博士(医学)西尾妙織 学位論文題名
pkdl ノックアウトキメラマウスを用いた 嚢胞形成機序の検討
‑ pkdlノ ックア ウトキメラマウスの解析―
学位論文内容の要旨
常染色 体優 性遺 伝性多発嚢胞腎(Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease: ADPKD)は遺伝性腎疾患の中で最も頻度が高く(約1000人に1人),加齢とともに嚢胞が両 腎に増加し,進行性に腎機能が低下し,70才までに約半数が腎不全に陥る疾患であり,
また高血圧,脳動脈瘤などさまざまな腎外症状をきたす全身疾患である.遺伝的多様性が あり,第16染色体短腕(16p13.3)に存在するPKD1遺伝子(以下PKD1)と第4染色体長腕 (4q13―23)に存在するPKD2遺伝子が責任遺伝子として同定されている,ADPKDの発症機序 として体細胞変異によるツーヒット説が提唱されている。すなわち,常染色体優性遺伝性 疾患のため生殖細胞から一対のPKD遺伝子の異常が存在するが,さらに正常であるはずの もう一対のPKD遺伝子に体細胞変異が起こり(ツーヒット),そのツーヒットを起こした 尿細管上皮細胞が徐々にモノクローナルに増殖し,そのため尿細管が拡張し,それが最終 的に嚢胞形成に至るという仮説である.
これまでいくっかのpkdlノックアウトマウスの報告があり,pkdlヘテロマウスでは異 常所見がなく,pkdlノックアウトマウスで腎嚢胞ができることもツーヒット説を支持し ている.しかし,pkdlノックアウトマウスは心奇形のために胎生致死であり,嚢胞形成 機序の解明には至っていない.
本研究 では ,よ ルヒトADPKDに近い動物モデルとしてpkdlノックアウトのES細胞と正 常マウス由来の8細胞期胚を用いた集合キメラ(pkdlノックアウトキメラ)マウスを作製 し,嚢胞形成機序の解析を行った,
初めにpkdl遺伝 子の エクソ ン2のBgl II制限 酵素部位にGFP遺伝子をノックインし,
エクソン6までをネオマイシン耐性遺伝子に置き換えたターゲッティングベクターを作製 し た,こ のタ ーゲ ッティングベクターを遺伝子導入したES細胞とC57BL/6Jより得た8細 胞期胚を用いてアグリゲーション法にてキメラマウスを獲た後,C57BL/6Jと交配するこ と でpkdlヘテ ロマ ウス を得た .こ のpkdlヘテ ロマ ウス同士を交配してpkdlノックアウ トマウスを作製した.
pkdlヘテロマウスは特に異常を認めなかった.pkdlノックアウ卜マウスでは胎生期に 著明な浮腫を認めて全て胎生致死であった.胎生期14.5日(以下E14.5)までは腎嚢胞は 認めず,E15.5より腎嚢胞が観察された.ノックアウトマウスの腎臓は対照群(以下WT) に比較して大きく,無数の嚢胞を認めた.
これまでの報告通りpkdlノックアウトマウスは胎生致死であり,腎嚢胞形成における 詳 細な 解析が 困難 であ ったた め, よルヒトADPKDに近い疾患モデルマウスを作る目的で pkdlノックアウトキメラマウスを作製した.
pkdlノックアウトマウス作製に使用したターゲッティングベクターのネオマイシン耐 性遺伝子の部分をハイグロマイシン耐性遺伝子に置き換えたターゲッティングベクターを 作 製した.pkdlヘテロノックアウトのES細胞に,上記のごとく作製したターゲッティン グ ベク ターを 遺伝 子導 入しpkdlノ ック アウ トのES細胞 を得 た. このpkdlノックアウト のES細胞をC57BL/6Jより得た8細胞期胚を用いて集合キメラ(pkdlノックアウトキメラ)
マウスを作製した.
pkdlノックアウトキメラマ・ウスでは,pkdlノックアウトマウスと同様にE15.5より腎 嚢胞を認めた,キメラ率の高いマウスは浮腫が著明であり胎生致死であったが,キメラ率 の 低い マウス は最 長で6ケ 月以 上生 存することができた。62匹のキメラマウスのうち22 匹は胎生期に,40匹は生後に解析した.
WTと比較すると,pkdlノックアウトキメラマウスの腎臓は大きく多数の嚢胞を認めた,
し かし,pkdlノックアウトマウスの腎臓と違い多くの正常実質が残存していた.このこ とからpkdlノックアウトキメラマウスは,pkdlノックアウトマウスと比較してヒトADPKD の腎臓により近いモデルマウスと考えられた.
