九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
カーボネート系電解質のリチウムイオン伝導特性に 関する研究
奥村, 壮文
https://doi.org/10.15017/1866293
出版情報:Kyushu University, 2017, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
博士論文
カーボネート系電解質のリチウムイオン伝導特性に関する研究
九州大学 大学院工学府 水素エネルギーシステム専攻
奥村 壮文
目次
1.序論 ... 1
1.1
背景 ... 1
1.1.1 エネルギー需要の変化 ... 1
1.1.2 再生可能エネルギーの導入加速と課題 ... 4
1.1.3 二次エネルギーとしての水素 ... 6
1.1.4 低炭素社会実現に向けた開発すべき技術 ... 8
1.2
リチウムイオン電池 ... 10
1.2.1 リチウムイオン電池の構成と原理 ... 10
1.2.2 リチウムイオン電池の構成材料 ... 12
1.2.3 リチウムイオン電池への期待と課題 ... 16
1.3
リチウムイオン電池用電解質の検討状況と本研究の目的 ... 18
1.4
各章の概要 ... 22
1.5
参考文献 ... 25
2.カーボネート系液体電解質の低温時のイオン伝導挙動解析 ... 28
2.1
緒言 ... 28
2.2
実験方法 ... 29
2.3
結果と考察 ... 31
2.3.1 イオン伝導度に対する鎖状カーボネート溶媒の影響 ... 31
2.3.2 イオン伝導度に対する環状カーボネート溶媒の影響 ... 36
2.3.3 溶媒混合およびLiPF6
添加による溶媒の凝固点降下 ... 37
2.3.4 カーボネート系混合溶媒中でのLi
溶媒和構造 ... 40
2.4
結論 ... 47
2.5
参考文献 ... 48
3.カーボネート系液体電解質/炭素負極界面での副反応機構解析と副反応抑制 ... 49
3.1
緒言 ... 49
3.2
実験方法 ... 51
3.2.1 カーボネート系液体電解質/難黒鉛化炭素負極界面での反応解析 ... 51
3.2.2 カーボネート系液体電解質/高配向熱分解黒鉛(HOPG)負極界面での反応解析
と副反応抑制 ... 53
3.2.3 ジメタリルカーボネート(DMAC)添加によるカーボネート系液体電解質/難
黒鉛化炭素負極副反応抑制 ... 56
3.3
結果と考察 ... 59
3.3.1 カーボネート系液体電解質/難黒鉛化炭素負極界面での反応解析 ... 59
3.3.2 カーボネート系液体電解質/HOPG
負極界面の反応解析と副反応抑制 ... 73
3.3.3 DMAC
添加によるカーボネート系液体電解質/難黒鉛化炭素負極界面での副 反応抑制 ... 97
3.4
結論 ... 114
3.5
参考文献 ... 116
4.カーボネート系ポリマー電解質の高イオン伝導度化 ... 119
4.1
緒言 ... 119
4.2
実験方法 ... 123
4.3
結果と考察 ... 126
4.3.1 ポリエチレンカーボネート(PEC)系ポリマー電解質のリチウムイオン輸率評
価 ... 126
4.3.2 PEC
系ポリマー電解質力学的特性に対するリチウム塩添加効果 ... 128
4.3.3 PEC
系ポリマー電解質のリチウム溶媒和モデル ... 132
4.3.4 PEC
系ポリマー電解質のイオン伝導度温度依存性 ... 135
4.3.5 PEC
系ポリマー電解質の電位窓 ... 138
4.3.6 可塑剤添加によるPEC
系ポリマー電解質イオン伝導度変化 ... 139
4.3.7 可塑剤添加PEC
系ポリマー電解質のイオン伝導機構 ... 141
4.4
結論 ... 149
4.5
参考文献 ... 150
5.総括 ... 153
報文 ... 156
謝辞 ... 157
1
1.序論 1.1 背景
1.1.1 エネルギー需要の変化
図
1-1は世界のエネルギー消費量の推移である[1]。天然ガス、石油、石炭等の一次エネ ルギーに依存する傾向が続いている。石油が
2012年時点で最も消費されるエネルギー源で あり、石炭、天然ガスがこれに続いている。石炭は、発電用の消費が増加し、特に中国や インド等、安価なエネルギー供給源を求めるアジア諸国で消費が拡大している。また、天 然ガスは、特に気候変動への対応が強く求められている先進国を中心に導入が進んでいる。
一方、期待されている再生可能エネルギーは
10%程度に留まっており、導入が進んでいない。
図
1-1.世界のエネルギー消費量の推移
[1]29%
32%
21%
5%2%
1%
10%
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000
1971 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010
(100万toe)
(年)
可燃性再生可能エネルギー他 新エネルギー
水力 原子力
ガス 石油 石炭
出典:エネルギー白書2014
一次 エネルギー
2
図
1-2は、世界のエネルギー起源二酸化炭素排出量の実績と予測である[1]。非
OECD国 である新興国の排出量の伸びが大きい。先進国(OECD 諸国)では、経済成長率、人口増加 率と共に新興国に比べ低く留まっており、さらに産業構造のサービス業等への変化やエネ ルギー消費機器の効率改善等による省エネルギー化が進んだことにより、排出量の伸びが 小さくなっている。新興国の中でも成長著しい中国とインドでは、2035 年の排出量は
2011年のそれぞれ
1.3倍と
2.2倍である。
図
1-2.世界のエネルギー起源二酸化炭素排出量の実績と予測[1]
256 2811 43
16
5 10
14 6
16
24
6
17
39
23
80
102
22
16
18
12
20
19
40
37
29
11
12
9
49
53
45
0 50 100 150 200 250 300 350 400
1990年 2011年 2035年
