ねで蓄財し、職業や地位や財力面における窮状を挽回し、成り上がろうと奮闘する様相が描 かれている。その悪事の多くは、裏工作の取次やお膳立て、おべっか、腰ぎんちゃく、色仕 掛け、饗応、強請り、騙り、コソ泥等些細で卑小な行為である。そのような成り上がり志向 者の目的は、地位権力金銭の獲得と維持である。その手口は概ね官界を舞台として伝統的に 黙認継承されてきた官界遊泳術といえる。本来、科挙の受験勉強が可能な富裕層の特権であ ったが、清末に官職の売買が公認されたことで、下層民に門戸が開かれた。ほかに誘拐、人 身売買、情報漏洩等重大案件も見られるが、やはり清末の政治情勢に乗じた下層民の主導す る悪事として描かれる。そのような小悪党は、従来の中国小説にあまり描かれてこなかった。
清朝末期、列強の侵攻に国家の疲弊露わとなり、軍事、外交、政治、経済、社会のあらゆ る局面において朝廷大官の巨悪が指弾され、変革が叫ばれていた。そのような社会情勢下で、
“清末随一の作品量、影響力を持った作家”と目されている呉趼人のとりわけ拘った主題が、
小悪党と女性であった事は検討に値するといえよう。呉趼人は、《社会小説》、《写情小説》
という新たな領域を創始して、時代の情況と思念を作品上に反映させた。《社会小説》では、
民族国家を危機に陥れる小悪党の所業を取り立てて追及し、《写情小説》では、女性の心と 行動-礼教規制と纏足からの解放を模索した。
彼が小悪党と女性を主要な執筆対象として選択したのは、両者を解決すべき清末社会の病 弊の根源と捉えていたことを示している。また他の作家も《社会小説》、《写情小説》執筆の 方向性に追随した。その理由や意味は、呉趼人研究の側面からも清末小説研究の側面からも、
検討解明を要する課題であるといえる。そこで、《社会小説》中の小悪党の所業に類する事 象、及び《写情小説》中の女性の自己発現に類する事象に焦点をあてて、小悪党とフェミニ ズムという観点から検討をすすめていきたい。先に述べたように本論においては、礼教の女 性拘束、纏足への批判、女子教育の振興等清末紙誌上を沸かせた女性解放の議論、呉趼人の 女性性に対する態度をフェミニズムと総称した。
註
1付建舟『近現代転型期中国文学論稿』(鳳凰出版社2011.6)p247、「晚清社会小说的力作,李伯元《官场现形记》, 据魏绍昌的考证,至于1903年9月开始发表于《世界繁华报》,但不当时是否标明为“社会小说” 。同年10月(夏
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历),我佛山人的《二十年目睹之怪现状》首次在《新小说》第八号于载时,在“社会小说”栏目中推出,这可能是晚 清最早出现的“社会小说”专用名称。其后这一名称就逐渐流行开来」。
呉趼人自身は「最近社会齷齪史」(1909)〈自序〉に《社会小説》の語を用いている。「于是使学为章回小说,计 自癸卯始业,以迄于今,七年矣。已脱稿者,译稿以衍义之《电术奇谈》(见横滨) 《新小说》,已有单行本)。如《恨海》
(单行本)。如《劫余灰》(见《月月小说》),皆写情小说也。如《发财秘诀》,《上海游骖录》(均见《月月小说》),如
《胡宝玉》(单行本),皆社会小说也。兼理想科学社会政治而有之者,则为《新石头记》(前见《南方报》近刻单行本)」
2欧陽健『晩清小説史』p132。「彻底甩脱“史通”的羁绊,直面作者所处时代的社会人生,并且径直以“现状”题名的 长篇巨著,在中国小说史上,当推《二十年目睹之怪现状》为第一部.」
3黄修己主编『二十世纪中国文学史』(中山大学出版社1998.8) ‘≪二十年目睹之怪现状≫还对小说的叙事模式做 了可贵的探索与尝试.作品采用第一人称的叙事角度,这在我国长篇小说中尚无先例(p46)。’
4欧陽健『晩清小説史』p140-141。「≪二十年目睹的怪现状≫第一回开宗明义的第一句话就是:“上海地方,为商贾…”…
