■アブストラクト
地震デリバティブ取引は契約の条件設定次第で損害保険と同様のリスクヘ ッジ機能を果たすことができる。一方,地震デリバティブ取引では,補償金 の支払いと損害の発生とは関係がないため,契約において設定された支払条 件を満たさない場合には,たとえ損害が生じていたとしても補償金が支払わ れることはない。そのため,地震デリバティブ取引契約においては,契約締 結時に設定された支払条件が満たされているのか否か,あるいは契約におい て設定されていない内容が問題となった場合にどのように当該契約内容を支 払条件との関係で合理的に解釈するのかが問題となる。
本稿では,地震デリバティブ取引契約約定書の契約内容の解釈だけでなく,
地震デリバティブ取引の役割・機能にも言及している仙台高判平成25年⚙月 20日を手掛かりに,地震デリバティブ取引が企業のリスクヘッジ方法として 妥当性を有するものであるのか検討し,地震デリバティブ取引の支払条件次 第では,企業の望むリスクヘッジ方法として不十分となる可能性が存在する ことを示した。
■キーワード
地震デリバティブ,保険デリバティブ,保険法⚒条⚖号
*平成30年⚓月23日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成31年⚓月22日原稿受領。
地震デリバティブ取引と保険制度の相克
鬼 頭 俊 泰
⚑.はじめに
本稿は,地震デリバティブ取引契約における支払条件の成否が問題となっ た仙台高判平成25年⚙月20日金判1431号39頁を素材として,企業のリスクヘ ッジ方法としての地震デリバティブ取引の妥当性について検討する。
地震デリバティブ取引は,予め合意した地点において,一定震度(あるい はマグニチュード)以上の地震が発生したことを支払条件とし,金融機関が 企業に対して所定の計算式で求められるオプション変動金額を支払う金融商 品である1)。かかる取引により,企業は地震の発生に伴う企業の経営リスク を市場に転嫁し,収益の安定化を図ることが可能となる。こうした地震デリ バティブ取引のような手法によるリスク移転を ART(Alternative Risk Transfer:代替的リスク移転)といい,伝統的な保険手法と同じように企業 の経営リスクをヘッジさせる効果を持つ。一方,企業は支払条件さえ満たせ ば補償金を支払ってもらうことができるため,企業は金融機関に対し損害の 証明を行う必要がないといった保険手法とは異なる側面も有する2)。
本稿では,地震デリバティブ取引自体が社会的余剰を発生させることなど を根拠に適法性を有していたとしても,企業のリスクヘッジ方法として妥当 性を有するものであるのか否かについてはなお検討の余地があると考え検討 を加える。
本稿の具体的検討手順を提示したい。まず,地震デリバティブ取引の意義 と概要につき保険制度と比較しながら交通整理をしておきたい⑵。次に,地 震デリバティブ取引契約における支払条件の成否が問題となった仙台高判平 成25年⚙月20日を取り上げ,実際上の問題点を指摘したい⑶。その後,企業
1) 法人税基本通達2-3-35は,地震デリバティブを含めたカタストロフィック・
デリバティブを⽛地震その他の災害の発生に係る数値を基礎数値とする取引⽜
としている。
2) 𡈽𡈽岐孝宏⽛天候デリバティブ・地震デリバティブの商法上の地位⽜中京法学 41巻⚓・⚔号317頁(2007)。
のリスクヘッジ方法として地震デリバティブ取引が妥当なものであるのか否 かにつき検討を加え⑷,私見を展開したい。
⚒.地震デリバティブ取引の意義と保険制度との比較
地震デリバティブ取引はオプション取引であり,かかる取引により,企業 は地震の発生に伴う企業の経営リスクを市場に転嫁し,収益の安定化を図る ことが可能となる。こうした地震デリバティブ取引は伝統的な保険手法と同 じように企業の経営リスクをヘッジさせる効果を持つため,経済実質的には,
地震デリバティブ取引は損害保険に類似するものといえる(保険法⚒条⚑号 参照)。
しかし両者の経済実質的類似性とは裏腹に,地震デリバティブ取引を行う ことによって法的位置付けは保険と異なる金融商品・金融取引を作り出すこ とが可能となる。発生した地震の震度をトリガーイベントとする地震デリバ ティブ取引は,保険法や保険業法ではなく,金融商品取引法上の規律対象と なる3)。金融商品取引法は,市場デリバティブ取引(金商法⚒条21項),店 頭デリバティブ取引(同条22項),外国市場デリバティブ取引(同条23項)
からなるデリバティブ取引(同条20項)を定義したうえ,デリバティブ取引 における原資産を,有価証券や通貨といった現物資産に加えて,各種指標も 対象としている。
また,地震デリバティブ取引は,定められた条件の地震(トリガーイベン ト)が発生した場合に,事前に約定された補償金が自動的に支払われること となる。つまり,定められた条件の地震発生を停止条件とした,停止条件付 契約であるとも評価できよう。一方,保険は,収支相等の原則,給付・反対 給付均等の原則,そして大数の法則に基づき一定期間中における危険の発生 確率とその損害額を正確に予測したうえで,保険加入者から適切に拠出金
(保険料)を徴収し,事故発生時に公正かつ迅速に給付金(保険金)が支払 3) 保険会社がオプション取引を行った場合は,付随業務(保険業法98条⚑項⚖
号)となる。
われる4)。
