第 4 章 出産と助産の Conviviality
4.3 Conviviality のために
じていたのである。それは単に神を冒涜しているということではなく、「死」と「生命」
の転化が人に見えないものを見えているようにし、現実に見えているものを見えないよ うにするためである25。
このような転化は、人に「生きる」ことを見失わせてしまう。人々は出産を、生命誕 生に立ち会う厳粛な場であるとしながらも、生む女性と生まれて来る子を様々な意思に よって用い、費やしている。
病院における出産は、人と機械とのプロトコールによる分娩管理、ガイドラインの制 定、業務のルチーン化、助産師の判断を根拠づける EBM、など膨張する科学技術によ って一つの巨大な装置となっている。助産師はその装置を起動させるためのシステムの 一部として取り込まれてしまっている。
あらゆる病院の分娩室に設置してある分娩台は、出産が産業社会の生産システムの中 に置かれていることを表している。つまり、出産する母親の自由は、医師だけでなく経 済的な意志によって拘束されているというわけである。
人は、出産という「生」の現実に直面していながら、その「生」に触れる事がない。
見えない「生命」の存在によって、「生」を見失ってしまっている。このような状況を受 容してきた背景には「死」と「生命」との倒錯があるということをイリイチは示唆して いる。
出産という出来事により人間的な「生」は出現する。その事実に向き合うことが、人 間を「死」せる世界から生き生きと生きる世界へと取り戻すものとなるのである。イリ イチが提唱した Conviviality の思想は、産業社会に生きる人間に対して、人間的な「生」
を映し出すまなざしを取り戻し、出産における人間の複数性(共同性)が出現している ことを気付かせてくれる。
4.3 Convivialityのために
妊婦の肚の底から湧き上がる音声、そしてそれに和する産婆の声……。それは、能
舞台のシテのこころを底で支える地謡の和声の世界だ。もはや部屋全体が巨大な内
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臓と化して深く息づく。初めて肌で味わう、ひとつの空気であった。そこには、周 囲の病棟とは隔離された、ひとつの生命空間があった
(三木, 2018:48)
人の「病」や「死」を扱う病院という巨大な施設の中で、産科病棟は異質な空間であ る。産婦の息遣い、生まれた新生児の泣き声、出産を終えたと同時に母親にかけられる 祝福の言葉…それは、医療化が進んだ現在の産科病棟でもはっきりと感じられるもので ある。
その病棟の中で出産と共に姿を見せる助産師は、看護師とは異なる在り方で存在する。
出産する女性の傍らで、それぞれの出産に触れる助産師は、人が「生まれる」というこ とから様々な人間的な「生」を知る。同じ時代に生きるすべての人間が母親によって生 み出され、様々な人との間で生きるための関係性を編んでいく。
出産の場は、近代化とともに様々な枠組みの中に置かれた。しかし、いつの時代のあ らゆる枠組みの中においても出産は「生む」女性と「生まれる」子ども、そしてその両 者を支える第三者が共に在ることによって、人として生まれるための空間を作り出し、
生きるための関係性を紡ぎ出すことができたのではないか。
急速に振興した産業化に対するイリイチの批判はラディカルで厳しい。それはイリイ チが産業という文明が人間的な「生」に及ぼす破壊力を理解していたからに他ならない。
イリイチ思想の根本にある相互補完性は、人が産業による破壊力を受けながらも人間 が人間として「生きる」能力が有されていることを示しているというように考えること もできる。この相互補完性という性質は、異なる性質を統合したり、互いに補い合った りするということで、共に在ることに働きかける。それは人と人、あるいは人と社会と いう関係性の間に生じる性質を指すものだけではない。イリイチは、人間の「生」の性 質そのものに、相互補完性を読み取っていたのではないだろうか。
彼は、産業社会が製造と消費による無限の拡張と、新しいニーズの限度なき創造のた めに、その構造がダイナミックなまでに不安定であると指摘している26。人間が、産業 社会により生産される偏った道具を用いることにより、人間的な「生」の在り方も不安 定にしてしまう。この不安定な性質を道具で補うということが産業社会における人間的 な「生」なのである。
