博士(医学)松永明宏 学位論文題名
cDNA array を用いた浸潤型膵管癌の 遺 伝 子 発 現 プ ロ フ ん イ ル
学位論文内容の要旨
背 景と目的
膵 癌は最も 予後の悪 い悪性腫 瘍のーつ であり、 現在のところ唯一、根治の可能性を示すの は 外科的切 除術であ る。姑息 手術、非 手術例で は1年生存率14010以下、5年 生存率0〜5% で あ る の に 対 し 、 切 除 例 で は1年 生 存率 約50%、5年生 存 率10% 前後 で あ り、 少 なく と も 一部の患 者では手 術によっ て予後が 改善され る。もし術 後の1年生 存が予測 できれば、
手 術によっ て恩恵を 受ける患 者とそう でない患 者を識別する有カな判断材料となり、患者 のQOL向 上や 医 療 の効 率 化に っ な がる も のと 考 え られ る 。ま た 、1年 生存 を 左右 す る 分 子 生 物 学的 因 子 を同 定 する ことは 膵癌の分 子生物学 的特徴の理 解を深め 、新しい 治療夕 ー ゲットの 開発にも っながる ことが期待される。本研究では、膵癌の80〜900/0を占め最も 予 後が悪い浸潤型膵管癌(ductal adenocarcinoma)を対象としてcDNA array解析を行い、1年 生 存例に特 徴的な遺 伝子発現 プロファ イルを同 定し、これを用いて膵癌患者の予後予測を 行 った。ま た、これ らの遺伝 子群の背 景因子を 探るため、各種臨床病理学的因子について も 検討を行 った。
方法
2001年8月 か ら2003年1月 の 間 に 、 北 海 道 大 学 附 属 病 院 、 お よ び 道 内関 連15施 設 にお いて 施 行 され た 膵癌 手 術 症例63例を 対象とし た。臓器摘 出後直ち に腫瘍部 から検体 を採 取し 、 液 体窒 素 で瞬 間 的 に凍 結さ せ‑ 80℃で保 存した。こ のうち組 織学的に 浸潤型膵 管 癌が 認 め られ た32例 に つい てcDNA array解 析 を行 い 、1年 以上の観 察期間が 得られた27 例 に つい て1年 生存 解 析 を行 っ た 。腫 瘍 組織 サ ン プル か らtotal RNAを抽 出 し、mRNAを 精 製 、 逆 転 写 反 応 で 得 ら れ たcDNAをBiotinで 標 識化 しPCRで 増 幅 して 、 癌 関連 遺 伝子 1289個を搭載したarray filterにハイプリダイズさせた。それぞれの遺伝子についてシグナ ル強度の 数値化を 行い、遺 伝子発現 値の平均 値で全遺伝 子発現値を除算して標準化し、症 例 間 で比 較 検 討し た 。ま ず 、1年 生存 解 析に 用 い た全27例 の 中 から 無 作 為に6例 を 抽出 し、 テ ス トサ ン プル と し た。 残 り の21例か ら1年 生 存の 診 断に最 も有用な 遺伝子セ ット を選 別 し 、こ れ をも と に テス トサ ンプル6例 の1年生存診 断を行っ た。まず アレイデ ータ の中 か ら1年 生存 群 、死 亡 群 の2群間 でpく0.05の発 現 差 を示 す遺伝子 を抽出し た。これ らの遺伝子(初期特徴群)により、Sequential FoIward Selection(SFS)法を用いて、予測に最
適な遺伝子組み合わせを求めた。その後、様々な遺伝子組み合わせモデルを作成し、k‐最 近隣 法に よりLeave‑One‑Out‑Errorを 評価 して 、誤識別率が最小のモデルを選択した。こ うし て得 られ た遺 伝子セット(遺伝子診断セット)はEnsemble学習識別器として診断に用 い得 る。 すな わち 、複 数の 学習 器を 直列 に並 べて動 かし 、前 の学 習器 が誤 識別した症例 に高 い重 み付 けを 与え て学 習さ せる こと を繰 り返し た。 最後 に学 習を 終え た識別器にそ の過 程で の誤 識別 率によって重みを付加した多数決を行わせ、テスト症例の識別を行わせ た。 このEnsemble学習識別器を用いて、まず学習サンプル21例の中で交差検定を行った。
次 に 、 テ ス ト サ シ プ ル6例 の1年 生 存 を 診 断 し 、Ensemble学習 識別 器の 識別 率を 評価 し た。 また 、各 臨床 病理 学的 因子 につ いて も様 々な方法で2群に分け、同様の遺伝子解析を 行な った 。各 因子 につ いて 、1年 生存 との 間でX2検 定を 行い 、1年 生存 と関 連の深い因子 を 同 定 し た 。 さ ら に32症例 全 例 を 用 い て1289個 の各 遺伝 子に つい てmedian以上 の発 現 値を 取る 症例 群と 、未 満の 発現 値を とる 群、 それぞ れの 生存 期間 の差 を一 般化Wilcoxon 検定で検定し、生存期間と関連する遺伝子を選別した。
