った時どれほど悲嘆にくれたことか、銃を撃って復讐した時どれほど激烈であったことか、
一人のか弱い女性がこれほどの立ち回りを演じたのである。ゆえにこの書は写情小説では あっても色恋の修羅場とお涙頂戴に終始するものとは違うのである。この書は写情として 論じれば鳳美、仲達、敏達は傀儡、士馬は傀儡の糸を操り、そのほかの人物は傀儡芝居の 見物人である。催眠術として論ずれば士馬は薬であり仲達鳳美は試薬表である。そのほか の人物は見物人である。
人之有情,禀诸先天,与此身相存亡者也。无论为忠孝节义,为奸淫邪盗,莫不根之於情。其所以分善恶之途者,特 邪正之用不同耳。观于凤美,初不过眷恋仲达之一点私情耳。然观其暗随情人,远渡重洋时,何等冒险;韶安相遇时, 何等委婉;相失思念时,何等悲苦;放枪复仇时,何等激烈。一弱女子耳,耳演出如许活剧!故此书虽是写情小说,耳较 诸徒写淫啼浪哭者,又自不同。此书以写情论,则凤美、仲达、敏达是傀儡,士马是牵动傀儡之线索,自余诸人,是 看傀儡戏者。以催眠术论,士马是药,仲达、凤美是试药表,自余诸人,是观演技者。(『我佛山人文集』第六巻 P183)
各回末尾の[評]には、第6回まで‘周桂笙 評’と署名がされている。第 7 回以降の[評]には 署名がない。署名するのを止めただけなのか、呉趼人自身や他の人間が評を書くことがあっ たのかはわからない。‘忠孝節義であれ姦淫邪盗であれ情に根ざさないものはない’という、
『恨海』など著述の処所に見られる持論を述べているところから、[總評]に関しては呉趼人 が評者であろうと思われる。改変の方針については、第 24 回末尾に続けた[附記]で、次の ように断っている。
この書の原訳はわずか六回のみでしかも文言であった。ここに二十四回に分け白話 に改めた。翻訳の痕跡は許されたい。原書の人名地名は皆日本語を西洋語の音に合わ せたもので訳者が一律に改めた。人名は中国で見慣れた名に改め地名はすべて中国の 地名を借用した。読者に頭を悩ませず記憶の難儀を覚えずにすむようにである。幸い 小説はストーリーを重んじ名詞を重んじてはいない。書中に見える議論諧謔はすべて 翻案者が挿入したもので原訳にはない。翻案者はこれを借りて読者の興味を引きたか ったので蛇足と誹ることなきように。
此书原译。仅得六回。且是文言。兹剖为二十四回。改用俗话。冀免翻译痕迹。原书人名、地名,皆系以和 文諧西音,经译者一律改过,凡人名皆改为中国习见之人名字眼,地名皆借用中国地名。俾读者可省脑力,以免艰 于记忆之苦。好在小说重关目,不重名词也。书中间有议论谐谑等,均为衍义者插入,为原译所无。衍义者拟借此
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以助阅者之兴味,勿讥为蛇足也。P183-184
‘原書の人名地名’とは‘原書’ではなく原訳で、原作である英国雑誌の懸賞小説を菊池 幽芳が英文から日本語に翻案した「新聞賣子」を指している。登場人物は英国人だが菊池幽 芳は人名を麻耶子、泰蔵(三吉)と日本名に改めた。原訳「新聞賣子」を中国語に翻案した
「電術奇談」で、呉趼人(或いは訳述者方慶周)はさらに、麻耶子を鳳美、泰蔵を仲達、三 吉を鈍三と改め、地名も中国名に改めた。樽本は、心理描写や物語の伏線、若干の加筆を除 いては作品の大筋に関わる改変はないと検証している。
では呉趼人は、大筋に関らない部分の加筆箇所に何を描いたのか。文言から白話に改めた とはいえ回数を四倍にも引き延ばせば、自然、内容に作者の信念や主張が反映されるのでは ないだろうか。先ず呉趼人が読者を引き付ける意図で挿入した‘議論諧謔’及び人名地名以 外の改変部分について、以下中国語翻案版に沿って検討を進めたい。
