博士(歯学)小堀善則 学位論文題名
口腔扁平上皮がんにおけるVEGF‑C の発現と りンパ節転移の関連
学位論文内容の要旨
緒言
腫瘍の転移は悪陸腫瘍の治療においてその予後に影響する最も重要な因子であり、口腔 悪性腫瘍の大部分を占める扁平上皮がんにおいても、転移の有無が予後と深く関わってい る。それ故その治療にあたっては、原発巣とともに転移リンパ節の制御が必須であり、術 前にりンバ節転移の予測が可能であればその意義は大きい。
Vascular endothel尚grIowthfaCtorNEGF冫―」Aは 強カな血 管透過性 亢進作用を持 ち、血管内皮細胞に特異的に作用する増殖因子として発見された。その後、高い相同性を も つ 関 連 遺 伝 子 が 発 見 さ れVEGFフ ァ ミ リ ー を 形 成 し て い る 。VEG卜CはVEGFフ ァ ミ リーのー つで、リ ンバ管内 皮細胞に 特異的に発現する受容体VEGHト3/Flt―4にりガ ンドとして結合し、リンパ管新生を促進することが明らかになった。近年、腫瘍細胞の発 現 するVEGPCがり ンバ管新 生を誘導 し、リン パ節転移と 強い関連 性のある ことが示唆 されている。
今 回筆 者 ら は、 口 腔扁平上 皮がん症 例を対象 としてrealtぬ さR卜PCRによるVEG卜 Cの発現を検索し、臨床病理学的パラメーターと比較することで、口腔扁平上皮がんにお けるVEGF―Cの発現の意義について検討した。
方 法および 結果
1. Real time RT‑PCRに よ る 培 養 細 胞 株 に お け るVEGF‑Cの 発 現 検 索 VEGF‑Cを 発 現 してい ることが 知られて いるヒト 線維肉腫 細胞株HT1080を 陽性対象 と し、VEGF―Cの 発現のないヒト乳がん細胞株MCF7を陰性対象として用いた。さらに、
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VEGF‑C発 現 プ ラ ス ミ ド を 構 築 し 遺 伝 子 導 入 し たMCF7細 胞(MCF7/VEGFーC)を 作 製 し た。 これら の細 胞株 からRNAを抽 出し、VEGF‑Cに対する特異的プライマーを用いて Syber greenによるReal time RrI、−PCRを行った。その結果、MCF−7細胞にVEGF―C の 発 現 は み ら れ な か っ た が 、HT1080とMCF7/VEGF−CにはVEGF‑Cの 発現 がみ られ、
Real time RT‑PCRによるVEGF‑Cの発現が確認された。
2.口腔扁平上皮がんにおけるVEGF‑C発現の検索
1995年から2003年の間に北海道大学歯学部附属病院口腔外科を受診し、病理組織学 的 に口 腔扁平 上皮がんと診断された48症例を本研究の対象としてReal time RT‑PCRを 行 った 。正常 粘膜4例をスタンダードとし、正常粘膜より高い値を示した症例をVEGF‑
C高 発現 群 、 そ れ 以 下を低 発現 群と した 。VEGF‑C高発 現症 例は 全48例中20例 、低発 現症例は28例であった。
3. VEGF‑C発現と臨床病理学的バラメーターとの比較検討
VEGF−C高 発 現 群 で は20例 中14例 に り ン パ 節 転移を 認め たの に対 し、VEGF―C低 発 現群28例で は9例の みで 、VEGF−Cの発 現と りン バ節 転移 に有 意の相 関が認められ た。
1、2症例を 腫瘍 径30 mm以下 のT2Eとそ れ以上のT2Lに分け、TlとT2Eをearly stage 症例、T2L・T丶3・T4をlate stage症例として分類した。Early stage 23例において、VEGF‑C 低 発現 群では12例 中2例に のみ りン パ節転 移を 認め たの に対 し、VEGF―C高発現群で は11例 中7例 に り ン バ節転 移を 認め 、VEGF‑Cが高 発現 して いる 症例 では 腫瘍 径が小 さ い も の で も 有 意 に り ン バ 節 転 移 の 頻 度 が 増 加 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 初 診 時NOで あ った36例 につ いてVEGF―Cの 発現 とり ンパ 節後 発転 移の 関連 につい て 検討 した。 その 結果 、VEGF‑Cを高 発現 している14例中、8例にりンバ節後発転移を 認めたのに対し、低発現だった22例では3例にのみりンパ節転移が認められた。さらに、
