■アブストラクト
災害列島である我が国は,近年,過去に経験したことのないような大規模 自然災害が発生している。東日本大震災以降も大規模な地震,洪水,土砂災 害などが全国各地の広範な範囲で発生し,国民生活を脅かしている。
そのような大規模災害への備えとして,リスクを移転する有効な方法の一 つに保険が存在する。国民全般に対して,住宅や自動車等について民間の損 害保険が広く普及しているが,農業分野においては,特に農作物や家畜,農 業施設に関し,政府は農業共済制度を実施し,これまで農家経営の安定や地 域経済の維持に貢献してきた。
近年は,気象の変化及び作柄の変化により農業災害も多様化してきており,
様々なリスクに対応した農業共済制度の改正や収入保険の新規導入などの法 律改正が昨年行われた。今回の法律改正の目的は,農業者が農業保険を活用 して,⽛備えあれば憂いなし⽜の農業生産体制を幅広く構築していこうとす るものである。大規模災害が頻発する近年において,⽛備え⽜の仕組みや支 援が拡充されても,全て出発点である農業者自身の⽛自助⽜に対する理解や 取り組みなくしては何にもならない。本稿では,この農業経営分野でのリス クファイナンスの変化について,農業者の保険ニーズの変化も交えて紹介,
検討を行う。
■キーワード
農業共済,農業経営収入保険,大規模自然災害
農業経営リスクの変化と農業保険での対応
徳 井 和 久
*平成30年10月28日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。
/ 平成31年⚒月26日原稿受領。
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⚑.農業経営に影響したこれまでの大規模自然災害
農業共済制度は,昭和22年(1947年)の制度発足以来,70年余にわたり,我 が国の農業災害対策の基幹的制度として,これまで幾多の自然災害に対して 被災農家への支援並びにこれを通じた地域経済の安定に貢献してきた。
この農業共済制度は,農家があらかじめ掛金(保険料)を出し合って,農 業共済組合内に共済金(保険金)支払いのための共同準備財産(いわゆる積 立金)を準備しておき,被害発生時にはその積立金を取り崩して共済金を被 災農家に支払う,農家の自主的な相互扶助を基本とする制度である。掛金の 約半分を国が負担しており,対象農作物等は,米や麦の農作物,家畜(牛,
豚,馬),果樹(みかん,りんご,なし等),大豆やばれいしょ等の畑作物,
園芸施設である。それらの作物が冷害,風水害,雪害,病虫害,鳥獣害など で減収した際に補償される。
例えば,大規模な自然災害として記憶に残るものでは,①平成⚕年(1993 年)の全国広範な大冷害で,水稲を中心に約5ó500億円の共済金を支払った。
②また,平成15年(2003年)でも北海道・東北地域の水稲を中心に約1ó900億 円の共済金を支払った。③平成23年(2011年)の東日本大震災は⚓月であった ことから,田植え前であった水稲等は被災しなかったが,麦や園芸施設に大 きな被害が発生した。④平成26年(2014年)の関東甲信地域の大豪雪では,園 芸施設が約⚒万棟も被災した。⑤そのほか家畜共済では宮崎県で平成22年 (2010年)に発生した口蹄疫により約29万頭の牛・豚が殺処分される甚大な被 害となった。
農業共済事業の種類,対象品目等,加入率や対象となる共済事故について は図⚑,また事業運営体制や国の補助については図⚒のとおりである。
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(出典:農林水産省ホームページ) 図⚑:農業共済事業の種類等及び対象事故
図⚒:事業運営体制等
(出典:農林水産省ホームページ)
10-徳井先生 Page 4 19/06/10 17:15 v3.60 また,近年の共済金の支払状況や主な農業災害は,図⚓,図⚔のとおりで ある。
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図⚓:近年の共済金の支払状況
(出典:農林水産省ホームページ)
⚒.気象の変化及び作物の作柄の変化
そもそも農業共済制度の出発点は,北日本・東日本を中心とする冷害対策 という面が非常に大きかったが,最近の主な農業災害(図⚔)を振り返ると,
災害の様相が変化して来ている。例えば,水稲の作況指数が94以下となった 県の状況を見ると,平成⚕年の大冷害では,全国42県(注1)が,また平成15年 では全国17県(注2)が該当している。(図⚕)
(注⚑) 全国74となる中で,特に低いのは,青森県28,岩手県30,宮城 県37,北海道40,福島県61であった。
(注⚒) 全国90となる中で,特に低いのは,青森県53,宮城県69,岩手 県73,北海道73であった。
図⚔:最近の主な農業災害
(出典:筆者作成)
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図⚕:水稲作況指数 (出典:農林水産省ホームページの表を一部加工)
このように,冷害については温暖化の影響もあり,平成16年以降は全国規 模での目立った被害が生じていない。
しかしながら,近年は全国広範な自然災害の発生は少なくなっているもの の,猛暑日及び熱帯夜の年間日数が増加する(図⚖)とともに,これらの気 象変化が影響して,例えば,水稲では高温障害により米の品質が低下し,一 等米比率が西日本をはじめ多くの地域で減少している。(図⚗)
図⚖:猛暑日,熱帯夜の年間日数推移
(出典:気象庁ホームページの気候変動監視レポート2016)
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図⚗:水稲(うるち米)一等米比率の推移 (出典:農林水産省ホームページの表を一部加工)
