『宇治拾遺物語』「雀報恩事」考 : 韓国昔話との 比較をめぐって
著者 金 恩愛
雑誌名 同志社国文学
号 74
ページ 16‑28
発行年 2011‑03‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012689
『 宇 治 拾 遺 物 語 ﹄
﹁ 雀 報 恩 事 ﹂ 考
韓 国 昔 話 と の 比 較 を め ぐ っ て
金
恩 愛
はじ めに
『宇 治拾 遺物 語﹄
︵以 下︑
﹃宇 治拾 遺﹄ と略 す︶ 第四 八話
﹁雀 報恩 事①
﹂の よう な﹁ 隣の 爺﹂ 型に 属す る﹁ 腰折 れ雀
﹂の 類話 は︑ 東北 地 方か ら九 州地 方に 及ぶ 日本 各地 に伝 承さ れて いる②
︒ま た︑ この 話型 を持 つ昔 話は 日本 だけ では なく
︑中 国や モン ゴル
︑韓 国な ど︑ アジ ア諸 国に 広く 類話 が存 在す る③
︒韓 国の 場合 は︑ 十七 世紀 から 十八 世 紀に かけ て行 われ た民 衆思 想運 動が 口承 説話 の文 献化 を推 し進 める 一方
︑小 説化 も盛 んに 行わ れた④
その 流れ の中 で︑ 口か ら口 へと 伝承 され た作 者・ 年代 未詳 の昔 話﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ が︑ 朝鮮
︵一 三九 二年
~一 九一
〇年
︶後 期に なっ て︑
﹁ノ ルブ 傳﹂
﹁燕 の脚
﹂﹁ 朴興 甫 傳﹂
﹁興 甫傳
﹂な どパ ンソ リ系 小説 とし て発 表さ れる こと にな る︒ 今や
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂は 韓国 では
︑最 も有 名な 昔話 とな り︑ 教科
書に も載 せら れて いる
︒鄭 忠権 によ ると
︑﹃ 興夫 伝﹄ は︑ 小学 校教 科書 の場 合︑ 一九 三五 年﹃ 普通 学校 朝鮮 語及 漢文 讀本
﹄を はじ めと して 現在 に至 るま で続 けて 載せ られ てお り︑ 二〇
〇一 年を 基準 とし てい えば
︑四 年生 の春 学期 に要 約本 が載 せら れ︑ 高等 学校 教科 の場 合は
︑十 八種 の文 学教 科書 のう ち︑ 十二 種の 教科 書に
﹃興 夫伝
﹄が 載せ られ てい る⑤
︒ その
﹃興 夫伝
﹄は
︑日 本各 地に 分布 して いる
﹁腰 折雀
﹂の 話型 の ひと つと 内容
・構 成上 から みて も類 似し てい る︒ それ では
︑そ のよ うな 類話 の根 源と は何 か︒ また
︑そ の類 話の 内容
・構 成は どの よう に変 化し てい るか
︑な どに 私は 深い 興味 を持 って いる
︒そ こで
︑こ のよ うな 問題 を明 らか にす る前 に︑ 口承 の昔 話と 書承 の﹃ 宇治 拾 遺﹄ の説 話を 直接 比較 する 研究 が今 まで 見ら れな かっ たこ とに 注目 した い︒ 私は ここ で︑ 比較 を通 じて
︑両 話の 重な りと 異な りを 明ら
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
一六
かに し︑ 社会 的な 背景 をさ ぐる とと もに
︑各 話の 特徴 にみ る民 族間 の表 現の 持つ 意味 の違 いに つい て考 察し たい
︒ 一 韓国 昔話
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 構成 そこ で︑ 昔話 の構 成に つい て考 える ため に日 本語 版﹁ ホン ブと ノ ルブ
﹂本 文を
﹁主 語+ 述語
﹂の 形で 事項 を取 り出 して みる と次 のよ うで ある⑥
︒ 蛇が 燕の 巣を 襲う
︒ 燕が 脚を 折る
︒ ホン ブが 燕を 治療 する
︒ 燕が 完全 に回 復す る︒ 燕が 九月 九日 に飛 び去 る︒ 燕が 三月 三日 に江 南か ら戻 る︒ ホン ブが 喜ぶ
︒ 燕が 瓢の 種を 持っ てく る︒ ホン ブが 不審 に思 う︒ ホン ブが 種を 植え る︒ 五個 の実 が成 る︒ ホン ブが 一つ 目の 瓢を 切り
︑お 米が 出る
︒ ホン ブが 二つ 目の 瓢を 切り
︑お 金が 出る
︒
ホン ブが 三つ 目の 瓢を 切り
︑仙 女が 現わ れる
︒ 仙女 が大 きな 屋敷 を立 てて くれ る︒ ホン ブは 金持 ちに なる
︒ ノル ブが 噂を 聞く
︒ ノル ブが 金持 ちに なっ たわ けを 聞く
︒ ノル ブが 家に 巣を 作り
︑燕 を待 つ︒ 燕が 巣に 飛ん で来 て子 を産 む︒ ノル ブが 無理 に燕 の脚 を折 る︒ ノル ブが 燕を 治療 する
︒ ノル ブが 燕か ら種 をも らう
︒ ノル ブが 種を 植え る︒ ノル ブが 一つ 目の 瓢を 割る と︑ 化け 者が 出る
︒ 化け 者が ノル ブを 叩く
︒ ノル ブが 二つ 目の 瓢を 割る と︑ 借金 取り たち が出 る︒ 借金 取り たち が金 を取 って 帰る
︒ ノル ブが 三つ 目の 瓢を 割る と︑ 臭い 汚れ た水 が出 る︒ ノル ブが ホン ブの 家に 逃げ
︑助 けを 求め る︒ ホン ブは 半分 の財 産を ノル ブに あげ る︒ ノル ブは 反省 する
︒ 兄弟 は幸 せに なる
︒
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
一七
これ をさ らに 整理 する と︑ 次の よう な単 純な 事項 群に まと める こ とが でき る︒ 蛇が 燕の 巣を 襲う
︒ 燕が 脚を 折る
︒ ホン ブが 燕を 治療 する
︒ 燕が 完全 に回 復す る︒ 燕が 飛び 去る
︒ 燕が 瓢の 種を 持っ てく る︒ これ らの 事項 は︑ 崔仁 鶴編
﹃朝 鮮昔 話百 選﹄
︵以 下︑
﹃百 選﹄ と略 す⑦
︶︑ 権赫 来編
