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伝統的な保険によるリスクファイナンス

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■アブストラクト

保険実務に携わる者の立場から企業のリスクファイナンスにおける損害保 険の位置づけ,効率的活用等について論じる。企業のリスクマネジメントに おけるリスクコントロールとリスクファイナンスの関係やそれぞれの内容に ついて本講では触れず,リスクファイナンスにおけるリスクの定量的評価と 資本コストの考え方から始めた。自然災害に対する損害保険の一般的な担保 危険・てん補内容を概説したうえで,損害保険会社における実務も紹介しな がら,保険はリスクの分散効果により効率的なリスク処理を提供しうる仕組 みであること,(再)保険市場等を通じさらに分散効果を拡大しうること,

個々の企業においてもリスク特性を踏まえ,保有と転嫁を組み合わせて効率 的なファイナンスを検討し得ることを論じる。

■キーワード

リスクの定量的評価,資本コスト,分散効果

はじめに

企業のリスクファイナンス担当と保険会社は効果的なファイナンスのため にどのような考え方で対応しているのか,実務の立場から述べる。企業は自 然災害リスクに対して,保険を使ったり,保有と保険を組み合わせたり,代 替的手段を使ったりする。保険会社は引き受けたリスクを保有しまたは再保

伝統的な保険によるリスクファイナンス

村 田 毅

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険市場や金融市場に転嫁・分散し,財務健全性を維持しながら引受キャパシ ティの拡大を図っている。それらはいずれとも,リスクの定量的な評価に基 づいて保有と転嫁を組み合わせ,効率的なリスクファイナンスを実現しよう とする対応である。こうした考え方の基礎(背後)には,入手可能なデータ から確率分布を推定し,期待値やリスク量,それらに対応した資本コスト等 を考慮する定量的なアプローチがある。

保険実務において接している具体的なデータの多くは非公開情報であるた め,模式的・概念的な説明に留まっていることをご容赦願いたい。

Ⅰ 2018年・台風21号の被災報道1)を契機として

⚑.台風21号が企業に与えた損害

台風21号は,強い風や高潮を伴い,多くの企業に損害を与えた。また,高

1) 報道事例(抜粋)

2018.9.5 日本経済新聞電子版

…村田製作所は福井県の工場などで生産する主要な電子部品を関空から出荷 していたが,別の空港から代替出荷する検討を始めた。ロームは半導体や電 子部品について半製品を日本で生産し輸出,アジアで後工程を手掛けるサプ ライチェーン(供給網)を取り入れている。輸出には関空利用が多く,代替 輸送を検討中だ。全日本空輸が所有する関西空港付近の倉庫では,浸水など の被害が発生した。国内外から食品や衣料のほか,半導体関連の部品の取り 扱いがあり⽛今後詳しい確認作業にあたる⽜(広報)。…日立造船は周辺の交 通機関が運行していないため築港工場(大阪市)の操業を休止する。生産設 備などに被害はない。…日本ペイントホールディングス(HD)は大阪工場

(大阪市)の一部ラインが通電不良で停止しており,復旧作業を進めている。

山崎製パンは,クリームやコロッケなどパンの原料を製造している大阪府泉 佐野市の工場が停電の影響で操業が止まっている。原料工場は⚒つあり,群 馬県伊勢崎市の工場で製造して補う。

2018.9.6 Web 日刊産業新聞

…三菱マテリアルの堺工場(大阪府堺市西区)は高潮で浸水し,⚔日夕から 休止。同社の四日市工場(三重県四日市市三田町)も設備破損で第⚒プラン トを停止した。…停電の影響は,樹脂窓やガラスを生産する YKKAP 北海 道工場(北海道石狩市新港南),三井金属のパーライト事業部大阪工場(大阪

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潮によって冠水した空港の閉鎖のほか,鉄道の休止,道路の閉鎖,停電,携 帯電話の通信障害など,企業活動にも影響するインフラの障害も多数発生し た。

保険カバーとの関係で捉えると,①強風,洪水,高潮等による施設や設備 の損傷およびそれに伴う休業や代替措置による損害,②施設や設備に対する 直接の損傷によらず,空港その他の交通機関の障害や停電・通信の障害等に よって生じた休業や代替措置による損害に大きく分けられる。