从文学史的角度讲, ≪二十年目睹的怪现状≫是最先把资本主义商界引入小说创作的作品。…第七回…却更具有近 代金融业的时代特点。商业上的往来,头一条讲的就是信誉。钟雷溪就是竭力制造自己资本雄厚、恪守信誉的假象,
使十几家精明的钱庄一起上当的。」
5阿英『晩清小説史』第13章<中国小説之末流>「晚清小說中,又有名為寫情者,亦始自吳趼人.」、付建舟『近現代 転型期中国文学論稿』p279。
最初に≪写情小説≫の名を冠された小説は呉趼人自身の翻案した翻訳小説「電術奇談」である。その語の由来に ついては不詳。呉趼人自身は『恨海』第一回で‘与生俱来的情’、『劫余灰』第一回で ‘大而至于古聖人民胞物 与,己饥己溺之心,小至于一事一物之嗜好,无非在一个情字範圍内’と ‘写情’についての 持論を展開している。
6付建舟『近現代転型期中国文学論稿』p271、p275。「《月月小说》杂志主编吴趼人在创刊之时,就把历史小说作为 最重点,在杂志栏目的设置上,将它排在首位:正如梁启超把政治小说放在第一位一样,吴趼人把历史小说放在首 位。…为了救国救民,扭转社会风气,吴趼人等人认为必须加强社会教育,必须从历史小说入手」。
呉趼人は「歴史小説總序」(1906年9月『月月小説』第 1 号)に「正史、古典籍は入手困難で難解、長さも重 量も子供の教育に向いていない。近年列強に倣って作られた歴史教科書類は粗略にすぎる。歴史小説を描いて社 会教育に供したい」という主旨を述べている。
7欧陽健『晩清小説史』P143「这既是晚清时期大量出现的以古典名著为由头的“翻新小说”(啊英称之为“擬旧小说”) 中最早的一部,更是学贯中西的吴趼人对于传统文化和现代文明关系的深沉思考的集中体现」。
『新石頭記』は主人公と二人の端役を借りただけで内容は完全な創作であり‘擬’の語は適切でない。‘翻新’
の語のほうが適切と思われる。
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8于润琦「我国清末民初的短篇小说(代序)」『清末民初小说書系』言情卷(上)(中華文聯出版社1997年11月)。「 “笑 话小说”这一概念的使用,大概首次是由吴趼人在其≪新笑林广记≫(≪新小说≫1902年创刊号)序言中提出的:‘….
吾国笑话小说,亦颇不鲜,然类皆陈陈相因,无甚新意识,新趣味.内中尤以≪笑林广记≫为妇孺皆知之本,惜其内容鄙 俚不文,皆下流社会之恶谑,非独无益于阅者,且适足为导淫之渐.思有以改良之,作≪新笑林广记≫.’自此“笑话小说”
以一枝独秀,立于清末民初之林.。
9吳錦潤「命意在於匡世」 (黃修己主編≪百年中華文學史≫新亞洲文化基金會有限公司 1997.8)
从官僚地主向资产阶级转化的富有时代特色的人物,也是中国小说史上最先出现的民族资本家形象.(黄修己主编≪
二十世纪中国文学史≫(中山大学出版社1998.8)p46
10『発財秘訣』 (10回)は<黄奴外史>と題して雑誌『月月小説』11―14号1907 (光緒三十三) 年11月~1908
(同三十四) 年3月に連載された。1908(光緒三十四)年上海群学出版社より単行本で出版。『呉趼人全集』
第三 巻版を使用。
11上海市工商行政管理局 上海市工商行政管理局 上海市第一機電工業局機器工業史料組編『上海民族機器工業』
(中華書局1966年2月)p82
12欧陽健『晩清小説史』p140-141「第二十八回写沈经武在上海卖假丸药,还挂上一个“京都同仁堂”的招牌, …小说 所写真假同仁堂这场未成的官司,大约是小说史上头一次关于商标诉讼的记述。」
13周知のように西欧文学においては 16 世紀以来、時代情況と生育環境に迫られて犯行に至る人物をピカロ(悪党)、
その悪事を描く小説をピカレスク(=‘悪漢小説’、‘悪党小説’)と呼ぶ。近代西欧小説においては、拝金主義 の世相を批判し、読者の反響を意識するという新たな局面が現れ、登場する悪党の階層、行動も多様化した。
