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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の真空紫外光 に誘起される化学反応と光脱離

松田, 晶平

https://doi.org/10.15017/1931950

出版情報:九州大学, 2017, 博士(理学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

博士論文

アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の 真空紫外光に誘起される化学反応と光脱離

九州大学大学院 総合理工学府 物質理工学専攻

平成 29 ( 2017 )年度

松田晶平

(3)

i 目次

1章 序論

1.1 星間分子雲と星間塵 ... 1

1.2 星間塵を覆う氷マントル ... 4

1.3 星間空間の紫外線場 ... 5

1.4 氷マントルにおける化学反応 ... 6

1.5 氷マントルにおける光脱離 ... 8

1.6 研究目的と論文の構成 ... 9

参考文献... 10

2章 測定原理および実験 2.1 赤外反射吸収分光法 ... 13

2.2 共鳴多光子イオン化法 ... 15

2.3 飛行時間型質量分析 ... 17

2.4 スペクトルシミュレーション ... 18

2.5 実験装置と方法 ... 19

2.6 氷試料作製方法 ... 22

参考文献... 23

3章 アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の真空紫外光に誘起される化学反応 3.1 研究背景 ... 24

3.1.1 赤外線天文観測スペクトルにおけるCO ... 24

3.1.2 模擬氷星間塵を用いたCO2生成に関する実験的研究 ... 25

3.2 実験 ... 26

3.3 結果と考察 ... 27

3.3.1 アモルファス氷と相互作用するCOの吸着状態 ... 27

3.3.2 昇温によるCO拡散 ... 28

3.3.3 CO伸縮振動による吸収のピーク分離 ... 30

3.3.4 真空紫外光照射による氷試料の組成変化 ... 35

3.3.5 CO2生成過程の検討 ... 38

3.3.6 真空紫外光照射中におけるCOの吸着状態ごとの変化 ... 41

3.3.7 COの吸着状態に依存してCO2生成効率が異なる要因 ... 45

3.3.8 副生成物とdangling OH ... 48

3.3.9 赤外線天文観測スペクトルの解釈 ... 53

3.4 結論 ... 54

(4)

ii

参考文献... 55

4章 アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の真空紫外光に誘起される光脱離 4.1 研究背景 ... 59

4.2 実験 ... 62

4.3 結果と考察 ... 63

4.3.1 氷と相互作用するCOの光脱離 ... 63

4.3.2 真空紫外光により誘起される化学反応の生成物の影響 ... 65

4.3.3 氷と相互作用するCOの光脱離機構 ... 71

4.3.4 真空紫外光照射と昇温によるCOの脱離 ... 81

4.4 結論 ... 90

参考文献... 91

5章 総括 93

謝辞 96

(5)

1 第 1 章 序論

表面で起こる現象は我々の身の回りにあふれている.表面科学はこういった表面で起 こる現象を対象とした研究分野である.歴史的にみれば,1910年代にLangmuirによっ て吸着の基礎理論が提唱され,超高真空技術が発展した1970年代から精密な研究が展 開されてきた.表面科学の研究領域は,触媒・電池・半導体・材料・ナノテクノロジー などの技術開発やオゾン層の破壊過程の解明といったように化学工業から環境科学ま で非常に多岐にわたっている.宇宙化学分野においては,化学進化が起こる場として氷 表面が重要な鍵を握っている.そのため,星間空間の氷表面で起こる様々な化学・物理 過程の理解が求められている.ここから,宇宙化学について概説し,本研究の意義につ いて述べる.

1.1 星間分子雲と星間塵

宇宙空間には地球をはじめとする恒星とその恒星間に漂う星間物質が存在している.

星間物質は1930年代から観測により調べられており,今までに180種類以上の分子が 確認されている[1,2].特に星間物質であるガスや固体微粒子が自己重力で束縛され高密 度で存在する領域は星間分子雲と呼ばれる.表 1-1 に星間空間の元素存在量比を示す

[3,4,5].表1-2には分子雲のガス存在量比を示す[3,6].気相成分の90%以上を水素・ヘ

リウムが占め,10~100 Kの低温状態にある[6].星間空間には宇宙線と呼ばれる超新星 や中性子星などエネルギーの高い天体によって加速された粒子や恒星の放射によって 生じる星間紫外線が飛び交っているため,星間分子雲の外側では分子はほとんど原子や イオンの状態になっている[7].しかし,星間紫外線や宇宙線は星間分子雲の表層で吸収 もしくは散乱されてしまうため,星間分子雲内部は分子が比較的安定に存在できる環境 である[7].星間分子雲内部はエネルギーが届きにくいため温度は低温になることから,

分子雲に存在する固体微粒子は炭素やケイ酸塩を核とし表面が氷で覆われた状態とな っている.これらの固体微粒子の大きさは0.1 mほどであり,星間塵氷マントルと呼 ばれる.図1-1に星間塵氷マントルの模式図を示す.星間物質の温度は106~10 K,密

度は10-4~108 atoms cm-3であり,より温度が低く密度が高い気相のことを星間分子雲と

呼ぶ[8].分子雲などの密度が高い雲は太陽や地球など星の形成の初期段階にあたる.分 子雲における分子進化は,主に活性化エネルギーが必要でない気相におけるイオン‐分 子反応によって進むと考えられていた.しかし,イオン‐分子反応では赤外観測によっ て確認されたH2O,CO2,H2CO,CH3OHなどの分子の生成を説明することはできてい ない.星間塵氷が関与する表面反応では,塵表面に反応熱の一部を氷に逃がすことがで きるため,気相反応では起こりえなかった反応が起こる.また,星間塵氷マントルは10 K程度の極低温であるため氷表面に多様な分子が吸着し,有機物生成に好都合な場とな っている.低温氷での表面化学反応は,宇宙に存在する星間分子雲中の星間塵や太陽系

(6)

2

内の天体での反応において重要な役割を果たしている.