(1)改変箇所:
[削除箇所]
重要な削除箇所は二つだけと思われる。一つは巻頭の断り書き ‘小説「新聞賣子」を掲 ぐるに就き’および‘はしがき’で、この削除により八十数年間にわたり原作が謎に包まれ ることとなった。もう一ヶ所は第3回(明治 30 年 1.3)、‘摩耶子ま や こを抱きよせて花はなの 唇くちびるに 暖あたたか
き接吻キ ッ ス!’という一文である。清末に結婚や男女交際を論じた議論の中でも接吻を容認なら
ないとする意見がままみられる*53が、呉趼人も同様であったことがわかる。
[加筆箇所]
加筆箇所には人物の言行、心理についての作者の所感(「付記」にいう‘議論諧謔’)、作 品の精度と意義に関わる加筆などがある。
①人物の言行、心理描写
○仲達が催眠術の施術中に事故死する場面(第3回)。
作者が地の文で義侠心に厚く財を惜しまない仲達の人品を称え、積年の労苦と突然の不幸 を悼む。
○仲達の死を知った鳳美が舞踏家を辞め喪服に換えて仲達を弔う(第23回)。
○鳳美が命の恩人の鈍三に百元を送り、鈍三は雑貨屋を開く(第23回)。
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○仲達が一千元を送って亡き蘇士馬の夫人王氏を救済する(第24回)。
これらの改変は、作者が原作を変えてでも作者の道義心に適った対応を作中人物に採らせよ うとした結果の改変であろう。
②風俗文化、婚姻観の相違点への言及
<付記>にいう‘議論諧謔’とは、以下のような文化的社会的側面に於ける作者の所感を 述べた部分に当る。
○不祥の兆しに変色すると伝えられる宝石が青に変色したので鳳美は仲達の身を案じ、仲達 は迷信だと一笑に付する場面(第2回、第4回)。
○古今の医者が名医の世評を得るために用いた様々な詐術について蘇士馬が熱弁を振るう 場面(第2回)。
○鳳美が印度、英国、中国の風俗、人種、宗教の差異について言及する場面(第6回)。
なかでも最も重要な加筆と思われるのは、人物、言行の改変に窺われる作者の価値観と連動 する点から見ても、以下のような仲達や王氏の言葉で語られる信義や友情 (‘徳性’)を軽 視する風潮への慨嘆であろう。
仲達は言った。“世の中の型通りの虚礼ほど人の特性を損なうものはない。見過ぎ世過 ぎをする人が如何に温厚誠実であろうとも永らく世間に染まっておればそのうち温厚誠 実もどこへやら人が変わり口先だけになります。一見よくできた人が実は腹の中には‘欺 瞞’をどっかり居座らせ人を欺くばかりか自分まで欺こうとするのです。”
………须知这世故上虚文客套,最是能妨害人德性的呀!不信但看那专问在世故上周旋的人,任凭他性质如何忠 厚,只要被世故熏陶的久了,渐渐的把忠厚两个字丢往爪哇国去,心肠变了,面目换了,嘴也油滑了。外面看着是 很圆通一个人,其实他的心里早有一个欺字打了底,不但欺人,还要欺自己,…(第 2 回 p17)
王氏は言った。“世間の人は同じ逆境にある時は誰もが刎頸の交わりだとか言い、義兄 弟の誓いまで立て、苦楽を共にするどころか生死を共にするとまで言います。いざ片方が 成功してみればもう知らんぷりですよ”
如今世上的人,同在患难时, 没有一个不说是甚么刎颈之交,还有拜把子换帖的,非但说是同甘共苦,还要说甚么 同生同死呢。等到有一个发了财了,谁还认得谁来?只怕那穷朋友找得去,他还用得着一句《孟子》,叫做‘出诸 大门之外’呢。(第5回p41)