■要 約
本件は,衣料品や雑貨を扱う流行商品路面店 Ted Baker の英国の自社倉 庫従業員らが2000年~2008年に少しずつ商品を盗んだ事件である。従業員の 盗みは保険の対象とされたが,被保険者は損害協定協力義務違反等を問われ 保険者勝訴となった。
近年国際化の波に乗り多くの日本法人が海外に進出しているので,勢い日 本損保の現地法人がこれらの保険を直接引受ける事が増えている。また,本 件のように日本法人ではない事業会社の保険を間接的(共同保険や再保険)
に引受ける場合も出て来た。本件 Ted Baker & No Ordinary Designer Label v AXAó Fusion Insurance & TMEI は後者の事例で,共同保険者と して被告側に立った一例である。
■キーワード
最大善意(Utmost Good Faith),明徴説明義務(Duty to Speak),
訴訟費用(Costs)
*平成30年⚖月15日の日本保険学会関東部会報告による。本稿はこの報告に関連 する最新英国判例を吟味して大幅に加筆したものである。
/ 令和元年⚖月21日原稿受領。
最新英国保険判例にみる保険者と 被保険者の義務
Ted Baker v AXA
森 明
I:本件判決の一覧と概説
⑴ Ted Baker Plc and ⑵ No Ordinary Designer Label Ltd [Claimants] v
⑶ AXA Insurance UK Plcó ⑷ Fusion Insurance Services Ltd and ⑸ Tokio Marine Europe Insurance Ltd [Defendants] : Case No
① [2012] EWHC 1406(Comm)(25 May 2012)Eder J : 2010 FOLIO 209
② [2012] EWHC 1779(Comm)(29 June 2012)Eder J 2010 FOLIO 209
③ [ 2014 ] EWCA Civ 134 ( 19 Feb 2014 ) Moore-Bickó Tomlinson LJJ:
A3/2013/0934
④ [2014] EWHC 3548(Comm)(30 Oct 2014)Eder J : 2010 Folio 209
⑤ [2014] EWHC 4178(Comm)(11 Dec 2014)Eder J : 2010 Folio 209
⑥ [2017] EWCA Civ 4097(11 Aug 2017)Treacyó David Richards LJJ and Sir Christopher Clarke : A3/2014/4097
⑦ Financial Reporting Council; 20 Aug 2018; Sanctions against KPMG and Senior Statutory Auditor in relation to the audits of Ted Baker Plc
⑧ Ted Baker Plc v Bluefin Insurance Services(lis pendens)
上記は①~⑥は BAILII(British and Irish Legal Information Institute)に よるものであるが,保険・再保険事件の判例集 Lloyd’s Law Reports Insur- ance & Reinsurance(Lloyd’s Repõ IR)には上記のうち②③⑤は登載されて いない。⑦は Ted Baker(判例に倣い以下 TB とする)の監査人 KPMG
(“Klynveld Peat Marwick Goerdeler”)が英国財務報告評議会(The Finan- cial Reporting Council or FRC)から職業倫理違反を指摘され,制裁金を支 払う事に合意した2018年⚘月20日付けの公告である。尚,関係者や事実の詳 細については各種新聞記事と業界誌も参照した。
本件は事実関係の調査と保険条件の精査・検討に手間取り,英国で六回も 裁判で争われたが,多くの証人尋問と膨大な証憑作成と代理人による精査~
尋問~反対尋問の結果,第四回公判迄で訴訟関係費用が損害額を大幅に上回 る約£7ó000ó000になった恥辱的事件(⽛誤判⽜)でもある。
日本の船社や商社それに損保が関わる商事・海事事件が英国で争われる事 は珍しくない。海事事件の場合は船荷証券や傭船契約,或いは国際商事契約 でも,管轄や準拠法を英国と定めるのが多いので納得が行くが,損保の場合 はどうだろう。平成の時代になって海事事件や関係する国際商事事件につい ては米国での訴訟が漸減しており,英国の⽛地位⽜が相対的に向上したので,
英国の保険判例や訴訟手続き,特に訴訟費用について感心が増加しているよ うに思われる。今回は他山の石とすべく本件を批判的に取り上げたい。
Ⅱ:判決の梗概
2000年迄 TB は Chubb Limited に付保していたが,其の後 Independent Insurance Company Limited に変更,同社が2001年⚕月に倒産,TB の保険 仲立人が2004年に他社に買収され,紆余曲折を経て,同年から AXA Insur- ance UK Plc(以下 AXA とする)に付保する事となった。保険者の引受割 合は,2004年⚓月14日~⚗月22日は AXA(60%)/NIG [National Insurance
