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L2 作文における L1 使用に関する先行研究

第3章 先行研究

3.4 L2 作文における L1 使用に関する先行研究

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伝統的に母語を第二言語習得において克服されるべき障壁としてみなしてきた心理言語 学的アプローチの第二言語作文研究からも、特に実践の現場から、母語活用の可能性を指摘 する研究が生まれてきた。特に Zamel はその研究(1982、1983)で、バイリンガル児童が L1とL2の作文において同様のライティングプロセスを活用していることを明らかにし、

Jones and Tetroe(1987)、Hirose and Sasaki(1994)やArmengol-Castells(2001)などの研究 ではプレライティングは、量はともかくとして、その質についてはL1とL2で共通すること が明らかにされた。また、バイリンガル児童・生徒が作文を行うにあたっては、書こうとす る内容に関わる経験をした時点で使用していた言語を用いてプレライティングをさせたほ うがより優れた第二言語作文の産出につながるとする Friedlander(1990)の研究も、状況と 目的に応じて柔軟に使用言語を変え得るバイリンガルの特性を活用したアプローチとして 興味深い。こうしたパラダイムシフトとも呼ぶべき母語の捉え方に関わる変化をRaimes

(1987)は次のようにまとめている:

Second language writers, then, can be viewed not only as bringing L1 problems to the writing class, but as bringing to the act of composing the additional and beneficial dimension of linguistic and perhaps rhetorical knowledge of another language, along with some knowledge of strategies for L1 composing…In sum, the research has found that the difficulties of ESL writers appear to stem less from the contrasts between L1 and L2 than from the constraints of the act of composing itself (pp. 441-442).

このパラダイムシフトをさらに精緻化させ、第二言語ライティングの一定のフレームワ ークとして定式化したのが Cumming(1989, 1990)の研究である。この研究によってCumming は第二言語ライティングにおける学習者の課題には、第二言語の習得に関わる部分と、書く ことそのものの習得(Writing expertise)に関わる部分が関連しつつも別個のコンストラクト として存在することを明らかにしている。この知見は、それ以降の第二言語ライティング教 育に大きな影響を与えている。

この後、第二言語学習者がそのライティングプロセスにおいてどのように母語を活用す るのか、Think-Aloud Protocol 法や Retrospective Interviews の手法を用いた心理言語学的ア プローチによる研究が進められた。これらの研究には、母語で書いたものを翻訳した場合 と直接L2で書いた作文の質を比較した Kobayashi and Rinnert(1992)、プランニングの段 階における母語の活用について研究したWang and Wen(2002)及び Wang(2003)、バック トラッキングについての Manchón, Roca de Larios, and Murphy(2000)、L1におけるライテ ィングストラテジーがどの程度L2作文において用いられているかを研究したWolfersberger

(2003)などがあげられる。

母語活用の重要性は、社会文化論的枠組みによる研究からも指摘がなされている。学習 はまず社会的な文脈の中ではじまり、その後個人の内面へと深化してゆくとするVygotsky

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(1978)の立場からみると、知識は個人に内面化する前にインターパーソナルな文脈で獲 得されるのであり、言語はそうした学びにおいて、学習者と彼らをとりまく周りの世界の 関係を確立するうえでの精神活動の主要な道具としての意味をもつ。従って、学習者の母 語は課題解決や、タスクマネージメントにおける重要なスキャフォルディングのストラテ ジーとみなし得るからである。

Brooks and Donato(1994)及びBrooks, Donato and McGlone(1997)の研究はこの視点か ら、外国語学習者がどのように母語によるメタトーク(トークに関するトーク)やメタ認 知(タスクに関するトーク)および内言のつぶやきをその学びに活用し、自らの学びをコ ントロールするか描き出し、Anton and DiCamilla(1998)も同様の母語の働きについての 観察をもとに母語が間主観性(intersubjectivity)の構築に不可欠であることを示してい る。同様に Swain and Lapkin(2000) はフレンチ・イマージョンの学生がどのように母語 を活用して語彙や文法に注意を払いながら課題を解決するか示し、Villamil and DeGuerrero

(1996)及び DeGuerrero and Villamil(2000)は、ピア・レビューの活動のなかで、学習者 がどのように母語を活用して学習仲間とインタラクションを行うか、そしてStorch and Wiggleworth(2003)はCollaborative Writingにおいて学習者がどのようにL1を活用するか描 いている。

社会文化的アプローチをとる近年の研究の中で、バイリンガル教育研究の流れを色濃く 反映したものにVelasco and García(2014)とGarcía and Kano(2014)がある。Velasco and García

(2014)はバイリンガル児童がどのようにその言語レパートリーすべてを駆使して作文を 産出しているか観察した研究である。その観察をまとめて彼らは次のように述べる:

In emergent bilinguals, TL (translanguaging) can function as a self-regulatory mechanism that expedites the process of language learning (p.12).