星間分子雲で観測される分子に対して,気相反応を基にその存在を説明する研究が行 なわれてきた.これまでの研究からCOは気相反応で説明できるが,H2O,CO2,CH3OH などはその存在量を気相反応だけで説明できないため,氷表面の反応が重要になると考 えられている[9].宇宙での気相反応は分子同士の衝突頻度が小さいことに加え反応熱 を逃すことが困難なため進行しにくい.一方,星間分子雲中の氷星間塵は低温であり表 面に分子が吸着しやすく,また反応熱の一部を氷に逃がすことができるため表面反応は 進行しやすい.さらに,星間分子雲にはわずかに外部から透過した宇宙線や星間紫外線,

またそれらによって励起または解離した分子や原子が基底状態に戻るまたは再結合す る際に生じる真空紫外光が存在する[7].星間分子雲のうち,ガスや固体微粒子の密度が

大きい 10 K 程度の領域(dense cloud)と密度が比較的小さい 100 K 程度の領域(diffuse

cloud)に存在する真空紫外光(波長121 nmを中心に91-180 nmの領域)のFluxはそれぞれ

1.4 × 104 eV cm-2 s-1と9.6 × 108 eV cm-2 s-1と見積もられている[10].氷星間塵表面は宇宙 線や真空紫外光などにさらされており,宇宙において氷星間塵は分子の生成や分解の進 む重要な反応の場となっている[11].

図1-1 星間塵氷マントル

(7)

3

元素 比

H 1

He 1 × 10

-1

D 2 × 10

-5

C 2 × 10

-4

N 7 × 10

-5

O 5 × 10

-4

Mg 3 × 10

-5

Si 2 × 10

-5

S 1 × 10

-5

Ca 2 × 10

-6

Ti 7 × 10

-8

Cr 3 × 10

-7

Fe 3 × 10

-5

Ni 1 × 10

-6

表1-1 星間空間の元素存在量比(H原 子を1とした相対比).

化学種 比

H

2

1

CO 8 × 10

-5

O

2

< 3 × 10

-6

OH 3 × 10

-7

H

2

O < 7 × 10

-8

C

2

5 × 10

-8

CN 3 × 10

-8

CH 2 × 10

-8

C

4

H 2 × 10

-8

NH

3

2 × 10

-8

H

2

CO 2 × 10

-8

CS 1 × 10

-8

SO 5 × 10

-9

CH

3

OH 2 × 10

-9

HCOOH < 2 × 10

-10

表1-2 分子雲のガス存在量比(H2を1と した相対比).

(8)

4 1.2 星間塵を覆う氷マントル

星間分子雲の背後にある星または星間分子雲で生まれた星を光源として星間分子雲 で減光された赤外線を観測することにより星間分子雲の赤外スペクトルが得られる

[12].天文観測によって得られた分子雲の赤外スペクトルによると,分子雲にはCOと

H2Oをはじめとして,分子量の小さい分子が多数存在していることが分かる[5].分子雲 中に観測される固相分子の中でもCO と H2O は多くの分子雲で発見されており,CO / H2O 系の物理的,化学的役割を解明することは,氷粒子の役割を理解する上で役立つ [13].

星間塵氷マントルにおいてCOは二つの状態で存在することが分かっている.一つは N2や O2,CO2といった比較的存在量が少なく,相互作用の小さい分子が存在する環境 で分極した状態(極性を有する状態)として存在する場合,もう一つはH2OやCH3OH といったCOと水素結合を生成する極性状態で存在する場合である[14].後者はCO自 身が強い極性を持つというよりは,周囲に存在する分子の影響を受け極性を持っている といえる.

表1-3には赤外線天文観測によって得られる各分子雲の星間塵氷マントルにおける分 子の存在量を示す[15,16].微粒子の核は典型的にはケイ酸塩または炭素質コアから成る.

核を覆う氷は主にアモルファスのH2Oから成る.CO,CO2,NH3,CH4,H2CO,CH3OH などの分子が含まれている.星間塵は惑星の前駆物質と考えられるため[17,18,19],星間 塵氷マントルでの化学に関する研究は,太陽系の起源を理解する上で不可欠である.

分子 W33A NGC7538/IRS9 Elias29 Elias16

H2O 100 100 100 100

CO 8.1 17 5 25

CO2 13.2 23 19.7 24

H2CO 3.1 2.2 ― ―

CH3OH 17 4.3 < 15.6 < 2.9

CH4 1.5 1.5 < 1.6 ―

NH3 15 15 < 7.3 < 10

表1-3 各分子雲における星間塵氷マントル中の組成比(H2Oを100とした相対比).

(9)

5 1.3 星間空間の紫外線場

星間塵を覆う氷マントルは,その表面に分子や原子が蓄積したりそれらが揮発したり する間も絶えず紫外線にさらされている.分子雲のうち外側の領域では,温度10000~

30000 K の黒体放射に相当する大質量星からの紫外線が支配的となる[20].大質量星と

分子雲との距離に依存してその強度は変化する.分子雲の近傍に大質量星が存在しない 場合でも,星間放射(紫外線)場にさらされるため,紫外線の影響を受ける.大質量星 からの放射に比べ,星間放射のフラックスは小さく,星間放射場をモデル計算した結果 によると,91.2~205 nm領域の真空紫外光を積算したフラックスの値は2.67 × 10-3 erg cm-

2 s-1(~108 photons cm-2 s-1)であると見積られている[21,22].また,912 Åよりも短波長 の光子は,水素原子に吸収されるため,星間分子雲の内部には到達しない.星間分子雲 の内側の領域では,雲外からの紫外光が星間塵によって遮蔽されるため,星間塵上に氷 マントルが形成される.この氷星間塵には外部からの紫外線は遮蔽されているものの,

宇宙線が水素分子に作用することが要因となり,低強度の紫外線場にさらされる.この 真空紫外光のスペクトルはLyman-線と呼ばれる121.6 nmに強いピークをもち[23],ま た,フラックスは~104 photons cm-2 s-1と見積もられている[24].

氷星間塵は紫外光だけでなく,高エネルギー光子(特にX線),宇宙線(高エネルギ ー原子核),電子などにもさらされている.分子雲や原子惑星系円盤に存在する氷に関 する「化学」において,どの種類の電磁波が最も影響を及ぼすかは重要な問題である.