病理組織像では,キメラ率が低いマウスの腎臓は嚢胞が少なく,正常実質が多く残って いるが,キメラ率が高いマウスは大小多数の嚢胞を認め,正常実質はほとんど残っていな い状態であった.嚢胞周囲ではほとんど線維化はなく,正常組織がそのまま残存していた が,一部の問質で線維化が著明であった.嚢胞壁は単層であるが,一部微小ポリープ様の 過形成を起こしている嚢胞上皮細胞を認めた.
pkdlノック アウ トキ メラマ ウス の腎臓の標本においてGFPの発現を螢光顕微鏡にて解 析した.pkdlノックアウトキメラマウスの腎臓の大部分の嚢胞ではGFP陽性であったが|
GFP陰性の細胞を含む嚢胞も認めた.さらに嚢胞の尿細管上皮細胞を詳細に観察すると,
一 つの尿細管においてもGFP陽性細胞と陰性細胞が混在していた.GFPに対する抗体を用 いて免疫組織染色を施行した結果,緑色に光っている尿細管と抗GFP抗体で陽性となった 尿細管は一致しており,GFPが特異的であることを確認した・
GFP遺伝 子をpkdl遺 伝子 のエ クソ ン2にノ ックイ ンさ せて いる ため,pkdl遺伝子の発 現 する 細胞でGFP陽性 とな る. その ため,GFPの発 現を 解析 する ことによりpkdlノック アウトキメラマウスの尿細管細胞の由来を同定することが可能である.嚢胞を形成してい る ほとんどの尿細管上皮でGFP陽性であったが,GFP陰性細胞を含む嚢胞も認められ,正 常尿細管上皮も嚢胞形成に関わっている可能性が示唆された.さらにGFP陽性細胞でも嚢 胞 が形成されない尿細管を認めることから,嚢胞形成が開始されるためには,pkdl遺伝 子 の 欠 損 と と も に 何 ら か の ト リ ガ ー が 必 要 で あ る と 考 え ら れ た ・ 今後 さらな る詳 細な 嚢胞形 成機 序の解明に向けて研究を進めていくうえで,ADPKD患 者 の腎臓と非常に似た病理像ならびに経過をとるpkdlノックアウトキメラマウスは非常 に有用なモデルマウスとなりうると考えられた,
学位論文審査の要旨 主査 教授 小池隆夫 副査 教授 吉木 敬 副査 教授 野々村克也
学 位 論 文 題 名
pkdl ノックアウトキメラマウスを用いた 嚢胞形成機序の検討
ーpkdlノ ッ ク ア ウ ト キ メ ラ マ ウ ス の 解 析 ―
常染 色 体優 性 遺 伝性 多 発嚢 胞 腎 (Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease:ADPKD) は遺伝性 腎疾患の中 で最も頻 度が高く 、加齢とともに嚢胞が 両腎 に増加し 、進行性に 腎機能が 低下し、70才までに 約半数が腎不全に陥る疾 患で あり、ま た高血圧、 脳動脈瘤 などさま ざまな腎 外症状を きたす全身疾患で ある 。現在、 嚢胞形成の 機序とし てツーヒ ット説が 言われて いる:常染色体優 性 遺 伝性 疾 患にお けるツー ヒットと は、まず 生殖細胞に 置いて一 対のPKD遺伝 子の 異常が存 在し、次に 体細胞( 嚢胞上皮 となる尿 細管上皮 細胞)において、
正 常 であ る はずの もう一対 のPKD遺伝子 に体細胞 変異が起こ るという ものであ る。 すなわち 、ツーヒッ トを起こ した尿細 管上皮細 胞が徐々 にモノク口ーナル に増 殖し、そ のために嚢 胞形成に 至るとい う仮説が 立てられ ている。これまで い く っか のpkdlノッ ク ア ウト マ ウス の 報 告があり 、pkdlヘテ口マ ウスでは 以 上所 見がなく 、pkdlノックア ウトマウ スで腎嚢 胞ができ ることからもツーヒッ ト説 は有カと されている 。しかし 、pkdlノック アウトマ ウスは胎生致死のため 嚢胞 形成の機 序の解明に は至って いない。
本研 究 では 、 よ ルヒ トADPKDに 近い 動 物 モデ ル とし てpkdlノ ック ア ウトES 細 胞 と正 常 マウ ス 由 来の8細 胞 期胚 を 用 いた集 合キメラ(pkdlノ ックアウ 卜キ メ ラ ) マ ウ ス を 作 製 し 、 嚢 胞 形 成 の 機 序 の 解 析 を 行 っ た 。 pkdlノッ クア ウトキメ ラマウス はE15.5より腎 嚢胞を認 めた。キメ ラ率の高 いマ ウスは浮 腫が著明で 胎生致死 であった が、キメ ラ率の低 いマウスは最長で 6ケ 月 以上 生 存する ことがで きた。マ ウスの毛 色からキメ ラ率を判 断すると 毛 色 が 判断 で きるよ うになる 生後7日以 降まで生 存したマウ スは全例 がキメラ 率 30%以下 と推定さ れた。生後 早期に死亡したマウスは腎臓が非常に大きくなり腸 管を 圧迫して 腹部が膨満 し、四肢 がやせ細 り、最終 的には栄 養障害で死亡する とい う経過を とった。