フィールディング(1707-1754)やバルザック(1799-1850)、ディッケンズ(1812-1870)の描いた悪党の登場する 作品はピカレスクとも社会小説とも呼ばれる。清末中国には、列強諸国の植民地拡大攻勢下に、産業革命以後 のヨーロッパと同様の社会情勢、出版情況が出現した。経済と交通が発達し、新聞雑誌出版業と職業小説家、
読者階層が誕生し、ピカレスク作品も翻訳された。創作小説では、時代と社会の悪弊を映した大量の作品が描 かれた。なかでも≪社会小説≫を創始した呉趼人作品に登場する悪党の数は格段に多い。呉趼人の≪社会小説
≫には、卑小な悪事と犯行の過程で社会の汚濁や世俗の悪弊が暴露されていく点に、ピカレスクとの類似性が 認められる。登場人物の人生遍歴の中に世の理不尽や悪事が現れるという設定はチャールズ・ディケンズ『ピ クウィック・クラブ』(1836-7)、『デヴィッド・コパフィールド』(1849-50)、『大いなる遺産』(1860-61)や ヘンリー・フィールディング『トム・ジョウンズ』(1749)等の作風に近似している。呉趼人の親友で共同編集 者であった周桂笙は清末随一の翻訳家だった。呉趼人は彼に進んで翻訳を求め、西洋小説に親しんでいたとい う(『新庵訳屑』巻下「自由結婚」(四則)(『呉趼人全集』第九巻所収)。樽本照雄『清末民初小説目録 第5版』
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には、呉趼人存命中に翻訳紹介されたチャールズ・ディケンズ(CHARLES DICKENS)の作品として以下の 書名が挙げられている。
『滑稽外史(滑稽小說)』6卷(英)却而司迭更司 林紓 魏易譯 商務印書館 光緒33.7.7(1907.8.15)
“NICHOLAS NICKLEBY”/『孝女耐兒傳(倫理小說)』上中下卷 (英)却而司迭更司 林紓 魏易同譯 商務 印書館 光緒33.12.3(1908.1.6)“THE OLD CURIOSITY SHOP”1841/『塊肉餘生述(社會小說)』前編2卷 後 編2卷 前編光緒34.2.2(1908.3.4) 後編光緒34.3(1908)“DAVID COPPERFIERD”/『賊史(社會小說)』上下 卷 林紓 魏易同譯 商務印書館 光緒34.5.19(1908.6.17)“OLIVER TWIST”1838 いずれも未見)。
また、呉趼人と周桂笙の編集した雑誌『月月小説』にはガイ・ブースビーの翻訳短編小説が掲載された。ブ ースビーはダーク・ヒーロー<ニコラ博士シリーズ>の作者である。彼の作品は小説での悪党描写技術を呉趼 人に提供したと思われる。呉趼人は西洋小説から相当多くの影響を受けていたといえよう。
(ガイ・ニューウェル・ブースビー/(GUI NEWELL BOOTHBY)の小説は<巴黎五大奇案之一>シリーズ として『月月小說』に以下の短編が掲載された。「雙屍祭」白髭拜著 仙友訳『月月小説』1年1號1906年1 月11日 (光緒三十四年九月十五日)/「断袖」白髭拜著 仙友訳『月月小說』1年3号1906 (光緒三十二) 年/「珠 宮会」白髭拜著 仙友訳『月月小說』1年4号1907 (光緒三十二)年/「情姫」白髭拜著 仙友訳『月月小說』1 年5号1907年 ( 光緒三十四) 年/「盗馬」白髭拜著 仙友訳『月月小說』1年6号1907年(光緒三十三)年。ま た、樽本照雄『清末民初小説目録 第5版』によると、‘ニコラ博士’作品は1908(光緒三十四)年に (言情小 說) 『青梨影』 (英)布斯俾著 陳家麟譯)が商務印書館から出版されている。未見)。
しかし、呉趼人の作品の背景をなす社会倫理は儒教である。西洋ピカレスクの根底にあるキリスト教倫理、神へ の贖罪意識とは無縁であり、登場人物の行動様式、人生観を同一の枠組みで考察するのは難しい。