& Guarantee Skandia](40%),2004年⚗月23日~2006年⚓月28日は AXA (50%)/NIG(30%)/Fusion(20%),2006年⚓月29日~2007年⚔月15日は AXA(50%)/NIG(25%)/Tokyo Marine [sic](25%),2009年⚔月16日~2009 年⚔月15日は AXA(100%)であった(④[26])。本件の保険者は掲記被告三 社(判例に倣い以下 AXA とする)であるが,信用保険(Fidelity Insur- ance)は別途 AIG [American International Groupó Incõ]と Norwich Union [now AVIVA since July 2009]に付保していた(①[⚕])。
①では事件の粗筋を述べた後,保険証券上,損害が従業員による⽛知能 犯⽜(暴力を伴わない盗み(non-forcible and violent(F & V)theft)の直接結
果であるか否か,或いは,休業損害1)が対象となるか否か,事実問題と保険 者が主張する従業員の窃盗は含まないとする慣行との関係,共同保険者の立 ち位置,証人の証言内容,倒産した元の保険者(The Independent)の引受 担保を現在の保険者(AXA)が引継いだか否か,2002年以降の保険更新内 容の吟味,保険仲立人の知見等々を精査して,TB 有利の判断がされた。② では TB が請求した訴訟費用(£660ó000)の支払いについて検討されたが,
本件は⽛分割公判⽜であるので,本案の最終判断迄待つべきであるとし,裁 判官の裁量で取り敢えず AXA に£20ó000を支払うよう判断が下された。③ では,①に関して AXA が申立てた TB の事実関係開示の遅延と虚偽表示に つき上訴されたが,控訴院はこれを TB 有利の判断を行なった。④では,主 として損害調査協力義務問題(Claims Co-operation Issues),損害額の確定 問題そして返戻保険料問題について本格的な検討が行われた。別表に保険証 券(Policy Year 2004/2009)毎の⽛損害額⽜(£4ó177ó629)一覧を付して,
TB の損害調査協力義務違反等を認め,保険金請求は否認された。⑤は再度 訴訟費用についての争いである。2014年⚖月14日迄に TB 側が£2ó530ó000,
AXA 側が£1ó800ó000,合計すると今迄のもののみで恐らく£7ó000ó000に 近い数字になるかも知れないと言いながら,AXA は公判開始前の早い段階 に£50ó000,次いで2011年10月⚗日と同年12月28日に£250ó000の示談の申 出を行なったにも拘らず,これらを TB は拒否したので,TB は AXA に対 して2015年⚑月15日迄に£1ó000ó000を支払うよう判断された。⑥では,④ で AXA は無責であるとされたので,TB は①の未決問題の職業会計士条項 問題(Professional Accountants Clause Issue)の最終判断を求め,そして改
1) 被告代理人によれば,TB が2005年~2008年の休業損害として請求したのは 2009年⚒月17日に£3ó756ó397だったものが,2010年⚒月23日には免責金額を 控除する前のもので£5ó317ó966と増大した(④[29])。判決では何故だか大き な争点(Issue 1~Issue 6 A)Issue 3が抜けている(①[⚘])。
めて AXA の明徴説明義務問題2)(Duty to Speak Issue)違反を問うべく控 訴した。後者については TB 有利の判断がされたが,前者については TB 不 利の判断がされた結果,本件は最終的に AXA 勝訴となった。
⑦では TB の監査人 KPMG が通常の監査業務の枠を超えて,自身の監査 内容について別途⽛証拠書類⽜を作成して裁判所に提出したので,FRC が 会 計 士 と し て の 職 業 倫 理 遵 守 義 務 違 反 を 認 定,KPMG に 制 裁 金 外
£3ó192ó000を支払うよう判断され,£2ó258ó800を支払う事で両者は合意し た。⑧では,本件の発端は⽛保険手配の過誤⽜であるとして,事故当時保険 仲立人であった Bluefin Insurance Services Limited を TB が訴えているので,
⽛事件は一件落着⽜となっていない。
Ⅲ:損害額
一般に衣料品や雑貨を扱う法人で,特にその規模が大きい場合は,商品流 通経路は多種多様なものとなる。それは自社製品を扱う卸の外に自社の海外 支店,自社の自営店舗,通信販売,直販安売り店等である。特に,長年愛用 される⽛定番商品⽜と異なり,⽛流行商品⽜には必ず(熱心な愛好家の)⽛賞 味期限切れ⽜による少なからずの⽛売れ残り⽜が発生する。この場合⽛値引 販売⽜をせざるを得ない。TB の場合も例外ではない。では TB はどうして いたか? 先ずは直営の廉価店での販売や大手安売り店 TK Maxx への投売 りである(④[⚗])。それでも猶売れ残ったらどうするか? TB は慈善事業 に寄付するか廃棄している(④[10])。TB の申立(Policy Period 2004~
2009)について Eder J は£4ó177ó629と認定した(④[151] & APPENDIXó ppõ 56/66)。一般的に商品を扱う小売業は⽛万引⽜が多いし,また,在庫管 理の手法も万全とは言い難いので正確な保険求償の対象となる損害を確定す
2) 中国語では Duty to Speak は⽛説話的責任⽜であるが,日本語では⽛説話⽜
とは,⽛学研漢和大辞典⽜(昭和57年⚑月20日 p. 1222)には,⽛神話・伝説・民 話などの総称,中国の通俗文学の一種で,俗語で書かれた物語⽜とあるので,
ここでは⽛明徴説明義務⽜とした。
る事は至難の業である。
Ⅳ:英国財務報告評議会による監査人の違反行為に対する制裁 (FRC v KPMG)
2016年⚕月24日に,英国の監査人を監督する FRC は,本件は重大事件で あると認識,本件の監査人 KPMG Audit PLC に対する業務の検査を開始し た。そして通常の監査業務を超えて行なった法廷会計士として⽛自己審査⽜