上記①のような,強風による施設や設備等の損傷(風災)は一般的な企業 財産の保険(火災保険)の補償対象事故であり,洪水や高潮(水災)も補償 対象となっていることが多い。火災保険では被害を受けた施設や設備の修理 費や再築費用等が補償されるが,利益保険を契約することにより,自社の施 設や設備が被災したことによる休業や代替措置による損害も補償される。特 約により,部品原材料調達先等の被災による休業損害まで補償を拡張するこ ともできる。一方,②のように,自社の施設等に損傷がない休業損害は一般 的な利益保険では補償の対象ではなく,専用に設計された保険商品の契約が 必要である。自然災害をカバーする企業財産に関する損害保険の説明はⅡに 譲る。

⚒.被災企業の⽛事業等のリスク⽜(有価証券報告書の記載事項)の認識 関西で台風21号による被害が報じられた上場企業⚙社2)⚒の有価証券報告 書(第⚒ 【事業の状況】 ⚔ 【事業等のリスク】)の記載を参照した。

いずれの企業も⽛事業等のリスク⽜の中で,災害により業績及び財務状況 に影響が及ぶおそれがあることを記載している。業種の特性や事業拠点の立 地や分散の程度等を反映して,災害リスクの位置づけは異なるが,財務状況

府貝塚市港),日鉄鉱業の長尾山採石所 (大阪府箕面市下止々呂美) など。…

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に対する影響がありうるとの認識が示されている3)

有価証券報告書には具体的な数値やファイナンスの有無までは書かれてい ないが,優先度の高い課題としている企業の記載は,以下の例示のように,

リスク評価を反映したものになっている。

•売り上げの大きな割合を占める事業拠点からの出荷が台風や津波の影響 を受けやすい

•災害等に備えて製造拠点を分散しているが,首都圏等集積している地域 が罹災すると影響が大きい

•大規模災害が製品の市況にマイナス影響を与え,大きな損失を被る可能 性がある

⚙社の同業種を中心に,有価証券報告書の⽛事業等のリスク⽜を参照し比 較した4)。参照したほとんどの会社で大規模自然災害やテロ,パンデミック など(本稿ではまとめて⽛災害⽜とする)による損害(これらに起因する市 況悪化などを含む)について何らかの記載があった一方,多くの会社におい ては,所謂戦略リスクや市場リスク(技術開発やコスト競争に劣後する,技 術革新によって市場が喪失する,自社商品に関わる市況や為替が大きく変動 する)が対応すべき優先度の高いリスクとして掲げられている。少数である が,損害保険の付保に言及するものもみられる。

事業等のリスクとして災害を認識している企業(リスク管理担当や財務担 当)にとっては,財務状況に与える影響を効率的(コスト合理的)な方法で,

許容可能な範囲内に収まるように管理することが課題となる5)。このため,

3) 有価証券報告書は,金融商品取引法第24条により提出が義務付けられた書類 で,定められた記載事項の中に【事業等のリスク】が含まれる。財務状況の報 告書類において⽛影響が及ぶ⽜可能性に触れられていることは当該企業が自然 災害を事業等のリスクとして認識していることを示している。

4) 全ての報告書が EDINET で参照可能であり,記載事項が統一されているた め比較が容易である。

5) 一般的な意味合いで義務・責任であるというにとどまらず,法律上も求めら れている。会社法第362条第⚔項第⚖号の体制整備の規定に従い,施行規則第

(5)

まず,災害リスクの大きさ(財務状況に与える影響の大きさ)や発現の蓋然 性を評価し,災害以外のリスクの状況や各リスク相関の状況などの考慮すべ き要素を加え,管理することになると考えられる。

具体的にどういうアプローチで何を考慮して管理を考えるのかについては

Ⅲで述べる。

Ⅱ 企業の自然災害リスクに対応する損害保険商品の概要

伝統的保険の基本的な特徴は,財物の価額や利益の額に基づいて契約し,

現に生じた損害を補償することにあるが,代替的リスク移転手段との違いを 押さえておくため,前項の論議を進めるに先立って,企業の財産・利益に対 する一般的な保険商品について概要を説明する。