二次紫外光は一次宇宙線に比べて,一桁大きいエネルギーを与えるという報告がある [19].しかし,この計算では,宇宙線によって生み出される二次電子の影響を過小評価 しているという指摘もある[25].宇宙線による二次電子も,氷の光分解や氷マントルに 存在する分子の光解離を誘起する.そのため,氷の「化学」にとって紫外線と同様に重 要となる.おうし座T型星(Tタウリ型星)を囲む原始惑星系円盤では,恒星風によっ て宇宙線が遮蔽される[26].そのため,このような環境では,氷の化学を駆動する電磁 波としてX線が最も重要となる.X線は真空紫外光よりも円盤内部へ届く.

(10)

6 1.4 氷マントルにおける化学反応

星間分子雲は極度に低温(~ 10 K)な環境であるため,起こる反応も限定される.気 相では,発熱反応や活性化障壁をほとんどもたない反応が進行する.そのため,気相で は,ラジカル同士の反応やイオン分子反応が支配的になる[27,28].原子やイオンは宇宙 線によって生成される.高密度雲での重要な過程は,次の水素分子のイオン化である.

H2 + (cosmic ray) → H2+ + e- (1) さらに,水素分子との反応が起こる.

H2+ + H2 → H3+ + H (2)

生成したH3+は炭素原子や酸素原子と反応し,プロトン移動を通じ新たな気体分子を生 成する.

H3+ + C → CH+ + H2 (3)

H3+ + O → OH+ + H2 (4)

分子雲での化学進化を理解するための化学反応ネットワーク計算には,約 5000の起こ りうる反応が取り入れられている[29,30,31,32].これらのモデル計算では,観測された 分子をよく説明できている.一方で,気相反応だけでは存在量を再現できない化学種が あることが認識されている.この例として代表的なものが,分子雲で圧倒的な存在量を 占める水素分子である.次の反応により水素分子生成が起こるが,観測された存在量を 説明するに至っていない[33].

H + e- → H- + h    (5)

H- + H → H2 + e- (6)

星間物質の中で最も始原的な物質である一酸化炭素COは,気相反応でその存在量を説 明できる.例えば,次のようなイオン分子反応が挙げられる[34].

C+ + H → CH+ + h   (7)

CH+ + O → CO + H+ (8)

星間塵での化学・物理過程は,要因によって二つに大別される.一つは,紫外線やイオ ン・電子衝突によって外部からエネルギーを受ける過程である.他方は,外部からのエ

(11)

7

ネルギーを必要としない中性な原子・分子・ラジカルの表面反応である.低密度雲では,

氷マントルは強い紫外線の影響を受けるため,それによって様々な分子が生成される.

一方で,高密度雲の内部では,外部からの真空紫外光が到達できない.そのため,こう いった環境でも低温の表面反応が重要となる.

過去30年にわたってCO2, H2CO, CH3OHなどの分子が氷星間塵で豊富に存在するこ とが発見されてきた.これらの小さい有機物は複雑な有機物の前駆体として重要である.

また,観測された量を説明するためには氷星間塵での反応が鍵を握っている.多数の分 子雲の氷星間塵においてCOの存在量が多いことから,これらの分子はCOから生成さ れると考えるのが自然である.そのため,氷星間塵でのCOの反応やその生成物に関し てはとても注目されている.COを含んだ氷に紫外光照射やイオン衝突を引き起こすこ とで CO2が生成することが知られている.様々な化学種を含んだアモルファス氷への 紫外光照射[35,36,37]やイオン照射[38,39]の実験でも CO2 の生成が報告されている.

d’Hendecourt らは H2O/CO/CH4/NH3混合氷や H2O/CO/O2/CH4/NH3/N2混合氷などの多成 分系への紫外光照射によりCO2の生成率を報告している.素反応に関する知見は,10 K 付近で純CO氷試料[40,41]やH2O-COの二成分系で調べられている[42,43,44,45,46].こ れらの実験では光源として水素放電管が用いられているため,Lyman-に相当する121.6 nm の波長を主とし,真空紫外領域の多波長を有している.窓剤としてフッ化マグネシ ウム(MgF2)を用いているため,およそ115 nm 以下の波長は透過しない.そのため,

COの光解離波長の閾値が112 nmであることを考慮すると,COの解離は起こらない.

純CO 氷については,電子励起したCO*の反応によってCO2生成が起こると考えられ る[47].

CO* + CO → CO2 + C (9)

H2O-CO氷に関しては,H2Oの光解離が起因となる.H2Oの光解離により生成されるOH ラジカルとCOの反応によりCO2が生成される.

H2O + h → OH + H (10)

CO + OH → CO2 + H (11)

氷星間塵の成分であるH2COやCH3OHなどは塵表面においてCOから進化したと考 えられているため,COやH2Oは始原的な分子である.CH3OHはCOからの一連の水 素付加反応(反応(12)-(17))によって生成することがわかっている.

CO + H → HCO, (12)

HCO + H → CH2O, (13)

(12)

8

CH2O + H → CH3O, (14)

CH2O + H → CH2OH, (15)

CH3O + H → CH3OH, (16)

CH2OH + H → CH3OH. (17)

CO / H2O系の氷試料を調べることは宇宙での分子進化を理解する鍵を握っている[48].

1.5 氷マントルにおける光脱離

真空紫外光(Vacuum Ultraviolet; VUV)は,波長域が100~200 nmにある光である.200 nm より短波長の領域では地球大気中に存在する酸素分子の Schumann-Runge 帯やそれ に続く連続吸収帯による吸収があるため,大気中を透過できない.しかし酸素分子が存 在しない宇宙空間においては吸収されることはない.そのためLyman-線(121 nm)を始 めとする真空紫外光は透過することができる.そして真空紫外光は波長が短くエネルギ ーが高いために,氷星間塵において光脱離や光分解反応を引き起こす.波長157 nmで の吸収断面積については,CO氷はおよそ1.4×10-17 cm2 molecule-1,H2O氷は0.2×10-17 cm2 molecule-1の吸収断面積を有しており,CO氷はH2O氷の7倍である[49].H2O氷は 157 nmを吸収してH とOHに光分解する[50].CO氷も 157 nmの光を吸収し A1 ← X1+遷移を起こす.電子励起状態A1のポテンシャルカーブは結合性であるため,光分 解は起こさず,一部は光脱離する[51].また,COは分子雲中に気体としても存在してお り,H2の次に多く存在することから宇宙環境の密度や温度のトレーサーとして利用さ れており,宇宙化学において重要な化学種である.CO は 10 K 程度では昇華しないた め,氷マントルに凝縮していると考えられる.しかし,観測結果によれば,このような 低温領域においても気相COが存在する[52,53,54].星間塵氷マントルは,外部から紫外 線にさらされている.そのため,紫外線が存在する場では,観測される気相COの生成 機構として,固体COの光脱離が提案されている[55].以上のように,星間塵氷マント ルに存在する化学種の光脱離による気相への放出は,分子雲領域における固相・気相間 の物質循環において重要である.

