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Eco-system 構築の現状と課題

西澤昭夫(東北大学大学院経済学研究科、RIETI FF)

1. USモデルとUKモデルの明暗

1990年代、ヨーロッパにおいても、NTBFsの創業・成長・集積に向けた支援策が、「ク ラスター政策」の名のもと、新たな産業政策として、注目され始める。それは、1970年代 から80年代にかけてヨーロッパにおいて実施されてきたNational Championを目指す巨大 企業育成支援策が破綻したのに対して、アメリカとイギリスにおいて、NTBFsの簇業・成 長・集積が半導体やコンピュータなどに関連するハイテク新産業を形成し始めていたから である40

アメリカでは、1980年代に入り、ボストンやシリコンバレーの先行事例に加え、NTBFs 簇業・成長・集積Eco-systemの構築を通じたハイテク新産業形成の新たな成功モデルがテ キサス州の州都オースティンで実現した。さらに、このオースティンで構築されたNTBFs 簇業・成長・集積Eco-systemは、オースティンの成功を受けて、全米各地で展開されるハ イテク新産業形成モデルとなった。イギリスにおいても、1980年代から90年代にかけて、

ケンブリッジ現象やエジンバラを中心に形成されたシリコングレンなど、NTBFsの簇業・

成長・集積を通じたハイテク新産業形成の可能性が注目され始めていた。ヨーロッパの先 進国でも、米英におけるこうした現実を認めざるをえず、National Championとは全く逆の 存在であった NTBFs を無視できなくなり、NTBFs の集積促進によるハイテク新産業形成 を狙う、「クラスター政策」を導入することになったのである。

但し、NTBFs の簇業・成長・集積を通じたハイテク新産業形成というモデルは、1990 年代に入り、アメリカとイギリスでは、大きく変化していくことになる。US モデルが、

全米に拡散し、ITからライフサイエンスやクリーンテクノロジーなどに拡大したのに対し、

UKモデルは、IT分野におけるNTBFs集積を実現することはできたが、ライフサイエンス などにおけるNTBFs を集積させるほどの展開力は持たなかった。UK モデルにおいても、

ITからライフサイエンスに展開する萌芽がみられたとはいえ、ライフサイエンス分野の新 産業形成に関しては未だ初期段階に止まっている。それどころか、2000 年のIT バブル破 綻以降、UK モデルを通じたライフサイエンス分野の新産業形成力は、先行したケンブリ ッジやエジンバラにおいてさえ、弱体化しつつあるのではないかという懸念さえ表明され ることになっていた(Bains [2009])。

1990年以降に生じたUSモデルとUKモデルの明暗、その展開力の差異をもたらした原 因を探るべく、本章では、前章で提示したNTBFs 簇業・成長・集積 Eco-system構築モデ ルをオースティン、ケンブリッジ、エジンバラに適用することによって、Eco-system構築

40この時期までには、ボストンやシリコンバレーの事例も注目され、政府主導のNational Champion育成策から、破壊 的イノベーション創出に向けた地域分散型の柔軟な労働市場が重視されるなど、既存の産業政策が大きく転換され、

NTBFsの簇業・成長・集積を促進する政策が策定・実施されることになる。その際、イノベーションやクラスター

などの新たな概念が導入されたが、具体的な内容分析が不十分であったため、その実施に限界が生じたのではないか という指摘もある(Borrás, Tsagdis [2008])。

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におけるUSモデルとUKモデルの類似性と差異性を究明する。この比較分析を通じ、類 似性とともに、差異性をもたらした原因を解明できれば、その共通性から、NTBFs簇業・

成長・集積Eco-systemの構築における、最も重要な条件が明らかになる。また、差異性を もたらした原因を解明できれば、こうした原因を持つUKモデルの限界を克服し、USモデ ルを拡張するうえで必要になる補完的条件や対応策を明示できるからである。言い換えれ ば、前章で導出したNTBFs簇業・成長・集積Eco-system構築モデルを適用して、USモデ ルとUKモデルを比較検討することにより、USモデルの成功条件を包括的に解明できるだ けでなく、その成果をもとに、わが国などを含むイギリス以外の国におけるUS モデルの 拡張可能性を提示することが可能になるといえる。

2. アメリカにおけるCloning Silicon Valley政策の導入

アメリカにおいてCloning Silicon Valley政策が導入されたのは、1980年代初頭のことで あった。それは、1970年代に発生した深刻なスタグフレーションから脱却するため、スタ グフレーションのもとでも経済成長を遂げたシリコンバレーの Clone(=複製)を全米に 拡散させる狙いを持っていた。アメリカにおけるCloning Silicon Valley政策の内容と構成 は図表3-1に示す通りである。ここで注目される点は、連邦と州・地方との役割分担と相 互補完が前提とされていた点である。その理由を一般的にいえば、連邦制度を取るアメリ カにおいて連邦政府が直接関与できる分野は、外交、国防、外国及び州際通商に限定され ており、州内の経済政策については、州と地方に任されていたからだといえる。だが、こ のアメリカにおける連邦と州・地方のデュアルシステムこそ、NTBFs 簇業・成長・集積

