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伊 太 利 に 於 け る マ ル サ ス の 先 騙 者
手塚壽郎
前世紀の末頃から今世紀の初頭にかけて︑伊太利では︑マルサス以前に伊太利で人口問題を論じた學者のう
ちに多数のマルサスの先騙者を見出し得るとの聲が高かつた︒またこれより遙か以前に︑既に竃︒ω器魯脳宣は︑
oD潜σqσqごり巳冨帥8同宣穿昌9弓o弓o冒臥o昌o弓周言oぢ巴日〇三〇のo窪o一︑器窟暮o山匹ヨ08畠9μ◎︒O鈴のうちで︑マルサスの
人口論を嚴正に批判し︑或鮎では決定的と云はれるものを淺してゐるが︑ついでにマルサスの人口論は悉く十
八世紀の伊太利の経濟學者の著述のうちに現はれてゐると云ふ主張を残してゐる︒﹁伊太利の経濟學者のうち
の或者の頁を綜合して見ると︑マルサスのシステムには新しい何ものも殆んど残らないやうなシステムを組織
することが出來る︒何となれば︑伊太利の経濟學者のうちには︑マルサスと同じ原理と同じ演繹と︑一部はま
た同じ具盟的臨自ヨ三︒とが認められるからである︒之を以て︑爾者の概念︑方法︑目的︑從つて全理論が根
伊太利に於けるマルサスの先騙者五三
五四
め本的には同一であることを認めしむるに充分である︒﹂
今日と難樹マルサスの先駆者を伊太利に見出し得ると信じてゐる人が少からすあるやうである︒だが然し
目︒霧巴茜臣らの言葉は︑今は既に遠い昔の尿σQ①巳︒に過ぎなくなつてゐるのではあるまいか︒想起すれば一
九二二年の春の墨期︑08︒奉大學の︾蕃︒敏授は巴里大學の五同の連績講演に於て古い伊太利學者のために
萬丈の氣を吐いたのではあつたが︑人ロ論については必すしもさうではなかつた︒⁝教授は云つた︑﹁もし此ら
の薯作家︹]≦碧臣ミ︒㌍閑9窪ρ頃6︒8臨ρ濁﹃昌職︒は・⁝・・等を指す︺の文字と精神とを正しく解繹すれば︑我々
は反封の結果に達する︒原理の上でもh方法に於ても︑結論に於ても︑彼らの何人もマルサスの先騙者ではな
い︒却て彼らはマルサスとは完全な封立をなしてゐる︒かく云ふことによつて︑私は彼らの便値を低く評便し
ぬへわようとするのではない︒それどころか彼らの債値により多くを附け加へようと思ふのである﹂と︒アリアスの
如き経濟學上の國民主義者から此言を聞くのである︒所がひとりO貯B日碧ドO嵩8に到ると︑アリアスの語
調は攣化する︒﹁我々は十八世紀の伊太利の著述家に於ける人口理論︑即ち男巴B凶︒桶幽"<器︒90碧一凶讐U︑>H8
の人ロ理論の研究を績けることが出來る︒けれども此らの人々のうちにも︑既に私が他の學者について解読し
た思想と異つた思想を見出すことは出來ない︒此らの人々の何人もマルサスの先騙者であると云はれることは
出來ない︒此らの人々を此先騙者であるとなすがためには︑慮々にして人々がなすことのあるやうに︑ごまか
し(ω昌需胤ロαq︒)をしなければならぬ︒云ひ換ふれば︑此らの人々の書いた或フレーズを取りあげて︑それらをテ b
1)
2)
CiteparArias,Lath60riedelapopulationenItalieavantMalthus,Rev.
