博士(工学)陳 嘉義 学位論文題名
A Development of Chlorine‑free Pulping Process with Oxygen Bleaching
( 酸素 酸化 を用 いた 無塩素漂白パルプ製造法の開発)
学位論文内容の要旨
現在の製紙工場で主流を占めている塩素系漂白剤による漂自法は、ダイオキシンなどの 有機塩素化合物による水質汚染とぃう環境問題を抱えており、工場では塩素系漂白剤の使 用を減らす目的で、アルカリ酸素酸化脱リグニン法(以下酸素脱リグニン法)が導入され てきている。しかし、現在の酸素脱リグニン法では、脱リグニン率を上げ過ぎるとバルブ の収率と強度の大幅な低下へとっながってしまうために、脱リグニン率が45%程度にとど まっている。そのために、次段の化学漂白工程で高コストの過酸化水素などの使用量を増 やさずに漂白するには、いまだ塩素の使用を止めることができない。したがって、収率や 質を落とすことなく脱リグニン率を向上させることができれば、完全な無塩素漂白パルプ 製 造 法 が 従 来 の パ ル プ 製 造 法と コス ト的 に競 争で きる ように なる と考 えら れる 。 以前の研究において、酸素脱リグニンの前段であるクラフト蒸解工程での蒸解条件、特 に蒸解温度が酸素脱リグニンに大きく影響を与え、高い温度で蒸解したパルプは低い温度 のそれより脱リグニン効率が良くなると報告されている。そこで、本論文では、蒸解条件 を詳細に検討するとともに、リグニンの構造変化をGPC、13C NMR等の分析法を用いて解析 することにより、この現象のメカニズムについて知見を得た。そして、そのことにより脱 リグニン率を上げるための基礎的知見を得ることができた。
以前の報告では、クラフト蒸解時の活性アルカリ濃度が通常の場合より低かった。同じ 現象が、通常のアルカリ量を添加した場合にも起こるかどうかを謌べた。条件として、14
%または12%の活性アルカりを用いて、白樺チップを、180℃、170℃、160℃において蒸 解した。その結果、以前と同様に180℃で蒸解されたバ´レプは160℃のそれより高い脱リグ ニン率を示した。そこで、っぎにそのメカニズムを調べるために、異なる条件のもとで蒸 解したパルプ中の残留リグニン・と蒸解リグニン廃液中のりグニンをそれぞれ単離し、それ らの構造をGPCと13C NMRにより解析した。その結果、廃液中及びバルプ残留リグニンの両 方とも、その構造が、蒸解温度によってかなり違うことが明らかとなった。180℃の蒸解温 度では170℃及び160℃に比べて、両方のりグニンとも、p‑0‑4とa‑ORなどの結合がより激 しく切断されており、分子サイズの低下と共に、フェノール構造及ぴQ位のC‑OHあるいは
CニニO備j亀が多く見られた。このことが後続の酸素酸化段階において脱リグニン効率がよく なる蝋閃と考えられる。
蒸解;盆度により構造的に異なるりグニンが酸素酸化段階でさらにどのように構造が変化 するかをIR、1℃NMR、元素分析等によって解析した。また、その解析結果より酸素酸化に 強く抵抗するルグニンの構造についても知見を得た。高い温度で蒸解したバルプは、酸素 酸化する時に、低い温度のそれより、残留リグニンの構造中にはフェノール基が多いので、
ベンゼン環の開環反応や側鎖の分裂を起こしやすかった。これらの事実から高温蒸解した バルプが酸素酸化段階において高い脱リグニン効率を示す事実を説明できると考えられる。