⚑.商品及び補償の概要

自然災害による企業の損害を補償する商品として,火災保険をもとに概説 する。

伝統的保険の区分である⽛種目⽜が火災保険でない商品や補償の異なるも の,ペットネームを冠したものなどがあるが,各商品の詳細を説明すること が目的ではなく,伝統的な保険の役割・機能とそのリスクファイナンス手段 としての特性を述べることが目的であるため,火災保険をベースに概要のみ 説明する。

⑴ 主な保険の種類

•火災保険:財物(建物,機械設備,什器備品,商品・在庫品など)を 対象とするもの

•利益保険:休業損害(利益,営業継続費用など)を対象とするもの

⑵ 補償する自然災害(火災・利益共通,被害が広域に及ぶか局地的かに よって補償が異なるものではない)

(6)

火災保険・利益保険は,火災,落雷,破裂・爆発等の他,風災,ひょ う災,雪災を補償するのが一般的である。

水災も補償するのが一般的になっているが特約による場合(基本契約 では補償しない)もある。

地震は地震危険を補償する特約を付帯しない限り補償しない6)

⑶ 自然災害による休業損害の補償

広域に被害が及ぶ自然災害の場合,部品原材料の供給元が罹災したり,

道路や橋梁が閉鎖されたりしたことで供給が途絶えて休業損害が生じる ことがある。また,電力やガス,通信などの途絶によって休業に至るこ ともある。利益保険は保険の対象となる建物や機械設備が罹災したこと による損害を補償するものであるが,特約や専用の保険商品によって上 記のような原因による休業損害を補償するものがある。

⚒.契約の締結

次のようなステップを経て契約を締結する。

⑴ 財物の保険(火災保険)

① 保険の対象を特定

所在地,敷地を明記する(対象範囲を定義して包括することもでき る)。対象の範囲は,建物,機械設備,商品など何を対象とするか定 義されていることが通常であり,定義されたものについて一式として 包括することが一般的である。

② ⽛保険金額⽜を設定

それぞれの対象の価額に従い保険金額を設定する。時価によるか,

新価によるかなど評価についてあらかじめ約定することができる。

③ 保険条件を約定

補償範囲(補償対象ペリル),支払限度額や免責金額等の保険条件 6) ⽛地震保険⽜制度の対象は住宅であり,工場や倉庫・事務所などの企業物件

は含まない。

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を選択・設定する。

⑵ 休業の保険(利益保険)

① 保険の対象を特定

財物の保険の対象に加え,罹災によって休業をもたらす物(接続す る配線・配管など)が対象となる。

② ⽛約定補償率⽜を設定

利益率に従い,収益減少額のうち損失として補償する割合(約定補 償率)を約定する。

③ 保険条件を約定

年間の営業収益と約定補償率により保険価額を算出し,補償範囲

(ペリル),支払限度額や免責金額,免責時間,補償期間等の条件を約 定する。

⚓.補償(保険金)の支払い

保険金の支払いは以下のようなステップとなる。

⑴ 財物の保険(火災保険)

① 罹災した財物の価額,損害の程度(全損,部分損など)などを調 査・確認する。

② 罹災した財物の修理費用,再調達費用(再調達価格ベースの場合),

時価などを,保険金額を限度に,約定に従って補償する。

③ 臨時費用,残存物の取り片付け費用など,罹災に伴って生じた費用 を補償する。

⑵ 休業の保険(利益保険)

罹災により休業した期間の収益減少額と約定補償率に従い,補償対象 額を計算し,約定の支払限度額,補償期間を限度に,免責時間や免責金 額を適用し,補償額を算出する

(8)

Ⅲ 自然災害リスクの定量的評価の考え方とリスクコスト

⚑.自然災害リスクの定量的評価

上記Ⅰ-⚒で述べたように,リスクの管理は,リスクの大きさ(財務状況 に与える影響の大きさ)や発現の蓋然性を評価することから始まる。少なく とも被りうる最大損失の値を把握し,企業の財務体力を超えないことを確認 する必要がある。