d,histoire壱conomiqueetsociale,Ig22,P・SI4・
Arias,Lath60riedelapopulationenItalieavantMalthus,Revued,histoire
6conomlqueetsociale,1922spp・514‑5。
キストから切り離し︑そしてそれを其著者の思想の眞實の表現であるとして提示しなければならない︒然しか
やうな仕方を以てしては︑學読の歴史は書きみげられない︒⁝⁝此時代の伊太利経濟學者のた罫一人がマルサ
スの眞の先騙者と考へられ得ぺぎである︒此経濟學者は︑自ら採れる方法に於て︑また自ら達した結論に於て︑
彼の時代の人とは明白に封立してゐる︒その人こそはベエニスの人Oず日B碧鼠○昌8であり︑伊太利経濟學者
に共通に見られる精密にして釣合のとれた事實槻察方法は微塵だも見られない奇怪にしてパラドクサルな思想
め家である︒﹂もし伊太利にマルサスの先騙者があつたとしたら︑恐らくそれはO昌︒︒︒であつて︑他の學者にあら
ざるべきは︑経濟學上の國民主義者であり歴史家であるアリアス敏授の樺威に信頼し︑之を確信して差支なか
らう︒○
男昌昌碧山が云つたやうに︑﹁マルサスの先駆者なる意味を︑人ロは生活の手段を超ゆることが出來ないと論
誰する著作者と解すれば︑人口を取扱つた著作家は総てマルサスの先駆者であるとせられねばなるまい︒然し
マルサスはそれと全く違つてゐることを云つてゐるのだ︒人回は宿命的に生活資料を超過する傾向をもつてゐ
る︒生存のためには食料を得なければならないが故に︑人口は生活資料によつて輿へらる﹂限界を乗り越える
ことは出來ぬ︒人の増加は.︑団︒︒・置器O冨︒寄︑.によつて停止される︒故に︑弓器ぎ糞ぞ︒O冨︒寄︑︑を用ひて︑飴り
にも大なる増殖の危瞼を見透すことが人間にとつては有釜である︒⁝⁝私の一般的結論は此ら伊太利の著作家
が或鮎ではマルサスの先騙者であるかも知れないが︑然しどの著作家にもマルサスの理論と同檬の理論を見出
傍太利に於けるマルサスの先騙者五五'
1)AriasioP.cit.,P.524.
五六
玲し難いと云ふにある︒﹂而して寄団旨巳によつても︑﹁〇二$のみが︑無反省な人口襲展に反封したマル
恥サスの眞の先騙者である︒﹂寓︒吻ω︒審篠騨らの言読が古い富σq6巳︒となり了つた今日も樹うO昌窃のみ
は︑多くの學設史家によつてマルサスの先駆者とされてゐる︒O昌︒︒のみについては︑今も昔も︑學者
の見る所に攣化はない︒試みに昔から今に至る経濟學論史家の著作を﹀け轟&︒日に取りあげて︑それ
らの申で︑O旨$がマルサスとの關係に於て如何に考へられてゐるかを見よう︒
伊太利の古い歴史家℃89断oは云ふ︑﹁マルサスの読が如何に批判を加へられたかは人の知るが如く
である︒英國のマルサス反劉論者にして︑オルテスがマルサスと同檬の観察をなし同檬の結果に達して
ゐたことを知つたら︑此ら反封論者の驚愕は如何に大なるものがあらう︒此ら二人の著述家の意見の偶︑
然なる一致は驚くに足る事實である︒異れる土地に生れ︑異れる宗教を信じ︑三十年の時聞を隔て(然
し此英國人は︑同じ研究について三十年を先立てる此伊太利人の名を聞かなかつた)︑同じ結果に達し
のた︒﹂≦げ♂署︒・ξは曰く︑﹁因田︒︒・訟ω忌隅宕宕冨凶凶︒蕊山亀6蕾臥〇三需目H9︒唱自8龍9︒︒8き日冨蕾臥8畿⑦
はマルサスの著作に先立つてゐる︒マルサスはオルテスについては毫も知る所がなぐ︑伊太利とは全く
め異れる土地にあり︑異れる宗敏を信じてゐたにも拘らす︑同じ結論に蓮した﹂と︒国凱8は云ふ︑﹁オ響
の●ルテスはマルサスの先駆者と考へられ得べく︑思想上﹀含ヨ竃自巽に近い︒﹂︒D三けq9σqぎは云ふ︑﹁オル
テスは︑後にマルサスが表明したいくつかの思想を設いてゐるのみならす︑人ロの全理論の根本原理の
1) 2) 3) 4) s)