したがって,地震デリバティブ取引では,契約において設定された条件成 就により補償金が支払われることから,保険制度では必要とされる,損害額 の調査確認や災害・事故と損害との相当因果関係の確認(場合によっては立 証)といった手続きは不要となる。地震デリバティブ取引では,実際の損害 よりも,あるいは損害とは無関係に高額の金銭の支払いを受ける可能性があ り,利得禁止原則が適用される保険とは異なる結果をもたらしうる。その反 面,地震デリバティブ取引では,補償金の支払いと損害の発生とは関係がな いため,契約において設定された支払条件を満たさない場合には,たとえ損 害が生じていたとしても補償金が支払われることはない。
従前より,企業が地震災害リスクをヘッジする金融商品としては,企業向 けの地震保険(地震危険保証特約・地震拡張担保特約などを付けた保険)が 存在する。しかしそのような保険は,一度地震が発生すれば膨大な額の保険 金を保険会社は支払わなければならず,その保険金支払いリスクを分散する ために再保険会社に支払うコストが高額であるため保険契約者が支払う保険 料も高額となり,結果的に企業のリスクヘッジにとっての有効性に乏しいと される。また,地震発生後に地震による損害状況等を審査するため,保険金 の支払いまでに時間がかかり即効性を期待することが難しいこともその一因 とされる。
なお,本稿で取り扱っている地震災害のほか,航空機事故,原子力事故も,
一度危険が顕在化すると損害が巨大化する,大数の法則が機能するほどの事 故数とならないといった点で共通する。①地震災害,②航空機事故,③原子 力事故に向けた保険では,それぞれ,①家計地震保険に向けた制度ではある が再保険に加えて政府(地震再保険特別会計)による再々保険(地震再保険 制度),②多数の保険会社がそれぞれ引き受けた保険契約の全部または一部 4) リスクの移転方法に着目した場合,デリバティブ取引は市場参加者間でのリ スク移転方法であるのに対し,保険制度は再保険会社も含めた保険制度内の各 プレーヤー間でのリスク移転方法であると評価することもできよう。
をプールしておき,個々の保険会社の引受能力や実績に応じて再配分をし,
共同で再保険を引き受ける再保険プール(航空保険プール制度),そして③ 民間保険会社による保険では対応できない地震・噴火・津波といった自然災 害による原子力損害に対する原子力事業者と政府との間の補償契約により行 われる政府補償(原子力損害賠償政府補償制度)がそれぞれ用意されており,
損害の填補や救済が制度的に担保されている。一方,地震デリバティブ取引 においても再保険制度は利用されているが,それはあくまでデリバティブ事 業者自身のリスクヘッジを主目的とするものであるため契約者の損害填補や 救済を目的になされているわけではない。
このように,デリバティブ取引と保険には経済実質的な類似性を認めるこ とができるにもかかわらず,取引の目的が異なることなどを理由に各種取り 扱い・法的位置付けに違いがあり,かかる現状に疑問がないわけではない。
本稿の目的は,徒に両取引の類似点・相違点を比較し,その当否などを検討 することではないが,両取引の機能や仕組みを理解するうえではかかる比較 を行うことに一定の意義はあろう。
次に,地震デリバティブ取引契約における支払条件の成否が問題となった 仙台高判平成25年⚙月20日(以下,⽛本件⽜という。)を取り上げたい。
⚓.仙台高判平成25年⚙月20日金判1431号39頁の紹介
⑴ 事案の概要
⚑.宮城県において機械部品の切削加工業等を営むX株式会社(原告・控訴 人)は,平成20年10月29日,損害保険業等を営むY保険会社(被告・被控 訴人)との間で金融デリバティブ取引に関する基本契約書(以下⽛本件基 本契約書⽜という)を取り交わし,平成22年10月27日,本件基本契約書に 基づき,Yとの間で地震デリバティブ取引約定書を取り交わした。
⚒.本件で問題となった地震デリバティブ取引(以下⽛本件取引⽜という)
の取引条件は大要以下のとおりである。
すなわち,本件取引は,オプション購入者(X)がオプション売却者(Y)
に対して予め定めたプレミアム金額(30万4000円)を支払う一方で,平成 22年11月⚑日⚐時00分から平成23年10月31日23時59分まで(計算期間)に,
宮城美里町北浦(震度発表名称)において地震が発生した場合に,オプシ ョン購入者(X)がオプション売却者(Y)から予め定めた計算式に基づき算 出された金額(オプション変動金額)を受領する。
オプション変動金額は,所定の計算式(計算基礎金額の2000万円に対象 となる地震に対応するオプション変動レートを乗じる)に従い,Yによっ て決定される。オプション変動レートは,対象となる地震が発生した日の 22日後(地震指数決定日)の前日時点で気象庁が発行している最新の⽛週 間地震概況⽜から得ることができる対象となる地震の最新の気象庁震度
(気象庁またはその承継機関が発表する震度)(これを地震指数という)が
⚖強以上の場合は100%,⚖弱以下の場合は⚐%である。すなわち,宮城 美里町北浦で発生した地震が⚖強以上であればXはYより2000万円の支払 いを受けることができ,⚖弱以下であれば⚑円も受け取ることができない こととなる。なお,オプション変動金額の決定日は,地震指数決定日であ り,オプション変動金額の支払い日は,地震指数決定日の⚕営業日後であ る。また,Yが,Xに対して支払うべきオプション変動金額の支払いを遅 延した場合には,年14%の損害金を支払うこととなる。