初 診時NOかつearly stageであ る21例を対 象として検討したところ、リンパ節転移を 認 め た7例 は 全 てVEGF‑Cを 高発 現し てお り、 低発 現で あっ た10例に おい ては りンバ 節転移は1例も認められなかった。
対象 症例の 摘出物病理組織標本により浸潤様式を診断し、VEGF‑C並びにルンバ節転 移 との 関係を 検索した。膨脹性増殖を示す21例のうち8例でVEGF−Cの高発現を認め、
そ の内 の4例 でり ンバ 節転 移を 認め たのに 対して、VEGF‑C低発現症例で転移を認めた ‑ 863ー
の は13例 中4例 に す ぎ な か っ た 。 さら に 、浸 潤 性 増殖 を 示し た27例 でVEGF‑Cを 高 発現 し てい た12例 中10例 に 転移 が み られ た のに 対 し 、VEGF−C低発現症 例では15例 中5例のみであった。このような傾向はearly stageのみを対象とするとより顕著であっ た。
考察
リンバ管は全身の免疫系に重要な役割を果たしている一方で、悪性腫瘍においてはその 転移経路としての意味を有しており、遠隔臓器への転移よりも所属リンパ節転移の多い口 腔扁平上皮がんでは、腫瘍細胞とりンパ管の増生の関係を明らかにすることは臨床的に意 義があると思われる。腫瘍細胞のりンパ行性転移には、腫瘍細胞の原発巣からの遊離・周 囲基質の分解・運動能の亢進に加えて、腫瘍問質のりンバ管の存在あるいはりンバ管新生 が必要で、後者においては、腫瘍細胞の産生するりンパ管増生因子の関与が考えられてい る。
VEGFーCは りン パ 管 内皮 細胞がも つVEGFR‑3細胞外 ドメイン に結合し 、細胞内 キナ ーゼドメイ ンをチ□ シンリン酸化する。それによりMAPキナ―ゼカスケードが活性化さ れ、リンバ 管内皮細 胞の増殖 を促すと 考えられ ている。免疫組織化学的手法あるいは Westem blottingに よ り腫 瘍 細胞 のVEGF‑C発 現 に関 す る検 索が行わ れ、各種 がんに おいて、VEGF−Cの発現亢進がルンパ節転移と関連しているという報告がなされている が、口腔が んでの報 告はほと んど認め られず、 またmRNAの発現を定量的に検索した報 告もみられない。
本研究の結 果、正常 舌および歯肉粘膜でのVEGF―Cの発現はいずれも低く、生理的状 態でのVEGF−Cの 発現は低いレベルであることが明らかになった。これに対して、口腔 扁 平 上 皮 が ん 組 織 で は 検 索 し た48例 中20例 でVEGF−Cの 発 現 亢 進 が み ら れ た 。 今回の検索 により、 腫瘍細胞 のVEGF‑C発現亢 進はりンパ節転移の頻度を有意に増加 させることが明らかになった。一般的に腫瘍サイズの増大は転移の危険性を増大させると 考えられて いる。し かし、VEGF−Cが高発現を示す症例は腫瘍径が小さいものでもりン パ節転移を起こす可能性が有意にかった。さらに、初診時にりンバ節転移の認められない 症例でも、VEGF‑Cの発現が 亢進して いるもの では、高頻度にりンバ節後発転移が生じ る可能陸があることが示された。
これまで、浸潤性に増殖する腫瘍は膨脹性に増殖するものに比べて、リンパ節転移や再 ‑ 864―
発率が高いことが示され、予後と関連することが指摘されている。今回の検索で、膨脹性 発育を示 す腫瘍で もVEGF−Cの発現亢進のみられた症例では転移が増加する傾向がみら れ、逆に 浸潤性増 殖を示す 腫瘍でも 、VEGF‑Cの発現量が少ないものは転移活性が低い ことが示 され、腫 瘍の浸潤 様式にVEGF‑Cの 発現量を加味することでりンバ節転移の危 険性をより正確に予測できる可能性が示された。
