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本稿では、各国のクラスター形成・展開をプロセス分析によって解明し、そのなかから クラスターのプロセス分析に向けての理論構築のポイントとクラスター形成における鍵と なる要因の関係を明らかにする。特に、クラスター形成・展開におけるパターンと企業家 活動の関係を明らかにし、企業家活動がクラスター形成においてミクロからメゾへの展開 をつなぐ重要な役割を果たしていること、そして企業家活動がクラスターのプロセス理論 における鍵概念となることを主張し、企業家活動の概念によってクラスター創造・展開の プロセスを統一的に分析できるという新しい視点を提示する。さらに、この議論を踏まえ て、クラスター政策に関わる実際的な問題点を提示する。
2. ミクロとメゾをつなぐ概念:クラスター形成のミッシングリンクとしての企業家活 動
2.1 クラスター形成における企業家活動概念の再検討
企業家活動は、ベンチャー創造や新規事業創造と関連づけて議論されることはあっても、
産業クラスター形成のプロセスのなかではスピンオフという現象を除いては、適切な地位 を与えられることなく、また明示的に分析されてこなかった。
経済発展における企業家活動の意義を最初に提起したのがシュンペーター(Schumpeter
[1949])であることは良く知られている。彼は、静態的経済に変化をもたらす過程を「発 展」と呼び、それは既存の諸要素の結合を破壊し、新たな結合をもたらす新結合の遂行と いう非連続的な活動、つまり「創造的破壊」というイノベーションによってもたらされる ことを指摘し、このような新結合の遂行者、イノベーションの担い手を「企業家」と定義 している。ここで留意しなければならない点は、シュンペーターの企業家の概念は、単に 事業を推進する側面だけに限定せず、広くイノベーションの担い手として捉えられている ことである。またドラッカー(Drucker[1970])は、企業家活動を技術と市場のダイナミ クスを理解して、イノベーションのための組織を形成することであると定義している。こ の両者の企業家活動の概念のなかに、既存の研究では軽視されている企業家活動と組織の 関係における重要な示唆が含まれていることを見逃してはならない。
近年、地域を分析単位として企業家活動を議論する研究が展開されてきている。ヘント ン他(Henton,et.al.[1997])は、企業家活動とコミュニティ活動というアメリカの重要な 伝統を結合させた、市民企業家(civic entrepreneur)という新しい概念を提唱している。英 国においても、レッドビーター&ゴス(Leadbeater & Goss[1998])が、同様な概念を使用 してコミュニティの再生における企業家活動の意義を指摘している。市民企業家は、ビジ ネス、政府、教育、コミュニティ間の協働ネットワークを創りだす媒体として機能する。
すなわち、市民企業家は必ずしもビジネスの立ち上げに関わるのではなく、ビジネスの立 ち上げを支援する役割を果たし、地域コミュニティの再活性化に貢献しているのである。
市民企業家のように、事業を創造するのではなく、事業創造を活性化する役割を果たす企 業家活動については、既存の産業クラスターや集積の研究の中ではほとんど見過ごされて
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いた論点であった。そのため、企業家活動とそれによって形成される新たな経済コミュニ ティが、産業集積の形成に果たす役割については、これまでほとんど議論されていない。
例えば、サクセニアン(Saxenian[1994])のなかで記述されているフレデリック・ター マンは、地域の技術と産業の基盤を発展させる活動に力を入れ、スタンフォード大学の周 辺に技術者と研究者のコミュニティを構築した。その後、彼の活動は、スタンフォード・
インダストリアル・パークという工業団地の開発へと結実する。この工業団地は、全国規 模の航空宇宙産業とエレクトロニクスの集積地として発展し、今日のシリコンバレーの礎 となっている。また、スタンフォード大学のビル・ミラーによるスマートバレー構想は、
人々の結合やビジネスの振興を図る、21世紀に向けたシリコンバレーの産業構造の変革 に対応した形で進められているものである。彼はその中核的な主体として非営利組織であ るスマートバレー公社を設立し、新たな変化の担い手として活躍している。
同様に、オースティンにおけるソフトウェアやコンピューターを中心としたクラスター 創造においては、テキサス大学オースティン校のジョージ・コズメツキーがターマンと同 様の役割を果たしている。彼は、大学と産業界の境界に位置し、「科学技術の商業化」を推
進する IC2の設立をはじめとして、ATI(オースティン・テクノロジー・インキュベータ
ー),起業家と投資家を結びつけるTCN(ザ・キャピタル・ネットワーク)、ソフトウェア 企業の支援を行うオースティン・ソフトウェア・カウンシルなどの社会的仕組みを創造し、
これらの社会的仕組みを「てこ」にクラスター形成を促進している。
このターマンやコズメツキーは、ベンチャー論で考えられている事業を起こす企業家(し ばしば、起業家と称される)とは明らかに異なっている。このような人物をギブソン&ロ ジャース(Gibson & Rogers[1994])は「インフルエンサー」、東[2001]は「地域リーダ ー」と呼んでいる。このようなリーダーの意義は、西口・辻田[2002]による「ケンブリ ッジ現象」の分析でも指摘されており、前述した前田[2003]の要因分析においてもクラ スター形成の共通要素の一つとしてあげられている。
