■アブストラクト
大規模自然災害によって,個人の生活にどのような衝撃をもたらすか,そ の衝撃を緩和する手段として,どのようなものがあるか,その手段が,個人 のリスクファイナンスである。個人のリスクファイナンスには,公的支援を 経たうえの個人としての防衛手段である。それは,保険や共済が中心となる。
すなわち,火災保険,地震保険,建物更生共済,フェニックス共催,民間損 保の災害に関する保険である。
本稿では,上記の保険や共済の現状を紹介し,今後の個人のリスクファイ ナンスの課題を検討している。その課題として,第⚑に,大規模洪水リス ク・土砂災害リスクが気候変動によって多発・恒常化した場合の対策は必要 か,第⚒に,大規模地震リスクに対して,地震保険,地震補償保険リスタ,
火災保険地震危険等上乗せ特約,火災保険地震火災特約などの合計保険金で,
住まい・生活の再建に十分か,第⚓に,大規模地震リスクに対するマンショ ン居住者に地震保険の特有なリスクがあり,地震保険未加入リスク,エレベ ーターや受水層・高架水槽の付属設備の不担保リスク,地震後の解体売却か,
再建かの合意形成ができないリスクがあり,それらのリスクにどのように対 処するのかが課題になる。さらに,地震保険の再保険スキームの総支払限度 額を超えるリスクに対してどのように対処するのかという課題にも言及して いる。
大規模自然災害に対する個人の リスクファイナンス
黒 木 松 男
*平成30年10月28日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。
/ 平成31年⚑月⚔日原稿受領。
■キーワード
水災保険,地震保険,火災保険地震危険等上乗せ特約
⚑.個人のリスク
大規模自然災害による個人が被るリスクは,人の生命・身体に対する人的 リスクと居住用建物・生活用動産が被る物的リスクである。本論文では後者 の物的リスクに焦点を当てて考察する。
最近の大規模自然災害によって生じるリスクは次の⚔つの代表的な個人的 リスクがある。
大規模地震リスクとして,阪神淡路大震災(1997年⚑月),東日本大震災
(2011年⚓月),熊本地震(2017年⚔月),大阪北部地震(2018年⚕月),北海 道胆振東部地震(2018年⚙月)が発生した。東日本大震災後,昨年,本年と 地震活動が活発化している。
大規模噴火リスクとして,雲仙普賢岳噴火災害(1990年11月~95年),御 嶽山噴火災害(2014年⚙月),草津白根山噴火災害(2018年⚑月)が生じて いる。
大規模津波リスクとして,東日本大震災(2011年⚓月)があったが,中央 防災会議においては,南海地震や東海地震に伴う大規模津波の到来に警戒を 強めている。
大規模豪雨災害リスク・洪水リスク・土砂災害リスクとして,関東・東北 豪雨災害(常総市等)(2015年⚙月),福岡北部豪雨災害(朝倉町等)(2017 年⚘月),西日本豪雨災害(倉敷市真備町等)(2018年⚗月),平成30年台風 21号災害(関西・北海道等)(2018年⚙月)があったが,地球温暖化等に伴 う気候変動による異常気象が引き起こした災害として,近年増加傾向にある。
⚒.個人のリスクファイナンスの現状
⑴ 公的支援
大規模自然災害によって個人が被る損害について,公的支援が充実した内 容であれば,個人のリスクファイナンスは公的支援を補完する程度で良い。
公的支援が不充分であれば,個人のリスクファイナンスは手厚いものでなけ ればならない。したがって,まず,公的支援がどのような程度のものかが,
個人のリスクファイナンスの重要な決定要因となる。
① 大規模自然災害の発災期
自然災害の発災期に適用される法律は,災害救助法である。同法は,災害 から人命を守り,当面の被災者の住まいや生活を安定させるための法律であ る。具体的には,避難所・仮設住宅の供与,炊出し,給水,生活必需品の支 給・貸与,罹災者の救出,罹災住宅の応急修理,学用品の給与などを規定し ている1)。
② 大規模自然災害の直後期
自然災害発災の直後期においては,災害対策基本法という法律がある。同 法は,昭和34年の伊勢湾台風を契機として昭和36年に制定されたわが国の災 害対策関係法律の一般法で,日本の国土や国民の生命,身体および財産を災 害から保護するための法律である2)。 災害応急対策,災害復旧及び防災に 関する財政金融措置の基本を規定し,被災者に対する助成,罹災証明書の交 付(同法90条の⚒)や被災者台帳の作成を規定している。
また,特に激甚な災害の発生について激甚災害法があり,中央防災会議が 激甚災害指定基準に基づき激甚災害と指定した場合,公共土木施設災害復旧 事業等に関する特別財政援助,農林水産業・中小企業に関する特別助成,被
