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囲答者

語の内訳

回答者

語  の  内  訳

判定

81すぎな

0 スギナ0 8 翼R5 マッナグサ3 ツギマツ2 マツバグサ1

82きのこ

5 ナバ5 1 タケ1

83とげ(竹の) 7

バラ7 ノギ0

4 トゲ2 ササリ1・モギ1

84とげ〔いばちの) 10

バラ10

1

トゲ1

87おうし

8 コツトイ8 2 オン1 オンツ1

88めうし

1 メンウシ1 7

メウシ2 メスウシ1 メシ1 メンツ2 メス1

89もぐら

0 オゴロ0 9 オゴ鐵モチ7 モグラ2 ムングラモチ1 ムグラモチ1

9Gふくろう

8 フルツク8 4 フクロー3 フロック1

91とさか

0

トサカ0

7 カムト4 カブト3

表3 噸本欝 語地図」(高知市福井i町 凡倒  ()内は扱った75項9jにおける%

7424.60)収載語形の図答率溺項穏分布

 眼載瀞}形

@ 恥1繋三部

?摺

100%

q10入〉

go% 80% 70% 60% 50%

項臼数

10(13.3) 10(13.3) 9(12.O) 6(8.0) 10(13,3) 12(16.0)

累計項爲数

10(13.3) 20(26.7) 29(38.7) 35(46.7) 45(60.0) 57(76.0)

項  尉  的  訳

6へび

P4よだれ

T1こおる(水が>

T3つゆ T6じしん T8いど U2すりこぎ U5かりる V9たんぽぽ

W4とげ(いばらの)

3かたつむワ

Sなめくじ P2いくつ(二歳>

P6ものもらい Q6ほくろ R8くすぐったい U4かがみ V2ぬか V4さといも X0ふくろう

2くものす Vまむし Q円しおからい

Q2すっぱい S0ひざくむ S1おんな

T2こおる(手拭が)

U6おおきい W7おうし

1かまきり R4なかゆび U8ふとい V5さつまいも V6とうもろこし

W3とげ(竹の)

13いくら

Q回せきをする

Q7きゅう R9くすぐる T4ゆうだち

T9ゆげ(お湯の)

U0ゆげ(卿飯の)

U3せともの U9ほそい V1もみがら

5かえる

PGかなへび

H5ふけ

Q4あざ

Q5あざができる

R5くすりゆび

R6しもやけ

S4かたぐるま

S6きのう

S7おととい

W0つくし

W2きのこ

      2. 結果と考察   25

    の(r7.まむしj等,表2で⑲印>         4項臼

  塘図収載形が,検証の結果優勢語形と認定されなかったもの

    (「14.つむじ」等,表2で⑳印)      ユ7項厨 のようになる。これによって,土地において何らかの資料によって方露特有語 の存在の可能性が考えられる75項冒のうち,地図と検証とが全く一致するもの 38項目,SG.7%でほぼ半数であり,併周に関係して半分一致するもの20項醤を

たすと,58項冒,77.3%に達する。地図と検証が一致しないものは17項

目,22.7%となる。

   ちなみに,この区域の同じ検誕調査資料を,この区域の東天の

  7424.61(江の口)についても上記のようにして優勢語を認定し,それをそ   この地図収載語形・非収載語形とつき合わせを行なって「判定」すると,

  地図の24。61(江の口)と検証の共通する77項目中,全く一致するものが   43項呂(55,8%),併絹で半分一致するもの17項霞をたすと60項目   (77.9%)となり,全くの不一致が17項N(22.1%)となった。この一致   度は区域内の24.60(福井町〉と比べて有意昧な差と雷えず,両地点がほぼ   同じということになろうか。

 表2左側に24.60(福井町)での地図収載語形を画比した人数を濾したが,そ れらを合計して,10人申の國論者の一致率ごとにどの項目が該当し,どの率の あたりに項目が多く分布するかを示したのが表3である。これによると,全員 が一致した項目は共通語と同形になっているものは当然としても,62番のレン ギ,65番のカル,84番のバラ等が方言形でありながら10名全員が答えている のが注Eされる。方雷形でありながら9名,8名という一致を見せる項目もか なりある。たとえば8名以上つまり80%以上の人数が収載語を回答した忌門は 累計29で75項欝中の38.7%であることがわかる。半数(5名)以上が収載語 を圏答した場合,地図収載が検誕調査によって裏付けられたと仮定すると,そ れは表3で累計57項謡となり,全体の76.0%つまり8罰近くということにな る。逆に,地図非収載語形が検証で半数(5名)以上の人によって回答されて いる場合を,地図に更にプラスすべきこととして表2の項羅を拾うと27項目

(36.G%)となる。このことは,地図はかなり高い割合でその地域の優勢語形

26 被調査者の人数・条件,質問方法による差

を収載しているということになる。しかし,やや広い範囲から多数の入を調べ ると,併出等を主として更に加えるべき語形もあるらしいという現実をも示し てくれるようである。

   表は割愛したが,この検封調査結果を,東出の24.61(江の口)の地図収   載語形とっき合わせてみると,収載語形を半数(5名)以上が答えた項目   が57項屋で,全体の74.0%となり,24.60(福井町)とほぼ転じかやや下   まわることになる。逆に,非収載語形の中に検証で半数(S名)以上が回   答した項目は29項目(37.7%)となり,24.60(福井町〉とほぼ潤じ率に   なる。

 上記のような優勢語形認定という,検証によって地話作成を行なったらとい う仮の操作から離れて,全く機械的に集計すると,表2から,全75項目10名 の延べ812語形(回答数)のうちの24.60(福井町)収載語形は延べ455語形

