経 濟 學 史 上 に 於 け る マ ル サ ス の 地 位
問題の所在 堀経夫
自由主義経濟學或は資本主義経濟學の成立事情については︑從來様々な読明が試みられて居る︒併し乍ら︑
ヘへもぬヘヘへももへももも今其の内容を主にして考へるならば︑斯學は富とは何ぞやといふ問題の解決並びに需要供給の法則の襲見に出
稜するもの玉如くである︒か製る解繹は一見奇異に感ぜられるかも知れないし︑叉決して完全な読明ではなか
らう︒けれども︑若し吾々がかの重商主義的経濟思想に反封して起つた自由主義的経濟思想の先騙者の書物を
親るならば︑私のこの主張が必すしも的を外れてゐないことが分るであらう︒私は此虜でこのことを立誰すべ
く詳しい読明を加へることは出來ない︒た罫︑富に關するかのリチャアド・カンテイロンの定義ー﹁富それ
ハ自盟は生活の維持品・便利品︒及び愉樂品であるに外ならない︑﹂1や︑ヰリヤム・ペテイ︑ジョン・ロック︑
ダドリ・ノオス等の利子論や便値論‑利率や債値は資金や財に封する需要供給の關係にょつて定まるのであ
脛濟學史上に於けるマルサスの地位二九
1)RichardCantillon,Essaisurla H櫨gs,sed.193LP・2・
NatureduComrnerceenG6n6ral.i75S;
三〇
るから︑人爲を以てこれを規制することは不可である︑との主張1を︑ほんの一例として學げて置くに止
める︒
さて富に關する正しき概念の樹立は︑やがて維濟學の封象に關する正しき認識を意味し︑又需要供給の法則
の獲見は︑やがて富の運動或は流通の現象に關する最も一般的なる原理の理解を意味する︒而して富に關する
カンティロンなどの定義は︑その後アダム・スミスを経て今日に至るまで︑殆んど著しい修正を受けることな
しに(富を物質財のみに限るか︑或はこれに非物質財を加へるか︑については論孚があつたけれども)傅はり
來つて居るのであつて︑吾々はこれに多くの言を費す必要を見ない︒所が︑需要供給の法則といふことになる
と︑問題はそれほど簡箪には片附けられない︒蓋し︑流通経濟或は貨幣経濟が行はれて居る限り︑一般に財の
債値或は特殊的に資本や土地や榮働の債値(即ち利子や地代や勢賃)がそれぞれの物の需要と供給との關係に
よつて定まる︑といふことは眞理であるとしても︑なほ経濟學者達は︑更に一歩を進めて︑この需要や供給を
左右する事情の研究に心を漕めざるを得なかつたからである︒
お かくて富の便値については︑先づ翠純なる需要供給の關係よりして其の表面の現象を読明せんとする試みが
なされ︑然る後に其の本質を究めんとして主として財の供給或は生産の側の事情叉は主として財の需要或は消
費の側の事情を分析せんとする試みがなされたものと看徹して︑大過はなからうと思ふ︒而して供給或は生産
の側の事情を分析して債値論を樹てた最初の人は︑アダム・スミス(生産費読)やリカアドウ(勢働債値読)
であり︑叉需要或は消費の側の事情を分析して債値論を読いた最初の人は︑ジェヴォンズ︑メンガア︑ワルラ
ス等(限界敷用読)である︒そこで問題となるのは︑これから私が取扱はうとするマルサスである︒彼は如何
なる債値論を設いたのであらうか?・彼れの便値論は學読史上如何なる地位を占むべきものであるか?・
ラヘノ コ あ(註)キャナy戦授に︑ウヨy・ロウの需要供給説なρρ轟ロ窪騰画&ム︒ヨ碧山昏8蔓oh︿巴9と呼んで居ろが︑か﹂る命名法
跡に緻へば︑ジョy・ロックの需要供給説に之な9︒O量三剛曙‑彗阜くo耳再げ8qoh︿巴琴と︑叉ジョオウ・バア〃リイの説
は之なρ覧︒艮響聾山ム§彗自夢︒oqoh轟ピoと名づけることが許されるであらうo併しこれに彼等がそれぞれ使用して
居る言葉の末に捉はれた揚合の話であつて︑彼等の言にんとぜし所に︑要するに︑﹁費買される総ての物に︑買手が多
のいか費手が多いかに比例して債格に於て騰落すろ︑﹂といふ亭凡な主張に蹄著する︒
ニマルサスの便値論を主題とする理由
併し私は︑本論に入る前に︑﹁経濟學史上に於けるマルサスの地位﹂を論ぜんとするに當つて︑何故かくの
如き一見微細なる問題に範園を限定するか︑について︑若干の読明をして置かなければならない︒これには次
の二つの理由があるのである︒
ヘへもヘへ第一の理由は︑一髄人口論乃至人口原則そのものは維濟學の本來の封象なりや否やといふ鮎についての疑問
である︒言ふまでもなく︑マルサスは彼れの人口論或は人口原則を以て有名である︒そして實際多くの経濟學
史の書物(筆者のそれをも含めて)に於て彼れの爲めに割かれる幾頁かの紙面は︑彼れの人ロ原則の叙述・解
脛濟學史上に於けるマルサスの地位三一
1) 2) 3) 4)
JohnLaw
C£EdwinCannan,AReviewofEconomicTheory.Ig2g.p.i5g.