1) 災害救助法の概要については,内閣府防災情報のページ,
http : //www.bousai.go.jp/taisaku/kyuujo/pdf/siryo1-1.pdf 参照。
2) 災害対策基本法の概要について,内閣府防災情報のページ,
http : //www.bousai.go.jp/taisaku/kihonhou/pdf/kihonhou_gaiyou.pdf 参照。
災者に対する種々の助成につき規定を設けている3)。
③ 大規模自然災害からの復興期
❞ 住宅の再建等 被災者生活再建支援法があり,個人の生活再建・建物の 復旧のため,大規模半壊以上で支援開始決定がなされ,全壊・全焼・全流出 で新たな住宅の建設や購入をする場合には,最高金額300万円(基礎支援金 100万円,加算支援金200万円)が支給される4)。個人の生活再建・住宅建設 に対して金銭を給付する制度で,被災者にとって心強い制度である。
❟ 災害公営住宅への入居 自然災害によって住宅に困窮する低所得者に対 し,20年間低廉な家賃で入居できる公営住宅で,災害公営住宅の建設につい て国からの補助があり,東日本大震災のときは追加的な国庫補助により国が 建設費の⚘分の⚗まで補助した5)。
⑵ 個人のリスクファイナンスの現状
上述したように,公的支援だけでは,被災者の生活再建・住宅の復興は充 分ではなく,公的支援に加えて,個人におけるリスクファイナンスを検討し,
元の生活を取り戻す手立てを講じておく必要がある。自然災害に対応する保 険や共済の現状について言及する。
3) 激甚災害制度の概要について,内閣府防災情報のページ,
http : //www.bousai.go.jp/taisaku/gekijinhukko/pdf/index_01.pdf 参照。
4) 被災者生活再建支援法は,阪神淡路大震災を契機として,平成10年に制定さ れた法律で,その後⚕回の改正を経ている。被災者生活再建支援制度の概要に ついて,内閣府防災情報のページ,
http : //www.bousai.go.jp/taisaku/seikatsusaiken/pdf/140612gaiyou.pdf 参照。
被災者生活再建支援金の支給された自然災害と支給金額について,
http : //www.bousai.go.jp/taisaku/seikatsusaiken/pdf/shienkin_shikyujoukyou30 0731.pdf 参照。制度開始時から現在までの支給金額の合計は,4470億652万⚙
千円にのぼる。
5) 災害公営住宅供給の概要について,国土交通省住宅局のホームページ,
https : //www.judanren.or.jp/admin/pdf/h260513_mlit-data01.pdf 参照。
① 火災保険
❞ 地震火災費用保険特約(地震)
建物が地震によって半焼以上または家財が地震によって全焼した場合に火 災保険金額の⚕%の保険金が支払われる特約を多くの保険会社が設けている。
地震免責約款によって地震による火災に対して保険会社が全く保険金を支払 わないと,保険会社に対する非難や不満が沸き起こった過去の苦い経験によ り,見舞金程度であるが支払いをした方が良いというと判断したことから設 けられた約款である。その限度額は300万円を限度とする6)。
❟ 水害保険(洪水・台風)
住宅が,床上浸水または地盤面から45cm を超えて浸水した場合で,再調 達価額の15%未満の損害を受けた場合には保険金額×⚕%(上限100万円),
再調達価額の15%以上30%未満の損害を受けた場合には保険金額×10%(上 限200万円),再調達価額の30%以上の損害を受けた場合には保険金額×70%
(保険会社の特約によってその内容は異なる)の水害保険がほとんどの損保 が採用している7)。
② 地震保険
わが国の現在の地震保険制度の概要は次のとおりである。その主要な部分 だけを示す。付保制限は主契約の火災保険金額の30%~50%,加入限度額は 居住用建物5000万円,生活用動産1000万円,総支払限度額=11兆3000億円
(2017年⚔月⚑日改定),再保険スキーム(政府11兆1268億円,民間1732億 円),地震保険料の改定が2019年⚑月⚑日より実施,2018年⚑月⚑日より⚔
つの損害区分(全損・大半損・小半損・一部損)に改訂された8)。 6) 例えば,東京海上日動の地震火災費用保険について,
http : //www. tokiomarine-nichido. co. jp/service/live/total_assist/shohin/hosho.