気象庁が,宮城美里町北浦における震度を発表しない場合には,代替震 度発表名称(⽛大崎市松山⽜,⽛大崎市田尻⽜,⽛涌谷町新町⽜)における震度 を全て用い,各代替震度発表名称における震度に,各代替震度発表名称の 震度発表名称からの距離をYが合理的に勘案した上で,一定の重み付けを 行って得た数値を合算した結果をもって震度発表名称における震度と読み 替える(以下,⽛本件震度読替規定⽜という)こととされた。なお,本件 震度読替規定中の⽛合理的に勘案する方法⽜として,距離(代替震度発表 名称の震度発表名称からの距離)の逆数を加重平均して得た数値(読替震 度=X/Y。X=震度(A)×1/距離(A)+震度(B)×1/距離(B)+震度 (C)×1/距離(C),Y=1/距離(A)+1/距離(B)+1/距離(C))が設定
されている。
⚓.平成23年⚓月11日午後⚒時46分頃東日本大震災(以下⽛本件地震⽜とい う)が発生した。気象庁は,地震指数決定日の前日までに,本件地震によ り観測された震度を下表のとおり発表した。
⚔.Xは本件地震により本件取引における支払条件が成就した旨主張して,
Yに対し,上記のオプション金額である2000万円等の支払いを請求した。
それに対してYは,気象庁が地震指数決定日の前日までに精査中の震度と して発表した大崎市松山の震度⚖弱が,本件震度読替規定の定める⽛各代 替震度発表名称における震度⽜に当たり,本件震度読替規定に基づいて宮 城美里町北浦における震度として読み替えられるべき震度が,⚖強以上に ならず,支払条件が成就されていないとして争った。本件争点は大きく⚒
美里町北浦 大崎市松山
🄐🄐 大崎市田尻
🄑🄑 涌谷町新町
🄒🄒
H23õ⚓õ11
速報値 未発表 ⚖弱 未発表 ⚖強
H23õ⚓õ18
週間地震概況 未発表 未発表 未発表 未発表 H23õ⚓õ30
報道発表資料 未発表 ⚖弱
(精査中) 未発表 ⚖強 (精査後) H23õ⚔õ⚔
地震指数決定日 H23õ⚔õ25
報道発表資料 未発表 未発表 未発表 未発表 H23õ⚖õ10
地震・火山月報 未発表 未発表 未発表 ⚖強
(精査後) H23õ⚖õ23
報道発表資料 ⚖弱
(精査後) ⚖弱
(精査後) ⚖強
(精査後) ⚖強 (精査後) H23õ⚗õ14
地震・火山月報 ⚖弱
(精査後) ⚖弱
(精査後) ⚖強
(精査後) ⚖強
(精査後) H23õ12õ28
データベース ⚖弱 ⚖弱 ⚖強 ⚖強
つに集約される。すなわち,気象庁が地震指数決定日の前日までに精査中 の震度として発表した大崎市松山の震度⚖弱が本件震度読替規定の定める
⽛各代替震度発表名称における震度⽜に当たるか否か(争点①),本件震度 読替規定に基づいて震度発表名称における震度として読み替えられるべき 震度が⚖強以上になるか否か(争点②),である。
⑵ 本件各審級判旨
【原審(仙台地判平成25年⚔月11日金判1431号43頁)判旨】
争点①
⽛本件約定書が定める震度は,オプション変動金額の支払額を決定するた めの契約上の概念であるから,その意味内容については,本件約定書の規定 の合理的解釈の問題であるということができる。⽜
⽛本件約定書は,気象庁震度の定義について,特段の限定ないし条件を付 すことなく,気象庁が発表した震度をいうものと定義しているのであって,
気象庁震度について,特に精査中の震度を除外し,精査後の震度に限ること を明記した規定を全く置いていない。そして,本件震度読替規定は,⽝震度⽞
の文言に関し,気象庁が震度発表名称における⽝震度⽞を発表しない場合に,
代替震度発表名称における⽝震度⽞を全て用い,各代替震度発表名称におけ る⽝震度⽞に,各代替震度発表名称の震度発表名称からの距離をYが合理的 に勘案した上で,一定の重み付けを行って得た数値を合算した結果をもって 震度発表名称における⽝震度⽞と読み替えると規定しており,上記規定中の
⽝震度⽞について格別の定義規定は設けられていない。このような規定の文 理に照らせば,本件震度読替規定中の⽝震度⽞の意義については,本件約定 書の定める気象庁震度(気象庁が発表する震度)と同義と解するのが相当で ある。
そうすると,本件約定書の規定の文理からは,⽝各代替震度発表名称にお ける震度⽞にいう⽝震度⽞を精査後の震度に限ると解することは,困難とい うほかない。⽜
⽛また,本件約定書の文理以外に,⽝各代替震度発表名称における震度⽞に いう震度を,精査後の震度に限るべきであるとする合理的根拠があるか否か という観点から,気象庁による震度発表の実情についてみるに,……地震情 報は,地震発生後おおむね⚒分から数十分までの速報として発表されるもの であり,震度計や通信の状態によっては発表までに観測データが気象庁に届 かず,震度が正しく計測されていないと判断されることもあるため,精査後 の震度を発表していること,気象庁は,本件地震について,地震に伴う揺れ が長時間継続したことから,揺れが震度⚕弱以上と推定される地域において,
地震発生後⚓分間のデータを連続的に入手できている観測点の震度について は精査後の震度として発表し,データが連続的に入手できていないと判明し た観測点の震度については精査中の震度として発表したことがそれぞれ認め られる。
