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日本で創業活動が低迷している要因

第4章 NTBFs簇生のための人的資源と地域的開発

2.3 日本で創業活動が低迷している要因

図表5-4 で見たように、先進国間の比較において日本の創業活動率は最低レベルである。

これは創業方程式のどの要因によるものだろうか。

図表 5-7 は、GEM[2009]による先進国間の各種指標の比較である。これを見ると、日

本はPO(ビジネス・チャンスがあると考える人の割合)、PC(自分に起業能力があると考

える人の割合)、FF(失敗の恐怖があり起業しない人の割合)の全ての指標において先進 国間で最低の水準(FFは数値が大きい方が起業的でない)となっており、その結果起業を しようと考える人(Entrepreneurial Intentions)の割合も3%と最低である。

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なぜ日本は、他国と比べてなぜこのように各種数値が低いのだろうか。これには文化的 背景等様々な理由が考えられるが、一つの有力な仮説は「合理的選択仮説」、すなわち人々 が起業をしないことは合理的であり、起業への関心が低いためビジネス・チャンスへの関 心も低く、起業能力を高める必要性もない、というものである。

(出典:GEM 2009 Executive Report)

図表 5-7 世界各国における起業行動指標

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現在の日本社会で、創業は果たして経済合理的な職業選択といえるのか。答えは否であ る。創業のコスト評価(OCA)では、創業により得られる利益と損失を、金銭、自由度、

社会的地位等から総合的に判断し、意思決定がなされる。仮に、創業を検討している人が、

従業員 1,000 人以上の大企業の社員(大卒以上)であった場合、労働政策研究・研修機構

[2008]によれば生涯所得は約4億円(賃金で約3億円、退職金・年金等で約1億円)に及 ぶ。したがって、創業した場合の機会費用(創業しなかったら得られたであろう利益)は 4億円となり、これを上回る利益を創業によって得られない限り、spin-outは(経済的には)

合理的な選択とはならない。

(出典:労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2009』)

また、図表5-9は、転職による退職金の減少幅を示している。日本のようにある一定の勤 続年数を超えた場合に退職金が大きく増加する、という企業が多い中で、40-45 歳前後での 転職は、転職前後で勤続年数がほぼ二分されてしまうために、どちらの企業での勤続年数 もそれほど長くならず、減少率が大きくなるものとみられる。大卒者が40代で一念発起し て創業し、仮に創業に失敗したあと運良く別の企業に職を得たとしても、退職金の減少は 50%近くになるわけであり、こうした点からも創業のリスクは小さくないことがわかる。

図5-8 : 企業規模・学歴別生涯収入

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(出典:労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2009』)

また、失敗の恐怖(FF)もある。会社が倒産した場合、銀行融資等に個人保証をつけて いると自己破産の恐れがある。仮に自己破産すると、手元に残せる現金は99万円までとな っており(2004年法改正で66万円から拡大はされているが)、他の収入手段がない場合は 家族が路頭に迷うことになる。社会的な信用も失墜し、場合によっては借金取りの追い立 てを受け、現在の景況下では職を探そうにも次の仕事が見つからない。かといって、再チ ャレンジのための元手は残されない。

こうしたリスクを考えると、日本のように長期雇用慣行が大企業で支配的な経済・社会 環境(EFCs)において、創業は決して経済合理的な選択とはなっていないと考えられる。

労働者保護の強い欧州大陸国家(独・仏・ベルギー)の創業活動率(TEA)が低く、社会 保障の進んだ北欧諸国において創業活動率が高いのは、同様の考え方で整理される。逆に、

米国のように労働者の流動性が高い社会では、創業した場合の機会費用(得べかりし利益)

や失敗の恐れが低く、解雇等により失業した際の備えとして創業に対する意識も高いので はないかと考えられる。

3.ベンチャーの簇業モデル 3.1 NTBFsの簇業とは

今後各種政策により各種指標が改善し、NTBFs の数が多少増えていったとしても、「イ ノベーションの原動力として、新産業の創出や産業構造の変革社会に大きな役割を果たす」

ことを期待するのは困難である。単なる創業ではなく、米国のシリコンバレーに見られる 図表5-9 転職による退職金減少率

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ような「NTBFs の簇業」(タケノコのように次々とベンチャーが出現する)があってはじ めて、その中からマイクロソフトやGoogleのような企業が現れるといえる。イノベーショ ンは一種の芸術であり、1000の凡庸な中小企業がいくら集まってもイノベーションは発生 しない。1人のモーツアルト(Google)が出てくるためには、1000人の作曲家(NTBFs)

が試行錯誤し、失敗する環境が必要なのである。

ここで、政策目標である「NTBFsの簇業」をもう少し詳しく定義すると、

①NTBFsの「苗床」たる中核研究機関(1社又は複数)が存在すること。

②中核研究機関の研究成果を基に、

a) spin-outによりNTBFが創設され、

b) NTBFの成功により新たな人材・資金・研究依頼等の資源や需要が流入し、

c) 新たな資源等の流入により、新たな研究成果や市場ニーズとのマッチングが実現、

これによりまた新たなspin-outが発生する

という正のフィードバック(拡大再生産)が起こることをここでは「NTBFsの簇業」呼ぶ。

具体的な評価指標は、NTBFs 数の増加(開業社数>廃業・休眠社数)であり、望ましくは 開業率の上昇である。また、ここでの政策目標は、

③「NTBFsの簇業」により、ベンチャーファンド等関連支援産業を含む産業クラスター が成長すること

とする。

NTBFs の簇業モデル

大学・研究機関・企業 等

NTBFs クラスター

《苗床》

NTBF NTBF

NTBF

NTBF NTBF

① 中核研究機関(苗床)