html を参照。
7) 例えば,東京海上日動の水災保険について,
http : //www. tokiomarine-nichido. co. jp/hojin/jigyo/cho_business/hosho/zaisan_
suisai.html 参照。
8) 地震保険制度の概要について,日本損害保険協会のホームページ,
2017年度の世帯普及率は全国平均で31õ2%,2017年度の付帯率は全国平均 で63õ0%まで上昇した9)。
③ 建物更生共済
建更むてきプラスは,地震共済金をその損害の割合が⚕%以上で支給がな され,地震共済金の限度額は損害の額×50%になっている10)。
④ フェニックス共済
フェニックス共済(兵庫県住宅再建共済制度・フェニックス共済はその愛 称)は,平成19年⚗月より,兵庫県の居住者だけが加入できる共済で,阪 神・淡路大震災後を契機として検討され実施を見たものである。その損害区 分は,全壊・大規模半壊・半壊・一部損壊の罹災証明と同じ⚔区分で,罹災 証明書により被害認定される。
❞住宅を建築・購入した場合は,損害区分に関わりなく600万円支給と一 部損壊特約25万円,❟補修した場合は,全壊200万円,大規模半壊100万円,
半壊50万円と一部損壊特約25万円,❠住宅を建築・購入せず,補修しない 場合は,損害区分に関わりなく10万円と一部損壊特約10万円が支給される11)。
http : //www.sonpo.or.jp/insurance/commentary/jishin/pdf/index/05gaiyo.pdf 参 照。また,地震保険再保険株式会社のホームページ,https : //www.nihonjishin.
co.jp/insurance/参照。
9) 地震保険の世帯普及率(世帯加入率は,全世帯に対してどの程度の世帯が地 震保険を契約しているか計算したもので,地震保険の普及度合いを示す一つの 指標,共済を除く)について,地震保険再保険株式会社の統計,
https : //www.giroj.or.jp/databank/earthquake.html を参照。地震保険の付帯率
(当該年度に契約された火災保険(住宅物件)契約件数のうち,地震保険を付 帯している件数の割合)について,地震保険再保険株式会社の統計,https : //
www.giroj.or.jp/databank/earthquake.html 参照。なお,最近の大地震や中規 模地震の発生もあり,地震保険の契約件数が着実に増加しているので,トータ ルの支払いとなる総支払限度額は毎年増加している。日本地震再保険株式会社
⽝日本地震再保険50年史⽞89頁~92頁。
10) JA 共済の建物更生共済むてきプラスについて,JA 共済のホームページ,
http : //www.ja-kyosai.or.jp/okangae/product/home/を参照。
11) 兵庫県のフェニックス共済制度の概要について,https : //web.pref.hyogo.lg.
フェニックス共済は,地震に限らず,すべての自然災害による被害に適用さ れる。フェニックス共済の加入率9õ5%(平成30年⚗月末現在)に留まって いて創設から11年が経過しているが,普及は緩やかな伸び率に過ぎず,この 制度が都道府県の模範となって全国に普及する状況にはない12)。
⑤ 民間損保の災害に関する保険
民間の大手損保も,地震保険制度への不満や苦情を受け入れる形で,地震 保険制度を補完し,⽛安心⽜を提供する業界の使命を果たすため,地震の巨 大リスクに立ち向かう努力をしている。
❞ 地震補償保険リスタ(Resta)
SBI リスタ少額短期保険株式会社は,平成24年⚓月に,SBI ホールディン グス株式会社が,先行して事業を行っていた日本震災パートナーズ株式会社 の株式の82õ5%を取得して,SBI グループの子会社にして,平成24年⚖月に 商号変更したものであり,平成29年度の保有契約件数は16ó000件程度,保険 料収入は年⚔億円程度に留まっている13)。
リスタは,火災保険に加入していなくても,単独で加入することができる。
罹災証明書によって保険金の支払いをしていくので独自の査定は実施しない。
地震保険の上乗せ保険で,罹災証明の損害区分である,全壊・大規模半壊・
半壊の場合のみが支払い対象になる。一部損壊は支払対象外で地震の際に最 も多く発生する一部損壊を除外することが支払保険金を抑制する機能を果た
jp/kk41/documents/h3008seidogaiou300830.pdf 参照。
12) 平成22年⚔月より公益財団法人へ移行し,兵庫県が全国に先駆けて創設した フェニックス共済の広報や兵庫県における加入促進に努めているが,制度の認 知度が未だ低い中,高齢者による脱退者の増加などの恒常的な問題もあり,加 入率は伸び悩んでいる。
https : //web.pref.hyogo.lg.jp/kk41/documents/h29houkoku.pdf 参照。
13) SBI リスタ少額短期保険の現状について,
https : //www.jishin.co.jp/company/index.shtml,また,平成29年度(平成30年
⚓月31日現在)貸借対照表について,
https : //www.jishin.co.jp/_shared/asset/company/settlement/settlement180331.
