銅酸化物超伝導体の電子分光学的研究
著者 鈴木 輝男
雑誌名 静岡大学大学院電子科学研究科研究報告
巻 17
ページ 160‑162
発行年 1996‑03‑29
出版者 静岡大学大学院電子科学研究科
URL http://hdl.handle.net/10297/1227
氏名。(本籍
)
鈴木
輝
男 (東京都)
学位 の種 類
博
士 (工 学)
学位 記 番 号
工博乙第
58
号 学位授与の日付平 成 6年 12月 26日 学位授与の要件
学位規則第 4条 第2項該当
学位論文題目
銅酸化物超電導体の電子分光学的研究
論 文 審 査 委 員 (委 員長)
教 授 福 田 安 生
教 授 熊 り│1征 司
教 授 藤 安
洋 教 授 畑 中 義 式
教 授 金 子 正 治
論 文 内 容 の 要 旨
銅酸化物超伝導体の発見によりBCS理論の予想を大 きく上回る超伝導転移温度が現実のものとなった が、その物性 について不明な点が多 く、酸化物超伝導体の電子状態や格子振動状態についての理解 を 深めることが現状の重要課題である。本研究では、解析のツールとして電子分光を取 り上げ、主にキャ リア ドービングに付随する電子状態 について考察 した。使用 した電子分光装置は二種類で、一つはマ イクロフォーカス型x線を特徴 とするXPSであ り、 もう一つはxPS,lIPS,HREELSな どが同一装置内で 測定できることが特徴である。測定 に際 し、試料の超伝導体 としての質 と測定表面の清浄化 に充分注 意 を払われ、ヤスリによる研磨機構や試料破断機構 を取 り付けるという工夫がなされた。
第3章では、斜方晶および正方晶YBa2Cu307‑δ におけるI‐IREELSス ペ ク トルを測定 した。電子損失エ ネルギーが約60meV(484cm 1)の位置に、銅酸化物超伝導体 において最 も重要なCu̲o結 合の振動 を電子 線の非弾性散乱に り初めて観測 した。斜方晶におけるその ピーク強度は、正方晶におけるピーク強度 に対 し約2.2倍増幅 される。すでに提唱 されている高温超伝導理論のなかで、LOフ オノンと電荷ゆらぎ の結合が電子対生成の原因とする理論があ り、「Cu̲o格子振動が、キャリア ドービングによる非超伝導 相から超伝導相への変化に伴 って増幅 される」ことが予測 されている。本実験結果はその理論的予測の 検証事実 として位置づけられる。
第4章では、斜方晶および正方晶YBa2Cu307‑δ におけるBaの 電子状態 をxPsに より解析 した。Ba3dy2 は約780お よび778eVに 、また、olsも 約528お よび531eVに 二重 ピークとして現われるが、その解釈は 統一されていない。本研究では各々の高エネルギー側のピークの帰属 を不純物 と考え、Bao,Baco3,
Ba(OH)2な どを候補 とした。いずれの物質 も絶縁体であるためXPsスペ ク トルの帯電シフ トにより正確
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な同定は困難である。そのため、Ba3d52と 01S準 位のエネルギー差 を求める方法を導入 してピーク同定 を行 った。その結果、各々の高エネルギー側の ピークはBac03またはBa(OH)2に 、低エネルギー側の ピークはYBa2Cu307‑δ におけるBa2+ぉ ょび02‑に帰属で きることがわかった。 したがって、すでに報 告 されている、Ba‑0層 の価数揺 らぎに起因するBa。
δ
)+や 0。+δ
) の状態はXPSでは観測 されない。第5章 では、YBa2Cu307‑δ の結晶粒界における化学状態をμ̲xPsを 用いて解析 した。結晶粒界は焼結 体 を超高真空測閤装置中で破断することにより得た。斜方品の結晶粒界においてBa3d5/2の低エネルギー 状態(777.8eV)が観測された。この物質は960℃ 程度の高温から徐冷する過程で結晶粒界に析出する。そ の物質の候補 として低融点 を有するBaCu02とY2BaCu07のほかにBaC03およのBa(oH)2も 存在する。 こ れ らの物質は絶縁体であるため、結晶粒界の電気特性 に大 きな影響 を与えると考えられ、工学的な立 場か ら重要な知見である。
第6章では、
Tl̲Ba‐ Ca―