García and Kano(2014)はアメリカで学ぶ10名の日本語を母語とする高校生にトラン ス・ランゲージングのアプローチを用いて英語作文の指導を行い、その過程を stimulated recallの手法を用いて観察したものである。指導では、日英両方の資料を読んでから日本語 でディスカッションを行い、その後英語で作文を書くという流れをとった。この研究で

Kano は、経験の浅いバイリンガルが必要に迫られて母語を使用する(dependent use of

translanguaging)のに対し、より経験のあるバイリンガルはトランス・ランゲージングを意 識的かつ統制的に活用(independent use of translanguaging)することを示し、トランス・ラ ンゲージングをバイリンガル教育の手法として活用することでより強いほうの言語に依存 しすぎることを防ぎ、第二言語習得に結び付けていくことが可能であることを示してい る。

総合してみるに、これらの研究からはバイリンガルの学習者はトランス・ランゲージング を作文産出のストラテジーとして活用していることが観察されている。しかしながら、トラ

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ンス・ランゲージングをプレライティング・ディスカッションの中で積極的に活用して作文 産出を促した場合の効果についての検証は管見の限り現時点でほぼ皆無で、その研究上の 要請に応えるため、小規模な観察として行われたのが、佐野・増谷・阿部(2018)である。

この研究は日本語と日本手話16というモダリティの異なる言語のバイリンガル17が、第二 言語作文課題の前に自ら随意に使用できる言語を活用してディスカッションする活動の有 効性を確認したものである。この研究では、5名のろう児を対象として、書記日本語にお ける作文指導の中で日本手話の使用が果たしうる役割について観察した。具体的には、

PWDなしでまず作文(冬休みの思い出)を書いてもらい(作文1)、その後、日本手話に よるクラスディスカッションを経て個人による日本手話でのスピーチを行ってもらった。

その後、撮影した手話スピーチを見ながら書記日本語による作文を行い(作文2)、作文 1との比較を行った。分析の結果、作文2のほうが作文1よりも語数・異なり語数及びア イディア・ユニット数において増加を見せることが確認された。加えて、質的な分析から も日本手話によるスピーチやクラスディスカッションによって、より豊かな心情的表現が 含まれるようになったことなどが確認された。このことから、手話言語と音声言語に基づ く書記言語の作文のように、モダリティの異なる二言語にあっても、随意に用いることの できる言語によるプレライティング・ディスカッションをすることが異なる言語での作文 の産出にとって効果的なアプローチたり得ることが示唆された。しかしこの研究では、手 話の活用の程度と状況には大きな個人差があることも見出された。加えて、研究に参加し た児童の聴覚活用の度合い、手話への接触の程度などのような言語的背景は極めて多様で あったことからも、より確定的な結論に至るためには、さらに多くの参加者を対象とした 研究が必要となると考えられる。

佐野・増谷・阿部(2018)の研究は、トランス・ランゲージングをプレライティング・

ディスカッションの中で積極的に活用する、という第二言語作文指導上のアプローチの有 効性を一定程度示した点で、実践的な意義が大きいものだったと考える。しかしこの研究 の対象は日本手話と日本語のバイリンガル児童であり、手話言語と音声言語というモダリ ティをまたぐバイリンガリズムを対象に扱ったものであるため、音声言語同士のバイリン ガリズムとはまた異なる面も多いことが考えられ、本研究で取り上げる日本人英語学習者 の第二言語としての英語作文の指導において、直接的な示唆を持つとはいいがたい。ま た、トランス・ランゲージングの有効性を示し理論的な発展を支えるためには、限られた 人数を対象とした観察のみでなく、様々な条件にある学習者を対象とした量的な分析を含

む考察が求められる。本研究はこうした研究上の要請に応えることを目指すものである。

16 体系的な語彙構造及び文法構造を持つ自然言語で、音声言語の日本語とは全く異なる言語。一方、手 指日本語(日本語対応手話)は音声言語の日本語を手と指で示したもので、手話言語ではない(日本学術 会議, 2017)

17 この研究はろう教育を聴覚に障害をもつ児童・生徒のための特別支援教育と捉えるアプローチとは異 なり、日本手話というマイノリティ言語を主として使用する児童・生徒が第二言語としての日本語のリテ ラシーを獲得するのを支える、バイリンガル教育のアプローチで進められたものである。