を行なった業務は⽛倫理違反⽜になるとして,2018年⚘月20日に詳細な報告 書を公表した。KPMG の違反行為の概要は以下の通りである:
A:KPMG は2000年から今日(2018年⚘月20日)に至る迄 TB の会計監査 業務を受嘱している。2012年⚖月に TB の弁護士から,AXA に対する 保険金請求事件で用いたいので,KPMG の法廷会計士部門に対して損 害賠償請求金額を立証する専門家の証拠の提出要請があった。この法廷 会計士としての業務は倫理違反であり KPMG としては受嘱してはなら ないものであった。
B:KPMG は誤った選択を行ない,2013年会計年度(FY13)と2014年会計 年度(FY14)の監査を再点検して洗い浚いの立証書類を作成した。当 初 KPMG はこれらの作成費用は£10ó000~£100ó000と見積もってい たが,幾つもの⽛証憑⽜や⽛専門家の鑑定書⽜を作成する事になり,結 果的にその費用は£952ó000に上った。KPMG は TB から三会計年度
(FY13~FY15)で通常の監査業務以外の法廷会計士として業務で
£1ó300ó000を受領していた。同期間の通常監査業務の報酬は£434ó000 である事を鑑みるとこれは看過出来ない金額である。この極端な不均衡
(disparity)は自己点検の危険を齎すものである。
C:KPMG の自社に関する⽛2012年監査品質に関する報告書⽜によれば,全 社の売上は£1ó774ó000ó000,監査業務に限れば,売上は£431ó000ó000,
利益は£45ó000ó000である。一方 TB の⽛2013年会計年度年次報告書⽜
によれば,全社で売上は£254ó500ó000,税引前利益£31ó500ó000であ る。
D:2014年⚒月21日付けの KPMG “AXA Review” には⽛TB が本件で補償 を受ける事が出来る最良推定値は£1ó300ó000であり,これは(原告側)
弁護士にも確認済であり,そして TB は£1ó168ó000を相手方に前払い する事を理解しようとしている。従って,合計の訴訟費用(£727ó000)
は,TB は前払金としては合理的なものと考えられていたが,残りの
£441ó000は後に監査に関わる虚偽表示とされるだろう⽜との記述があ る。
E:訴 訟 費 用 に つ い て,TB は Part 1 ( ① ) で £707ó000,Part 2 ( ④ ) で
£1ó132ó000を支弁しており,合計の63%に相当する£1ó168ó000を相手 方に前払いする事,そして残額が£671ó000となる事を認識していた。
KPMG はこれらの訴訟費用の不精算勘定を TB の損益計算書に計上す る事を提案した。
F:2014年12月11日に,Eder J は本件(“AXA Litigation”)の訴訟費用につ いての判断を行なった(⑤)。TB は AXA の三度に亘る和解案の受諾を 拒否したので,TB は自身の訴訟費用を相手方に請求出来ないとし,
AXA の最初の訴訟費用(Part 1 costs)の25%と二番目の訴訟費用
(Part 2 costs),即ち,合計で£2ó400ó000を支払うよう命令された。
TB の2015年⚑月31日〆の会計報告(FY15)では,本件に関する特別 経費(exceptional costs)として£5ó300ó000を計上している。
G:盗難による損害額の多寡は重要である。2012年⚗月23日に KPMG が TB から⽛調査⽜を受嘱した時は£6ó000ó000以上であったが,その当 時(2012年度)の TB の税引前当期利益は£27ó100ó000であった。これ らを考慮すれば,今回の職業監査人としての業務遂行はあるまじき行為 である。
Ⅴ:最大善意
海上保険法のみの特殊用語 (概念) に⽛最大善意⽜(Utmost Good Faith or uberrimae fidei)と⽛担保⽜(Warranty)がある。
前者は1906年海上保険法(Edward VII 即位第⚖年法律第41号 海上保険 に関する法を法典に編纂する国会制定法〔1906年12月21日〕の第17条⽛保険 は最大善意に拠る⽜Marine Insurance Act(codified by Sir McKenzie Dõ Chalmers) §17õ Insurance is uberrimae fidei A contract of marine insur- ance is a contract based upon the utmost good faithó andó if the utmost good faith be not observed by either partyó the contract may be avoided by the other partyõ(海上保険契約は最大善意に基く契約である。当事者の一方が 最大善意に違背する行為を行なったとき,他方は其の契約を解除出来るもの とする)である。
後者は同法第33条⽛担保の性質⽜~第41条⽛適法担保⽜(委細略)にある が,海上保険法では,一般的に停止条件(condition precedent)としてこの
⽛担保⽜(warranty)という文言を用いている。併し,この用語は契約法の 他の分野では異なった意味を持つ事に留意しなければならない。例えば,動 産売買法や傭船契約に於いては,その違反は⽛損害賠償請求権を生じしめる に過ぎず,契約を取消す権利を生じせしめない⽜のである3)。併し,海上保 険では担保違反があるとされたとき,保険契約は無効となり,取得済みの保 険料の返戻は不要となる。
TB は④で敗訴したので,⑥で改めて持ち出したのが,Carter v Boehm
3) 傭船契約の事件で日本の船社が関与した The Hong Kong Fir [1962] 2 QB 26; (20 Dec 1961) per Diplock LJ を参照されたい。