pdf 参照。
している。世帯の人数で保険料や保険金の額が異なる 例えば⚔人家族の場 合 全壊700万円,大規模半壊350万円,半壊116õ7万円となる14)。東京都,
大阪府などの大都市圏を中心に加入者を増加させていると思われるが,今後,
東海地震や南海地震の被害想定から都市圏以外でも普及する可能性がある。
❟ トータルアシスト超保険(東京海上日動)
トータルアシスト超保険は,平成14年⚖月より販売を開始し,地震保険に 地震危険等上乗せ補償特約をつけると,地震保険金(火災保険金額の50%)
に加え,火災保険金額の残りの50%までの上乗せ補償が付き,火災保険金額 の100%までの補償が受けられる。地震による火災だけでなく,地震による 倒壊,火山噴火,津波でも補償が受けられる。きわめて大胆な内容であるが,
地震危険等上乗せ補償特約は,保険期間を⚒年以上とするトータルアシスト 超保険(住まいの保険)では契約できず,契約にあたり一定の引受条件があ ることが注記されている15)。なお,この保険は,地震火災費用保険金の金額 を⚕%から30%にアップさせる,地震火災費用保険金増額特約の付帯も可能 である16)。
❠ 地震火災特約(損保ジャパン日本興亜、あいおいニッセイ同和損保,三 井住友海上火災など)
損保ジャパン日本興亜は,地震火災に限定して,地震保険の上乗せ補償と して,火災保険金額の30%を上乗せする⽛地震火災特約30プラン⽜,火災保
14) リスタの保険金支払基準について,
https : //www.jishin.co.jp/product/resta/criteria.shtml 参照。
15) 東京海上日動のトータルアシスト超保険の概要について,
http : //www.tokiomarine-nichido.co.jp/service/sogo/cho-hoken/about/hosho.html を参照。
16) トータルアシスト超保険の地震火災費用保険金増額特約について,
http : //tcon.tokiomarine-nichido.co.jp/iportal/CatalogViewInterfaceStartUpAction.
do?method = startUp&mode = PAGE&catalogId = 830380000&pageGroupId = &
volumeID = TKN12001&designID =参照。
険金額の50%まで補償する⽛地震火災特約50プラン⽜を提供している17)。な お,損保ジャパン日本興亜は,平成29年10月より⽛地震危険等上乗せ特約⽜
を販売開始した18)。あいおいニッセイ同和損保でも,名称は⽛地震火災費用 特約⽜と違うが,同じ補償プランを用意している19)。三井住友海上火災も地 震火災費用保険金を火災保険金額の30%増額する特約を持っていたが,平成 平成27年10月⚑日より50%増額する特約を開始した20)。AIG 損害保険も,
平成29年⚑月より,⽛地震火災費用保険金支払割合変更特約⽜という名称で 同様の保険特約を販売している21)。
⚓.個人のリスクファイナンスの課題
⑴ 大規模洪水リスク・土砂災害リスク
気候変動による水害事故の多発・恒常化への対策は必要か,という課題は,
本年のような水害事故が多発した年があると,この課題に取り組む必要性が あると実感する。甚大な台風等の降雨災害・豪雨災害が毎年のように多発し 恒常化した場合には,保険金支払件数・支払保険金の金額が増大し,深刻な 事態が生じる可能性もある22)。水害保険加入者としては,保険料の引き上げ
17) 損保ジャパン日本興亜の地震火災特約30プラン・50プランについて,
https : //www.sjnk.co.jp/kinsurance/habitation/sumai/option/earth/参照。
18) 損保ジャパン日本興亜の地震危険等上乗せ特約の導入について,
http : //www.kinoshita-hoken.co.jp/earthquakeplus.pdf 参照。
19) あいおいニッセイ同和損保の地震火災費用特約について,
https : //www. aioinissaydowa. co. jp/personal/product/tough/house/building_
comp.html 参照。
20) 三井住友海上火災の地震火災費用保険金特約について,
https : //www.ms-ins.com/pdf/information/product/kasai/201510_kasai_kaitei/gk.