二酸 化炭素排 出 量 (億 ト ン )
米国 日本 欧州(OECD) OECD(日米欧除く)
ロシア 中国 インド 中東 アフリカ
中南米(非OECD)
その他(非OECD) 非OECD国
出典:エネルギー白書2014
3
図
1-3は、世界のエネルギー需要の推移である[1]。輸送用と産業用の比率が年々高まっ ている。世界のエネルギー消費は、
1971年から
2012年までの
41年間で約
2倍に増加した。
部門別では、鉄鋼・機械・化学等の産業用エネルギー消費が
1.8倍、家庭や業務等の民生用 エネルギー消費が
1.9倍であるのに対して、輸送用エネルギー消費は
2.6倍も増加した。輸 送用エネルギー増加要因は、世界中でモータリゼーションが進展し、需要が急増したこと によると考えられる。
以上のように、新興国を中心としたエネルギー需要の急激な拡大の中、世界は相変わら ず化石燃料に大きく依存した状況下にあり、二酸化炭素を排出し続けている。
2015年
12月 の気候変動枠組条約第
21回締約国会議(COP21)で合意されたパリ協定では、「世界の平 均気温上昇を
2度未満に抑える」に向けて、世界全体で今世紀後半には、人間活動による 温室効果ガス排出量を実質的にゼロにしていく方向を打ち出された。そのために、全ての 国が、排出量削減目標を作り、提出することが義務づけられ、その達成のための国内対策 をとっていくことも義務づけられた。このように世界の成長と温室効果ガス排出量を両立 するためには、これまで進められてきた徹底した省エネルギー社会の実現や化石燃料のエ ネルギー効率の向上に加え、再生可能エネルギーの導入加速、さらに代替エネルギー源の 開発を同時に進めなければならない。
図
1-3.世界のエネルギー需要の推移(部門別、最終エネルギー)[1]
33.0%
(年)
28.3%
22.7%
27.9%
34.8%
(100万toe)
38.8%
0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000
1971 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 非エネルギー利用
民生用 輸送用 産業用
出典:エネルギー白書2014
4 1.1.2 再生可能エネルギーの導入加速と課題
再生可能エネルギーは、二酸化炭素排出量の少なさから導入が進んでいる[2,3]。再生可能 エネルギーとは、石油、石炭、天然ガス等の化石燃料から生み出したものではなく、太陽 光や風力、地熱等、地球上で自然に起こる現象を利用して繰り返し使えるエネルギーを指 す[2]。具体的には、太陽光発電、風力発電、地熱発電などが挙げられる。図
1-4は従来エ ネルギーと再生可能エネルギーの二酸化炭素排出量の比較である[2]。従来エネルギーであ る火力発電は発電量あたりの二酸化炭素排出量は
519~975 g-CO2/kWhの範囲にある。太陽 光発電や風力発電の場合は、30 g-CO
2/kWh程度であり、これらの発電方式導入で二酸化炭 素は
30分の
1にまで減少出来る。更に、地熱発電の場合は
15 g-CO2/kWhであり、さらな る二酸化炭素排出量の低減が可能である。原子力発電は、さらなる二酸化炭素排出量低減 の効果が期待出来る。
現在では、主に太陽光発電と風力発電の導入が注目されている。太陽光発電の特徴とし ては、①可動部分が少なく、機器メンテナンスがほぼ不要、②屋根・壁などの未利用スペ ースに設置でき新たな用地取得が不要、③送電設備のない遠隔地の電源として活用可能な 点である。また、風力発電の特徴としては、①遠隔地の電源として活用可能、②24 時間、
風さえあれば発電できる点である。2012 年
7月の固体価格買取制度開始を契機に、太陽光 発電と風力発電の導入が進んでいる。「固定価格買取制度」とは、再生可能エネルギーで 発電した電気を、電力会社が一定価格で買い取ることを国が約束する制度である。電力会 社が買い取る費用を賦課金という形で集め、現状ではコストの高い再生可能エネルギーの 導入を支える制度である。太陽光発電では、発電出力
10 kW未満の一般家庭を想定した買 い取り価格は、出力制御対応機器併設の前提で、2016 年度現在で
33円/kWh である。発電 出力
10 kW以上では、
24円/kWh である。風力発電では、20 kW 以上では
20円/kWh、
20kW未満では
55円/kWh に設定されている。さらに、洋上風力発電の導入加速のため、洋上では 一律に
36円/kWh に設定されている[3]。
再生可能エネルギーの課題は、発電出力の変動が大きい点である。太陽光発電は気象の
影響を大きくうけ、晴天の昼間以外かつ夜間には発電できない。また、風力発電も同様に
気象の影響を受ける。そのような、発電出力変動の大きい電力を系統にいれると、電力系
統制御に乱れが生じる。この変動抑制には蓄電池併用が有効である。
5
図
1-4.各発電方式の二酸化炭素排出量[2]
0 200 400 600 800 1000 1200
地熱発電 風力発電 太陽光発電 原子力発電 火力発電
発電量あたりの二酸化炭素排出量(g-CO
2/kWh)
519~975
15 10~29 17~31 25~34
出典:NEDO再生可能エネルギー技術白書 第2版
6
1.1.3
二次エネルギーとしての水素
エネルギー源としての水素は、利用段階で二酸化炭素を一切排出しないため、低炭素社 会実現に向けた二次エネルギーとして、現在最も有望と考えられている[4]。その特徴とし ては、多様な資源から様々な方法で製造可能で、気体・液体・合金に吸蔵した固体という 様々な形態で貯蔵・輸送が可能であり、さらに燃料電池によって電気に変換できる等が挙 げられる。図
1-5は各種エネルギー貯蔵手法の比較である[4]。エネルギー貯蔵方法は、力 学的、化学的、電気的等の様々な手法がある。キャパシター、電池およびレドックスフロ ーは自己放電等で貯蔵したエネルギーが減少するが、水素は
1週間から
1年間の長期間貯 蔵が可能であり、かつ他の貯蔵方式に比べ非常に大規模な貯蔵が可能であることに特徴が ある。経済産業省が