また、p.p やp‑sなどの構造、a位にカルボニ少基をもたないp‑0‑4結合、そして、Lignin Carbohydrates Complexが多く見られることから、このような構造が酸素酸化に対して強い 抵 抗 性 を 有 す る の で 、 酸 素 酸 化 段 階 で 、更 に 脱 リ グ ニ ン は 難 しい と考 えら れる 。 以上の結果より、酸素酸化段階での脱リグニン率を向上するためには、クラフト蒸解段 階では比較的高い蒸解温度が必要になると言える。一方、蒸解温度を高くしすぎると、パ ルプの収率及ぴ強度の低下にっながるので、その問題を、蒸解中の温度履歴を検討し、最 適な温度コントロール条件を見つけることにより解決した。その条件は、最初180℃まで上 昇させ、10分間から30分間180℃のまま保つ。っぎに165℃まで下げ、その温度を蒸解の最 後まで保つ。この方法を多段階加熱蒸解法(Multi‑stage Heating Digestion; MHD)と名づけ た。MHD蒸解法を用いると、パルプの重合度と収率を減少させることなく、酸素脱リグニ ン率を向上させることができた。たとえば、14%のアルカりを用いて蒸解したパルプを、
180℃の状態で30分間保っと、脱リグニン率が60%にまで向上した。アルカリ12%を用い た蒸解では、180℃で10分間保っと、脱リグニン率が67%にまで達した。後者のアルカリ 12%の場合では、脱リグニン率だけでなく酸素酸化後のパルプ収率も通常の方法より高い ことが明らかとなった。
っぎに、MHD法で蒸解したりグニンの構造をGPC、1℃NMR、元素分析等によって解析し、
従来の蒸解法によるりグニンの構造と比較した。その結果、MHD法のりグニンは、170℃ 蒸解の残留リグニンと180℃蒸解残留リグニンとの中間の構造と中間の分子量分布を示した。
また、MHD法において酸素酸化後のバルプ収率が高かったのは、セルロースの収率が高 くなっただけではなく、ヘミセルロースの収率向上も寄与していた。白樺のヘミセルロー ス中で90%を占めるキシランは、MHDバルプ中ではその保存率が従来の180℃と170℃での 蒸解の場合より高かった。
MHD蒸解後に酸素脱リグニンしたMHDパルプは、通常蒸解のパルプよルリグニン含有量 を低くすることができたので、後続の化学漂白過程を従来より簡素化できると考えられる。
MHDパルプを塩素を用いずに漂白できることを確認するために、いくっかの非塩素系漂白 過程を用いて漂白を試みた。その結果、MHDパルプは通常のバルプより過酸化水素の量を 20〜25%少ない量で同じ白色度を得ることができた。アルカリ14%蒸解のMHDパルプをキ シラナーゼ処理し、二段階の過酸化水素で漂白した後のパルプの白色度は83.8にまで達し た。また、漂自したMHDバルプは、従来のパルプより強度が高く、裂断長6.2km、破裂度 4.9、引裂度60であった。このように、MHDバルプの完全無塩素漂白工程からは、市場レベ
ルの品質のパルプを得られた。
以 上 のよ うに 、本 論文 では 、酸 素酸化後のりグニンの構造を解析することにより、蒸解 温度 の 違い によ ルク ラフ トパ ルプ 中残留リグニンは量的に異なってくるだけでなく、質的 にも 違 いが 生じ てく るこ とを 明ら かにした。また、蒸解後のりグニン構造と酸素酸化後の りグ ニ ン構 造の 変化 につ いて の知 見をもとにして、酸素脱リグニンに適した高いパルプ収 率と強度を得られるクラフト蒸解方法(多段階加熱蒸解法(Nlulti‑stage Heating Digestion;
MHD)) を 開 発 す る こ と が でき た 。MHD法 では 、少 ない 量の 無 塩素 漂白 剤で 、従 来の 品質 のパ ル プが 得ら れる ので 、酸 素酸 化を用いた完全無塩素漂白バルプ製造法を経済的に成り 立つ形で実現できると考えられ る。
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学 位 論 文 審 査 の 要旨 主 査
副 査 副 査 副 査
教 授 教 授 助 教 授 教 授
高 井 光 渡 辺 寛 恵良田知 佐 野 嘉