pdf 参照。
21) AIG 損害保険の地震火災費用保険金支払割合変更特約について,
https : //www.aig.co.jp/content/dam/aig-sonpo/apac/japan/pamphlets/1A1-121.
pdf 参照。
22) 近年の水害保険の支払件数・支払保険金の金額について,日本損害保険協会 のホームページ,
というリスクに遭遇し,業界としても,地震保険のような単独の水害保険を 構想する必要が強まり,火災保険から水害保険を離脱させて,アメリカ合衆 国の国家洪水保険(National Flood Insurance)23)をわが国でも導入すること を検討することになるかもしれない最悪の状況が今後生じる可能性がある。
現時点ではそこまで深刻な事態にはなっていないが,そうならないことを期 待したい。
⑵ 大規模地震リスク
① 種々の保険の合計保険金で住まい・生活の再建に十分か
地震保険制度がシビルミニマムの地震保険金の支払を提供しているので,
これを⚑階部分として,その上に,⚒階部分として,地震補償保険リスタや 火災保険の地震危険等上乗せ特約・地震火災特約に加入すれば,火災保険金 額の満額まで保険金を受領できる状態になっている。個人のリスクファイナ ンスとしては巨大地震リスクにも対応できるように,システムとして充実し てきている。しかしながら,問題は,以上のシステムをフル装備した場合の 支払保険料が極めて高額にならざるを得ないことが最も問題である。この高 額性の故に,フル装備ができる個人は,生活資金にかなりの余裕がある限ら れた人間だけである。
② マンション居住者には地震保険の特有なリスクがある
❞ 地震保険未加入のリスク
マンションの建設が本格化したバブル期を経てマンションの着工戸数は現 在に至るまで急速にその数を増加させ,40年前後の経年劣化したマンション は全国に相当数存在し24),特に1981年(昭和56年)⚖月⚑日以降に建築確認を
http : //www.sonpo.or.jp/news/release/2018/1809_14.html 参照。
23) アメリカ合衆国の国家洪水保険について,黒木松男⽝地震保険の法理と課 題⽞(成文堂,2003年)88頁以下参照。
24) 平成29年末時点の全国のマンションストック総数は約644.1万戸であり,マン ションの居住人口は約1,533万人と推計され,国民の約10%がマンションに住ん でいて,旧耐震基準のマンションストック数は約104万戸と推計できる。国土 交通省のホームページ,http : //www.mlit.go.jp/common/001235972.pdf 参照。
受けたマンションには,建築基準法の改正による新耐震基準が適用されてい るので,比較的地震に強いが,これ以前のマンションは旧耐震基準で地震に 対する強度は弱く,阪神・淡路大震災以降の地震で大きな被害を出している マンションは旧耐震基準のマンションである。区分所有法制の未成熟や国土 交通省の住宅局の行政指導も行き届かなかった時代に建設されたマンション は,マンション管理を行う住民の自治組織である管理組合自体がなく,あっ ても形だけあって機能していないマンションが相当数存在し,地震などの大 規模災害が発生したときにその後の復旧などの対応ができないマンションも ある。このようなマンションは,当然のことながらマンションの躯体・廊 下・階段・ホールなどの共用部分に対して地震保険に加入していない。住民 の高齢化も進んでいるので新たな資金調達もできないことから,マンション は公費で解体され,区分所有土地の売却金を分配して新たなアパートに引越 しせざるを得ない。東日本大震災及び熊本地震で見られた光景である。
❟ エレベーターや受水槽・高架水槽の付属設備の不担保リスク
マンションの損害査定対象は,主要構造部(柱・はり・土台など)である が,その査定対象をライフライン(電気・ガス・上下水道),エレベーター 及び受水槽・高架水槽などマンションに特有な附属設備も加えるべきか,
⽛地震保険制度に関するプロジェクトチーム⽜(以下地震保険 PT)という。)
の会議及びそのフォローアップ会合において議論されたことがある。
同プロジェクトチームの結論は,否定的なものであった。この課題が議論 の俎上に上った切っ掛けとその後の議論の経緯は,平成24年⚙月19日の地震 保険 PT の有識者からのヒアリングの中で国土交通省住宅局が問題提起し議 論したことである25)。平成24年11月に公表された⽛地震保険制度に関するプ 25) 国土交通省住宅局からのライフライン・付属施設への地震保険担保の是非に
