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第 2 章 実験手法

VO 2 エピタキシャル極薄膜の作製

3.4. VO 2 極薄膜の作製条件最適化

前章のプロセス検討により、基板の前処理が確立したため、次に VO2薄膜の作製条件最 適化を行った。ここで、VO2/TiO2(001)では、成長温度により相互拡散が起こり、その物性が 変化してしまうことが知られている。そのため、まずは、拡散が起こらない条件を検討した。

具体的には、作製した薄膜のRHEEDパターン観察後、その場測定したTi 2p内殻準位スペ クトルの膜厚依存性を調べることによって、製膜温度と界面相互拡散との相関を検討した。

後でのべるが、TiとVイオン半径が類似していることから、XRDで求めた格子定数から製 膜温度の最適化を行うことはできず、また、最も重視するr-T 測定による評価においても、

Ti拡散と輸送特性との相関が明確ではないため、PESによるTi 2p内殻準位スペクトル直接 観測により拡散現象の有無を評価関数として条件最適化を行った。

まず、基板温度の正確な見積りについての検討を説明する。本研究で用いたレーザーMBE 装置においては、薄膜製膜温度は、製膜装置に組み込まれた放射温度計により基板を透過し て読み取った酸化Niのブロックの温度から見積もる方式を採用している。しかしながら、

電子分光測定を行う試料においては、導電性を付与する目的でNb:TiO2基板を用いているが、

これは図3.4.1に示す様に不透明であり、製膜時の基板温度を確認することができなという

問題があった。そこで、透明な TiO2基板を用いて条件最適化を行う必要があったが、ここ でもう一つ問題が生じた。一般に、放射温度計の温度校正においては、基板上に金を蒸着し、

その融点(~1337 K)を用いて温度を校正するが、その温度校正を行う際に、金の融点まで温 度を上げてしまうとTiO2基板が還元され、濃青色の不定比組成のTiOx(x < 2)に変化してし まう。そこで、代わりに SrTiO3基板を用いて温度校正を行い、TiO2基板の場合と等しいと 仮定して校正値を採用することとした。

3.4.1. 信光社製のTiO2及びNb:TiO2基板.

Non-dope Nb:0.05wt%

今回の製膜でもう一つ重要な点は、VO2の成長温度がペロブスカイト酸化物のもの(950–

1250 K)に比べてとても低く、また、20 K程度の僅かな温度の違いにより相互拡散が生じる

ため、その制御が難しい点であった。ペロブスカイト酸化物の場合、当研究室では、基板と Niブロックとの間に挿入したAu及びNiフォイルを溶かすことでAu-Ni合金とする溶着法 を採用している。しかしながら、今回のVO2薄膜合成では製膜温度がかなり低温であり、従 来の方法を用いた場合、基板-Niブロック間に挿入したAu/Niフォイルは合金化せず、熱接 触にばらつきが生じる可能性が高い(実際にAu/Niフォイルを用いた場合には熱接触がばら ついて、VO2薄膜特性の再現性がとても悪いという問題が生じた)。そこで、Niブロックと 基板間の熱接触の向上を図るために、Ptペーストによる基板とNiブロックの溶着法を採用 した。実際の手順としては、サンプルホルダへのマウントは通常どおり行い、溶着材のみを Ptペーストに置換した。なお、この場合、製膜時のPtペーストからの放出ガスが問題にな るが、これを避けるために製膜前には電気炉を用いた250 C、1時間のアニールを施すこと により、溶剤からの脱ガスを行った。

図3.4.2 に、Au/TiO2基板/Pt ペースト/Ni ブロック/Al2O3基板を用いて行った温度校正の 結果を示す(黒線)。更に、得られた校正値を反映した TiO2 基板の位置をプロットする(赤 丸)。Tsetは放射温度計で読み取った直接的な値であり、それを校正して実際の基板温度を見 積もったものがTrealである。TiO2の温度と半導体レーザーの電流値との相関を見ると、レー ザーパワーが低いと放射温度計によるレーザー出力の PID 制御を用いた温度制御が安定し ないことが分かる。そのため、本製膜では、PID制御による温度制御を用いず、図3.4.2か ら見積もったレーザーパワーと基板温度の検量線を基にレーザーパワーを固定して基板温 度を調整した。なお、有色不透明のNb:TiO2(001)基板を製膜で用いる際は、その温度を読み 取ることができないため、TiO2基板上で製膜条件最適化を行った後に、熱放出は変わらない と仮定して、そのレーザーパワーの値をそのまま用いた。

3.4.2. SrTiO3基板を用いた放射率校正の結果.更に,校正値反映後のTiO2基板の温度位置を半 導体レーザー電流値vs基板温度のマップに反映する.ガイドラインをT = 325 K,IDC = 8.75 Aに引く.

これらの実験的な工夫により、成長温度を再現性よく薄膜が作製できる様になったため、

次に成長温度の最適化を行った。図 3.4.3 に異なる基板温度で TiO2(001)基板上に成長させ たVO2薄膜におけるTi 2p内殻準位近傍の内殻スペクトルを示す。製膜温度が高い場合のス ペクトル(実線)においてTi 2p内殻準位が観測されることから、VO2薄膜にTiが拡散してい ることが分かる。これは、僅か20–30 Kの成長温度の違いにより、VとTiの相互拡散が起 こることを示している。その後の詳細な検討の結果、製膜温度があるしきい値を超えるとTi イオンが薄膜全体に拡散することが分かった。本研究では、以上でのべたレーザーの安定性 とヘテロ界面における構成カチオンの相互拡散の問題を考慮して、製膜温度を Tsub = 575 K

