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第 6 章 イギリスの新規技術型企業クラスターとリスクキャピタル

8.4 IPO 市場

緩やかな規制を背景として、AIMは多くの新規公開企業を引きつけ、世界最大規模のIPO 市場へと急成長した。これを支えたのが、指定アドバイザー制度および指定ブローカー制 度である。第1に、指定アドバイザーとして70社弱が新規公開を支えており、証券会社の 裾野の広さを指摘できる。第2に、これらの証券会社は大手証券会社ではなく、中小中堅 証券会社であり、新規公開企業の規模と指定アドバイザーの証券会社の規模がマッチして いる。大規模な新規公開企業を中小中堅証券がサポートすることも、逆に小規模な新規公 開企業を大手証券会社がサポートすることも、システムの継続性という視点からすれば持 続可能なものではない。第3に、これらの中小中堅証券は「リサーチベース」の証券会社

99こうした教育を実践する試みとして、ベンチャーファイナンス実践塾(http://www.b.kobe-u.ac.jp/~kutsuna/entre/vf.html)

を参照。

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であり、専門性の高いリサーチや機関投資家他との独自のネットワークをもとに、大手証 券会社との差別化に成功している。AIM全体としては、指定アドバイザーというインフラ が徐々に整備されることによって、魅力ある市場を形成することに成功していると言える。

しかし、地方ベースの新規技術型企業の新規公開という視点からすれば、依然として多 くの課題が残っている。地方ベースで活動するVCや指定アドバイザーが不足しているこ ともあって地方企業の新規公開は少なく、ロンドン周辺企業の新規公開が圧倒的比率を占 めている。若干の例外を除いて、地方ベースで活動している有力な指定アドバイザーは限 られており、地方企業にとって新規公開を支援する地元の指定アドバイザーを見つけるの は容易ではない。

また、本稿では、スコットランドのエジンバラ大学発ベンチャーのうち、株式公開を達 成した3社の現状を紹介した。新規公開企業が3社という実績は、公開企業数という成果 からすれば弱く、株式公開後のパフォーマンスを見ても十分な成功を収めているとは言い 難い企業がある。なぜこうした状況にとどまっているのかについては、その原因について 十分な解明が必要である。

IPO 市場と並ぶ代表的な投資回収手段の1つが M&A市場である。両市場は車輪の両輪 であり、IPO市場が停滞する時期には、M&A市場を通じた投資回収がリスクキャピタルの 供給者(VC)にとって重要な役割を果たす(忽那 [1997])。しかし、未公開企業の M&A のような中規模の取引が円滑に実施されるためには、ミッドマーケットのM&Aを専門と する中小中堅クラスの仲介業者の存在が不可欠である。これは、中小中堅企業の新規公開 に対応するには、アンダーライターとして中小中堅証券の登場が必要であることと同様で ある。本稿ではPetroleum Geo-Services ASAによるMTEM Ltd買収を紹介したが、イギリ スにおけるM&Aという投資回収手段の有効性や、同市場の現状と課題について明らかに していく必要がある。このテーマについては今後の課題と言えよう。

日本のIPO 市場は、イギリスの AIMと比較したとき、毎年の公開企業数においても大 きく劣る。しかし、それ以上に、新規公開を支える証券会社の層において、日本の現状は 明らかに見劣りする。中小中堅規模の証券会社の指定アドバイザーおよび指定ブローカー としての存在があって初めて、AIMの活況は支えられているが、わが国の主幹事は依然と して少数の大手証券会社によって占められている。ブティックスタイルの専門能力の高い 中小中堅規模の証券会社の登場なくして、IPO 市場の構造が大きく変化することは期待で きない。また、ミッドマーケットのM&Aを専門とする中小中堅クラスの仲介業者につい ても、リバーサイドパートナーズや日本M&Aセンターなどのいくつかの業者を除けば、

わが国には同市場を対象とする専門的な仲介業者が十分には存在していないと言えよう100

100 こうした課題への対応として、成長型中小中堅企業育成フォーラム

(http://www.b.kobe-u.ac.jp/~kutsuna/entre/forum.html)の活動を参照。

169 8.5 総括

新規技術型企業の輩出・成長には、人・物・金の3つすべての要素において質が問われ る。人については経営チームの質、物についてはシーズ(ビジネスモデル)の質、金につ いてはリスクキャピタルの供給の質であり、いずれの要素がかけても新規技術型企業の成 長は望めない。例えば、Zhang [2009]は、スタンフォード大学やMITのように、アメリカ においては、なぜ少数の研究大学から多数の大学発ベンチャー(ベンチャーキャピタルの 投資先)が生み出されているのかをVentureOneのデータベースを用いて分析した。その結 果、大学の所在地域におけるベンチャーキャピタル供給の充実度は重要な決定要因とはな っておらず、目覚ましい研究業績を持つ科学者の数が大学発ベンチャーの輩出に大きな影 響を与えていることを実証的に示した。そして、同論文は、ベンチャーキャピタルへのア クセスを高める政策だけでは、大学発ベンチャーの輩出という目的に対して有効に機能し ないと結論付けている。

大学発ベンチャーの場合などはその典型と言えるかもしれないが、経営チームが技術担 当の人材に偏り、マネジメント、マーケティング、ファイナンスを担える人材が不足して いる場合が多く見られる。企業側に不利にならない条件でリスクキャピタルを調達する上 でも、投資家側と対等にディールストラクチャーを議論できるCFOの存在は不可欠である。

わが国の大学発ベンチャーの現状を考えたとき、経営チームのマネジメント能力を高める ための起業家教育が必要であろう。

また、新規技術型企業の成功にはシーズそのものの質が決定的に重要である。事業化可 能なシーズなのかどうかを検証することができなければ、大学内にシーズとして留まった 状態であり、起業、事業拡大、IPO やM&Aを通じた投資回収という成長プロセスをたど ることはできない。投資回収としてIPOとM&Aのどちらを想定しているかによって、シ ーズの事業性の評価、ビジネスプランニング、経営チームの組成は異なってくるはずであ り、こうした点についても考慮する必要があろう。

最後に、資金の供給に関しては、いかに円滑にエクイティを通じたリスクキャピタルを 提供できるシステムを整えるかが重要である。シーズの評価については公的機関のPOCフ ァンド、スタートアップ段階についてはビジネスエンジェル、成長段階については民間VC、

投資回収段階についてはIPOとM&Aの両市場がそれぞれのステージで役割を果たし、新 規技術型企業の成長段階に応じて切れ目なく円滑な資金供与がなされる必要がある。本稿 で検討したスコットランドの場合は、シーズの評価段階とスタートアップ段階ではPOCフ ァンドとビジネスエンジェルがそれぞれ重要な役割を果たしている。しかし、続く成長段 階においては、民間VCから十分なリスクキャピタルを受けることが困難となっており、

スタートアップ段階と成長段階の間にエクイティ供給の大きなギャップが残った状況とな っている。また、投資回収段階においても、地方ベースで活動する中小中堅証券会社の不 在から、新規技術型企業にとってIPOはかなり遠い存在となっている。

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