ついて,議事要旨(第⚙回会議),
https : //www.mof.go.jp/about_mof/councils/jisinpt/proceedings/outline/2012091 9.html,
国土交通省住宅局市街地建築課マンション政策室⽛マンションの災害対応に関 する取組み⽜について,
ロジェクトチーム報告書⽜において本課題を今後の課題として引き続き検討 していく必要があることを確認し26),平成26年⚑月23日のフォローアップ会 合の第⚓回会議において日本損害保険協会から⽛⽝マンションの付属物の損 害査定⽞に係る検討状況について⽜の発表がなされ27),議論されている28)。 平成27年⚖月24日に,⽛フォローアップ会合の議論のとりまとめ⽜において,
マンションのライフラインや付属物は従来どおり査定対象に追加しないこと になった29)。査定対象に追加しない主な理由は,第⚑に,ライフラインにつ いては,マンションについて査定対象とすると,戸建て住宅との公平性の観 点から同じように査定対象にすると,査定件数が一挙に増加し査定の迅速性 に反するので望ましいことではないこと,第⚒に,エレベーターの査定はエ レベーターに関する専門的知識を有する査定員(メーカー・保守会社・施工 会社の技術者)が必要になるが,メーカー等の保守点検や修理の機会に同行 して保険会社の損害保険鑑定人が損害査定するのが火災保険における火災事 故の査定方法であったが,この立会調査と同じような査定方式を取ると,数 ヶ月間の査定期間が必要となり,査定の迅速性に反する事態が生じること,
第⚓に,水槽査定については,受水槽・高置水槽・ポンプ・水道メータ・配 水管等が査定項目になるが,それぞれの部位の亀裂や破損を調査するには相
https : //www. mof. go. jp/about_mof/councils/jisinpt/proceedings/material/2012 0919_03.pdf 参照。
26) ⽛地震保険制度に関するプロジェクトチーム報告書⽜10頁以下,
https : //www. mof. go. jp/about_mof/councils/jisinpt/proceedings/material/2012 0919_03.pdf 参照。
27) 日本損害保険協会の⽛⽝マンションの付属物の損害査定⽞に係る検討状況に ついて,
https : //www.mof.go.jp/about_mof/councils/jisinpt_fu/proceedings/material/ptfu 260123/ptfu26012303.pdf
28) フォローアップ会合第⚓回の議事要旨について,
https : //www.mof.go.jp/about_mof/councils/jisinpt_fu/proceedings/outline/ptfu_
gijiyoushi260123.html 参照。
29) ⽛フォローアップ会合の議論のとりまとめ⽜⚗頁以下参照。
当な時間を要し,こちらも査定の迅速性に反する結果になること,第⚔に,
ライフライン,エレベーター,水槽設備に一部損等がある場合は,主要構造 部にも一部損が生じている例が多く,主要構造部に損害がない場合には付属 物には損害が生じていないという相関関係があることが調査によって実証さ れているので,主要構造部の一部損等の査定をするだけで十分であること,
第⚕に,料率算出の困難性・引受け事務の複雑化の発生 マンションの付属 設備を担保する特約を設けると,料率算出・引受け事務の複雑化を引き起こ してしまうこと,第⚖に,エレベーターの耐震性能の進化および給排水設備 の耐震性能のアップ,改良が年々なされているので心配は要らないことなど が挙げられている30)。
以上の⚖つの理由は,かなりの説得力を有している。しかしながら,次の 点から付属設備は担保範囲に加えるべきと考える。
①エレベーターが損害を受けて動かないと,また,ライフライン(電気・
水道・ガスなど)が復旧しないと,かなりの期間,マンションでの生活を継 続することが困難になるが,その修理費用が保険金として出ないとなると,
さらにマンションでの生活が実現できない期間が延びることになってしまう。
②戸建住宅との公平性を問題にするならば,マンションに固有な付属設備 であるエレベーターと受水槽・高架水槽だけを担保範囲に加えることにすべ きである。マンションの配水管の損害は除外することも検討すべきである。