(1766)4)に淵源を持つ⽛最大善意⽜である。TB は,保険契約締結時のみな らず,⽛保険事故⽜が発生して,これが妥当な処理が行われるべく,⽛事故処 理⽜を行なう場合にも⽛両者に善意⽜が要求されるものである,と主張した。
控訴審では異例ではあるが,時系列による改めて本件の詳細な事実関係の 検討が行われた。本件では,TB は④で⽛明徴説明義務⽜(Duty to Speak)
という保険の世界では新奇な概念を持ち出したが,これが受け容れられなか ったので,改めて⑥で持ち出したのである。最大善意は保険契約申込時のみ ならず,本件のように保険金請求という契約締結後の行為にも両者に求めら れるものであると論弁した。Sir Christopher Clarke は⽛一般的に保険者に は保険条件に従うよう被保険者に忠告しなければならないという義務はない
(特に保険仲立人が介在している場合はそうである),保険者は被保険者を欺 く目的で保険金請求に関して故意に沈黙していたとは思われない,保険者は 問題の保険金請求に必要な書類につき被保険者に対して案内済である,とし ながら,関係者が了知済である状況の下では,被保険者の(職掌として保険 請求請求を行なう)真面な人間であれば,保険者が正直に行動し,どのよう な算段を踏めば保険処理が上手く進められるかについて説明して貰えると期 待する事が出来る,即ち,保険者は被保険者に対して明確に説明する義務を 負う,従って,保険者は書類の提出がないから保険金の支払いが出来ないと する事は正義に反して不当である⽜と結論付けた。これは本件の⽛核心⽜で あり唯一先例性の認められる点であろう。これは保険者にとって今後保険処
4) Carter v Boehm( 1766 ) Original Citation: ( 1766 ) 3 Burr 1905; English Reports Citation: 97 E.R. 1162 (PDF 8 pages; 5ó383 words)。この事件につい て は,Carter v Boehm: Facts and context, Professor Robin Pearsonó University of Hull, UK (April 2016; 20 pages) が参考になる。⽛最大善意⽜につ いては中村雅人教授の松山大学論集掲載論文(最大善意の原則の生成(I) / (II) 2002-6-1 / 2002-8-1)参照されたい。尚,この事件が発生した当時の状況に つ い て は Report on Japan to Secret Committee of The English East India Company by Sir Stamford Raffles, Lieutenant Governor of Java from 1811 to 1816, published 1929が参考になる。
理に当り充分斟酌すべき事柄と思われる。
⽛最大善意⽜は Lord Mansfield が確立した原則とされているが,同卿自身 は最大善意という文言を用いた訳でもなくまた定義付けした訳でもない
(註:“good faith” という文言が三回出て来るだけである)。The Star Sea ([2001] UKHL 1/[2003] 1 AC 469 (18 Jan 2001))で Lord Hobhouse は Utmost Good Faith という用語の歴史を述べているが[44],何故だか判例集
(UKHL と AC)により文面が異なっている。後者の方が詳しい。
⽛保険契約の善意⽜と題するGood Faith and Insurance Contractsó 4th Ed (2017) による⽛最大善意の変遷⽜を整理すると以下の通りである:5)
uberrimae fides/uberrimae fidei (1845)(1870)(1880)(1908)(1908) most perfect good faith (1858)(1861)(1866)(1867)
utmost good faith (1865)(1929)(1929)(1933)(1988)(1994) honour (1867)
absolute good faith (1905) (without) bad faith (1922)(1995) greatest good faith (1934)(1984)
最近の教科書には必ず⽛最大善意⽜は出て来るが,百年前の教科書には 5) Good Faith and Insurance Contracts, 4th Ed (2017) by Peter MacDonald Eggers QC & Sir Simon Picken (now Justice Picken)。最新の教科書は,Marine Insurance: Law and Practice 2nd ed by FrancisRose(2012) / Marine Cargo Insurance 2nd ed by JohnDunt(2015) /Arnould’Law of Marine Insurance and Average; 19th Ed (2018))。当時のものは The Contract of Marine Insurance;
Second Edition by CharlesMcArthur(1890) / A Treatise of the Law relating to the Insurance of Freight by George Maitland Lazarus (1915)。Chalmers ’ Marine Insurance Act, 1906; Seventh edition by E.R. Hardy Ivamy (1971) §17.