臨床的に初期がんであるのにも関わらす原病死する症例のほとんどがりンパ節転移と深 く関係している。今回の結果より生検の際に一般的に行われている臨床病理学的バラメー ターに加 えてVEGF‑Cの発 現検索を 行うこと によって潜在性のりンパ節転移の有無を予 想し、これに基づいた治療法を選択することが口腔扁平上皮がん患者の生存率向上に寄与 するものと思われた。
学位 論文審 査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
戸 塚 靖 則 向 後 隆 男 吉 田 重 光 進 藤 正 信
学 位 論 文 題 名
口 腔 扁 平 上 皮 が ん に お け る VEGF‑C の発 現 と り ン パ 節 転 移 の 関 連
審 査 は 、 審 査 員 全 員 出 席 の 下 に 、 申 請 者 に 対 し て 提 出 論 文 と そ れ に 関 連 し た 学 科 目 に つ い て 口 頭 試 問 に よ り 行 わ れ た . 審 査 論 文 の 概 要 は 、 以 下 の 通 り で あ る ・
Vascular endothelialgrowth factor (VEGF)‑CはVEGFフ ァ ミ リ ー の ー つ で 、 リ ン バ 管 内 皮 細 胞 に 特 異 的 に 発 現 す る 受 容 体VEGFR‑3/Flt‑4に り ガ ン ド と し て 結 合 し 、 リ ン パ 管 新 生 を 促 進 す る こ と が 明 ら か に さ れ て い る . 本 研 究 は 、 口 腔 扁 平 上 皮 が ん 症 例 を 対 象 と し てVEGF‑Cの 発 現 を 検 索 し 、 臨 床 病 理 学 的 バ ラ メ ー タ ー と 比 較 す る こ と で 、VEGF‑Cの 発 現 と り ン パ 節 転 移 と の 係 わ り を 検 討 し た も の で あ る ・ 最 初 にVEGF‑Cを 発 現 し て い る こ と が 知 ら れ て い る ヒ ト 線 維 肉 腫 細 胞 株HT1080 を 陽 性 対 象 、 VEGF‑Cの 発 現 の な い ヒ ト 乳 が ん 細 胞 株MCF7を 陰 性 対 象 と し て 、 VEGF‑C発 現 プ ラ ス ミ ド を 構 築 し 、 遺 伝 子 を 導 入 し たMCF7/ VEGF‑C細 胞 を 作 製 し た . こ れ ら の 細 胞 株 か らRNAを 抽 出 し 、VEGF‑Cに 対 す る 特 異 的 プ ラ イ マ ー を 用 い てSyber greenに よ るReal timeRT‑ PCRを 行 っ た . そ の 結 果 、MCF‑7に VEGF‑Cの 発 現 は み ら れ な か っ た が 、 HT1080と MCF7/ VEGF‑Cに は VEGF‑C の 発 現 が み ら れ 、 Re al timeRT‑ PCRに よ るVEGF‑Cの 発 現 が 確 認 さ れ た . 次 い で 、 北 海 道 大 学 歯 学 部 附 属 病 院 口 腔 外 科 に お い て 口 腔 扁 平 上 皮 が ん と 診 断 さ れ た48症 例 を 対 象 と し てReal timeRT‑ PCRを 行 っ た . 正 常 粘 膜4例 を ス タ ン ダ ー ド と し 、 そ れ よ り 高 い 値 を 示 し た 症 例 をVEGF‑C高 発 現 群 、 そ れ 以 下 を 低 発 現 群 と し た . VEGF‑C高 発 現 症 例 は 全 48例 中 20例 、 低 発 現 症 例 は 28例 で あ っ た . VEGF‑C発 現 と 臨 床 病 理 学 的 バ ラ メ ー タ ー と の 比 較 検 討 の 結 果 は 、 高 発 現 群 で は 20例 中14例 に り ン ノ ヾ 節 転 移 を 認 め た の に 対 し 、 低 発 現 群28例 で は9例 の み で 、 VEGF‑Cの 発 現 と り ン バ 節 転 移 の 間 に 有 意 の 相 関 を 認 め た .T2症 例 を 腫 瘍 径30 mm 以 下 のT2Eと そ れ 以 上 のT2Lに 分 け て 検 討 す る と そ の 関 係 は よ り 明 ら か で 、VEGF‑C
が高発現している症例では腫瘍径が小さいものでも有意にりンバ節転移の頻度が増加 することが明らかになった.