他方,……精査後の震度であっても,再調査後に修正する可能性があるこ とが付記されており……,現に,本件地震についても,精査後の震度とされ た震度が,後日変更されたり取り消されたりする例……が複数存在すること が認められる。さらに,精査中の震度とされた震度であっても,精査後の震 度に変更がない例……が複数存在することが認められる。
このような震度発表の実情に鑑みると,気象庁が発表した特定の震度につ いて,それが精査後の震度か精査中の震度かにかかわらず,後に変更される 蓋然性があるか否かを事前に予測することは,一般に困難といわざるを得な いから,精査中の震度として発表されたとの一事をもって,一律に⽝各代替 震度発表名称における震度⽞に当たらないと解することは,本件震度読替規 定の解釈として合理性を欠くというべきであり,他に⽝各代替震度発表名称 における震度⽞にいう震度について,精査後の震度に限るべきであるとする 合理的根拠は見当たらない。⽜
争点②
⽛本件震度読替規定は,震度発表名称と各代替震度発表名称との距離によ
って⽝各代替震度発表名称における震度⽞に一定の重み付けをすることを求 めているところ,加重平均の考え方を用いた方法……は,震度発表名称から の距離が近い代替震度発表名称における震度により大きな重み付けを行うた めの方法として,それ自体合理的なものということができる。
また,本件震度読替規定が,震度発表名称と各代替震度発表名称との距離 を考慮するものとしている以上,震度発表名称と各代替震度発表名称は,特 定の地点を指し示していると解釈されなければならず,各地点の震度に重み 付けをするという目的に照らせば,比較の対象とすべき地点(震度発表名称 及び各代替震度発表名称)としては,震度観測点……を指すものと解するの が合理的である。
そうすると,震度発表名称と各代替震度発表名称が特定の地点であること を前提として,一定の計算式……により⚒地点間の距離を求める考え方……
は,合理的な方法と認められる。そして,気象庁震度階級表……の各震度階 級に対応する震度の幅の中間値を採用した換算テーブルを用いて読み替えた みなし計測震度を用いるものとする本件算定方法……は,オプション購入者 (X)とオプション売却者(Y)の双方にとって公平であり恣意性がないから,
これも合理的な方法ということができる。
さらに,……Yは,本件取引のリスクをヘッジするために再保険事業者と の間で地震デリバティブ契約を締結しており,本件算定方法は,再保険事業 者との地震デリバティブ契約において定められている地震指数の決定方法に 準ずるものであることが認められ,このことは,Yと再保険事業者との合意 内容が,直ちに本件約定書の合意内容となることを意味するものではないと しても,本件算定方法がYの恣意によって定められたものではなく,一般的 な合理性を有するものであることを裏付けるものといえる。
以上の諸点に鑑みれば,本件算定方法は,Yがこれを当該金融商品の購入 者であるXに対し,事前に明示していない点において,当不当を論じる余地 はあるとしても,本件震度読替規定の文理及び趣旨に照らして不合理なもの ということはできず,本件算定方法を適用して行われたオプション変動金額
の算定結果……が,法的見地から不合理なものということはできない。⽜
【本件(仙台高判平成25年⚙月20日金判1431号39頁)判旨】
争点①
⽛原判決に認定のとおり,本件約定書には,本件震度読替規定の定める
⽝各代替震度発表名称における震度⽞について,精査後の震度に限定する旨 の文言は存在しない⽜。
⽛本件地震に関する精査中の震度と精査後の震度とは,地震発生後⚓分間 のデータを連続的に入手できていたか否かという点で異なるものの,いずれ も同様に気象庁により公式に発表された震度であり,精査前の震度であって も精査後に震度の変更がないものが複数存在したほか,精査後の震度であっ てもその後の調査により震度が変更された例が複数存在したこと等が認めら れるのであるから,精査中の震度であるから正確でないとか,およそ指数と して採用し得ないということはできず,震度の正確性という点でみれば精査 中の震度と精査後の震度との差は相対的なものにとどまるというべきであ る。⽜
本件約定書⽛の規定中に,参照すべき気象庁震度を精査後の震度に限定す る旨の文言がないことは,むしろ精査中の震度であるか精査後の震度である かを問わず,気象庁により発表された震度をすべて参照する趣旨であること を推認させるものである。また,原判決に認定のとおり,本件約定書に,地 震指数決定日において地震指数が決定された後は,気象庁震度が変更された 場合でも,地震指数を変更しない旨の規定が明示的に置かれていたことに照 らせば,本件取引において,参照すべき気象庁発表震度が客観的事後的に見 て正確なものであるかが特に重視されていたということはできないのであり,
この点に照らしても,前記の各規定を手がかりにして,本件震度読替規定中 の⽝各代替震度発表名称における震度⽞にいう震度が,当然に精査後の震度 に限られる趣旨であったと認めることはできない。⽜
⽛Y作成の各文書……の文言及び内容を検討しても,Yがこれらの文書を
作成した時点において,本件震度読替規定中の⽝各代替震度発表名称におけ る震度⽞に精査中の震度が含まれないとの認識を有していたとは認められな いから,Xの主張は前提を欠くものといわざるを得ない。
以上によると,本件震度読替規定中の⽝各代替震度発表名称における震 度⽞には精査中の震度も含まれると認めるのが相当であり,その他一件記録 を精査しても,この判断を左右するものは認められない。⽜