からのspin-out の発生

研究者 学生

資金

コンサル タント

経営者

② 初期のNTBFsの成功により 様々な経営資源がクラスターに流入

③ 経営資源の流入等により 新たな発明やマッチングが発生

①’中核研究機関から

新たなspin-out が発生

クラスターの成長

図表 5-10 NTBFsの簇業

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ここでのクラスターの成長の概念は、ポーター[1990]による。すなわち、「要素条件」「需 要条件」「関連・支援産業」「企業の戦略、構造およびライバル間競争」のいわゆる「ダイ ヤモンド」がアップグレードしていくことをいう。NTBFs の場合であれば、「要素条件」

である研究水準が向上すること、高度人材数が増加すること、「需要条件」である需要の増 加や要求レベルの上昇、「関連・支援産業」ではNTBFsの創業や成長を支援するベンチャ ーキャピタルやコンサルタント、会計事務所等が増えること、「企業の戦略、構造およびラ イバル間競争」では業務が国際化することなどが該当しよう。また、当初の「要素推進(競 争力ある技術がクラスターをリード)」から、「投資推進(クラスターへの投資が活発化)」

へ、そして「イノベーション推進」すなわち世界の中での当該分野における地位を確立し、

自己強化力を持つようになる状態をいう。クラスターの成長の評価指標は、それぞれ下図 のとおりである。

NTBFs クラスターの成長

要素条件 需要条件

関連・支援産業

企業の戦略、構造 および ライバル間競争

-研究レベルの上昇 -高度人材の増加 -研究資金の流入 -通信システム、

インキュベーター等 インフラの向上

-需要の増加、

要求レベルの上昇 -地域外、海外からの

発注

-コーディネーターの増加 - VC、コンサルタント、会計士事 務所、法律事務所等の増加 -メディア等の注目

-クラスター内の労働者 のモチベーション上昇 -事業の国際率の上昇 -公的支援の減少

クラスターの発展段階

①要素推進

②投資推進

③イノベーション推進

(M.ポーター:1990)

3.2 「創業モデル」から「簇業モデル」へ

一般的に、創業活動は、その後の創業活動へのフィードバックを生むと考えられる。す なわち、人々は、身近な創業事例を見てビジネスへの関心が高まったり(PO 上昇)、「あ いつにできるなら自分もできるはず」と考えて創業への自信が高まったり失敗の恐怖が減 ったり(PC上昇、FF低下)、創業の成功を見て「自分もああなりたい」(ロールモデル)

と考えビジネス・チャンスへの関心が高まったり能力開発をしたりする(PO、PC 上昇)

図表 5-11 NTBFs クラスターの成長

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と考えられる。また、過去に成功事例があれば、創業に伴う資金調達等も容易になる(OCA 上昇)。逆に、身近な人間の創業が失敗したり、成功者が逮捕されたりすると、創業活動は 低下すると考えられる(OCA低下、FF上昇)。

こうした正負のフィードバックは、GEMモデルでは考慮されていない。このため、過去 の成功・失敗事例が創業活動にどのような影響を与えるかについて、「外的資源の入手可能 性」と「起業への(社会の)期待感」に分けて考察する。

【外的資源の入手可能性】

大リーグの野茂英雄投手の事例にあるように、何事も最初の取組には大変な労力が必要 である。創業も、前例となるロールモデルやアドバイスをしてくれるメンター等がいれば、

その労苦の多くが削減されることが期待できる。補助制度等を申請するにせよ、役所の担 当者が初めて扱うケースなどでは、求められる資料もかかる工程も膨大なものとなるが、

前例があれば手続きは簡易になるものである。

また、ある地域に一定の企業の集積があれば、コンサルタントやベンチャーキャピタル

(以下「VC」という。)、法律事務所や特許事務所等の活動も活発化することが期待できる。

起業の実績が多数あれば、役所の担当者もインキュベーター設立等の予算が獲得しやすい。

起業が続けば外部からの注目度も高まり、新たな人材獲得や資金調達も容易になる。起業 者同士のネットワーク、起業支援のネットワークも構築されるだろう。先輩からのアドバ イスや地域のブランド等も活用できる。

すなわち、過去の成功事例の存在は、こうした有形無形の外的資源(いわゆる「ヒト」

「モノ」「カネ」「ワザ」「チエ」)の入手可能性(RA:Resources Accessibility)を高め、こ

れがPO(ビジネス・チャンスの知覚)、PC(創業能力)、OCA(機会費用評価)、FF(失敗

への恐怖)に影響し、これらの数値に正の(起業率を高める)フィードバックを与えると 考えられる。(逆に、倒産や失敗事例は負のフィードバックを与える。)

図表5-12 外的資源の入手可能性の影響

経済・社会環境

創業活動(TEA)

ビジネス チャンス の発見

(PO)

創業能力 の確信

(PC)

創業の コスト評価

(OCA)

起業

準備 起業 存続

失敗の恐怖

(FF)

④失敗の恐怖の克服

成功事例 外的資源の入手可能性(Resources Accessibility)

経済・社会環境

創業活動(TEA)

ビジネス チャンス の発見

(PO)

創業能力 の確信

(PC)

創業の コスト評価

(OCA)

起業

準備 起業 存続

失敗の恐怖

(FF)

④失敗の恐怖の克服

成功事例 外的資源の入手可能性(Resources Accessibility)