金額が高額であるとは言い難く,契約締結や更新の経緯に特段不自然な点 も見当たらないこと等(裁判例❹)を指摘するものがあり,モラル的要素の 有無が問題とされていた。
保険法施行前の裁判例について,志田原・前掲注34)19~20頁は🄑🄑🄒🄒🄓🄓の 事実を補完的なものと位置づけ,小原・前掲注34)21頁も,🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実は
🄐🄐の事実と比べて必ずしも重視されておらず,⽛これらは客観的事実に基づ いて事故惹起に関して故意性が推認される場合,矛盾しないような場合には,
判断を裏付ける事実として評価される一方で,推認結果と相容れない意味を 持つと考えられるような事実であっても,むしろ推認結果と矛盾しないか否 かという観点から評価が行われている⽜と分析する。
保険法施行後の裁判例においても,🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実は,最終的な結論に沿 う評価か,最終的な結論と矛盾しないという評価が下されているから,保険 法施行前の事実認定の傾向は,保険法施行後の上記の裁判例にも沿うものと 思われる。それゆえ,保険法施行前後で差異は生じていないものと解される。
イ 立証負担の軽減について
では,立証の程度との観点から,このような傾向を,事実上の推定説の考 え方に当てはめてみるとどうなるであろうか。🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実につき,裁判 例❺は(B1)(B2)(C1)から⽛およそ自殺を考えるような状況になかったとも いえない⽜とし,裁判例❶(B2)は無謀運転も⽛不自然ではない⽜とし,裁 判例❸も🄑🄑🄓🄓から保険金取得による債務圧縮を考えたとしても⽛不自然な ところではない⽜として,それぞれ偶然性を否定している。それゆえ,もし
🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実から,請求者が⽛およそ自殺を考えるような状況になかった⽜
ことや,自殺したことが⽛不自然⽜であることを立証したのであれば,偶然 性が認められる可能性が否定される訳ではないと思われる52)。しかし,こ 52) 他方,裁判例❹(B1)は⽛生命と引き換えに保険金を取得しなければならな いほどひっ迫した経済状態に置かれていたとまでは言い難い⽜(裁判例❷も同
の立証の負担は,その表現からすると,かなり重いように思われる。
事実上の推定説の考え方にあてはめてみると,裁判例❶❸❺の事案は,保 険者が,🄐🄐事故の客観的状況から⽛何らかの運転ミス⽜の可能性をも排除し たこと等により,第二段階の主張立証に成功した事案であるものと思われる ので,その場合に,請求者が🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実を主張立証して行う,第二段階 の主張立証に対する反駁については,立証の負担が軽減されていない,と言 えるように思われる。
保険者によって第二段階の主張・証明がなされたならば,保険金請求者の 反駁が,第一段階の主張・証明と比べて厳しいものになるのはやむを得ない。
しかし,およそ自殺を考えるような状況になかった事実等を立証するのは難 しいものであり,また,⽛何らかの運転ミス⽜の可能性をも排除するような 事故の客観的状況があったとしても,それゆえその行為者には,およそ一切,
自己保存本能が無かった,ということには必ずしもならないはずであるから,
事故の外形のみを過度に偏重することは相当でないと考える。それゆえ,本 当にその外形に沿う内心があったのか,そのような内心がなかったとはいえ ないのかについて,他の🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実を加味して,個々の事案に応じて具 体的に,慎重な検討が必要であると考える。個々の裁判例の評価に立ち入る ものではないが,裁判例は全体として,🄑🄑🄒🄒🄓🄓の事実についても検討した 上で判断をしており,そのような傾向は相当であると考える。
⚖.おわりに
本稿では保険法施行後の裁判例の傾向を以上のように検討したが,このよ うな状況を踏まえつつ,保険金が受給できない場合に請求者個人が負担する 不利益は大きいものとなることに鑑みて,運用上,保険会社においては,十 分に調査を尽くした上で偶然性の有無の判断がなされることが望ましい。要 旨)として偶然性を認定しているから,それ程の経済状態であることが立証さ れた場合には,その事実を重視して偶然性が否定される可能性もあると思われ る。
件事実的に最小限度の事実を解明することには意義があるものと考えるが,
実際上はそれにとどまらず,可能な限り事情を明らかにした上で結論を導く ことが,最終的には当事者の納得につながり,ひいては健全な保険制度の形 成に資するものと考える。
(筆者は弁護士)