Insurance is uberrimae fidei: Note. 傭 船 契 約 に つ い て は,Scrutton on Charterparties and Bills Lading; 12th Ed (1925) / 22nd Ed (2011)Sir Bernard Eder, Senior Editor を参照。
⽛最大善意⽜は出て来ない。Chalmer’s7th ed (1971)には Carter v Boehm と 並んで Williams võ Atlantic Assceõ Coõó Ltdõó[1933] 1 KõBõ 81ó CõAõ per Scrutton LJ 取り上げられているが,その Scrutton LJ が1886年に⽛創刊⽜
した海事法の古典であるScruttonon Charterparties and Bills Lading には Carter v Boehm すら取り上げられていない5)。
Lord Hobhouse は⽛Lord Mansfield は英法も大陸法の善意の概念に倣うよ う提言したにも拘らず,英国の商事法は自己の利益のみ考慮する事から来る 簡潔と確実性の便宜を優先するという異なった方向へ発展した⽜と述べた
([2001] UKHL 1 [45])。即ち,大陸法のような⽛善意⽜(bonum fidei)とい う裁判官の裁量に委ねる概念は,商人間の取引に適用するには不適切である ので,契約の文言はこれを厳格に文字通りに解釈すればよい。換言すれば,
結局悪い物を掴まされた買手が悪い(Let the buyer beware/caveat emp- tor),とする考えである。
東印度会社が活躍していた当時は,一人は万人の為に,万人は一人の為に
(One for alló all for one)保険の申込や引受を行なっていた訳ではない。飽 く迄自身の利益のみを念頭に置いて行動していたのである。営利事業として の保険は,大まかに言って,海上保険から始まり,火災保険,自動車保険,
総合保険,信用保険,賠償責任保険,事後保険(事故発生後加入する保険)
等がある。最後のものは⽛相対の賭博⽜のようなものである。また,英国で は訴訟費用は敗訴者負担の原則があるので,1967年に認可された訴訟・仲裁 費用供与事業(litigation funding business)が盛んである6)。訴訟すらも⽛博 打⽜なのである。
米国の Leslie J Buglass は⽛(米国の最古典 Phillips on Insuranceó 1840 / 1853を引用して)書面によると或いは口頭によるとを問わず,被保険者は其 の危険が実際より小さいと告知して重要な不真正表示をしてはならない。被 保険者は危険について自分が知っている重要な事実で保険者が知らないか,
6) 日本法人が巻き込まれた The Eurasian Dream [2002] 2 All ER (Comm) 1083もその一件である。原告は訴訟費用を借金で賄った。
又は,知らないと推定されるものの凡てを保険者に告知しなければならな い⽜7)と述べているだけである。米国の実務では最大善意は被保険者側に求 められるものである。
Ⅵ:明徴説明義務
本件の⽛圧巻⽜(先例性の意)は⑥で Sir Christopher Clarke が首唱した明 徴説明義務である。実務に関する視点から解説したい。
AXA の調査人は,犯人の雇用記録,実際の全在庫品,棚卸記録と明細,
不足品の明細と価額,未充足需要そして今回焦点となった損益計算書管理勘 定(profit-and-loss and management accounts(item 7))の提出を被保険者に 要求した。いつものように TB の保険仲立人との間で保険処理について交渉 が行われたが,TB は調査~報告を遅疑したので,保険者は其の後執拗にこ の要求を続ける事はしなかった8)。
TB の請求に対して慣行通り AXA は管理記録と損益計算書を含む一件書 類の提出を求めた。TB はこれらを準備~作成する費用は保険約款に基づき AXA が填補するものと信じていた。AXA はこれに対して確答する事を避 け月日が流れた。結局 AXA は支払いを拝辞したので,TB は高等法院に提
7) Buglass, Leslie: Marine Insurance and General Average in the United States, Average Adjuster's View Point, 2nd Edition, 1981; p. 11
8) 通常の商業取引で一方が書類の提出(や代金の支払い) これは契約の継続
~更改でもある が遅れた場合,他方はその書類の提出(や代金の支払い)を 催促するか,或いは知らん顔をして沈黙を守るかの何れかである。海運では,