2014年に公表したエネルギー基本計画[4]では、水素を本格的に利活用 する社会、すなわち“水素社会”を実現していくために、日本が進めている
5つの取組が紹介 されている。すなわち、1.定置用燃料電池(エネファーム等)の普及拡大、2.燃料電池 自動車の導入加速に向けた環境の整備、3.水素の本格的利活用に向けた水素発電等の新た な技術の実現、4.水素の安定供給に向けた製造貯蔵輸送技術の開発の推進、および
5.“水素社会”の実現に向けたロードマップの策定である。
現在、最も社会への適用が進んでいる水素関係技術は定置用燃料電池である。従来の火 力発電ではエネルギー効率が
35%程度であるが、燃料電池では熱損失が少ないため電気エネルギーへのエネルギー効率は理論的に
80%を超え、火力発電に比べ高いエネルギー効率を示す[4]。
移動体用燃料電池としては、2014 年に量産型燃料電池自動車の市場投入が開始された。
燃料電池自動車は、従来のガソリン自動車と比べて高いエネルギー効率・低い二酸化炭素 排出量の特長を有し、エネルギー消費量や環境負荷の低減に貢献することが期待されてい る。例えば
Well to Wheelの二酸化炭素排出量はガソリン自動車が
147 g-CO2/kmであるのに 対して、オンボードで天然ガスを改質して使用する燃料電池自動車は
90 g-CO2/kmであり、
約
2/5に低減可能である。また、1km 走行あたりのエネルギー消費量は、ガソリン自動車が
2.0 MJ
であるのに対して、オンボードで天然ガスを改質して使用する燃料電池自動車は
1.3MJ
であり、約
2/3に低減可能である。
7
図
1-5.各種エネルギー貯蔵手法の比較
貯蔵容量
GWh
kWh MWh TWh
貯蔵期間
10msec 1min 1hour 1week 1year
1sec
電池
水素 レドックス
フロー 1month
1day
キャパシター
8 1.1.4 低炭素社会実現に向けた開発すべき技術
低炭素社会実現には、水素エネルギー技術と電力貯蔵技術のベストミックスが必要であ る。前項に記したように、定置用・自動車用への燃料電池の適用が進んでいる。ただし、
家庭における熱需要・電力需要のピークは必ずしも一致しないことから、家庭用燃料電池 によって高い総合エネルギー効率を実現するには、ピークシフトのための蓄電システムを 併用することが有効である。また、特に自動車用燃料電池の課題は、負荷変動への追従性 が低いことである。このため、市販されている燃料電池搭載自動車は、蓄電システムとの 併用が一般的である。
蓄電システムを構成するデバイスとして、最も有望なのがリチウムイオン電池(LIB)であ
る[5]。図
1-6は代表的な二次電池のエネルギー密度を比較した図である。図のように、LIB
は鉛電池、ニカド電池、ニッケル水素電池、ナトリウム硫黄電池(NaS 電池)に比べて小
型化・軽量化が可能な電池である[6]。また、充放電のエネルギー効率も鉛電池が
87%、NaS電池、ニッケル水素電池が
90%であるのに対してLIBは
95%と高い[7]。更なる高エネルギー密度化を目指して亜鉛空気電池などのポスト
LIBの開発も進められているが、出力・寿
命・エネルギー効率などの点で問題が多く、実用化の時期は不透明である.
9
図
1-6.二次電池のエネルギー密度比較[6]
0 50 100 150 200 250 300 350 400
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900
重 量 エ ネ ル ギー 密度 (W h / k g )
体積エネルギー密度(Wh/dm3) 鉛
ニカド
ニッケル水素 リチウムイオン
亜鉛空気
ナトリウム硫黄
10
1.2 リチウムイオン電池
1.2.1 リチウムイオン電池の構成と原理
リチウムイオン電池の構成と動作原理を図
1-7に示す。リチウムイオン電池は、正極、負 極、および電解液が含浸されたセパレータからなる。正極は、通常アルミ箔の表面にリチ ウム酸化物が塗布されている。負極は、通常銅箔の表面に炭素が形成されている。一般的 には、
Li酸化物と導電剤である炭素および接着剤からなる溶液をアルミ箔に塗布し、乾燥・
プレスすることで正極が得られる。負極も正極同様に、炭素および接着剤からなる溶液を 銅箔に塗布し、乾燥・プレスし得られる。また、集電タブを介し各電極は外部回路と通電 している。リチウムイオン電池はこのような円筒型の他、角型やパウチ型など、用途によ って用いる構造を使い分けている。また、不具合時に発生するガスを放出し、電池の破裂 を防ぐガス放出弁や、電流遮断弁等の安全性向上を主眼とした部品が適用されている。リ チウムイオン電池の充放電は、主に高分子膜から構成されるセパレータ中の電解液内を、
リチウムイオンが移動することにより起こる。充電時は正極から、放電時は負極から各々 リチウムイオンが移動する。下記反応式は、正極はコバルト酸リチウム(LiCoO
2)、負極は炭素(C)からなるリチウムイオン電池の充放電反応式である。式中
Li+はリチウムイオン、e
-は電子、および
xは
Li脱離量を示す。充電時は、LiCoO
2中のリチウムイオンが放出され、
C
中にリチウムイオンが挿入される。放電時は、逆反応が起こる。リチウムイオン電池の作 動平均電圧は、正極反応電位と負極反応電位の差から決定され約
3.6 Vである。
正極反応
LiCoO2
⇔ Li
1-xCoO2 + xLi+ + xe-負極反応
6C + xLi+ + xe-
⇔ Li
xC6全反応
LiCoO2 + 6C
⇔ Li
1-xCoO2 + LixC6
(
銅箔
図
1-7.負極 炭素)
Li Li Li
Li
箔
Li Li
リチウム
)
電
(高 セパ
L
Li
+11
イオン電池
電解液 高分子膜 パレー
放電
Li
+Li
+充電
池の構成と
液 ータ 膜)
Li
+原理
(酸化物 正極
アル
Li Li Li
Li
Li L
極 物)
ルミ箔
i
12 1.2.2 リチウムイオン電池の構成材料
リチウムイオン電池は、正極にコバルト酸リチウム(LiCoO
2)、負極に炭素(C)、電解質にはカーボネート系化合物とリチウム塩の混合物が適用され、世界で初めてソニーエナジー テックによって実用化された[8]。現在では高容量化、高出力化、高安全化の為に、多様な 正負極材料が実用化されている。これまでに実用化された正極材料は、コバルト酸リチウ ム(LiCoO