初 診 時NOの36例 について の検討では 、高発現の14例中8例に後発転 移を認め たのに 対し、低発 現の22例では3例にのみ転移が認められた.さらに、初診時NO かつearly stageである21例を 対象とする と、リンパ 節転移を認 めた7例は全て VEGF‑Cを 高 発現 し ており、 低発現であ った10例では 転移は1例もなか った.病 理組織学的な浸潤様式とVEGF‑C、リンバ節転移との関係では、膨脹性増殖を示す 21例 中8例 でVEGF‑Cの 高 発 現 を 認 め 、 そ の 内4例 で 転 移を 認 めた の に対 し 、 VEGF‑C低 発 現症 例 で転移を 認めたのは13例中4例にすぎな かった.こ のような 傾 向 は early stageの み を 対 象 と す る と よ , り 顕 著 で あ っ た . これらの結果は、腫瘍細胞のVEGF‑C発現亢進はりンパ節転移の頻度を有意に増 大させることを示している.すなわち、一般的に腫瘍サイズの増大は転移の危険性を 増大させるとされているが、VEGF‑Cが高発現を示す場合は、腫瘍径が小さくても りンバ節転移を起こす可能性が高く、また初診時に転移がみられナょくても後に転移を 生じる可能性が高いことが明らかとなった.さらに腫瘍が膨脹性発育を示す場合でも VEGF‑Cの発現亢進がみられる場合は転移が増加する傾向があり、逆に浸潤性増殖 を示す腫瘍でも発現量が少ない場合は転移活性が低いことが明らかと毅り、腫瘍の浸 潤様式にVEGF‑Cの発現量を加味することでりンバ節転移の危険性をより正確に予 測できる可能性が示された・
論文の審査にあたって、論文申請者による研究の要旨の説明後、本研究ならぴに関 連 する研究について質問が行われた.主な質問事項は、VEGF‑C発現の高低とはど の ような基準で決めたのか、VEGF‑Cのコピー数の絶対値がりンパ節転移の予測因 子 となり得るか、VEGF‑Cがりンバ管新生を促すとなぜりンバ節転移が多くなるの か、既存のりンバ管に比べて新生されたりンバ管は癌の転移に有利に働くのか、Real timeRT‑ PCRは従来から 行われてい るRT‑ PCRに比 べてどのよ うな特徴を有して いるのか、等であった.いずれの質問についても、論文申請者から明快な回答が得ら れ 、また将来の研究の方向性についても具体的に示された‐本研究は、VEGF‑C発 現亢進がりンバ節転移の頻度を有意に増大させること、ならびに臨床的バラメーター にVEGF‑Cの発現量を加味することで、リンバ節転移の危険性をより正確に予測でき る可能性のあることを明らかにした点が高く評価された.本研究の業績は、口腔外科 の分野はもとより、関連領域にも寄与するところ大であり、博士(歯学)の学位授与 に値するものと認められた.