GcorgeBerkeley
JohロLod【eの 言 葉
三二
霧・批判等に充てられて居る︒これを私は無意義とは思つてゐない︒何故なれば︑彼れの人口原則の裏には︑
入間の経濟生活ー無論︑自由主義的経濟組織の下に於けるーに關する法則(即ち経濟法則)の理解がある
からである︒た穿梢々遺憾に感ぜられるのは︑大部分の経濟學史の書物は︑この鮎を無覗し或は少くとも輕観
へもぬへももへぬして︑全力或は主力をマルサスの人口法則そのもの︑叙述なり解繹なり批判なりに注いで居ることである︒吾
麦が経濟學史の書物ーマルサスの人ロ論や一般の人ロ論史を取扱つた書物のことを言つて居るのではない
ももヘへぬぬももーを幡く際に︑スミスとリカアドウとの維濟理論の中間にマルサスの人ロ理論が介在して居るのを見出し
て︑多少とも奇異の念‑何か爽雑物が在るといつた感じーを懐くことが若しあるとするならば︑それは恐
うもヘへもうヘへらく人口論者としてのマルサスを一個の経濟學者として描き出すに不十分なものが︑其の中にあるからであら
う︒経濟學史の專門書にして既に然り︑況んや一般常識に於てをや︑である︒無論︑かく言ふことによつて︑
私は純粋な人口論者としてのマルサスの燦然たる地位に疑を挾まうといふのでは毛頭ない︒た讐︑経濟學史の
上でマルサスを取扱はんとする場合には︑今少し経濟學者としての彼れの特徴を示すことに努むべきではなか
らうか︑といふまでΨある︒
少し極端な言ひ表はし方かも知れないが︑マルサスは人口論者から経濟學者に成つた人ではなくて︑寧ろ最
初より経濟學に興味を有ち共の特殊研究(具饅的に言へば︑貧乏・食物或は生活資料・其の債格・地代などの
研究)より其の一般的研究(経濟原理一般の研究)に這入つた人である︒而も彼は一つの経濟法則‑或は寧
ろ︑一つの維濟學的老へ方︑といつた方が良からうーに絡始一貫してゐたのである︒(これは即ち需要と供
給との關係から諸々の現象を眺めるといふ考へ方を指すのであるが︑其の詳細は拙論を進めるにつれて漸次明
かとなるであらう︒)故に吾々がマルサスを研究し彼れの維濟學史上の地位を論する場合に︑彼れの経濟法則
の一つの表現にすぎない所の人口原則のみを取扱ふことは︑菅に不十分なるのみならす︑亦経濟學者としての
彼を正當に評便する所以ではないのである︒私はこの文章の冒頭に︑﹁一腿人口論乃至人口原則そのものは経
濟學の本來の封象なりや否や﹂との疑問を出して置いた︒而して私は必すしも眞正面からこの疑問に解答を與
へなかつた︒併し拙稿に於て私がマルサスの人ロ論そのものではなくて彼れの慣値論ーそれは人口論よりも
一贋深く且つ廣く彼れの経濟學史上の地位を示すものであるーを主題としようとすることの一つの理由は︑
略ぼ明かになつたと思ふ︒
私が﹁経濟學史上に於けるマルサスの地位﹂を論ぜんとするに當つて︑彼れの債値論或は需要供給読の學読
ヘヘヤヘへ史上の意義を主題とすることの第二の理由は︑頃日この瓢を問題として経濟學史上‑人口論史上ではない
ーに於けるマルサスの功績を積極的に認めんとする試み︑即ちマルサス復興叉は復活(器ごげ自ぎ晋昌︒幽蜜9︒7
'
昏9自器§望鍵89竃ロ年器冨昌国8琴巳邑の聲が︑経濟學界に起りつ玉あることである︒寡聞なる私が最
わ近見た範園に於ても︑かのケインズの﹁傅記の研究﹂の中に牧められた論文﹁ロバアト・マルサス︒ケンブリ
ララヂ出身の最初の経濟學都﹂や︑マクラクンの﹁債値論と景氣循轟﹂は︑其の代表的なものである︒か玉る機蓮
経濟學史上に於けろマ〃サスの地位三三
1) 2) 3)
」.M.Keynes,EssaysinBiography.1933・
̀̀RobertMalthus:TheFirstoftheCambridgeEconomists
.
H。L.McCracken,VaユueTheoryandBusinessCydes.1933
三四
に際會せる今日︑私がマルサスの経濟理論就中其の根本となれる債値理論の特徴を問題とすることは︑必すし
も無意味ではないであらう︒率直にいふならば︑私は從來マルサスの債値論を割合に輕硯してゐた︒從つてこ
れが彼れの學史上の地位を支配するとは考へてゐなかつた︒然るに︑過日マルサスの一八〇〇年の小冊子﹁食料
b品の現在の高き債格の原因に關する研究﹂を入手し︑叉マルサスに關する前記の爾薯書を併讃することによつ
て︑私は從來の解繹を大いに改訂せざるを得なくなつた︒私がマルサスの地位を見直さうとする他の理由は︑
實に鼓に在るのである︒
なほ一寸附言して置き度いのは︑本稿に於て私は︑マルサスの経濟理論一般とか︑或はマルサス野リカァド
ゥの債値論孚とかを︑詳細に論述する積りはない︑といふことである︒これ等の主題については︑他の諸賢の
猫立の論稿が別に輯められて居る︒私はた野経濟學史上に於けるマルサスの地位を明かにするといふ目的を以
て︑彼れの憤値論の特徴を浮出させようと努めるのみである︒
一昌﹁人ロ論﹂に於げる需要供給読
マルサスには便値に關して決定論と尺度論とがある︒債値決定論は︑﹁人口論﹂第一版以來終始一貫彼れの
わ頭の申にあつたものであつて︑所謂需要供給読に属する︒債値尺度論は︑リカアドウとの交際が始まつてより
後︑殊にリカアドウの﹁維濟原論﹂(一八一七年)を讃んでより後に︑彼との論争の間に展開されたものであつて︑