2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO
2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)、ニッケルーコバルトーマンガン酸リチウム(LiNi
1/3Co1/3Mn1/3O2)、およびリン酸鉄リチウム(LiFePO4)等が挙げられる。また負極材料は、炭素(黒鉛や非晶質炭素)、シリコンおよびチタン酸リチウ
ム(Li
4Ti5O12)が挙げられる。各々の材料の平均作動電位および容量密度を表1-1にまとめた。
以下、材料の特徴を記載する。
表
1-1.主なリチウムイオン電池用正負極材料の特徴[9]
平均作動電位
(V vs. Li/Li+)容量密度
(mAh/g)正極材料 LiCoO
2 3.6 150LiNiO2 3.5 180
LiMn2O4 3.8 120
LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 3.6 160
LiFePO4 3.5 170
負極材料 C 黒鉛
易黒鉛化炭素 難黒鉛化炭素
0.1 0.1-0.3 0.1-0.3
372 100-1000 100-700
Si 0.2 4212
Li4Ti5O12 1.5 175
(a)正極材料
(ⅰ)コバルト酸リチウム LiCoO2
世界で初めて実用化したリチウムイオン電池に採用された材料で、安全性・生産性に優
れ、現在まで主に携帯電話やパソコン等の民生用途で用いられている。結晶構造は、
13
α-NaFeO2
型と呼ばれる層状岩塩型をとる[9]。リチウムイオンの脱離量が
0.5を超えると相 転移を起こし、結晶構造が不安定となる。このため、実用的な容量密度は
150 mAh/g程度 に留まり、リチウムイオン脱離量が
1.0の時に得られる理論容量
274 mAh/gの半分程度とな る。Ni や
Mn等の異種元素を置換することで、構造を安定化した材料が開発され、製品展 開されている。
(ⅱ) ニッケル酸リチウム
LiNiO2LiCoO2
に比べ容量密度が高く、民生分野における長時間駆動ニーズに合致する材料であ
る。また、高価な
Coを含まないため、コスト的にもメリットがあり、広く研究されている。
結晶構造は、
α-NaFeO2型と呼ばれる層状岩塩型をとる[9]。LiCoO
2と同じ結晶構造ではある が、利用可能な容量密度は
LiCoO2の
1.2倍ある。課題は、生産性である。材料合成時に、
材料表面が大気中の水分等により変質し易く
LiCoO2のように簡便に合成する手法の確立が 待たれる。
(ⅲ)マンガン酸リチウム LiMn2O4
LiCoO2
や
LiNiO2に比べ容量密度は低いものの、
Coや
Niより安価な
Mnがベースのため、
コスト的にメリットがある。このため、コスト要求の高い自動車用[10]や負荷平準化大規模 蓄電用[11]に使用されている。結晶構造は、スピネル構造をとる[9]。スピネル構造により、
結晶構造内で
Liイオンが
3次元拡散することが可能である。このため
2次元拡散の層状岩 塩型(LiCoO
2や
LiNiO2)より、LiMn2O4は
Li拡散性に優れ、高入出力特性が高い特長がある。
課題は、結晶構造安定性である。特に、Li が脱離した場合は、結晶構造中の
Mn同士の静 電的反発のため、構造崩壊等を招き、長期安定性に課題がある。
(ⅳ)
ニッケルーコバルトーマンガン酸リチウム
LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2二次元層状構造であり、3d 遷移金属のサイトからなる三角格子点に規則正しく、ニッケ ルイオン、コバルトイオン、マンガンイオンが配置している[√3×√3]R30 度型超格子構造 をとる[9]。結晶中のニッケル、コバルト、マンガンの形式酸化数はそれぞれ+2、+3、+4 価 であり、Ni
2+/4+および
Co3+/4+の酸化還元反応によって充放電反応が行われ、マンガンの価数 変化はない。したがって、マンガンと酸素の結合は安定でマンガンの溶出は少ない。充放 電過程では、リチウムイオン脱離量が
2/3までは主にニッケルイオンが酸化還元反応に寄与 するが、2/3 を超えるとコバルトイオンが寄与する。
(ⅴ)リン酸鉄リチウム LiFePO4
Fe
がベースのため、コスト的に非常に大きなメリットがある。結晶構造は、オリビン型
構造をとり、熱的安定性が高いことが特長である[9]。課題は、高抵抗である点である。オ
14
リビン型構造は、
Li拡散が遅く、電子伝導性に欠けるため、入出力特性の点で課題がある。
(b)負極材料 (ⅰ)炭素 C
世界で初めて実用化したリチウムイオン電池に採用された材料で、安全性・生産性に優 れ、現在まで主に携帯電話やパソコン等の民生用途の他、特殊な電池を除く、ほぼ全ての 電池に利用されている。特に黒鉛が広く用いられている。黒鉛は、sp
2混成軌道を持つ炭素 が規則正しく平面に配列し、積層した結晶である[9]。この層間にリチウムが挿入されるこ とで、電池は充電状態となる。課題は寿命である。充放電時のリチウム挿入脱離に伴う黒 鉛結晶の膨張収縮が発生し、結晶崩壊等で容量密度が充放電に伴い低下する。そこで、長 寿命化に適した炭素として非晶質炭素が期待されている。非晶質炭素は、高温熱処理によ って黒鉛化する炭素としない炭素に大別でき、それぞれ易黒鉛化炭素と難黒鉛化炭素と呼 ばれる[9]。容量密度は表
1-1に示した様に、熱処理温度で大きく変化し、黒鉛の容量密度 を超える場合もある。中でも、難黒鉛化炭素は、充放電に伴う体積変化が小さく長寿命化 が期待でき、かつ入出力特性が優れるため、高入出力特性が求められるハイブリッド自動 車用途で使用される。
炭素負極全般の課題は、表面での副反応である。充放電の際、原理的に電解液の分解等 の副反応が生じ、劣化層である
SEI(Solid Electrolyte Interface)が表面に形成される。このため、電極表面を化学的処理する表面修飾技術などにより、劣化が低減され製品展開されている。