(13)

9 1.6 研究目的と論文の構成

星間に存在する分子雲はガスと固体微粒子(星間塵)で構成されており,これまでに 約200種類の星間分子が発見されている.これらの起源を理解するために,原子や簡単 な分子から複雑な分子が生成する過程である分子進化の解明が求められている.星間塵 氷マントルの主要な成分の多くは,その生成に表面反応が必要とされている.また,星 間塵は宇宙線や真空紫外光などにさらされており,これらが化学反応を誘起する.この ように星間塵氷表面での化学反応は,分子進化において重要な役割を果たしている.一 酸化炭素(CO)は存在量が多く,有機物などの複雑な分子の前駆体となる始原的な物 質であるため,COを含む模擬星間塵氷マントルを対象とした化学反応の研究が行われ ている.COは水分子と相互作用して主に2つの吸着状態をとることが知られているが,

観測により一方の吸着状態が優先的に存在していると報告されている.紫外光照射によ ってCOから二酸化炭素(CO2)が生成することがわかっている.特定の吸着状態のCO から優先的なCO2生成が起これば,観測結果を説明できる手がかりが得られる.そこで 本研究では,COの吸着状態がCO2生成に与える影響を明らかにすることを一つの目的 とした.

COは10 K程度では昇華しないため,氷マントルに存在していると考えられる.しか し熱脱離が起こらないと予想される分子雲の低温領域(<20 K)においても気相COが 観測されている.この起源の候補の一つとして,真空紫外光に誘起される非熱的な光脱 離が考えられている.光脱離は低温領域における分子の気相の存在を理解するうえで重 要な過程である.そこでアモルファス氷に直接吸着したCOの光脱離の可能性とその機 構を明らかにすることをもう一つの目的とした.

本論文は全5章で構成される.第1章では,本研究の背景について,宇宙化学の観点 から概説した.また,本研究の意義と目的,本論文の構成について述べた.第2章では,

本研究に用いた測定原理および実験装置と手法について説明した.第3章では,COの 吸着状態がCO2生成に与える影響の解明について記した.第4章では,これまで光脱離 が起こらないと考えられてきたアモルファス氷に直接相互作用する CO の真空紫外光 脱離に関する研究について述べた.第5章では,以上の内容を総括した.

(14)

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(17)

13 第 2 章 測定原理および実験

2.1 赤外反射吸収分光法

赤外光は,電子遷移よりもエネルギーの小さい,分子振動に基づき吸収される.分子 の振動状態を変化させるのに必要なエネルギーは物質や構造によって異なるため,物質 に吸収された赤外光を測定することで,物質の構造や状態に関する情報を得ることがで きる.このような手法が赤外分光法である.測定方法には赤外の透過を測定する場合と 反射を測定する場合の2種類がある.金属表面における分子の構造を調べる際,金属は 赤外線を透過しないため赤外吸収スペクトルの代わりに反射法で測定を行う必要があ る.本研究では冷却した白金基板に氷試料を作製した.白金基板は赤外光を透過しない ため,赤外反射吸収分光法を用いた.金属表面上の薄膜に対する正反射法の感度は入射 面に平行な偏光を大きい入射角で金属に入射させると著しく向上することが知られて おり,この方法は高感度反射測定法または反射吸収法(Reflection Absorption Infrared

Spectroscopy; RAIRS)と呼ばれる[1,2].図2-1のように金属表面に直線偏光が入射したと

きの振る舞いについて考える.金属面への入射光と金属面上の光の入射点に立てた法線 Nにより形成される面を入射面と呼ぶ.その面内で振動する波を平行偏光(P 波),面に 垂直な方向に振動する波を垂直偏光(S 波)と呼ぶ.垂直偏光の場合は入射光と反射光の 電気ベクトルが相殺し合い,金属表面に定常波はほとんど形成されない.一方,平行偏 光の場合は入射光と反射光の電気ベクトルが金属面で強め合い,金属表面に垂直な定常 振動電場を形成する.この定常波の大きさは,金属面への光の入射角が大きくなるにつ れ大きくなり,90°に近いとき最大値をとる.入射角度を大きくすることで同じ厚さの 試料でも透過する距離が長くなり,基板表面の薄い試料でも測定が可能になる.

図2-1 金属表面での偏光の反射.(a)垂直偏光,(b)平行偏光.

(a) 面法線

金属基板

垂直偏光

(b) 面法線

金属基板

平行偏光

(18)

14

薄膜が吸着した金属表面に平行偏光が入射すると,薄膜の成分分子に金属表面の定常波 が作用し,光が吸収される.このとき薄膜の吸収が現れるスペクトル域での反射率の変 化は近似的に次式(1)で表される[1].

d n

n R

R  

 cos sin Δ 4

3 2

3 2 1 0

(1)

ここでR:薄膜存在による反射率の変化量,R0:薄膜の存在しないときの反射率,n1, n2: 媒質(大気等),薄膜の屈折率,:光の入射角,:薄膜の吸収係数,d:薄膜の 厚みである.(1)式から,反射スペクトルの感度は入射角の増加に伴い無限に増加すると 考えられる.最大感度を与える入射角は,金属の種類や入射光の波数によって変化する が,反射率の低い金属を除いて 85~89°の範囲にあり,高反射率の金属ほど大きくな る[1].

次に測定して得られた赤外反射吸収スペクトルから,柱密度を見積る方法を述べる.