争点②
⽛本件震度読替規定により,本件取引においては,震度の読み替えに際し,
各代替震度発表名称における震度に,各代替震度発表名称からの距離をYが 合理的に勘案し,一定の重み付けを行って得た数値を合算する方法によるこ とが合意されていたところ……,本件算定方法がこれを合理的に勘案した方 法であると認められることは,原判決……説示のとおりである。
また,Xの主張する他の算定方法は,X側に一方的に有利な数値を用いる ものであるか,精査中の震度について精査後の震度と異なる取扱いをすべき ことを前提とするものであるから,既に説示したところに照らし,合理性の ある算定方法と認めることができない。Xは,地震等による契約者の早期救 済という本件取引の目的及びXの危機的状況にかんがみれば,Xに有利な算 定方法を用いることも許されるべきであると主張するが,本件取引は,予め 約定した条件を充足した場合に約定金員を支払うデリバティブ取引であり,
契約者の損害の補填や救済等を目的とするものではないから,Xの主張は,
上記判断を左右するものとは認められない。⽜
⽛以上によると,本件震度読替規定によって読み替えられるべき震度発表 名称における震度は,……本件算定方法に従い,震度⚖弱と読み替えられる べきであり,これに反するXの主張は採用することができない。⽜
小 括
本判決は,地震デリバティブ取引契約における支払条件の成否が問題とな
った初めての公刊裁判例であり,地震デリバティブ取引契約約定書の契約内 容の解釈だけでなく,地震デリバティブ取引の役割・機能にも言及した裁判 例として意義を有する。
前述したとおり,地震デリバティブ取引はオプション取引であり,かかる 取引により,企業は地震の発生に伴う企業の経営リスクを市場に転嫁し,収 益の安定化を図ることが可能となる。地震デリバティブ取引は損害保険に類 似するものといえ,本件におけるXも,X主張内容を見る限り,保険と同じ ようなリスクヘッジ効果あるいは損害填補効果を期待して本件契約を締結し たと思われる。
しかし,本判決において裁判所は,本件取引(デリバティブ取引)が予め 約定した条件を充足した場合に約定金員を支払う取引であることから契約者 の損害の補填や救済等を目的とするものではないとし,Xの主張を斥けてい る5)。
地震デリバティブ取引では,実際の損害よりも,あるいは損害とは無関係 に高額の金銭の支払いを受ける可能性があり,利得禁止原則が適用される保 険とは異なる結果をもたらしうる。その反面,地震デリバティブ取引では,
補償金の支払いと損害の発生とは関係がないため,契約において設定された 支払条件を満たさない場合には,たとえ損害が生じていたとしても補償金が 支払われることはない。
そのため,本件においてもそうだったように,デリバティブ取引が契約に よってなされる以上,地震デリバティブ取引契約においては契約締結時に設 定された支払条件が満たされているのか否か,あるいは契約において設定さ れていない内容が問題となった場合にどのように当該契約内容を支払条件と の関係で合理的に解釈するのかが問題となる。
5) 本判決は,本件取引の目的を強調するにすぎず,本件取引と保険との法的異 同に直接言及するものではないとする見解がある(嘉村雄司⽛判批⽜損害保険 研究77巻⚑号193頁(2015)。
⚓.本件約定書の契約条件・契約解釈の合理性
本件においては,いわば不完備であった本件約定書における契約条件ある いは契約解釈の合理性が争われている。
まず,本件震度読替規定における震度に精査中の震度を含むのかという点 につき,本判決は,約定書に精査後の震度に限定する旨の文言が存在しない ことを前提に,正確性の点で精査中の震度と精査後の震度との差は相対的な ものにとどまること,本件取引において気象庁発表震度が客観的事後的に見 て正確なものであるかが特に重視されていたということはできず,当然に精 査後の震度に限られる趣旨であったと認めることはできないことなどを理由 にXの主張を斥けている。
本件契約時にXおよびYが,気象庁発表震度が精査中のまま発表される可 能性のあること,精査後の震度か精査中の震度かに関わらず後に変更される 蓋然性を有していることを理解したうえで契約を締結していたかは不明であ る。ただ,本件約定書の文言では,震度が発表されない場合に関する定めは 置かれていたものの,精査中の震度と精査後の震度とを特に区別して定めら れてはいないため,かかる点を合理的に解釈すれば,両方の震度を気象庁発 表震度として採用することに問題はないと思われる(仮に上記可能性を契約 当事者が予測・認識していたのならば,本件震度読替規定と同じように本件 約定書に精査中と精査後の震度の取扱いに関する規定が盛り込まれていたは ずである)。
次に,本件算定方法の合理性につき,本判決は,本件震度読替規定が震度 発表名称からの距離が近い代替震度発表名称における震度により大きな重み 付けを行うための方法を用いていること,気象庁震度階級表の各震度階級に 対応する震度の幅の中間値を採用した換算テーブルを用いて読み替えたみな し計測震度を用いるものとする本件算定方法は,オプション購入者とオプシ ョン売却者の双方にとって公平であり恣意性がないこと,本件算定方法は再 保険事業者との地震デリバティブ契約において定められている地震指数の決