(ⅱ)
シリコン
Si容量密度が炭素(黒鉛)の
10倍を超える特長を持つため、次世代の負極材料として活発 に開発が進んでいる[9]。課題は寿命である。Li 吸蔵に伴う体積膨張変化が大きく、材料の 破壊を招き、充放電容量の継続的な低下が進行する。最近では、Si をナノ粒子化し、異種 元素との合金化を図る等の劣化低減技術が検討されている。
(ⅲ) チタン酸リチウム
Li4Ti5O12Li4Ti5O12
は、リチウム析出電位より酸化還元電位が高く、リチウム析出が起こりにくい
材料である[9]。このため
Li4Ti5O12負極適用電池は、電池の内部短絡等のリチウム析出由来
の不安全事象が起こりにくい特質を持つ。また、Li
4Ti5O12は
Liイオンの吸蔵・放出時に格
子サイズの変化が起きないため、長寿命である。一方で、Li
4Ti5O12負極の作動電圧は炭素
負極よりも高いため、電池のエネルギー密度は小さい。
15 (c)電解質
リチウムイオン電池の電解質は、主にリチウム塩と液体状のカーボネート化合物とから 構成されるカーボネート系液体電解質が主流である。リチウム塩としては、イオン伝導度 の観点から
LiPF6が最も良く用いられ、
LiBF4や
LiClO4等も用いられる。カーボネート化合 物としては、大別すると、エチレンカーボネート(EC)やプロピレンカーボネート(PC)などの 環状化合物と、ジメチルカーボネート(DMC)やエチルメチルカーボネート(EMC)およびジエ チルカーボネート(DEC)などの鎖状化合物に分けられる。環状化合物は比誘電率が高くリチ ウム塩の解離性に優れるが、粘度が高いため、通常、鎖状化合物との混合物として用いら れる。
リチウムイオン電池の安全性を向上させる固体電解質が注目されている。固体電解質は、
ポリマー電解質や無機電解質が検討されている[9]。ポリマー電解質は、ポリエチレンオキ
シド(PEO)等のドナー性の極性基を持つポリマーとリチウム塩との複合材料である。液体電
解質に比べてイオン伝導度が一桁ほど低いことが、課題である。無機電解質は、主に酸化
物系と硫化物系に大別される。酸化物系はペロブスカイト型の
La0.51Li0.34TiO2.94、
NASICON型の
Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3、およびガーネット型の
Li7La3Zr2O12のように室温で
0.1~1 mS/cm
の高い伝導度を示す系が知られている。硫化物系としては、液体電解質並みのイオン伝導
度を示す
Li10GeP2S12がある。無機電解質/電極界面の抵抗が高いため、リチウムイオン電
池に適用した場合、十分な入出力が得られないことが課題である。
16 1.2.3 リチウムイオン電池への期待と課題
リチウムイオン電池は、自動車の環境規制適合に必須なエネルギー貯蔵デバイス[10]とし て、また再生可能エネルギーの導入加速に伴い必要性が高まりつつある負荷平準化エネル ギー貯蔵デバイス[11]として、普及しつつある。
リチウムイオン電池に求められる性能は、エネルギー密度、入出力密度、寿命、安全性 およびコストである。さらに、幅広い温度範囲でそれら性能を担保する必要があり、特に 電動車両は-30°C~50°C 程度までの駆動が求められている。例として、表
1-2に米国の国家 プロジェクトで進めているプラグイン電気自動車の目標値一覧[12]を示す。電池容量は
10マイル(16 km)走行可能な仕様が求められ、寿命は
30万サイクルまたは
15年である。出 力は、-30°C での駆動が求められている。-30°C での低温領域では、内部抵抗が上昇し、入 出力および電池容量が低下するため、自動車駆動に必要な出力・容量を担保するため、多 数の電池が必要となる。これら要求に対し、1.2.2 で述べた様に、リチウムイオン電池用材 料として、様々な正極材料・負極材料および電解質材料が研究されている。
本研究では、内部抵抗の温度依存性の最も大きな要因であるリチウムイオン電池用電解 質材料に注目した。電解質は広い温度範囲で高いリチウムイオン伝導性を示し、電気的安 定性(耐酸化性、耐還元性に優れ、広い電位窓を持つこと)と化学的安定性(熱的安定性、
活物質その他の物質と反応しないこと)が高く安全であり、人体や環境への負荷が低いこ と、更に安価であることが要求される[13]。
リチウムイオン電池用電解質材料の主要課題は、低温域伝導率向上、副反応機構解明/
副反応抑制(寿命向上)および安全性向上である。
電動車両向けには-30°C の様な低温時の電池駆動が必要であり、電解質の低温域伝導率向 上が必須である。-30°C では、電解質中の溶媒粘度が上昇し、電解質中のイオン伝導が阻害 されるため、電池出力が低下する。そのため、現状では自動車の出力を担保するため、過 剰なリチウムイオン電池が搭載され余分なコストや重量・体積が必要となっている。リチ ウムイオン電池の低温駆動が改善出来れば、適正なリチウムイオン電池搭載量となり、電 動車両向けリチウムイオン電池の可能性が更に拡大すると考えられる。しかしながら、低 温時の電解質中のイオン伝導挙動については、不明点が多く、その解明が必須である。
副反応抑制(寿命向上)に対しては、表
1-2に示した様に、電動車両向けには
30万回の
充放電サイクルまたは
15年の寿命が必要である。電解質は正負極と接し電池反応が進行す
ることで、電解質の副反応が進行し電池の寿命を低下させる要因となる。そのため、電解
質の副反応機構の解明と副反応抑制技術開発が、大きな課題である。
17
安全性向上に対しては、現在実用化が進んでいる電解質は、主にリチウム塩と揮発性の 液体状可燃性カーボネート化合物とから構成されている。リチウムイオン電池の本質的な 安全性向上には、不揮発性のポリマーとリチウム塩から構成されるポリマー電解質等が期 待されている。しかしながら、ポリマー電解質は、液体状の電解質に比べリチウムイオン 伝導性が低く、その改善が大きな課題である。
表
1-2.プラグイン電気自動車の米国目標仕様一覧
[12]Category Characteristics at EOL (End of Life)
