• 検索結果がありません。

クラスターを発展させる人材のキャリア特性

第4章 NTBFs簇生のための人的資源と地域的開発

2.3 クラスターを発展させる人材のキャリア特性

さらに従来のクラスター論では、クラスターを発展させる研究開発者、支援技術者、商 業化支援人材は、従来の企業特殊的技能の長期的形成をはかる企業内労働市場と異なり、

クラスター特殊的な技能を供給する地域的な専門的労働市場において、そのキャリアを開 発すると考えられている。クラスターを発展させる人材は、クラスター独特の外部化し流 動的なキャリア構造のもとで、そのキャリアを発展させる。すでに述べたように、クラス ターにおける労働市場の特徴を強く受ける。まず、雇用に関しては、基本的にプロジェク トベースとなり、プロジェクトの開始、発展、リストラ、終了をもって雇用契約が変化す る.そのために、キャリアも企業内労働市場の場合のような内部昇進ではなく、プロジェ クト間を渡り歩く形態となる。従って、企業内的には、破壊されたキャリア・ラダーであ るが、クラスターを通してみると、バウンダリレス・キャリア(企業境界を越えたキャリア) の構造となっている。そして、そうしたバウンダリレス・キャリアを意識した能力やキャ リア開発を行う人材が高い評価を受ける「キャリア・コンピテンシー」評価の傾向が見ら れる(DeFillippi & Arthur[ 1994])。

クラスター研究活動推進人材のキャリアに影響する人材移動のパターンは、企業内労働 市場にいる専門職とのタイプとは異なっている。基本的に、3 つのタイプの人材供給の仕 方があるだろう。それらは、①個人的移動、②組織的移動、③専門企業による仲介である。

92

まず、確かに先進的クラスターの研究においては、個人の移動性が非常に高いことが特徴 的である。転職やヘッドハンティングが多いだけではなく、リストラやレイオフによる離 職も多い。転職ウェブサイトの拡大が見られる。第二に、個人の雇用が変わらないものの、

組織自体が移動させられる場合も増えている。これは、M&Aの増加により、会社ごと移 動させられる場合である。シスコシステムズは、10年間で、数十社のベンチャー企業など の合併を行い1万人以上の企業に成長した。さらに、事業売却に伴う組織の分割や譲渡、

もしくはプロジェクト再編成を通じてプロジェクトの全体もしくは部分の譲渡が起こり、

その組織単位ごとに会社間の移動が行われることもある。第三に、専門的コンサルティン グ企業が、人材調達を仲介する場合である。これは、プロジェクト提携、派遣契約、業務 請負などの形で、専門ビジネスコンサルティング企業が仲介して、完全雇用ではなく業務 外注の形で必要な専門人材を貸し付ける形がある。これは、近年、コンサルティング産業 の成長に伴い、急速に成長している。

こうした3種類の移動を考えると、クラスター内部研究開発活動推進人材の3つの人材 類型毎に見ると、次のような移動の特性があるだろう。第一に、研究開発人材のキャリア 移動に関しては、グローバルな専門的職業労働市場を介した個人的移動も多いが、合併買 収、事業分割・譲渡を通じた組織的移動もまた要因となっている。第二に、支援技術人材は、

地域職業訓練機関のような技術的専門教育機関を通じた教育訓練を通じてまず入職する。

そして彼らも従来は職能による専門的な労働市場を通じて個人的移動が主であった。近年 は、合併買収などを通じた組織的移動や業務請負、派遣契約を通じて専門コンサルティン グ企業による組織的仲介も行われている。第三に商業化支援人材については、自発的転職、

独立事業者との契約、ヘッドハンティングなどが従来は主であった。近年は、専門コンサ ルティング企業などとの業務提携による人材派遣、業務請負などの組織的な仲介パターン が増えてきている。

2.4 クラスター研究活動推進人材のキャリアの多元化

クラスター研究活動推進人材のキャリアは、企業外に展開するクラスター規模のキャリ ア構造において多元的に制度化される傾向が見られる。一般的に、研究開発活動に関わる 職種のキャリアは、専門職が多いので、管理職キャリアにそれを加えた管理職/専門職の 2次元から成る複線型キャリアシステムであるのが一般的とされる(原口[2003])。しかし、

研究開発人材に関して、「管理職」/「専門職」の2元的キャリアのモデルは、企業内だけ に注目しているという限界だけではなく、現代の多元化する彼らのキャリアを捉えていな いという限界も指摘されている。Farris & Corredo[2002]は、現代では、プロジェクト・マ ネージャー、起業家というパスも含めて少なくとも5元的に捉えるべきではないかと主張 している(図表4-2)。一般的な専門職のキャリア・パスの議論だけではなく、クラスター 研究においても、クラスター内でのキャリア構造は多元的であるとの指摘が成されている。

