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2.結果と考察 45 いうことになりく5名のうち4名),謎々の7より1園答分多くなっているので,
その右に十1と表わした。エンボージは6となり,謎々の3より3回答分多い ので+3で表示してある。カマタテは謎々では2名であったが翻訳式では何も 現れず,2感泣で一2と表兆した。
翻訳式の中で,エンボージ,カマタテ,イボージのような方旧離膚語形の回 答数を合計して,謎々式との増減を見ると結局一1となる。共通語形のカマキ
リは+1であるから,総合すると,「1.かまきり」という項目については,わ ずかではあるが,翻訳式にすると共通語形の方が出やすいことになり,そのこ
とをく共〉で粗した。
延べ回答数の多少や増減について総計したものが,表1の最下欄である。こ れによると,謎々で946回答(1項目1人平均1。09語形)であるが,そのほか に誘導するとa「使う」が297園答(1項目1人平均0.34語形)増えることに なる。謎々式の回答を100%とすれば,誘導;aによって,その上に31%が追加 されたことになる。逆に,誘導aまでが土地の本来の方欝であると仮定してそ こまでの合計の1243園答を100%とすれば,謎々式ではそれらの76%までを覆 うことになる。b「聞くだけで使わない」の99翻答は,個人ごとの差を統計す る社会言語学的情報というより,漠然と方雷集などに載せる語の追加の意味し かないかもしれない。それも,この中には必ずしも高知市の方言ではなく,隣 接地のことばや,親の出身地,場合によっては遠くからの外来者の使ったこと ばが不正確な記憶として混入している恐れもある。しかし,これまで入れれば,
謎々だけより,396畷答,41.9%の嘱答が追加されたことにはなる。
次に謎々式と翻訳式とを対比する。翻訳式の総計892回戦は,謎々式の946よ りやや下回っており,翻訳の方が出現語数の少なくなることを物語るようであ る。謎々はいろいろ考えめぐらす機会が与えられるのに心して,翻訳は発想が 単純になるためであろうか。謎々式と翻訳式では,一般には,後者が共通語で 示されるので,それにつられて共通語形が出やすいと思われているようである。
ところが,圓答:数を共通語と方立の合計とに分けて,謎々に村比した翻訳の増 減を見ると共通語が一59,方書が十9で,翻訳の結果,共通語回答が減り,方 言圓答が増えていることが読みとれる。もっとも,その半藤,翻訳での各項目
46 被調査者の人数・条件,質問方法による差
の方言形対共通語形の優劣は,〈共〉の強い項臼59に対して,〈方〉の強い項 目23で,〈共〉が優勢になっている。これらのことは,翻訳式が安易に共通語 のまま回答するというより,共通語からを何らかの努力をして方言に置きかえ てみようという意識が働いているものと解釈される。
最後に,10名という一定の人数から異なる語がどれだけ得られるものかにつ いて表8の右測に示した。たとえば,「1.かまきり」は謎々ではカマキリ,エ ンボージ,カマタテ,イボージの4語形が得られている。そして,そのうえ誘 導によって新しい語を追加するには至っていず,4語形のままである(「2.くも のす」ならばクモノエバリ1語形を誘導によって新たに追加している)。一方,
翻訳はカマキリとエンボージの2語形だけを得るにとどまっている。これを最 下欄の総計で見ると,謎々249語形で,それに誘導で16語形をたして265語形 になるが,翻訳はそれらより少ない192語形を得るにとどまっているのである。
以上により,略本漢語地臨で採用した謎々だけの方式は,考えられるすべ ての語形のある程度のところまでを掘り出していること,また翻訳と比べて多 くの情報が得られているが,それは必ずしも非共通語的語形を多く採ったもの でもないことなどが位置づけられたと言えようか。
3.おわりに 47
3、おわりに
これは,今から見れば20年前の初歩的な企画と調査であり,たとえば,被調 査者の年齢によって差が醐く項目はどういう分野のものかなど,本稿でも断っ ている通り,傾向がつかめていない面もあったが,言語地図を作成するにつれ,