結果
各 臨 床 病 理学 的 因 子 と1年 生 存 デ ー タ との間 でX2検定 を行 った とこ ろ、 血清CA19‑9値 と の 間 で 有 意な 相 関 が 見 ら れ た が 、 こ れ 以外 の因 子で は有 意な 相関 は見ら れな かっ た。1 年生 存群 と死 亡群 の間で 両側t・ 検定 にて 発現 に有意 差を 示す 遺伝 子は47個であった。こ の47遺 伝 子を 初 期 特 徴 群 と し て 用 い 、SFS法 に よ り5〜44個 の 遺 伝 子か らな る39の組 み 合 わ せ で 識別 率100%が 達 成 さ れ た 。 こ の39組 の 遺 伝 子 セ ッ ト をEnsemble学 習識 別器 と し て 用 い 、1年 生 存 診 断 を 行 っ た 。 学 習サン プル 内で の交 差検 定で は試 行し た60回全 て で 正 解 が 得ら れ た 。 次 に テ ス ト サ ン プ ル6例 の1年生 存診 断を 行っ たとこ ろ5例が 正解 、 1例は 生存 のと ころ を死 亡と 誤診 断し たが 、こ の症例 では 術後 早期 に肝転移を来たしてい た 。 診 断に 用い た44個の 遺伝 子に は、 様々な 範疇 の遺 伝子 が含 まれ てお り、 膵癌 との 関 連が報告されているものは11個であったが、その中にtまMDRl (multidrugーresistanceヱgene)、 IL‑13、p38、Topo′(DNA topoisomeraseJ)などが含まれていた。先述した方法で、生存期 間 と 関 連 する 遺 伝 子83個 を 抽 出 し た 。 これ らの 遺伝 子群 と1年 生存 の最 適遺 伝子 診断 セ ットでは9個の遺伝子で重複が見られた(p=0.00035)。
考察とまとめ
膵 癌に 関す るcDNA array研究 とし ては 、現 在まで 既に 多数 の報 告が 見ら れるが、臨床組 織 サン ブル の遺 伝子発現プ口ファイルを予後を含めた種々の臨床データとっき合わせた報 告 は ま だ 見 ら れ ない 。今 回申 請者は 膵癌 の1年生 存に 特徴 的な遺 伝子 発現 プ口 ファ イル を 同定 し、 特徴 選択 法を 用い て予 後予 測に 最適な 遺伝 子組 み合 わせ を選 別し、これをも と に 術 後 の1年生 存予 測が 可能 との 結果 を得 た。 診断 に用 いた44個の 遺伝 子の うち 膵癌 と の関 連が 報告 され てい るも のと してMDR1は、そ の発 現増 強お よび 欠失 が膵癌の進展、
予 後と 相関 する と報 告さ れて いる 。IL‑13は 膵癌細胞株に対して増殖を促すとの報告があ る 。p38はMEK/ERKと の 相 互 作 用 が 膵 癌 の 増 殖 に 重 要な 役 割 を 果 た す と さ れ 、TopoJは 膵 癌に おけ る薬 剤耐性への関与が指摘されている。しかし多くは膵癌との関連が報告され ていない遺伝子であった。一方、種々の臨床病理学的因子の中で、(ニA19‑9値のみが冗2検
定にて
1年生存との間に有意な相関を認めた。Grade 分類と1 年生存の間にも弱い相関傾
向が見られ、
t‐検定にてGrade1 対2+3 間で発現差を示した119 個の遺伝子のうち10 個が1
年生存でも有意差を示した。Grade の分子病理学的背景は一部1 年生存のそれと共通する
部分があることが示唆されるが、多くは重複しておらず、未知の因子が多いことが示唆さ
れた。
1年生存に有用であった遺伝子セッ卜の分子生物学的背景を網羅的に理解するに
は、さらなる研究が必要である。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
之 敬 也
cDNA array を用いた浸潤型膵管癌の 遺 伝 子 発 現 プ ロ フ ん イ ル
膵 癌 は 最 も 予 後 の 悪 い 悪 性 腫 瘍 の ー つ で あ り 、 唯 一 根 治 の 可 能 性 を 示 す 外 科 的 切 除 術 を 施 行 し て も1年 生 存 率 は 約50% に と ど ま る 。 も し 術 後 の1年 生 存 が 予 測 で き れ ば 、 手 術 の 適 応 を 決 め る 上 で 強 カ な 判 断 材 料 と な る 。 本 研 究 で は 、 膵 癌 の80〜90% を 占 め 最 も 予 後 が 悪 い 浸 潤 型 膵 管 癌(ductal adenocarcinoma)を 対 象 と し てcDNA array解析 を行 い、1年生 存 例 に 特 徴 的 な 遺 伝 子 発 現 プ 口 フ ァ イ ル を 同 定 し 、 こ れ を 用 い て 膵 癌 患 者 の 予 後 予 測 を 行 っ た 。ま た、 各種 臨床 病理 学的 因子 に つい ても 検討 を行 った 。゛