(56.0%),非収載語形は延べ357語形(44。0%)となる。

   この東隣の24.61(江の口)と共通する77項目について1G名の延べ語形   数ならば853語形(回答数)で,うち,24.61(江のロ)での地図収載語形   が480語形(56.3%),非収載語形は延べ373語形(43.7%)となる。この   近い2地点の根違は認められず,むしろ,一般論として,1名を調べて得   た語形というものは,ほぼ同じ区域の同条件の入達10名を調べて得られる   種々の延べ語数の56%程度を覆うものであると言えるものであろうか。

 高知市の中の24.60(福井町)と24.61(江の口)は『B本書語地図諺で隣り 合って多少の栢違を見せてはいるが,福井町を含むこの検読調査結果を基準と すると,統計的には,ほとんど有意味な差は見られない。この程度の距離では 土地をへだたることによる方言差はほとんどなく,むしろ,農村対市街地とい う差であり,それが,検証では両者の区域にまたがったため,農村の福井町と 市街地の江の口とに共通性が等分されたため,その差も統計的には現れなく なってしまったものと思われる。

 触本言語地図』24.60(福井町)の結果と,この地点を含む検証調査結果の 上述のような若干のずれは,

  1.地図は点であるが,検証は約1.5k罰窪四方の面である。

       2。結果と考察  27   2.地麟は農村集落(被調査者は農業)であるが,検証は農村と市街地で    職業が多様である。

  3.地図の被調査者は1888〈明治21)年生まれであるのに村して,検謹の    被調査者は1890(明治23)年から19G5(隙台38)年であって,平均8    歳ほど若い。

  4.調査時期が,地図は1959(昭和34)年,検証は1965(昭和4G)年で    6年差がある。

  5.調査者は,地図が地元の土居葺,検証が外来の徳罵,加藤である。

等に起礪するものもあると思われ,もし,上記の諸条件を同じにしたうえでの 1名対10名の違いであればこの差はもっと縮まるものと想像される。もっと も,このテーマの研究は,前述のように,検証調査資料の中での1名対10名の 違いを分析することにより可能ではある。

2.2.「冒本言語地図毒の被調査者グループと他グループの差

 『日本言語地鋤の被調査者の条件は,前述のように年齢,性別,居住歴の 3つであった。そのような条件をつけて選んだ被調査者の言語は,これに合致 しない人々,つまり他の条件を持った人々の言語とどのように異なっているか を確認し,『臼本言語地図iの位置づけを行ないたい。

 「u本言語地脇に合うグループは,先の表1での「老男適」10名である。

ただし,19番の被調査者は明治38年生まれで厳密には条件外となるが,この程 度の例外はじつは実際の「H本書語地図』の被調査者の中に数名見られている ので(cf. el日本需語地図s第1集付録「B本言語地図解説一方法一」 25ペー ジ〉,今回は採用しておくことにする。なお,16番の被調査者の在外歴が5年で 2年分超過するが,言語形成期以後のみであるので,このグループに入れてお くことにする。

 「不」グループ10名の中でも29番が正確な年齢では条件外になるが,採用 しておく。このグループでの大切なことは,全員在外歴が6年以上で,長い者 は43年(27番),32年(23番〉などが目立つことである。居住先はさまざまで

28 被調査者の入数。条件,質問方法による心

あるが,比較的高知県内が多く,また,両親の一身地も県内の郡部である場合 が大半である。東京や大阪から転勤してきた人はこの年輩では少なく,大部分 が,町内の郡部から高知市への流入である。学歴は,姥」の平均7.G年と比べ,

ギ不」は7.7年でそれほどの水準差はない。

 「女」は,明治19年生まれがいるものの,明治37年以降生まれが4名もお り,これらは条件から外れるかもしれないが,被調査者「老」の妻を調査した もの4〜5名があったためという事情もある。しかし,これらを「女」(老女〉

として採用したことは,努女の差を購じ家にいる夫婦のようなペアで対比して みることに意味がありそうだという積極的な理由もある。それにしても,「老]

の平均年齢(生まれ年)が,明治29年であるのに対し,この「女」の平均は明 治35年生まれとなり,6年の差が出てしまっていることを断っておく。

 「中」は,大正3年から14年におさまっている。平均,大正エ0年生まれで,

「老jより25歳若く「老」の息子に当たる世代である。この層は働き盛りで時 間をさいてもらいにくかったことと,土着の人の割合が少ない事情もあって,

在外歴が1,2年オーバーしているもの4名を含んで採用した。彼等の学歴は 平均8.4年で「老」や「不」に比べて特別高いというわけでもない。

 「若」は全員在学歴7年あまりの中学2年生で,「中」の平均より30歳若く,

彼等の息子,「老」の孫にあたる世代となる。また,全員在外歴がなく,両親も ほとんどが土着である。

 考察の際は,規定の条件のほか,上記のような状況については考慮しておく 必要もあろう。

 まず,金項目の語形溺隅答数をグループに対比したものを表4(29〜35ペー ジ)として示した(紙藤の都合等で2,3の項匿を翻愛してある)。

 純粋な社会書語学的発想であれば「老」「不」「女葺刺階」の各グループ 栢互の違いや関連を分析することになろうが,『日本言語地図』検証調査の立場 では,地麟が「老」によっているので,あくまでも「老jを基準として,それ

と「不」,それと「女」,それと「中」,それとヂ若」というふうに比較し,それ らの各々の増減を()内に示した。たとえば,「1.かまきり」では,「老]

.鉛名中7名がカマキリと答えているのに対して,「不」はカマキリが9名でr老」