近くに等語線が走っているものにその傾向があるらしいことに気付きはじめる など,種々の発展を生み出すことができた。古いことで,反雀点が多くあるも のの,あえてこれを公表したのは,これが我々の問で検証調査の原点となり,
更に隙本窯語地図』にこだわらず,方言の実態をある方法により検証する研 究の発展の踏み台になったのではないかという研究史的な意義を考えたからで ある。それらの具体的な成果は他論文にゆずらざるを得ない。
この内容は,調査後,徳判宗賢と検討を重ね,1965(昭和40)年11月の国 立鼠語研究駈地方概究員全国協議会で口頭発表したものである。
高知市検証調査に当たっては,地方研究員の土居重俊氏に種々御高配を賜 り,また,今回,同氏の調査結果との比較を含む報告書の公表にも理解を示 されたことを心から感謝申しあげる。
今回まとめ直すに轟たり東北大学大学院の佐藤貴裕,三井はるみ,大西拓 一郎の諸霜に資料整理をお願いした。
〈以上,加藤正信執簗)
一地点における年齢差と地理的分布
一宇都宮市における調査から一一
1。目的と調査の概要
1.1.圏 的
eH本言語地図xの被調査者は,原綱として1903(明治36)年以前の生まれ の人である。調査が終了すると考えられた1963(昭和38)年に満60歳に達す る人というわけである。したがって,『ヨ六六語地図諺には,それぞれの地点の 老年層のうちのある1人の持っている方言形が承されていることになる。
しかし,それぞれの調査地点には,さまざまな年齢の入が生活しており,そ れらの人々が常に同じ方言形を共有しているとは考えられない。ある一つの地 点を例にとり,著い人から老人まで各年齢の人がどのような方書形を鋳ってい るかを調べ,『日本言語地図2に示された方言形が,それら各年齢層で行なわれ ている方需形のどのような測面をとらえているかを児ようとするのが,ここで 報審する調査の目的であった。
さらに,各年齢の聞で異なった方言形が見られる場合,それらの語形と触 本言語地図』に示された地理的分布との関係を見ようとする観点もこれに加え た。すなわち,その地点と周辺の地点とで,異なった語形が分布しているとき,
それらの諸語形がその地点の年齢差による語形の分廊の上にどのように反映し ているだろうかという観点である。
1.2.調査時期・講査老
上に述べたような観点に立って,地方言語研究塞(当時)では,1968(昭和
50 一地点における年齢差と地理的分布
43)年3月,以下に述べるような調査を行なった。調査者は,野元菊雄(ag一一一一 研究部長),徳Ai宗賢(岡部地方言語研究室長),加藤正信(同室研究員),高困 誠(同)の4名であり,計画立案には高田が当たった。
1.3.調査地点
こまにゆう
『日ホ書語地図』の地点番号5649。53,栃木県宇都宮市駒生を調査地点とし た。比較的大きな都市の近郊にある農村という観点からこの地点を選んだ。す なわち,その地域の方言的特徴を残しながら,その地方の中心地からの言語的 影響を受けやすいと考えられる地点である。この地点は,1958(昭和33)年に
『日本出語地面の地方研究員多々良鎮男氏によって調査が行なわれている。
被調査者は、1881(明治14)年生まれの杉浦延蔵払であった。
1.4. 被調…奮三者
宇都宮市駒生の住属台帳から,駒生生まれで他に転出していない人を選び,
1878(明治11>年生まれから1953(昭和28)年生まれまでの各年齢にわたって 被調査者を得た。案際には,駒生に転入して来た入を除いたほぼ全員を調査の 対象とすることになった。
調査が終了した時点で,男46名,女31名の計77名の方がたより回答を得 た。これらの中には,岡性同年齢で2名以上の論調武者を得た血合もあった。
この場合,整理の便宜上,無作為に1名のみを選んで資料とした。最終的に本 報告に示した資料は,男32名,女25名の計57名の被調査者から曖答を得たも のということになった。最年長は,男では1878(明治11)年生まれ,女では 1881(明治14)年生まれであり,最年少は,男が1952(昭和27)年生まれ,女 が1953(昭和28)年生まれで,ともに卒業直龍の中学3年生であった。
以下に,本報告に示さなかった方がたも含めた被調査者77人用名を掲げる。
なお,生年は元号で示した。調査者の略号は次のようである。Nom一野元菊 雄,Tok一徳li綜賢, Kat一加藤正信, Tak一高照 誠。