加えて,可能な範囲で確率論的手法を適用(応用)する。ペリル(風,洪 水,雪,地震など損害の原因となる危険)を特定し,利用可能なデータ(自 社の過去実績や一般統計,技術的な情報など)からイベント発生の確率,施 設・設備の脆弱性,罹災によるロス発生のシナリオ等を評価する手法の応用 である。データの制約や手法の限界から,確たる数値を得ることは困難であ るが,リスクファイナンスを含むリスク管理において,定量的なアプローチ は不可欠である。

確率論的手法に従って行う定量的な評価のイメージを共有しておくため,

参考まで,台風の工学的モデルを例として紹介し,保険ポートフォリオのリ スク量7)の計測について概説する。

7) ⽛最大損失⽜ではなく,一定の確率で生じうる損失の最大値を算出している。

図表のモデルは,向こう⚑年間に発生し得る最大の損失が99.5%の確率でその 額を超えない損失額(再現期間200年の損失額としている)を算定している。

この損失額と期待値の差をリスク量と定義している。

(9)

<計測手順の概説>

次のような手順で計測する。

•過去に発生した台風の発生場所,進路,風速などの気象データをもと に,モデル上で多数の仮想台風を生成する

•仮想台風ごとに,保険会社の引受物件の情報(所在地や構造用途)と 物件の脆弱性(被害の受けやすさ)に基づいて被害を算定する

•被害に対し保険契約の条件(限度額や免責金額など)を適用し保険に よる支払額(保険会社の損失)を計算する

•このシミュレーションを繰り返し,年間の損失額を10万年分(このモ デルの場合)計算する

(筆者の勤務先の資料をもとに簡素化して作成) 図表⚑(保険リスクを計測するための台風モデル)

(10)

•シミュレーション結果を大きい順に並べ左のグラフ8)を得る

•たとえば再現期間200年の損失を備えるべき最大損失と考える場合,

大きい方から500番目の損失額がそれに相当する

左のグラフを確率分布に置き換えた9)ものが右のグラフであるが,以下の 項では主に確率分布を用いる(特に断りのない限り,年間の損失を横軸とす る)。保険会社のポートフォリオ(多数の保険対象物件で構成される)では なく,仮に単独企業の施設・設備で同様のシミュレーションを行った場合の

⽛イメージ⽜10)を示すと以下のようになると考えられる。

8) 台風(イベント)による年間の損失額を並べたもの(イベントカーブ)であ るが,生成された仮想台風には過去に発生した台風のデータに基づく確率の重 み(発生場所,大きさ,強さ,進路など,現に多く発生した中程度の台風に類 似した仮想台風が多数生成され,超大型は少ない)が与えられているため,リ スクカーブ(EP カーブ:exceedance probability curb)と同等であり,平均値

=期待値,500番目=再現期間200年とすることができる。

9) 10万年分の年間損失額の度数分布を取ったもの。損失額別の発生確率の分布 を示している。以下の項では横軸を年間の損失,縦軸を発生確率として記載す る。

10) 個々の企業で実際に計測することはまれであろうが,定量化を考える場合の 参考としてイメージを示すもの。

(筆者作成) 図表⚑-⚒(個別企業の台風損害の確率分布イメージ)

(11)

⚒.リスクファイナンスの前提としてのリスクコスト

企業にとって自然災害リスクを抱えるのは潜在的なコストを負担すること であり,このコストを自然災害ロスの期待値11)とリスク量(最大損失と期待 値の差)およびそれに対する資本コストでとらえると図表⚒のように表すこ とができる。

期待値は通常の費用として見込むものである一方,リスク量は資本(担保 力)によって備えておくものであるが,いずれにせよコストとなる。

年間期待値と最大損失の値が得られたと仮定すると,企業の担保力(財務 体力)が最大損失を吸収できる場合,期待値を超える額に対するリスクファ イナンスのコスト(保険料など)と自らの資本コストを考慮してファイナン

(筆者作成) 図表⚒(リスク量と資本コスト)

