博士(農学)永田 修 学位論文題名
森林生態系における物質環境の地域特異性に関する研究 学位論文内容の要旨
近 年、 陸 域生 態 系 、特 に森 林生態系に おける酸 性化、富 栄養化が 地球規模 で の 重 要 な環 境 問題 の ー っと してあげら れている 。森林生 態系では 、大気か らの 物 質の流入 と土壌か らの排出と いう地球 化学的過程において、植物吸収、落葉、
落 枝、植物 溶脱、有 機物分解を 通して生 じる生物地球化学的循環が生じており、
そ れぞれの 生態系は おかれた様 々な条件 下で独自の物質循環系を形成している。
酸 性 化 、富 栄 養化 は 、 これ ら物質循環 のバラン スが維持 できなく なって引 き起 こ さ れ る可 能 性が あ る 。本 研究は、物 質循環の 地域特異 性をもた らす要因 を解 析 す る こと を 目的 に 行 った 。調査地点 は道央か ら道北に 位置する 針葉樹、 広葉 樹 の8箇 所 の 森林 生 態 系お よ びロ シ ア 極東 の ハバ ロ フ スク の 計9箇所 で あ る。
本 研 究 では 、 プロ ト ン 、塩 基、窒素の 動態に着 目し、各 森林生態 系におい て地 球 化 学 的、 生 物地 球 化 学的 循環過程を 測定し、 それに基 づき、植 物系およ び土 壌 系 の 物 質収 支 ( △ぼ , △BC, △N)を 算出 し た。 な お 、△ ば はプ ロ ト ンの 緩 衝 量 、 △BC、△Nは そ れ ぞれ 塩 基と 窒 素 の蓄 積 量で あ る。 得られた 値を、欧 米 の 針 葉 樹 林 ・ 広 葉 樹 林 に お い て 観 測 さ れ た 文 献 値 と 比 較 検 討 し た 。 1. 大気降下 物:大気からのぼフラックスは0.03〜l.OOkmole ha‑1y.1の範囲に あ り 、 ハバ ロ フス ク で 低く 、欧米の値 に匹敵す るものも あった。 塩基フラ ック スは0.71‑‑8.08kmol。ha‑1y.1、窒素フラックスは0.27〜1.52 kmol。'ha‑1y‐1の範囲に あ り、H←フ ラックス が大きいほ ど大きい 傾向があ った。た だし、塩 基フラック ス は 欧 米で 測 定さ れ た 値に 比べ高かっ たのに対 し、窒素 フラック スは欧米 と変 わらなかった。
2.酸 緩 衝 能 :い ず れ の地 点 も大 気 か らの ば フラ ッ ク スの 増 加と と も に植 物 系 の△ぼは 増加した 。北米では ぼフラッ クスが1 kmolcha‑ly一1を超える と△ロ が急激に低下し、2 kmol。ha‑1y.1のフラックスで負になる地点もみられた。別に 北海道で測定された例ではぼフラックスが1.63 kmolC haI ゾ ̄と大きかったにも 関 わ ら ず△ ば の低 下 は 見ら れず、北海 道の植生 の酸緩衝 能が高い ことが示 唆さ れ た 。 土壌 系 の△ ば は 、す べての地点 で土壌へ のぼフラ ックスの 増加とと もに 増 加 し た。 酸 緩衝 能 は 、植 物系では主 に塩基と の交換反 応により 生じ、土 壌系 で は 塩 基交 換 とと も に 、Alや その他の弱 酸の緩衝 により生 じる。植 物系にお い て △ ぼ が 低 下 し た 北 米 の 例 で は 、 塩 基 不 足 が 原 因 で は な い か と 思 わ れ た 。 3. 塩 基 蓄 積 : 植 物 系 の △BCは 樹 種 に関 わ りな く △ 甜の 増 加と と も に増 加 し て お り、 植 生に お け る塩 基蓄積が酸 緩衝に効 果がある ことを示 唆してい た。