学 位 論 文 題 名
男 人 樹
拓(農学部)
A Development of Chlorine − free Pulping Process with Oxygen Bleaching
(酸素酸化を用いた無塩素漂白パルプ製造法の開発)
現 在 、 製 紙 工 場 で 使 用 さ れ て い る 塩 素 系 漂 白 剤 は 、 ダ イ オ キ シ ン な ど に よ る 水 質 汚 染 と い う 環 境 問 題 を 引 き 起 こ す 。 従 っ て 、 塩 素 系 漂 白 剤 の 使 用 を 減 ら す 目 的 で 、 ア ル カ リ 酸 素 漂 白 法 が 最 近 導 入 さ れ つ っ あ る 。 し か し 、 現 在 の 酸 素 漂 白 法 で は 脱 リ グ ニ ン 率 を 向 上 さ せ る と バ ル ブ の 収 率 な ら び に 強 度 の 大 幅 な 低 下 を 招 く 。 そ こ で 本 論 文 で は 、 ク ラ フ ト 蒸 解 と 後 続 の 酸 素 酸 化 後 の 溶 出 リ グ ニ ン と 残 留 リ グ ニ ン の 構 造 を 解 析 し て 、 脱 リ グ ニ ン 機 構 を 明 ら か に し 、 こ れ を 基 に 完 全 無 塩 素 漂 白 バ ル プ 製 造 法 を 開 発 す る こ と を 研 究 目 的 と し て い る 。 ま ず 、 ク ラ フ ト 蒸 解 後 と 酸 素 酸 化 後 の り グ ニ ン の 構 造 をGPC、13C NMR等 の 分 析 法 で 解 析 し て い る 。 そ の 結 果 蒸 解 温 度 が 高 い ほ ど ロ −O―4と ロ ーOR等 の 結 合 が 切 断 さ れ て 低 分 子 化 さ れ る と と も に 、 フ ェ ノ ー ル 性 構 造 が 多 く な る こ と を 明 ら か に し て い る 。 こ の よ う な り グ ニ ン で は 、 後 続 の 酸 素 酸 化 段 階 に お ぃ て 、 側 鎖 や べ ン ゼ ン 環 の 開 裂 反 応 が 容 易 に 起 こ る よ う に な り 、 脱 リ グ ニ ン 率 が 向 上 す る こ と を 指 摘 し て い る 。 次 い で 、 酸 素 脱 リ グ ニ ン 法 に 適 し た ク ラ フ ト 蒸 解 方 法 ( 多 段 階 加 熱 蒸 解 法(Multi‑stage Heatiiig Digestion; MHD))を 開発 し 、 高 効 率 で 、 高 強 度 の バ ル プ を 得 る こ と に 成 功 し て い る 。 本MHD法 で は 、 ア ル カ リ12% の 場 合 、 脱 リ グ ニ ン 率67% 、 収 率53% 、Xylanase処 理 と 過 酸 化 水 素 漂 白 後 の 紙 カ は 裂 断 長 6.2km丶 比 破 裂 度4.9、 比 引 裂 度60で あ り 、 従 来 の 蒸 解 法 よ り 優 れ た 性 質 を 示 す バ ル ブ が 得 ら れ る こ と を 実 証 し て い る 。 ま た 、 漂 白 段 の 過 酸 化 水 素 使 用 量 も20‑ 25% 低 減 さ れ 、 経 済 的 優 位 性 も 指 摘 し て い る 。
こ れ を 要 す る に 、 著 者 は 完 全 無 塩 素 漂 白 バ ル プ 製 造 法 の 工 業 化 の 可 能 性 を 示 唆 し て お り 、 紙 バ ル ブ 製 造 工 学 及 ぴ 環 境 工 学 に 寄 与 す る と こ ろ 大 な る も の が あ る 。 よ っ て 、 著 者 は 、 北 海 道 大 学 博 士 ( 工 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。 ー610―