り表現し得た最初の作家であったと思われる。
③作品の精度、意義付けに関わる工夫
以下のような山場となる箇所に於いて、場面と登場人物の言動を詳細に説明する加筆を行 い、ストーリー展開の円滑化を図ろうとする配慮が施されている。何れも原訳にはなかった 場面である。
○蘇士馬は仲達をアヘン死の如く偽装するが、煩悶して寝付かれず翌朝は妻への言い訳に 苦慮する(第 3 回)。
○詞(第11回)p379
○旅館での鳳美救出、蘇士馬との乱闘場面(第22回)
○鈍三の感電場面(第24回)
○喜仲達の蘇生と復活、鳳美との再会場面(第 24 回)
(2)容認箇所:
「新聞賣子」の特徴は女性主導の恋愛、家長の理解、男性側の献身の三点である。原作が 英国の懸賞小説であったので中国の風俗伝統と異質の男女関係が現れることになった。呉趼 人はこの三点についても削除改変しなかった。
①女性主導の求愛
○ヒロイン王鳳美は高貴の出身にも関わらず、帰国する仲達を追って出奔し密かに乗船し て仲達の船室を訪ね‘あなたはインドにおいでの時はわたくしを本当に愛して下さってどれ ほど深い誓いを立てたことか。まさかすべて嘘だったとおっしゃるのですか?(郎君在印度时, 十分爱奴,说不尽的海誓山盟。今闻郎君此言,莫非从前都是一片假意么? 第1回p5)’とかきくどき、仲達が 結婚を承知すると彼の膝にすがって泣き崩れる。彼女は恋人を主導して恋を成就させ、意志 の強さ、行動力を発揮し自立を果たす。実社会の中国女性はもちろん、従来の中国小説に登 場するヒロインにも見られない“求愛し自立する”女性だった。
②家長の理解
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○鳳美の父の藩王は‘東アジア人でありながら専制をよしとせず、娘に対してもあまり拘束 しなかった。そこで鳳美は仲達とよく顔を合わせ、やがて二人に愛が芽生えた。
更兼那酋长虽是 东亚人,却不以种种专制为然,故对自己女儿,亦不十分缚束。所以凤美常常与仲达相见,久 而久之,未免两情爱慕(第 1 回 p6)。
’
○‘鳳美は父に手紙で事情を打ち明け許しを請う。父からはすべて許す、娘を思うあまり度々 病に墜ちた。すぐに婿と一緒に帰ってきてくれ、と返事をよこす。
凤美把前后经历的情节,祥详细细的写了一封信,寄给他父亲,求他父亲恕罪。后来得了个回电,说一切事都不怪, 只有挂念得很,几次因念女生病,务必即日同女婿回来云云( 第24回p183)
’ 。
この部分は菊池幽芳の原訳では‘快く承諾するとの返事があり’という短い一文であったが、
呉趼人は加筆して父親の心情に解釈を施している。儒教倫理に捉われない家長なら、かく反 応すべきであるという呉趼人の考え方が現れている。後に、呉趼人が中国を舞台に自由恋愛 を描いた「情変」の父親は駆け落ちした娘に激怒し、殺そうとか、売って縁を切ろうとか口
にしては妻に止められる。それが、娘の恋愛に対する通常の処遇とされていたのであろう。
「電術奇談」は非アジア文化圏の作品を翻案したことにより、一気に礼教規範を取り払えた といえる。鳳美の父親が娘の交際を束縛せず、出奔した娘を案じ結婚を許すという「電術奇 談」の設定展開が、当時の読者をどれほど驚かせたか想像に難くない。鳳美の父は、以降に 書かれた恋愛小説諸作品に表れ始めた“理解ある家長”の起源であるといえる
③男性側の献身
鈍三(実は記憶を喪失した仲達)が鳳美を思慕崇拝する言葉や献身的に尽す様子が随所に 描かれている。
○‘鈍三がひたすら鳳美に忠誠を尽くす様はまるで忠犬の主人に対するが如くただ鳳美のた めにのみ存在するかのようだった
他那一片忠诚,犹如忠犬对了主人一般,巴不能够把全个身子都为凤美用第16回p119 )’。
○‘鈍三は言った。おいらはこんなに醜いからお嬢さんは嫌だと思うだろう。
钝三道:不过因为我生得丑陋,恐怕小姐看着我讨厌罢了第16回P120)
。 ’
○‘鈍三は、毎日鳳美の玄関にたたずみ鳳美が劇場に出かけるとこっそり劇場まで付き添っ ていき終わる頃にまた劇場の入り口に待ち受けてこっそりと鳳美の家まで付き添ってい く。毎日そんな具合で自分でも訳の分からぬままにそれを実に楽しいと感じていた。
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那钝三天天跺在凤美的门首,看凤美出来到戏园,他便暗暗的跟到戏园。约摸散戏时,他又先等在戏园门首,等 凤美出来,他又暗暗的跟到他家里。天天是这样,他自己也莫名其妙,以为这是一件极快活的事p134第18回)
’
。○‘李さんの身に災難が起こりそうだ。おいらは守りにいかなくては。
我料得李小姐身上必有灾难,我要去照应他第18回p135)’。
○‘おいらだって自分でも動作がとろいのはわかってるよ。けど李さんに何かあったら命が けで力の限り助けたいんだ。
我也知道我自己身子不灵便,但是李小姐有甚事情,我情愿粉身碎骨,也要尽我的力量去做的。p135第十八回)’
○‘おいらは李さんの為ならどこへ行こうと糞を食らおうたって平気だ。
我为了李小姐的事,那怕到了那里要吃粪,我也不怕。第18回P138)’
当時の中国の小説において、父親や夫の専横と女性の献身は通常の設定であったが、その逆 は稀である。この鈍三もまた、以降の中国恋愛小説に頻繁に描かれ始める“献身する男性”
の起源であるといえる。呉趼人はこの女性主導の恋愛、献身する男性という非中国的男女関 係に改変を加えなかった。恋に人生設計に積極的に意思表示し自立を目指す鳳美や、彼女に 無私の愛情と献身を捧げる鈍三たち非中国世界における男女のあり方は、読者の目にとりわ け斬新に映ったであろう。
「電術奇談」を翻案して恋愛と自立に奮闘する外国人女性の姿を描写する機会を得たこと は、呉趼人にかつて目撃した救国運動に加わる少女のイメージを彷彿とさせたのではないだ ろうか。呉趼人が「電術奇談」翻案の後、恋愛小説の執筆に勤しんだことからも、この作品 が彼に与えた衝撃の大きさが察せられる。彼は清末社会と中国人女性を題材とした恋愛小説 創作を試み、相次いで『恨海』、「劫余灰」を発表した。以来《写情小説》というジャンルが 確立し恋愛小説が盛行する。加えて以降の中国恋愛小説には、先に見た“女性主導の恋愛”、
“献身する男性”、“家長の恋愛容認”といった特徴が顕著となる*52。「電術奇談」は呉趼人 の創作姿勢を決定づけ、さらには清末民国の中国恋愛小説の方向性に大きな影響を与えた作 品であるということができよう。
次に、中国人作家の作品を下敷きにして描いた「情変」について検討したい。
3)「情変」(1910)
(1)原作「秦二官」梗概『情変』は女幻術使いの過激な求愛行動と両性の逆転した男女関係を描いている。1910 年、呉趼人は急死の四か月前から「情変」を連載し始め、全十回予定の八回途中で絶筆とな