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イリイチによる Conviviality の提言は、人間的な「生」に多元的なバランス感覚を取 り戻すことである。産業社会で個となった人間を人と人との関係性の中に置くこと、そ れは、道具を人間に仕えるように置きなおすことでバランスを回復させることができる のではないかとイリイチは考えていたに違いない。しかし、産業社会の道具の開発は予 想以上のスピードで進んだ。脳死や臓器移植、日常生活のコンピューター化など様々な 変化の中においてもイリイチは、同じ時代に生きる人間を愛していた。それは、人間に 有された「生きる」能力を信じていたからだ。
再生医療や生殖補助医療の発展によって人は、あと少しで道具が人間を生み出してく れるようになる時代を迎えるのかもしれない。その時、助産師はどのように存在するの だろうか。
人間的生のためのコモンズとして
イリイチは生存という言葉に「死」を感じ取る。彼は、日常生活の中に頻繁に「生存」
という言葉が用いられることに対して、人間にとって「死」から逃れること(survival) が「生きること」になったという転倒であると彼は考えていた27。
これまで医療は、人間の「病」や「死」とともに今日まで歩んできた。医学による「病」
や「死」の解明は、人間の身体や機能を様々に規定することが必要であった。それは、
人間に「有限性」を突き付ける「死」という不安や恐怖に立ち向かうために必要な技術 となった。医学的に規定された「死」の在り方は、医学という学問の領域だけでなく、
社会や人間の生活までにも浸透した。「死」という有限性から逃れることができない人間 にとってより良い「死」のためには医療は欠かせないものとなった。このような変化の 中で出産は、医学的な「死」によって規定された社会の中に置かれた。
医療化が進む社会の中で人間は、生まれながらにして「死」とともに「生きる」とい うことが現代社会の人間的な「生」となっている。産業社会において個となった人間は
「生きる」ためのリスクが個へと返されるために、そのリスクをセルフケアしなければ ならない。人間が生きる社会も日常生活も人の「生きること」はあらゆる「死」のリス クを回避するためにある。リスク回避を極端に偏った「生」を生きているということに 無自覚なままに人間は非人間化しつつある。このように「生」と「死」が倒錯した世界
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に生きる人間にとって「生き生きと」生きていることに触れるということが、人間が人 間として「いきること」を取り戻すことになるだろう。
例えば出産が、「死」にむかう場ではなく、最大限「生きることに」向かう場となるた めに、助産は出産と共にどのようにあるべきなのかを考えるということは、人間が「生 きること」とはどういうことなのか、一人一人の人間が様々な「生」に触れ、感じ、考 える機会となるだろう。そのためにも社会は、人を「生きること」に向かわせるような 空間となるように構築される必要がある。
イリイチの思想は多元的である。それは分野や地域、時代を超える Convivial なもの である。そこには、産業社会の発展において取り残されつつある人々にとって、人間的 な「生」を取り戻し、希望ある社会を再構築するための「道具」が豊富に備えられてい る。イリイチは、Conviviality な道具について具体的な答えを示さなかった。それは、
産業社会の製造と消費のサイクルが加速度を増し、人間が生きる社会という場を様々に 変化させていくという特性があるためなのではないか。
しかし、出産と助産によって共出現する「ただ生きる」という在り方は、常に人間的 な「生」を支え続けて行くために、助産は人間的な「生」を取り戻すための道具の一つ となり得るのではないかと考える。
出産の場を「生きる」ためへと向かわせる試みは助産が Conviviality のための道具と なるための必須条件である。まずは女性に有されている生む力を制約するものを明らか にし生む場を整備することが必要である。出生率を維持することができている北欧や一 部のヨーロッパの国々などが既に実施しているように、出産費用を保険制度とし出産費 用の高騰を抑制すること、産後ケアを充実させることなどは、早急に取り掛かるべき政 策である。また、助産師が Convivial な助産技術を修得していくためにも助産師の就業 場所を助産所、病院、地域の母子保健など複数の環境で多元的な経験を積むことができ るような卒後教育やキャリアモデルを設置するということも必要である。
妊娠期から育児期を一人の助産師が一貫して付き添う、助産師の受け持ち制(助産師 指名制)は「マイ助産師制度」28と称して実現に向けた連絡会議の運営が始まっている。
母親となる女性と助産師との連携を図るための交流の場を地域や職場で作り出してい くことや、子育て中の母親と出産を控えている女性との交流の場所など、出産と助産を