③マンションのエレベーターや受水槽・高架水槽だけに限定すれば査定基 準の設定もそれ程困難ではなく,査定の迅速性を著しく害するとはいえない。
④マンションの主要構造部の損害と付属設備の損害の間には確かに相関関 係があるが,主要構造部のために出る保険金は主要構造部を修理するための 保険金であって,それをエレベーターや受水槽・高架水槽の修理のために使 用すれば良いというのは乱暴な議論であろう。
⑤料率算出の困難性や引受け事務の複雑化は,マンション固有のエレベー 30) ライフライン・エレベーター等の付属物を査定対象に追加しない理由につい
て,注27)の日本損害保険協会の報告書参照。
ターや受水槽・高架水槽だけにすれば料率算出や引き受け業務はそれ程困難 ではない。
⑥エレベーターや受水槽・高架水槽の耐震性能のアップは当然なされてい くと思われるが,問題は,最新の耐震化が施されたエレベーターや受水槽・
高架水槽との交換が出来るマンションはいいが,修繕積立金が充分でないマ ンションでは望むべくもないことであり,耐震性能が上がっているから問題 はないとはいえない。
⑦査定対象への追加の要望は,被災マンションの住民からのもので,過去 の地震でもそうであったように,今後の地震についても同様な苦情や不満の 声が挙がることが予想される。
⑧マンションと戸建て住宅との査定が同一でなければならない必然性はな く,生活継続困難という点ではマンションの方が深刻であり,マンションの オプション特約として設定することや,査定員の研修や査定方式を改善する 業界の努力が望まれる。
❠ 地震後の解体売却か,再建かの合意形成ができないリスク
地震の発生によってマンションの全部が滅失し,または重大な被害を受け た(その価格が⚒分の⚑超に相当する部分が滅失した)場合に,その損害を 被ったマンションに突きつけられる問題は,①マンションの敷地を売却する のか(敷地売却決議),②マンションとともに敷地を売却していくのか(マ ンション・敷地売却決議),③マンションを解体して敷地の売却をしていく のか(マンション取壊し決議と敷地売却決議),④それとも解体した後にマ ンションを再建していくのか(マンション取壊し決議と建替え決議),とい う問題である。被災マンション法の適用があれば(東日本大震災・熊本地震 で適用),どの決議も⚕分の⚔の多数決決議で実行可能である(被災マンシ ョン法⚔条,⚕条,⚙条,10条,11条)。
ところが,その合意形成が困難である。マンション取壊し決議の場合,マ ンション住民の中にはそのマンションから親族等の家に転居して生活をして いる者等,所在不明になってしまった人もいて,⚕分の⚔の決議要件を充足
することができない場合もある。どうにか所在を突き止めたとしても,今度 は敷地売却をするのか,マンションの建替えをするのか,その⚕分の⚔の合 意形成が困難である。マンション共用部分の地震保険金の支払があっても,
再建のために居住者個人に更なる資金需要(金銭の拠出)がある場合,マン ション住民の経済的状況が様々,特に高齢者で資金需要に応じることができ ないマンション住民は建替えに難色を示し,⚕分の⚔要件をクリアできない 場合がある。さらに,マンションの建替え資金がいくらかかるのか,建替え 資金が人手不足や建設資材の高騰から時間の経過によって増額されることも あり,その事が建替え決議の合意形成を難しくしている31)。合意形成のリス クは,被災者が住居地を定めることができず,被災者の今後の生活基盤を不 安定なものとしてしまうため,法整備を更に進める必要がある。
③ 総支払限度額を超えるリスク
首都直下型地震,東海地震。南海地震によって現時点の総支払限度額11兆 3000億円の地震保険金の支払い,または,その限度額を超える地震保険金の 支払いが必要な場合のリスクは計り知れない。
総支払限度額11兆3000億円を超える地震保険金の支払が予想される場合,
個々の地震保険加入者への支払い地震保険金額は比例的に減額し,迅速な地 震保険金の支払が不可能になる。いつになったら地震保険金が受け取れるの か,どこまで受け取れる地震保険金が減額されるのか,という不安に被災し た地震保険加入者はかられることになる。
首都直下型地震,南海地震,東海地震のような大規模地震が現実に生じた 場合,地震保険制度の目的である⽛被災者の生活の安定に寄与⽜することを 達成するためには,このような大規模地震であっても,それに対応する迅速 な査定体制を今から構築しておく必要がある。