(12)

スの採否を検討することができる。

一方,最大損失が担保力を超える場合は,企業存続を前提とする限り,ファ イナンスを採用しない選択肢はないことになる。

⽛最大損失⽜に関する補足:対象施設が⚑つもしくは少数で集積している ような場合は,確率論的手法によらずに,当該施設で想定される最大の物的 損傷とそれによる休業損害とみればよいが,施設が相当数分散している大規 模企業の場合は,全施設を対象として一定の再現期間で生じる損失を見積も り,その値とすることが考えられる。以下後者を⽛最大損失⽜と想定して説 明する。

⽛ファイナンスの採否⽜に関する補足:期待値は保有(費用として支出)

し,リスクコントロールは不変という前提に立っている。ファイナンスして 保険料等を支出するコストと保有に掛かる資本コストのみならず,保有でき るようにコントロール(事故防止・損失軽減)するコスト,保有した結果費 用として負担するコストを併せてリスクファイナンスの最適化12)を考えるこ とになるが,これらについては後段 5. で述べる。

⚓.プールを形成・利用する効果(保険の効率性)

複数の企業の自然災害リスクを集めてプールを形成し,ファイナンスに利 用(典型的な方法が保険)できれば,個々の企業でリスクを保有するコスト の合計よりプールの総コストの方が小さくなることが期待できる(逆に,資 本で備えても外部に移転してもコストが同じなら外部を利用する積極的な意 味は乏しくなる)。

この効果は,図表⚓でイメージを示しているが,期待値が単純合計になる のに対し,リスク量はそれぞれのリスクの間の相関(注3)が小さいほど単純合

12) この文脈で⽛リスクファイナンス⽜と言うと,ファイナンスしない(何もせ ずにリスクを保有する)ことも含めてリスクファイナンスの最適化であるが,

本稿では,保険やコミットメントラインなど何らかの措置をすることを(リス ク)ファイナンスすると記している。

(13)

計より小さくなる(分散効果が生じる)。

逆相関は考慮しないとすると⚐≦相関≦⚑と考えればよい。

(筆者作成) 図表⚓(統合による確率分布の変化)

(14)

なることが期待される{期待値は変わらない。プール(保険会社)の資本コ スト率,事務経費にも左右される}。

分散効果は,リスク間の相関が小さいこと(地域や業種などが偏らず分散 している)のみならず,それぞれのリスクの大きさが均等で,数が多いほど 働きやすくなる。

多数のリスクを集めた保険のポートフォリオは,たとえば下記の図表⚔の ような分布になることが考えられる(自然災害のようにテールの長い分布に なるリスクの場合のイメージ)。

⚔.伝統的保険におけるリスクの処理(移転=再保険,交換等)と保有 保険会社は,その資本余力・資本コスト率と以下に例示すようなリスク処 理手段(再保険やポートフォリオ交換)を勘案し,リスクの保有水準を管理 しながら効率的なリスク引き受けを図る。

⑴ 比例再保険による移転

保有するリスクを比例的に外部に移転(比例再保険)すると出再割合 に比例して期待値,リスク量が減少する。

(筆者作成) 図表⚔(保険ポートフォリオの確率分布)

(15)

⑵ ポートフォリオ交換・プールの形成

分散効果が高まるように他のリスクポートフォリオと互いの一部を交 換したり,プールで交換したりすると(期待値は等しいとする),分散 効果の分だけリスク量が減少する。

⑶ 超過損害額再保険(ELC)による移転

(筆者作成) 図表⚕(比例再保険による移転)

(筆者作成) 図表⚖(ポートフォリオ交換)

(16)

が ELC の限度額まで再保険者に移転されることで確率分布が図表⚗の ように変わり13),期待値,リスク量が減少する。

(注) 図表⚕~⚗において は,再保険・ポートフォリオ交換反映前,

は,同反映後を示す。変動幅を示す は各スキームの効果の大小 を意味するものではない。

外部移転や交換を経て保険会社が保有するリスクポートフォリオを維持す るコストは次の要素で構成されることになる:

期待値の合計

+再保険等外部移転のコスト

+保有するリスク量見合いの資本コスト

+経費および利益

(筆者作成) 図表⚗(ELC 再保険による移転)

13) たとえば発動額100億円,限度額100億円の年間累計 ELC(excess of loss cover)を想定すると,100億円を超え,200億円までの損害額はすべて100億円 に縮小される。ただし,ELC では通常,累計の計算に加えない小規模災害が あるため,図表のように,発動額を少し超えるレベルに分布が集中し,それよ り大きい部分の分布は低下する。

(17)

企業が伝統的保険をリスクファイナンス手段として利用する対価(=保険 料)は,上記のコストに対する持分(寄与分)と捉えることができる。

市場が十分に大きく効率的であれば,保険会社は分散の効いた元受ポート フォリオ(再保険等の外部移転前)を形成し,さらに外部移転等を通じた分 散効果を活用することができる。リスクポートフォリオの維持が効率的に行 われ,企業のリスクファイナンスも効率的になることが期待される。

⚕.伝統的保険の活用,効能と限界

⑴ 保険(転嫁)と保有の組み合わせ

小規模で日常的に発生する損失は経費として管理し,まれに起きる大き な災害には保険で備えるという考え方は新奇なものではなく,実践もされ ている。こうした対応を,企業のリスクコストを期待値とリスク量見合い の資本コストで捉える見方(前記 2. 参照)に従って改めて整理する。

リスク量には分散効果が働いて保険の効用が得られる一方,期待値はプ ールしても分散効果は生じないため,保険会社の経費等(付加保険料)を 考慮すると,保有が可能であれば費用として管理する方が効率的になる理 屈である。

ただし,ファイナンスを考慮するリスクの確率分布によって,期待値と リスク量のウエイトは異なるため,効率的なファイナンスと保有(費用と して管理)の組み合わせも異なる。ペリルの性質や,企業の施設の構造・

用途,地理的分散などに即した検討が必要となる。

施設等が分散しておらず,発生頻度が低いが発生すると大きな損失をも たらすリスクは図表⚘の左グラフのように表され,一方,発生頻度・期待 値が高いが最大損失は相対的に大きくないリスクは右のようになると考え られる。

(18)

左のように期待値は小さいがリスク量が大きい場合,分散効果による資 本コストの節減が相対的に大きいため,保険による外部移転が有利である。

右の場合は期待値部分に付加保険料が加わる一方で資本コスト節減効果は 小さいため,保険を利用する効果が相対的に小さくなる。

期待値や分布を与件として転嫁と保有の最適化を図るだけではなく,期 待値や分布の特徴に応じて効果的な損失防止・軽減とリスクの保有を組み 合わせることもリスクファイナンスの課題である。

⑵ 損失防止軽減策とそのコストを含めた最適化

上記のような,損失防止・軽減や保有を活用したリスクファイナンスに 対応して,伝統的な保険でも,それらを反映した条件を設定できる。また,

保険会社やリスク関連サービス事業者によるリスク分析やリスクコントロ ールサービス(採用可能な軽減策の提案など)を利用することも考えられ る。

発生頻度は低いが最大損失が大きい場合(図表⚙)と,逆に発生頻度が 高い場合(図表10)とについて分布の変化のイメージをもとに説明する。

(筆者作成) 図表⚘(分布の異なるリスク)

(19)

主要河川の氾濫や巨大地震の発生頻度は低いが,発生時には施設・設備 等に重大な損傷を与える可能性がある。事業のカギとなる事業所や仕入れ 先が集中している場合,最大損失は大きくなる。仮に事業所や仕入れ先を 十分に離れた複数個所に分散させると,最大損失を小さくできる(分散効 果)。より安全な場所に新たな施設を立地させるのでない限り,期待値が 低下するわけではない(期待値に分散効果は働かない)が,最大損失の圧 縮が可能であれば,保険契約にも限度額を設定し保険料を低減させること ができる。

(筆者作成) 図表⚙(最大損失が大きいリスク)

(筆者作成) 図表10(発生頻度が高いリスク)

(20)

