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PWD-TL の様々な機能

第4章 研究1

4.4 考察

4.4.3 PWD-TL の様々な機能

PWD-TLの条件下では学習者は必要に応じて母語を活用することが奨励されていたため、

PWD-Eの条件下で見られたようなコミュニケーション・ブレイクダウンを回避できていた。

本研究では以下に示す5つのタイプのトランス・ランゲージングの働きを観察した。

1. 語彙に関連する支援を相手に求める

2. 母語を活用しながらL2語彙を思い出す、または辞書を使って母語の語彙をL2語 彙に変換する

3. L2語彙の探索をせずに母語の語彙で代替させたまま議論を進める

4. メタ言語的ディスコースを議論されている内容から区別するために母語を活用 する

5. 母語を活用して議論の論点を整理する

学習者が必要とする語彙をL2において持っていない場合にL1で代替する現象については これまでにも多く指摘されてきているが、本研究のPWDにおいてもそうしたトランス・ラ ンゲージングが観察された。次の場面では、サクラが口まで出かかった “quit”という単語を 探している。何度か試みた後、ターン3でケンタに助けを求め、ケンタに教えてもらうこと で議論を前に進めている。

表4-4 場面3【PWD-TL 5:28-6:22】

ターン 発話者 発話内容

1 サクラ Like a 無期懲役 (辞書を確認する), life imprisonment I think life imprisonment and death penalty is like similar because we didn’t do the death penalty, we did do the death penalty like a two or three people in a year, right?

2 ケンタ そうなの?

3 サクラ うん。So it’s…what’s the difference between death penalty and life imprisonment? I think like a if we finish? We quite? やめる? We stop the death penalty,

4 ケンタ Quit?

5 サクラ Quit? But we still have life imprisonment; it’s fine.

サクラはまた、ケンタに助けを求める以外にも、辞書利用という形で母語を活用してL2語 彙を探索することもしている。次の場面はサクラが自分で辞書を確認して「囚人」にあたる 語彙を探すものである。

36 表4-5 場面4【PWD-TL 8:35-7:09】

ターン 発話者 発話内容

1 サクラ But we…even though we have death penalty, like it's I searched before like a in a class, in a なんだっけ囚人(辞書を確認する)prisoner, it's a many prisoner to do death penalty and we pay tax to…

また、単に日本語の単語を声に出して言うことで英語の単語を思い出すことに成功する 場面も見られた。

表4-6 場面5【PWD-TL 7:59-8:10】

ターン 発話者 発話内容

1 サクラ But even though we have death penalty this なんだっけ?犯罪 crime didn't decrease… Right?

インタビューの中でサクラはこの場面について、高校での単語帳を利用した学習のおか げで日本語の単語を言うだけで英語の単語を思い出すことも多い、と説明している。思い出 せないL2語彙探索の手がかりとしての母語の活用がここでは見られる。

学習者が議論の中身に集中するあまりわからないL2語彙を探索しない、という選択をす る場面も見られた。次の場面はその好例である。

表4-7 場面6【PWD-TL 7:30-7:57】

ターン 発話者 発話内容

1 ケンタ I think some people say it's not 人道的?人道的じゃないから。

2 サクラ They didn't do the death penalty?

3 ケンタ They don't want to do that.

4 サクラ But we HAVE death penalty. If we have death penalty, we SHOULD do that.

注:大文字は強調された発話であることを示す。

ここでの課題は、社会における暴力をコントロールするために死刑は必要であるのか否 か、というものだった。上の場面でケンタは「死刑は人道的でないため廃止されるべきだ」

という死刑反対論者の論拠を提示しようとしている。サクラが英語の語彙を探そうとして いた前述の場面3-5とは異なり、この場面では辞書を使って「人道的」に当たる英語を調 べるために議論を一時中止することなく、またお互いに尋ね合うこともないまま、従って求 める英単語は不明のまま議論が進められていく。この場面で二人は死刑の是非という内容 そのものに関わる議論に熱中しているのである。その熱中ぶりをサクラの強調された発話 に見ることができるだろう。

また、このPWDでは、課題に関わる議論と、メタ言語的なコメントを切り離すためにト ランス・ランゲージングを活用する場面も見られた。その顕著な例を場面7に示す。

37 表4-8 場面7【PWD-TL 16:00-16:55】

ターン 発話者 発話内容

1 サクラ Disadvantage… What's…we just do capital punishment in a two or three people... two or three people in a year, and I saw like in the internet, and just many prisoner, just prisoner, なんだっけ、死刑囚になるけど、it's not happen, so just we should pay tax for them.