﹃朝 鮮童 話集 -我 が国 最初 伝来 童話 集︵ 一九 二四 年︶ の翻 訳研 究﹄
︵以 下︑
﹃童 話集
﹄と 略す⑧
︶﹃ 金徳 順昔 話集 -中 国朝 鮮 族民 間故 事集
﹄︵ 以下
︑﹃ 金昔 話集
﹄と 略す
︶と 比較 して も︑ 昔話 の 展開 の基 本に おい て大 きな 相違 は見 あた らな い︒ しか し︑ 蛇の 数や 命の 助か った 燕の 数な どは
︑昔 話の 特徴 上︑ 語 り手 によ って 異な る︒ また
︑﹁ 燕の 脚が 折れ てし まう
﹂と いう こと は︑ どの 事例 とも 共通 する が︑ 怪我 の原 因に つい て表 現は 少し ずつ 違っ てい る︒ また
︑燕 が飛 び去 った 時期 と戻 った 時期 につ いて も︑ 日本 語版
﹃百 選﹄ と韓 国版
﹃童 話集
﹄で は︑ 九月 九日
・三 月三 日と 具体 的な 月日 が表 され てい る︒
﹃金 昔話 集﹄ では
︑そ の時 期は 示さ れて いな いが
︑燕 から もら った 種を 収穫 した 日が
︑八 月十 五日 の中
秋節 であ るこ とだ けが 示さ れて いる
︒中 秋節 とは
︑正 月と とも に韓 国の 有名 な名 節で
︑旧 暦の 八月 十五 日の こと を言 う︒ 日本 語版
﹃百 選﹄ と韓 国版
﹃童 話集
﹄は
﹁江 南﹂ と︑
﹃金 昔話 集﹄ でも
︑南 にあ る燕 の国 であ る︒ また
︑そ の種 から 出た 実の 数に つい て︑ 日本 語版
﹃百 選』
韓国 語版
『童 話集
』
『金 昔話 集』
①一 つ目 の 瓢か ら お米 (壷 五個 の量
︶ 仙薬 を持 った 童子
金・ 銀
②二 つ目 の 瓢か ら 山ほ どの お金
様々 な物
白米
③三 つ目 の 瓢か ら 仙女
宝物
︑穀 物︑ 大工
うす 絹︑ ねり 絹
④四 つ目 の 瓢か ら 大工
五人 の大 工
⑤五 つ目 の 瓢か ら 材木
美人 とな って いる
︒ 昔話 の特 徴上
︑語 り手 また は地 域に よっ て語 り口 の変 化も 考え ら れる が︑ これ らの 事例 の表 現に 即し てみ るか ぎり
︑三 つの 事例 とも 米や 宝物
︑大 工が 出て くる など の点 では 大き な変 化は ない
︒韓 国最 初の 童話 集で ある
﹃朝 鮮童 話集
﹄を 韓国 語で 翻訳 した 権赫 来編
﹃童 話集
﹄中 に収 録さ れた
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂は
︑日 本語 版﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ と比 較す ると
︑﹁ よし
︑来 た!
﹂﹁ 今回 こそ
!﹂
﹁よ し! やっ た﹂ また は泣 くと きは
﹁ア イコ
! アイ コ!
﹂と いう 泣き 声を
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
一八
出す など
︑感 嘆詞 が多 く認 めら れる
︒そ の他
︑主 人公 の心 境や 感情 を表 すよ うな 所も 多く 見ら れる
︒こ のよ うな こと から 韓国 版﹃ 童話 集﹄ は︑ 日本 語版
﹃百 選﹄ に比 べ︑ 採録 され た昔 話が 全体 的に 小説 化さ れた もの に変 えら れて いる
︒ 二
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ の構 成 次に 日本 の説 話の 事例 とし て﹃ 宇治 拾遺
﹄﹁ 雀報 恩事
﹂か ら同 様 に事 項を 取り 出す と次 のよ うに なる
︒実 際の 語り 口は 繰り 返し によ って 展開 する が︑ 表現 に即 して 取り 出し た具 体的 な事 項群 をさ らに 整理 し︑ 抽象 化す ると 隣爺 型の 基本 的形 式は 次の よう に示 すこ とが でき る︒ 媼が 腰折 れ雀 を助 ける
︒ 雀が 媼に 瓢の 種を 与え る︒ 媼が 瓢の 種か ら白 米を 得る
︒ 隣の 媼が 雀を 傷つ ける
︒ 雀が 隣の 媼に 瓢の 種を 与え る︒ 隣の 媼が 瓢の 種か ら毒 虫を 得る
︒ この よう に整 理で きる とす れば
︑こ こで よう やく 同じ 話型 を持 つ 韓国 昔話 と日 本昔 話や 説話 を比 較す る段 階に 達す るこ とが でき る︒ すな わち
︑﹃ 宇治 拾遺
﹄の 特質 は次 のよ うに 示す こと がで きる
︒
媼が 腰折 れ雀 を助 ける
○子 孫が 媼を 憎み 笑う
︒
○雀 が媼 に感 謝す る︒ 雀が 媼に 瓢の 種を 与え る︒ 媼が たく さん の瓢 を得 る︒
○子 孫が 瓢を 食べ る︒
○媼 が瓢 の中 から 白米 を得 る︒ 瓢の 実が 熟す る︒ 媼が 裕福 にな る︒ 隣媼 が雀 を傷 つけ る︒
○雀 が隣 媼を 憎み 恨む
︒ 雀が 隣媼 に瓢 の種 を与 える
︒ 隣媼 は味 の悪 い瓢 を得 る︒
○隣 媼が 瓢の 中か ら毒 虫を 得る
︒ 隣媼 が命 を落 とす
︒ 右の 事項 の中
︑○ 印を 付け たも のに
﹃宇 治拾 遺﹄ の特 質は 端的 に 示さ れて いる
︒そ れで は次 に日
・韓 の昔 話と 説話 を具 体的 に比 較し 考察 して みた い︒
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
一九
三
「雀 報恩 事﹂ と韓 国昔 話﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ との 比較
「雀 報恩 事﹂ と﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ の構 成 この 章で は︑
﹃宇 治拾 遺﹄
﹁雀 報恩 事﹂ と韓 国昔 話﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ との 内容 を比 較し てみ よう