Capacity Reference Equivalent Electric Range miles 10 Life HEV Cycle Life, 50 Wh Profile Cycles 300,000
↑ Calendar Life, 35 ºC year 15
Power Peak Pulse Discharge Power - 2 Sec / 10 Sec
kW 50 / 45 (@Low
temperature)
Cold cranking power at -30 ºC, 2 sec - 3 Pulses
kW 7
↑ Unassisted Operating & Charging Temperature Range
oC -30 to +52 出典:USABC
18
1.3 リチウムイオン電池用電解質の検討状況と本研究の目的
本研究では、以上述べたLIB用電解質材料の主要課題である①低温域伝導率向上、②副反 応抑制(寿命向上)および③安全性向上を目的とした。
LIBは安全性を担保しつつ、幅広い温度範囲での長期間使用が必要である。しかしながら、
低温時のエネルギー密度および入出力密度の低下、さらには長期間使用後のそれら特性低 下が大きな課題である。低温時は、電解質のイオン伝導度低下および電解質/電極間での 副反応に伴う電池内部抵抗の上昇により、エネルギー密度および入出力密度が低下する。
長期間使用後は、電解質/電極間での副反応進行により、特に低温時のエネルギー密度お よび入出力密度の低下が顕著である。これら、特性改善にはLIB用電解質の低温域伝導率向 上と副反応抑制が必須である。
LIB
用電解質の低温域伝導率向上には、凝固点の低い溶媒から構成される電解液を適用す る試みが一般的である。
LIB用電解液としては、環状カーボネートや鎖状カーボネートが適 用されている。環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート(EC)は比誘電率が高くリ チウム塩解離の観点で好ましい。しかしながら、室温を超える凝固点を有するため、比誘 電率は低いが凝固点が低いジメチルカーボネート(DMC)やエチルメチルカーボネート
(EMC)およびジエチルカーボネート(DEC)といった鎖状カーボネート溶媒との多成分混合溶媒が通常用いられる[14]。Ding らは、カーボネート溶媒の低温特性改善のため
2成分系
[15-20]や3成分系または
4成分系での検討を進めてきている[21]。Smart らは、1.0M LiPF
6EC-DEC-DMC-EMC
を適用することで-50°C での電池内部抵抗改善を報告している[22]。ま
た、カーボネート溶媒以外にも、エーテル系[23]、ラクトン系溶媒の
LIBへの適用も検討さ れてきたが、
LIB作動電位範囲内で電気化学的に分解する課題があり
LIBへの適用は限定的 である。この様に、
LIB低温特性改善には主に溶媒改良が検討され、環状カーボネート溶媒 と鎖状カーボネート溶媒の混合系に収束しつつある。
LIB
用電解質の副反応抑制には、電解質副反応メカニズム解明が必須である。電解質の副
反応は、主に電解質/負極界面で進行する[24]。SEI(Solid Electolyte Interface)と呼ばれる負
極表面に形成された被膜が分解・溶解し、負極と電解液の副反応が継続的に起こることで
電池内部抵抗が増加するモデルが提案されている[25]。副反応機構モデルとしては、カーボ
ネート系液体電解質成分のリチウムイオンを伴う負極上での電気化学反応で、炭酸リチウ
ムやリチウムアルキルカーボネートが生成するモデルが
Aurbachらによって提唱されてい
る[25,26]。電解質中リチウム塩の分解により形成される
LiFや
Li2CO3および Li
2O等の無
機物主体の
SEIや、電解質中溶媒の分解物分解物により形成されるリチウムアルキルカー
19
ボネート等の有機物主体の
SEI等が知られている。しかしながら、電解質/負極界面での 副反応機構モデルは不明点多く、より詳細な解明が必要である。これまで、
LIB用負極材料 として汎用的に用いられる黒鉛負極上での構造解析については研究例が多い[27-32]。しか しながら、黒鉛に比べ充放電に伴う体積変化が小さく長寿命化が期待できる難黒鉛化炭素 上での
SEIの構造解析の報告は少ない[33]。また、副反応抑制に向けて、様々な電解質添加 剤が検討されている。長寿命添加剤として、分子内に重合性官能基を有するカーボネート 化合物が主に適用され、ビニレンカーボネート[34-38]、ビニルエチレンカーボネート[37,39]
およびアリルエチルカーボネート[38]等が報告されている。これら添加剤は分子内に炭素- 炭素二重結合を有しており、負極上での還元反応で
Liイオン伝導カーボネート系ポリマー が被覆される。被覆することで、負極と電解液の副反応を抑制し、長寿命化効果が確認さ れている。しかしながら、電解質/負極界面での電気化学反応が阻害されるために電池抵 抗上昇を招き、
Liイオン伝導カーボネート系ポリマーの低温でのイオン伝導度が低いため、
特に低温での電池出力が低下する課題がある。また、高温時は被覆物の溶解で、再度、負 極と電解液の副反応が起こり、抵抗上昇や容量劣化を起こす課題がある[31]。
一方、高安全化の観点から、ポリマー電解質が求められているが、室温から低温でのイ オン伝導度が不十分であるため、本格普及には至っていない。ポリマー電解質は、ポリエ チレンオキシド(PEO)に代表されるドナー性の極性基を持つポリマーと電解質塩との複合 体で、ポリマー中に溶解したイオンが伝導性を示すことを特徴とする材料である。
Wright[40]らによってPEO
と金属イオンとの錯体形成が発見され、
Armand[41]によって電池の電解質への可能性が見出されて以来、ポリマー電解質が研究されるようになった。ポリ マー電解質中でイオン伝導性が発現するには、ポリマーが電解質塩を溶解、解離させ、さ らにイオンを移動させる必要がある。ポリマー電解質中でのイオンの移動は、Armand らに よって詳細に研究されている。彼らは
NMRを用いて