柱密度を見積る際には,Lambert-Beerの法則から導かれる次の式(2)を用いた[3,4].

(2)

ここでNi:測定対象化学種iの柱密度(molecules cm-2),:赤外光の金属基板に対する入 射角度,Ai:i の各振動モードに対応する吸光係数,∫A()d:赤外反射吸収スペクトル 上のピークの吸光度積分値である.また,多くの金属や氷表面上でも~1×1015 molecules

cm-2 = ~1 MLに相当するため,この値を用いて吸着量を分子層(Monolayer; ML)に換算し

た.分子層とは,金属基板などの清浄な平面に分子を均一に敷き詰めた場合,形成され る層の数を示した量である.本研究では多孔質なアモルファス氷上に分子を蒸着させる 場合でも「分子層」で示す場合ある.このような場合,「分子層」という言葉は,厳密 な意味での層の数ではなく,分子層換算した場合にはどの程度になるかという指標とし て用いた.

i

i A

d A N cos

()

2 10 ln

(19)

15 2.2 共鳴多光子イオン化法

光イオン化とは,入射光子によって分子などから電子が放出される物理過程である.

特に光子密度の高いレーザーを用いることで,複数の光子を吸収する多光子イオン化を 起こすことができる.しかし,多光子イオン化では複数の光子を同時に関与させる必要 があるため,イオン化確率が低くなる.これを解決する手法として共鳴多光子イオン化 (Resonance-Enhanced Multiphoton Ionization; REMPI)法がある[5].REMPI法は検出したい 物質の準位間の共鳴遷移を利用して段階的な多光子吸収によりイオン化する方法であ る.図 2-2 はその原理を表したものである.第一電子励起状態 S1への遷移エネルギー

E1>E2の場合を示した.

第一励起状態 S1 に共鳴する波長で,イオン信号が急激に増加する.ここで最も簡単 な例として,第一励起状態S1を経由し 2光子でイオン化する一波長二光子イオン化の 場合について考える.基底状態の分子数をN0,レーザー光の波長を,光子密度をP() とする.また第一励起状態への吸収断面積を1(),第一励起状態のイオン化断面積を

2()とする.二光子共鳴イオン化で生成するイオンの強度 I は次の式(3)のように表せ

る[5].

) ( ) ( )

( 2 2

1

0    P

N

I  (3)

一般に,第一励起状態への共鳴多光子遷移に n 光子,イオン化に m光子を要する場

(a)

e

S

0

S

1

h

イオン化 ポテンシャル

(b)

e

S

0

h

h

E

2

E

1

図2-2 光イオン化の原理.(a)1光子イオン化,(b)2光子共鳴イオン化.

(20)

16

合,(n+m)REMPIと表す.上記の二光子共鳴イオン化は1光子で第一励起状態に励起し 次の1光子でイオン化する(1+1)REMPIである.図2-3には本研究で用いる(2+1)REMPI 法の原理を示した.まずAが2光子を吸収し,Aの共鳴準位まで励起される.共鳴準位 まで励起されたAが更に1光子吸収することでイオン化ポテンシャルを越えAは電子 を放出しA+とe-に解離する.

共鳴多光子イオン化法では基底状態でも異なる内部状態(振動状態や回転状態)であ れば,共鳴準位への励起に必要なエネルギーがわずかに異なることを利用し,イオン化 に用いる波長を変えることで異なる内部状態にある A を高い選択性をもって検出でき る.本研究ではCOのB1+X1+遷移を利用した(2+1)REMPIによってCOをCO+にイ オン化した[6].

図2-3 (2+1)REMPIの概念.

共鳴準位

イオン化 ポテンシャル

e

-

h

h

基底状態 A

+

A

h

(21)

17 2.3 飛行時間型質量分析

氷試料から光脱離した後イオン化された CO を飛行時間型質量分析計で測定した.

COの飛行時間スペクトルは基板からイオン化点までの飛行時間を横軸に,得られたCO の信号強度を縦軸にとった.COの飛行時間は光分解用パルスレーザーとイオン化用色 素パルスレーザーの照射時間差に対応する.本研究では二つのレーザー光の照射時間差 を典型的に,50 ns幅で20 µsまであるいは40 µsまで掃引して測定した.また一つの測 定点につきレーザー光は通常で10回照射し,10回分の信号を積算して平均値を測定結 果として得た.

得られた飛行時間スペクトルは複数のMaxwell-Boltzmann分布を仮定してフィッティ ングした.フィッティングに用いた式は並進温度T,飛行時間t,係数a,基板からイオ ン化点までの距離rを用いて以下のように表せる.

S (ai,t,T1,T2,T3) = a1SMB (t,T1) + a2SMB (t,T2) + a3SMB (t,T3) (4)

S (t, r) = r3t-4 exp[-mr2/(2kBTtranst2)] (5)

PMB (Et, Ttrans) = (kBTtrans)-2Et exp[-Et/(kBTtrans)] (6)

式(4)は 3 つの異なる平均並進温度成分を持つ Maxwell-Boltzmann 分布の和の形で表さ れているが,2つでも同様に表現できる.平均並進エネルギーは〈Et〉= 2kBTtransで表さ れ,kBはボルツマン定数である.Maxwell-Boltzmann分布の表現,エネルギー分布と飛 行時間分布の変換はZimmermanとHo の論文を参考にした[7].並進速度の速い COほ どイオン化できる領域(イオン化点)に存在する時間が短くなるためイオン化効率が悪 くなる.そのため,これらの式には CO の並進速度による補正項が入っている.また,

基板の大きさは基板中心からイオン化点までの距離に比べて大きい.そのため基板から イオン化点までのCOの飛行距離及びイオン化点をCOが通過する確率はCOが基板の どの位置から脱離したかにより大きく変わる.そこで,得られた飛行時間スペクトルは 同心円状に10分割した基板を仮定して,各位置から脱離したCOの飛行時間スペクト ルの和として得られると仮定してフィッティングした.