︒
「雀 報恩 事﹂
︵日 本)
「ホ ンブ とノ ルブ
﹂︵ 韓国 ) 発端
① 子供 が投 げた 石に 当た って 腰 を折 った 雀を 婆が 介抱 する
︒ ホン ブは 蛇の 襲い から 燕を 救 い折 られ た脚 を介 抱す る︒
② 隣の 老婆 は自 ら石 を投 げ︑ 当 たっ て飛 べな い雀 を介 抱す る︒
ノル ブは 巣か ら燕 を取 り出 し︑ 無理 に脚 を折 って から 介抱 す る︒ 展開
① 翌年 春︑ 雀か らも らっ た一 つ の種 から たく さん の実 が出 る︒ 翌年 春︑ 雀か らも らっ た一 つ の種 から 五個 の瓢 の実 が出 る︒
② 隣の 老婆 も三 つの 瓢の 種を も らう
︒︵ 七つ 八つ 程の 瓢の 実︶ 翌年 春︑ ノル ブも 一粒 の種 を もら う︒
︵幾 つの 瓢の 実︶
③ 白米
米︑ お金
︑赤
・青 い魔 法の 瓶
④ 虻︑ 蜂︑ ムカ デ︑ トカ ゲ︑ 蛇 など
トケ ビ︑ 借金 取り たち
︑汚 れ た水 で家 が沈 んで しま う︒ 結果
① 婆は 裕福 にな る= 幸せ な結 末 ホン ブは 裕福 にな る= 幸せ な 結末
② 隣の 老婆 を刺 し殺 す︒
︵不 幸 な結 末︶
ノル ブは 悪行 を反 省し
︑兄 弟 は幸 せに なる
︒= 幸せ な結 末 さら に︑
﹃宇 治拾 遺﹄
﹁雀 報恩 事﹂ と韓 国昔 話﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ との 内容 を詳 しく 比較 して みよ う︒
「雀 報恩 事﹂
︵日 本)
「ホ ンブ とノ ルブ
﹂︵ 韓国 )
. 対立 関係
六〇 才の 老婆 対隣 の老 婆 兄 対 弟 . 登場 動物
雀
燕
. 怪我 原因
子供 が投 げた 石に 当た って 蛇 の襲 いか ら逃 げる 時︑ 巣か ら落 ちる
︒
. 怪我 部位
腰を 折ら れる
︒
脚 を折 られ る︒
. 飛び 去る
怪我 して 幾月 後
九 月九 日
. 戻っ た時 期 二十 日後
翌 年春
︵三 月三 日︶
. 贈り 物
瓢の 種一 粒( たく さん の瓢 の実 が出 る︶
瓢 の種 一粒
︵五 個の 大き な瓢 の実
︶
. 瓢か ら出 た 物
いく ら取 り出 して も量 が減 らさ ない お米
米
︵大 きな 壺五 個と 三石 ほど
︶ 青 い魔 法の 瓶︵ 建築 材 料︶ お 金 仙 女︵ 赤い 魔法 の瓶
︶ 赤 い魔 法の 瓶︵ 大工 が出 る︶
. 悪役 の行 動 自ら 石を 投げ
︑腰 を折 った 雀を 介抱 する
︵三 羽︶
︒
巣 から 燕を 取り 出し
︑無 理に 脚を 折っ て介 抱す る
︵一 羽︶
︒ 10.
悪人 への 贈 り物
十日 後︑ 三羽 から 三粒 の種 七つ
︑八 つほ どの 瓢の 実 一 つの 種か ら幾 つの 瓢の 実 11.
悪役 の瓢 か ら出 た物
虻︑ 蜂︑ ムカ デ︑ トカ ゲ︑ 蛇な ど
ト ケビ
︵棒 で叩 く︶ 借 金取 り︵ 何も かも 持っ て行 って しま う︶ 汚 れた 水︵ 家が 汚れ た水 に沈 んで しま う︶ 12.
結果
毒虫 など が子 供を 刺し
︑老 婆を 刺し 殺す
︒
弟か ら助 かれ
︑悪 行を 反省 し︑ 兄弟 は幸 せに なる
︒
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二〇
両者 の内 容を 比較 し︑ 最も 重要 だと 考え られ る点 は次 のと おり であ る︒ (一 ) 主人 公の 対立 関係 日本 説話 は六
〇才 の老 婆対 隣の 老婆 とい う隣 人の 対立 関係 があ る のに 対し
︑韓 国昔 話は 兄弟 間の 対立 関係 があ る︒ ただ し︑ 日本 に分 布す る昔 話の 中で は︑ 小沢 謙一 編﹃ おば ばの 昔ば なし
﹄に 掲載 され てい る事 例は
︑兄 弟間 の対 立関 係を なす もの で︑ 脚を 折ら れた 燕が 登場 する など
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂と 類似 して いる⑨
︒ (二 ) 登場 動物 日本 説話 は雀 であ るが
︑韓 国昔 話は 燕で ある
︒雀 は韓 国に おい て も一 般的 な鳥 であ るが
︑燕 は﹁ 三 四月 に渡 来し
︑人 家付 近に 巣を 作っ て三 七個 の卵 を産 む⑩
﹂と され
︑燕 と雀 は昔 から 人間 と親 しい 動物 であ る︒ 韓国 では
︑﹁ ツバ メを 殺す と盲 目に なっ たり 火難 にあ った りす ると いう 俗信 は︑ こう した 保護 思想 の現 れと 見ら れる
︒さ らに はツ バメ の営 巣を 家運 も勃 興す る兆 しと 見︑ 反対 にツ バメ の渡 来の 途絶 をそ の家 が没 落す る兆 しと 考え た⑪
﹂と 言う
︒日 本で は昔 か ら﹁ 白い スズ メは 来福 の兆 しと 考え られ た﹂ し︑
﹁ス ズメ をと ると 火事 にな る︑ 夜盲 症に なる とす る俗 信は 多く
︑ス ズメ を保 護し よう とす る思 想﹂ があ った とさ れて いる⑫
︒日 本で は﹃ 宇治 拾遺
﹄﹁ 雀報 恩事
﹂の 類話 の中 で︑
﹃通 観﹄ によ ると
︑京 都府 与謝 郡伊 根町 新井
﹁燕 とか ぼち ゃ種⑬
﹂︑ 大島 建彦 氏に よる と︑ 広島 県世 羅郡 甲山 町の
﹃芸 備昔 話集
﹄︑ 甲奴 郡総 領町
﹃備 後の 昔話⑭
﹄に 伝わ れて いる 類話 に は燕 が登 場す る︒ この よう に日 本で は地 域に よっ て︑ 燕が 登場 する 話も ある が︑ 韓国 昔話
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 類話 の中 では 日本 のよ うな 雀の 登場 は見 当た らな い︒ (三 ) 怪我 の原 因
「雀 報恩 事﹂ の場 合は