た だ し 、 欧米 に 比 べ本 研 究で の △BCは 著 しく 高 く、 と く にCaで高 か っ た。 ま た ハ バ ロフ ス クで は △ ばが ほ ぼOに近 い 値 であ っ たが △BCは比較的 高かった 。
これは、元来植物は塩基を吸収蓄積することを示している。したがって、酸の 負荷を受ける地域の植生は、余分な塩基吸収を強いられていると考えられる。
4.窒 素 降下物の 影響:植物 系における △Nは△BCと正比例関 係にあり、
窒素吸収は塩基吸収を助長した。△Nは大気降下物の窒素のインプットととも に増加する傾向が見られたが、増加の程度は欧米に比べ本研究の方が大きい傾 向にあった。土壌系の△Nは植物系の△Nの増加に伴い低下し、本研究では泥 炭土を除き負の値となった。泥炭土は土壌有機物中に窒素蓄積があると思われ る。一方、欧米の多くの地点では土壌系の△Nは正となり、土壌中に余剰窒素 が生じていた。この余剰窒素は硝酸となり、塩基を伴って溶脱し、土壌の酸性 化を助長すると思われる。
5.植生への塩基供給:大気からの塩基フラックスの増加に対し、植物系の
△BCは 増 加した 。その内訳 はCaで高くNaはOに近か った。ただ し、欧米お よびハバロフスクでは大気からの塩基フラックスは2kmol。ha‑ly.1以下であった のに対し、北海道ではそれ以上の値であった。このことは、大気からの塩基フ ラックスが植物系への塩基蓄積量を左右する要因のーつであることを示してい る。 一方、土壌 系の△BCは、欧米ではOに近かったが、本研究地点では泥炭 土を除き負となり、とくにCaで多かった。このことは、本研究地点では土壌 系から植物系へ十分なCaが供給されていたのに対し、欧米ではその供給が小 さかったことを示している。
6.土壌の酸緩衝が植物の酸緩衝に及ぼす影響:土壌系の△BCの低下量は、
本研究では△ロより圧倒的に大きく、植物吸収や溶脱による内部酸の生成が大 きいことを示していた。この内部酸の生成が風化を助長し塩基を植物に供給す ると考えられる。一方、北米の一部は△BCの低下量より△ロの方が大きく、
土壌溶液中のAl濃度も高まっていた。すぬわち、土壌系での酸緩衝がAlによ り生じていたことを示していた。さらにこの地点では、土壌系の(K十Ca十Mg)
/心(molJmol)の値が生育の臨界点とされる1近くまで低下していた。事実こ の地点の植物系における△ぼは負となり、植生の酸緩衝能は低下していた。こ のことは土壌からの塩基とくにCaの供給が制限になり、Alが植生に対して障 害をもたらしたためであると思われる。
7.まとめ:植物は土壌から窒素を吸収し、それに応じて塩基を吸収するが、
そのことは土壌を酸性化し、風化を助長する。したがって、大気からの窒素供 給が多くなると、必然的に土壌の酸性化と風化は促進される。さらに大気から の酸の流入が多くなると、その緩衝のため植生はより多くの塩基を吸収しなけ れぱならず、土壌の酸性化と風化はさらに加速される。したがって、大気から の塩基の供給は土壌の酸性化を軽減する重要な因子である。北海道およびハバ ロフスクでは、欧米に比べて大気からの窒素や酸のフラクッスの増加にともな う塩基フラックスが大きく、このことが土壌の酸性化を軽減する大きな要因で あったと思われる。したがって、酸や窒素フラックスに応じた人工的な塩基施 与は効果的であると思われた。
以上のように本研究は、森林生態系における酸と塩基、およぴ窒素の動態が 相互に深く関わりを持ちながら丶、森林生態系が維持されていることを解析した もので、得られた知見は今後の森林生態系の維持管理に重要た示唆を与えると 期待される。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
