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第4節 第1期

   改革の流れ    1997(H9)。 6

      第7章 D高校の教育課程経営改革 学校改革組織(将来構想委員会)の設立と現状認識

       明日D会の提案により将来構想委員会(学校改革組織)

       の設置が職員会議で承認

     9 新教育課程における選択科目の導入が提案、承認      10「産業社会と人間」導入の提案、承認

     10 新教育課程案提出      11 新教育課程案承認 1998(H10).4 新教育課程の実施

第1項 改革の契機一個々の教員の現状認識

 D高校は、学区内の他の県立高校との問で輪切りが行われ、学力的には底辺に位置つく 学校である。生徒はなかなか授業についていくことができず、進級できずに中途退学して いく生徒が毎年100名ほど出ていた(1)。D高校の教師はこのような状況からの脱却を目指

して、様々な努力をしていた。中でも特徴的なのは、学校行事への取り組みであったよう だω。特に体育祭や文化祭などでは教師が先頭に立って生徒を引っ張り、生徒もこれにつ いていく。3年生は文化祭で全クラスが演劇を発表するが、クラスが一丸となりそれぞれ が自分の役割をしっかりとこなす演劇は1、2年生にも感動を与えていたようであるω。

このような取り組みを通して多くの生徒は人と人とのつながりを体験し、人間性を豊かな ものにしていったようであるが、この状況が徐々に変化し始めた。不登校生が増えてきた ことでクラス全体のまとまりが悪くなり、行事に対する取り組みが悪くなってきたのだ(4)。

 このような状況の中でD高校は、1994年度に教育課程の改編を実施しているが、選択 科目を多く設定することなどは生徒状況から見ても難しいであろうという判断から、本幅

な改編とはなっていない(5)。これが結果として中学生にはよく映らず、入学してくる生徒 の中で不本意入学の生徒が増えてきたようだ。そのような生徒達は1年生の段階から不登 校になり、出席日数が足りずに留年し、退学していく(6x7)。さらに1996、97年度の入学試 験で定員割れの危機を経験する。結果として定員割れは起こさなかったが、これをきっか

けとして多くの教師は学校改革を意識し始めたようである(8x9)。個々の教師が改革を意識 するきっかけとしては、やはり定員割れの危機がかなり大きかったようであるが、中途退

学者が多いこともその一つである( 0)。

 これについては中学校の教師も把握しており、入学志願者を増やすためには魅力ある高 校づくりを積極的に推進して欲しいという要望もあった(11)。

 この間当時の校長は、地元中学校や教育委員会に様々な働きかけをしていたようだ( 2)。

第2項 学校改革組織(将来構想委員会)の設立(1997年6月)

 多くの教育課題を抱えたD高校はその課題を放置していたわけではなく、課題の解決を 目指した取り組みは各教科や分掌がそれぞれ行ってきたわけであるが、その内容を木に例 えれば枝葉に当たる部分の取り組みであったようである。つまり教師が努力する事によっ て一定の成果は現れるのだが、なかなかそれが長続きせず定着しない。木の幹に当たるよ うな抜本的な改革が必要であることを、多くの教師が認識し始めていたようだ。そこでこ のような認識を組織化する動きが始まってくる。

 当時のA教頭は抜本的な改革をするためには、課題をいくつかに焦点化した上で、教師 がそれを共通認識することから始めなければならないと考えていた。またA教頭は、教師 が課題を共通認識にまで高めるためには科学的なデータが必要であると考え(13)、様々なデ ータをまとめていく中で進路状況に着目した。そして進路意識の向上と進路保障をより充 実させていくことを目的として「進路特別委員会」を設立した。委員会は、生徒に学校へ の帰属意識を高めた上で自己肯定感を育て、進路意識を高揚させようと3年生の特別進路

指導計画案を作っている(!4)。

 またB教諭は、職員会議で学校改革の意識が高い教師に呼びかけて研修会を企画した( 5)。

これは教師が主体となって改革の方向性を模索しようというものであり、この研修会では 教育課程の大幅な改革が必要であるという結論に達している。ただし実際に改革を推進す るためには、公認の改革組織が必要であるとも結論づけているq6)。

 このような動きを一元化したのが「明日のD高校を考える会(以下、明日D会と記す)」

であった。明日D会とは、校内のどの教科や分掌にも属さない、または複数にまたがる課 題について検討するために設置されている組織である( 7)。この組織の特徴的なところは立 候補制であり、立候補した教師が何人であってもよいというところだ。つまり構成員の数 は年によって変動する事になるわけで、有志の集まりというイメージはあるが、10年以 上前から設立されている公認された組織である(18)。この組織はD高校の原案作成機関とし

      第7章 D高校の教育課程経営改:革

て位置付げられており(19)、実際には校長、教頭を含めて毎年10名前後で組織されている ようである。

 明日D会は学校改革の動きや個々の教師の考え(20)を吸収し、教育課程の改編に関しての 小委員会を作り検討を始める。明日D会は教育課程改編に際して明日D会の中で進めるか、

既存の組織を利用して進めるか、それとも新しい組織を設立するかについて検討し、新し い組織を作ることで合意したようだ。これは、明日D会は解決すべき多くの課題を抱えて おり、シンクタンク的な位置づけであるので、具体的な教育課程改編についての審議を進 めるにはふさわしくない組織であるということ⑳(22)。また既存の組織はルーティーンの業 務が忙しいということや、分掌ではどうしても分掌の枠組みを離れられないであろうとい

うことなどである鋤。

 明日D会は新たな学校改革組織を作ることを職員会議に提案する。1996年度に一度否

決されるが(24)、97年度の6月に再び提案し可決された(25)(26)。

第3項 将来構想委員会による現状認識

(1)将来問題構想委員の選出

 このようにして設立された将来構想委員会の選出方法は、立候補を認めない公選制とな っている。学校教育にとって重要な部分である教育課程の原案を作成する委員の選出方法 に、立候補は募らず、職員会議による選挙という方法をD高校は採用している。なぜ立候 補を認めなかったのであろうか。メンバーには教務部長が入ってはいるものの、教育課程 案の作成は一定の知識と技術などの専門性が必要であると思われるし、ましてや作成に対 する熱意が必要である。公選制にしてしまうと熱意のある教員が選ばれるとは限らないし、

教務部長が専門性の高い教員に立候補を依頼することもできない。これにはかなりの危険 性が考えられる。

 そのような状況にあって実際の選挙の結果はというと、将来構想委員会の作成を提案し た明日D会から3名、それ以外の3名のうち2名は職員会議で学校改革の必要性を発言し ている教員が選ばれている。この結果から見てD高校の教職員集団は、将来構想委員会設 立の意義を十分に理解し、信頼して任せることのできる教員を選出していると言える⑳。

選出方法をあえて公選制にしたのは、教員が教員を信頼し合っているという基盤があって こそ踏み切れたと言えるのではないだろうか㈹。また、多くの教員が改革を求めていたと