一方,気象庁が発表した降水量データを見ると,全国の雨量観測所1ó232 地点のうち約⚓割の地点において,⚑時間当たり降水量の観測史上最大値を 更新(平成29年10月時点)している。図⚘が示すとおり,年間降水日数が減 少しているが,降水量はあまり変動していないことから,集中豪雨の頻度が 増加しているのである。更に,⽛息苦しくなるような圧迫感がある雨⽜と表 現される,⚑時間当たり降水量80ミリ以上の年間発生回数が近年増加してき ているのである。
平成30年⚗月豪雨のような被害が発生すると,⽛未曾有⽜とか⽛何十年ぶ り⽜とかいう報道がされるが,このような気象変化を踏まえると,全国何処 でも今後発生する確率が高くなってきているといえるのであろう。
図⚘:年間降水日数の推移等
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(出典:気象庁ホームページの気候変動監視レポート2016)
⚓.農業者の保険ニーズの変化等
このような気象変化も影響して,農業者のリスクに対する意識やニーズも 変化してきている。具体的には,従来からの農産物の収穫量の減少を補填す ることから,品質の低下及び価格の低下も補填することにニーズが確実に変 化してきている。
過去に全国農業共済協会が行った農家アンケート調査(複数回)を概観す ると,農業経営上で心配する損害は何かという問いに対しての回答は,以前 は第⚑位が自然災害による収穫量の減少,第⚒位が農産物価格の低下であっ たが,最近は,収穫量の減少に加え,品質低下を含め価格の低下,更に労働 力不足,倉庫での貯蔵中に盗難や水害,取引先の倒産,為替変動などの回答 が増加してきている。
また,農業共済制度では,いかに災害被害を未然に防止するかにも積極的 に取り組んでいる。農業共済組合という共助・互助のシステムの下で,損害 防止事業として,例えば無人ヘリなどによる共同防除,防除機器の貸し出し 等を行い,また家畜では,疾病予防のための血液検査や診断を行い,繁殖障 害の防止等に努める活動も行っている。
⚔.制度改正
このような状況を受けて,平成29年(2017年)⚖月に,これまでの農業災害 補償法を改正し,法律名称も⽛農業保険法⽜と改めた法律が可決・成立し,
平成31年(2019年)から施行されることとなった。
収入保険は,平成28年(2016年)11月に政府がまとめた農業競争力強化プロ グラムの一環として位置づけられている。自然災害のみならず農産物価格の 低下等も含めた農業者では解決できない様々な農業収入低下のリスクを経営 全体として下支えすることで,農業経営の安定を図る。新規分野の開拓等い ろいろなことにチャレンジする農業者に対してその後押し,サポートをして いこうとするものである。収入保険では青色申告の農業者(全国約43万人)
10-徳井先生 Page 12 19/06/10 17:15 v3.60 を対象に,原則,過去⚕年間の平均収入を基準収入額とし,当年の収入がそ の基準収入の⚑割以上減少した場合に積立方式と保険(保険料掛け捨て)方 式の⚒つの方式を使い,その減少分を補填する仕組みである。(図⚙)
また,農業共済制度についても農家の保険ニーズを踏まえ,大きな改革が 行われた。農作物共済の任意加入制への移行及び経過期間を設けた上で一部 の引受方式や無事戻し等が廃止される。また,家畜共済では,畜産・酪農家 の改善要望を相当程度反映し,かつ事務の効率化・合理化の点でも家畜の異 動の都度,農業者が申告する仕組みから,保険責任期間開始時に年間の飼養 計画を申告し,期間終了時に保険料を調整する方法に簡素化することなった。
(図10)
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(出典:農林水産省ホームページ) 図⚙:収入保険の仕組み
これら両制度について,農業者は自らの経営内容に照らし,いずれかの制 度を選択することとなる。例えば,災害対策については農業共済制度,価格 低下対策については収入減少影響緩和対策(通称⽛ナラシ対策⽜,米・麦・
大豆等の当年産の収入全体が標準的な収入を下回った場合にその差額の⚙割 を補償する対策)に引き続き加入するのか,それともこれらを止めて新たに 収入保険に加入するかを農家・農業者が自ら選択することになるということ である。即ち,農業者は,従前にも増して個々の経営実態に合ったリスク対 策に基づく投資判断を行うことが可能になる。
(出典:農林水産省ホームページ) 図10:農業共済の見直しについて
10-徳井先生 Page 14 19/06/10 17:15 v3.60 これまでは,農家に対して準備した政府の政策は,そのプログラムに参加 するか否かの選択であった。収入保険のように,他の各種政策と比較して,
農家自身が有利なプログラムを選択できるシステムが導入されたのは初めて のことであろう。
⚕.自助,共助,公助
今回の法律改正の目的としては,農業者は農業保険を活用して,⽛備えあ れば憂いなし⽜の農業生産体制を幅広く構築していこうとするものである。
その⽛備え⽜であるが,これには三つの⽛備え⽜があり,これら三つの
⽛備え⽜が総合的に組み合わさることで初めて有効に機能すると考える。そ の第⚑は,⽛自らが自らを助ける⽜という⽛自助⽜であり,これを出発点と する。しかし,農家個々の努力だけでは自然災害への備えに限界があること から,多くの農家が参加して共に助ける,いわゆる⽛共助⽜や⽛互助⽜の仕 組みが⽛共済⽜の仕組みであり,第⚒の備えである。更に,第⚓の⽛備え⽜
としては⽛公(国や行政機関)⽜が掛金の一部負担や再保険の受再を通して,
これら共助のネットワークを支援する⽛公助⽜で支える。
この⽛自助⽜⽛共助⽜⽛公助⽜という三つの備えが一体となり,整備されて 初めて⽛備えあれば憂いなし⽜の農業生産体制が構築できるものであり,そ れが一つでも欠ければその達成は困難であると考える。
しかし,このような⽛備え⽜の仕組みや支援が拡充されても,全て出発点 である第⚑の⽛備え⽜である⽛自助⽜に対する農家の理解や取り組みなくし ては何にもならない。改めて農家の理解とその徹底が重要であろう。
(筆者は全国農業共済協会勤務)
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