定方法に準ずるものであることから本件算定方法がYの恣意によって定めら れたものではなく,一般的な合理性を有するものであることなどを理由に法 的見地から不合理なものということはできないとする原判決を引用している。
本件算定方法については,震源からではなく,(Yが合理的に勘案したう えで)震度発表名称からの距離を考慮要素としていることが問題となりうる が6),震度の読替に当たっては複数の代替震度発表名称を設定していること や採用されている算定方法がYにとって一方的に有利な条件を有しているも のではなく恣意的なものでもないことからすると,原判決が述べるとおり,
係る算定方法が不合理なものであるとすることは困難である。原判決が本件 算定方法の合理性を裏付ける一つの要素として挙げている再保険事業者との 地震デリバティブ契約に準じているという点についても,再保険事業者は通 常の保険だけでは対応できないリスク(本件においては地震発生による高額 な保険金支払の集中リスク)に対応すべく,複数の保険会社との間で再保険 料や再保険責任の分担方法などを決定しており,場合によっては SPC(特 別目的会社)を通じて投資家向けに地震債券(CAT-Bond)を発行するまで の一連の証券化スキームの中で地震指数の決定方法などを定めていることも あるため,少なくともYが恣意的に,あるいはYにとって一方的に有利にな るように定められているわけでもなければ,定めることができるわけでもな い。
そして,Xに有利な算定方法採用の可否につき本判決は,本件算定方法が Yから示されていなかったため契約内容とはならず,他に適切な算定方法が あればそれが合意内容となるとしたうえで,地震等による契約者の早期救済 という本件取引の目的やXの危機的状況からXに有利な数値を採用すべきと するXの主張に対し,X側に一方的に有利な数値を用いることが算定方法の 合理性の根拠とはならず,また,そもそも地震デリバティブ取引が契約者の 損害の補填や救済等を目的とするものではないとしてXの主張を斥けている。
6) 舩津浩司⽛判批⽜ジュリスト1470号90頁(2014)。
この点については,YはXに対して本件算定方法を事前に明示していない ため,事後的に示された方法に合理性が備わってさえいれば問題とはならな いとするならば,地震デリバティブを提供する事業者にとって都合の良い算 定方法・算定式の⽛後出し⽜が認められる余地を生じさせうる7)。また,本 判決は本件取引が契約者の損害の補填や救済等を目的とするものではないと 判示しているものの,Yは損害保険会社であるとともに,本件地震の被害の 甚大さや震度発表の混乱等を踏まえ,地震指数決定日以後に発表された精査 後の震度によれば支払条件を満たすことになる取引に限り,地震指数決定日 以後に発表された震度であっても特例的にこれを考慮して支払を決定する特 例措置を講じており,本件取引においてYが,本判決のいう契約者の損害の 補填や救済等といった点をまったく考慮していないと評価することもできな いのではないかと思われる8)。しかし,こうした点が存在するからといって,
Xが主張する,X側に一方的に有利な数値を算定方法として用いてよい理由 にはならないであろうし,Yが主張する算定方法の合理性を否定する根拠と はならないであろう。
このように見てみると,Y側の主張を認めた本判決の各理由には上記のと おりいくつか疑問点が存在するが,X側の主張を斥けた結論自体は妥当なも のと判断することができる。
次に,本判決において本件取引(地震デリバティブ取引)の目的にも言及 していることから,本件地震デリバティブ取引契約における支払条件の適法 性・妥当性につき検討したい。
7) 舩津・前掲注6)89頁は,金銭給付義務の発生を合理的に勘案した要素に係ら しめてよいのか問題を指摘したうえで,合理性さえ具えていれば複数の算定式 の中から適用すべき算定式を金融機関側が事後的に都合よく選択できると解す る余地のあることを述べる。
8) 佐野誠⽛判批⽜損害保険研究76巻⚔号398頁(2015)は,⽛本件契約が契約者 の損害の填補や救済等を目的とするものではないとする判旨がやや形式的に過 ぎるように思われる⽜と批判する。
⚔.地震デリバティブ取引契約における支払条件の適法性・妥当性
⑴ 本件地震デリバティブ取引における支払条件の適法性に関する検討 本件においてXY間で締結された地震デリバティブ取引の条件は,要する に,宮城美里町北浦で発生した地震が⚖強であればXはYより2000万円の支 払いを受けることができ,⚖弱以下であれば⚑円も受け取ることができない というものであった。こうした条件設定が,デリバティブ取引の本来的な目 的であるリスクヘッジ目的を満たすものであるのかは疑問であるし,そもそ も,このような条件設定が,刑法185条に規定されている賭博罪,および金 融商品取引法202条に規定されている相場による賭博行為等の罪,それぞれ の構成要件に該当する可能性は存在する。
一般に賭博罪該当行為は,法令行為(刑法35条)に該当することによって 違法性が阻却され,適法となることは判例学説が異論なく承認することころ であり,法令による違法性の阻却は,当該取引が社会的経済的相当性を有す ることの極めて有力な徴表であることは疑いないであろう9)。違法性が阻却 されない場合には,賭博罪を構成するおそれがあり,賭博罪を構成する場合 には,民法90条にいう公序良俗に反するものとして,かかる取引は無効とな る10)。形式的には賭博となるおそれのある契約が認められている理由として は,社会的経済的相当性を有していることにあるため,地震デリバティブ取 引についても,正当な社会的,経済的意義が存在する場合に初めて適正な金 融商品たりうると考えられる。