特に、現代の技術者のキャリアにおいて、経営管理者パスの一つの発展形態として起業家 パスの存在が大きい(若林他[2007])。

93

図表4-2 多元的・多段階的な研究職のキャリア・パス

(出所)若林他(2007), 図1

若林[2002]の研究では、シリコンバレーをはじめとした米国のITクラスターにおいて は、IT関連の職種の多元的なキャリア・マップの制度化が進んでおり、複数の企業を渡 り歩きながら、キャリア・アップするパターンが一般化していた。その中で、専門職と管 理職のキャリアの分岐や工作が進んでいた。さらに、Heilmann[2006]は、オウルをはじめ としたフィンランドのITクラスターを研究して、プロジェクト毎雇用でキャリア形成す る傾向を確認するとともに、そこでは、管理職、専門職、プロジェクト・リーダーの3つ のキャリア・パスに分岐した3元構造が見られることを指摘している(図表4-3)。最初は、

システムエンジニアとして入職し、その後は、プロジェクト毎に雇用されながら、企業間 の人的ネットワークを通じて次の職を見つけながら、職務能力を開発しつつキャリア・ア ップしていく。

94

図表4-3 フィンランドITクラスターでの3元的キャリア構造

(出所)Heilmann, 2006, 345, fig.1.

このように従来のクラスター論においては、クラスター研究活動推進人材のキャリアは、

流動的な外部市場において、多元化した構造を持ってきていると考えられている。クラス ター研究活動推進人材は、ことに研究開発人材において、高い知的熟練とその絶え間ない 開発が要求される反面、それを個々の企業が開発する意欲は乏しくなる傾向がある。

Cappeli[1999=2001,訳第5章]が指摘するように、このような高度な知識と技術を持つ従業

員は、転職も多く雇用がきわめて流動的となるために、個々の企業が能力開発をするイン センティブは低くなる。むろん、個人が全てのキャリア構造を把握し、もっとも需要度の 高い技能の開発や技術の訓練を自律的に行い、多くが成功すればよいだろう。ただ、現実 にそうしたことは難しい。Cappeliが指摘する「クラスターを操縦するパイロット」すなわ ちクラスター研究活動推進人材の能力開発は、誰が企画し、誰が実施するのかというクラ スター独自の人材開発問題が発生する。つまり、誰がこうした多元的なキャリアの構造を 分析し、キャリアの「航海地図」を描き、誰が「舵を取る」すなわちキャリア開発の取り 組みを行うのかという問題がある。これに対して、確かに先進的地域であるシリコンバレ ーにおいては、研究開発人材には、スタンフォード大学などの高等研究機関、開発技術者

95

人材には地域のコミュニティカレッジ、そして商業化支援人材には、ビジネス・スクール での開発やコンサルティング機関による仲介、ベンチャーファンドによる経営人材仲介な どがある。

そして、新規技術型企業を簇生するEco-Systemの構築においても、クラスター研究活動 推進人材の3タイプの能力開発を、地域的人的資源開発の体系的なモデルとして検討する べき課題となる。

3. 新規技術型企業簇生Eco-Systemと地域的人的資源開発 3.1 地域的人的資源開発とは何か

従来の議論では、研究開発クラスターは、大企業型の内部労働市場と異なり、人材の能 力開発の組織的仕組みが発達しづらい。一般にハイテク部門においては、技術の変化が激 しく、個々の企業が先端的な技術水準に合わせた高度な専門能力の開発をし、内部留保す ることが難しいとされる(Cappelli[1999=2001], pp.281-3)。他方で、競争力向上のためにハ イテク部門の企業は、一定上の水準の高度な専門能力を持つ人材を確保・開発しなければ ならないジレンマを抱える。新規技術型企業の集積地域の場合には、さらに問題が難しく なる。ここには、ベンチャー企業や中小企業が多くなるので、ますます個々の企業の高度 な専門能力開発のインセンティブや資源も乏しくなる。その面では、欧州や米国における 地域的な開発の仕組み作りも一つの参照例となってくる。企業の技能研修をコミュニティ カレッジにおいて共同で展開したり、高等技術専門学校が地域的な技能教育に貢献したり する取り組みなどがある。

地域的な人的資源開発は、地域において、複数の団体や企業が共同の教育訓練の枠組み を作って行うものである。一定目標に向けた企業などの人材の能力開発の取り組みを「人 的資源開発」(Human Resource Development)という。これは実態的には、専門人材の訓練、

教育、キャリア開発、能力開発などの活動を含んでいる。Wilson[2005, p.10]は人的資源開 発を「組織目標の達成という目的と共に人的資源の有効性を高めるために個人、集団、組 織の水準で行う学習」の活動と定義している。専門人材の人的資源開発については、クラ スター内部でにおいて、1社もしくは個人単独で取り組むのではなく産官学連携等のキャ リア開発コンソーシアムを通じて行われる面もある。従って、ここでは、人的資源開発に おける企業間の提携関係に注目して議論したい。専門人材の人的資源開発では、①最新の 知識・技能の学習、②組織における役割変化への対応、③専門的能力の強化が重視されて きた(Woodall & Graulay[2004],pp.98-99)。①や③については、地域的な専門的人的資源開 発は、産官学連携や中核となる職業能力開発団体を中心にした複数の企業の協力関係にお いて行われる。

近年地域的な人的資源開発の枠組がクラスター開発において欧米において大きな課題と なっている。実際に、欧米のいくつかのクラスターにおいても、政策的に、必要とされる 研究開発、支援技術者、商業化支援人材についての能力開発を地域で取り組む政策が出て