毎月傭船料が前払いされる定期傭船の場合,船主の立場からすれば,傭船料市 場が下落している場合は前者で,騰貴している場合は後者であろう。即ち,下 落しているときは本船の契約の継続を望み,より安い他社との傭船契約を締結 する事を望まないし,騰貴しているときは一刻も早く本船との契約を合法的に 解除して,より高い傭船料を支払う他社との契約を望むだろう。これに関する 判例は山積みである。傭船契約では全く明徴説明義務は存在しない。恐らく一 般取引の場合も,今迄の取引や今後の取引を考えて,当事者の一方は傭船市場 と同じような行動を取るだろう。
訴した。そして④で,TB は損害額を証明する書類の一部を AXA に提出し なかったので,これは契約違反であるとして AXA 有利の判断がされた。一 般的に保険者には被保険者に対して保険条件を守るよう注意する義務を負わ ない,そして AXA には TB が書類提出について義務がある事に気付くよう 督促する義務はないし,また,保険金請求を拒否しようとして故意に沈黙を 守ったりしたような悪意(bad faith)があったとは認められない,とされた のである。併し,⑥では督促する義務はないとする④の判断については否認 された。AXA が必要だと考える残りの重要書類(Item 7)の提出がされな いとき,AXA は正直に行動すべきであり,AXA は TB に対してその事を 告げて提出を促すべきであるとされた。TB には AXA がそのように行動す る事を期待する権利がある,とされたのである。
一般的に,海上保険損害査定代理店の場合,被保険者から事故通知を受領 すれば⽛事件書類⽜の冊子を作成し,この管理をする為に⽛事件簿⽜を作成 する。事故通知を受領した後,保険金の請求に必要な書類の案内を行なった 後,書類の提出が遅いと必ず督促する。そして元受に一件書類を提出して所 定の手数料を受領するか,或いは,保険金請求がない事が確認された場合は,
その旨を元受に伝えて無事故の基本手数料を受領して手仕舞いとなる。代理 店や仲立人は必ず事件簿に基づいて⽛業務管理⽜を行なっている。本件の TB の保険仲立人や AXA の損害調査人はどうしていたのだろうか?
Ⅶ:訴訟費用
訴訟費用 (costs) には,事務弁護士の⽛報酬⽜(legal fees and profit costs) の外に⽛訴訟必要費用⽜(disbursements)と呼ばれる法廷弁護士への謝金
(honorarium),専門家の鑑定料金(expert fee),証人の日当(daily allow- ance),裁判手続を利用する際に裁判所に納付する手数料(court fee)等が 含まれる。英国では⽛敗訴者負担原則(Costs Follow the Event rule)⽜が適 用される。勝者は自身が支出したか支出すべき訴訟費用を相手側に請求する 場合どの程度回収出来るのか(負担割合)について,英国の関係者に何度か
尋ねた事がある。彼らの回答(と筆者の扱った事件)を整理すると⽛基本的 に凡そ 2:1 の割合である。即ち,多くの場合に勝者は敗者から自身の訴訟 費用の65%~70%を回収する。事件によっては,これが50%~60%であった り70%~80%であったりする場合もある⽜となろう9)。
一般的に英国の裁判官が金額の妥当性については云々しないのは,殆どの 場合,彼らは法廷弁護士の出身で訴訟費用の多寡については⽛熟知⽜してい るので敢て査定しないからである。また,法廷弁護士は⽛妥当な⽜訴訟費用
(‘proportionate’ costs)を自分達より⽛百戦錬磨で経験豊富な⽜裁判官に呈 示するのが通常で,⽛釈迦に説法⽜はしなかった訳である。併し,時代時節 は変わった。なりふり構わず箆棒な訴訟費用(‘disproportionate’ costs)を 呈示して⽛裁判沙汰⽜になり,それが妥当な金額として認められた(或いは 認 め ら れ な か っ た )最 近 の 事 例 は,[ 2018 ] 1 Costs 111 Triple Point Technology Inc v PTT Public Co Ltd per Jefford J(0%),[2019] EWHC 1482 (QB) XDE v North Middlesex University Hospital Trust per Jay J (2%)そし て[2019] EWCA Civ 899 Jofa Ltd v Benherst Finance Ltd per Leggatt LJõ (6õ7%)である(括弧内は認容比率)。
では逆に箆棒ではないとされた最近の事例で,費用の妥当性は請求金額の 多寡に拘らないとされたのは,[2018] EWHC 523 (QB)(16 Mar 2018) Marcura Equities FZE v Nisomar Ventures Ltd per HHJ Nicholas Vineall QCõ(本件はたった£35ó000の回収に£450ó000を掛けたとしても妥当性が認 められればそれは箆棒ではないとされた)と[2019] EWHC 1455 (QB)(10 June 2019) East Sussex Fire And Rescue Service v Austin per Lambert Jõ(請 求金額が£25ó000の事案で,指導的弁護士である勅撰弁護士を起用して 9) 訴訟費用については,関係者間で合意(示談解決)されない場合,高等法 院・上級法院訴訟事務所(Senior Courts Costs Office: SCCO)に持ち込まれて 査定される。英国法務省が四半期毎に公刊している統計(Civil Justice Statis- tics Quarterly 2013 / 2019) によれば,2014年度に15ó230件,2015年度に16ó000 件であった。SCCO Guide 2018(16 Nov 2018)によれば,同事務所には上級判 事の Chief Master Gordon-Saker の外に⚗人の判事と13人の事務官がいる。