波多野 高橋 佐藤 柴田
学 位 論 文 題 名
隆介 邦秀 冬樹 英昭
森林 生態系に おける 物質環境 の地域特異性に関する研究
本論 文 は9章 か ら な り、 図39、 表97、 引 用 文献142を 含 む 総頁 数173の 和 文 論文 で ある。別に参考論文6編が添えられている。
近 年、陸 域生態系 、特に 森林生態 系におけ る酸性 化、富栄 養化が 地球規模 での重 要 な 環境問 題のーっ としてあ げられ ている。 森林生 態系では 、大気 からの物 質の流入 と 土 壌から の排出と いう地球 化学的 過程にお いて、 植物吸収 、落葉 、落枝、 植物溶脱 、 有 機物分 解を通し て生じる 生物地 球化学的 循環が 生じてお り、そ れぞれの 生態系は お か れた様 々な条件 下で独自 の物質 循環系を 形成し ている。 酸性化 、富栄養 化は、こ れ ら物 質循環 のバラン スが維 持できなくなって引き起こされる可能性がある。本研究は、
物 質循環 の地域特 異性をも たらす 要因を解 析する ことを目 的に行 ったもの である。 調 査 地点は 道央から 道北に位 置する 針葉樹、 広葉樹 の森林生 態系お よびロシ ア極東ハ バ ロ フ スク の 計9箇 所 で あ る。 本研 究では、 プロト ン、塩基 、窒素 の動態に 着目し、 各 森 林生態 系におい て地球化 学的、 生物地球 化学的 循環過程 を測定 し、それ に基づき 、 植 物 系お よ び 土壌 系 の 物 質収 支 ( △ぼ , △BC, △N)を 算出し た。な お、△Irは プロ ト ン の緩 衝 量 、△BC、 △Nは それぞ れ塩基と 窒素の 蓄積量で ある。 得られた 値を、 欧 米の 針葉樹 林・広葉 樹林に おいて観測された文献値と比較検討し、以下の結果を得た。
1.大気 降下物: 大気か らのぼフ ラックスは0.03 ‑‑l.OOkmol。ha‑lゾの範囲にあり、
ハ バ ロフ ス ク で低 く 、 欧 米の 値 に 匹敵 す る もの も あ った 。塩基 フラック スは0.71〜 8.08kmol。ha‑lゾ、窒素フラックスは0.27〜1.52 kmol。ba‑lゾの範囲にあり、H←フラック ス が大き いほど大 きい傾向 があっ た。ただ し、塩 基フラッ クスは 欧米で測 定された 値 に 比 べ 高 か っ た の に 対 し 、 窒 素 フ ラ ッ ク ス は 欧 米 と 変 わ ら な か っ た 。 2.酸 緩 衝能 : い ず れの 地 点 も大 気 か らのH+フラ ッ ク スの増 加ととも に植物系 の△
ぼ は増加 した。北 米ではば フラッ クスが1 kmole ha‑lゲを超 えると△ ばが急激 に低下 し、2 kmol。ha‑1ゾの フラッ クスで負になる地点もみられた。別に北海道で測定された 例で はぼフ ラックス が1.63 kmol。ha‑lゾと 大きかっ たにも 関わらず△ぼの低下は見ら れ ず 、北 海 道 の植 生 の 酸 緩衝 能が高 いことが 示唆さ れた。土 壌系の △Hは 、すべて の 地 点 で土 壌 へ のHフ ラ ッ クス の増 加ととも に増加 した。酸 緩衝能 は、植物 系では主 に 塩 基との 交換反応 により生 じ、土 壌系では 塩基交 換ととも に、Alや その他の 弱酸の 緩 衝に より生 じる。欧 米の植 物系にお いて△H←が 低下した 理由は塩基不足が原因である と考えられた。
3.塩 基 蓄 積 : 植 物 系 の △BCは 樹 種に 関 わ りな く △ ばの 増 加 とと も に 増 加し て お