2 ケンタ we have to でしょ。

3 サクラ そう, we have to. We have to pay tax for them. And just people increase. It's problem で、見た。

この場面でのトランス・ランゲージングには二つの機能があったと考えることができる。

一つ目は、場面6同様、議論を先に進めるための機能である。ターン1でサクラは死刑囚を 抱えることのコストについて指摘するうえで、おそらく「死刑執行」に当たる語を探してい ると思われる。これに当たる言葉を日本語で見つけようとして「なんだっけ、死刑囚になる けど」としたあと、 “it’s not happen”, と目的となる表現を回避して議論を進めている。

この場面におけるトランス・ランゲージングの二つ目の機能は、日本語を活用することで メタ言語的なコメントを議論の中身から切り離すというものである。ターン1でサクラは 死刑囚の生活を支えるために税金を使うのは無駄であるという視点を提示するが、その際

“we have to pay tax for them” というべきところを誤って “we should pay tax for them” と言っ てしまう。この文法上の誤用についてケンタが 「 “we have to”でしょ。」とコメントする。

ここですべてを英語の発話にして “You mean ‘we have to’, right?” などとすることも可能で はあるが、ケンタはここをトランス・ランゲージングして、 “we have to” 以外を日本語で 言うことで、これが文法的なコメントであることを際立たせている。ターン3でサクラがす ぐにそのコメントをアップテイクしていることからもこのケンタのコメントの意図が明確 に伝えられたことが見て取れる。

本研究のPWD-TLのデータの中で最も日本語が活用されていたのは議論の論点の整理の 場面であった。次の場面は、PWD-Eにおけるコミュニケーション・ブレイクダウンの場面に 酷似しているが、トランス・ランゲージングにより論点の整理に成功している場面である。

表4-9 場面8【PWD-TL 18:30-20:13】

ターン 発話者 発話内容

1 サクラ For me. Maybe not disadvantage…what do you think? About capital punishment, disadvantage

2 ケンタ Disadvantage...we have to pay the tax more longer than in death penalty, 3 サクラ じゃあアドバンテージにしよ。

4 ケンタ disadvantage 死刑を廃止しなかったら、

5 サクラ あ、廃止しなかったら、のほうね、OK。

6 ケンタ 廃止したら…?

7 サクラ 廃止したら…ってことね、OKOKOK。

8 ケンタ 廃止したら…税金を払わなけりゃいけない、で、さっき言ったみたいに 執行人の気持ちでしょ disadvantage。

38 表4-9 場面8【PWD-TL 18:30-20:13】(続き)

ターン 発話者 発話内容

9 サクラ 執行人の気持ちは…?

10 ケンタ Disadvantageじゃない?

11 サクラ え?あれ?廃止しなかったら?

12 ケンタ 廃止…廃止…

13 サクラ 廃止したら、

14 ケンタ 廃止しなかったら…やり続けなきゃいけないしょ。

15 サクラ 廃止しなかったら執行人の気持ちでしょ。うん、でもTaxのlonger は

16 ケンタ 廃止したら、だね。

17 サクラ 廃止したら、のほうじゃない?

18 ケンタ まざっちゃった。

19 サクラ まぜないでよ、もう、わけわかんなくなるから。

この場面ではどちらの学習者も社会における暴力をコントロールする上での死刑の利点 を認めながらも、指示された通り両方の側面から議論を行おうとしている。サクラがターン

1において “advantage” という言葉を用いながらも、死刑を存続させる上での利点について

述べたのか死刑を廃止する上での利点について述べたのかを明確にしなかったためケンタ が混乱する場面である。ターン2においてケンタは死刑が廃止された場合、無期懲役の囚人 の収容のコストが税金で賄われることを指摘し、死刑廃止の欠点について論じている。それ に続くターン3でサクラは、自分が意図したのは死刑存続に関する欠点であって死刑廃止の 欠点ではないことを指摘する代わりに、死刑存続の利点について議論する、と方針転換する ことでケンタの議論に合わせようとする。この、 “advantage” と “disadvantage” に関する二 人の混乱はターン10まで続くが、ターン11でサクラが死刑廃止の欠点と死刑存続の欠点に ついて同時に話していたがために起きた混乱であることに気づく。その後、何回かのやり取 りを経て二人は「死刑執行人の心理的な負担」が死刑存続の大きな欠点であり、「無期懲役 の囚人の収容のための税金の無駄遣い」が死刑廃止の大きな欠点であるという議論の整理 に至る。