このようなことから明らかなように、クラスター形成において指摘されているこのよう なリーダーの活動を、どのようにクラスター分析のなかで位置づけるのかということはク ラスター理論の構築において重要な課題となっている。
ただ、これまであげた論者は、いずれもこのような活動を企業家活動とは異なった活動 として認識している。われわれは、シュンペーターやドラッカーの企業家活動および市民 企業家の議論において検討したように、多様な名称で呼ばれている上述のようなリーダー 活動を企業家活動として認識し、クラスター形成プロセスの鍵となる活動の一つとして取 り込むことによって、クラスター形成プロセスを企業家活動を鍵概念として統一的に分析 できる道が拓けると考えている。
194 2.2 企業家活動とクラスター形成の関係
クラスターの要因分析とは異なってプロセス分析においては、単に上記のような企業家 活動やインフルエンサー活動の重要性を指摘するだけでなく、ミクロレベルの企業家活動 がどのようにしてクラスターというメゾ(地域)レベルの現象につながっていくのかとい うことを一連の概念の関係づけによって統一的に説明することが要請される。このことに よって初めて、クラスター形成の「ミクローメゾ」プロセス分析の理論化が可能となる。
これまでの議論から明らかなように、クラスター形成に関する「ミクローメゾ」プロセ ス分析を行うためには、企業家活動の概念を基本に戻って再構成し、事業創造を行う企業 家活動とイノベーションの仕組みや社会的プラットフォームの形成を行う企業家活動を明 確に区別し、明示的に分析に取り入れ、相互に関連づけた議論を行うことが必要である。
後者の企業家活動は、既存のクラスター分析においては、上記のように若干の例外を除い てはほとんど無視されたり、企業家活動とは認識されることなく、明示的に分析に取り入 られることはなかったのである。
図表8-1 企業家活動の連鎖
本稿では、図表 8-1で示されるようなフレームワークに基づいて、多様なクラスター 形成のプロセスを検討することにしよう。図表 8-1においては、社会的プラットフォー ムづくりを行う企業家活動と事業創造を行う企業家活動との関係が明示的に示されている。
3. クラスター形成におけるパターン:計画と創発のパターンとネットワーク
クラスター形成の分析において「計画型」と「創発型」という分類がしばしば用いられ る。つまり、国や地域の行政機関が明確な産業政策の基に計画的にクラスター形成を誘導
市民セクター
行政セクター
産業セクター
学セクター 社会的プラットフォーム
新事業創造
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したものか、それともそのような政策的意図なしに、自律的に産業が集積していったかと いうことである。
クラスターの先進地域として有名なシリコンバレーは、創発型のクラスターとして知ら れている。多くの地域は、シリコンバレーに倣って、クラスターによって地域の発展を推 進しようとして、当地を訪れ、それから学習して計画的にクラスター形成を行うべく多様 な試み展開している。我が国で行われている産業クラスター計画(経済産業省)や知的ク ラスター創成事業(文部科学省)は、そのような計画型クラスター形成の典型である。
計画的にクラスターを形成する場合、当初から一定の資源やメンバーそして調整メカニ ズムが準備されているためにある程度の規模でクラスター形成に向けてスタートを切るこ とができると期待できる。しかし、あまり計画に依存しすぎると、ボトムアップのイニシ アティブを軽視し、その結果、クラスター形成に向けての推進力となるエネルギーを失う 危険性をはらんでいる。
他方、創発的なクラスター形成においては、個人的なミクロの行動をどのようにしてク ラスターというメゾレベルにまで導いていくかということが課題である。そのために重要 なことは、共感と正統性の獲得である。創発的なクラスター形成においては、ローカル・
イニシアティブあるいは草の根に特有の行動のエネルギーに富んでいるという特徴がある が、多様なエネルギーをどのようにしてベクトルを合わせ、つなげていくかにクラスター 形成の正否がかかっている。
それでは、両方の形成パターンにおいて、企業家活動はどのように絡んでいるのであろ うか。創発的なクラスター形成において、社会的プラットフォーム形成の企業家活動と事 業創造の企業家活動のダイナミックな相互作用がクラスター形成の鍵であることは容易に 理解できるが、計画的なクラスター形成において企業家活動、特に社会的プラットフォー ム形成の企業家活動はどのような役割を果たすのであろうか。このことは、シリコンバレ ーに倣ってクラスターを形成させようと意図した地域の多くが、意図通りに展開できてい ない理由を考える重要な視点を提供する。クラスターの先進地域を観察し、学習すること で、クラスター形成を合理的に行いたいと考えることは理解できる。しかし、その結果と して事前には計画できない企業家活動の意義を見落としてはいないであろうか。多くのク ラスター形成計画で見失われているのは、まさにこのような企業家活動のダイナミズムで ある。
創発型と計画型というクラスター形成の分類は、理論的にはクラスター概念の根幹に関 わる意味を持っていることを銘記すべきである。ポーターは、クラスター形成における選 別や補助金による支援の「ターゲット」を通じた直接的政策の介入を批判する。政府がク ラスター形成においてできることは、せいぜい間接的な影響力の行使であり、専門教育機 関への投資、インフラの整備、規制や慣習の変革などの間接的政策であると主張する。こ の視点から考えるならば、経済産業省の産業クラスター計画や文部科学省の知的クラスタ ー創成事業は、ポーターの言うクラスター政策とはかけ離れたものであると考えられる。