り、植生における塩基蓄積が酸緩衝に効果があることを示唆していた。ただし、欧米 に比べ本研究での△BCは著しく高く、とくにCaで高かった。またハバロフスクでは
△ばがほぼOに近い値であったが△BCは比較的高かった。これは、元来植物は塩基を 吸収蓄積することを示している。したがって、酸の負荷を受ける地域の植生は、余分 な塩基吸収を強いられていると考えられる。
4.窒素降下物の影響:植物系における△Nは△BCと正比例関係にあり、窒素吸収 は塩基吸収を助長した。△Nは大気降下物の窒素のインプットとともに増加したが、
増加の程度は欧米に比ベ本研究の方が大きかった。土壌系の△Nは植物系の△Nの増 加に伴い低下し、本研究では泥炭土を除き負となった。泥炭土は土壌有機物中に窒素 蓄積があると思われる。一方、欧米の多くの地点では土壌系の△Nは正となり、土壌 中に余剰窒素が生じていた。この余剰窒素は硝酸となり、塩基を伴って溶脱し、土壌 の酸性化を助長すると思われる。
5.植生への塩基供給:大気からの塩基フラックスの増加に対し、植物系の△BCは 増加した。その内訳はCaで高くNaは0に近かった。ただし、欧米およびハバロフス クでは大気からの塩基フラックスは2kmol。ha ly一1以下であったのに対し、北海道では それ以上の値であった。このことは、大気からの塩基フラックスが植物系への塩基蓄 積量を左右する要因のーっであることを示している。一方、土壌系の△BCは、欧米で は0に近かったが、本研究地点では泥炭土を除き負となり、とくにCaで多かった。こ のことは、本研究地点では土壌系から植物系へ十分なCaが供給されていたのに対し、
欧米ではその供給が小さかったことを示している。
6.土壌の酸緩衝が植物の酸緩衝に及ぽす影響:土壌系の△BCの低下量は、本研究 では△ぼより圧倒的に大きく、植物吸収や溶脱による内部酸の生成が大きいことを示 していた。この内部酸の生成が風化を助長し塩基を植物に供給すると考えられる。一 方、北米の一部は△BCの低下量より△げの方が大きく、土壌溶液中のAl濃度も高ま っていた。すなわち、土壌系での酸緩衝が心により生じていたことを示していた。さ らにこの地点では、土壌系の(K十Ca十Mg) /Al (moI。/moI)の値が生育の臨界点とさ れる1近くまで低下していた。事実この地点の植物系における△H+は負となり、植生 の酸緩衝能は低下していた。このことは土壌からの塩基とくにCaの供給が制限になり、
Alが植生に対して障害をもたらしたためであると思われる。
7.まとめ:植物は土壌から窒素を吸収し、それに応じて塩基を吸収するが、その ことは土壌を酸性化し、風化を助長する。したがって、大気からの窒素供給が多くな ると、必然的に土壌の酸性化と風化は促進されると考えられる。さらに大気からの酸 の流入が多くなると、その緩衝のため植生はより多くの塩基を吸収しなければならず、
土壌の酸性化と風化はさらに加速される。したがって、大気からの塩基供給は土壌の 酸性化を軽減する重要な因子であると考えられる。北海道およびハバロフスクでは、
欧米に比べて大気からの窒素や酸のフラクッスの増加にともなう塩基フラックスが大 きく、このことが土壌の酸性化を軽減し、森林生態系を維持する大きな要因であった と思われた。
以上のように本研究は、森林生態系における酸と塩基、および窒素の動態が相互に 深く関わりを持ちながら、そのバランスにおいて地域の森林生態系の維持が特徴付け られていることを明らかにしたものであり、得られた知見は今後の森林生態系の維持 管理に重要な示唆を与えると期待されるとともに、その成果は学術的に高く評価され る。よって審査員一同は、永田修は博士(農学)の学位をうけるのに十分な資格を有 するものと認めた。