PEO/LiCF3SO3中の結晶相とアモルフ ァス相の割合のイオン伝導度に及ぼす影響について調べ、アモルファス相の増加がイオン 伝導度向上に寄与することを明らかにした。即ち、ポリマー電解質中のイオン伝導は主に アモルファス相のポリマー鎖の熱運動(セグメント運動)によって起こることを示した[42]。
この観点から、高いイオン伝導度を得るために、低いガラス転移温度を持つアモルファス
ポリマーの開発が行われてきた。イオン伝導度向上の手法として、フィラーの添加による
ポリマーの結晶生成の抑制及びポリマー構造の櫛形化の
2点が主に検討され、高イオン伝
導度化に成功している。フィラー添加としてはマイクロメーターオーダーの粒径をもつセ
ラミック微粉を
PEO系ポリマー電解質に添加しポリマーの結晶化を抑制する方法が報告さ
20
れている[42,43]。また、
Scrosatiらは、セラミック微紛としてナノメーターオーダーの
Al2O3や
SiO2を、電解質塩を含む
PEOに対し
10wt%混合することで、60~80°Cの温度範囲でイ オン伝導度を数倍増加させることに成功した[44]。また、ポリマー構造の櫛形化としては渡 辺らが主鎖、側鎖ともにエチレンオキシド鎖からなる
PEO系ポリマーを合成し、0.1
mS/cm(室温)を達成している[45-47]。側鎖PEO
に配位したリチウムイオンの緩和時間が、主
鎖
PEOの緩和時間に比べ短く、側鎖の運動性の高さが原因と考えられている[48]。しかし ながら、これらガラス転移温度低下によるイオン伝導度向上の検討によっても、イオン伝
導度は
0.3mS/cm(室温)程度であり、実用化レベル(1 mS/cm (室温))に到達していない。
また、ガラス転移温度低下はポリマー電解質の弾性率低下を引き起こし、電解質に求めら れる“電池電極間の接触抑制”の機能が損なわれる。そこで、弾性率とイオン伝導度が両立す る電解質として、デカップル系電解質の検討が進められている。デカップル系とは、結晶 格子やポリマー鎖の熱振動とイオン伝導とが独立した系である。例えば無機ガラス電解質 として、0.18P
2S5・
0.37Li2S・0.45LiIが知られており、イオン伝導度は実用化レベル(
1mS/cm(室温))を越えている[8]。しかしながら、ガラスであるため、LiCoO2
に代表される正
極活物質との接触性の確保が困難であり界面抵抗が上昇し、電池として普及が進んでいな い。また、高イオン伝導度化に加え、リチウムイオンのイオン伝導比率(リチウムイオン 輸率)を向上させる高リチウムイオン輸率ポリマー電解質も研究されている。ポリマー電 解質内のイオン伝導は、通常アニオンとカチオンからなる。リチウムイオン電池において は、カチオンであるリチウムイオンが正負極活物質間を行き来するため、リチウムイオン のイオン伝導度を高めることが重要である。リチウムイオン伝導度は、ポリマー電解質の イオン伝導度とリチウムイオン輸率の積であるため、リチウムイオン伝導度向上のために は、イオン伝導度と共にリチウムイオン輸率を向上させる必要がある。実用化されている 液体状電解質は、カーボネート系溶媒と
Li化合物からなり、 イオン伝導度>1 mS/cm(室温) 、 リチウムイオン輸率>0.3 であり、リチウムイオン伝導度は
0.3 mS/cm以上であることから、
ポリマー電解質の実用化を目指すためには、少なくともそれ以上のリチウムイオン伝導度
が必要である。また、アニオンが動き易いと、アニオンが正極の電気二重層で分極し、正
極のリチウムイオン吸蔵放出を妨げるため好ましくない。そこで、リチウムイオン輸率向
上のため、例えば空の
2p軌道を有する電子吸引性のホウ素をポリマー骨格内に導入し、ア
ニオントラップによるリチウムイオン輸率向上を目指した研究が行われている [49,50]。例
えば電解質塩として
LiCF3SO3を用いた場合、アニオントラップ剤導入で、リチウムイオン
輸率は
0.10から
0.75と向上するが、イオン伝導度は
7.2×10-3 mS/cm(室温)と低く、イオン伝21
導度向上が課題である。このようにポリマー電解質の実用化には、イオン伝導度の向上の みならずリチウムイオン輸率向上が必須であり、実効的なリチウムイオン伝導度向上が求 められる。
以上の様に、
LIB用電解質の低温域伝導率向上と副反応抑制が必須である。低温域伝導率 向上には、上述したように溶媒組成検討が主に検討されてきたが、電解液の凝固点低下に は、凝固点の低い溶媒の適用以外に、リチウム塩添加による凝固点降下の可能性がある。
しかしながら、リチウム塩添加による
LIB低温特性への影響、特に低温でのカーボネート 混合溶液に対するリチウム塩添加効果はこれまでほとんど検討されていない。また、副反 応抑制に関しては、汎用的に用いられてきた黒鉛に比べて充放電に伴う体積変化が小さく、
長寿命化が期待できる難黒鉛化炭素の副反応の解明と、低温特性への影響推定および副反 応抑制方法の開発が必要である。また、副反応により形成される負極活物質表面の有機膜 の低温特性を推定し、形成すべき有機膜の構造に反映する必要もある。さらに、高安全化 が期待できるポリマー電解質の室温から低温域での実効的なリチウムイオン伝導度向上が 必要である。
本研究では、カーボネート系液体電解質の低温域伝導率向上と副反応抑制に向けて、液
体電解質凝固点降下に対するリチウム塩の添加効果の解明と副反応機構の解明および副反
応抑制添加剤の開発を目的とした。さらに、室温から低温での実効的なリチウムイオン伝
導度の高い新規なポリマー電解質の開発を目的とした。
22
1.4 各章の概要
本論文は以下の
5章から構成される。各章の概要について記す。
第
1章には、本研究の背景、リチウムイオン電池の重要性および本研究の目的を記した。
低炭素社会実現に向けて、水素エネルギーと蓄電システムの併用が重要である。蓄電シス テムとして、エネルギー密度に優れるリチウムイオン電池が有望であるが、低温駆動、寿 命および安全性が課題となっている。それら課題解決に向けて、リチウムイオン電池用材 料として電解質に注目し、低温時のイオン伝導挙動解析、電解質の副反応機構の解明と副 反応抑制技術開発および高安全電解質としてのポリマー電解質高イオン伝導度化を本研究 の目的とした。