2001年8月 か ら2003年1月 の 間 に 、 北 海 道 大 学 附 属 病 院 、 お よ び 道 内 関 連15施 設 に お い て 施 行 さ れ た 膵 癌 手 術 症 例63例 を 対 象 と し た 。 臓 器 摘 出 後 直 ち に 腫 瘍 部 か ら 検 体 を 採 取 し 、 液 体 窒 素 で 瞬 間 的 に 凍 結 さ せ‑ 80℃ で 保 存 し た 。 こ の う ち 組 織 学 的 に 浸 潤 型 膵 管 癌 が 認 め ら れ た32例 に つ い てcDNA array解 析 を 行 い 、1年 以 上 の 観 察 期 間 が 得 ら れ た27 例 に つ い て1年 生 存 解 析 を 行 っ た 。 腫 瘍 組 織 サ ン プ ル か らtotal RNAを 抽 出 し 、mRNAを 精 製 、 逆 転 写 反 応 で 得 ら れ たcDNAをBiotinで 標 識 化 し 、 癌 関 連 遺 伝 子1289個 を 搭 載 し たarray filterに ハ イ ブ リ ダ イ ズ さ せ た 。 そ れ ぞ れ の 遺 伝 子 につ い て発 現強 度を 数値 化し 標 準 化 し て 症 例 間 で 比 較 検 討 し た 。 ま ず 、1年 生 存 解 析 に 用 い た 全27例 の 中 か ら 無 作 為 に6 例 を 抽 出 し 、 テ ス 卜 サ ン プ ル と し た 。 残 り の21例 か ら1年 生 存 の 診 断 に 最 も 有 用 な 遺 伝 子 セ ッ ト を 選 別 し 、 こ れ を も と に テ ス ト サ ン プ ル6例 の1年 生 存 診 断 を 行 っ た 。 ま ず ア レ イ デ ー タ の 中 か ら1年 生 存 群 、 死 亡 群 の2群 間 でpく0.05の 発 現 差 を 示 す 遺 伝 子47個 を 抽 出し た。 これ らの 遺伝 子( 初期 特 徴群 )に より 、Sequential Forward Selection(SFS)法を用 い 、5‑‑44個 の 遺 伝 子 か ら な る39の 組 み 合 わ せ で1年 生 存 識 別 率100a/oが 達 成 さ れ た 。 こ
紘
哲
藤 木
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加 吉
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授 授
授
教 教
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査 査
査
主 副
副
うして得られた44個の遺伝子をEnsemble学習識別器として予後予測に用いた。学習サン プル内での交差検定では試行した60回全てで正解が得られた。次に、テストサンプル6 例の1年生存を診断したが、6例中5例(83.3%)で正解が得られた。各臨床病理学的因子 についても様々な方法で2群に分け、同様の遺伝子解析を行なった。各因子について、1 年生存との間でX2検定を行ったところ、有意な相関を示すのは血清CA19‑9値のみであっ た。さらに32症例全例を用いて生存期間と関連する遺伝子83個を選別した。このうち9 個が、診断に用いた遺伝子と重複した(p=0.00035)°
膵癌に関するcDNA array研究としては、現在まで既に多数の報告が見られるが、臨床 組織サンプルの遺伝子発現プ口ファイルを予後とっき合わせた報告はまだ見られない。今 回我々は膵癌の1年生存に特徴的な遺伝子発現プ口ファイルを同定し、特徴選択法を用い て予後予測に最適な遺伝子組み合わせを選別し、これをもとに術後の1年生存予測が可能 との結果を得た。診断に用いた44個の遺伝子には、様々な範疇の遺伝子が含まれていた が、月萃癌との関連が報告されているものは11個に過ぎず、多くは膵癌との関連が報告さ れていない遺伝子であった。1年生存に有用であった遺伝子セットの分子生物学的背景を 網羅的に理解するには、さらなる研究が必要である。
口頭 発表におい て、吉木敬教授より問質量と遺伝子発現との関係、各病理学的因子 と遺伝子発現の相関、臨床応用法について質問があった。っづいて守内哲也教授より、
CA19‑9と遺伝子発現および1年生存との相関についての質問があった。また加藤紘之教 授より、予後と相関する組織型、リンバ節転移、腫瘍径と遺伝子発現についての質問が あったがいずれの質問に対しても、申請者は主旨をよく理解し誠意ある回答をしていた。
本研究は近い将来、膵癌の診断・治療に大きく貢献することが期待され審査員一同,こ の成果を高く評価し,大学院課程における研鑽や取得単位なども併せ申請者が博士(医学)
の学位を受けるのに充分な資格を有する者と判断した。