︑﹁ 童部 石を 取り て打 ちた れば
︑当 たり て腰 をう ち折 られ にけ り﹂ と︑ 子供 が投 げた 石に 当た って 腰を 折れ ると いう こと であ るが
︑﹁ 興夫 伝﹂ は︑
﹁一 匹の 蛇が 現れ て︑ 燕の 巣を 襲 った
︒燕 は片 はし から 喰い 殺さ れた が︑ その 中の ただ 一匹 の雛 燕だ けは
︑危 いと ころ を辛 うじ て逃 れる こと が出 来た
﹂と
︑蛇 から 逃げ る過 程に 怪我 をし てい る︒
﹃通 観﹄ によ ると
︑﹃ 宇治 拾遺
﹄﹁ 雀報 恩 事﹂ のよ うな 子供 が投 げた 石に 当た って 腰を 折ら れる とい う類 話は
︑ 埼玉 県所 沢市⑮
にも 伝わ る︒ その 他︑ 静岡 県浜 松市 の﹁ 羽折 れ雀
﹂に は︑
﹁屋 根か ら落 ちて きた 足の 折れ た雀⑯
﹂︑ 勝田 郡勝 田町 の﹁ 腰折 れ 雀⑰
﹂︑ 苫田 郡上 斎原 村本 村の
﹁腰 折れ 雀⑱
﹂︑ 福岡 県甘 木市 の﹁ 足折 れ 雀⑲
﹂に は怪 我の 原因 はな く怪 我し た雀 を拾 って から 介抱 する とい う 類話 も伝 わっ てい る︒
﹃金 徳順
﹄の
﹁ホ ンブ とノ ルブ⑳
﹂は
︑蛇 の襲 いか ら逃 げる 途中
︑脚 を挟 んで 怪我 をす るが
︑高 橋亭 編﹁ 興夫 伝㉑
﹂ には
︑﹁ 巣よ り零
︵こ ぼ︶ れ落 ちて 脚を 折り
﹂と 巣か ら落 ちて 怪我
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二一
して いる とい う︒ 日本 と韓 国と いず れも 各地 で︑ また は語 り手 によ って 様々 な怪 我の 原因 があ る︒ (四 ) 怪我 の部 位 韓国 昔話 ホン ブと ノル ブは
︑燕 の怪 我し た部 位が 脚に 決ま って い るが
︑日 本の 場合 は各 地域 によ って
﹁腰
﹂に なっ てい る類 話も ある
︒
﹃集 成㉒
﹄に 隣の 爺型 に分 類さ れて いる
﹁腰 折雀
﹂の 類話 の中
︑大 分 県宇 佐市
︑埼 玉県 所沢 市な どの 類話 では
︑怪 我の 部位 は﹁ 腰﹂ であ るが
︑福 岡県 浮羽 郡︑ 広島 県佐 伯郡
︑兵 庫県 津名 郡︑ 静岡 県浜 松市
︑ 山形 県西 置腸 郡に 分布 する 類話 には
︑﹁ 脚﹂ とな って いる
︒
『通 観﹄ によ ると
︑埼 玉県 所沢 市︵ 巻九
︶︑ 勝田 郡勝 田町 赤坂
︵巻 十九
︶︑ 苫田 郡上 斎原 村本 村︵ 巻十 九︶ には
︑怪 我部 位は
﹁腰
﹂で ある が︑ 長岡 市西 蔵王 町︵ 巻一
〇︶
︑広 島県 呉市
︵巻 二〇
︶︑ 福岡 県 甘木 市福 田町
︵巻 二三
︶に は︑
﹁足
﹂と なっ てい る話 が伝 わっ てい る︒ その 他︑ 登米 郡石 越町
︵巻 四︶
︑静 岡県 浜松 市芳 川町
︵巻 一三
︶ には
︑怪 我部 位が
﹁羽
﹂と なっ てお り︑ 美方 郡村 岡町 長坂
︵巻 十 六︶ の話 には 腰折 れた 雀と 足折 れた 雀が 同時 に登 場す る︒ (五 ) 鳥が 飛び 去っ た時 期と 戻っ た時 期
「雀 報恩 事﹂ は春 とい う季 節に 雀が 登場 し︑ 怪我 した 雀は
﹁多 く の月 比日 比︑ 暮る れば をさ め︑ 明く れば 物食 はせ 習ひ て︑ あは れや 飛び て去 ぬる よ﹂ と︑ 戻っ た時 期に つい ては
﹁さ て廿 日ば かり あり
て﹂ とあ るだ けで
︑雀 が去 った 時期 と戻 った 時期 は明 確に は分 から ない そ ︒ れに 比べ
︑﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ の場 合は
︑燕 が飛 び去 った 時期 は九 月九 日㉓
︑戻 って きた 時期 は三 月三 日㉔
と︑ 月日 を明 らか にし てい る︒ それ は︑ 登場 動物 の違 いか ら生 じた もの であ ると 考え られ る︒ 韓国 では
︑三 月三 日に は燕 が江 南か ら戻 る日 とし て﹁ サン ジッ ナ ル﹂ とい う豊 年を 願う 祭り があ り︑
﹁九 月九 日﹂ には
﹁九 重﹂ とい う豊 年を 感謝 する 祭り が行 われ てい る︒ この よう な登 場動 物の 違い から
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 中に
﹁三 月三 日﹂
﹁九 月九 日﹂ とい う︑ 具体 的な 時期 が示 され たの では ない かと 考え らえ る︒ ソウ ルの 慶煕 大学 校民 俗学 研究 所は
︑文 学的 研究 と現 地調 査な ど の調 査研 究を 行い
︑パ ンソ リ興 甫歌 の﹁ 雀路 程記
﹂と
﹁朴 打鈴
﹂な どに 出て くる 地名 など を根 拠と して
︑﹁ 興夫 伝﹂ の作 品背 景と 舞台 が全 羅北 道南 原市 であ ると 述べ てい る㉕
︒そ れに よる と︑
﹁興 夫伝
﹂ は引 月面 城山 里と 阿英 面城 里を 中心 に昔 から 伝え られ てき た説 話
︵朴 チョ ムジ 説話 やチ ュン ボ説 話︶ が︑ パン ソリ に組 み入 れた もの であ り︑ また
︑小 説﹁ 興夫 伝﹂ の内 容な どを 根拠 とし て︑ 南原 市引 月面 城山 村が ホン ブと ノル ブの 故郷 とし て︑ そし て︑ 南原 市阿 英面 近所 の福 徳村 をホ ンブ が兄 であ るノ ルブ に追 い出 され
︑そ の後 大金 持ち にな った 所で ある と述 べる
︒現 在も この 二つ の村 では
︑い つか
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二二
ら始 まっ たか は定 かで はな いが
︑旧 暦三 月三 日に なる と﹁ 朴チ ョム ジ祭 祀﹂ が行 って いる