第
2章には、低温時の電解質中のイオン伝導挙動解析を主眼とし、カーボネート系液体 電解質の低温時のイオン伝導挙動解析を記した。リチウムイオン電池用電解質として、現 状カーボネート系液体電解質が広く用いられている。リチウムイオン電池の低温特性改善 のため、凝固点の低い溶媒から構成される電解液を適用する試みが一般的である。リチウ ムイオン電池に通常適用されるエチレンカーボネート(EC)は、比誘電率が高くリチウム塩解 離の観点で好ましいが、室温を超える凝固点を有するため、比誘電率は低いが凝固点が低 いジメチルカーボネート(DMC)等の鎖状カーボネート溶媒との多成分混合溶媒が通常用い られる。しかしながら、リチウム塩添加によるリチウムイオン電池低温特性への影響、特 に低温でのカーボネート混合溶液に対するリチウム塩添加効果はほとんど検討されていな い。本章では、リチウムイオン電池低温特性改善のための電解液改善指針を得るための第 一歩として、カーボネート溶媒とその混合溶液の低温の挙動、およびリチウム塩と溶媒の 相互作用に対する組成の影響を明らかにすることを目的とした。その結果、低温時の電解 質中のイオン伝導改善には、従来知られている凝固点の低い溶媒の導入に加え、LiPF
6添加 および
Liイオンの溶媒和に寄与しない自由溶媒としての
EC含有比の低い組成、即ち
EC/LiPF6
モル比が
4の化学量論に合致する電解液組成の選択が好ましいことがわかった。
第3章には、電解質の副反応機構の解明と副反応抑制技術開発の研究結果を記した。まず、
カーボネート系液体電解質/難黒鉛化炭素負極表面での反応解析を記した。難黒鉛化炭素
は、充放電に伴う体積膨張収縮がリチウムイオン電池で汎用的に用いられる黒鉛に比べ小
さく結晶崩壊がしにくい材料であるため、長寿命化が期待出来る材料である。そこで、実
際のリチウムイオン電池用負極として、粒状の難黒鉛化炭素を銅箔上に塗布した多孔質状
の負極を適用した。本章では、難黒鉛化炭素負極上での副反応機構の解明を目的とし、充
電条件の異なる負極表面を評価した。その結果、副反応機構として以下の3点が明らかとな
23
った。即ち、
(1)副反応は主に負極電位が1.0 V vs. Li/Li+及び0.2 Vで起こる。
(2)充電初期(1.0
V)では炭素表面にてカーボネート溶媒分解及び脂肪族炭化水素膜が生成する。(3)
充電末期
(0.2 V)では、難黒鉛化炭素粒子中に存在するグラファイト微結晶へのLiインターカレーショ
ンと共に炭素内へのカーボネート溶媒の共挿入及びLi
2O生成が起こり、炭素表面ではリチウム塩分解及びLiFが成長する。さらに、高配向熱分解黒鉛(HOPG)を用いたカーボネート系液 体電解質の分解反応解析を記した。HOPGはグラフェン層が高度に発達した板状の黒鉛で、
フラットな表面形状を有している。難黒鉛化炭素負極は多孔質状の負極であるため、表面 の反応解析には限界があり、HOPGを適用した詳細な反応解析を進めた。本章では、HOPG 上でのSEI形成モデル・低抵抗SEI形成指針策定を目的とし、グラフェン面方位の異なる
HOPGを充電電位毎に表面分析および交流抵抗を評価し、以下の結論を得た。(1)充電初期(0.5
V)ではカーボネート溶媒分解反応が起こる。(2)
充電末期(0.2 V)では、特にLi挿入面である
エッジ面でのアニオン分解反応に伴うLiF成長が起こり、抵抗が顕著に上昇する。また、
HOPG上でのアニオン分解抑制のため、ポリエチレンカーボネートによるHOPG被覆の結果、
SEI形成に伴う抵抗上昇を最大55%抑制し、SEI低抵抗化一指針を得た。最後に、カーボネー
ト系液体電解質へのジメタリルカーボネート(DMAC)添加効果を記した。リチウムイオン電 池の高温保存劣化の抑制を目的に、負極表面被膜有機成分の耐熱性向上を目指し、電解液 添加剤として、架橋剤である多官能カーボネート(ジメタリルカーボネート(DMAC)を選 択し、耐熱性の効果を検証した。その結果、DMAC添加により、負極表面被膜有機成分で ある脂肪族炭化水素の分子量増加を確認し、架橋が進展している事が明らかとなった。ま た、負極被膜分解開始温度が160°C増加し、耐熱性向上を確認した。
第4章には、高安全電解質としてのポリマー電解質高イオン伝導度化の研究結果を記した。
まず、ポリエチレンカーボネート(PEC)系ポリマー電解質の高イオン伝導度化を記した。リ
チウムイオン電池は、電解液として有機溶媒を用いているため、保護回路や電流遮断素子
の設置等の安全対策が不可欠である。このため、有機溶媒系電解液に代わる高安全電解質
として、イオン伝導性のポリマーやセラミックスを用いた固体電解質の開発が進められて
いる。イオン伝導性ポリマーとしては、ポリマー骨格内にエーテル酸素を含むポリエチレ
ンオキシド(PEO)が良く知られている。PEO系ポリマー電解質の場合、リチウムイオンはポ
リマー骨格中の酸素原子により配位結合し、ポリマー骨格が熱振動することによりイオン
が輸送される。
PEOの場合、ポリマー骨格とリチウムイオンの結合が強いためイオンが動きづらいと考え、より弱い力で配位結合するカーボネートをポリマー骨格中に導入した。ま
た、イオン伝導度は電解質中の電荷輸送のキャリアであるイオン濃度が高いほど向上する
24
ため、電解質塩添加量を増やすことによりイオン伝導度向上を試みた。その結果、これま で報告されている値を上回る0.47 mS/cmを実現した、またPEO系ポリマー電解質と比較し高 いリチウムイオン輸率を示すことも分かった。次に、可塑剤添加によるPEC系ポリマー電解 質の高イオン伝導度化を記した。実用化レベルの目安となるイオン伝導度1 mS/cm を越え るポリマー電解質実現のため、可塑剤としてプロピレンカーボネート(PC)を添加した電解質 を検討した。
PC含有量13wt%のPEC系ポリマー電解質は80°C下でも不揮発性であり、イオン伝導度は実用化レベルの1.3 mS/cm (20°C)を示した。
第
5章では本論文を総括した。
25
1.5 参考文献
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