一般に構成粒子のエネルギー分布がMaxwell-Boltzmann分布に従うとき熱平衡状態で ある.しかし,これまでに固体表面からの光脱離フラグメントの飛行時間スペクトルが 基板温度と熱平衡状態になくても M-B 分布でフィッティングできる例があり ,

Zimmerman と Ho は電子遷移により誘起される脱離モデルを用いることで熱平衡状態

でなくても擬似的にMaxwell-Boltzmann分布で表現できることを報告している[8].この 脱離モデルでは,まず金属基板に吸着した粒子が電子遷移により基底状態から励起状態 に上がる.励起状態のポテンシャル面は基底状態とは異なるため,粒子は基板から斥力

(22)

18

を受け粒子は脱離する.これは Menzel-Gomer-Redhead 機構と呼ばれている.今回測定 するCOの光脱離過程は彼らの考えるモデルとは異なるため,Maxwell-Boltzmann分布 が適用できるかについて彼らの報告からでは分からない.しかし,氷試料から脱離した フラグメントの飛行時間スペクトルをMaxwell-Boltzmann分布を仮定してフィッティン グしている報告例がある[9,10].そこで今回,光脱離した CO が基板温度より高いエネ ルギーを持っている場合であっても,CO の飛行時間スペクトルのフィッティングは

Maxwell-Boltzmann分布を仮定して行い解析に利用した.

2.4 スペクトルシミュレーション

振動回転スペクトルを再現し回転温度を求め,計測したスペクトルがCOであるかを 確認するために,スペクトルシミュレーション”PGOPHER”を使用した[11].PGOPHER

はUniversity of Bristolのレーザーグループによって作製された,回転,振動,電子スペ

クトルをシミュレーションするためのアプリケーションソフトウェアである.孤立電子 やスピンの影響を考慮し直線型分子や対称,非対称分子を扱うことができる.さらに,

ラマン,多光子,禁制遷移など多くの遷移や複数の種類や状態も取り扱うことも可能で ある.数値データや画像データを取り込むことで,実験結果に対するフィッティングを 行うことができる.CO が非対称分子であることを考慮し,振動状態=0, 1 の CO の

REMPIスペクトルのシミュレーションに用いた.

(23)

19 2.5 実験装置と方法

本研究に関する実験は,超高真空チャンバー内で行った.実験装置図を図2-4と図2-5 に示す.超高真空チャンバーの水平方向の断面図と鉛直方向の断面図をそれぞれ示した.

超高真空チャンバーはロータリーポンプ(ALCATEL, PASCAL 2005I)と排気速度50 L s-1のターボ分子ポンプ(三菱重工, PT-50)及び排気速度 810 L s-1のターボ分子ポンプ

(三菱重工, FT-800W-A3-N1(ICF203))に接続され,これらを用いて排気することで,チ ャンバー内圧の典型的なベース圧力として~1 × 10-7 Pa を達成した.超高真空チャンバ ー内の圧力は,1.0 × 10-2 -1.3 × 104 Pa の範囲をデジタルピラニ真空センサーシステム

(MKS, 945(コントローラ), 345(センサ))で,1.3 × 10-8 -1.3 Paの範囲をデジタルコール ドカソード真空センサーシステム(MKS Instruments, 943(コントローラ), 423(センサ))

により計測した.これらの圧力計は,基板からおおよそ50 cm後方に取り付けた.超高 真空チャンバー上部には,コールドヘッドを備え付けた.超高真空チャンバーとコール ドヘッドの間には,X-Y-Zステージを介した.コールドヘッドの先端には銅製のサンプ ルホルダーを取り付け,サンプルホルダーの前面には直径12 mmの白金基板Pt(111)を 取り付けた.この白金基板上に氷試料を作製した.また,ヘリウム冷凍器によりサンプ ルホルダーを冷やすことで,基板温度を8 Kまで冷却可能とした.基板温度を調節する ため,ホルダーの背面にはセラミックヒーターを備え付けた.基板温度は,温度コント ローラ(Scientific Instrument, 9700)を用いたPID制御により,8 Kから室温(~298 K)

までの間を任意の温度に調整した.超高真空チャンバー内での白金基板の位置は,上述

したX-Y-Zステージを用いて微調整した.また,チャンバー内でイオンの飛行時間を測

定するため,基板の正面にイオン検出器(チャンネルトロン)を取り付けた.

図2-4 実験装置図(光脱離の測定に関する機器)

(24)

20

冷却した白金基板にH2Oを蒸着し,氷薄膜を作製した.続いてCOを蒸着することで 2成分の層状氷を作製した.作製した氷の構造はフーリエ変換型の赤外反射吸収分光計

(BRUKER Optics, Vertex70)を用いて測定を行い毎回確認した.測定に使う赤外光はチ ャンバーに取り付けた窓から白金基板表面に入射角 80°で入射させ,基板で反射した 光をチャンバーに取り付けた窓からMCT検出器で検出した.赤外光の透過する窓の材 質はいずれもZnSeである.赤外反射吸収スペクトルの分解能を0.5-4 cm-1で,積算回数

を50-1024回で適宜設定し測定した.後述するデータにおいて特に断りがなければ,典

型的に分解能は1 cm-1,積算回数は1024回で測定した.

白金基板上の氷薄膜に157 nm光を発振するF2エキシマレーザーを10 Hzで基板に対

して45°の入射角度で照射し,氷からCOを光脱離させた.レーザー光は真空チャンバ

ーに取り付けられた窓から照射した.157 nm 光の酸素分子による吸収を防ぐため,エ キシマレーザー照射口から真空チャンバーの窓までの光路を窒素パージした.エキシマ レーザーが透過する窓の材質はLiFである.エキシマレーザーを照射するとエキシマレ ーザーの散乱光がイオン検出器(チャンネルトロン)に入るため,散乱光に由来する信号 がオシロスコープで確認できる.この信号を基にパージする窒素ガスの流量を調整し,

オシロスコープで300 mVになるように調整した.

