第 3 章 アモルファス氷に吸着した一酸化炭素の真空紫外光に誘起される化学反応
3.3 結果と考察
3.3.3 CO 伸縮振動による吸収のピーク分離
COの吸着状態ごとの素過程を調べるためには,赤外反射吸収スペクトルに現れるCO 由来の吸収ピークを吸着状態ごとに解析しなければならない.しかしながら,図3-3の ようにCOの吸収ピークは重複しているため,これをピーク分離する必要がある.そこ で,本研究ではGauss関数を用いてCOの吸着状態ごとに吸収ピークを分離した.図3-1 を見れば明らかなように,COの吸収ピークが現れる2100-2200 cm-1の波数領域は,H2O のOH変角振動(OH)と束縛回転振動(L)の結合音(OH + L)のブロードな吸収と 重複する.そのため,まず,赤外反射吸収スペクトル上でCOの吸収がない2200-2170
cm-1と2120-2190 cm-1の波数領域の実測したスペクトルデータポイントに対し,線形近
似を行い,データポイントから得られた回帰直線を減算することでベースライン処理を 試みた.その結果の例を図3-4と図3-5に示す.8 Kでアモルファス氷にCO 2.5 Lを蒸 着させた氷試料の赤外反射吸収スペクトルに対しベースライン処理を施した図 3-4 で は,2139 cm-1付近と2152 cm-1付近のCOによる吸収ピークを除いた領域がゼロ点と一 致することから,適切にベースライン処理が行えた.しかし,8 Kでアモルファス氷に
CO 2.9 Lを蒸着させ,拡散のため32 Kに昇温し,その後8 Kまで降温した氷試料の赤
外反射吸収スペクトルに対してベースライン処理を施した図3-5では,特に2100-2130 cm-1付近においてスペクトルデータポイントが歪んだ.そこで,ベースライン処理の手 法を変更した.COによる吸収のない8点(2090, 2100, 2110, 2120, 2170, 2180, 2190, 2200
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Experimental data
Absorbance
Wavenumber / cm-1
図3-4 アモルファス氷に8 K で1 ML のCOを蒸着させた氷試料の赤外反射吸 収スペクトルに対し,線形近似によるベ ースライン減算処理をしたスペクトル.
視認性を高めるため,ゼロ点を水色の実 線で図示.
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Experimental data
Absorbance
Wavenumber / cm-1
図3-5 アモルファス氷に8 Kで1.1 MLの COを蒸着させ,一度32 Kへ昇温した後に 8 K で測定した氷試料の赤外反射吸収スペ クトルに対し,線形近似によるベースライ ン減算処理をしたスペクトル.視認性を高 めるため,ゼロ点を水色の実線で図示.
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cm-1)を通るように区分的3次多項式を用いたフィッティングを行い,ベースラインを 減算することで,上述したH2Oによる吸収の影響を取り除いた.8 Kでアモルファス氷
にCO 2.5 Lを蒸着させた氷試料の赤外反射吸収スペクトルに対して多項式を用いたベ
ースライン処理した結果を図3-6に示す.また,8 Kでアモルファス氷にCO 2.9 Lを蒸 着させ,拡散のため32 Kに昇温し,その後8 Kまで降温した氷試料の赤外反射吸収ス ペクトルに対して多項式を用いたベースライン処理を行った結果を図3-7に示す.前者 については,回帰直線によるベースライン処理と同様にゼロ点を再現できており,適切 に処理できたといえる.後者については,回帰直線によるベースライン処理の結果で確 認された歪みが大きく改善され,COによる吸収がない領域がゼロ点と一致するように なった.そのため,ベースライン処理方法として,多項式を用いたこの方法を採用した.
上述のようにベースライン処理を行った赤外反射吸収スペクトルに対して,式(4), (5)
のGauss関数を用いてフィッティングを行った.
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Absorbance
Wavenumber / cm-1 Experimental data
図3-6 アモルファス氷に8 Kで1 MLの CO を蒸着させた氷試料の赤外反射吸収 スペクトルに対し,多項式フィットによ るベースライン減算処理をしたスペクト ル.視認性を高めるため,ゼロ点を水色の 実線で図示.
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Absorbance
Wavenumber / cm-1 Experimental data
図3-7 アモルファス氷に8 Kで1.1 ML のCOを蒸着させ,一度 32 Kへ昇温し た後に8 Kで測定した氷試料の赤外反射 吸収スペクトルに対し,多項式フィット によるベースライン減算処理をしたス ペクトル.視認性を高めるため,ゼロ点 を水色の実線で図示.
32
2
2 2
0
2 )
( w
x
x c
e w y A x f
(4)
4 lnw FWHM (5)
ここで,wはピーク幅,Aはピーク面積,xcは中心波数,FWHMは半値全幅である.考 慮すべきCO吸着状態の数に応じて,2成分あるいは3成分のGauss関数を用いた.フ ィッティングの際,各成分のGauss関数について中心波数・ピーク幅・ピーク面積をパ ラメータとして扱い,非線形最小二乗法の1 つであるLevenberg-Marquardt 法を用いて 最適化した.このようにして得られたピーク面積は,吸着状態ごとのCOの柱密度を見 積るために使用した.まず,8 Kでアモルファス氷にCO 2.5 Lを蒸着させた氷試料の赤 外反射吸収スペクトルに対して,2 つの Gauss 関数を用いてフィッティングを行った.
