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第 2 章 実験手法

2.4. 酸化物薄膜の作製

本研究では、表面・界面を原子レベルで制御した酸化物エピタキシャル薄膜試料を作製す る必要がある。表面の平坦たん性・結晶性、及びヘテロ界面の急 峻しゅん性に優れた高品質な薄膜試料 を必要とする。当研究室では、これらの条件を満たす酸化物薄膜の作製技術を開発・発展さ せてきた。以下に、酸化物薄膜の作製技術と実験装置について説明する。

2.4.1.

パルスレーザー堆積法

本研究では、酸化物薄膜試料はパルスレーザー堆積(PLD)法を用いて作製している。PLD 法は、原料としたターゲットの組成をほぼそのままに堆積できる手法であることから、半導 体薄膜、有機薄膜、そして本研究で取扱う酸化物薄膜の作製に広く用いられる手法である。

この手法は、真空チャンバ内に設置した原料ターゲット(高密度焼結体ペレット)に試料作製 チャンバの外部からレーザー光を照射することで物質の化学結合を分断し、分解気化による 引き剥がしを行い、ターゲットに対向する基板に薄膜を堆積させることができると考えられ ている[6]。

ほかの代表的な薄膜作製手法であるMBE法や有機金属気相成長法に比べると、PLD法で は以下の長所が挙げられる。

l 高融点材料を蒸発させるための十分なエネルギーが得られるため、多様な固体材料の 薄膜を作製できる。

l 蒸発させるためのエネルギー源(レーザー)が薄膜作製チャンバの外にあり、フィラメ ントなどの原料加熱部を内部にもたないため、酸素分圧に依存しない薄膜堆積が可能 である。

l 成長速度がレーザーのエネルギー密度([エネルギー強度]/[照射面積])やパルスレーザ ーの照射周期を変えることで制御できる。

l 非平衡な薄膜成長過程であるため、熱力学的平衡条件に限定されない薄膜成長ができ る。

l 高真空中で後にのべる反射高速電子線回折装置と組合せることで、その場観察による 膜厚制御が可能である。この様な反射高速電子線回折観察とPLD法を組合せた薄膜成 長法は特にレーザーMBE法と呼ばれている[6]。

短所としては、数平方ミリメートル程度の面積でしか均一な薄膜が得られないという点が 挙げられる。ただし、本研究で行った電子分光測定における入射光のスポット径は500 × 100

µm2程度であり、上記の面積は実験を行う上では十分に広く、本研究遂行上の問題はない。

PLD法における主な薄膜作製パラメータは、基板温度、酸素分圧、レーザーのエネルギー 密度や照射面積などのレーザーパラメータである。ここで、基板温度は成長時の熱力学的条 件や吸着原子の基板表面における拡散に対して支配的な要素である。また、酸素分圧は熱力 学的条件のみならず、雰囲気酸素とアブレーションされた前駆体との間の相互作用によって 決まる吸着原子の動力学的条件に影響する。レーザーパラメータは、吸着原子の運動エネル ギーや、前駆体の化学量論組成を変化させる。

この様に、PLD 法は多くのパラメータをもつことから、非常に複雑な薄膜作製手法であ る。しかしながら裏を返すと、多くの自由度を巧みに駆使することで、熱力学的平衡状態の 観点からバルク体では実現しにくい化学量論組成や、不安定な価数を有する薄膜試料の合成 を可能にする手法である。

2.4.2.

レーザーMBE装置

レーザーMBE 装置の模式図を図 2.4.1 に示す。また、以下に主要機器とサンプルホルダ について解説する。

■ ターゲットアブレーション用パルスレーザー

Nd:YAGレーザー(中心周波数l = 1064 nm)の3倍波(l = 355 nm)を使用している。エネル ギー及びパルス間隔をプログラムにより制御する。

■ 基板加熱用連続発振(CW)レーザー

半導体ダイオードレーザー(l = 808 nm)を用いており、放射温度計で計測した基板温度を フィードバックすることで温度のプログラム制御を可能としている。およそ500–1450 Kの 範囲で基板を加熱できる。

■ 高純度酸素ガスライン

バリアブルリークバルブによりチャンバ内の酸素分圧を10-6 Paから~100 kPaの範囲で調 整できる。

■ 反射高速電子線回折測定用の電子銃及びスクリーン

で薄膜の成長速度を観察することもできる。

■ サンプルホルダ

本装置用のサンプルホルダはインコネル®製で、レーザーMBE装置には裏返した状態でセ ットする。図2.4.2にその断面図を示す。加熱用レーザーはサンプルホルダ中央に開いた穴 を通して基板裏側のNiブロック(表面を酸化して濃緑色のNiOにしてある)を加熱する。基 板は金属製のクランプとネジにより Pt ペーストを介して Ni ブロックに押さえつけられて おり、Niブロックからの熱伝導により加熱される。

2.4.1. レーザーMBE装置の模式図.

2.4.2. サンプルホルダの断面図.

2.4.3.

薄膜の成長様式

基板上に到達した原子あるいは分子はそのままそこに留まり、降り積もる様に薄膜が形成 されるわけではない。通常、基板上に到達した原子は基板上を動き回り(表面マイグレーシ ョン)、ほかの原子や原子集団と衝突して止まるなどし、安定なサイトに落ち着き薄膜とし て堆積していく。薄膜の形成初期の形態は図2.4.3の様な三つに分類されている。

(a) フォルマー・ウェーバー成長様式

基板上で複数の原子が凝縮して核を形成し、飛んでくる原子がその核に集まって3 次元(3D)成長を起こす場合で、フォルマー・ウェーバー成長様式と呼ばれている。3D 成長後には核が成長して結合し、やがて連続な膜となる。この成長は成長する原子と 基板よりも原子同士の相互作用が強い場合に起こる。

(b) フランク・ファンデルメルヴェ成長様式

基板に到達した原子が表面を一様に覆い(2D成長)、単原子層ずつ成長していく場 合で、フランク・ファンデルメルヴェ成長様式と呼ばれている。この成長は成長する 原子と基板との相互作用が強い場合に起こりやすい。この2D 成長にはレイヤー・バ イ・レイヤー(LBL)成長とステップ・フロー成長という二つの成長モードが存在する。

LBL 成長は表面をランダムに原子が覆っていくことにより単原子層ずつ成長してい く成長であるのに対して、このステップ・フロー成長は基板にステップが存在する場 合にステップの端がサイトとなり、表面をマイグレーションしている原子がステッ プの端で成長していくことにより表面が単原子層ずつ覆われていく成長である。こ れらの二つの成長モードは反射高速電子線回折の強度振動を観測することにより成 長の時間変化を追うことが可能である。そのため、成長の制御を行い、表面が平坦たんな 薄膜を得ようとする場合にはこのLBL成長とステップ・フロー成長が重要である

(c) ストランスキー・クラスタノフ成長様式

まず基板上に単層(あるいは数層)層状成長した後、核が生成して3D成長を起こす成 長様式で、ストランスキー・クラスタノフ成長様式と呼ばれている。この成長は基板 と成長させ薄膜との格子不整合度が大きい場合に、最初は2D成長していたものがひ ずみを緩和するために途中で3D成長に移行することで起こると理解されている。

2.4.3. 薄膜の成長様式.