(Treal ~ 715 K)に設定した。

ここで、図3.4.3の光電子スペクトルで見られたTi 2p内殻準位シグナルが、表面形態に よる影響(下地の基板由来)ではないことを確かめるために、下記の検討を行った。まず、

AFM 像の結果についてのべる。図3.4.4(a)に Tsub = 600 K で作製した VO2/TiO2(001)薄膜の AFM像を示す。ここで、Rrmsはrms粗さ、Raは算術平均粗さである。得られたRrms及びRa

は、VO2の1,2 u.c.に相当し、作製した薄膜の表面の平坦たん性は極めて高いと考えられる。一方

で、XPS測定に用いた入射光のエネルギーは hn = 1486.6 eV(Al Ka線)であり、そのプロー ブ長はおよそ2 nm(約7 u.c.に相当)である[図3.4.4(b)]。したがって、得られた光電子スペ

600

500

400

300

T

substrate

(° C)

9.0 8.5

8.0

Diode Current (A)

Treal (SrTiO3) Tset (SrTiO3) Treal (TiO2) Tset (TiO2)

クトルは薄膜のみ、それも表面数層のみの観測結果であり、薄膜の表面粗さも極めて小さい ことから、基板のTiが観測に関与する可能性は極めて低いと考える。すなわち、Tiピーク の出現は遷移金属の相互拡散そのものを反映したものであり、逆にTsub = 600 KではTiは拡 散していないといえる。

3.4.3. 異なる成長温度でTiO2(001)基板上に成長させたVO2薄膜におけるTi 2p内殻準位近傍に

おける光電子スペクトル.

3.4.1.

内殻準位測定による界面の急 峻しゅん性評価

この節では、上記の製膜温度最適化により決定された条件で作製した VO2 極薄膜が、原 子及び化学的に急 峻しゅんなVO2/TiO2ヘテロ界面をもっている証拠を示す。これは、VO2薄膜の 膜厚を定義する上での前提条件となる。

図4.3.4に、T = 320 Kで測定したVO2/TiO2(001)薄膜におけるTi 2p内殻準位スペクトル の膜厚依存性を示す。図4.3.5(a)に示すスペクトルは、入射光子束に対して規格化されてお り、VO2被覆層によって埋もれたTiO2からのTi 2p信号の減衰を反映している。ここで、Ti 2p内殻準位の光電子強度は、tの増加とともに急激に減少し、t ~ 3 nmでほとんど消失して いる。このことは、化学的に急激な界面の形成を示唆している。また、スペクトル形状の膜 厚に対する不変性は、界面近傍に存在するTiイオンの価数が堆積前の4価を維持しており、

界面でも化学状態が不変であることを示している。このことは、本研究で作製したVO2(001) 薄膜が化学的に高い急 峻しゅん性をもった界面を形成していることを強く示唆している。

In te ns ity (ar b. u ni ts )

470 465 460 455

Binding Energy (eV) VO

2

/TiO

2

(001)

Ti 2p

h! = 1486.6 eV

Tset = 350 °C Tset = 325 °C

Ti 2p3/2 Ti 2p1/2

次に、ヘテロ界面における遷移金属イオンの相互拡散長dを評価するために、実験値と光 電子放出減衰関数ITi = e-t/lとを比較した結果を、図3.4.5(b)に示す。ここで、lは光電子の非 弾性平均自由行程である。実験と計算との良い一致は、界面を構成するカチオン種の相互拡 散が最小限に留められていることを示している。本研究の薄膜が非常に急 峻しゅんな界面をもつ ことを検証するために、先行研究における報告値を用いたシミュレーションとの比較を行っ

た[図3.4.5(b)の挿入図]。このシミュレーション結果から、本研究におけるd < 0.3 nmと推

定される。薄膜表面のrms粗さは、膜厚によらず0.2 nm未満である(次節AFMの結果を参 照)。これらの結果は、本研究で作製したVO2薄膜における原子的及び化学的に急激な界面 の形成、並びに分光測定に不可欠な平坦たんな表面を示している。

3.4.4. (a)T = 320 Kで測定されたVO2/Nb:TiO2(001)薄膜におけるTi 2p3/2内殻準位スペクトルの 膜厚依存性.各スペクトルは、励起光の光子束密度に対して規格化されているため、VO2被覆層の厚 さtの増加に伴う光電子強度の低下は、被覆層に埋もれたNb:TiO2基板由来のTi 2p信号の減衰を 反映している.(b)膜厚の関数としてのTi 2p3/2光電子相対強度のプロット.実験値は、l = 0.55(2) nm としたときの光電子放出減衰関数で良く表される.挿入図は、VO2/TiO2ヘテロ界面におけるV及びTi イオンの相互拡散長dが0.3、0.5、0.7 [5]、1.2、及び3.1 [1] nmである場合のシミュレーション結果

(曲線)との比較である.挿入図から、本研究で作製した VO2(001)極薄膜においては、d < 0.3 nm(V-V二量体の長さに相当)であり、これはいずれの先行報告値(最小は0.6 nm)よりも小さい。