各地に多数の施設・設備を展開する事業における風災リスクを想定する と,いずれかの施設・設備が台風で被害を受ける頻度は高いと考えられる。

効果的な風災防止策を講じることができれば,期待値が下がり,ファイナ ンスコストも低下する14)。さらに,自己負担額を設定すると,保険に転嫁 される損失の期待値がその分低下するので,保険料が節減される15)。対策 の費用対効果と自己負担による保険料節減の効果を併せて最適な対策と自 己負担の水準を選択することになる。

⑶ データの限界,保険の限界

このような定量的アプローチで効果的なリスク削減や効率的なファイナ ンスを構想するためには,期待値やリスク量の見積もりが得られ,ファイ ナンスを検討する企業と保険会社等との間に共通認識が存在することが前 提になる。

自然災害に関する定量的評価(期待値やリスク量計測)は,工学的モデ ルの開発や情報処理技術の高度化によって信頼性を高めており,今後一層 の精度向上が期待される。一方,確率論的手法による見積もりである以上,

計測結果の数値は前提条件や計測手法,参照データに依存する。特に,発 生頻度が極めて低い(再現期間が極めて長い)自然災害については,前提 条件に大きく左右され,定量評価の結果に共通認識が形成しにくい。また,

共通認識を得たとしても,リスク量が非常に大きい場合にはファイナンス は容易でないし,集積度が著しく高く,集積額が巨額となる(たとえば大 都市直下の地震,広大な平野の洪水)リスクについてはプール形成による 分散効果が働きにくく,ファイナンスが実現しない場合16)もある。気候変 14) イベント単位の損失パターンを想定し,さらにイベントの発生頻度と強度を 加えて検討する手順であるが,本文のような想定であれば,年間の損失につい てもあてはまる。

15) 対策の有効性や費用対効果によっては,対策を実行することなく自己負担額 の設定のみを行う方がファイナンスコストとしては優位であることも考えられ るが,ここでは,対策の上で自己負担額を設定することを想定して論じている。

16) 自然災害による経済損失(わかっているもの)のうち,保険によってカバーさ

(21)

動による風水災の激甚化のように,過去の気象データに基づくリスク量の 見積もりに含まれていない要素を織り込む場合は,評価結果が将来予測

(仮定)に左右され,共通認識の形成を一層難しくする。定量的評価には こうした限界が避けられないものの,それを認識しながら活用することで,

リスクファイナンスの効率化の進展が期待される。

なお,大規模な自然災害リスクのファイナンスは,各リスクの定量評価 のみならず,保険市場の引き受け余力17)にも左右される。このため,大規 模な自然災害が発生18)した場合はもとより,自然災害とかかわりなく保険 市場の資本余力が縮小19)した場合も,ファイナンスの供給が縮小してしま うことがある。

⚖.企業の統合リスク

ここまで,自然災害のリスク量に対し見合いの資本が充てられるものとし てリスクコストを論じてきたが,企業が資本を保持することによって備える リスクは自然災害だけではない。むしろ災害より高い優先度を与えられるリ スクは多々ある。Ⅰで確認した企業の有価証券報告書における⽛事業等のリ スク⽜改めて参照すると,以下のようなリスクが記載されている(順不同)

•技術開発の遅れや技術革新よる市場の喪失,M&A や事業提携,戦略投

れている割合は,グローバルで30%程度(過去10年の平均,Swiss Re の sigma 5/2018による)先進国で50%程度,新興国では10%程度となっている(同)。

17) 保険市場の引受キャパシティの指標のひとつとして再保険資本(Rein- surance Capital)を見ると,伝統的な資本は過去数年間横ばい,ILS(Insur- ance Linked Securities)など代替的資本(Alternative Capital)は増加してお り,自然災害ロスの増加傾向に対しても,市場は現時点でタイトになってはい ない。Guy Carpenter の Property Market Outlook, October 2018および Aon Benfield の Reinsurance Market Outlook、September 2018参照

18) 2017年は,米国の HIM(Hurricane Harvey, Irma and Maria)をはじめとし て自然災害が相次いだが,市場は大きくは反応しなかった。

(22)