その結果の一例を図3-8に示す.図3-8では,COの高波数側の吸収ピーク(2152 cm-1 付近のピーク)を良く再現できなかった.2.5 L のCOを蒸着させた氷試料の赤外反射 吸収スペクトルから,この場合のCO量を分子層に換算すると約1 MLであるが,アモ ルファス氷の表面積が結晶化氷の表面積よりも大きいことを考慮すると,このCO量は
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Absorbance
Wavenumber / cm-1 Experimental data Total CO CO-dangling OH CO-bonded OH
図3-8 8 K でアモルファス氷に CO 2.5 L (1 ML)を蒸着させた氷試料の赤外 反射吸収スペクトルに対して,Gauss関 数を 2 成分用いたフィッティング.赤
色実線はCO-dangling OH,青色実線は
CO-bonded OH,黒色実線は各成分の 和.
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Absorbance
Wavenumber / cm-1 Experimental data Total CO CO-dangling OH CO-bonded OH CO-CO
図3-9 8 Kでアモルファス氷にCO 2.5 L (1 ML)を蒸着させた氷試料の赤外反射吸 収スペクトルに対して,Gauss関数を3成 分用いたフィッティング.赤色実線は CO-dangling OH,青色実線はCO-bonded OH,
緑色実線は CO-CO,黒色実線は各成分の 和.
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アモルファス氷表面を覆うのに十分でない.つまり,アモルファス氷表面はCOで完全 に覆われていないはずである.また,8 KでCOを蒸着させる際,少量COの真空蒸着 を可能にするためパルスバルブを用いた.先端にプレートを備え付け,CO分子が超高 真空チャンバー内で拡散するような装置構成とした.しかしながら,部分的にCOが島 状に吸着し,多層に類似する構造が存在する可能性を必ずしも否定できない.そこで,
多層CO(島状)のCO-CO相互作用由来の吸収ピークとして,2143 cm-1付近に3つ目
のピークを導入し,3つのGauss関数を用いたフィッティングを試みた.その結果を図 3-9に示す.図3-8と図 3-9の場合について,それぞれのフィッティング結果から残差 平方和と決定係数R2の値を表3-1に示す.実験a, b, cは同様の条件で繰り返した実験 を区別するための任意の記号である.
2 成分フィッティングの場合に比べ,
3 成分フィッティングの場合では,い ずれの実験でも残差平方和の値が小 さくなり,決定係数の値が1に近づい た.このことから,測定したスペクト ルの再現性が向上したことがわかる.
そのため,昇温によるCOの拡散が起 こらない場合,島状COの寄与がある と考え,これを考慮した3 つのGauss 関数によるフィッティング方法を適 用することとした.次に,8 K でアモ ルファス氷にCO 2.9 Lを蒸着させ,拡 散のため32 Kに昇温し,その後8 Kま で降温させた氷試料の赤外反射吸収 スペクトルに対して,2つの Gauss 関 数を用いてフィッティングした結果 の一例を図3-10に示す.CO蒸着後に
ガウス関数(2成分) ガウス関数(3成分) ガウス関数(2成分) ガウス関数(3成分)
a 2.36753 × 10-6 3.52662 × 10-7 0.99359 0.99904
b 2.44269 × 10-6 1.7521 × 10-7 0.99346 0.99953
c 2.53658 × 10-6 7.28108 × 10-8 0.99361 0.99982
実験 残差平方和 決定係数 R2値
表3-1 8 Kでアモルファス氷にCO 2.5 L(1 ML)を蒸着させた氷試料の赤外反射吸収ス ペクトルに対して,2成分と3成分のGauss関数を用いたフィッティング結果の残差平 方和と決定係数.
2200 2180 2160 2140 2120 2100 0.000
0.002 0.004 0.006 0.008
Absorbance
Wavenumber / cm-1 Experimental data
Total CO CO-dangling OH CO-bonded OH
図3-10 アモルファス氷に 8 K で 2.9 L (1.1 ML)のCOを蒸着させ,一度32 Kへ昇温した 後に8 Kで測定した氷試料の赤外反射吸収ス ペクトルに対し,Gauss 関数を2 成分用いた フィッティング.赤色実線は CO-dangling
OH,青色実線はCO-bonded OH,黒色実線は
各成分の和.
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32 Kに昇温した場合,COが拡散や熱脱離することをすでに述べた.CO-H2O相互作用
に比べ,CO-CO相互作用は弱いため[32],アモルファス氷上に部分的に島状に吸着した
CO 分子は昇温により拡散しやすいと考えられる.そのため,一度 32 K に昇温した場
合,多層CO(ここでの「多層CO」は,島状COによるCO-CO相互作用をもつ状態の
CO分子塊に相当する)は消失したと考え,この場合,2つの Gauss 関数を用いたフィ ッティングのみ行った.表3-2に2成分のGauss関数を用いてフィッティングした結果 の残差平方和および決定係数の値を示す.表3-1と同様に実験d, e, fは実験を区別する ための記号である.この場合の残差平方和は,昇温によるCO拡散をさせない場合(図
3-9,表3-1)の3成分フィッティングの残差平方和にオーダーで一致する値が得られた.
また,決定係数も表3-1の2成分の場合よりも1に近い値が得られた.このことは,32 K に昇温させることに伴う拡散効果によって,多層 CO 成分が消失したことを意味す る.そのため,この場合は2成分のGauss関数でのフィッティングを適用可能と判断し た.
ガウス関数(2成分) ガウス関数(3成分) ガウス関数(2成分) ガウス関数(3成分)
d 6.22781 × 10-7 - 0.99594
-e 5.78206 × 10-7 - 0.99602
-f 5.10912 × 10-7 - 0.99636
-実験 残差平方和 決定係数 R2値
表3-2 アモルファス氷に8 Kで2.9 L (1.1 ML)のCOを蒸着させ,一度32 Kへ昇温し た後に8 Kで測定した氷試料の赤外反射吸収スペクトルに対して,2成分のGauss関数 を用いたフィッティング結果の残差平方和と決定係数.