£275ó000を請求した事について,諸事情を勘案すれば妥当性が認められる ので問題無しとされた)である。
本件は⑤で Eder J が述べたが,①~④で£7ó000ó000に近い訴訟費用が発 生した。これは Eder J が関係者の申立を鵜呑みにして歯止めを掛けないで 裁判を進行させたからである。第一に証人の数が多過ぎる。①のみで21人も いた(②[⚗])。証人陳述書は1ó000頁以上もあった(④[141])。本件の申立 があった際に Steel J 彼は担当した事件の書面による弁論骨子(skeleton argument)は十頁以上のものは読まない,と言われていた裁判官である が争点整理を行なったが,これを Eder J は軽視して,公判を進めた。本件 の訴状,主張陳述書,訴答等の⽛分量⽜は定かではないが,相当数に上った 事は判例を読めば容易に想像出来る。本件は英国法人同士の英文保険約款を 巡る争いである。従って⽛翻訳⽜や⽛通訳⽜は不要であった。関係者が多岐 に亘る多国間の複雑な案件でもないし事実問題が鍵を握るような刑事事件で もない。本件が長期事件になった理由は端的に言って担当判事の争点整理と 訴訟指揮の拙さにある。
Eder J は本件と平行して某大事件を担当したので,本件については配慮 が足らなかったのではないかと思われる。その事件とは“2011 Tchenguiz brothers’ case”である。誤認逮捕されたとして当局(重大不正捜査局)を 訴えた Vincent and Robert Tchenguiz v The Serious Fraud Office であるが,
これは合計で11件にも上る,当時英国社会で大騒ぎになった事件である
([2013] EWHC 1578 (QB)~[2015] EWHC 937 (Comm))。この⽛事件⽜の 申立~審理は2011年に始まり,Eder J による審問は2013年⚖月⚔日に始ま った。審問が最終的に終了したのが2015年⚓月26日,合計17日であった。最 後の判決の言渡しは2015年⚔月⚑日である。内容の複雑さは本件とは桁違い だった。この事件に忙殺され,配慮不足が本件の法廷代理人の専横を許しそ して KPMG の法廷会計士として倫理違反の証拠提出を受取り⽛箆棒な訴訟 費用⽜(exorbitant costs)という結果を齎したのである。
上記は一重に裁判官不足に依る。高等法院判事の場合,定員は108名であ
るがこの処,20人程度不足している状態が続いている。これは相応しい任官 希望者が居ない事に依る。能力のある,従って売れっ子の弁護士は薄給の裁 判官になろうとしないし,余り繁盛していない弁護士では判事として役不足 だという。併し,このままでは英国高等法院は先細りになるとして最近法務 省は⽛奇策⽜に打って出た。商事法廷と大法官部の⽛判事助手⽜(Judicial Assistants)を⽛36名急募⽜する事にしたのである(HMCTS Courts and Tribunals Judiciary : 1 Apr 2019)。英国の高等法院判事は控訴院に借り出さ れる事もあり,只ですら人出不足の商事法廷に追い打ちを掛けている。現在 商事法廷で審理される案件の70%は当事者の双方又は何れかが海外であるか ら10),我が国の関係者も無関心では居られない。
Ⅷ:指 針
本件は六度も争われた事件であるが,殆どの法律事務所と法曹団は⽛事件 の素描⽜のみで,判例批評らしい解説を全くしていない。通常は,勝った方 は勿論⽛事件を詳細に宣伝⽜し,負けた方は負けた方で⽛裁判所は新しい指 針を与えた⽜として簡単に紹介している。現在英国保険法の権威である Professor Robert Merkin ですら①の簡単な説明のみである11)。これについ て担当弁護士に聴取したところ,⽛訴訟費用の問題が未決で,事件は最終的 に決着していないので,事件当事者から代理人に対して沈黙を保つよう勧告 があった⽜とのことであった。
10) See Shagang Shipping Co Ltd v HNA Group Co Ltd [2018] EWCA Civ 1732 (23 July 2018) per Sir Geoffrey Vos, Chancellor of the High Court, Newey LJ, and Dame Elizabeth Gloster DBE: Introduction 1.