続いて,脱離したCO分子をNd: YAG励起色素レーザー(LAMBDA PHYSIK, Scanmate)

図2-5 実験装置図(赤外反射吸収分光計測に関する機器)

(25)

21

光を用いた(2+1)共鳴多光子イオン化によってCO+(B1+X1+)とした.Nd: YAGレー ザーの基本波1064 nmを非線形光学結晶により第二高調波である532 nmに,1064 nm

と532 nmの和である第三高調波355 nmに変換される.この355 nmの光を色素の励起

光として用いた.色素は460 nmの光を発するLC4700(LAMBDA PHYSIK)を用いた.用 いた色素の濃度はオシレーター部分が0.30 g L-1,アンプ部分が0.10 g L-1になるように それぞれ調整した.また,色素の寿命を延ばす1, 4 - Diazabicyclo [2. 2. 2.] octaneを1 g L-1の濃度でそれぞれ加えた.Nd:YAG 色素励起レーザーのオシレーター部分とアンプ 部分にそれぞれ200 mLと800 mLの色素溶液を循環させながら実験で用いた.発振し

た460 nm光はベータバリウムボライト(BBO; β-BaB2O4)結晶を通して倍波である230

nmに変換した.BBO結晶は角度許容幅が小さく波長ごとの角度調整が必要になるため 結晶は波長に合わせて回転できるようにした.複数の波長で測定を行う場合には,前も って波長ごとのBBO結晶回転角度を設定した.BBO結晶を出た230 nm光は石英製の ハーフミラーを通して二つに分けられた.片方は石英製のチャンバーの窓からチャンバ ーに入れイオン化用の光として用い,もう一方はフォトダイオードに入れレーザー光の 強度測定に用いた.REMPI 光はチャンバー入口に取り付けた集光レンズを用いて基板 付近で集光させた.基板の中心からイオン化点(集光位置)までの距離は3 mmに設定し て実験を行った.強度の調整はNd:YAG励起色素レーザーのアンプへの励起光の一部を アルミ製の金属板で遮ることで調整した.

(26)

22 2.6 氷試料作製方法

実験で使う氷薄膜は蒸留水を冷却した基板に蒸着させて作製した.使用する蒸留水は 溶存ガスを取り除くため,凍結脱気を行った.凍結脱気とは蒸留水を冷却し氷結晶が生 成する過程で,溶存ガスを気相へ放出させることである.まずガラス製のサンプル管に

蒸留水を5-10 mL入れた.デュワー瓶に入れた液体窒素でガラス管をゆっくり冷却し蒸

留水を凍結させた.一回の凍結過程は15分程度である.凍結の際蒸留水から発生した ガスは凍結後簡易真空ライン(1×10-1 Torr程度)に接続し1-2分程度放置することで取り 除いた.その後氷をヒートガンで溶かした.この過程を凍結時に気泡が出なくなるまで 何サイクルか繰り返した.

凍結脱気した H2O 入りのガラス管をチャンバーに繋がる真空ラインに接続した.真 空ラインに H2O を貯め,パルスバルブ又はリークバルブを用いてチャンバー内に導入 し,冷却した基板に蒸着した.パルスバルブには出口にシールドが取り付けられており,

導入した H2O をチャンバー内である程度拡散させてから基板に蒸着させることができ る.また,リークバルブは出口にシールドが取り付けておらず,直接基板に導入したH2O を蒸着することができる.蒸着時の背圧は20-30 Torr程度にした.H2O導入の際,パル スバルブはパルス幅を200-300 µsで調整し,またリークバルブは手動で流量を微調整す ることでチャンバー内の圧力が一定になるようにした.H2Oの氷薄膜はアモルファス氷

(ASW)と多結晶氷(PCI)の二種類を作製した.ASWは8 Kに冷却した白金基板にH2Oを

パルスバルブで1時間蒸着させるか,リークバルブで20-30分蒸着させることで作製し た.この際,チャンバー内部の圧力は10-5 Paで維持されるようにした.PCIは基板温度

を142 Kにして同様の圧力と蒸着時間で氷を作製した後,153 Kに昇温し 30分から1

時間程度アニールした後8 Kまで冷却することで作製した.ASW,PCI共に赤外反射吸 収分光法を用いて作製した氷の構造を確認してから実験を行った.

続いてH2O氷の上に蒸着するCOについて説明する.実験ではCOボンベ(>99.95%)

から体積5 Lのガラス製容器に1.5 気圧程度詰めたものを用意した.凍結脱気したH2O 入りのガラス管と同様に,CO入りのガラス製容器をチャンバーに繋がる真空ラインに 接続した.真空ラインにCOを貯め,パルスバルブを用いてチャンバー内に導入し,冷 却した基板に蒸着した.蒸着時の背圧は30 Torr程度にした.CO導入の際,パルスバル ブはパルス幅を200-300 µsで調整し,チャンバー内の圧力が一定になるようにした.チ ャンバー内部の圧力はCO蒸着前の圧力2.3×10-7 Pa程度で維持されるようにした.

(27)

23 参考文献

[1] 田隅三生[編著], FT-IRの基礎と実際 第2版, 東京化学同人, 1994.

[2] 長谷川健; 日本分光学会[編], 分光測定入門シリーズ第6巻 赤外・ラマン分光

法, 講談社, 2009.

[3] Bennett, C. J.; Jamieson, C.; Mebel, A. M.; Kaiser, R. I. Untangling the formation of the cyclic carbon trioxide isomer in low temperature carbon dioxide ices. Phys. Chem.

Chem. Phys. 2004, 6, 735-746.

[4] Watanabe, N.; Kouchi, A. Ice surface reactions: A key to chemical evolution in space.

Prog. Surf. Sci. 2008, 83, 439–489.

[5] 西澤潔; 日本分光学会[編], 分光測定入門シリーズ第5巻 可視・紫外分

光法, 講談社, 2009.

[6] Wurm, S.; Feulner, P.; Menzel, D. Resonance–enhanced multiphoton ionization spectroscopy of X 1+ and a 3 carbon monoxide using electron stimulated desorption as a source for rovibronically excited species. J. Chem. Phys. 1996, 105, 6673-6687.

[7] Zimmermann, F. M.; Ho, W. State resolved studies of photochemical dynamics at surfaces. Surf. Sci. Rep. 1995, 22, 127-247.

[8] Zimmermann, F. M.; Ho, W. Velocity distributions of photochemically desorbed molecules. J. Chem. Phys., 1994, 100, 7700-7706.

[9] Hama, T.; Yabuishita, A.; Yokoyama, M; Kawasaki, M.; Andersson, S. Desorption of hydroxyl radicals in the vacuum ultraviolet photolysis of amorphous solid water at 90 K. J. Chem. Phys. 2009, 131, 054508.