︒現 在︑ 韓国 の南 原市 では 一九 九三 年か ら毎 年︑ 旧暦 の九 月九 日に 興夫 祭と いう 祭り が行 われ てい る︒ (六 ) 贈り 物と して もら った 種 日本
・韓 国と も種 をも らう
︒韓 国の 場合 は瓢 であ るが
︑日 本の 場 合は
︑﹃ 通観
﹄に よる と︑ 登米 郡石 越町
︵巻 四︶
︑山 梨県 西川 大門 町
︵十 二巻
︶な どに 伝わ れて いる 類話 には 瓢箪
︑埼 玉県 所沢 市︵ 巻九
︶ には 瓢の 種が 出て くる が︑ 与謝 郡伊 根町
︵巻 九︶
︑美 方郡 村岡 町長 坂︵ 巻十 六︶ の類 話の よう にか ぼち ゃの 種が 出て くる 場合 もあ る︒ (七 ) 瓢か ら出 た物
「雀 報恩 事﹂ は︑
﹁白 米の 入り たる なり
︒思 ひか けず あさ まし と思 ひて
︑大 なる 物に 皆を 移し たる に︑ 同じ やう に入 れて あれ ば﹂ と︑ いく ら移 して も同 じ量 であ る白 米が 出て きて 裕福 にな る︒ 一方
︑隣 の人 の瓢 は︑ 隣近 所の 人た ちと げろ を吐 いて 苦し くな り︑ 他の 瓢か らは 虻︑ 蜂︑ むか で︑ とか げ︑ 蛇が 出て きて 女を 刺し
︑ま た︑ 七つ 八つ の瓢 から はた くさ んの 毒虫 など が出 てき て子 供を 刺し 食い
︑女 を刺 し殺 して しま う︒ それ に比 べて 韓国 昔話 は︑ 瓢か らお 米以 外仙 女︑ 大工
︑ト ケビ
︵化 け物
︶な ど︑ 人が 出て くる
︒特 に大 工が 出て 家を 建て ると いう モチ ーフ は︑
﹁﹁ 雀報 恩事
﹂や 室町 時代 の御 伽草 子﹁ 雀の 夕顔
﹂な ど
の古 い時 代の もの には 見ら れず
︑さ らに 昔話 にお いて も他 の採 録例 にま った く見 あた らな い︑ きわ めて 特異 で異 質な おも むき を感 じさ せる もの㉖
﹂で ある
︒﹃ 事典
﹄は
︑﹁ 近年 の採 集で
﹁腰 折れ つば め﹂ が 島根
・広 島県 から 報告
﹂さ れ︑
﹁特 に島 根の 例は
︵中 略︶ 朝鮮 の例 との 類似 が注 目さ れる㉗
﹂と いう
︒こ の島 根か ら採 集さ れた 類話 につ いて 邊恩 田氏 は︑
﹁大 工の 家建 ての モチ ーフ が韓 国の 昔話 と類 似す ると いう 指摘 はき わめ て重 要㉘
﹂で ある と述 べて いる
︒ さら に﹃ 事典
﹄は
︑﹁ 大工 の家 建て のモ チー フ﹂ の伝 承地
︑島 根 県・ 広島 県と
︑登 場動 物が 雀で はな く韓 国の よう に燕 にな って いる 類話 の伝 承地 新潟 県・ 長野 県・ 岐阜 県宮 越県 など を取 り上 げ︑
﹁古 代よ り朝 鮮半 島と 地理 的に 近く
︑歴 史・ 文化 的に 関わ りが 緊密 であ った
﹂こ とか ら︑
﹁山 陰地 方か ら東 アジ ア大 陸と の昔 話の 交渉 の根 の探 さが 確認 され ただ けで はな く︑ 山陰 地方 から 東北 地方 への 伝播 も想 定さ れる㉙
﹂と 論じ てい る︒ また
︑鄭 忠権 氏は 瓢か ら宝 物が 出て くる モチ ーフ につ いて
︑ 興夫 伝は 兄弟 間の 友愛 と朝 鮮後 期一 般平 民の 富に 関す る問 題 を扱 って いる
︒こ の作 品で 注目 すべ きと ころ は︑ 朝鮮 後期 農民 達を 苦し めた 貧窮 の問 題で あろ う︒ 朝鮮 後期 社会 変動 の最 中︑ 土地 を失 くし た農 民の 数が 急増 する こと とな り︑ それ らの ほと んど は生 存を 襲わ れる ほど 貧し い限 りで あっ た︒ 瓢を 割る と宝
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二三
物が 出る とい う非 現実 的な 発想 は︑ この よう な当 時の 現実 的状 況と 関連 つけ てみ ると 理解 でき るも ので
︑こ のよ うな 非現 実的 要素 は農 民達 が直 面す る絶 対貧 窮と
︑不 可能 な富 への 念願 に対 する 逆説 的表 現で
︑む しろ 強い 現実 性を 表し たと も言 える㉚
︒ とい う︒ この 指摘 から
︑各
﹃興 夫伝
﹄に 描か れて いる 内容 とモ チー フな どが
︑当 時の 歴史 的︑ 社会 的状 況が 作品 の中 に現 れた もの であ ると 考え られ る︒ 共通 点と 相違 点
「雀 報恩 事﹂ と﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ の大 きな 共通 点は
︑① 家族
︑ また は人 間関 係の 葛藤
︑② 動物 の報 恩︑
③善 人に は福
︑悪 人に は罰 が当 たる とい う勧 善懲 悪︑ 教訓 的な 話で ある と考 えら れる
︒た だ︑ 同じ 根源 を持 つ昔 話で も︑
﹁言 語の 違い
︑信 仰の 違い
︑習 慣の 違い など が昔 話の 変化 をも たら す原 因㉛
﹂と なり
︑ま た移 動経 路や 社会 的 環境
︑語 り手 など
︑様 々な 環境 要因 によ って
︑話 の内 容や 構成 が少 しつ つ変 化し てい くの では ない か︒ 関敬 吾氏 は隣 の爺 型と 兄弟 間葛 藤型 の特 徴に つい て次 のよ うに 論 じる 兄 ︒ 弟譚
︑隣 の爺 は社 会的 モチ ーフ が主 であ る︒ 人間 の社 会生 活に おけ る相 互関 係︑ 相互 の社 会的 葛藤 がそ の基 本的 要素 とな って いる
︒︵ 中略
︶隣 の爺 型は 相隣 りす る二 つの 家︑ ある ひは
爺と 婆と の闘 争で ある
︒善 良な るも のが 勝利 を制 する 物語 であ り︑ 倫理 的教 訓的 要素 を多 分に もつ
︒我 が国 では この 型の 昔話 が特 に発 達し てい るや うに 思へ る㉜
︒
『宇 治拾 遺﹄ の説 話に おい ては
︑③ の勧 善懲 悪︑ 教訓 的な 問題 に つい て小 林智 昭氏 は︑