11) Norton Rose Fulbright, Australia -Professor Rob Merkin(NB: Co-editor of Lloyd’s Rep. since 9 March 2005). United Kingdom September 11 2012: Ted Baker v AXA Insurance UK Ltd [2012] EWHC 1406 (Comm) Construction - theft exclusion clause - business interruption insurance.James Medd: Fri, 11 August, 2017: Ted Baker v AXA [2017] EWCA Civ 4097 surers’ Duty to Speak: Silence is not always golden -Tim Marland
日本の関係者は訴訟事件の場合は要注意である。弁護士の選定と相応の指 揮・監督が緊要である。どの弁護士が良いかを見極めるには,先ずは常日頃 判例を読み,また法律情報誌から情報を得る努力が肝要である。そして何処 の事務所が適当か或いは誰が相応しいかを前広に調査して置く事が必要であ る。但し,事務所の評価規準は一律ではない。Who’s Who(紳士録)や Chambers and Partners や Legal 500等を見れば一目瞭然である。また,法 律情報誌の場合は購読冊数や出稿する広告量が規準になっているので,これ は一般の商業誌と同じく褒め殺しが多いので要注意である。良い記事が出れ ば,自身又は自所の宣伝に用いるのは勿論であるが,余り評判の良くない記 事を出されても,法律事務所は新人獲得の為に簡単に広告を取り止める事は 少ない。事務所を選ぶ場合,昨今の学生は先輩や友人の⽛諫言⽜より法律情 報誌の⽛甘言⽜に重きを置くようである。法律事務所の月旦評ではないが,
唯一信頼が於ける情報源がある。それは事務弁護士規律機関(Solicitors Regulation Authority : wwwõsraõorgõuk)と事務弁護士紀律審判所(Solici- tors Disciplinary Tribunal : wwwõsolicitorstribunalõorgõuk)の⽛公告⽜で ある。これには弁護士の倫理違反や不法行為について⽛糾弾⽜(事務所の認 可取消,弁護士の免許取消・一時停止,罰金,懲戒等)する報告書が出てい るので英国で裁判を行なう者には必見のものである。これは結構頻繁で出さ れているので読みこなすのが難儀ではあるが,これについては⽛禁忌⽜と見 えて,殆どの英国の弁護士は公言する事はないので自学・自習しかない。
英国では,少額事件又は本人訴訟等を除き,原則として上級法院では事務 弁護士を通さないと法廷弁護士に事件を委嘱出来なかったが,2004年より事 件の代理を法廷弁護士に直接依頼(Direct Access or Public Access)出来る ようなった。事務弁護士を通さなければ⽛その費用⽜が浮くので,訴訟費用 の削減が出来ると法廷弁護士は推奨しているが,依頼者である当事者自身が 事件書類を点検~整理して法廷弁護士に渡さなければならないという難問が ある。
Ⅸ:結 語
最後に,上述したように,Carter v Boehm (1766)で Lord Mansfield は大 陸法を取り入れ,これを海上保険のみならず契約法一般にも適用されるべき だ,として保険申込に際し⽛善意⽜が必要であるとした。そしてこれは契約 法の基本概念となるべきであるとしたが,Rix LJ が述べたように英国では 賛同を得られていない([2001] EWCA Civ 1250 [67])。Lord Mansfield に 追随して Sir Christopher Clarke は⽛明徴説明義務⽜を想到して,これは本 件のみならず,契約法一般にも適用されるべきだとしたが(⑥[72]-[91]),
これが果して⽛先例⽜となるかどうか,単に Lord Mansfield の顰に倣った だけになるのか,今後の英法の進展を注視すべきだろう。
(筆者は海損精算人)