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め解明に於ては︑明らかにマルサスに先行してゐる︒﹂閑︒8霞号も云ふ︑﹁英國の牧師マルサスに
して︑伊太利人特にオルテスの著しく高い功績を知らなかつたとしたら︑人口理論の眞の作者
であると見られねばならなかつたかも知れない︒オルテスのシステムはマルサスが展開したそ
鋤れに甚だ近い︒﹂コッサは曰く︑﹁マルサスの多くの先駆者の系列申に︑津§峯ρ切︒8碧昼
OH言9固8凶を指摘して置かねばならない︒就中︑オルテスのモノグラフイは最も深奥であ
恥り︑それは萌芽の形に於て穿はあるが︑人口理論の本質的部分を含んでゐる︒﹂08欝aは目
く︑﹁守o昌oヨド墨風o塁﹃を公にしてから後︑オルテスは人ロ問題の重要さを認め︑とれに特
別な著作図任︒︒・︒・δ三(昌㊤O)をさ﹂げた︒それはマルサスのエッセーの第一版より七年前のこと
である︒彼の思想は︑當初からマルサスの思想の方向をとつてゐたが︑因窪8ωご三に於ては英
筍國の経濟學者と争ふことの出來ない類似が明瞭になつてゐる︒﹂≦唖σ︒崖も云ふ︑﹁オルテスはマ
助ルサスの先騙者中に於て鮮かな地位に値する︒﹂またシユンペークーによれば︑﹁オルテスのう
ちに既に︑後に甚だ有名になつた方式︑即ち人口は幾何級激的に増加し︑生活資料は算術級数
の的に増加すると云ふ方式が︑現はれてゐる︒﹂日湾窺によるも︑﹁マルサス人口論の核心は既に
わ男窪8切ごaに完全に現はれてゐる︒﹂またモンペルトによつても︑﹁一七七四年に公にされたオ
ルテスの.帆図ω︿o,斧︒旨昌σqψ﹃耳︒..は有名になつた︒其中にはヤルサスの全人ロ理論が根本思想の
傍太利に於けるマルサスの先臨者五七
1) 2)
3) 4)
5) 6) 7)
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.五八
D形態に於て現はれてゐる︒﹂男巴σq話く︒の僻典によるも攣りはない︒﹁第一に人ロの幾何級数的に檜加するとの法
則を立てた黙に於て︑第二に過剰人ロは人間の理性によつて豫め制止せられるとなした鮎に於て︑オルテスは
さラ るヨマルサスの先駆者である︒﹂]≦︒蹄凶9によるも︑﹁オルテスはマルサスの先騙者である︒﹂
]≦︒器p魯σq冨の言葉が遠い過去の尿σq窪俵となり終うた今も術︑ひとリオルテスのみは殆ど総ての學読史家
によつてマルサスの先騙者とせられてゐる︒然し多くの學読史家は︑マルサスによつては此ベエニスの思想家
は知られてゐなかつたと考へてゐる︒私の本稿に於ける課題は︑オルテスが如何なる瓢に於てマルサスの先騙
者であつたか︑そしてもしオルテスの思想とマルサスのそれとの間に先騙者のそれと後行者のそれとの關係が
あつたとしたら︑たしかにマルサスはオルテスを知ることが無かつたか否か︑此ら二つでしかないのである︒
限定せられてゐる紙面に於ては︑冨︒切ω巴轟証の痔︒巳︒に現はれてゐる一々の思想家を研究して︑夫々の思
想がマルサスのそれと先縦關係を有するか否かを確かむることは不可能であるばかりでなく︑かやうな確かめ
は今日では全然無用の業であると見らるべきであらう︒敢へて私の研究を侯つまでもない︒オルテス以外の伊
太利の人ロ論者がマルサスの先駆者であることを信する人が︑今も樹少からすあるかも知れないが︑專門の學
設史家によつては此らの思想家とマルサスとの先躍關係は明確に否定されてゐるのである︒本稿に於ては︑先
躍關係が否定されてゐるが然し此關係を否定しない學詮史家もあるやうな=一の思想家をあげて︑竃窃紹審σqぽ
の言読を尿σq︒巳︒として笑殺する根擦を明らかにするに止める︒
r)Mombert,GeschichtederNationa16konomie,S.213.
lt、 何 ら か の 誤 で あ ら う0
2)Palgrave,sDictionary,Lg26,Vol.3,P.44.
3)Handw.derStaatsw.,4Aufl.,ArL̀̀Ortes".
こNl:1774年 と あ る