9) 団藤重光・刑法綱要各論[第⚓版]350頁(創文社,1990)。
10) 森田果⽛射倖契約はなぜ違法なのか?⽜NBL849号39頁(2007)は,そもそ も違法性阻却の理由として掲げられる社会的相当性の有無につき,リスク取引 によって社会的余剰が発生していて法がその実現に助力することが社会的に望 ましいか否か,社会的余剰の発生原因がリスクの受け手側において,リスクか ら発生する客観的なコスト削減メカニズムが採用されていることによるのか,
リスク嗜好型選好に依拠しているのか,という取引メカニズムの合理性を取 引・契約が有しているのか否かに基づき検討すべきとする。
地震デリバティブ取引そのものについては,保険業法98条⚑項⚘号(金融 等デリバティブ取引についての規定),同法施行規則52条⚓項⚖号(クレジ ットデリバティブについての規定),平成10年10月30日国税庁通達によって,
違法性は阻却されている。
それでは,計算期間に特定地点で発生した地震が⚖強であれば2000万円の 支払いを受けることができ,⚖弱以下であれば⚑円も受け取ることができな いという極端な条件設定自体に法的問題はないのであろうか。地震デリバテ ィブ取引の条件が,著しく当事者間の公平に反するような信義則違反に該当 するような場合や,一方当事者に著しい利得11)が生ずる可能性があるよう な公序良俗違反・賭博に該当するような場合には,かかる地震デリバティブ 取引は無効となる12)。
もっとも,本件取引における支払条件は,発生した地震の大小によって 2000万円か⚐円かという極端な結果をもたらすものの,そもそもトリガーイ ベントとされている地震は人為的に発生させられるものではなく,また使用 される指数は精査中のものを含むのか否かにつき明確ではなかったものの気 象庁が発表する震度であり一定の客観性を有している。そして,本件震度読 替規定についても,震源からの距離や代替震度発表名称における地形などは 考慮せずに震度発表名称からの距離のみを考慮要素とはしているものの,⚓
つの代替震度発表名称を設定していることや,かかる距離に基づいた計算式 を予め明示していることから,一定の合理性を有していると評価できよう13)。
各種保険においても,本件取引と同様に,トリガーイベント(保険におい ては保険事故)が発生しなければ保険金が給付されることはなく,その他の 11) 山下友信・保険法(上)25頁(有斐閣,2018)は,著しい利得の生ずる余地を 排除するための⚑つの方法として支払われる金銭に上限を設定することを挙げ ている。
12) 保険デリバティブの賭博該当可能性を検討するものとして,山下友信⽛保 険・保険デリバティブ・賭博 リスク移転取引のボーダー⽜江頭憲治郎=増井 良啓・融ける境超える法⚓ 市場と組織227頁(東京大学出版会,2005)。
13) 舩津・前掲注6)89頁。
金融商品,たとえば他社株式転換条項付社債(EB)においても,償還条件 に組み込まれている参照対象会社株価の推移によって現金によって償還され る場合もあれば対象会社株式によって償還される場合もあるため,本件取引 における支払条件が信義則違反や公序良俗違反・賭博にあたると評価するこ とは困難であろう。
また,そもそも本件取引は損害保険のように損害の填補や救済を目的とす るものではなく,リスクヘッジ目的でなされるものであり,当事者間のリス ク移転効果とそれに見合った取引条件が設定され,その結果として社会的余 剰14)を発生させていることなどからすると,計算期間に特定地点で発生した 地震が⚖強以上であれば2000万円の支払いを受けることができ,⚖弱以下で あれば⚑円も受け取ることができないという条件設定自体に違法性が存在す るとは言い難い。
このように,本件において問題となった地震デリバティブ取引における支 払条件を,適法性の観点から問題があるとすることは困難であると言わざる をえまい。
⑵ 本件地震デリバティブ取引における支払条件の妥当性に関する検討 それでは,本件取引における支払条件が企業のリスクヘッジ方法として妥 当性を有するものであるのか否かについて検討したい。
まず,企業活動にリスクはつきものであり,かかるリスクが顕在化した場 合,企業自体が破たんする可能性も存在する。たとえばそのようなリスクに は,市場における各種価格変動リスク,為替リスク,災害による人的・物的 損害リスクなどが存在するところ,デリバティブ取引をヘッジ目的で活用す
14) デリバティブ取引は,リスクヘッジを行いたい者からデリバティブ商品を提 供する者(リスクを引き受ける者)にリスクを移転させることで,より安価な リスク負担を社会全体として実現することを可能とする。一方,デリバティブ 取引の当事者間でみてみると,この社会的余剰はプレミアムの受け渡しという 形で相互に分配されることになる。
れば,こうした各種リスクを一定範囲に抑えること(リスクヘッジ)が可能 となる。