﹁善 因善 果の 信仰 が︑ 庶民 の心 に明 るく 受け とめ られ てい る﹂
︑﹁ 典型 的な 悪因 悪果 の応 報譚㉝
﹂で ある と述 べる
︒
﹃新 編全 集﹄ には
︑﹁ 一対 の主 人公 の幸 不幸 を語 るが
︑二 人の 人柄 に は善 悪と いっ た対 象ら しき もの はな く︵ 中略
︶勧 善懲 悪譚 的色 彩は 希薄 であ る︒ むし ろ︑ 一見 さり げな く素 朴な よそ おい の中
︑二 人の 老女 の孤 独と 心情 のゆ れ︑ 幸不 幸と いう もの の条 理と 不条 理な どを 独特 な人 性批 評に もと づい て描 くも のか と思 われ る㉞
﹂と 言う
︒つ ま り︑
﹁雀 報恩 事﹂ と韓 国昔 話﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ の大 きな 相違 点は
︑
①隣 の人 との 葛藤 と兄 弟と の葛 藤︑
②雀 と燕 とい う登 場動 物の 違い
︑
③瓢 から 出た もの の違 い︑
④主 人公 の死 対幸 せな 結末 であ ると 考え られ る︒
②に つい て高 木敏 雄氏 は︑
﹁宇 治大 納言 がこ の話 を翻 訳す る時 分に
︑燕 を雀 に直 して 瓢の 内容 を簡 単に した のだ と思 われ る㉟
﹂ と論 じる
︒あ るい は③ の瓢 から 物が 出る とい うこ とに つい て︑ 善人 には 福を 悪人 には 罰と いう 結果 の変 化は 変わ らな いが
︑日 本・ 韓国 の各 話の 伝承 地︑ また は語 り手 によ って 瓢か ら出 たも のの 種類 は異 なっ てい る︒ 韓国 の場 合は 瓢の 種と なる が︑ 日本 の場 合は
﹁﹁ 腰折
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二四
雀﹂ の伝 承分 布表㊱
﹂に よる と︑ 各伝 承地 によ って
︑ひ ょう たん
︑す いか など が見 られ る︒
④の 結末 につ いて
﹁雀 報恩 事﹂ の場 合は 反省 する 機会 も与 えら れず
︑悪 人は 罰が 当た って 殺さ れて しま うが
︑
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 場合
︑悪 人で ある ノル ブは 悪行 を反 省し
︑弟 とと もに 幸せ にな ると いう ハッ ピー エン ドで ある
︒ この よう に﹁ 雀報 恩事
﹂は
﹁隣 の爺
﹂型 で︑ 善人 であ る主 人公 対 隣の 婆を 中心 とし て話 が展 開さ れる が︑
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂は
︑兄 弟と いう 家族 間の 葛藤 の展 開で ある
︒崔 仁鶴 氏は
︑﹁ 隣の 爺﹂ 型が
﹃集 成﹄ に十 四型 が認 めら れる が︑ 韓国 には
﹁隣 人﹂ 型が 九型
︑兄 弟間 葛藤 は十 八型 も及 ぶと いう こと を取 り上 げる
︒崔 仁鶴 氏の 整理 によ って
︑昔 話を 取り 上げ て見 ると 次の よう であ る㊲
︒ 日 本
韓 国
「舌 切雀
﹂﹁ 腰折 雀」
「ホ ンブ とノ ルブ
」
「瘤 取爺
﹂﹁ 花咲 爺」
「兄 弟と 犬」
「大 蔵の 亀﹂
﹁物 いう 動物
」
「真 似す る石 亀」
「地 蔵浄 土﹂
﹁鼠 浄土
」
「金 の砧 銀の 砧」 そし て崔 氏は 次の よう に述 べる
︒ 韓国 は長 い間
︑長 子相 続が 続け られ た︒ しか し︑ その 背景 に は大 家族 制度 とい う家 父長 制が あっ て︑ 父親 が死 ぬま では 隠居 も分 家も なか った
︒︵ 中略
︶あ らか じめ 遺言 など があ って も兄
弟間 にお ける 財産 分配 に際 して は争 いが あり うる
︒一 方︑ 日本 では 隠居 や分 家制 度が あっ て︑ 財産 をめ ぐる 兄弟 間の 争い は中 国や 韓国 より は少 なか った かも 知れ ない
︒そ れゆ え兄 弟間 の争 いを 内容 にし た昔 話が
︑日 本の 場合 は﹁ 隣の 爺﹂ 型に 発展 した かも 知れ ない㊳
︒ 一方
︑小 澤俊 夫氏 は︑ 日本 人に とっ て︑
﹁隣 への 関心
﹂が
﹁人 の 社会 的行 動を 律す る︑ ひと つの 強い 規範
﹂だ った とい う㊴
︒ま た︑ 稲 田浩 二氏 も﹁ 兄弟 譚形 式の 分布 地域 と隣 の爺 譚形 式の それ ぞれ が重 なっ てい る㊵
﹂こ とを 根拠 とし
︑﹁ 隣の 爺譚 は兄 弟譚 を母 体と して 生 まれ て構 成さ れ他 の話 型に 拡大 され た㊶
﹂も ので ある と論 じる
︒そ れ によ ると
︑日 本で は﹁ 兄弟 譚か ら隣 の爺 譚へ の転 成も なお 東ア ジア 伝承 圏の 中で 大陸 との 交渉 を保 ちな がら 行わ れ︑ 沖縄 県で はひ きつ づき 兄弟 譚形 式を 根強 く保 ち︑ 西日 本各 地で はモ チー フに その あと がい ちじ るし い︒ これ に対 し︑ 東日 本の 隣の 爺譚 構成 は大 陸と の交 渉の 絶え たと これ で自 由な 展開 をみ せて いる よう であ る㊷
﹂と 述べ
︑ 隣の 爺型 と兄 弟間 葛藤 型は 地域 上︑ 伝播 過程 に生 じた もの であ ると 論じ る︒ とこ ろで
︑﹃ 宇治 拾遺
﹄の 説話 につ いて 小峯 和明 氏は
︑﹁ この 話で 注目 すべ きは
︑老 婆と 子︑ 孫と の関 係性 であ り︑ それ を軸 に事 件が 展開 して いく こと であ る㊸
﹂と 述べ
︑隣 人と の対 立関 係ほ か︑ 家族 間
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二五
の対 立・ 葛藤 関係 が存 在し てい ると 論じ てい る︒ 昔話 とは
﹁伝 えて きた 人々 の生 活感 情の 深い 部分 を︑ 如実 に反 映 する もの であ る㊹