査定方法の見直しは,地震保険 PT において議論が開始され32),フォロー 31) 熊本地震の被災マンションの解体決議・建替え決議の困難性に関する新聞記
事として,朝日新聞平成29年⚔月16日朝刊⚒頁参照。
32) 注26)の⽛地震保険制度に関するプロジェクトチーム報告書⽜⚙頁参照。
アップ会合の議論を経て取り纏めがなされた33)。阪神淡路大震災のときも損 害保険会社各社による共同査定による査定業務の迅速化が課題となり,その 実現に向けて損保業界の中で努力がなされたが,残念ながら,そのマニュア ル化や共同査定のシステムの構築に具体的には結びつかなかった。その議論 が再燃した感がある。
⽛フォローアップ会合の議論のとりまとめ⽜によれば,その名称は⽛立会 調査の業界共同取組み⽜とされ,今後の具体化に期待したいが34),その取り 組みにメリットがあることを述べた後で,いくつかの解決しなければならな い課題があることが明記されている。
まず,メリットとして以下のことが考えられている。
①大手損保以外の損害保険会社の保険金支払いの迅速化に効果がある。
②実施に必要となる損害保険業界共通のシステムの開発費用は地震保険料に 与える影響は比較的軽微である。
③首都直下地震では損害保険会社の店舗が使用不能や本社機能の喪失の事態 が生じた場合のセーフティネットの効果が期待しうる。
④業界共同で立会調査に取り組むことによって,損害査定の公平性や適切性 が高まる効果が生じる。
これに対し,その課題として以下の事柄をクリアしなければならない。
①首都圏直下地震を想定した共同取組み拠点に関する実施要領(ガイドライ ン)を作成し,そのガイドラインによる訓練を行うこと。
②共同取組み拠点と各社の代理店がどのように連携していくか,が課題であ る。
33) 注29)の⽛フォローアップ会合の議論のとりまとめ⽜⚕頁以下参照。
34) 本年⚖月に日本損害保険協会の会長に就任された西澤敬二氏の就任所信表明 の中で,同氏は⽛地震発生に伴う被災者の速やかな生活再建に向けて,大規模 地震時に損害保険業界で行う共同調査の効率化策や損害査定の簡素化の推進策 等を検討し,地震保険金の一層迅速なお支払いに向けて態勢を強化してまいり ます。⽜と述べている。
http : //www.sonpo.or.jp/news/release/2018/1806_07.html。
③実現可能な取組の範囲や方法を定めて,システム開発の要件の具体化を行 うなど,作業工程(ロードマップ)の設定をしなければならない。
特に,代理店との連携がうまく機能していくのか懸念され,地震保険制度 ではない,⽛地震火災費用保険金⽜⽛企業向け地震保険⽜⽛トラブル・再立会 事案⽜の各社独自の立会調査体制を引かざるを得ない各社の査定体制との調 整など,克服すべき課題が山積している。
さらに,東日本大震災や熊本地震において被災者側から出される,罹災証 明の被害認定基準と地震保険の損害査定基準とは統一できないのかという苦 情や不満に対処することも今後検討していくべきである。罹災証明が大規模 半壊なのに地震保険の査定は一部損,逆に罹災証明は大規模半壊なのに地震 保険は全損というように相違する認定がなされる場合に,被災者から苦情や 非難がなされる35)。損保業界内での共同取組みでもかなり困難なのに,さら に,認定目的と査定目的が違う,行政と損保業界との連携など出来ようはず がないとの批判があるが,到底無理だと諦めるより,巨大地震を想定した場 合,両者の立会調査員の数に限界がある以上,罹災証明の被害認定基準と地 震保険の損害査定基準を可能な限りすり合わせ,再立会の苦情やトラブルは,
罹災証明は行政に,損害査定は損害保険会社に任せ,責任を持った回答をし ていく体制を整備していくことも今後時間をかけて検討していくべきである。
(筆者は創価大学法科大学院教授)
※なお,本研究論文は,文部科学省の平成29年度採択,課題名⽛地震保険制 度の再構築⽜の科学研究費補助金の助成を受けて執筆された論文である。
35) 内閣府防災情報のページに,平成29年度の熊本地震の被災地の市町村からの 提出された提案(保険会社と自治体の調査基準の統一,調査結果の相互活用,
調査実施の連携)に対する内閣府や日本損害保険協会の回答は,デメリットや 課題が多いことを指摘して実現不可能であるとする。
http : //www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianboshu/2017/h29fu_kekka.html 参照。