その場 X 線吸収分光 V-V
4.3. 結果と考察
4.3.1. VO
2薄膜への放射光照射による光損傷の検討まず、K蒸着によるキャリア注入を試みる前に、本実験における高輝度放射光の照射によ る絶縁体相VO2薄膜の光誘起MIT[10]の影響を検討する必要がある。本研究では励起光とし てSX領域を利用する。そこで、光誘起MITの影響が無視できる測定条件、具体的には測定 時間の検討が求められる。そこでまず、VO2薄膜における光電子スペクトルの経時変化を確 認した。図4.3.1に、hn = 700 eVで測定した絶縁体相VO2薄膜におけるEF近傍の価電子帯 スペクトルの経時変化を示す。SX照射時間の増加に伴い、V 3dスペクトルの形状は僅かで はあるが徐々に変化し、スペクトル強度がピークトップからEF近傍の領域へ移動する様子 が観測されている。このスペクトル形状の変化はリジッドバンドモデルでは説明できず、温 度依存型MITの場合と同様な変化であると考えられる。ただし、本測定条件下では、30分 間程度の測定時間であれば EF上の光電子強度は無視できる程度であり、VO2薄膜は絶縁体 状態を維持していることが分かる。この様な経時変化のタイムスケールは、過去の報告[10]
と一致している(図4.3.2)。同様に金属相においても経時変化の測定を行ったが(図4.3.3)、
40 分経過後もスペクトル形状にほとんど変化がないことが分かった。本実験ではこの光照 射による試料変化を考慮し、同一試料測定点における測定時間は20分前後、最大でも30分 間とする様に留意したことを強調しておく。
次に図4.3.3に、hn = 700 eVの光を照射したまま試料温度を320から250 Kまで掃引して 光電子測定を行った結果を示す。光照射により、RM相は250 Kに達しても完全な絶縁体へ は転移せず、EF上に状態密度が残っていることが見てとれる。そこで250 Kに到達後、測定 位置を変化させて新しい測定点で見たところ、降温中に光照射されていない場所においては 絶縁体相に転移したスペクトルを確認することができた。この現象は非常に興味深い。この 起源に迫るためには更なる実験が必要であるが、今回の実験の目的からは逸脱するため、こ こでは追究しない。今回は、試料温度を変化させる際にはSXを都度遮断し、試料上に照射 されない様にして実験を行った。
図4.3.1. hn = 700 eV,T = 250 Kで測定したMI相VO2(001)薄膜におけるEF近傍の価電子帯スペ クトルの経時変化.40分間測定してもEF上の状態密度は無視できる程度である.
図4.3.2. hn = 700 eV,T = 300 Kで測定されたVO2/TiO2(101)薄膜におけるV 3dバンドのスペクト ル強度積分の経時変化[10].30分程度で変化は飽和する.本研究で作製した薄膜とは面方位が異な
1500
1000
500
Intensity (arb. units)
2 1 0
Binding Energy (eV)
図4.3.3. hn = 700 eV,T = 300 Kで測定したRM相VO2(001)薄膜におけるEF近傍の価電子帯スペ クトルの経時変化.40分間測定しても大きなスペクトル変化は確認されなかった.
図4.3.4. 降温過程におけるVO2/Nb:TiO2(001)薄膜のEF近傍の価電子帯スペクトル変化.SX照射 中の温度変化には絶縁体転移が発現しない様子が観測されている.本論文では、この起源を追究し ない.
Intensity (arb. units)
12 10 8 6 4 2 0
Binding Energy (eV)
VO2 (001) Valence-band hν = 700 eV T = 300 K
0 min 10 min 20 min 30 min 40 min
30
20
10
Intensity (arb. units)
3 2 1 0
Binding energy (eV)
4.3.2. VO
2薄膜のMIT
に伴うPES
スペクトルの変化○価電子帯スペクトル
図4.3.5に、今回作製したVO2薄膜(TMI ~ 295 K)における価電子帯スペクトルの温度依存
性を示す。測定はT = 320 K(RM相)と250 K(MI相)で行った。価電子帯スペクトルは、3–
10 eVの結合エネルギーでO 2pに由来する構造と、EF近傍のV 3dに由来するピークの二つ
からなる[2]。EF近傍のスペクトルは、320 Kで測定したRM相のスペクトルは、VO2薄膜の 金属状態を反映したEF上の鋭いコヒーレントピーク、及び1.4 eV周りに広がったサテライ ト構造(d//状態とp*状態との混成バンド[9])から構成されている。一方、250 Kで測定したMI 相のスペクトルでは、EB ~ 1.1 eVにピークが存在しており、VO2薄膜の絶縁体状態を反映し て EF上にエネルギーギャップが形成されている。ここで、RM 相におけるサテライト構造 とMIにおけるピークのエネルギー位置の不一致(~0.3 eV)は、このMITが単一バンド・ハバ ードモデルにより記述される単純なモット転移ではなく、パイエルス転移的であることを示 唆している[9,11]。これらのスペクトルの特徴は、図4.3.6に示すVO2単結晶[9]やVO2薄膜
(硬X線PES)[11]における先行研究の結果とよく一致しており、作製したVO2/Nb:TiO2(001) 薄膜においても、単純な強相関効果(モット不安定性)だけではなく、パイエルス不安定性が MITの起源であることを示唆している。また、高結合エネルギー側のO 2p状態に注目する と、温度依存MIT に伴って大きなスペクトル強度変化が観測されている。この変化はMIT に紐づけられた構造変化を反映したものであることが知られている[9]。