資の失敗

•カントリーリスク

•自社製品に対する需要の減少,価格の下落,部品原材料価格の上昇

•品質問題

•知的財産権を巡る紛争

•人財の採用難,流出

•環境規制による費用負担,技術開発の負担の増加

•公的規制の変化,コンプライアンス問題

•保有資産の価格下落,為替変動などの市場リスク

•売掛金の回収不能,保有債券のデフォルトなどの信用リスク

•自然災害以外の事故,不正・違法行為,サイバー攻撃など

•情報セキュリティ

•退職給付債務の積立不足拡大

予約やスワップ,先物などによってヘッジできるリスク(市場リスク),

信用保証や保険,引当金で対応できるリスク(信用リスク),損害保険の補 償対象となり得る偶発事故のリスク等もある一方,資本で備えるべきビジネ スリスクも多い。資本で備えるリスクについては,統合リスクベースで必要 資本を考えることになるが,模式的に示すと図表11のようになる。

(23)

各リスクの期待値,リスク量,相関を反映して全リスクを統合したものが 統合リスク量である。

それぞれの真の値を得ることは困難であるが,リスクファイナンスを実施 することで,統合リスク量を効果的に削減できれば,資本で備えるべきビジ ネスリスク等に手厚く資本を割り当てられることになる。また,個々のリス クについてのファイナンスを検討するに際し,当該リスクの削減の効率性と ともに,統合リスク量に与える影響を考慮することも有効である。たとえば,

上記のリスクAが他のリスクとの間で強い相関がある場合には,Aを削減す ることは統合リスク量の削減効果が大きい。逆にAが他のリスクと逆相関の

(筆者作成) 図表11(統合リスク量)

(24)

自然災害が管理(軽減・転嫁)すべきリスク(企業のパフォーマンスを阻 害するマイナス影響を与えるもの)であるのに対し,ビジネスリスクの多く はパフォーマンスに対するプラスの影響も含めた不確実性20)である。しかし,

自然災害リスクも戦略・パフォーマンスと一体で統合的に捉えれば,自然災 害リスクファイナンスによる削減効果(見合い資本をリリースすることにな る)は,ビジネスリスクに対する割り当て(戦略・パフォーマンスへの活 用)の増加と捉えることができ,統合リスクの観点での評価はパフォーマン ス向上に有効と考えられる。

おわりに:代替的,非伝統的なリスクファイナンス

巨額の集積に対して分散効果を働かせ,効果的なリスクファイナンスを実 現するには,自然災害以外も含め,さらに多くの異なるリスクと組み合わせ ることが考えられる。

保険市場を超えて,金融・資本市場にリスク分散を図るリスクファイナン スが開発されている。市場リスクや信用リスクなど,自然災害リスクとは相 関が小さいリスクとの組み合わせによって分散効果を働かせる手法である。

これは,⽛非伝統的保険⽜のテーマであるが,以下の点を指摘して⽛伝統的 保険⽜の本稿を締めくくる。

保険市場よりはるかに大きな市場にキャパシティを求めることで,大きな リスクを処理できる可能性(機会)が高まる。

一方で,証券化商品等の組成や販売には相応のコストが掛かるため,コス トを吸収できるだけの規模があることが前提になる。また,キャパシティの

20) COSO ERM フレームワークは従来(2004年公表),事業の目的達成にマイ ナスの影響を与える事象をリスク,プラスの影響を与える事象を事業機会

(opportunity)としていたが,2017年の改定において,この整理に代えて,リ スクを⽛事業戦略およびビジネス目標の達成に影響を与える不確実性⽜として 一体的に整理している。

(25)

供給やコストが,自然災害リスク以外の要因によって左右されることがある

(金利上昇等によって金融市場の期待利益率が上昇すれば,プレミアムが上 昇するなど)。

なお,本来的に,信頼性の高いリスク評価や効果的なリスク軽減策の実施 が効率的なファイナンスの基礎であることは伝統的保険と共通である(特に 供給がタイト化した場合に顕在化する)。

(筆者は MS & AD インシュアランスグループホールディングス株式会社勤務)

参照

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