[10] DeSimone, A. J.; Orlando, T. M. O(3PJ) formation and desorption by 157-nm photoirradiation of amorphous solid water. J. Chem. Phys. 2014, 140, 094702.

[11] Western, C. M. PGOPHER, a Program for Simulating Rotational, Vibrational and Electronic Spectra, University of Bristol, http://pgopher.chm.bris.ac.uk.

(28)

24

3 章 アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の真空紫外光に誘起される 化学反応

3.1 研究背景

星間空間における原子・分子の存在量を第1章で述べた.星間塵を覆う氷マントルに は,水(H2O)や一酸化炭素(CO)が比較的多く確認されているが,これに加えて,二 酸化炭素(CO2)も多くの分子雲で比較的高い存在量を示すことが赤外線天体観測によ って確認されている[1].2003 年に米国が打ち上げたスピッツァー宇宙望遠鏡を用いた 観測では,固体CO2の約2/3 は水が豊富な場,つまり氷マントルにおいてH2Oと共在 すると報告されている[2].この CO2 の高い存在比は,気相反応だけでは説明できない ことが化学反応モデル計算により指摘されており,氷マントル固体表面での反応が必要 であることが広く受け入れられている.

3.1.1 赤外線天文観測スペクトルにおけるCO

一酸化炭素は種々の分子雲で存在量が比較的多いだけでなく,始原的な分子の一つで あるため,氷星間塵を模した擬似氷星間塵を用いた室内実験で,(化学反応や気相固相 間の輸送をモデル化するため)脱離及び光脱離・分光学的特性が調べられてきた.アモ ルファス氷表面での CO の吸着状態には 2 種類存在することが報告されている.それ は,アモルファス氷を構成するバルクのH2O分子と同様に4配位した表面のH2Oだけ と相互作用する状態と,ASW表面から突き出したOH基:dangling OH(2, 3配位のH2O)

と相互作用する状態である[3].実験室での模擬氷星間塵を対象とした赤外スペクトル 測定ではこれら2つの状態のCO伸縮振動に由来する吸収ピーク(順に2139, 2152 cm-

1)が確認されるが,天文観測赤外スペクトル(観測天文学における観測結果)では,後

者のdangling OHと相互作用するCOの吸収ピークである 2152 cm-1の吸収が観測され

ないという報告がある[4,5].これについては,CO2やCH3OHの混合による影響で2152 cm-1の吸収ピークが確認できなくなるからであるという説明がされている[6].この2152 cm-1の吸収バンドが観測されない原因として大きく分けて 2 つの事項がこれまで考え られてきた.まず,この波数領域において観測機器の波数分解能やS/N比が計測するに 十分でないという指摘である[7,8].次に他の化学種の吸収に阻害され,吸収ピークが判 別不能になることである.例えば2165 cm-1付近のCN伸縮振動,気相COによる干渉,

2152 cm-1付近のH2の輝線(Pfund-)である[9].これらの説明ではCOとH2Oは共存 しないということになる.しかしながら,多くの分子雲でH2Oは観測されているため,

他の原因も考えられる.

(29)

25

3.1.2 模擬氷星間塵を用いたCO2生成に関する実験的研究

これまでの先行研究により,COを含んだ氷に紫外光やイオンを照射することでCO2

が生成することが明らかになっている.様々な化学種を含んだアモルファス氷への紫外 光照射[10,11,12]やイオン照射[13,14]の実験でも CO2の生成が報告されている.歴史的 にみれば,アミノ酸生成の解明を目的としてd’HendecourtらはH2O/CO/CH4/NH3混合氷

やH2O/CO/O2/CH4/NH3/N2混合氷などの多成分系への紫外光照射の実験が行われた.こ

の研究ではCO2の生成率が報告されている.2000 年代には,素過程(素反応)に関す る知見を得ることを目的とし,単純化した氷試料の研究が行われた.10 K付近で純CO 氷試料[15, 16]やH2O-COの二成分系で調べられている[17,18,19,20,21].純CO氷につい ては,電子励起したCO*の反応によって起こると考えられる[22].

CO* + CO → CO2 + C (1)

H2O-CO氷に関しては,H2Oの光解離が起因となる.H2Oの光解離により生成されるOH ラジカルとCOの反応によりCO2が生成される.

H2O + h → OH + H (2)

CO + OH → CO2 + H (3)

これらは宇宙化学の理解に質するためにおこなわれた CO2 生成に関する代表的な研究 例である.歴史的にみれば,当初は様々な物質から成る氷試料を用い,複雑な有機物質 の合成経路に焦点が当てられていた.徐々に素過程が注目されるようになり,二成分系 の実験が取り組まれた.天文観測赤外スペクトルに特定の吸収が確認されておらず,CO 吸着状態に依存する素過程が影響している可能性がある.しかしながら,これまでCO の吸着状態に着目した素過程の研究例はない.そのため,本研究では,真空紫外光照射 によるCOの吸着状態に依存する素過程を明らかにする.

(30)

26

3.2 実験

実験は圧力~1 × 10-7 Pa まで真空引きした超高真空チャンバー内で行った.チャンバ ー中心部に備え付けた白金基板をヘリウム冷凍機により8 Kまで冷却した.冷却した基 板上にH2Oを蒸着させ,次いでCOを蒸着させ,CO/ASW氷を作製した.VUV照射に

は157 nmのエキシマレーザーを用い,10 Hzでパルス発振させた.VUV照射前と後の

CO/ASW氷の赤外反射吸収スペクトルを測定した.得られたスペクトルのCOの2つの

吸収ピークに対して Gauss 関数によるフィッティングを行って積分面積を算出し,既 報の吸収係数から照射時間ごとの柱密度を見積もった.

図 2-4  実験装置図(光脱離の測定に関する機器)
図 2-5  実験装置図(赤外反射吸収分光計測に関する機器)
図 3-26  真空紫外光照射中における dangling OH 吸収ピーク積分面積変化
図 3-27  真空紫外光照射中における dangling  OH 吸収ピーク積分面積変化
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参照

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