Cu‑0系 のホールの生成機構 と電子 ドービングによる電子状態の変化をxPsに よ り調べた。T14準位の解析か ら、二重Tl‑0系 ではTlは3価と1価の中間状態にあることが半J明 し、Cu̲o 層のホール生成機構 としてT13++(cu‑0)0→T10 δ )十+(cu 0)δ+の 電荷移動機構が主体的であることがわかった。一重Tl‑0系 のTlの3価 に近 く、この系におけるホールの生成は主 として構造内の酸素量 で決定 される。 また、一重Tl‑0系 の2価 のCaを3価の希土類イオンで置換すると、Tlの 価数は+(3‑δ )
となる。 このことか ら、一重
Tl―
o層はチ ヤージリザーバーの性質を一部有 している。第7章 では、Nd2‑xCexCu04‑y系 におけるCe置 換 による電子状態の変化 を刈Psにより調べた。Ce置換 力つか ら
0.2の
範囲で増すに従い1価のCu成分が増加するが、その増加分はCe置 換量 に比べ約20%程度小 さい。 したがって、ceの 価数は4価より小 さく混合原子価状態にあることが結論付けられた。また、価 電子スペ ク トルにおいて、Ce置換 によリフェル ミ準位近傍の電子状態が成長することが初めて観察 さ れた。 この電子状態の成長 と内殻スペ ク トルにおける1価のCu成分の増加 と連動 していることが示され た。Ce置 換によリドープされた電子は光イオン化断面積の考察か らCu3d準 位 を占有 していることがわ かった。‑161‑
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
酸化物高温超伝導体はその臨界温度(Tc)の高さのため多方面への実用化が期待 されているが、まだ充 分 なTcが得 られていない。又
,物
質設計の指針 となる理論 も未だに確立 されていない。これらの物質の 特徴 は母体が絶縁体であ り、キャリアーを ドープすることにより、金属的 とな り超伝導性 を発現する ことである。近年Tcはキャリアー濃度に依存することが明らかになってきたが、キャリアーの ドープと 電子状態 との関連はいまだに不明な点が多い。従 って、キャリアーの ドープと電子状態の変化の関連を明 らかにすることは、物質設計上極めて重要である。
本論文は8章からな り、第1章では高温超伝導体の発見から現在 までの歴史的背景が述べ られ、第2章 では本研究で用いられた電子分光装置やその他の実験方法について詳 しく述べ られている。第3章では 超伝導を示すYBa2Cu307(オ ルソ
)と
示 さないYB″Cu306(テ トラ)の振動強度の測定結果が述べ られてい る。即ち、前者が後者の約2倍 のCu‑0振動強度を示すことが見いだされ、この結果は電荷の揺動が格子 振動 と結合 して高温超伝導を生 じさせるという理論 を支持することが示 された。第4章ではこれまでY‐
Ba―
Cu‑0系 においてBaは Ba2+とBa° 0+の2種類の電子状態 をとると考えられていたが、新 しい解析方 法 を用いることによって、Baは 前者のみの状態をとることが明らかにされた。第5章では上記超伝導体 の結晶粒界にBaの 水酸化物や炭酸塩が存在することが明らかにされた。tt6章では■2Ba2Can‑lCun02n+4
(■
2層系)と
¶Ba2CaCu207(■1層
系)の電子状態が調べ られ、以下の結果がえられた。後者では■は+3価であることからホールが ドープされている。前者では■は+3と+1価の間の電子状態をとり、■‑0層 か ら
cu―
o層 ヘホール移動が起 こることによって金属的にな り、超伝導性が発現 される。第7章 では Nd2‑xCexCu04‑yに おけるCe置 換 による電子状態の変化が調べ られ、以下の結果がえられた。ce置換量 の増加によリフェル ミレベルに占有電子状態が出現 し、その状態密度が増 加することをx線光電子分光 法(hν
=1486.6eV)を 用いて観測 した。又、Cu2+の 量は減少 し、Cul+の 量が増加することを見いだ し た。紫外光電子分光法(hν
=21.2eV)を 用いると、フェル ミレベルの状態変化は観測 されなかった。以 上の結果から、ceの 置換 によりCu3d軌道 に電子が ドープされ、この系は金属的 とな り超伝導性 を示すというモデルを提唱 した。第8章には各章の結果がまとめ られている。
ここでえられた以上の結果は新 しい高温超伝導物質を開発するうえで貴重な指針を与えるものであ り、学術的に高 く評価 されている。従って、本研究は博士(工学)を授与す るに充分であることを認め る。
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