Eco-systemの構築におけるトップダウンの計画性とボトムアップの創発性を担保し、両者

の統合を可能にするアメリカ独自の実施基盤を提供していたといえる。

図表3-1 Cloning Silicon Valley政策の構図

技術移開発支援策 [連邦R&D成果の民間移転/

強いアメリカの復活を狙う:

バイ・ドール法、ステーブンソン・ワ イドラー法]

資本市場政策 [株式による資金供給/

リスクマネー供給を狙う:

VCファンドへの年金出資解禁、PE投資制度 の整備、NASDAQ改革]

研究開発支援+成果調達による 二重の創業リスク軽減

NTBFsの簇業と成長に向けた支援制度

[連邦省庁のR&D をNTBFsに発注す

る政策]

SBIR Eco-systemの構築

出所: 筆者作成

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Cloning Silicon Valley政策において、連邦政府は、州際通商に関わる技術政策と資本市場

政策を変更し、両者を繋ぐ SBIR を新たに導入することにより、ボストンやシリコンバレ ーの形成において大きな役割を演じた大学における先端的研究成果の民間活用、軍需によ る研究支援と調達、VC によるリスクマネー供給といった産・学・軍の連携を全米に拡散 することを狙ったのである。但し、軍需が持つ限界性と問題点を解決するため、Cloning

Silicon Valley政策では産・学・官の連携となっていた。

第1章で述べたように、ハイテク新産業を形成するには新市場型破壊的イノベーション 創出となる破壊的技術の商業化が不可欠である。ボストンやシリコンバレーにおいて、破 壊的技術を提供したのは、MITやスタンフォード大学などの UICRC における産学連携型 研究を通じて実施された軍需技術の研究開発であった。そこで、Cloning Silicon Valley政策 において、NTBFsの簇業基盤となる破壊的技術は、連邦政府の膨大な研究資金によって実 施される産学連携型研究から得られる先端的成果を民間に技術移転することにより、提供 される制度が整えられる41。但し、連邦資金による研究成果は国有財産である。これを大 学や民間企業に技術移転することは、国有財産の民間移転になり、アメリカ版「官業の民 業払い下げ(a “virtual” equivalent of a land grant)」(Etzkowitz, Gulbrandsen & Levitt [2001]) と呼ばれるほど、大胆な政策転換であった。そのため、実施までには、先導試行も含め、

かなりの紆余曲折が生じたのである。まさに当時の経済危機がこの大胆な政策転換に踏み 切らせたといえる。アメリカにおける産学技術移転制度を整備したバイ・ドール法は、こ うした背景を踏まえて評価されなければならない42。バイ・ドール法によって、連邦政府 が提供した膨大な研究費から生まれた大学の先端的研究成果である破壊的技術を企業に移 転する道が開かれ、NTBFsの簇業が期待されたのである43

だが、これも既に第1章で触れたように、破壊的技術が移転されるからといって、直ち

にNTBFsが創業されることはない。破壊的技術は、それを実証するための試作品を完成で

きるかどうかというリスクがある。NTBFs は、大学から生まれた研究成果のテクノロジ

41 R&D支出額と特許取得を代替指標にしたイノベーション創出数との関係に関して、国や産業レベルでは正の相関が

示されながら、企業レベルでは、正の相関関係は低くなり、R&D支出額の小さいSmall Businessがイノベーションを 創出事例が多くみられていたが、その原因として産学技術移転と大学発ベンチャー企業の存在が指摘されている

(Audretcsh、op. cit.)。但し、わが国においては、Audretcshの指摘とは異なり、対GDPで世界トップのR&D比率を 示しながら、その成果としてのイノベーション創出実績が低迷し始めている。特に、ハイテク産業における付加価値 収益の低落が問題である(文部科学省『平成20年度科学技術白書』)。これは、R&D成果を商業化する大学発ベンチ ャー企業が活性化しえないためだと言えよう。

42当時、産学技術移転が極めて大きな政策変更であり、その策定・実施に如何に大きな混乱が生じていたかについて は、同時に制定・実施された国立研究所の成果を民間に技術移転するスティーブンソン・ワイドラー法が中央集権を 強化した実施体制を採ろうとしていたのに対して、バイ・ドール法が分権的立場に立っていた点からも知れる。だが、

分権的立場が産学技術移転には効果的であったため、バイ・ドール法が生き延び、世界的にも注目される産学技術移 転の基本法となったのである(Ashley [2004])。但し、ここでも、バイ・ドール法だけに注目するのは過大評価に陥り かねない。その効果を考えるには、大学の組織的対応、地域のNTBFs支援策、VCや労働市場の流動性など、複合的 要因を考慮すべきであるという指摘もある(Mowery、Nelson、Smapat & Ziedonis [2004])

431章で明らかにしたように、アメリカの大学発ベンチャー企業はNTBFsの原初形態であるが、そのアメリカにお いても、大学発ベンチャー企業に対する大学からの知的財産の移転については、大学を利益志向に変え、研究の中立 性や公開性を阻害し、利益相反といった新たな問題を惹き起こしたという批判がある(Washburn, J., University Inc., Basic Books, 2005)。とはいえ、スタグフレーションが、そうした副作用をもたらす劇薬(=産学技術移転策)を処 方しなければならないほど危機的な状況に陥っていた、当時のアメリカ経済の危機の深刻さを無視すべきではないよ うにも思われる。