﹂か ら︑ その 内容 には 実際
︑伝 承者 が生 活す る社 会・ 文化 生活 様式 や伝 承者 の意 識が 反映 され たと 考え られ る︒ おわ りに 以上
︑﹃ 宇治 拾遺
﹄﹁ 雀報 恩事
﹂と 韓国 昔話
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 構成 と内 容の 比較 を通 じて 共通 点と 相違 点を 述べ
︑各 話の 関連 性と 相互 関係 につ いて 調べ てみ た︒ 例え ば︑ 登場 動物 の違 い︑ 瓢か ら出 たも のの 違い
︑死 とい う不 幸対 幸せ な結 末な どが 挙げ られ る︒ 韓国 は昔 から 長子 相続 制度 と宗 家制 度が ある
︒財 産を 長子 に継 続し
︑族 譜や 家系 の風 習︑ 先祖 の祭 祀な どを 行い
︑家 系を 守る とい う意 味も ある が︑ 宗家 の大 きな 役割 は先 祖へ の祭 祀の こと で︑ これ は先 祖を 崇拝 する 儒教 思想 とも 関連 があ ると 考え られ る︒ その 長子 相続 制度 から 財産 をめ ぐる 兄弟 間の 争い が推 測さ れ︑ 兄 弟対 立系 の話 が発 達し た原 因の 一つ では ない かと 考え られ る︒ また
︑
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 場合
︑弟 は働 きも ので
︑優 しい 性格 であ るこ とを 強調 し︑ 財産 を得 る過 程に おい て偶 然な 幸運 や僥 倖よ り︑ 優し いと いう 日常 生活 から 報じ たも ので ある こと を示 す︒ これ は︑ 積善 の家 には 必ず 余慶 があ ると いう
﹁積 善之 家必 有余 慶﹂ の儒 教思 想と
の関 連も 考え られ る︒ 韓国 の場 合﹁ ホン ブと ノル ブ﹂ が文 献化 され た十 八世 紀頃 の朝 鮮は 儒教 を基 本思 想と し︑ 民間 信仰 でも あっ た︒ 当時
︑両 班と 平民 とい う厳 格な 身分 社会 制度 であ った 農民 にお いて
︑ 膳を すれ ば福 が訪 れる とい う︑ 瓢か ら宝 物が 出て くる モチ ーフ は現 実か ら抜 け出 そう とす る願 いが 表れ たも のと も考 えら れる
︒こ れま で述 べた 二つ の日 本と 韓国 の昔 話の 大き な相 違点 は瓢 から 出た 物の 違い ので はな いか
︒ 瓢か ら出 たも のと して 韓国 は︑ 米以 外に 仙女
︑大 工︑ トケ ビ︵ 化 け物
︶な ど人 が出 てく るが
︑日 本の 場合 は米 だけ が出 てく る︒
﹃宇 治拾 遺﹄
﹁雀 報恩 事﹂ が文 献化 され た十 三世 紀頃
︑米 は食 料だ けで はな く︑ 金銭 の代 わり とさ れ︑ その 米の 大事 さが 話の 内容 に表 れた と考 えら れる
︒登 場人 物の 対立 関係 にお いて
︑日 本は
︑特 に隣 の人 との 対立 関係 に関 する 話︑ つま り﹁ 隣の 爺﹂ 型が 発達 して いる
︒そ れは 日本 人の 隣へ の高 い関 心と
︑人 間関 係の 中︑ 隣と の関 係が 重要 であ った 社会 的特 徴と つな がり があ ると 考え られ る︒ この よう に両 国の 家族 制度 と財 産の 分配 など をめ ぐる 社会 制度 と 構造 の相 違か ら日 本で は隣 との 対立 型︑ 韓国 は兄 弟対 立型 が発 達し たと 考え られ る︒ つま り︑ 昔話 の変 化に 社会 制度
︑生 活様 式・ 土着 信仰 など が大 きな 影響 を与 えて いる こと であ ろう
︒
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二六
注
① 小林 保治
・増 古和 子校 注﹃ 新編 日本 古典 文学 全集 宇治 拾遺 物語
﹄小 学館
︑二
〇〇 三年
︑一 三七 頁︒
② 大島 建彦 校注
﹃新 潮日 本古 典集 成 宇治 拾遺 物語
﹄新 潮社
︑一 九八 五 年︑ 五七 七~ 五七 八頁
︒
③
①に 同じ
︒
④ 崔仁 鶴著
﹁韓 国の イェ ンナ ル・ イヤ ギ︵ 審劾 戚醤 奄︶ 君島 久子 編﹃ 日 本基 層文 化の 探求 日本 民間 伝承 の源 流﹄ 小学 館︑ 一九 八九 年︑ 一八 二 頁︒
⑤ 鄭忠 権著
﹃興 夫伝 研究
﹄図 書出 版ウ ョル イン
︑二
〇〇 三年
︑二 九六 頁︒
⑥ 事項 の概 念に つい ては 廣田 收﹃
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 表現 の研 究﹄
︵笠 間書 院︑ 二〇
〇三 年︶ によ る︒ 以下 私の
﹁ホ ンブ とノ ルブ
﹂の 分析 につ いて は︑ 同﹃
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の中 の昔 話﹄
︵新 典社
︑二
〇〇 九年
︶に 紹介 さ れて いる もの によ る︒
⑦ 崔仁 鶴著
﹃朝 鮮昔 話百 選﹄ 日本 放送 出版 協会
︑一 九七 四年
︒
⑧ 権赫 来編
﹃朝 鮮童 話集 我が 国最 初伝 来童 話集
︵一 九二 四年
︶の 翻訳 研究
﹄セ ヨン 社︑ 二〇
〇三 年︒
⑨ 小沢 謙一 編﹃ おば ばの 昔ば なし 池田 千セ の語 る百 四十 話﹄ 野島 出版
︑ 一九 六七 年︑ 二九 二~ 二九 四頁
︒
⑩ 李熙 昇編
﹃ハ ング ル大 辞典
﹄民 衆書 林︑ 一九 八三 年︒
⑪ 下中 直也 編﹃ 世界 大百 科事 典十 五﹄ 平凡 社︑ 一九 八八 年︑ 三八 頁︒
⑫
⑪に 同じ
︒
⑬ 稲田 浩二
・小 澤俊 夫編
﹃日 本昔 話通 観 第九 巻 茨城
・埼 玉・ 千葉
・ 東京
・神 奈川
﹄同 朋舎 出版
︑一 九八 八年
︑二 五七 頁︒
⑭ 大島 建彦 校注
﹃新 潮日 本古 典集 成 宇治 拾遺 物語