生後8日 目 のpkdlノック アウトキ メラマウ スにおい て、キメラ 率が低い マウ
ス の 腎 臓 は 嚢 胞 が 少 な く 、 正 常 実 質 が 多 く 残 っ て い る が 、 キ メ ラ 率 の 高 い マ ウ ス は 大 小 多 数 の 嚢 胞 を 認 め 、 正 常 実 質 は ほ と ん ど 残 っ て い な い 状 態 で あ っ た 。 病 理 組 織 像 で は 嚢 胞 周 囲 で は ほ と ん ど 線 維 化 は な く 、 正 常 組 織 が そ の ま ま 残 存 し て い た が 、 一 部 の 問 質 で 線 維 化 が 著 明 で あ っ た 。 嚢 胞 壁 は 単 層 で あ る が 、 一 部 微 小 ポ リ ー プ 様 の 過 形 成 を 起 こ し て い る 嚢 胞 上 皮 細 胞 を 認 め た 。 pkdlノ ッ ク ア ウ ト キ メ ラ マ ウ ス に お け るGFPの 発 現 解 析 に 置 い て はGFP遺 伝 子 をpkdl遺 伝 子 の エ ク ソ ン2に ノ ッ ク イ ン さ せ て い る た め 、pkdl遺 伝 子 の 発 現 す る 細 胞 でGFPが 陽 性 と な る 。 そ の た め 、GFPの 発 現 を 解 析 す る こ と に よ り pkdlノ ッ ク ア ウ ト キ メ ラ マ ウ ス の 尿 細 管 細 胞 の 由 来 を 同 定 す る こ と が 可 能 で あ る 。 嚢 胞 を 形 成 し て い る ほ と ん ど の 尿 細 管 上 皮 細 胞 でGFP陽 性 で あ っ た が 、GFP 陰 性 細 胞 を 含 む 嚢 胞 も 認 め ら れ 、 正 常 尿 細 管 上 皮 も 嚢 胞 形 成 に 関 わ っ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 ま た 、 一 つ の 尿 細 管 に お い て もGFP陽 性 細 胞 と 陰 性 細 胞 が 混 在 し て い う こ と か ら 、 一 つ の 尿 細 管 は 、 少 な く と も ニ つ 以 上 の 尿 細 管 前 駆 細 胞 か ら な る こ と も 示 唆 さ れ た 。 さ ら にGFP陽 性 細 胞 で も 嚢 胞 が 形 成 さ れ な い 尿 細 管 を 認 め る こ と か ら 、 嚢 胞 形 成 が 開 始 さ れ る た め に はpkdl遺 伝 子 の 欠 損 と と も に何らかのトリガーが必要であると考えられた。
以 上 か ら 本 論 文 に お い て 、pkdlノ ッ ク ア ウ ト キ メ ラ マ ウ ス の 腎 臓 は ヒ ト ADPKD患 者 に 非 常 に 似 た 経 過 を と りADPKDの 動 物 モ デ ル と し て 非 常 に 有 用 で あ る こ と 、 こ の マ ウ ス を 解 析 す る こ と で 新 た な 嚢 胞 形 成 の 機 序 を 解 明 し た こ と を 示 した。
質 疑応 答に おい ては 、副査古木教授から 、1)腎臓以外に嚢胞は形成 されたか、2) な ぜ正常細胞も嚢胞を形成しうるか、3)セカンドヒットの他のトリガーとは何が考えら れ るのか、についての質問があった。
次 いで 副査 野々 村教 授か ら、1)肝 臓、 膵臓 での 嚢胞 を形 成す る細 胞は 何か 、2) 今 回 で き た 肝 臓 、 膵 臓 の 嚢 胞 で はGFPが 陽 性 で あ っ た か、3) 脳動 脈流 の形 成と 嚢 胞 の形成は何か関係かあるのか、についての質問があった 。
次いで主査小池教授から、1)キメラマウスでは個々でキメラ率が違うがこれを克服 す る 方法 はあ るか 、2)今 後何を解析していくか、3)今後の展望についての質問があ っ た。
いずれの質問に対しても、申請者は概ね適切に回答した 。
本 論 文 に お け る 検 討 か ら 、 今 後 は 嚢 胞 形 成 機 序 の 更 な る 解 明 が 期 待 さ れ る 。 今 後ADPKDの 嚢 胞 形 成 機 序 、 病 態 を 解 明 す る 上 で 、 本 動 物 は 有 用 な モ デ ル 動 物 で あると考えられた。
審 査 委 員 一 同 は 、 こ れ ら の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 大 学 院 課 程 に お け る 研 鑽 や 取 得 単 位 な ど も 併 せ 申 請 者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 充 分 な 資 格 を 有 す る ものと判定した。