本件取引における支払条件によると,震度発表名称において発生した地震 が震度⚖強以上か⚖弱以下かによって,補償金2000万円の支払いか⚑円も支 払われないかという違いが発生する。たしかに,地震デリバティブ取引のメ リットとして,損害保険とは異なり,損害額の調査確認や災害・事故と損害 との相当因果関係の確認(場合によっては立証)といった手続きは不要とな り,地震災害発生時に必要な緊急資金を調達することが可能となる。また,
地震保険が費用的・時間的な問題を有していることも前述したとおりであり,
本件におけるXが,かかる地震デリバティブ取引のメリットを享受すべく,
本件取引を約定した可能性もある。
しかし通常,発生した地震の震度が⚖強か⚖弱かによって損害発生の有無 が決まるわけではない(損害発生リスク・損害拡大リスクの多寡には影響を 与えよう)。本件取引における支払条件によれば,発生した地震が⚖弱以下 であった場合,たとえ企業に損害が発生したとしても,補償金は一切支払わ れないこととなる。つまり,本件取引が投機目的ではなくリスクヘッジ目的 でなされたものであるとすると,(震度⚖弱以下の)地震によって発生する 可能性のある人的・物的損害と本件取引における支払条件は正確な対応関係 にはなっていないため,震度⚖弱以下の地震による損害リスクについては何 ら手当てがなされていないこととなる。本判決において裁判所は,本件取引
(デリバティブ取引)は契約者の損害の補填や救済等を目的とするものでは ないとしているため,本件取引が投機目的でなされたものであれば別である が,企業のリスクヘッジのために地震デリバティブ取引を導入するというこ とであれば,(あくまで結果論ではあるが)本件取引において設定された支 払条件は地震災害時の早期救済を望むXにとってはそもそも不十分・不適合 なものであったと評価できよう。
事案から離れ一般論とはなるが,損害の発生する可能性の高い震度を念頭 にリスクヘッジを行いたい場合や補償金の迅速な支払いを特に重視する場合
(例えば,企業の経営が一か所で集中的になされており,地震による被害が 直ちに企業の存続に影響を与えるような場合)15)には,地震デリバティブ取 引を選択し,企業が損害の発生する可能性の低い震度も含めてある程度広範 にリスクをカバーしたい場合や実損害の填補を重視するような場合には地震 危険保証特約・地震拡張担保特約付の保険を選択するといった対応が企業に は求められる。
ただ,地震発生と損害発生はどちらも予測が困難であり,また,企業の置 かれている状況,望ましい契約内容も企業ごとに様々である。そのため,上 記選択に当たって企業が採るべき基準を具体的かつ一律に設けることは困難 といわざるをえない。企業(の役員)は,デリバティブ取引と保険の内容・
性質,メリット・デメリットを勘案したうえで,いずれの選択肢が自身の企 業にとってより良いのかを選択・決定する必要がある。
一方,本件においては問題となっていないが,例えば地震デリバティブ取 引を導入するにあたって,①役員がその取引の内容・性質,メリット・デメ リットを確認もせずに導入し,その後会社に損害が発生したような場合,② 法令に基づき要求される手続き(取締役会決議など)を欠いていた場合,③ 企業(の役員)の導入した地震デリバティブ取引の支払条件が当該企業のリ スクヘッジ目的を適切に満たすものではなかった場合,そして,④いわゆる
15) 1999年,東京ディズニーランド・東京ディズニーシーを千葉県浦安市に一極 集中した事業展開をしているオリエンタルランドによって,SPC(特別目的会 社)を介して米国市場において発行された。その商品の内容は,半径75km 以 内でマグニチュード6õ5以上の地震が発生した場合に,その地震の規模に応じ てオリエンタルランドが元本を特別利益として受け取るというものであった。
なおオリエンタルランドは,地震債券発行総額を⚒億ドル・満期⚕年としたう えで,地震の規模に応じて支払条件の異なる元本リスク型(元本の一部または 全部の返済義務がないもの)と,信用リスク・スイッチ型(返済はされるが金 利の支払いが⚓年間免除される)の⚒種類の地震債券を⚑億ドルずつ発行して いる。かかる事例のように,補償金支払いに関する条件設定に幅を持たせるこ とによって,地震によって発生する人的・物的損害リスクにある程度対応する ことは可能である。
内部統制システムが社内に適切に整備されていなかったため①~③といった 問題点が識別されなかった場合などでは,役員に対し善管注意義務・忠実義 務違反(民法644条,会社法355条,348条⚓項⚔号・⚔項,362条⚔項⚖号・
⚕項など)に基づく法的責任が会社や株主などから追及される可能性も存在 する。
⚕.まとめに代えて
地震デリバティブ取引は,取引条件次第で信義則違反や公序良俗違反・賭 博に該当する可能性は残されているものの,社会的余剰を発生させる社会的 経済的相当性を備えた取引であることなどを根拠に,適法性を有していると 評価できよう。しかし,本件取引における支払条件のように,条件設定次第 で企業のリスクヘッジ目的にそぐわないものとなる可能性をはらんでいるこ とも事実である。実際の支払額の確定方法について漏れのない規定を約定書 に設けることが重要となってくるが,あまりに細かく条件設定しすぎると金 融商品として難解なものとなり,また現実的にすべての内容を契約書に盛り 込むことは困難であるため,それらのバランスを取りつつ,契約の不完備部 分を合理的に解釈することが重要となろう。
(筆者は日本大学准教授)
本稿は,JSPS 科研費17K12624の助成を受けたものである。