﹄新 潮社
︑一 九八 五 年︑ 五七 七~ 五七 八頁
︒
⑮
⑭に 同じ
︒
⑯ 稲田 浩二
・小 澤俊 夫編
﹃日 本昔 話通 観 第一 三巻 岐阜
・静 岡﹄ 同朋 舎出 版︑ 一九 八〇 年︑ 三一 八頁
︒
⑰ 稲田 浩二
・小 澤俊 夫編
﹃日 本昔 話通 観 第一 四巻 京都
﹄同 朋舎 出版
︑ 一九 七七 年︒
⑱ 稲田 浩二
・小 澤俊 夫編
﹃日 本昔 話通 観 第一 九巻 岡山
﹄同 朋舎 出版
︑ 一九 七九 年︑ 二六
〇頁
︒
⑲ 稲田 浩二
・小 澤俊 夫編
﹃日 本昔 話通 観 第二 三巻 福岡
・佐 賀・ 大 分﹄ 同朋 舎出 版︑ 一九 八〇 年︑ 二二 三頁
︒
⑳ 依田 千百 子・ 中西 正樹 編﹃ 金得 順昔 話集 中国 朝鮮 族民 間故 事集
﹄三 弥井 書店
︑一 九九 四年
︑一
〇〇
~一 二七 頁︒
㉑ 高橋 亭訳
﹃朝 鮮の 物語 集﹄ 日韓 書房
︑一 九一
〇年
︒
㉒ 関敬 吾編
﹃日 本昔 話集 成 第 巻本 格昔 話三
﹄角 川書 店︑ 一九 七八 年︑ 二四 九頁
︒
㉓ 九月 九日
︵旧 暦︶ とは
︑﹁ 重陽
﹂ま たは
﹁重 光﹂ とも 言う
︒一 般に
﹁重 陽﹂ と﹁ 重光
﹂と は﹁ 陽﹂ が重 なる とい う意 味で
︑﹁ 重九
﹂と は
﹁九
﹂が 重な ると いう 意味 であ る︒ 陰陽 思想 によ る﹁ 奇数
﹂は
﹁陽
﹂の 数を
︑﹁ 偶数
﹂は 陰の 数と 言い
﹁陽
﹂の 数を 吉数 であ ると 考え られ た︒ 例え ば伝 統社 会の 節日 とし て︑
﹁ソ ル﹂
︵一 月一 日︶
︑﹁ サン ジッ ナル
﹂
︵三 月三 日︶
︑﹁ 端午
﹂︵ 五月 五日
︶︑
﹁七 夕﹂
︵七 月七 日︶
︑﹁ 重九
﹂︵ 九月 九 日︶ など があ る︒
㉔ 三月 三日
︵旧 暦︶ とは
︑﹁ 三月 サン ジッ ナル
﹂と も言 う︒ 漢字 では
︑
﹁上 巳﹂
︑﹁ 元巳
﹂︑
﹁重 三﹂
︑﹁ 上除
﹂︑
﹁踏 青節
﹂と も書 く︒
﹁サ ンジ ッナ ル﹂ とは
﹁三
﹂の
﹁陽
﹂が 重な ると いう 意味 であ る︒
﹁サ ンジ ッナ ル﹂ とは
︑春 が訪 れて きた こと を知 らせ る﹁ 名日
﹂と いう 祝日 であ る︒ この 日は
︑江 南と いう 南の 国か ら燕 が戻 って くる 日で あり
︑冬 眠か ら蛇 が起
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二七
きる 日で もあ ると 言わ れて いる
︒﹁ サン ジッ ナル
﹂の 由来 は確 かで はな いが
︑新 羅時 代︵ BC 五七 年~ AD 九三 五年
︶以 来様 々な 催し が行 われ
︑ 朝鮮 時代
︵一 三九 二年
~一 九一
〇年
︶ま で続 いて いた と伝 われ てい る︒ また
︑蝶 や他 の鳥 が現 れる など
︑昔
︑慶 尚北 道地 方で はそ の日 に蛇 を見 ると
︑運 が良 くな ると 信じ てい た︒ その 他︑ この 日に は﹁ 豊年
﹂を 祈る
﹁農 耕祭
﹂が 行わ れた と伝 わっ てい る︒
㉕ 金サ ンジ ン﹁
﹁興 夫傳
﹂発 祥地 の文 献的 考証
「興 夫伝
﹂の 発祥 地を 探 して
︵一
︶﹂
﹃古 小説 研究
﹄創 刊号
︑古 小説 学会
︑一 九九 五年
︒
㉖ 邊恩 田﹁ 昔話
﹁腰 折れ 雀﹂ とパ ンソ リ﹁ 興甫 歌」 大工 の家 建て をめ ぐっ て﹂ 説話
・伝 承学 会編
﹃説 話・ 伝承 学﹄
︑一 九九 四年
︑三 二〇 頁︒
㉗ 稲田 和子 編﹃ 日本 昔話 事典
﹄弘 文堂
︑一 九七 七年
︑三 三五 頁︒
㉘
㉗に 同じ
︑三 二一 頁︒
㉙
㉗に 同じ
︑三 二一 頁︒
㉚
⑤に 同じ
︑二 九七 頁︒
㉛ 臼田 甚吾 郎・ 崔仁 鶴編
﹁韓 日昔 話の 比較 狗耕 田譚 と花 咲爺 を中 心 に﹂
﹃東 アジ ア民 族説 話の 比較 研究
﹄桜 楓社
︑一 九七 八年
︑九 十頁
︒
㉜ 関敬 吾編
﹃日 本昔 話集 成 第二 部の
﹄角 川書 店︑ 一九 七三 年︑ 四八 七頁
︒
㉝ 小林 智昭 校注
﹃日 本古 典文 学全 集 宇治 拾遺 物語
﹄小 学館
︑一 九七 五 年︑ 一六 四頁
︒
㉞ 三木 紀人
・浅 見和 彦校 注﹃ 新日 本古 典文 学大 系 宇治 拾遺 物語
﹄岩 波 書店
︑一 九九
〇年
︑一
〇一
~一
〇二 頁︒
㉟ 高木 敏雄
﹃増 訂日 本神 話伝 説の 研究
﹄東 洋文 庫︑ 平凡 社︑ 一九 七 四年
︑二 五一 頁︒
㊱ 大島 建彦 校注
﹃新 潮日 本古 典集 成 宇治 拾遺 物語
﹄新 潮社
︑一 九八 五 年︑ 五七 七~ 五七 八頁
︒
㊲ 崔仁 鶴﹁ 韓日 昔話 の比 較 狗耕 田譚 と花 咲爺 を中 心に
﹂﹃ 東ア ジア 民 族説 話の 比較 研究
﹄臼 田甚 吾郎
・崔 仁鶴 編︑ 桜楓 社︑ 一九 七八 年︑ 九一
~九 二頁
︒
㊳
㊲に 同じ
︒
㊴ 小澤 俊夫
﹁昔 話に みら れる 隣モ ティ ーフ 日本
﹂川 田順 造・ 徳丸 吉彦 編﹃ 口頭 伝承 の比 較研 究
﹄弘 文堂
︑一 九八 四年
︑二 四九
~二 五〇 頁︒
㊵ 稲田 浩二
﹁兄 弟譚 と隣 の爺 譚一 考﹂ 京都 女子 大学 国文 学会 編﹃ 女子 大 国文
﹄第 八三 号︑ 京都 女子 大学 国文 学会
︑一 九七 八年
︑十 七頁
︒﹁ 兄弟 譚と 隣の 爺譚
﹂稲 田浩 二﹃ 昔話 の時 代﹄ 筑摩 書房
︑一 九八 五年
︑二 三一 頁︒
㊶
㊵に 同じ
︑二 頁︒
㊷
㊵に 同じ
︑二 一頁
︒
㊸ 小峯 和明
﹃中 世文 学研 究叢 書 宇治 拾遺 物語 の表 現時 空﹄ まん ぼう 10 社︑ 一九 九九 年︑ 二一 七頁
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㊹
㊴に 同じ
︑二 五〇 頁︒
『宇 治拾 遺物 語﹄
﹁雀 報恩 事﹂ 考
二八